「やってらんねぇのです──」
ある日の朝のことです。
教室の
はてさて彼女は一体誰でしょう。
そう、アヴィリアさんです。
「一体、何なんですかこのザマは」
私とアムネシアさんが呼ばれてきた時には
「どうしちゃったのアヴィリア……?」
心配するお姉さんことアムネシアさん。
私たちをここに連れてきたミナさんは、「登校中に色々あってこうなっちゃったの」と説明しました。
色々あって?
「アヴィリアさんにどんなハラスメントしたんですかミナさん」
「あなた私を何だと思ってるのよ」
ぽこん、と
どうやらミナさんが直接的な原因ではないようです。では一体何があったというのでしょう?
「実は──」
それからミナさんはちらりとアヴィリアさんに視線を送りながらも語ります。ついさっき、コンビニで起きた
「わあ! 見てくださいミナさん!」
アヴィリアさんとミナさんが二人で登校中のこと。
たまたま立ち寄ったコンビニで、アヴィリアさんの瞳は突然
そこにあったのは、両手で
『くじ引き 一回二千円』
どうやらコンビニでよくやっているくじの
ちなみにアヴィリアさんが熱い視線を注いでいるぬいぐるみはA賞。
「欲しいならあとで一回引いてみたら?」荷物になるから学校帰りにまた来たらいいんじゃない、などと
アヴィリアさんは「そうですね」と
「引いてみます。今」
「うん……え、今?」
「ミナさん。いいことを教えてあげます。くじはタイミングが大事なのです。今、引かなければもしかしたらぬいぐるみが他の人にとられてしまうかもしれません……!」
「いや……A賞だし、一個しかないし……多分しばらく
しかし本人がやりたいというのであれば止める理由もありません。ミナさんは頷きました。
「ま、じゃあ運試しで一回引いてみたら」
「ミナさん」
「うん」
「ここにわたしのお
「アヴィリア?」
「そしてくじ引きは一回二千円です」
「うん」
「つまり五回までは大丈夫なのです」
「アヴィリア?」
「大丈夫なのです。当たった時点で止めれば一万円全部使うようなことにはならないのです」
ミナさんはここでよくない気配を感じ取りました。
「心配しないでください。わたしはギャンブルにハマる大人たちのようにはならないのです」
いや皆そう言うのよ──と静かに思うミナさんをよそに、アヴィリアさんはくじ引きの券を一枚だけ引っ張り、レジへと持っていきました。
「わたし、やってやるのです──!」
それではここで一万円を
一回目。
『F賞 ティッシュ』
「ほぎゃあああああああああああっ!!」
二回目。
『F賞 ティッシュ』
「いやああああああああああああああっ!!」
以下略。
『F賞 ティッシュ』
「…………………………………………………………………………………………………………」
アヴィリアさんは
そして今に
「えへへへへ……」
すべてを
ていうか今更ですけどコンビニのくじ引きで二千円って結構高めですよね。普段見かけるものはもう少し
「私もよくわからないけれど、結構有名なメーカーとコラボしてるくじ引きらしいわ」
首を傾げる私にミナさんが説明してくれました。
そういうことでしたか。
「……で、朝からティッシュを抱えて登校する
ちなみにティッシュといってもくじ引きのはずれでよくあるポケットティッシュではありません。
「さっきからアヴィリアの横に大量のティッシュが置いてあるから何だろうと思ってたけどそういうことだったのね」
遠い目をしているアヴィリアさんの
F賞を合計五回当てたため計25個の箱ティッシュがアヴィリアさんの近くに積み上げられていました。まるで発注の数を間違えた業者のよう。
「えへへ……へへ……いっぱいティッシュあるから
おもむろに起き上がりながらアヴィリアさんはティッシュを手に取りはなをかみます。
心壊れちゃってるじゃないですか……。
「どうしたらいいのこれ」
何とかしてよ、と私に
いや何とかしろと言われましても……。
「正直お小遣いを
「えへへへ……」アヴィリアさんはその場でティッシュの箱をがさがさと
「なんか計算問題始めたんですけど」
「このとき流した涙の値段はいくらでしょう?」
全然計算問題じゃなかったです。何言ってんですか彼女。
「正解はプライスレスなのです……!」
ちーん、とはなをかんだのちに彼女はそれから普通に
もはや今になって
「もうくじ引きなんてこりごりなのです!」
彼女がそのように思いたくなるのも無理ない話ではないでしょうか。
「──なんだかかわいそうだわ」
アヴィリアさんの
教室へと戻る最中、アムネシアさんは
「そうなんですか」
「むしろ見るたびに『あんなの当たるわけないからやるだけ無駄なのです』って言ってたような気がするわ」
「まあでも欲しいものがくじ引きになったら手を出したくもなるものですよ」
私は今のところそういったものに巡り合ったことがないので
「……わたしが代わりに引いてきてあげよっかな」
「別にそこまでしてあげなくてもいいんじゃないですか」
いくらかかるかわかりませんし。
「うーん……。でも、今ネットで調べてみたんだけど、わたしB賞のグラスちょっと欲しいんだよね……」えへへ、と画面をこちらに見せるアムネシアさん。
つまりくじ引きに興味を引かれているのは妹のためであり自身のためでもあるということですか。
「軍資金はあるんですか」
結構高めのくじ引きみたいですけど。
首を傾げる私に対して、アムネシアさんは懐から
「今こんな感じ」
「ふむふむ」
のぞき込む私。
…………。
「あの、二千円しかないように見えるんですけど……」
「今月ちょっと色々買いすぎちゃって……」
「はあ……」
よくその財布の中身で代わりに買うだなんて言えましたね……。
「まってイレイナさん。
「いや呆れてはいませんけど」
「そ、そう……?」
「でも計画性はないですよね」
「ちょっと呆れてるじゃん!」
もー! と
これではお宅にティッシュがいたずらに増えるだけなのでは?
「一応言っておきますけれども、お金は貸しませんからね」
「別に貸してほしいなんて言ってないわよ」先手を打った私に対してアムネシアさんはくすりと笑いながら答えました。「くじ引きをアヴィリアの代わりにやってあげるために、ちょっと今日の放課後にアルバイトをしようと思うの」
「アルバイトですか」
「で、手に入れた軍資金で明日の放課後、改めてくじ引きをしてあげるつもりよ!」
落ち込む妹の姿を見ていられなかったのでしょう。
こうして心優しいアムネシアさんは、妹のために立ち上がったのです──。
一日で
「イレイナさん、明日の放課後は期待して待っててね!」
「はい」
そして翌日の放課後。
「とりあえず五万円手に入れたわ」
「はい?」
確かに
……五万円?
一日で?
…………。
私はアムネシアさんの肩に手を置きました。
「
「何で!?」
一体何をしたんですか? ひょっとしてお年寄り相手に高額商品を売りつけたんですか。それとも何か
「いや、あの、普通に働いて手に入れた給料だから安心して、イレイナさん。
「ほんとですかぁ……?」
じとりと目を細める私。
それから彼女は
「よろしくおねがいしまーす」
普通に駅前でティッシュを配るアムネシアさん。昨日はどうやらティッシュ配りのアルバイトを選んだそうです。つくづくティッシュに
それはさておき。
「──あれれ? 何か落ちてる」
アルバイトの最中にアムネシアさんはしゃがみ込みます。
道路の真ん中。そこに落ちていたのは財布でした。
「わ、大変!」
私であればここで『地球が私の家なのでつまりこれは家の中に落ちていたものであり私のものということになります』というエキセントリックな
そのまま交番へと向かう彼女。
「おおっ! その財布はわしのじゃ! 君が届けてくれたのか!」
運がいいことにアムネシアさんが
それから
「ぜひお礼をさせてくれ。君にこれをあげよう」
そして財布の中にあったお金のすべて、つまり五万円を彼女に手渡したのです。
めでたしめでたし。
「──という
「どんな幸運……?」
「ま、経緯はさておき、とりあえずお金は手に入ったんだし、これでくじ引きに行けるわね!」
その目は希望に満ちていました。
五万円あれば最大25回はくじを引けるわけで、それだけ引けばどこかでA賞を当てることもできましょう。
というわけで私とアムネシアさんは
幸いなことにアヴィリアさんが仰向けに寝込むほど欲しがっていたA賞のぬいぐるみは
そしてアムネシアさんが
「……アレね」
彼女はそれから私に振り返り、
「イレイナさん、見ててね。わたし、ぬいぐるみとグラス、両方手に入れてみせるから」
そして
それではここでアムネシアさんとくじ引きの凄絶な戦いの記録をご覧に入れましょう。
一回目。
『C賞 お皿』
「わあC賞だってイレイナさん!
二回目。
『D賞 タオル』
「可愛い! 普段使いできそうね」
三回目。
『D賞 タオル』
「二つあればアヴィリアと二人で使えるわね!」
四回目。
『E賞 コースター』
「いいわね! グラスと合わせて使いたいかも!」
五回目。
『E賞 コースター』
「あ、またコースターだ」
六回目。
『E賞 コースター』
「なんか多いね」
七回目。
『E賞 コースター』
「……あれ?」
八回目。
『E賞 コースター』
「……………………………………………………………………………………………………」
以下略。
『F賞 ティッシュ』
「あはは……はは……ちょうどいま欲しかったところなんだよね……」
以上。
そして翌日。
「──やってらんねえのです」
「──ほんとにね」
教室の床で仰向けに寝転がっているよくわからない生き物が増えました。
経緯は説明するまでもないですね。
「お姉さんの方もダメだったのね」
並んで天井を眺めているアムネシアさんとアヴィリアさんを見つめながらミナさんは嘆息を漏らしていました。
五万円も使えばグラスかぬいぐるみの片方は手に入るだろうと思っていたんですけどね──。
「現実は厳しいものですね……」
まさか両方とも手に入らないとは思いもしませんでした。
たったの二日で合計六万円を散らしてしまった
「──帰りてぇのです」
「──わかるー」
教室の
とても残念なことに、今朝、私たちがコンビニへと
アムネシアさんが五万円を使い果たしたあと、どなたかが引き当てたのでしょう。
「──うううう……ぬいぐるみが……欲しいのです……」
「──グラス欲しかったなぁ……」
つまり言い換えるとお二人はどこかの誰かがA賞とB賞を引き当てるための確率をいたずらにあげ続けてしまったということです。
まったく悲しいお話ですね。
私は二人のすぐそばに腰を下ろしました。
「……お二人とも」
ところで話は変わりますけれども、A賞とB賞を当てた幸運な方とは一体誰でしょう?
「これをどうぞ」
そう、私です。
すっ──と二人の頭のすぐそば。
大きなぬいぐるみと、可愛いグラスがありました。
「……!?」
二人は
「い、イレイナさん……!? 何なのですかこれは、どうしたのですか!?」アヴィリアさんは
「い、いつの間に当てたの……!? ひょっとして何か悪いこととか……してないよね……?」
目の前の現実が信じられずにアムネシアさんはあわあわとしておりました。
いえいえ。
「実はたまたま私の方で手に入れたんです。別にいらないものですので、あげます」
私は首を振りつつちょっとした物語を語りました。
私は特にいらないので、お二人にあげましょう。
そんな言い訳を語りました。
喜ぶ二人に対して。
「…………」
そして私のそばで苦笑を浮かべているミナさんに対して。
昨日の夜のことを振り返ってみましょう。
アムネシアさんが
私は再びコンビニへと舞い戻っていました。
店内を見渡すとくじ売り場はほとんど
いやはやまだだいぶん残っていますね。
私は運試し程度にくじ引きをいたしました。
「おお……」
そして見事、A賞とB賞を引き当てることができたのです。何たる
私は
「──何してるの」
「ぎくり」
声をかけられたのはそうしてコンビニから出た直後のことでした。
景品を入れた袋をとっさに背後に隠しながら、私は振り返ります。どなたなのかは声でわかりました。
「ミナさん」
彼女は私の呼びかけに「ええ」と頷きつつも、
「何してるの? こんな時間に」と再び
「あなたの方こそ何してるんですか」
「暇だからジュース買いにきただけ」
「そうですか」
「ええ」短く返すミナさん。彼女はそれから「イレイナは何買ったの」と首を伸ばして、私の背後をのぞき込みました。
「いえ別に」
などと言い訳のように語りながら袋の中身を隠そうとしましたが、大きさ的にも量的にも簡単に隠せるようなものではありませんでした。
袋の中には景品が詰め込まれています。
A賞、B賞、それからいくつかの景品が──合計七つほど、詰め込まれています。
彼女は苦笑していました。
「優しいのね」
何を言い出すかと思えば。
私は肩をすくめたのち。
人差し指を自らの
「たまたま手に入れただけです」
