ササクレは歓喜の咆哮を上げた。無論、これでいきなり状況が変わる訳ではないだろうが、少なくとも竜の群れの底辺から脱却出来る可能性はぐんと上がった。
「私の奇跡の報酬に、セレネを人間の世界へ返してもいいかしら?」
『いいだろう! だが、我は外見が変わっただけに過ぎぬ。セレネを百年間見守るという契約は続けさせてもらうぞ』
(本当にこの竜、セレネにご執心なのね)
シンニは、竜の巫女と呼ばれるセレネの噂が、真実であった事を噛みしめる。単純にササクレは見た目が強面になっただけで、実力が変わらないからセレネを保険で取っておきたいだけの小物であり、現実は色々と違うのだが。
「シンニ……」
「……な、何よ」
シンニが後ろから掛けられた声に反応すると、セレネが呆然とした表情で見つめていた。それを見たシンニは、思わず身を引く。セレネは気付いていただろうが、実際にシンニの力を目の当たりにしたのはこれが初めてだ。やはり、汚らわしい、呪われている、と軽蔑されるだろうか。
「シンニ、ナイフ、ある?」
「え? あるけど……」
意味が分からないが、シンニはローブの下に持っていたナイフをセレネに手渡した。ナイフで一突きされる危険性もあるのだが、そんな危険よりも、シンニはセレネの言動の方が気になっていた。
すると、セレネはナイフを鞘から取り出し、長く伸びた純白の髪を一房切り取った。銀糸のような美しい髪を、セレネはシンニに握りこませる。
「これ、まさか……?」
「おんなのこ、えいえん、ともだち」
その意味は、シンニもよく知っている。大陸に伝わるおまじないで、女の子同士がお互いの髪を交換しあい、アクセサリを作る。そうする事で、永遠の友情を誓うという、子供じみた言い伝えである。
だが、それはつまり──。
「私と……友達になってくれるの?」
「もちろん!」
セレネは輝くような笑みを浮かべ、シンニを抱きしめた。シンニは、思わず泣きそうになってしまったが、何とかその感情を押し留めた。呪われた力を目の当たりにし、自分を殺しにきたというのに、この少女は、自分を永遠の友達として受け入れてくれたのだ。
「……ありがとう」
だから、シンニはそれだけを絞り出すように呟いた。それ以上話すと、嬉しさで泣き出してしまいそうだったから。そして、シンニも無言で自分の髪を一房切り、赤い癖っ毛をセレネに手渡した。
セレネはアクセサリなど作れないので、その髪を指に乱雑に巻き付けた。
(やったぜ!)
そして、感極まっているシンニと同じように、セレネも心の底から感動していた。シンニが目の前で解き放ったのは、間違いなく自分を殺そうとしたミラノと同じものだった。つまり、シンニにはミラノと同じ能力を扱う力がある。
ならば、こんな森に引きこもっている必要はない。シンニという強力な味方を得た今、一刻も早くアルエの元へと帰らなければ。
シンニの闇蛍と呪詛吐きの日除蟲はまるで別物であり、そもそもミラノは加害者ではなく被害者である訳で、何一つ合っていないのだが、何故か話は丸く収まった。
『今の我は最高に気分がいい! さあ、早くバトラーとコクマルを連れてこい! 我自ら、貴様らを人間の世界へ送り届けてやる!』
そして、ササクレも超ご機嫌だった。これから始まるサクセスストーリーを色々と妄想しているようで、普段は人を乗せる事など絶対にしないのに、自分からアッシー君を買って出るほどだった。
「じゃあ、ヘリファ……」
セレネが、まるでタクシーで話しかけるみたいに、ヘリファルテへ、と言い掛けたのを、シンニが手で制する。
「待って。送ってくれるなら、聖セレネ霊廟付近にしてもらいたいわ。それも深夜に」
『別に我は構わんが、何故、そんな時間に、あのような場所を目指すのだ?』
「私にいい考えがあるのよ。ついでにもう一つ、奇跡を起こしてあげるわ」
大事そうにセレネの髪の一房を撫でながら、シンニは不敵に笑った。