わたくしはあなたを見守る者。

 いつでも、どこでも、登校から下校まで、朝から晩まで、わたくしはいつでもあなたを見守っている。

 あなたは花。

 荒野こうやれる美しい花。

 決して折れることなく、孤高ここうに咲き続ける美しい花。誰もがあなたの美しさを知っている。晴れの日も、雨の日も、嵐の日も、あなたの美しさはいつでも変わらない。わたくしにとって唯一無二ゆいいつむにの存在。

 けれど美しさはやがてちていくもの。

 花はれるもの。

 わたくしはあなたの美しさが人知れずなくなってしまうことがえられない。

 だからせめて散る前にわたくしがあなたをみ取り、かわかしてドライフラワーにして、ガラスびんめて、オイルにひたして、とてもとても綺麗きれいなハーバリウムに仕立て上げたい。

 そうして末長すえながくあなたをいつでもそばに置いておきたい。

 わたくしにとってあなたがすべてだから。


 で、その美しいお花とは一体どなたのことでしょう?

 そう、私です。

「わあ……」

 朝のことです。

 下駄箱げたばこに立った私を迎えたのはこうした奇妙きみょうな一通のお手紙でした。

 開いてみれば斯様かようなお手紙と、そのわきに『お前をこうしてやるぞ』とでも言いたげなハーバリウムが一つ置かれていました。たぶんお手製。『イレイナ様へ』としっかりつづられておりましたし。

 何はともあれ私はどうやら朝からお手紙を受け取ってしまったようです。

 やれやれモテる女性はつらいですね。

「どしたんすかイレイナさん」

 ひょこっと横から顔をのぞかせるサヤさん。

 私は言いました。

「なんか脅迫状きょうはくじょうが届いたんですけど」

 ラブレターのたぐいならまだしも、危害きがいを加えるようなむねを綴ったお手紙をもらうのは初めてなんですけど。

 本当に、モテる女性はつらいですね……!


「うわあ……こいつぁ相当そうとうヤってますねぇ……」

 教室へと着いた直後に私はくだんのお手紙をサヤさんとアムネシアさんの二人に見せました。

 私は脅迫状だと思うのですけど、間違まちがいないですよね?

「なにこの手紙……こわ……」うなずくアムネシアさん。

「花が散る前にドライフラワーにしてハーバリウムにするってこれ要するに犯行予告じゃないっすか。マッドで危険な思考回路の生徒に違いないですよこれ」

 サヤさんは顔面蒼白がんめんそうはくになりながら同意しました。

 やはり脅迫状でしたか……。

「でも一体なぜ……? 私、誰かのうらみを買うようなことをしましたっけ……?」

 普段の言動を振り返る私。

 脳裏のうりに浮かび上がるのは美しすぎてまぶしい美少女。誰もがひれし、たとえちょっとグレーなことをやっても「ま、可愛かわいいからいっか!」でまされる私にとって、まあまあ都合つごうのいい世界。

 いやあこんな世界の中で私が恨みを買うだなんて。

「ないと思うんですけどねえ……」はげしく同意するサヤさん。

「ですよね」頷く私。

「ちょくちょくありそうだと思うのはわたしだけみたいね」そんな私たちをアムネシアさんはしらけた表情でながめておりました。

 それはさておき。

 脅迫状の内容を読む限りでは、私のことをおはようからおやすみまで監視しているみたいですけれども……。

「でも確かに、思い返してみれば最近ちょっと誰かに監視されているような視線を時々感じるんですよね……」

 ひょっとしてその視線の主が脅迫犯きょうはくはん、ということでしょうか?

 ふむ、と考える私に対してサヤさんは首をかしげました。

「おかしいですね……ぼくが普段見守っている限りでは、あやしい人影ひとかげがイレイナさんのあとをつけ回っている感じはないんですけど」

「そうなんですか……」

「イレイナさん大変たいへんなセリフをスルーしてるわよ」サヤさんなにしてるのよ……と目を細めるアムネシアさん。

 サヤさんでも感知できないほど遠くから監視されているということでしょうか?

 何はともあれしばらくは用心した方がよさそうですね。

 摘み取られてオイルけにされるのは御免ごめんですし。

「とりあえずこれからしばらくイレイナさんのことをじっくりねっとり見守りますね!」

「お願いします」

「ねえ犯人はんにんってサヤさんなんじゃない?」

 こうして私たち三人の朝はのんびりとした空気のままスタートしました。



 みなさまごきげんよう。

 わたくしの名前はプリシラ。

 高校一年生。

 でも今は二年生の教室の前におりますの。学生にとっては一つ上の学年の教室なんて滅多めったなことがない限りはのぞき込むことなど皆無かいむといえましょう。知らない先輩せんぱいに「おうおう何じゃわれコラ」なんてからまれたりしたら大変ですもの。ですから余程よほどの事情がない限りはのぞき込むことなんていたしません。でも言いえるとわたくしには余程の事情があったということですの。

 みなさまは恋文こいぶみというものをご存じかしら。

 恋文!

 それは思い人に対しててた手紙であり、純粋じゅんすい単純たんじゅんな愛を伝える文であり、乙女おとめの内にかくされた思いのたけをすべてぶつける一つの手段。

 此度こたび、わたくしはこの教室内におられる、とある方に恋文をしたためましたの。

 そしてお返事を待ちきれずに教室までのぞきにきてしまいました。

 じっとわたくしが見つめる先にはご学友がくゆうかこまれながらもこまったような表情を浮かべる美しいあのお方の姿が一つ。

 イレイナ様。

 お姉様ねえさま

 わたくしが心からあこがれる彼女の姿がありました。

 そして彼女は「はあ……」と綺麗な息を吐き出したのちに語るのです。

「しかし、困りましたね……まさか朝から脅迫されるなんて」

 ……脅迫?

 まあ大変! お姉様ったら脅迫を受けていますの? 一体どこの誰から? 許せませんわ! 世界一美しいお姉様を困らせるだなんて! ああでも困った表情もプリティですわ! でも一体誰が彼女を困らせていますの? 許せませんわ。ブチギレそうですわ。

 いかりと戸惑とまどいが入り交じった複雑な表情でわたくしはお姉様の様子ようすうかがいました。

 さあお姉様。犯人のことをわたくしに教えてくださいまし! わたくしがぶっとばしてきますわ。

 見守るわたくし。

 お姉様は、「はあ……」とため息をつきながら、

「とりあえず犯人はお花が好きなことは間違いありませんね」

 と言いながら手紙を持ち上げました。

 まあおどろき!

 それは今朝方お姉様の下駄箱に突っ込んだわたくしの便箋びんせん瓜二うりふたつだったのです。犯人のくせにいいセンスしているではありませんの。

「あとはハーバリウムが好きなことくらいしか手がかりはありませんね」と語るお姉様。

 まあ驚き!

 彼女が手にしているハーバリウムはまさしくわたくしが今朝方お姉様に渡したものと瓜二つだったのです。つくづくいいセンスしてますわね。

「でもこの脅迫状、読めば読むほど意味わからないですよね」つぶやくお姉様。

 どんな内容ですの?

「私をハーバリウムにしたいって一体どういう意味なんでしょうね? 何かの比喩ひゆでしょうか?」

 …………。

 んん?

「まあこの手紙の送り主が私の敵であることだけは間違いなさそうですけど」

 こわいですねえ、とあきれた様子でため息をつくお姉様。

 …………。

 まあ驚き!


「──ということで今朝わたくしが書いた恋文が脅迫状になってましたの」

 わたくしは一年生の教室に戻るなり状況を淡々たんたんと説明いたしました。

 お話を聞いてくれたのは同じクラスのお友達二名。

 ミナさんとアヴィリアさんでしたわ。

 お姉様とよく一緒いっしょにいるお友達──の妹さんたちにわたくしが目下もっかかかえている問題をお伝えすれば解決に導いてくれると思いましたの。

 まさか恋文を脅迫状と勘違かんちがいされるだなんて!

 まだお姉様とはお話をしたことがないから、お友達からお願いしますと頼んだつもりだったのに!

 悲痛ひつうむねの内をわたくしは打ち明けましたの。

 そんなわたくしに対する二人の反応は以下のものでした。

「バカなの?」

「バカなのですか?」

 なんなんですの?

 わたくしの必死の説明に対して二人はとても冷淡れいたんな反応を見せていましたわ。それはもう極寒ごっかんごとし。

 ミナさんにいたっては「ていうかあんな人のどこがいいわけ」と首を傾げ、アヴィリアさんは「お姉ちゃんの方が可愛いのです」とよくわからないことをおっしゃっていましたわ。

 お姉様の魅力みりょくがわからないなんて!

 まあ驚き!

「どうやらここは、わたくしがお姉様を愛するようになった経緯けいいからご説明するしかないようですわね……」

「いや別に聞いてないけど」「お姉ちゃんの方が可愛いのです」

「おだまりですわー!」

 ともかくわたくしはお二人に対して語りましたの。

 わたくしとお姉様の、始まりの物語を──。


 それは今から一年ほど前のこと。

 当時中学三年生だった頃のわたくしは、近所の図書館でお勉強をしていましたの。図書館って人が少なくて落ち着くでしょう? わたくしにとっては心のオアシスのような場所でしたの。

 しかしそんな日常も長くは続きませんでした──。

おれ手品師てじなしとして食っていこうと思うんだ」「気が合うじゃないか兄貴あにき! 実は俺も手品師で食っていこうと思っていたんだ」

 やいのやいのとさわぎながらよくわからない男二人組が『初心者でもできる! 手品』のコーナーに陣取じんどっておりました。それはまあうるさいことうるさいこと。図書館内ではお静かに、という張り紙が彼らには見えてはいないのかもしれません。何となげかわしいことでしょう。

 わたくしのオアシスは一転して乾いた砂漠さばくへと姿を変えました。つらい。こんな場所に居続けたくない。しかしながら注意をうながす勇気もなく、わたくしはただただうつむいてお勉強を続けました。

 そんな時のことでしたわ。

「うるさっ……」

 ぽつり。

 どこからともなくささやき声が一つ、図書館内にひびき渡りました。

 静かな囁き声。しかしながら確実につらぬくようなその声は、明らかに手品コーナーに陣取っている二人に向けられていました。

 彼らは即座そくざに顔を見合わせて黙りました。周りの迷惑めいわくになっていることをじたのでしょう。

 しかし声は一体どこから? 顔をあげるわたくし。

「……!」

 そのときわたくしは見たのです。

 わたくしが座っている席から少し離れたところで静かに読書していたイレイナ様──お姉様の姿を!

「…………」

 彼女はわたくしと目が合うと、こちらにウインクをしてくれました。

 きっと勉強しているわたくしの邪魔じゃまにならないように配慮はいりょしてくれたのでしょう。今でもそのお顔をわたくしは忘れません。

 彼女は私のオアシスを取り戻してくれた恩人おんじんなのです。

 ゆえにわたくしはその日からお姉様のことを心から尊敬そんけいするようになったのです──。


 以上ですわ。

 そんなわたくしとお姉様の運命の物語に対する二人の反応は以下のとおりでしたわ。

あさっ」

「そんなんでれちゃうのですか?」

 普通にボロクソでしたわ。

 なんなんですの?

「もー! わたくしがお姉様のことを好きになった経緯はどうでもいいじゃありませんの!」

「私たちそもそも聞いてないんだけど」「プリシラちゃんが勝手に言い出したのですよ」

 あら失敬しっけい。そうだったかしら。

 でもまあ細かいことはどうでもいいですわね!

「ともかくわたくし、このままではお姉様に嫌われてしまいますわ!」

 そんな結末は耐えられませんわ!

 というわけでお二人にはお姉様が誤解をしておられることをそれとなく伝えていただきたいの。下駄箱に置いてあったのは脅迫状ではなく恋文であることを伝えてほしいんですの。

 できますこと?

 わたくしはかくかくしかじか説明しましたわ。

 説明した結果ミナさんは首を傾げましたわ。

「疑問なんだけど」

「何ですの?」

「プリシラってイレイナと話したことはあるの」

 愚問ぐもんですわね!

「美しい花はでるものですの」

「ないのね」

「話したことがなくともわたくしはお姉様がどんな人なのかわかっておりますわ……」

 というか普通に入学してから今日に至るまで緊張してまともに会話なんてできませんでしたの。遠くから眺めるだけで精いっぱい。今回の恋文はそんなわたくしによる一世一代いっせいちだいの大告白といえますわね。

「まあ事情はなんとなくわかったのです」

 やれやれ、とミナさんのとなりで肩をすくめるのはアヴィリアさん。「とりあえずわたしとミナさんの二人で誤解を解いてあげればいいのですか?」

 まあ! 何とお話のわかる方でしょう。

 感激しながらわたくしは「ぜひぜひ!」とお願いしました。

「何で私まで……」

 巻き添えをくらってミナさんはげんなりしておりましたけれども、そんな彼女に対してもアヴィリアさんは語りかけます。

「お友達が困っていたら助けてあげるのは当然なのです」

「アヴィリアさん……」

 感激するわたくし。

 アヴィリアさんはえへんと胸を張りながら言いました。

なんじ、友人知人が困っていたら迷わず手を差し伸べよ。これこそわたしのお姉ちゃんの教えなのです」

偉人いじんみたいなことをおっしゃるのですね」

「偉人なのです」

断言だんげんしちゃった……」

 たぶんアヴィリアさんからはお姉さんがそんな風に見えているのでしょう。ある意味わたくしと同類ですわね。シンパシーを感じますわ。

「というわけでミナさん。今から二人でイレイナさんのところに行きますよ」

 ぐい、と立ち上がりながらミナさんの手を引くアヴィリアさん。

仕方しかたないわね……」

 やれやれと面倒めんどうくさそうな様子でミナさんもまた立ち上がりました。

 そして二人はわたくしを残して教室を後にします。

 感激ですわ。

「やはり持つべきものはお友達ですわね……」

 わたくしは祈りながら、二人の帰りを待ちました。

 そして大体五分後のことですわ。

「戻ったのです」

「…………」

 二人が再び教室に姿を見せました。

 しかし一体なぜでしょう? 並んで立っている二人は共に表情がどことなくけわしく、ミナさんに至っては少々ほおを赤くめておられました。

 一体何があったのですか?

「……どう、でした?」

 おそる恐るたずねるわたくし。

「実は──」

 アヴィリアさんは気まずそうな様子でちらりとミナさんの方を見つめながら語り始めました。


 それではここでお二人が教室に行った後のことをアヴィリアさんのお話から再現いたしましょう。

 いわくこのような出来事があったようです。

「邪魔するのです!」

 がらがらがら、と教室のとびらを開くアヴィリアさん。

 ミナさんと共に二年生の教室へとおもむいた彼女をお姉様は「ああどうも」と頷きつつ、

「何かご用でも?」

 と尋ねました。

 そんな彼女のつくえにはわたくしが送ったお手紙とハーバリウムが一つ。

「その手紙について話しにきたんだけど」

 ミナさんはとっととお話を終わらせるためにいきなり本題に入ったそうですわ。「それ、脅迫状じゃないわよ。ラブレターだから。勘違いしないで」

 単刀直入たんとうちょくにゅう簡潔明瞭かんけつめいりょう

 お姉様の頭をなやませていた問題をたった一言でミナさんは解決。

 ──させたかのように、思われました。

「は?」

 しかしながら不思議ふしぎなことに、お姉様はミナさんの言葉にたいそう怪訝けげんな表情をかべていたそうです。

 一体なぜ?

 ラブレターであることを伝えたのですからそれで十分のはずでは? 見つめ合うミナさんとお姉様。やがてお姉様は深刻しんこくな表情でこう言ったそうです。

「……何で手紙の内容を知っているんですか?」

「え」

 たじろぐミナさん。

 お姉様は言いました。

「私、手紙をもらったことはサヤさんとアムネシアさんにしか伝えてないんですけど……。ひょっとしてお二人がそれぞれ妹さんに伝えたんですか?」

 首を傾げるお姉様。

 アムネシアさんとサヤさんはおたがい顔を見合わせながら、

「わたしは伝えてないわよ」

「右に同じくです」

 と首を振ります。

 おやおや風向きが怪しいですわね?

「だったら何で二人は私が脅迫状を受け取ったって知ってるんですか……? というかどうしてこれがラブレターだと断言できるんですか……?」

 お姉様の視点から見ればミナさんは連絡をとったわけでもないのになぜかいきなりやってきて弁明べんめいを始めたようにしか見えなかったのでしょう。

 そして斯様かような状況はお姉様の中で一つの結論へと導かれていったのです。

「ひょっとして……、この手紙を送ってきたのって、ミナさん、なんですか……?」


 以上。

「──というわけで誤解されたまま、いったん戻ってきたのです」

 なるほどなるほど。

 わたくしはミナさんの肩に手を置いて言いました。

「お姉様に手を出したらマジでぶっとばしますわよ?」

「何で私が怒られてるのよ!」

 になりながらえるミナさん。

 わたくしが怒るのは当然ではなくって?

「ミナさん、抜け駆けは許しませんわよ!」

「私、別にあの人に興味ないし……」

「まあ! お姉様に対して興味がないだなんて! このばち当たり!」

 というかどうして弁明をしてこなかったのですか? わたくし信じられませんわ。

 このままではわたくしの渾身こんしんの恋文がミナさんの手柄てがらとなってしまうではありませんの。まるで泥棒猫どろぼうねこですわ。

 ぷんすこするわたくしに対してアヴィリアさんがご説明。

「誤解を解こうとしたんですけど、イレイナさんに疑われた直後にミナさんが逃げちゃったのですよ」

「不意打ちでちょっと頭が真っ白になっちゃって……」

 そんなことをしたら余計に恋文を出した本人っぽいではありませんの……。

 このままでは困りますわ。

「ひとまず改めて弁明してきてほしいですわ」

 単刀直入に伝えるわたくし。

 ミナさんは露骨ろこつに嫌そうな顔をいたしました。

「面倒くさいわ……」

「いいから早く行ってきてくださいまし!」

「はあ……」

 仕方ないわね、と肩を落としながらきびすを返すミナさん。

「一応わたしもついていくのです」

 アヴィリアさんはそんな彼女の後を追いました。

 それからさらに五分後のこと。

 二人が帰ってきました。

「え、何で赤面せきめんしてますの?」

 ミナさんのお顔が真っ赤でしたわ。

 何だかこの時点ですでにとても嫌な予感を感じ取っていたのですけれども、わたくしは一応尋ねました。「一体何が起きましたの?」

 するとアヴィリアさんは、

「ええっとぉ……」

 と先ほどよりも割増わりましの気まずそうな様子で答えてくれました。


 先手必勝せんてひっしょう一撃必殺いちげきひっさつ

 お姉様の誤解を解くためには即座に行動をとるべきだと判断したのでしょう。

「……イレイナ!」

 がらがらがら。

 扉を開くなりミナさんは教室内に響き渡るような声で言い放ったそうです。

「勘違いしないでよね!」

 …………。

 言い放ったそうです。

「私、あんたのことなんて全然好きじゃないんだから!」


 以上。

「なんかツンデレみたいになってたのです」

 なるほどなるほど。

 わたくしはミナさんの肩に手を置きました。

「ぶっとばされたいのですか?」

「だから何で私が怒られてるのよ!」

 一度ならまだしも二度も誤解をまねいてどうするのですか。もはや修復不可能では?

「ひょっとしてミナさんって本当にお姉様のことを狙っているのでは……?」

 わたくしが恋文をしたためたことを好機こうきとらえてアプローチしてますの?

 じとりと目を細めるわたくし。

 彼女は視線をらしましたわ。

「べ、別にそんなことないし……」

「まあ! 怪しい反応ですわ!」

 本当はちょっと狙っているのではなくって?

「全然そんなつもりないから。私ほんとあの人に興味ないし。知り合いとしては確かにまあ面白い人かもしれないけど惚れる要素なんて皆無だし」

「ま! 何ですのその余裕ぶった発言!」

 わたくしなんてまだ話したことすらないのに! わたくしもお姉様と仲良くなって「えー? お姉様は人として面白いと思うけど憧れの対象にはならないですわ」とか言ってみたいですわ!

 再びぷんすこするわたくしに対してアヴィリアさんは冷静に言いました。

「というか普通にプリシラちゃんから説明をしたらどうです?」

 今更ながらに根本的な意見でしたわ。

 彼女はそれから言いましたの。

「イレイナさんとお話ししたことがないのでしょう? だったら今回がいい機会になるんじゃないですか?」

 いい機会になると言われましても……。

「こ、こんな状況で何をお話しすればいいのですか……? もう既にお話が結構こじれてしまって声をかけづらい雰囲気ふんいきになっているように思えるのですけれども……」

 心配するわたくし。

 アヴィリアさんは首を傾げておりました。

「そーでしょうか? わたし的にはむしろこれは仲良くなるチャンスにも見えるのです」

 どういうことですの?

 わたくしの頭に浮かぶ疑問を、アヴィリアさんは淡々と解きほぐしてくれました。

「幸い、ミナさんがよくわからないことをしてくれたおかげでそもそも恋文やら脅迫状のことは既にイレイナさんの頭の中から吹っ飛んでいると思うのです」

 幸か不幸か、きっとお姉様は既にわたくしが送ったお手紙を深刻に捉えなくなっているといいます。

 わたくしとしてはお友達からお願いしますと心を込めて書いたつもりでしたので少々複雑な心境ではありますけれども、確かに変な勘違いをされたまま時間がつよりはよほどいいかもしれませんわ。

「むう……」

 しかしそれはあくまでわたくしにお姉様とお話しする度胸どきょうがあったら、の話ですわ。

 うなってしまいました。

 ミナさんに文句を言いながらも、結局わたくしは依然として、お姉様と直接お顔を合わせる勇気がなかったのです。

「プリシラちゃん」

 そんなわたくしの胸中きょうちゅうを知ってか知らでか、アヴィリアさんはにこりと笑いかけながら。

 一つ言葉をくれました。

「憧れの人が目の前にいたら、一歩踏み出し話しかけてみよ。相手もただの人だと気づくから──こんな名言めいげんをご存じですか」

「…………!」

 わたくしは、はたと気づかされました。

 結局のところ、会わないから、話しかけたことがないから、無用に相手を持ち上げてしまうのです。

 ミナさんのようにお話ができる状況がうらやましいのであれば、わたくしもやはり話してみるしかないのです。

 手紙を出すのではなく、最初からわたくしはそうすべきだったのかもしれません。

 そんな事実を、彼女は教えてくれました。

 まあすてき。

「どなたの言葉ですか?」

 尋ねる私。

 彼女は自分のことのようにえへんと胸を張りながら言いました。

「もちろん、わたしが敬愛する偉人の言葉なのです」



 わたくしたちは三人そろって窓の外を眺めておりました。

 少々つかれた表情のミナさん。その隣でにこりと笑っているアヴィリアさん。そして喜びに満ちた表情を浮かべているのが、このわたくし。

 あの後、わたくしはアヴィリアさんのご提案通りに二年生の教室へと赴き、すべてを打ち明けました。

 決して脅すつもりはなく、単純にお友達から仲良くなりたくてハーバリウムを贈ったのだと釈明しゃくめいいたしました。

「プリシラちゃんは中学生時代にイレイナさんにお世話になっているのです。そのお礼のつもりなのです」

 わたくしの説明に補足してくれるのはアヴィリアさん。

 彼女の援護により私の一連の行動は、一年前の図書館での出来事への感謝ということでまとまりました。

 そういえば、確かに、まだあのときの感謝を伝えてはいませんでしたわ。

 お姉様はわたくしに苦笑くしょうしました。

「じゃあ、今度から文面ぶんめんには少し気をつけないといけませんね」

 変な勘違いされちゃいますよ、と肩をすくめながら彼女はおっしゃいました。

 呆れておられるようでした。私と、それからミナさんに対しても。

「それにしても、さっきのアレは何なんですか? ミナさん」彼女の服を人差し指でつんつんと突きながらいたずらに微笑ほほえむお姉様。

 ふん、とミナさんは顔をそむけておりました。

「別に。友達の手伝いをしてただけだから。あなたのことなんて一ミリも好意を抱いてないから。勘違いしないで」

「またツンデレみたいになってる……」

「本当にそういうのじゃないから!」

 もう! と顔を真っ赤にして否定ひていするミナさん。

 私はそんな二人のやりとりを見て笑いました。

 うれしかったのです。

 今までずっと憧れていたお姉様の日常のなかに、足を踏み入れることができたから。

「──本当にアヴィリアさんのおかげですわ。ありがとうございます」

 窓の外を眺めながら、わたくしはつい先ほど手に入れたばかりの美しい思い出をめつつ、親友たるアヴィリアさんに深く感謝いたしました。

 やはり持つべきものはお友達、ですわね!

「いえいえ。どういたしまして」

 笑ったままのアヴィリアさん。

 ぐぐぐぐ、とこわれたお人形のようにゆっくりとそのお顔をこちらへと向けました。

「ところでプリシラちゃん」

 あらら?

 何だか笑顔が怖いですわ。

「ど、どうかしましたの……?」

 戸惑うわたくし。

 ところで話は変わりますが、実は先ほど手に入れたばかりの美しい思い出には続きが一つ、ありますの。

「──ねえねえ、あなたがこのハーバリウムを作ったの?」

 それはちょうどわたくしがお姉様と談笑だんしょうしていたときのことでしたわ。

 唐突とうとつにわたくしの肩をたたく方が一人おられました。

「はい?」

 振り返るわたくし。視線の先には白髪はくはつの二年生様がお姉様に贈った渾身のハーバリウムを手に持っておられました。

 わたくしは胸を張りましたわ。

「ええ! それはわたくしの自信作ですの!」綺麗でしょう? と自信満々なわたくし。

「すごーい!」

 彼女は両手を合わせて花がほころぶように笑っておりました。

 それから高揚こうようした様子でわたくしの手をとり、

「ね、よかったら今度、教えてくれない? わたし前からこういうのやってみたかったの!」と語りました。

 是非ぜひもない話ですわね。

「もちろん構いませんわ」

「やったー!」

 子供のように喜ぶ彼女。

 わたくしも釣られて笑っておりました。

「こういうのがお好きなのですね」

「うん。でも道具とか作り方がわからなくて、今までやったことがなかったの」

 あらまあ。

「でしたら、今度わたくしの家にいらっしゃいます? 道具は全部そろっていますから簡単にできますわよ」

「いいの!?

「もちろんですわ!」

 お花が好きなのかしら? それからわたくしはお姉様とだけでなく、その方とも趣味しゅみの話で盛り上がりましたの。