「やってらんねぇのです──」

 ある日の朝のことです。

 教室のゆか仰向あおむけに寝転がっているよくわからない生き物がおりました。かみ白色しろいろくろいリボンをしているロングヘア。ひとみ生気せいきはなく、手足に力もなく、脱力だつりょくし切っています。

 はてさて彼女は一体誰でしょう。

 そう、アヴィリアさんです。

「一体、何なんですかこのザマは」

 私とアムネシアさんが呼ばれてきた時にはすで斯様かような状態になっていました。陸に打ち上げられた魚ですか?

「どうしちゃったのアヴィリア……?」

 心配するお姉さんことアムネシアさん。

 私たちをここに連れてきたミナさんは、「登校中に色々あってこうなっちゃったの」と説明しました。

 色々あって?

「アヴィリアさんにどんなハラスメントしたんですかミナさん」

「あなた私を何だと思ってるのよ」

 ぽこん、とかたたたかれました。

 どうやらミナさんが直接的な原因ではないようです。では一体何があったというのでしょう?

「実は──」

 それからミナさんはちらりとアヴィリアさんに視線を送りながらも語ります。ついさっき、コンビニで起きた悲劇ひげきを──。


「わあ! 見てくださいミナさん!」

 アヴィリアさんとミナさんが二人で登校中のこと。

 たまたま立ち寄ったコンビニで、アヴィリアさんの瞳は突然かがやきました。「なに?」と首をかしげながら視線の先を追うミナさん。

 そこにあったのは、両手でかかえられるくらいの大きなぬいぐるみ。近頃のコンビニは愛玩物あいがんぶつまで陳列ちんれつするようになったのでしょうか? いえいえまさか。

『くじ引き 一回二千円』

 どうやらコンビニでよくやっているくじの景品けいひんのようです。ぬいぐるみの他にもタオルや、グラス、お皿などの景品が合計数十個並べられておりました。

 ちなみにアヴィリアさんが熱い視線を注いでいるぬいぐるみはA賞。

「欲しいならあとで一回引いてみたら?」荷物になるから学校帰りにまた来たらいいんじゃない、などと淡々たんたんと提案するミナさん。

 アヴィリアさんは「そうですね」とうなずきます。

「引いてみます。今」

「うん……え、今?」

「ミナさん。いいことを教えてあげます。くじはタイミングが大事なのです。今、引かなければもしかしたらぬいぐるみが他の人にとられてしまうかもしれません……!」

「いや……A賞だし、一個しかないし……多分しばらく大丈夫だいじょうぶだと思うけど」確率的にいえばそうそう簡単にとられないはずです。

 しかし本人がやりたいというのであれば止める理由もありません。ミナさんは頷きました。

「ま、じゃあ運試しで一回引いてみたら」

「ミナさん」

「うん」

「ここにわたしのお小遣こづかいの一万円があります」

「アヴィリア?」

「そしてくじ引きは一回二千円です」

「うん」

「つまり五回までは大丈夫なのです」

「アヴィリア?」

「大丈夫なのです。当たった時点で止めれば一万円全部使うようなことにはならないのです」

 ミナさんはここでよくない気配を感じ取りました。脳裏のうりによぎるのは「大丈夫! ほどよいところで止めるから!」などと語りながらも有り金全部み、しろに燃え尽きるダメな人間の姿。

「心配しないでください。わたしはギャンブルにハマる大人たちのようにはならないのです」

 いや皆そう言うのよ──と静かに思うミナさんをよそに、アヴィリアさんはくじ引きの券を一枚だけ引っ張り、レジへと持っていきました。

「わたし、やってやるのです──!」

 それではここで一万円をにぎりしめたアヴィリアさんとくじ引きの凄絶せいぜつな戦いの様子ようすをごらんに入れましょう。

 一回目。

『F賞 ティッシュ』

「ほぎゃあああああああああああっ!!

 二回目。

『F賞 ティッシュ』

「いやああああああああああああああっ!!

 以下略。

『F賞 ティッシュ』

「…………………………………………………………………………………………………………」

 アヴィリアさんは無言むごんで学校に着きました。

 そして今にいたります。

「えへへへへ……」

 すべてをあきらめた表情で天井てんじょうを見つめるアヴィリアさん。

 ていうか今更ですけどコンビニのくじ引きで二千円って結構高めですよね。普段見かけるものはもう少しひかえめな値段設定だったと思いますけれども。

「私もよくわからないけれど、結構有名なメーカーとコラボしてるくじ引きらしいわ」

 首を傾げる私にミナさんが説明してくれました。

 そういうことでしたか。

「……で、朝からティッシュを抱えて登校する羽目はめになったということですか」

 ちなみにティッシュといってもくじ引きのはずれでよくあるポケットティッシュではありません。

 はこティッシュ200枚×5のセットです。

「さっきからアヴィリアの横に大量のティッシュが置いてあるから何だろうと思ってたけどそういうことだったのね」

 遠い目をしているアヴィリアさんのかたわらに目を向けるアムネシアさん。

 F賞を合計五回当てたため計25個の箱ティッシュがアヴィリアさんの近くに積み上げられていました。まるで発注の数を間違えた業者のよう。

「えへへ……へへ……いっぱいティッシュあるからなみだが出ても大丈夫なのです……」

 おもむろに起き上がりながらアヴィリアさんはティッシュを手に取りはなをかみます。

 心壊れちゃってるじゃないですか……。

「どうしたらいいのこれ」

 何とかしてよ、と私にひじを押し付けてくるミナさん。

 いや何とかしろと言われましても……。

「正直お小遣いを無駄むだに散らしたアヴィリアさんの自業自得じごうじとくなところもありますし……」

「えへへへ……」アヴィリアさんはその場でティッシュの箱をがさがさとあさりながら言葉をらし始めます。「アヴィリアちゃんは一万円を持ってコンビニへとお使いにいき、200枚入りのティッシュが5つ入った箱を合計5個買いました」

「なんか計算問題始めたんですけど」

「このとき流した涙の値段はいくらでしょう?」

 全然計算問題じゃなかったです。何言ってんですか彼女。

「正解はプライスレスなのです……!」

 ちーん、とはなをかんだのちに彼女はそれから普通にくやし泣きをしました。

 もはや今になって後悔こうかいをしても返品することはかなわず、それどころか結果として他の人がぬいぐるみを手に入れる確率をいたずらに上げてしまったのです。

「もうくじ引きなんてこりごりなのです!」

 彼女がそのように思いたくなるのも無理ない話ではないでしょうか。


「──なんだかかわいそうだわ」

 アヴィリアさんの惨状さんじょうを見せられたあとのこと。

 教室へと戻る最中、アムネシアさんは嘆息たんそくを漏らしながら私に語りました。「アヴィリアって今までくじ引きみたいなものに手を出したことないのよ」

「そうなんですか」

「むしろ見るたびに『あんなの当たるわけないからやるだけ無駄なのです』って言ってたような気がするわ」

「まあでも欲しいものがくじ引きになったら手を出したくもなるものですよ」

 私は今のところそういったものに巡り合ったことがないので浪費ろうひせずに済んでいますけれども。

「……わたしが代わりに引いてきてあげよっかな」

「別にそこまでしてあげなくてもいいんじゃないですか」

 いくらかかるかわかりませんし。

「うーん……。でも、今ネットで調べてみたんだけど、わたしB賞のグラスちょっと欲しいんだよね……」えへへ、と画面をこちらに見せるアムネシアさん。

 可愛かわいらしいがらのグラスが公式サイトに載っていました。

 つまりくじ引きに興味を引かれているのは妹のためであり自身のためでもあるということですか。

「軍資金はあるんですか」

 結構高めのくじ引きみたいですけど。

 首を傾げる私に対して、アムネシアさんは懐から財布さいふを取り出して見せてくれました。

「今こんな感じ」

「ふむふむ」

 のぞき込む私。

 …………。

「あの、二千円しかないように見えるんですけど……」

「今月ちょっと色々買いすぎちゃって……」

「はあ……」

 よくその財布の中身で代わりに買うだなんて言えましたね……。

「まってイレイナさん。あきれないで」

「いや呆れてはいませんけど」

「そ、そう……?」

「でも計画性はないですよね」

「ちょっと呆れてるじゃん!」

 もー! とほおふくらませるアムネシアさん。しかしねている彼女には申し訳ないのですが、二千円ではくじ引きも一回が限度。

 これではお宅にティッシュがいたずらに増えるだけなのでは?

「一応言っておきますけれども、お金は貸しませんからね」

「別に貸してほしいなんて言ってないわよ」先手を打った私に対してアムネシアさんはくすりと笑いながら答えました。「くじ引きをアヴィリアの代わりにやってあげるために、ちょっと今日の放課後にアルバイトをしようと思うの」

「アルバイトですか」

「で、手に入れた軍資金で明日の放課後、改めてくじ引きをしてあげるつもりよ!」

 落ち込む妹の姿を見ていられなかったのでしょう。

 こうして心優しいアムネシアさんは、妹のために立ち上がったのです──。

 一日でかせげる金額はせいぜい数千円程度な気もしますけれども……。

「イレイナさん、明日の放課後は期待して待っててね!」

「はい」

 そして翌日の放課後。

「とりあえず五万円手に入れたわ」

「はい?」

 封筒ふうとう片手ににこりと笑うのはアムネシアさん。

 確かにまぎれもなくその手にあるのは五万円。

 ……五万円?

 一日で?

 …………。

 私はアムネシアさんの肩に手を置きました。

自首じしゅしてください……」

「何で!?

 一体何をしたんですか? ひょっとしてお年寄り相手に高額商品を売りつけたんですか。それとも何か窃盗せっとうでもしたんですか。ともかくよくないことをしたのですね。そうでしょう。

「いや、あの、普通に働いて手に入れた給料だから安心して、イレイナさん。綺麗きれいなお金だから」

「ほんとですかぁ……?」

 じとりと目を細める私。

 それから彼女は昨日きのうの放課後に行ったアルバイトに関してつまびらかに語ってくれました。

 いわくこのような感じで五万円を稼ぐに至ったそうです。


「よろしくおねがいしまーす」

 普通に駅前でティッシュを配るアムネシアさん。昨日はどうやらティッシュ配りのアルバイトを選んだそうです。つくづくティッシュにえんがある姉妹ですね。

 それはさておき。

「──あれれ? 何か落ちてる」

 アルバイトの最中にアムネシアさんはしゃがみ込みます。

 道路の真ん中。そこに落ちていたのは財布でした。

「わ、大変!」

 私であればここで『地球が私の家なのでつまりこれは家の中に落ちていたものであり私のものということになります』というエキセントリックな解釈かいしゃくで懐に収めるかもしれませんが、心優しいアムネシアさんはどうやら正直に持ち主のもとへ届けるという選択をしたようです。

 そのまま交番へと向かう彼女。

「おおっ! その財布はわしのじゃ! 君が届けてくれたのか!」

 運がいいことにアムネシアさんがうかがったタイミングで持ち主の方と鉢合はちあわせになりました。

 それから初老しょろうの男性は正直者の彼女にいたく感謝し、

「ぜひお礼をさせてくれ。君にこれをあげよう」

 そして財布の中にあったお金のすべて、つまり五万円を彼女に手渡したのです。

 めでたしめでたし。

「──という経緯けいいで五万円手に入れたの」

「どんな幸運……?」

 常日頃つねひごろからいいことをしていると思わぬ幸運に恵まれるということなのかもしれません。私も見習わねばなりませんね。うそですけど。

「ま、経緯はさておき、とりあえずお金は手に入ったんだし、これでくじ引きに行けるわね!」

 うれしそうに笑うアムネシアさん。

 その目は希望に満ちていました。

 五万円あれば最大25回はくじを引けるわけで、それだけ引けばどこかでA賞を当てることもできましょう。

 というわけで私とアムネシアさんは早速さっそく、通学路の途中とちゅうにあるコンビニへと向かいました。

 幸いなことにアヴィリアさんが仰向けに寝込むほど欲しがっていたA賞のぬいぐるみは依然いぜんとしてお店の中で健在けんざいでした。

 そしてアムネシアさんがひそかにねらっているグラスはあと一つ。

「……アレね」

 するどい視線でにらむアムネシアさん。

 彼女はそれから私に振り返り、

「イレイナさん、見ててね。わたし、ぬいぐるみとグラス、両方手に入れてみせるから」

 そして意気揚々いきようようとくじ引きの券を引き抜き、歩き出します。

 それではここでアムネシアさんとくじ引きの凄絶な戦いの記録をご覧に入れましょう。

 一回目。

『C賞 お皿』

「わあC賞だってイレイナさん! 幸先さいさきいいかも!」

 二回目。

『D賞 タオル』

「可愛い! 普段使いできそうね」

 三回目。

『D賞 タオル』

「二つあればアヴィリアと二人で使えるわね!」

 四回目。

『E賞 コースター』

「いいわね! グラスと合わせて使いたいかも!」

 五回目。

『E賞 コースター』

「あ、またコースターだ」

 六回目。

『E賞 コースター』

「なんか多いね」

 七回目。

『E賞 コースター』

「……あれ?」

 八回目。

『E賞 コースター』

「……………………………………………………………………………………………………」

 以下略。

『F賞 ティッシュ』

「あはは……はは……ちょうどいま欲しかったところなんだよね……」

 以上。

 そして翌日。

「──やってらんねえのです」

「──ほんとにね」

 教室の床で仰向けに寝転がっているよくわからない生き物が増えました。

 経緯は説明するまでもないですね。

「お姉さんの方もダメだったのね」

 並んで天井を眺めているアムネシアさんとアヴィリアさんを見つめながらミナさんは嘆息を漏らしていました。

 五万円も使えばグラスかぬいぐるみの片方は手に入るだろうと思っていたんですけどね──。

「現実は厳しいものですね……」

 まさか両方とも手に入らないとは思いもしませんでした。

 たったの二日で合計六万円を散らしてしまった白髪はくはつ姉妹しまいは顔から表情を失いぼけーっとしながら天井を眺めています。もはや今日一日何もする気が起きないのでしょう。

「──帰りてぇのです」

「──わかるー」

 教室のすみっこでごろごろする二人。

 とても残念なことに、今朝、私たちがコンビニへとおもむいた段階でA賞もB賞も棚から姿を消しておりました。

 アムネシアさんが五万円を使い果たしたあと、どなたかが引き当てたのでしょう。

「──うううう……ぬいぐるみが……欲しいのです……」

「──グラス欲しかったなぁ……」

 つまり言い換えるとお二人はどこかの誰かがA賞とB賞を引き当てるための確率をいたずらにあげ続けてしまったということです。

 まったく悲しいお話ですね。

 私は二人のすぐそばに腰を下ろしました。

「……お二人とも」

 ところで話は変わりますけれども、A賞とB賞を当てた幸運な方とは一体誰でしょう?

「これをどうぞ」

 そう、私です。

 すっ──と二人の頭のすぐそば。

 大きなぬいぐるみと、可愛いグラスがありました。

「……!?

 二人はおどろき、目を見開きます。

「い、イレイナさん……!? 何なのですかこれは、どうしたのですか!?」アヴィリアさんは途端とたんに顔をあげてぬいぐるみを抱きしめ。

「い、いつの間に当てたの……!? ひょっとして何か悪いこととか……してないよね……?」

 目の前の現実が信じられずにアムネシアさんはあわあわとしておりました。

 いえいえ。

「実はたまたま私の方で手に入れたんです。別にいらないものですので、あげます」

 私は首を振りつつちょっとした物語を語りました。

 昨晩さくばん、たまたまコンビニに行ったらくじ引きが残り二つだけになっており、しかもA賞とB賞のみ。それならばと思い二回、くじを引いてみただけのこと。

 私は特にいらないので、お二人にあげましょう。

 そんな言い訳を語りました。

 喜ぶ二人に対して。

「…………」

 そして私のそばで苦笑を浮かべているミナさんに対して。



 昨日の夜のことを振り返ってみましょう。

 アムネシアさんが盛大せいだいに五万円を散らしたあと。

 私は再びコンビニへと舞い戻っていました。

 店内を見渡すとくじ売り場はほとんど閑散かんさんとしており、残っているのはA賞とB賞、それから他にもいくつか。合計七個ほど

 いやはやまだだいぶん残っていますね。

 私は運試し程度にくじ引きをいたしました。

「おお……」

 そして見事、A賞とB賞を引き当てることができたのです。何たる豪運ごううん。やはり日頃の行いが良いせいでしょうか。

 私は上機嫌じょうきげんになりながらお店をあとにしました。

「──何してるの」

「ぎくり」

 声をかけられたのはそうしてコンビニから出た直後のことでした。

 景品を入れた袋をとっさに背後に隠しながら、私は振り返ります。どなたなのかは声でわかりました。

「ミナさん」

 彼女は私の呼びかけに「ええ」と頷きつつも、

「何してるの? こんな時間に」と再びたずねます。

「あなたの方こそ何してるんですか」

「暇だからジュース買いにきただけ」

「そうですか」

「ええ」短く返すミナさん。彼女はそれから「イレイナは何買ったの」と首を伸ばして、私の背後をのぞき込みました。

「いえ別に」

 などと言い訳のように語りながら袋の中身を隠そうとしましたが、大きさ的にも量的にも簡単に隠せるようなものではありませんでした。

 袋の中には景品が詰め込まれています。

 A賞、B賞、それからいくつかの景品が──合計七つほど、詰め込まれています。

 彼女は苦笑していました。

「優しいのね」

 何を言い出すかと思えば。

 私は肩をすくめたのち。

 人差し指を自らのくちびるに添えて、語るのです。

「たまたま手に入れただけです」