「えー、なにそれ。暗いってこと?」

「そういうわけじゃない。雨が降ってる時はよつじの隣にいたくなるって思った」

 自分でもどうしてそう思うのか不思議だった。四辻は性格も明るいし、きっとそんな人には晴天が似合うんだろうけど、四辻には何故か、黒や灰色が似合う。お母さんと先生とのことを知ったとき、私の心の中には雨が降っていた。この世の誰であろうとどうにもできないような、土砂降りだった。もうだめだと思ったとき、四辻が私を温めてくれた。冷たい悲しみのなかで、ずっと寄り添ってくれた。

 四辻は見ている人を引き込むような、艶のある瞳を細めた。

「晴れてる時もずっと一緒にいてくれたらいいんだけど。なーんてね」

 四辻が笑うと、四辻の周りのお湯がちゃぷちゃぷと波を立てる。四辻はそのまま立ち上がると、ちょっと水飲んでくる、と脱衣所の方へ行ってしまった。私は自分の足の爪先をぎゅっとつまみながら、四辻のすっきりとした線を描く背中を見つめる。

 移動教室の時も、お昼休みの時も、私達はいつも一緒にいるはずなのに、と思ったけど、本人が言っていたように、これも冗談なんだろうなと深く考えることはしなかった。

 私達は温泉から上がると、部屋に戻って、自販機で買ってきたミネラルウォーターを飲んだ。適当にチャンネルを切り替えて、面白くもつまらなくもないバラエティー番組を見ていると、四辻は洗面所へ髪を乾かしに行った。

 四辻の短い髪はすぐに乾いて、戻ってきた四辻は荷物からポーチを出した。四辻がポーチの中を指で漁ると、カチャカチャと化粧品同士がぶつかる音がする。

「お、見つけた」

 四辻が取り出したのは、細かいラメの混ざったコバルトブルーのマニキュアだった。

「綺麗な色だ。よつじっぽい」

「でしょ? 塗ってあげる」

 四辻はそう言うと、くるくると蓋を回して、ベットに座る私の手を取る。たっぷりと色のついた刷毛が爪を撫でると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。四辻は僅かに笑みを浮かべていて、私はされるがままに、爪の上に青色が広がっていくのを見ていた。テレビの音量を消したみたいに、急に部屋が静かになって、マニキュアの匂いが微かに鼻の奥を刺激する。

 全部塗り終わるまでの時間がとても長く感じた。四辻はコバルトブルーに染まった私の爪を見つめると、満足気に微笑む。

「よし。綺麗に塗れた」

「ありがと。でもなんで急にマニキュア?」

 私は普段マニキュアを塗らないし、四辻が塗っているところもあまり見たことがない。

四辻は私の肩を掴むと、耳元に口を寄せた。

「マーキングみたいなもの」

 四辻の吐息がくすぐったくて、思わず私は肩を縮める。四辻の言っていることがよく分からなかった私は、顔を上げて四辻を見つめた。私の肩から手を離した四辻は、どこか影のあるような、不思議な笑顔を浮かべていた。

「髪の毛乾かしてあげる」と四辻が言う。私は小さく頷いて、そのまま四辻に髪を乾かしてもらった。

 翌日は晴天だった。レストランで朝食を食べた私達は、神社を巡って、町を歩いた。アスファルトは、焦げつくようにじりじりと熱を放っていたけど、神社の中は不思議と涼しかった。お昼に美味しいお蕎麦を食べて、私達は電車に乗った。コンビニで買ったフラッぺのストローを指先でいじくる私に、四辻が言う。

「私、蛍ちゃんに会いたいな」

「ほたる? なんで?」

 私は残り少ないフラッペを吸う。舌の上に残った氷の粒をじゃりじゃりと噛み砕いた。

「だってさ、伊吹と仲いいでしょ? でも私話したことないから、夏休み中に三人で遊びたいなって思って」

「なるほど。連絡してみる」

 蛍は怖がりだし、大丈夫だろうかとちょっと心配になった。でも、四辻が怖い人じゃないことを私はよく知っているし、蛍と四辻が仲良くなれたらいいなと思った。

「よろしくね。楽しみにしてる」

 四辻はそう言うと、私のフラッぺのストローをくわえて、中身を飲もうとする。でも、もうほとんど中身は残っていなくて、ずずずっと空気を吸う音がした。その間の抜けた音が面白くて、私は笑った。「飲みたかったのに」と四辻が不満そうに唇を尖らせたので、私は四辻のおでこにぺたんと手のひらを乗せる。爪に乗せたコバルトブルーのネイルが、窓から差し込む太陽の光に包まれて輝いた。