ギィ、ザナを人間の街にエスコートする(前編)

人間とエルフの交易が開始してからしばらく経つが、エルフ達が人間の街に滞在する時は、ヘリファルテ王宮の来賓室らいひんしつをあてがわれている。

「あー、なんか面白ぇ事でも起きねぇかな」

その一室で、ギィはベッドの上に転がりながら、真っ白な天井を眺めていた。

先日、セレネの依頼により怪しげな老人を退治した事はあったが、それ以外は、ヘリファルテに来て物品その他取引をして帰るだけである。平和なのはいい事だが、どうにも退屈だ。

「なら、私がいい事教えてあげよっか?」

「あん?」

気が緩んでいたせいか、ギィはすぐ近くに人影がいる事に気が付かなかった。さすがに緩み過ぎだと自省したが、声の主は見知った顔──ザナだった。

「お前な、部屋に入る時はノックくらいしろよ」

「したけど反応がなかったのよ。それより、面白い事教えてあげよっか?」

「面白い事?」

ギィがいぶかしげな表情で尋ねると、ザナは何故かご機嫌で答える。

「今日一日、あたしをエスカレートさせてあげる」

「エス……何だそれ?」

「あのね、王宮で働いてる女の子から聞いたんだけど、人間の男の子はね、女の子を連れて街とかを案内する文化があるんだって。それがエスカレートっていうらしいの。あんた、私にそれをやりなさい」

「そのエスコリーダとかいう奴、別に面白くなくね? 何で俺が、お前を連れて街に行かないとならねぇんだよ」

「エスカレート!」

正解はエスコートである。

「人間の街にわざわざ付いてきてあげてる私に対して、ちょっと感謝が足りないんじゃない? で、エスカレートさせてあげるって訳。どうせ暇でしょ?」

「上から目線だなぁ、おい」

などと毒吐きつつも、確かにギィは、ザナに感謝していた。いくらギィが豪胆とはいえ、全く違う文化圏の中、同郷で、心を許せる存在が側にいるのは心強い。

魔力の細かい扱いや、探知能力に優れたザナは護衛役としてもうってつけで、何より、女性の目線から色々とアドバイスをくれるのも、貿易の面ではありがたかった。

「……しょうがねぇな。ま、会議が始まるのは夕方からだしな。人間の街にエスカレーターしてやっか」

「だからエスカレートって言ってるでしょ……ま、いいわ。そうと決まったら、早速出かけましょ」

ザナが笑うと、ギィも苦笑しつつベッドから身を起こす。エスコートという概念はエルフにはないが、ザナには普段から世話になっているし、行動で感謝の意を示すのも悪くない。

人間との会議は、月光姫と呼ばれるセレネが活動する夕方からと決められていたので、昼前の今の時間帯なら、出歩いても支障はないだろう。

ギィもザナも特に用意する物はなく、ギィは金の入った袋を胸元に突っ込むと、エルフの民族衣装のまま出掛ける事にした。ギィに関しては鍋を被って出ていこうとしたのだが、ザナによって無理やり引っぺがされた。

「で、エスカレーターってのは何をすりゃいいんだ?」

「それを考えるのがあんたの役目でしょ。とにかく、あんたは今日一日あたしを楽しませるの。そうすれば、あんたも楽しめるって掃除役の子が言ってた」

「なんだそりゃ。人間ってのはよく分かんねぇな」

ギィからしてみれば、苦心して女を楽しませると何故自分が楽しくなるのか、理解不能だった。

ギィとザナが恋仲であればまだ理解出来たかもしれないが、二人は幼馴染みであり、恋愛対象というより、悪友といった方が近い。

とはいえ、一度やると言ってしまった以上、引っ込める訳にもいかず、とりあえずギィは、ザナを連れて街まで出る事にした。近くにいた召使いに、少し街に出てくると伝え、二人は長い廊下を歩いて馬車の所まで歩く。

その途中、寝ぼけ眼をこすった白い少女──セレネが廊下を歩いているのが目に付いた。セレネもギィ達に気付いたようで、寝巻き姿のまま近寄って来た。

「あれ? セレネじゃねぇか。この時間に起きてて大丈夫なのか?」

「おなか、すいた」

少し前、たまたま目が覚めたセレネは、そのまま二度寝しようとしたのだが、今が昼前だと気付いたらしい。

そして、今なら出来たてほかほかの昼食にありつけるかもと考え、それをもらいに食堂に乱入する所だった。当然、食った後は夕方まで寝るつもりに違いない。

「おでかけ?」

「そうよ。今からギィと街まで行って、お店とかで豪遊するの」

「豪遊するとは言ってねえよ! ただ、ちょっと飯を食ったり、店を見たりするだけだろ」

「めし!?

飯を食う、という部分にセレネのセンサーが反応する。ヘリファルテ王宮の料理は一級品だが、いかんせん王族向けなので上品な味付けが多いのだ。

その点、街に行けばきっと屋台などがあるだろう。肉をぶつ切りにした串焼きとか、そういうジャンクフードもどきがあるに違いない。セレネはごくりと唾を飲む。

「ついてく!」

「え? セレネ様も? 身分の高い人は、あんまり平民の所に行かないって聞いたけど……」

「こいつ、あんまり王族って感じしねぇんだよな。俺は別に構わねぇぜ」

「あんたね、だからセレネ様には敬語使えっていってるでしょ!」

ザナは割と人間の文化に対し順応しているが、ギィの方はあまり関心がない。

これはギィがエルフの族長という部分が大きい。エルフ族の長であり、自身の文化にプライドを持っているので、必要以上に他の文化に干渉しようとしない面がある。

それはそれとして、セレネはギィの返答にご満悦だった。久しぶりに大雑把な物が食えると思うと、セレネの心はときめいた。安っぽいときめきである。

「駄目よ!」

「なにぃっ!?

だが、突如後ろから声を掛けられ、セレネは慌てて振り向いた。物陰からセレネに語りかけたのは、マリーだった。マリーはセレネを睨みつけると、そのまま近寄り腕を掴む。

「セレネは街に行っちゃ駄目。夕方の会議の着付けをしなきゃならないんだから」

マリーはセレネの腕を離さず、そう言った。会議に出る時のセレネの正装は、着付けに時間が掛かるのだ。しかも、セレネが嫌がって暴れるので、余計に手間が掛かる。

夕方にならないとセレネが起きてこない事もあり、着付け係は、いつもギリギリの攻防を強いられていた。今のように時間が多く取れる機会を逃してはならない。

「ちょ、ちょっと、だけなら……」

「大体、まだ寝巻き姿じゃない。その格好で街に行けないでしょ?」

「いける、ぜんぜん、いける!」

「全然いけてない! 駄目!」

転生する前のセレネは、普段着は半袖短パン、部屋ではパンツ一丁が正装だったので、今のフリルの付いた寝巻は、セレネの自己評価では九十点くらいの高評価だ。無論、マリーからすればゼロ点どころかマイナス三十点くらいである。

「じゃあ、かお、あらう、かみ、とかす、きがえる、もんだい、なし」

「そういう問題じゃないわよ! 帰ってきてからじゃ間に合わないでしょ!」

どうあってもマリーはセレネを街に行かせるつもりはないらしい。だが、ここで諦めてしまえば、ジャンクフードへの輝かしい道が閉ざされてしまう。何としても、ギィとザナに付いていかねばならない。

「おさらば!」

こうなったら先手必勝。セレネはマリーの不意を突いて腕を振りほどき、走って横を通り過ぎる。とにかく街に行く馬車に乗り込み、後でギィと合流しよう。前にアルエの大学に行った時に使った戦法である。

「甘いわ! 脱走ー! 脱走よー!」

走り去るセレネの後姿を見ても、マリーは慌てなかった。マリーが「脱走!」と叫ぶと、出口の前に、メイド服姿の女性が何人も立ちはだかった。

「ぬぅぅぅ!?

「前にセレネに騙されて以来、逃がさないように入口にある程度人員を割いてあるのよ!」

「お、おのれー!」

セレネは歯噛はがみし、後ろに身を引こうとするが、すかさず二人のメイドが前に出て、がっちりとホールドする。そのままセレネは、両手両足を担架たんかのように掴まれ、宙ぶらりんにされた。

メイド達もセレネの扱いに慣れているようで、空中で空しい抵抗を続けるセレネをそのまま別室送りにした。

「ウワーッ! はなせぇー!」

セレネは登場した直後に退場となった。こいつがいると話がややこしくなるので、今回の登場はここで終了です。お疲れさまでした。

「全く、手のかかる妹分で困っちゃうわ」

マリーはやれやれと首を振り、きょとんとしているギィとザナに振り向いた。

「騒がせちゃってごめんなさいね。あの子、動きづらいって巫女服着るの嫌がるのよ。あなた達、これから街に行くんでしょ? 大通りなら色々お店があるから、そこに行くといいわ」

そう言って、マリーは赤いドレスを翻し、わめくセレネの後を追っていった。

「なんか……大変だな」

「まあ、セレネ様の気持ちもちょっと分かるけどね。あんなに小さいのに、自由に遊べないっていうのも可哀想ね……」

ギィとザナは、セレネの境遇を思うと、少しだけ神妙な気持ちになった。

実際には、セレネは別に遊びたい訳ではなく、屋台で売っているであろう焼き鳥だの焼き豚だのを食べたかっただけなのだが。

こうして、セレネはリタイヤしたが、ギィとザナは予定通り、馬車に乗って二人きりで城下町へと向かった。目的地は、マリーから聞いたヘリファルテの大通りである。