「よっこらせっ、と。歳を取ると立ちっぱなしはつらいんでね。悪いが座りながら講義をさせてもらうよ。さて、前もって言われていた物は用意しているね?」

呪詛吐きがそう尋ねると、子供達は「はーい!」と元気よく返事し、ローブの内ポケットから小箱を取りだした。中から何かうごめくような音が聞こえる。

「さて、今日は『蟲毒こどく』を作るよ。そのために虫を捕まえてこいと言われていた訳さ」

「コドクかぁ、あれって一番初歩の奴でしょ?」

「私、魔獣が作りたいなぁ」

男の子や女の子がそれぞれ意見を述べるが、呪詛吐きはそれを遮るように手で制した。

「気持ちは分かるが、呪いは扱い方を間違えると自分に降りかかるからね。お前達は数少ない我ら一族の期待の若者なんだ。大事にじっくりやらんとね。何事も基礎が大事だよ」

呪詛吐きがそう言うと、子供達は訓練された犬のように即座に頷いた。彼らに取って呪詛吐きの言葉は、神のお告げに等しいのだ。

「では、まずは集めてきた虫を箱に集めるんだが……んん? 何だい、バッタやダンゴムシばかりじゃないか。ムカデや毒虫がいないじゃないか」

「だって、刺されたり噛まれたら怖いもん」

子供達は申し訳なさそうに項垂うなだれる。呪われし一族とはいえ、皆まだ十歳にも満たない子供ばかり。

呪いを覚えたい反面、恐ろしさもある。特に、蟲毒に使う虫はムカデやサソリといった獰猛なものが多いので、子供が捕まえるには少々荷が重い。

無論、呪詛吐きはそれも織り込み済みだ。呪詛吐きは彼らを責める事なく、微笑んだ。

「いや、これでいいさ。今日は初回だからね。工程だけ知ってればいい。むしろ最初はこれくらいがベストだろうよ。いいかい、まずはこうして……」

そうして呪詛吐きは講義を始めた。蟲毒は呪いの中では初歩のものだが、使い方や精製法、それに作り手の腕次第でかなり応用が利く。バッタやダンゴムシが大量に入り、虫かごみたいになった箱を覗き込みながら、呪詛吐きは虫の選定方法、最適な容器、触媒の混入のタイミングなどを丁寧に解説していく。

「難しくてよく分かんない」

「最初はそんなもんさ。ま、でも全く知らないのと、多少でも知っているのでは訳が違うよ。お前達はまだ殻の付いたヒヨコ。ニワトリになるには時間が掛かって当然さ」

呪詛吐きを中心として、円陣を組むように虫のうごめく箱を覗き込みながら、子供達は目を輝かせている。これで自分達も呪い使いの仲間入り。まだまだひよっこだと分かっていても、そんな気持ちが湧いてくるのだ。

「これで蟲毒の完成なの?」

「そんな訳ないだろう。準備が整ったら、呪う対象の触媒──例えば爪や髪の毛。それと、虫共が食い殺し合う時間が必要なんだ。呪いの道は地道な作業の積み重ねだよ」

「ええー、じゃあ今日見られないの? つまんない!」

子供達から一斉に抗議が上がる。せっかく超一流の講義を受けているのに、これでは肩すかしだ。しかし、それも見越していたかのように、呪詛吐きはにやりと笑う。

「そう言うと思ったよ。だから、今日は完成品を用意してある」

「えっ! ほんと!?

呪詛吐きは、懐から小ビンを取りだして生徒達の前に置いた。中には巨大なムカデが入っており、ビンの中でおぞましく暴れている。

「おっと、手を伸ばしちゃいけないよ。ビンから少し漏れた呪力でも、子供なら体調を崩してしまうからね」

「すっげぇ……なんて魔力なんだ」

子供達は食い入るようにムカデを凝視ぎょうしする。普通の魔力持ち程度では感知出来ないが、呪われた一族は、呪力に対してとても敏感だ。ビンの中のムカデに、どれだけの力が籠められているか、手に取るように分かるのだ。

「これはあるお姫様から、ある女の子を殺してくれって依頼を受けて作った物でね。ま、かなり手を抜いたから、私の制作物の中じゃ三流さ」

「三流!? これで!?

「お前達も大きくなれば、これくらい昼寝しながら作れるさ。それに、これ一個で平民の一年分くらいは稼げるからね。お貴族さまさまだよ。イヒヒ!」

「ほんとに!?

「ああ、裏で呪いの力を欲しがる馬鹿貴族は山ほどいるからね」

虫一匹で平民一年分の稼ぎ。なんと夢のある話だ。それだけあれば、おもちゃやお菓子がどれだけ買えるだろう。子供達の呪われた希望はどんどん膨らむ。

「ま、私は金のためにやってる訳じゃないが、生きていくにはある程度は稼がにゃならんからね。さて、これで今日の講義は終了だが、最後に何か質問はあるかね?」

「どうすれば、呪詛吐き様みたいになれますか?」

子供達は聞きたい事は山ほどあったが、先ほどの眼鏡の少女がそう質問すると、皆、静まり返った。結局、皆が聞きたい質問はそこに集約するからだ。

「ほう、いい質問だね。そうだね……まずはうんと勉強する事だね。私は表向きは薬師という事になっているが、薬学は呪いに応用出来るからさ。それに算術や話術も必要だよ。上手く出来れば、さっき言った馬鹿な金持ちから、金をふんだくる事が出来るからね」

「他に何かありますか?」

「あとは心身を鍛える事だね。さっきも言ったが、呪いってのは扱い方を間違えれば自分に降りかかるが、体力と精神力を鍛えておけば跳ね返せるのさ。病気を治すのに薬を飲むより、なる前に予防しろって事さ」

要するに、勉強と運動をしっかりやれという事である。健全な肉体には不健全な魂が宿る。それが呪詛吐きの教育方針である。

「さて、他に質問がなければ以上で終了だよ。私は時間がないからあまり来られないが、お前達が立派な呪い使いになって、大陸を混沌の渦に投げ込む日を楽しみにしているよ」

呪詛吐きがそう言って椅子から立ち上がると、子供達も全員椅子から立ち上がる。

「私達!」

「俺達!」

「「「早く邪悪な呪い使いになって、大陸を滅茶苦茶にします!」」」

子供達が真顔で宣言すると、呪詛吐きは顔をくしゃくしゃにして笑った。

「そうかい。この老体にはその気持ちが一番嬉しいねぇ。じゃあ、悪い子のみんなにはご褒美ほうびをあげようかね」

「えっ」

呪詛吐きは蟲毒の入った小ビンを懐にしまうと、代わりに飴玉くらいの大きさの石ころを取りだした。何の変哲もないただの石ころを、子供達は一つずつ受け取り、不思議そうに眺めた。

「それは呪殺石じゅさつせきと呼ばれる、蟲毒の簡易版みたいなもんさ。嫌な奴がいたり、お父さんやお母さんがつらい目に合わされたら、そいつの家の庭に放り込んでやりな。呪力は調整してあるから死にはしないが、ま、三日は高熱で悶え苦しむだろうよ。イッヒッヒ!」

「ほんとに!?

「本当さ。証拠も残さずに復讐ふくしゅう出来る。呪いってのは素晴らしいだろう」

「やっぱり呪詛吐き様はすげぇや!」

子供達はサプライズの呪殺石をもらって大喜びだ。丁度その頃に夜明けとなり、本日の講義は終了となった。もちろん、普段は健康で文化的な生活を送らせているが、呪いの授業に関しては夜の方がバレづらい。子供達は眠たそうにまぶたを擦りながら、寝泊まりしている二階の部屋へと戻っていった。

講義終了後、子供達を寝かしつけた初老の男が呪詛吐きの元へと戻って来た。彼は片膝をつき、呪詛吐きの前にひざまずく。

「呪詛吐き様、お忙しい中ありがとうございました」

「なぁに。丁度エンテに頼まれた蟲毒が完成した所さ。これくらいお安いご用さ」

「ありがたいお言葉です。何か私に協力出来る事があればいいのですが」

「今の所は特にないねぇ……全く、今の世の中は平和でつまらんよ。私が生きてる間に日除蟲ひよけむしを使う機会もなさそうだしねぇ。どこかに、あの秘術を使わせるくらいの逸材がいてくれるといいんだがね」

呪詛吐きはそう言って、寂しそうに笑った。日除蟲を発動させるには莫大な費用と準備が必要になる。いくら裏で呪いの需要があるとはいえ、今の時代は蟲毒程度が関の山。この調子では、彼女の生きているうちに禁術を使う機会は訪れそうもない。

「ま、もし蟲を作る事になったら、あんたには呪いを集める手伝いをしてもらおうかね。我らの一族以外なら、どうなろうと知ったこっちゃないからね」

「分かりました。もしその機会があれば、喜んでご協力させていただきます」

それからちょっとした世間話をして、呪詛吐きは呪われた託児所を後にし、我が家へと帰宅した。

『オイ、ババア! メシダヨ! メシ!』

「やかましいわ! 私は徹夜で疲れてるんだ。その辺で適当に探してきな!」

『ソリャネェゼ!』

帰宅した直後、一晩ほったらかしで腹が減ったと騒ぐコクマルを無視し、呪詛吐きは自室に引っ込み、使い古してギシギシいうベッドに腰掛けた。そして、懐から蟲毒の入った小ビンを取り出すと、憎々しげに睨みつけた。

「全く。本当にくだらない世の中になったもんだ。たかが八歳の小娘を殺すのに、私が呪いを使うなんてねぇ」

エンテ王女の依頼で作った蟲毒は、ちんけな八歳の小娘に使うらしい。

若い頃は絶世の美女であり、多くの男をはべらせ、大陸の闇という闇を支配した呪詛吐き。それが今や、路地裏で薬師もどきをやりながら、小娘相手に呪いを使う。

「落ちぶれたもんだ。全く、せめて人生の最後くらい、一世一代の禁術を使ってみたいもんだねぇ」

呪詛吐きは溜め息まじりにそう呟くと、馬鹿げた考えを振り払うように首を振った。

──呪詛吐きの願いが叶うのは、これから半年後の事である。