ぴたりと言い当てられ、シンニは瞠目する。貴族の身分が隠れ蓑という事は見抜かれていないが、自分の存在を認識されているとは思わなかったからだ。
「私、ここに在籍している学生は殆ど全部把握してるわ。特に貴族は覚えやすいしね」
「そうですか」
シンニの心を見抜いたように、マリーはそう答える。シンニは、自分と殆ど年齢の変わらない少女に畏敬の念を抱く。
しかし、だからといってシンニのやる事は変わらない。さっさとこの忌々しい清らかな世界を出ていきたい。だから、シンニはマリーを真っ直ぐに見て、用意していた言葉を伝える。
「私は、もうこの学園にいられる身分じゃないです。今日中に荷物を纏めて出ていきます」
「どうして?」
「どうしてもこうしても、学費が払えませんし、卒業の見込みもありませんから」
これは事実だ。元々卒業するつもりもないし、生活費も底を尽きた。素行もよくない自分なら、きっとハンカチを振って笑って追い出してくれるだろう。
「学園長、ちょっとこの子の書類を見せてもらえる?」
マリーがそう言うと、学園長は頷いて、部屋の隅にある本棚の前で何かを探す素振りを見せた。そして、一冊の本のような物を取り出した。
それが学生の近況を取りまとめた資料の束である事は、シンニも察していた。マリーはその本を学園長から受け取ると、シンニのページを見つけ、文字に目を走らせ、顔を顰める。
「これは……ひどいわね」
「ええ、ひどい有様でしょう」
シンニは薄く笑った。ここ二年、自室に籠りきりでろくに単位も取っていないのだ。元々、並程度キープしていた成績は、下の下になっているはずだ。
多少予定と違ったが、むしろマリーベル王女に判決を下された方がよいだろうと、シンニは内心ほくそ笑む。
──が、その期待は予想外に裏切られた。
「本当、ひどい有様……ヴァルベールが竜の被害を受けたのは知ってるけど、家族は全滅、家も全壊、生存者ゼロなんて……ここまでひどい被害を受けた人がいるなんて、私、知らなかった……」
「え? え? え?」
頭に?マークを大量に浮かべるシンニに対し、マリーはシンニの近況報告が書かれた部分を本人に見せた。シンニの予想通り、成績は学園内でも最低ランク。
だが、その下の備考欄に、こう記されていた。
『ヴァルベール王国の上級貴族の一人娘であるが、ヘリファルテ調査団において竜の被害状況を確認した所、そのような屋敷は発見出来ず。シンニ嬢を除き、家族や使用人に至るまで一人の生存者も確認出来ず。魔女の呪いに怒る竜の被害に巻き添えになり、全滅したものと思われる』
「え!? あっ、こ、これは……その」
シンニは吃驚した。そりゃ、書類上しか存在しないのだから、屋敷はおろか、使用人も家族も最初からいない。ただ、その辺りの情報は隠ぺいされている。
どうも、ヘリファルテ側からは「竜により家族も財産も全て奪われた哀れな犠牲者」として報告が上がっていたようだった。
マリーの「これはひどい」という言葉は、成績ではなく、シンニの被害状況を見て発した言葉らしかった。訂正しようにも、「実は自分自身が魔女であり、貴族なのは全部嘘です」とはさすがに言えず、シンニは黙り込むしかない。
「あなたも呪詛吐きの被害者の一人よ。そのせいで竜の怒りに巻き込まれた。家族も、お金も、何もかもなくなってしまったけど、希望を捨てないで」
「別に、私は何とも思っていません。マリーベル王女様からお優しい言葉を頂けるなんて光栄です。その名誉を胸に、私はこの学園を去ろうと思います」
「強いのね。私、そういう子は好きよ」
シンニは皮肉を籠めてそう言ったのだが、マリーは同情するような視線を向けた。こんな茶番は終わりにして、さっさと退学届を受理して欲しいと、シンニは切に願う。
「気休めかもしれないけど、あなたに少しだけいい報せがあるの」
「いい報せ、ですか?」
何か嫌な予感がする。そう思ったが、シンニはとりあえず先を促す。
「決めたわ! マリーベル=ヘリファルテの名において、シンニ、あなたに卒業まで在学する権利を与えます」
「……はぃ?」
普段、冷静な態度を取るシンニだが、思わず間抜けな声を漏らす。マリーの意図が全く理解出来なかったからだ。
「あ、あの! 私、お金なんか払えないですよ!」
シンニは慌ててマリーに抗議した。この学園にいたくないし、権利を与えられても払う金がない。だが、二人の少女のやり取りを見守っていた学園長が、マリーの言葉を補足するように口を開く。
「学費に関しては何も心配する必要はない。君は『聖セレネ基金』のリストに入っているからね」
「聖セレネ基金?」
耳にした事もない制度に、シンニはオウム返しに聞き返した。
「簡単に言ってしまうと、故セレネ様の義援金を制度化したものなのだよ。丁度、マリーベル様とその話をしていた所だよ」
「セレネ……様が?」
「そう、月光姫セレネ様は、生前にエルフとの貿易で稼いだ財産を、全て学園に投資してくれた。その積立金を元に、マリーベル様が制度化しようと試みている。才能はあれど金を持たない者や、君のような不幸に見舞われた被害者を助ける制度だよ」
「つまり……私がその対象って事ですか!?」
「そう。君は今回の竜の騒動で全てを失ってしまった、最優先されるべき人間だ」
「じょ、冗談……ですよね?」
魔女の被害を受けたどころか、自分がその魔女の一味なのだ。万が一バレたら極刑間違いなしだろうし、絶対に受け取りたくない。
「冗談でこんな事言うほど悪趣味じゃないわ。特に、セレネは若い女の子は絶対に学園から離しちゃ駄目って、学園長によく言ってたらしいの」
「はぁ……」
「今思えば、セレネ様の計らいだよ。若い女性が何の後ろ盾もなく、たった一人で路頭に迷う事がないようにと配慮されたのだろう」
というのは、マリーと学園長、およびヘリファルテの識者の勝手な見解である。セレネが学園に金を投資したのは、姉であるアルエに堂々と会うフリーパス目当てなのは、皆もご存知だろう。
だが、セレネにはもう一つ狙いがあった。せっかく大金をはたいているし、八歳から入場可能な女性専用の歓楽街を作る事が不可能だと悟った(当たり前だ)セレネは、「学園ハーレム計画」を裏で立てていた。何だか安物のアダルトビデオみたいな作戦である。
大陸中の良家が集まるヘリファルテ国立大学なら、自然と綺麗どころが集まるだろう。その美少女に金をばらまく事で恩を売り、疑似ハーレムを作ろうという、頭の悪い計画である。
だから、セレネはアルエに会いに行くついでに、仕方なく学園長に会う度、「若い女性が退学を希望した時は、可能な限り止めるように。金は自分の投資した所から出せ」としつこく伝えていた。そこには、美少女を逃したくないという純粋な邪念が籠められていた。
これらの遺言から、聖セレネ基金は、女性を優先するよう配慮されるらしい。男性の場合、よほど貧しい者でなければ投資されない。セレネの言葉を曲解した識者達は、「資金は有限。男子たるもの裸一貫で青雲の志を持つべきだ。甘えてはならない」という計らいだろうと考えていた。
実際には、元貧乏中年男性のセレネには、「親近感を覚える男なら、同情票を投じてやらん事もない」という程度の情けであり、そうなっただけである。微妙に上から目線でウザい。
とにかく、加害者でありながら被害者認定され、セレネの罠に見事はまってしまったシンニは、幸運に恵まれ、不幸にも在学を強要された。
学費も生活費も保障されるし、何より「マリーベル=ヘリファルテの名において」という強力な文言を、シンニが撥ね退けるのは不可能だった。
そんな訳で、シンニはヘリファルテ国立大学という、大陸で最も開放的かつ文化的な檻の中に閉じ込められている、という訳だ。
八歳という若さでそれだけ他人を配慮出来るとは、月光姫セレネはやはり聡明なのだろうと、シンニは舌を巻いた。実際には単なる俗物なのだが、事実の前に覆い隠されていた。
そして、その月光姫の慈悲が、シンニの苛立ちを一層掻き立てる。敵のお情けで生かされているという事実が腹立たしいし、それに対し、何も出来ない自分にもっと腹が立った。
「月光姫とその一味……! 大層お優しく、本当に腹立たしいわね!」
見事退学に失敗したシンニは、杖でガツガツ地面に突き、怒りを表しながら自室へ戻った。一部始終をコクマルに報告したら爆笑されたので、杖で思いきりぶん殴った事も追記しておく。
それから数日間、シンニはあの世へと勝ち逃げした月光姫への怒りを抱きながら、悶々と過ごしていた。
──だが、ある日、転機が訪れる。