みなさんこんにちは、サヤです。

 突然ですけど皆さんは古今東西ここんとうざいのラブコメディにおいて古くから使われている様式美ようしきび──着替きがえてる最中に部屋に入っちゃうアレをご存じですか?

 え? ご存じでない?

 仕方しかたないですねー。じゃあぼくがやり方を簡単かんたんに説明して差し上げましょう。

 ──着替えてる最中に部屋に入っちゃうアレのやり方。

 1、まず空き教室と何らかの事情で着替える必要がある女子生徒を一人用意します。

 2、空き教室で着替えているところにもう一人の生徒がうっかり入ってきます。

 3、着替えをうっかり見られてはわはわする展開に。

 4、なんやかんやでフォーリンラブ。

 はい。

 大体こんな感じです。古今東西のラブコメディにおいてこのような展開は古くから使いまわされすで手垢てあかでべったべた。とにもかくにも慣れ親しんだ展開といえましょう。

 そして往々おうおうにしてこういう展開におちいった二人はそれから決闘をすることになったり、着替えをのぞいちゃった責任をとるために何やら色々やらされたり、まあ紆余曲折うよきょくせつて結ばれるような展開になりうるものなのです。

 というようなことを例によって信頼と実績の参考文献さんこうぶんけん(ラブコメ本)から学んだぼくは、一つひらめきました。

 これをぼくとイレイナさんでやった場合、たしてどのようなことが起こるでしょう。想像してみましょう。イマジン。


「いやー、掃除中そうじちゅうにばけつがひっくり返ってびしょれになっちゃいましたー」

 へくちっ、と空き教室でくしゃみを炸裂さくれつさせるぼく。上着をいで、たたんで、ぽん、とその辺に置きました。

 さすがに着替えは学校には持ってきていません。

 さいわい、掃除のあとは帰るだけ。生活において何も支障ししょうはありませんが、帰り道をジャージ姿で歩く羽目はめになることは確定で、ぼくはため息をついてしまいます。

 そんなときのこと。

 がらがらがら。

 とびらが開かれます。

 そして向こうからひょっこり現れるのはイレイナさん。

「はわわ」

 彼女はぽかんと口を開けて硬直こうちょくしていました。

 何ということでしょう! ぼくはうっかりかぎをかけ忘れてしまっていたのです!

「きゃーっ! イレイナさんのえっち!」

 そしてなんやかんやでイレイナさんはぼくの着替えをのぞいてしまったことの責任をとるためにあれこれ色々とやる羽目になり、それから紆余曲折ありゴールイン。


完璧かんぺきすぎる……」

 ばしゃああああああっ、と頭から水をかぶりながらぼくはつぶやきました。

 何と完璧な作戦でしょう。もはやぼくの頭の中ではイレイナさんとマイホームを購入こうにゅうしに行くところまで話は進んでいます。

 それでは空き教室で着替えることとしましょう──。



「へくちっ」

 おねえちゃんがブレザーを脱ぎながらくしゃみをしました。

 わあ可愛かわいらしいお声、などと思っている場合ではありませんね。わたしは「大丈夫だいじょうぶですか」と心配しつつタオルを差し出します。

「うん、ありがと。アヴィリア」

「いえいえ、元はといえばわたしが悪いのです」

 ごめんなさい、と頭を下げるわたし。

 帰りのHRの直前。お掃除の時間についうっかり階段かいだんの近くでつまずき、ばけつを放り投げてしまったのです。

 そして運の悪いことに、そのとき丁度ちょうどお姉ちゃんが階段を上がっている最中であり。ばけつはまさしく吸い込まれるようにお姉ちゃんの頭にすぽんと落ち。結果お姉ちゃんは全身水浸みずびたしになってしまったのです。

 あわあわとあわてながらわたしは空き教室までお姉ちゃんを誘導して今にいたります。

「まあアヴィリアに怪我けががなくてよかったわ」

 濡れた身体からだをタオルできながらお姉ちゃんはほがらかに笑っていました。まぶしすぎる……。

「お姉ちゃん……今回の責任をとってわたしは生涯しょうがいお姉ちゃんについていくのです……」

「お、重いなぁ……」

 別に気にしなくていいわよ。とお姉ちゃんはあきれた様子ようすで言いました。

「いえいえ、そういうわけにもいかないのです。お姉ちゃんに迷惑めいわくをかけることになるなんて……。妹の名折なおれなのです」

「妹の名折れってなに……?」

 呆れるお姉ちゃん。「ま、とりあえず今日はもう帰るだけだし、ジャージに着替えるわね」

 言いながらバッグから取り出すのは体育の授業で使っているジャージ。ふわっといい香りがただよいました。

「うっ……うう……」

 そしてわたしは気づけばなみだを流していました。

「あ、アヴィリア……?」

 きゅ、急にどうしたの……? と心配そうにわたしをのぞくお姉ちゃん。

 わたしは答えます。

「いついかなる場合であってもお姉ちゃんには綺麗きれい格好かっこうでいてほしいのです。ジャージ姿で家路いえじにつくなんて言語道断ごんごどうだんなのです!」

 がしっ、と着替えてる最中のお姉ちゃんのかたに手を置くわたし。

「あのう……。わたし着替えたいんだけど……?」

「いえ、ジャージなんてダメなのです、お姉ちゃん」

 すぱぁん! とお姉ちゃんからジャージを没収ぼっしゅうするわたし。

「ええー?」

「やっぱりここは別の衣装いしょうにしましょう!」

「別の衣装ってなに」

 戸惑とまどうお姉ちゃん。

 わたしは自身のバッグから衣装をすぱぁん! と取り出しながら言いました。

「これです!」

 メイド服!

「何でそんなの持ち歩いてるわけ?」

「まあ細かいことはいいじゃないですかお姉ちゃん」

「全然細かいことじゃない気がするけど」

「ともかくこれを着てください! お姉ちゃん! これを着て一緒いっしょに帰りましょう」

「いやジャージ姿の方がましなんだけど──」

「細かいことはいいじゃないですかお姉ちゃん」

「だから全然細かくないってば……!」

 いやがるお姉ちゃん。

 わたしはぐいぐい、とメイド服を押し付けます。多分このときのわたしはそれなりにぎらぎらとした目をしていたような気がしますが、これもジャージ姿で帰宅などというずかしい体験をお姉ちゃんにさせないためです。いたかたありません。

「仕方ないなぁ……」

 結局お姉ちゃんはわたしの要望ようぼうに応え、メイド服を受け取ってくれました。

 が、しかし。

「あ、あれ……?」

 スカートをはいて、ブラウスにそでを通してボタンを留め始めたところでお姉ちゃんの動きが止まります。

胸元むなもとが……ちょっときつい、かも」

「……!」

 何ということでしょう。わたしのために用意したメイド服(そういえば胸元がちょっときつかった気がします!)がお姉ちゃんには合っていなかったようです(わたしのサイズにも合ってませんでした!)。

 これは由々ゆゆしき事態。

 このままではお姉ちゃんがメイド服を中途半端ちゅうとはんぱに着たまま学校を出なければなりません。そんな破廉恥はれんちな展開、わたしは許容できません。

頑張がんばってください、お姉ちゃん! 気合を入れれば着られるはずです!」

 ぐぐいっ、とボタンに手をかけるわたし。

「そ、そんなこと言われてもきついわよ……」

「きつくないです!」

「いや、あんまり引っ張らないで……? メイド服、破れちゃうわよ?」

「大丈夫です! わたしに任せてください!」

 ぐぐぐぐぐ、と無理やり引っ張るわたし。

 ところで話は変わりますが、こんな状況を誰かに見られたら、わたしは一体どのように説明をすればいいのでしょうか。

 などと思い至ったときのこと。

 がらがらがら。

 教室の扉が突然開かれました。

 その向こうにいたのはサヤさん。

「えっ」

 彼女はわたしたちを見ながら啞然あぜんとしていました。

 思考は完全に固まり、頭の中が真っ白になっているのが傍目はためにもわかります。

「…………」

 そしてサヤさんの様子を冷静に見つめながら、わたしもまた平静さを取り戻しました。

 空き教室。メイド服を着ている姉。ボタンに手をかけるわたし。

 ……一体わたしたちは何をやっているのですか。

「…………」

 二人そろって顔をにしながらうつむくわたしたちでした。

 サヤさんには変な誤解ごかいを与えてしまったようです。

「お、お邪魔じゃましました……」

 がらがらがら。

 彼女はの鳴くようなとてもとても小さな声で呟きながら、ゆっくりと扉を閉めてしまいました。

 はわわ。

「ま、ままま待ってくださいなのです!」

 結局それから誤解が解けるまでわたしたちはそれなりの時間を要することとなりました。



 いつもの通学路を歩む美少女が一人おりました。

 それは一体誰でしょう?

 そう、私です。

「今日はいつもと様子が違いますね?」

 通学路の途中。首をかしげる私でした。

 いつもの時間帯であれば大体学校の近くでアムネシアさん、アヴィリアさん。それからサヤさん、ミナさんの四人と合流するのですけれども。

「どうもなのです」

「おはよ」

 今日はアヴィリアさん、それからミナさんの二人だけ。

 はてこれは一体どういうことで?

「お二人とも、お姉さんはどうしたんですか」

 ひょっとして置いてきちゃったんですか? 姉妹喧嘩げんかか何かですか?

 心配する私でしたが、二人はそろって首を振りながら答えます。

風邪かぜひいたの」「風邪なのです」

 などと。

「風邪、ですか……」まあ冬場は冷え込みますからね。「二人とも?」

「ええ」「なのです」

「でも昨日きのうまでは元気だったような気がしましたけど」

 原因は一体何なんですか?

「頭から水をかぶったのよ」「頭から水をかぶったのです」

「ほうほうなるほど」わけわかんない理由ですね。「二人とも?」

「ええ」「なのです」

「そうですか……」

 二人そろってなにやってんですか……?

 呆れながら私は今日もいつも通りに学校へと向かうのでした。