真実

「な、なんで!? なんで死体がないのよっ!」

『こ、コラ! 揺さぶるなっ!』

先ほどまでの余裕は完全に消え、シンニはコクマルを掴んで振り回す。コクマルが抗議の声を上げると、ようやくシンニは我に返った。

『死体がないってのはマジなのか?』

「マジよ! 中身は空っぽ! ねえ、なんで!?

『俺に聞くなよ!』

棺の中には、土や草などが、まるでダミーのように詰められているだけだった。闇蛍の触れた物は、シンニもかなりの精度で把握出来る。少なくとも、人間の少女と無機物を間違える事は絶対にない。

「ね、ねえ……どうしよう、ど、どうしよう!?

『俺が聞きてぇよ! セレネが棺に入れられたのはみんな見てるんだろ? 墓荒らしとかが、聖人の遺体欲しさに持ち去ったとかか?』

「まさか。そんな大それた事出来る訳ないわ。警備は常時貼りついてるし、ヘリファルテだけでなく、大陸の人間とエルフ全てを敵に回すような暴挙だもの」

シンニのように闇蛍やコクマルのような偵察を使える人間は殆どいない。となると、忍び込む事はかなり難しいだろう。仮に忍び込んだとして、少女とはいえ人間一人分の荷物になる。持ち出す段階で間違いなく見つかる。常識的に考えたらまず不可能だ。

だが、現実問題、セレネはいない。死体を殺すと息巻いていたのに、死体がないという訳の分からない状況に、シンニの困惑は深まっていくばかりだ。

「とにかく、一旦引き返すわ。ここで騒いでたらミラノ王子に怪しまれるかもしれないし」

『ま、そうするしかねぇな。訳が分かんねぇけど、撤収しようぜ』

シンニは顔面蒼白で、ふらつく足取りで霊廟から出た。入口には衛兵が二人ほど待ち構えていて、少女一人見落とすとは、怠慢たいまんだと叱られてしまったよ、などと苦笑していた。だが、シンニはそれに応える余裕がなかった。

「君、あまり顔色が良くないようだが、必要ならば宿まで付き添うぞ?」

「い、いえ、結構です。祈りに集中し過ぎて、足が痺れただけですから」

衛兵の提案をやんわりと断り、シンニは戦略的撤退をせざるを得なかった。宿に戻り、ベッドに身を投げ出し、状況を把握しようと頭をフルに回転させる。

「なんで……なんでセレネがいないのよ……まさか、錬金術れんきんじゅつ?」

『錬金術って、あれか? 鉄から金を作ったりとか、人工的に命を作り出すとかいう、ふざけた学問だろ』

「そうよ。子供の妄想みたい。だから今はあまり研究されてない。けど……」

コクマルの言う通り、錬金術という学問は大陸にある事はある。だが、これは現在あまり研究されていない。目立った成果が得られないまま、魔力の研究の方が先に成果を出してしまったので、今ではほぼオカルト扱いされている。

「ゴーレム……?」

シンニはふと、そんな事を思い出した。確か、錬金術の中に、土くれから生命を持つ人形──ゴーレムと呼ばれる物を作るという記述があった事を、呪いを学ぶついでに何かの本で読んだ事がある。

「セレネ=アークイラは、ゴーレムだった?」

天使のような幼くも完成された容姿。死後も全く腐らない。そして、二年後の現在は土や草になっている。時間が経過し、セレネという魔法生物が原材料に戻った──そうは考えられないだろうか。

『アホか。それこそおとぎ話レベルじゃねぇか。墓荒らしの方がまだ現実味があるだろ』

「分かってるけど、それだと辻褄つじつまが合うのよ。というか、納棺の時に確かに中に入ってるはずなのに、死体がないってなんなのよ!」

シンニは完全に錯乱していた。当初の予定が何もかもぶち壊しなのだから無理もない。それよりも、死んだはずのセレネは一体どこへ消えたのか。一晩中考えたが、結局答えは出なかった。



朝日が昇るのと同時に、一睡もしないまま、シンニはコクマルを肩に再び宿を出た。

『おい、今度はどこ行く気だ?』

「ちょっと気になる事を思い出したのよ。少しでも情報が欲しい。この際、なりふり構っていられないわ」

目の下にくまを作りつつ、シンニはある場所を目指す。聖セレネ霊廟の近くに建てられている、兵士の詰所になっている石造りの場所である。

ここは王族や貴族の簡易の宿泊場も兼ねていて、木造の他の建物に比べ、かなり堅牢けんろうに造られている。

「何者だ? おや、君は、昨日の……」

「シンニです。昨日はご迷惑をお掛けしました。それで、迷惑ついでと言ってはなんですが、ミラノ王子に面会をお願いしたいのです。ここにいらっしゃる筈ですよね?」

入口の前には、昨日見た衛兵が立っていた。丁度休憩のために戻ってきた所らしい。恐らくはミラノ王子もここに寝泊まりしているとシンニは踏んだのだが、衛兵の表情からすると、どうやら正解だったようだ。

「しかし、特別な許可なしで王子との面会は……」

「いや、構わない。通してやってくれ」

「お、王子!?

得体の知れない少女を通すのは無理だ、と断りかけた時、後ろから声がした。声の主は、ミラノ王子その人である。

「その子は身元もはっきりしている。ヴァルベール王国の上流貴族の娘さんだよ。セレネ霊廟にも感謝のためにやってきた。悪意はない。面会を許可する」

ミラノはそう思っていたが、本当は全て不正解だ。孤児のシンニが貴族の身分を持っているのは、まさにこういう時の身分証代わりであり、ついでにいうと悪意バリバリである。

とにかく、鶴の一声ならぬ聖王子の一声で、シンニはミラノ王子との面会を許された。ミラノはシンニを先導するように廊下を進み、最奥部の部屋へ案内した。

「ここが今、僕が使っている部屋だ。あまりもてなしは出来ないが、気を楽にしてくれ」

「王子の割に、意外と質素なんですね」

通されたミラノの部屋を見回し、シンニはそんな感想を抱いた。いくら一時的な待機場所とはいえ、仮にも大国一の王子が寝泊まりする場所だというのに、調度品の類はまるでない。

かろうじて価値のありそうな物といえば、壁に立てかけられている、一本の無骨な大剣くらいのものだろうか。

ミラノに促され、シンニは木の椅子に座らされた。テーブルを挟み、対面にミラノも座る。

「それで、僕に何か用かい? 昨日の件なら特に咎めるつもりはないが」

「い、いえ、そうじゃなくて。その、セレネ……様について聞きたい事がありまして」

「セレネについて? 君はよほど彼女に興味を持ったようだね」

「ええ、まあ、知れば知るほど分からなくなります」

「そうだね。確かに、彼女は浮世離れしていたけど、そこがまた魅力的でもあった。不思議な子だったよ」

ミラノは少しかげのある笑みを浮かべたが、シンニは別にセレネを褒め称えるトークをしに来た訳ではない。彼女が知りたいのは、ミラノが昨夜呟いていた、あるフレーズだ。

「あの、ミラノ王子に聖骸布でお伺いしたい事が……」

「ん? あの布がどうしたんだい?」

「確か、あの布が見つかったのは月光姫の死後と言っていましたよね? いつ、どこで発見されたんですか?」

「忘れもしない。あれは、僕がエンテ王女とクマハチ……側近が国外に去っていくのを見送った時だった。頭上に竜がやってきて、僕達の前にあの布を落としていったんだ」

「竜が落とした?」

「そう、その竜なんだが……」

と、ミラノが言葉をつづけようとした時、シンニとミラノは、窓の外が妙に騒がしい事に気付いた。

「どうやら、説明するより見てもらった方が早そうだな」

「え?」

「付いてくるといい。他ではなかなか見られないものが見られる」

ミラノが席を立って部屋から出ていったので、シンニも慌てて後ろを追いかける。通ってきた廊下を戻り、建物の外に出る。そこには──。

「せ、赤竜せきりゅう!?

なんと、聖セレネ霊廟の目の前に、巨大な赤竜が降りようとしているのが見えた。人間にまるで興味を持たない、世界の支配者である竜が、セレネ霊廟に吸い寄せられるように近付いてくる。これにはシンニもコクマルも言葉を失った。

「に、逃げなくていいんですか!?

「あれがセレネに懐いていた赤竜さ。ヘリファルテの王城に現れた事もある。人に危害を加える事はないよ」

「竜の巫女……まさか、本当に?」

聖セレネ基金の説明本に、「月光姫は竜を従える力を持っていた」などと書かれていて、どうせ神秘性を高めるために適当に盛っているのだろうと鼻で笑っていたが、まさか、本当だとは思わなかった。

赤竜は聖セレネ霊廟から少し離れた、巨大な台座の前でじっとしていた。台座自体は、霊廟に入る前にシンニも気付いていた。恐らく、儀式の舞いなどを行う場所だと思っていた。

だが、これはどうも赤竜のために作られたもののようだった。

赤竜が着地するや否や、人やエルフが四方八方から集まり、台座の上に次から次へと色々な物を載せていく。

「あれは、何をしているんですか?」

「セレネに捧げる供物だよ。あの竜が数日おきにやってきて、回収していくんだ」

竜の生態は殆ど分かっていないが、少なくとも、今まで人間に積極的に関わる事はなかった筈だ。つまり、人間の食物、まして上質なドレスや宝石などに興味を示す筈がない。それを回収していくというのだから、シンニは首を傾げる。

赤竜は台座の上に並べられた大量の果物や服などを鷲掴みにすると、そのまま無言で北の空へと飛び去った。彼らの住まう土地、竜峰へと帰るのだろう。

「竜なのに、人間の供物を集めるんですね……」

「もしかしたら、死んでしまったセレネのためかもしれないな。飼い主を失っても、ずっと主に忠誠を誓う忠犬のようにね」

ミラノだけではなく、大多数は同じような考えを持っていた。主を失った怒りでヴァルベールを半壊させるほどセレネを慕っていた竜だ。地面に置いてある供物を、少しでもセレネのいる天へと近付けるため持っていくのだろう、そう考えていた。

実の所、赤竜──通称ササクレは、日課の飛行トレーニング帰りに、余裕があれば霊廟に寄っていくだけである。家で飼ってるペットセレネの餌が切れたので、「ちょっとコンビニ行ってくる」という感じで回収しているだけだ。

「月光姫の供物……竜の忠誠……あっ!?

突如、シンニは大声を出す。ミラノは不思議そうな表情で、シンニを見た。

「どうかしたのか? 急に大きな声を出したりして」

「い、いえ。何でもないです」

「そうか。まあ、実は僕も遊学の旅を終えたばかりでね。ここにはしばらく滞在するつもりなんだ。何か用事があれば、また尋ねてくるといい」

ミラノが気さくに笑いかけると、シンニはぺこりと頭を下げ、ミラノの元から逃げるように去った。ミラノも用事が済むと、再び自室へと戻っていった。

『おい、急にでかい声出してたけど、何か気が付いたのかよ?』

「ふふ……とんだ間抜けだったわ。赤竜が絡んでいた事と、セレネがアークイラ出身だった事を思い出せば、簡単に分かったのに」

『だから、何がだよ?』

まどろっこしい言い回しをするシンニに対し、コクマルが先を促すと、シンニはフードの下で薄く笑う。

「セレネ=アークイラは生きているわ。間違いなく、竜峰で」

『……はぁ? 冗談だろ? 死んだのは皆見たって言ってるじゃねぇか』

「仮死状態だったのよ。ミラノ王子の話とセレネの出自、それに赤竜の動作を見て、点と点が線で繋がったわ」

『あ? どういう事だ?』

「第一のヒントは聖骸布よ。あの文字、きっと普通の文字じゃない」

『確かに普通ではねぇな。象形文字みたいで意味不明だし』

「あれは意味不明な文字なんかじゃない。一見そう見えるけど、セレネの生い立ちを読んだ時の事を思い出したのよ」

シンニは聖セレネ基金の説明書にあった、セレネの生涯の部分も読んでいた。それによると、セレネは『封印の紋章』が刻まれた扉の部屋に監禁されていたという。

「アークイラに限った事じゃないけど、物に魔力を籠める事は出来るわ。あの布の『セレネ文字』は、刻印だったのよ」

『でもよ。刻印って、確か決まった法則とかあったような気がすんだが』

「馬鹿ね。だから、あの文字がそうなのよ。あんたが言う通り、刻印には法則性がある。けれど、あの文字はセレネにしか分からない……つまり、竜の魔力を籠めるために描かれた紋章と考えられないかしら? 竜の魔力の法則性なんて、普通の人間には分かりっこないわ」

『だから、俺らには意味不明に見えるって事か?』

「正解」

全然違う。

「それから、セレネは忠犬──いえ、忠竜を使って、魔力を染み込ませた魔を退ける布を用意した。日除蟲を討つと決めた時、身を守るために準備しておいたんでしょうね」

『いや、ちょっと待て? 最初っからそれを巻きつけて日除蟲を倒せばいいじゃねぇか』

「あんた、日除蟲が討たれた理由が分からない? あれは自分に向けられた敵意に物凄く敏感なの。もし、セレネが聖骸布を巻いて王子の部屋に出向いたら、その時点で蟲は逃げてたでしょうね」

『だから、セレネはそれを恐れて使えなかったって訳か……』

だから違うってば。

『んじゃ、死体が数カ月腐らなかったのは何でだ?』

「納棺されるまでの間は、なんとか自分の魔力で持ちこたえられると踏んでいたんでしょうね」

『じゃ、じゃあよ。退魔の布を棺に誰が持ちこんだんだよ?』

「セレネはとても賢い鼠を飼っていた、とアルエ=アークイラが言っていたわよね? 恐らく魔獣じゃないかしら」

『魔獣ってのは、大陸じゃ作る方法が失われたとか、ババアが言ってた気がするぜ?』

「相手は人間とエルフの交流を結んで、竜を従える能力を持つ人外みたいな奴よ。常識で考えていると痛い目を見るわ。今回の私みたいにね」

確かに、セレネに常識は通用しない。色々な意味で。

「そいつを使って、退魔の布を仮死状態の自分に巻きつけさせたのよ。後は竜の魔力で日除蟲を消し去り、眠りから目覚めた」

『つまり、全部計算通りだったって事か……どんだけ才女だよ』

シンニは敵ながらあっぱれと言う気持ちになったが、全部間違いである。頑張っていたのは、バトラーと赤竜であり、セレネは何もしないで寝ていただけだ。

「そうして目覚めた後、『私は大丈夫』という意味を伝えるため、竜を使い、あの布をミラノ王子の前に落とした。いつか帰る事を期待させるためにね」

『何でそんな回りくどい事すんだ? さっさと戻ってくればいいじゃねぇか』

「考えてもみなさい。あの頃は、ヴァルベールが竜の襲撃を受けたって大騒ぎだったのよ? そんな時に竜を使いこなせる自分が戻ったらどう思う? 周りの国は恐怖に怯えるでしょうね。月光姫サマは随分優しいみたいだから、自ら身を引いて、ほとぼりが冷めるのを待っているのよ」

そこまで言うと、シンニは最初はくすくす笑っていたが、ついに哄笑した。周りの人間が何事かと少女に目を向けるが、シンニはまるで気にしていない。

『お、おい……なにいきなり爆笑してんだ? 何か笑う所あったか? 完全に手詰まりじゃねぇか』

「ふふ、ふふふ……あははははっ! 手詰まり? むしろ愉快だわ! とても愉快!」

相変わらず爆笑するシンニをコクマルがたしなめるが、シンニはまるで意にも止めない。

シンニは高揚していた。愉快だ。ああ、とても愉快だ。せいぜい嫌がらせ程度しか出来ないと思っていたのに、仇敵は今も生きている。これを喜ばずに何を喜べというのか。

「ああ……本当にいい気分。だって、あんたが生きているって知ってしまったら、私の手で、憎いあんたを殺す事が出来るんだから」

シンニは暗い笑みを浮かべ、新たなる復讐への道を歩む事を決意した。