「いつか、あたし達もアルエとセレネ様の故郷に行ってみたいわね」

「え、でも、本当に小さな国ですよ? 殆ど森と畑ですし、『馬と鹿の国』なんて言われてますし……」

「馬と鹿? いいじゃん。何か問題あんのか? 白森出て初めて見たけどイカすデザインじゃん。魔力があれば連れて帰るんだがなぁ」

「ねー、アークイラ、きっといい国よ」

「ふふ、そう言ってもらえる日が来るなんて、思ってもみませんでした」

アルエは穏やかに微笑んだ。『馬鹿者の国』『最小国の田舎娘』というレッテルなど、エルフには全く関係がないのだ。最近、月光姫と呼ばれ、次々と偉業を成し遂げていく妹に対し、自分は何も出来ていないとアルエは内心焦っていた。

けれど、ギィとザナを見ていると、とても自然体で生きている事が伝わってくる。それを見ていると、アルエの心も軽くなる。自分以外の者にはなれないし、なる必要もない。ありのままを受け入れる。その事を、エルフという種族はよく分かっているのかもしれない。

──そうして、エルフ二人と人間の王女は、和やかな雰囲気でポトフを分けあった。



「今日はお会い出来て嬉しかったです。お礼を言わせて下さい」

「礼を言うのはこっちの方だ。飯も食わせてもらったし。道案内もしてもらったしな。お陰で何とか城に帰れそうだ」

「あんた、ひょっとして迷子になってたの!?

「うるせーな! 俺だってセレネに頼まれた時以外、殆ど一人で出た事なかったんだよ!」

というような会話を目の前にして、アルエはくすくすと笑った。ギィとザナは、何が面白いのか分からず、二人して顔を見合わせたが、アルエが呼んでくれた馬車に揺られ、ヘリファルテ城への帰路に着いた。

「あー、たまたまアルエが来てくれたから良かったけど、あんた最悪だわ。結局、全然エスカレートになってないしぃ」

トータルで見れば今日の出来事は悪くなかったが、肝心のギィのエスコートは最悪オブ最悪だった。ザナが不満げにそう呟くと、横に座っていたギィは、外套がいとうのポケットから、何か筒のような物を取りだした。

「ほらよ」

「えっ?」

完全に不意打ちだったので、ザナは目を丸くした。ギィが無造作にザナに渡したのは、小さな果物ナイフだった。魔力などはめられていないが、鞘と柄の部分は象牙で出来ており、小さな装飾がしてある。

「首からぶら下げる宝石なんかより、そっちの方がお前向きだろ? お前、リンゴ好きだし、買っといたんだよ」

「…………」

ザナは無言でその果物ナイフをじっと見つめていた。確かに、下手な装飾より、ザナは実用的な物を好む。ザナは頬を緩め、ナイフを柄に納めると、きゅっと象牙のナイフを握った。

「いらないんなら返せ。俺が使う」

「やだ! 絶対返さない!」

「なら、お前にやる」

「ギィ」

「何だよ?」

「エスカレート、ギリギリ及第点をあげる。ほんとギリギリだけど」

「そうかい。そいつはありがとよ」

ギィはそう言うと、ザナとは反対側の窓に顔を向けた。ほんの少し頬が赤くなっているように見えるが、西日のせいかは分からない。

「さて、それじゃ城に帰って。とっとと会議を終えて飯食って寝るとするか。今日の晩飯は何だろうな」

「あんた……昼間あんだけ食べて、まだ食べ足りないの?」

そんなたわいもない会話をしながら、馬車は穏やかに城への道を進んでいった。

余談だが、ギィをぶったたいた鍋は、殴られたギィ自身が頑丈さを気に入って購入した。これでギィの実家の大量の鍋コレクションに、もう一品加わる事になったのであった。