あとがき
2022年頃に専業作家になって以来、僕は忙しい日々を送っていた。
兼業から作家業に専念することで自由な時間が増え、結果的に原稿に専念できる──専業作家に転向した当初はそんなふうに思っていた。
しかし不思議なことに、年が明け、2023年。『魔女の旅々』だけでなく、『祈りの国のリリエール』3巻、『ナナがやらかす五秒前』の刊行、そして『魔女の旅々 学園』(特装版)の執筆などなど諸々の業務からドラマCD作業など数えきれないほどの業務が波のように押し寄せ、結果として2023年の夏が終わるまで僕は兼業当初よりも仕事に追われる毎日を送ることとなった。
そうして迎えた8月のこと。
──疲れに疲れた僕の身体は闘争を求めた。
仕事をすれば休みを迎える。当然の権利である。僕は数世紀ぶりにPS5の電源をつけ、朝から晩まで夜通し独立傭兵として仕事をこなした。仕事を休んで仕事するとはこれいかに。
とはいえ、もとより8月は某ゲームの発売日がある月ということもあって、以前から「2023年の8月は休みますからね! 絶対仕事しないですからね!」と担当編集氏にも言っていたこともあり、8月は基本的に仕事のない穏やかな日々だった。
某ゲームの発売日は8月末のことだったので、その日を迎えるまでにいろいろなことにチャレンジした。もとより今年の8月は新しいことに挑戦する月だと自身の中で捉えていたのだ。
ゲームの配信や動画編集もそのうちの一つ。実際にソフトに手で触れて動画を動かすことでたった2分の動画を作るためにどれだけの苦労があるのかを学ぶことができた。動画で表現できる「面白さ」は小説とはまた違った趣があり、自身の中で「面白さ」の解釈が広がってゆくのを感じた。
かねてからいろいろな本の後書きでちょこちょこ触れていたように僕は温泉が趣味だったため、車の購入にも踏み切った。
そして一週間後に事故った。
大事なことなのでもう一度改めて書きますね。
車を買ってから一週間後に事故りました。
はい。
いまこれを読んでいる皆さんはさぞ困惑していることでしょう。一から順を追って説明しますので、皆さんにおかれましてはワニが死にゆく様をカウントダウン形式で眺めるように穏やかな気持ちで見守っていてください。14行後に事故るラノベ作家。
それは8月某日のこと。
僕は久々に買ったマイカーで都内某所の温泉に日帰りで行った帰り道を辿っていた。時間帯は夜9時ほど。二車線の大通り。車の通りはさほど多くはない中、僕は左車線をのんびり走っていた。
買ったばかりだからか、小型中古車くんは当然ながら絶好調だった。まだ乗り慣れていないとはいえ、前職が車関係だったことも功を奏したのか、小型中古車くんが僕の身体にすんなりと馴染んでくれているのを感じていた。言葉にできない心地よさが運転する全身に伝わってくる。
信号で止まり、温泉への往来を共にしてくれた相棒のハンドルを優しく握る。
「これからよろしくな……相棒」
この温泉旅行は始まりに過ぎない。僕と小型中古車の冒険はこれからだ。これから先、僕はこの相棒に乗ってありとあらゆる場所を旅するのだ。
そう、まるでイレイナさんのように!
などと目をくわっとさせた頃に信号が青になった。
「じゃあ行くか、相棒!」
直後に後ろから思いっきり追突された。
「相棒おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
心臓が飛び出るかと思った。『ごん!』と激しい音が鳴ったかと思うと僕の車が勝手に横断歩道まで飛び出ている。何が起こった? 何か踏んだのか? でも僕発進してなかったじゃん。頭がパニックになる中、後ろの車のヘッドライトがめちゃくちゃ近いことに気づく。ああ追突されたのか……、と気づいたのは事故発生からとても長い数秒が流れた後のことだった。
すぐに近くにあったコンビニに車を停める。
車を降りてまず確認したのは相棒の損傷度合いだった。
後ろに回り込んだ直後に落胆した。
相棒のバックドアのあたりが思いっきり凹んでおり、すでに閉まらなくなっていた。運転席側にもそこそこ重い衝撃がきていたが、どうやら車もただでは済まなかったらしい。では相手側の車はどうなのだろう? 僕に遅れて駐車場に入ってきた相手側の車を見る。ゴリゴリのグリルガード(車の前面にある鉄パイプみたいなやつ。主にアウトドアで利用する車でたまに見られる)を装着したワンボックスだった。こんなん追突するために生まれてきたようなもんなので相手側の車は当然のようにピンピンしていた。
後ほど運転席から降りてきたのは30代半ばと思しき男性で、どこからどう見ても浮かれた格好からして恐らく友人同士で海に行ってきた帰りだろう。相手ドライバーとその友人たちの間には微妙な空気が流れていた。
事故後の処理はそれから滞りなく行われた。警察に通報し、その後立ち会いのもと事故の記録をとり、保険会社への連絡やお互いの連絡先の交換など諸々を済ませる。その日はそれで解散。コンビニで養生テープを買って、べりべりと巻きつけて家路につく。
たまに道を走っていて、「何でこの状態で走っとるん?」と思わせるくらい酷い外見の車が走っている様子を見たことないですか? それ僕みたいな事故帰りの車です。
こうして一連の騒動が終わったあとに待っているのは保険会社とのやりとり。正直に申し上げるとかなり面倒臭い。とっとと終わらせたい気持ちを抱えながら、僕は相手保険会社からの連絡を待った。
相手保険会社(社名は伏せる)はかなりの大手。恐らく迅速に対応してくれるだろうとの期待のもと、僕は連絡を待った。
連絡が来たのは二日後だった。
二日後!?!?!?!?!?
二日間何してたん? と思いながら電話をとる僕。曰く、相手の車はレンタカーであり、ドライバー・レンタカー会社との連携がうまくいかずに時間がかかったのことだった。
まあいいやと思いながらも僕は事故後の処理を進める。事故後は首が結構な痛みに襲われたので、病院に通院したり諸々と面倒なことをこなしていった。電話で簡単な挨拶を終えたあとはメールでやり取りをすることとなった。停まっている僕の車に追突してきたので当然ながら損害の割合は10対0。こちらに非はない。保険会社が支払う慰謝料等を計算するためにこちらの確定申告の書類などを提出する。提示された慰謝料があまりにもあんまりな額だったので相談する僕。相手側からの返信が届く。
「じゃあここから先は弁護士を通してお話しさせていただきます」
「何で!?!?!?!?!?」
なぜか究極奥義を先に出してくる相手側保険会社。
「僕も弁護士使えばよかったじゃん……」と思い至ったのはそのときだった。こちらの保険会社を通して僕は弁護士特約を用いて依頼することになった。
相手保険会社のあんまりにもあんまりな対応に僕は疲弊した。これが8月じゃなかったら僕は今頃、ストレス発散のために炎上している話題に対して「うちの業界では~」と上から目線で講釈を垂れるSNS上でしか名前を見かけないご意見番ヅラしたモンスターの仲間入りをしていたかもしれない。
ちなみに相手側の保険会社の名前は伏せるが、2023年に話題になった某中古販売業者とセットでよくニュースで名前を見かける会社だったので、ある意味で事故対応のアレな感じには納得感しかなかった。
何はともあれ、こうしていろいろな経験を積み重ねていったことで、僕は物事の解釈を広げてゆくことになった。
続編が出ないと散々言われていた某レイヴンも今や2023年を代表するゲームのひとつ。動画編集に手を出してみれば小説で求めていたものとは別の「面白い」に触れることができ、そして事故に遭えば被害者側もめちゃくちゃ面倒臭い目に遭うことを知って安全運転により一層気をつけるようになった。
今年一年、専業として過ごすなかで、小説とはこうあるべきだ、物語とは、「面白い」とは、世の中とも向き合い方はこうあるべきだ、という形が僕の中で広がってゆくのを感じていた。
こうして次々と湧き出る新しい価値観に触れたことで、恐らく『魔女の旅々』シリーズ刊行当初だったら絶対にやろうと思わなかったであろう『魔女の旅々 学園』のシリーズ化にも踏み切ることとなったのです。
実際やってみたおかげで『魔女の旅々』のドラマCDでしかできなかった息抜き的なおふざけを一巻丸々通して書くことができて個人的にはとても楽しかったです。続きが出るなら絶対にやりたいですね。『魔女の旅々 学園物語』もドラマCDにならないかなーと思いながらキャラのやり取りを延々と書いておりました。個人的にはルシェーラさんとプリシラさんはどうしても出したかったキャラだったので、一巻からの登場となりました。続きが出るなら他にも本編で登場したキャラたちが次々と出てくるような流れになればなー、と思っています。
再登場させたいキャラが多すぎる……。
ちなみに言うまでもないことだとは思いますが本作である『魔女の旅々 学園物語』はファンタジー作品である『魔女の旅々』とは別の世界の物語となっていますので、本編のようなシリアスな展開は基本的にはないですし、魔法も出てきません。一部魔法っぽい力によって生まれたキャラもいますが、これは何かそういう感じの不思議な力が働いて生まれたのだと思ってください。この作品においては深く考えることを忘れて、キャラたちと共にのんびりとした時間を穏やかに過ごしていただけたら嬉しいです。
それでは長々となりましたが、謝辞を!
nec
mi先生。
特別版に引き続き、担当していただきありがとうございます! カバーのイレイナさん含め、「魔女旅」で見知ったキャラたちの新しい一面を描いてもらうたびに白石は拝み倒すこととなりました。
nec
miさんとお仕事をすることは作家として描いていた夢の一つであったので、まさか「魔女旅」シリーズで叶えられることになるとは思ってもいませんでした。人生何があるかわからないね……。
ミウラー様。
いつもありがとうございます! この企画が始まったのも、シリーズ化となったのもすべてミウラーさんの発案があってのことなので本当に頭が上がりません。それはさておきドラマCDとかもやりたいですよね! ね! 脚本ならいくらでも書きますので!
そして読者の皆様。
一冊丸々通して書かせてもらった『魔女の旅々』のおふざけに最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
本が売れない、ラノベは売れないと言われ続けている昨今でこのような変わり種に触れてもらえることが僕は何よりも嬉しいです。
今後も定期的にこういったおふざけ的なお話を展開できればと思いますので、もしよければこれからも本編含め、応援いただければ幸いです。
次巻があればぜひよろしくどうぞ!
それでは!