「お前ってさ、楽器演奏できんの?」
シーラ先生から
校内放送を用いてのお呼び出し。基本的には彼女が人を呼ぶ時というのはお
なので職員室にて、
楽器ですか?
「いえ、演奏できませんけど……?」
ていうか何ですかその質問。
私を見つめるシーラ先生の表情は「楽器できるなんて意外だなぁ。すげー」と語るようであり、その目は私がどんな楽器を演奏できるのか
できるのかどうかを聞くのではなく、できる前提でのご質問。
ちょっと意味がわかりませんね。
「
急にどうしたんですか?
と私はとてもとても首を
しかしながら私と同じくシーラ先生もまた、「ふうん……?」と言いながらも
「じゃあ何でお前、音楽同好会に
とんとん、と彼女の人差し指が
そこにあるのは入部届。記入されているのは私の名。
そして入部先はどういうわけか音楽同好会。
日付は去年の夏頃を指していました。
つまり私は去年──一年生の夏頃に、音楽同好会に自らの意思で入部を果たしてるということになりますけれども。
「あ」
証拠品を出されて一つ思い出したことがありました。
去年の夏頃といえば、ちょうど私とアムネシアさんが仲良くなったタイミング。サヤさんも含めて三人で遊び始めるようになった頃のこと。
確かにそのとき、参加したのです。
音楽同好会に。
「別に楽器が演奏できるから参加したわけじゃないですよ」手を軽く振って
「じゃあ何で?」
「当時の三年生にどうしてもと頼まれまして」
どうやら夏頃になって部員が一人
そんな時、学校内で
まあ籍を置いてくれるなら誰でもよかったのでしょう。
「多分私だけじゃなくてサヤさんやアムネシアさんの入部届もあるはずですよ」
入部届を書いてくれたら放課後好きに音楽室を使ってもいいという交換条件に私たち三人はそろって
「そうだな」
頷きながらシーラ先生が机に置いていた手をずらすと、重ねられていた入部届がこちらに顔をのぞかせました。「……じゃあお前らは楽器の演奏なんてできないし、ほぼ帰宅部みたいなもんだけど、一応書類上は音楽同好会って扱いになってる
「そうですね」
「三人とも?」
「そうなりますね」
「そいつは
ふう、とため息をこぼしながら天を
「どうかしたんですか」
確認のために呼び出したのならもう行っていいですか?
「……じゃあもう帰っていいぞと言いたいところだが、実はここでお前に
「はい?」
「お前ってさ、学園音楽祭って知ってるよな?」
「はあ……」
学園音楽祭。
というのは我が校──学園セレステリアにおいて古くから行われている
去年は開催しなかったようですが、今年はどうやらやる方向で話が進んでいるらしい、ということは演奏経験のない私にも届いております。
「サヤさんやアムネシアさんたちと
どうやら当日はちょっとした出店なんかもあるのだとか。早い話が文化祭のようなイベント。
はてさてどんな物を食べてやりましょう?
楽しみです、と少々
「いや多分、観覧とかは無理じゃねえかな」
そしてあっさり私の妄想を手で払うシーラ先生。
「何でですか」
むむむと
それからシーラ先生は、とてもとても困った様子で、申し訳なさそうにため息を
「お前ら、学園音楽祭への参加が決まってんだよ」
などと。
…………。
「はい?????????」
○
どういうわけか学園音楽祭への参加が決まっている。
この意味不明な
「もう終わりですよ……」
その結果ソファの上でうつ
それは一体誰でしょう。
残念ながら私です。
「どうかしたのですか、イレイナ様」
なので私は彼女を見つめ返したのちに、答えました。
「ほええ」
「イレイナ様?」
ああダメですねこれ。まともに言葉が
「落ち着いてください、イレイナ様。話すのが難しければ、そのままでも構いません」
しかしながら
ついでに今日は
私の袖を
……制服?
「あれ……何で制服着てるんですか、ほうきさん」
あなた学校行っていないでしょう。
「実はイレイナ様……わたくしも明日から学校に通うことになったのです」
さらりと彼女は語りました。
どうやらほうきさんが一緒に住むようになってから、お母さんの方から「ほうきちゃんも一緒に学校通ったら?」と
なるほどそういう事情だったのですね。
私は頷きながら答えました。
「ほええ」
「全然興味ないじゃないですか……」
「すみません今ちょっと色々と頭の処理が追いついてないんですよ」
「大丈夫ですか」
「ひと昔前のPCみたいな気分です」
「すみません、おっしゃってる意味がわたくしにはちょっと……」
ちょっとの動作でフリーズするってことですよ、と
「ともかく今はほうきさんがご存じの通り、まあ色々と厄介なことになっているんですよ」と肩をすくめる私。
「大変ですね……」
「このままでは演奏経験もないのにステージ上に引きずり出されて
ああ何と、かわいそうな私。
それからその場でしくしくとうそ泣きをしてみせる私に対し、ほうきさんは「ふむ」と考え込むような
それから彼女は指摘しました。
「……演奏ができないのであれば、そうお伝えすればよいのではありませんか?」
そもそも根本的なことを指摘しました。
「
「何で得意げな顔なのですかイレイナ様」
「もちろんシーラ先生から打診があった直後に伝えましたとも。サヤさんとアムネシアさんを集めて、三人で話しましたとも」
しかしながら私が望むような展開になどまったくならなかったのです。
むしろ望みとは
「何があったのですか」
首を傾げるほうきさん。
知りたいようですね。
……いいでしょう。
「ならばお話しして差し上げましょう──私たち三人のお話と、その
「何で得意げな顔なのですかイレイナ様」「今だいぶ情緒おかしいわねこの子」
それはさておき。
私はそれからかくかくしかじか語ったのです。
それは放課後。シーラ先生から学園音楽祭のお話を伝えられた直後のことです。
「ええええ! 学園音楽祭にぼくたちが参加……ですか!?」
お口を大きく開けて驚くサヤさん。
「あー、そういえば音楽同好会に加入してたわね、わたしたち」
そしてのんびりした様子で頷くアムネシアさん。
そんな二人の前で私は肩をすくめて大きくため息をついていました。
いやはやまったく困りましたよね。私たちは別に音楽がやりたくて音楽同好会に入っていたわけではないのに。まったく勝手な話ですよね。というような雰囲気を全身で
「ちなみに参加ってもう確定なんですか?」首を傾げるサヤさん。
これはあくまで私がシーラ先生から聞いた話ですけれども、
「一応、参加する方向で話が動いてしまってるみたいです。音楽同好会なのに学校で行われる音楽イベントに参加しないなんて変な話ですし」
とはいえまだ学園音楽祭まで一ヶ月近く時間はあります。
参加
今ならば万が一、用意していた枠が空いてしまったとしても、きっと大人たちがうまい具合に調整してくれるに違いありません。
というわけで。
「実はお二人に折り入って相談があるのですけど……」
三人で
期待を込めた瞳で二人を見つめる私。
入学してから約一年もの付き合い。いつでも私たちは大体一緒でした。目と目が合えば通じ合うものもあるものです。
「大丈夫ですよ、イレイナさん。ぼく、わかってます!」
えへへ、と表情を緩めるサヤさん。
「ええ。心配しないで」
そしてにこやかに笑うアムネシアさん。
「二人とも……」
やはり持つべきものは理解あるお友達。
彼女たちは私の意図を完全にくみ取ったような表情で頷いたのちに、それぞれ言葉を並べるのです。
「ぼくたちで参加したいってことですよね!」
ん?
「せっかくの機会だし、みんなで思い出作りたいってことね!」
あれ?
…………。
あれれ?
「いやあの、私そういうつもりで相談しにきたわけじゃ──」
「
うふふふ、と笑みを浮かべるサヤさん。いや照れ隠しとかじゃないんですけど。普通に参加したくなくて言ってるんですけど。
というか。
「いやでもそもそも私たちって楽器演奏できな──」
「ちなみにサヤさんって何の楽器が演奏できるの? わたしピアノとかキーボードならできるけど」
「アムネシアさん???????」
楽器演奏できたんですか?
初耳なんですけど。
「あ、ぼくはドラムならできますよー」
そして私を置いてそのままお二人の会話が始まりました。ていうかドラムできたんですかサヤさん。
「あー、なんかドラムってサヤさんらしいかも」
「ぼくっぽいってどういうことですかー」
「ちなみにうちの妹はギター弾けるわ」
「ぼくの妹はベースできますよ」
「あ、じゃあ二人も呼んで五人でバンドやろっか」
「いいっすねー」
…………。
完全にやる方向で話が進んでいる……。
「あ、ちなみにイレイナさんは何の楽器演奏できるのー?」
完全に私が演奏できる
きらきらとした目をこちらに向けるアムネシアさん。あまりの
「えっと……ギターが……得意です……」
私は死んだ魚のような目をしながら、そのように語りました。
「──というわけで普通に学園音楽祭に参加する流れになっちゃったんですよねぇ」
まさかお二人が乗り気になるとは思いもしませんでした。
それからの流れはとてもとてもスムーズで、お二人がそれぞれ妹さんに連絡をしてあっさり五人組での参加が確定してしまいました。
「それはそれは……大変な事態ですね……」
ほうきさんからは
もはや事態は私の手に余るところ。魔法でも使えればパパっと解決できたのかもしれませんが、私はあくまでただの人。一ヶ月程度でいきなり
私は人より
「たすけてくださいほうきさん……」
そもそも大前提としてギターすら持ち合わせていない今の私にできることはほうきさんに頼ることくらいなものでした。きっとほうきさんもたいそう困ったことでしょう。
私から急にそのようなお願いをされても
「かしこまりました」
「んん?」
いま何と?
「イレイナ様がお困りならば、このわたくしがひと
目を白黒とさせている私に対し、ほうきさんはえへんと胸を張りつつ言いました。「要するに一ヶ月でギターを弾けるようにして差し上げればよろしいのですね?」
「え、ええ……まあ、そうですけど……」
誤解のないように言っておくと私はもちろんそんなことは可能だとは思ってもいませんし、ややこしい事態になってしまったことへの
むふー、と依然としてほうきさんは得意げなお顔をしていました。
「ございますよ。イレイナ様が一ヶ月でギターを演奏できる方法が」
「何……ですって……!?」
お顔を向き合わせながらややオーバーな演技を繰り返す私たちの様子はまるで『日曜劇場』に近しい雰囲気をたっぷり込めておりました。
「その方法って、一体──」
どうすればいいのですか……?
身を乗り出す私。
そのときのことでした。
「ごはんできたわよー」
キッチンのほうから割って入ってきたのはお母さんの声と、
なるほどなるほど。
「詳しい話は後にしましょうか」
「そのようですね」
私たちは互いに頷き立ち上がりました。
話は変わりますけど『日曜劇場』って大体は本題に入る前にいったんCMを
○
改めて言いますと
演奏経験もないのに学園音楽祭への参加が決められてしまったこと。
そしてもう一つは、そもそもギターを持ってすらいないこと。
しかし後者についてはほうきさんがいとも簡単に解決してしまいました。
「こちらをどうぞ」
それは夕食が済んだ後のこと。
部屋でのんびり過ごしていた私のもとに訪れたほうきさんは、はいどうぞと私に一本のギターをごく普通に手渡してきたのです。
ギター。
多少の使用感はあるものの、しかしながら大きな汚れも見えません。
「どっから持ってきたんですかこれ」
するとほうきさんはたいそう得意げな表情を浮かべながら、言いました。
「
「要するにゴミを拾ってきたってことですね」
「以前散歩していたときにたまたま見かけまして……」
曰くまだ使えそうだったからと屋根裏部屋まで持ち込んでいたのだとか。よく見てみるとギターケースに
「ちなみにギターさんの他にもありとあらゆる物をわたくしの
一緒に住むようになってから空き部屋だったお部屋を一つほうきさんにお渡ししたのですけれども、どうやら屋根裏部屋も自由に使っておられるご様子。
たまに家中どこを捜しても姿が見えないことがあるとは思っていたのですけど、屋根裏部屋に
「まあ……別にいいですけど、お母さんにはバレないようにしてくださいね」
多分
「問題ございません」
「そうなんですか」
「家事を手伝うことで手を打ちました」
「買収してる……」
まあしかし屋根裏部屋が健在なことでギターを入手できたのですから、私もとやかく言える立場ではありませんね。
何はともあれ私を悩ませていた問題の一つは解決。
しかし残されたもう一つの問題が、厄介なのです。
「……ギターを手に入れても私、結局演奏の方は全然ダメなんですけど」
視線を落とせばギターの弦に触れる私の指。ぴん、と弾いてみれば間の抜けた音が虚しく響きます。
もう一度適当に弦を押さえて鳴らしてみれば、今度はまったく違う音。けれど私には、どこをどう押さえれば何の音を奏でることができるのかがまったくわからないのです。
このような状態では壇上など到底立てないと思うのですが。
その辺どうなんですか? と視線を送る私。ほうきさんは私の意図を察するように頷くと、
「ギターさんと仲良くなればいいのですよ、イレイナ様」
とあっさり答えました。
「仲良くなる……?」
「イレイナ様は以前、わたくしとリバーシで勝負したときのことを覚えていますか?」
「……ふむ」
言われて私は考え込みます。少し前の出来事を振り返ります。
ほうきさんが家に来てからというもの、急に年の近い姉妹が出来たかのような日々が私の日常となりました。
例えば学校から帰って、ごはんを食べたあと。
例えば休日、暇な時間を過ごしていたときのこと。
私とほうきさんは度々、顔を合わせて遊ぶようになりました。
少し前はリバーシで対戦などもしたのですけれども。
「──おやおや。また私の勝ちですか」
弱いですねぇ、などと笑ってみせる私の目の前には黒に染まった盤面が一つ。
「むううううう……」
顔を赤くして頰を膨らませ、子供のように
五勝零敗。
五度目の敗北を受けてほうきさんは少々むきになっておられました。
「もう一回! もう一回お願いします、イレイナ様!」
おやまあ。
「もう一回負けたいんですか?」
「むううううう……!」
わかりやすい私の
冷静さを失うと人は勝てるものも勝てなくなるものです。きっと次も私が勝つに違いないと確信すらしました。
そんなこんなで迎えた六戦目。
私たちはぱちぱちと盤面を白と黒で染めていきました。
勝敗がついたのは数分後。
「あれ?」
目をぱちくりとさせる私。
不思議な光景が目の前にはありました。
真っ白の盤面。
何と私は敗北していたのです。
「ふふふ……」
そして対面しているのは勝ち誇った表情のほうきさん。「これで五勝一敗ですね、イレイナ様」
瓜二つだからこそわかるのですが、私のしたり顔って結構いらっとさせられるような表情なんですね。客観的に見せられて初めて気づきました。ほっぺた引っ張ってやりたいです。
「……どんな手を使ったんですか」
胸の底から
彼女はえへんと胸を張りながら答えました。
「リバーシさんと仲良しになったんです」
「……リバーシと?」
それってどういう意味です? と尋ねる私。
にわかには信じがたいお話ですが、物であるほうきさんは
しかしながら、彼女に秘められた力はそれだけに
「イレイナ様は例えば初めてお料理をしたとき、
下手に振れば切れる。扱いを間違えれば
どうして母は平然と扱うことができているのか理解できなかったほどです。
けれど今は違います。
小さい頃とは異なり私もそこそこ料理はできるのです。
今となってはマイ包丁をキッチンに置いているほどです。
「慣れてくると包丁の
ほうきさんは言いました。
「〝理解〟とは、〝対話の結果〟なのです、イレイナ様」
私が包丁を扱えるようになったのは、包丁という道具に対する理解を深めることができたから──言い換えれば包丁と仲良くなったからなのだと、彼女は教えてくれました。
そしてこのお話をリバーシに置き換えるならば。
「わたくしはたった今、こちらのリバーシさんとの対話を通して仲良しになったのです」
むふん、と胸を張りながらほうきさんはそのように言いました。
特にほうきさんのように常に物と会話できるような状態にあると、物事の上達速度は常人を
「なるほどなるほど」
勝ち誇るほうきさんの言葉に私は頷いていました。「つまりリバーシさんに手伝ってもらって私に勝った、ということでいいですか?」
「そういうことになります」
えへんと胸を張るほうきさん。
私は言いました。
「でもそれって要するにほうきさんが勝ったのではなくリバーシさんが私に勝ったということになりません?」
「え?」
「というか普通にイカサマだと思うんですけど」
彼女のほっぺたを引っ張る私でした。
「いひゃいれす、イレイナはま」
なんとなく
──というようなことが、少し前に確かにあったのですけれども。
「わたくしがリバーシさんを頼った時と同じように、イレイナ様もギターさんと仲良くなれば、一ヶ月で
ほうきさんは
私にはギターの声は聞こえないため、ほうきさんが通訳として割って入ることで対話を成立させるのだといいます。
「……そんな方法でうまくいくんですか?」
「ちょちょいのちょいでございます」
お任せくださいと自信満々のほうきさん。
「……ふむん」
ではありましたけれども、今のところ、彼女に頼る以外の手がないのも事実。
「じゃ、よろしくお願いします」
私は彼女のご提案に、笑みを返しておりました。
それではここで、一ヶ月にわたる私とギターさんの対話の数々──その
「改めてよろしくお願いしますね、ギターさん」
ギターを
ほうきさんの通訳による返答がすぐにかえってきました。
ギターさんによる記念すべき第一声はこちら。
『は? 平民
私は無言でギターを置きました。
…………。
「何言ってんですか?」ふざけないでもらえますかほうきさん。
「ちょっと触り方がダメだったみたいですイレイナ様」
「何ですか触り方がダメだったって」
普通に撫でただけなんですけど、とギターを見つめる私。
ではどんな触り方ならいいんですか? と尋ねれば、ほうきさんはすぐにふむふむとギターさんからご意見をヒアリングしてくれました。
「もっとゴミを扱うみたいに雑に使ってほしいそうです」
「こうですか」
適当にジャカジャカと弾く私。
みょんみょんと
『あああああっ! イイですわぁ!』
ついでにギターさんの鳴き声も響き渡りました。
「先が思いやられるんですけど……」
何はともあれこうして私とギターさんによる対話は始まったのです。
学校から帰ればいつもギターをかき鳴らしていました。
「……すみません、
『何でこんなものも読めませんの? このぽんこつ!』
ギターさんは初心者である私に、
「えっと……こうですか……?」
『あー、全然ダメですわ。指の押さえ方がなっていませんの』
コードの弾き方もすべてギターさん自身が教えてくれました。
「……こんな感じですか?」
『なかなかイイですわね』
ギターさんによる直接の指導。それはまるで目には見えない
どんな使い方をすればいいのか。
何がよくて、何がダメなのか。
本来手探りで一つ一つ上達していく道のりを、私はギターご本人による手引きを用いて最短で駆け抜けました。
ゆえに二週間も毎日練習すれば多少は弾けるようになり。
一曲丸ごと通して練習したあとで私は尋ねました。
「そろそろ他の皆さんと合わせて練習してもいい頃合いでしょうか?」
どう思います? ギターさん。
『ダメですわ!』
「……何でですか?」
私、多少は
ほうきさんが彼女の言葉を
なぜか恥じらいの表情を浮かべながら、彼女は言いました。
『だって……ほ、他の楽器さんと会うのでしょう……? わたくし、まだ心の準備が……』
「…………」
ジャカジャカジャカジャカ。
『ああああああああああああっ!』
ともかくそれから私はサヤさんたちと合流して練習をするようになりました。
○
「こちらは私の
放課後。
音楽室にてサヤさん、アムネシアさん、それからミナさんとアヴィリアさんを集めて合わせ練習をする前に、私はほうきさんを皆さんにご紹介しました。
「よろしくお願いいたします」
ご
彼女のことをどんな風に紹介すればいいのか迷いましたが、正直に『この子、私のほうきなんですよねぇ』と打ち明けたところで信じてもらえる可能性は低かったので、とりあえず親戚ということにしておきました。
親戚ならば顔が似ている理由にも説得力があるというもの。
お名前に関してはそういうあだ名ということで処理しておきました。
「ほえー」
お口をぽかんと開けながら頷くサヤさん。
「確かに似てるわね……」
ふむふむとほうきさんを見つめるアムネシアさん。
「何でほうきってあだ名なの……?」
そして少し首を傾げるミナさんと、
「ところで一個、聞いてもいいですか?」
…………。
「どうかしましたか?」
首を傾げて私は彼女に視線を合わせました。
するとアヴィリアさんはたいそう
「ほうきさんは何でギターに耳を
私は視線を落としました。
そこには私のギターにぴったり寄り添うほうきさんの姿が一つ。
…………。
何でと言われましても。
ちらりと顔を見合わせたのちに、ほうきさんは語りました。
「あ、わたくしのことはお気になさらず」
そうですね。
「あんまり細かいことを気にしていると疲れちゃいますよ、アヴィリアさん」
「いやこれ細かいことなのですか?」
私は返事の代わりにギターさんをジャカジャカと鳴らしました。
『あああああああっ! イイですわぁ!』
いつも通り忠実にギターさんの声を再現するほうきさん。私たちの調子は今日も絶好調ですね。アヴィリアさんに「は?」みたいな表情をされながら私たちはただ、したり顔を浮かべていました。
「さ、それじゃあ本番に向けて頑張って練習しますよー」
私の掛け声にサヤさんたちは「おー」と呼応します。
「まともなのはわたしだけなのですか?」
こうして死んだ魚のような目をするアヴィリアさんと共に私たちの練習の日々が幕を開けました。
○
そうして二週間の日々はあっという間に過ぎていきました。
毎日のように私たちは顔を合わせて、息を合わせて、音も合わせる。たった数分間のために
そうして何げなく過ごしていた毎日に、ほんの少しの音が加わりました。
「不思議ですねえ」
練習の合間、サヤさんは一息つきながらぼんやりと口を開いておりました。
「どうかしたんですか」
と尋ねてみれば、サヤさんはこちらに視線を送りつつ、
「いやあ、いつもと同じような光景なのに、楽器が加わるだけでこんなにも違うんだなぁって思いまして」と答えます。
「…………」
別に私たちは誰かに言われずとも、共通の目的をわざわざ見つけなくとも勝手に集まります。
私が視線を向けてみれば、休憩の合間に
いつもそばにいる彼女たち。
ここにあるのは、私たちの日常。
いつもと同じようで、けれど少しだけ違う日常。
「来年もこういうことができたらいいわね」
私のそばでアムネシアさんがぽつりとこぼします。
「まだ終わってないですよ」
まだ本番前ですけど、と私は返します。
彼女は笑っていました。
「結果がどうなろうとも
別に失敗したらそれはそれで笑い話になるだろうし。成功したらいい思い出になることは間違いないし──などと。
そんな風に、笑っていました。
恥ずかしい思いをしないようになるべく頑張りたいものですけれども。
「そうですねえ」
結果がどうなろうとも、大人になった後でも。
私は今過ごしている穏やかな日々のことをきっと忘れないでしょう。
なんとなく、そんな予感がしていました。
迎えた本番当日。
壇上から見えたのは
マイクの前に立てば抑えていた緊張が一気に胸の底から湧き上がります。正直に言えばたじろぎました。
後ろを振り向けば、いつも見かける顔がそこにはあったから。
再び前を向けば、すぐ近くで母と共にほうきさんが手を振っていたから。
「──
私の頭には練習の日々が
ほうきさんが私の服の袖をつまんできたのは、本番前日のことでした。
「どうしました?」急に改まった様子の彼女に、私は首を傾げて返していました。
「実は今回の学園音楽祭のお話で気になっていたことが一つあるのですが」
「はあ」
「イレイナ様はどうして学園音楽祭に参加することを決めたのです?」
「本当に今更なことを聞きますね」
「その上でずっと疑問だったのです」
穏やかな口調のまま彼女は言葉を続けます。「その気になればイレイナ様は学園音楽祭への参加を
「?」
どういうことです?
小首を傾げて返す私に、彼女は淡々と語りました。
「最初にお話を知った時から疑問だったのですが──学園音楽祭への参加が決まっているというお話はあくまで最初はイレイナ様にのみ伝わっていたのですよね? その気になればお話をイレイナ様のところで止めておくこともできたのではないですか?」
何ならシーラ先生からお話を聞いた時に「いや私楽器できないんで無理ですけど」と拒否することだって可能だったのではないか。
などとほうきさんは私に質問を並べました。
「よく前日に聞こうと思いましたね」
もうほぼ一ヶ月くらい前の話なんですけど。
「それで実際のところ
「…………」
私は視線を逸らしながら答えます。「いや、もう随分と前のことなんで覚えてないんですけど……」
「では予想してもよろしいですか?」
くすりと笑うほうきさん。
その目は私の心中をすべて
「ひょっとしてイレイナ様は、こんな日々を望んでいたのではありませんか?」
「…………」
ほうきさんは私とよく似ています。
彼女に対してうそをついても、きっと簡単に見透かされてしまうことでしょう。
「そうかもしれないですね」
だから否定はしませんでした。
いつもの面々で集まって日常を過ごす。目的もなく集まっている私たちで、なにか一つ大きなことに挑戦してみる。
いつもの日々を、少しだけ変えてみる。
そんな風に過ごしてみるのも楽しいのではないかと思ったことは、確かに事実です。
「やっぱり」
むふん、と得意げな顔を見せるほうきさん。
彼女は尋ねます。
「それで、どうでしたか」
どうと言われましても。
私は苦笑しながら答えます。
「思った通りでしたよ」
壇上、
そして私は歌いました。
ここにあるのは、私たちの日常。
いつもと同じようで、けれど少しだけ違う日常。
○
演奏は無事に終わりました。
壇上に立ったときの緊張も、光に照らされた時の熱も、歌い終わった後に浴びた歓声も、過ぎてしまえばまるでひとときの夢のよう。
片付けをしながら、私はさっきまで立っていたステージを見つめます。
学園音楽祭のために用意されていた機材の数々は既に解体されており、見慣れた体育館の一部へと戻りつつありました。
「それで、どうでしたか」
ちょん、と肩をつつかれ、振り返ってみればほうきさんの姿が一つ。
「どうと言われましても」
学園音楽祭前日に聞かれた質問を私は思い出していました。
ステージで歌った記憶はくっきりと脳裏に焼き付いています。思った通り、想像した通りの、ただただ楽しい数分間でした。
「……一応
しーっ、と人差し指を口に当てる私でした。
どうせほうきさんには私の心中など簡単に悟られてしまいますし──その気になれば物から声を聞いて望んだ答えを引きずり出すことだって可能でしたからお話ししましたけれども、本来私は
