学校の中庭に女子生徒が一人おりました。
「ふふふ……今日のお昼は
数量限定のクロワッサン。
購買でも
ゆえに彼女はこの上ないほど上機嫌。
ふふふと笑いながら包みを
あるいは油断に満ちていたとも言えます。
「──わっ!」
中庭にある小さな池のそばに差し掛かったときのことです。
つるん、と彼女は足を
「わ、私のパンが……!」
わかりやすいほどに幸福から不幸の底まで落ちた彼女は一体誰でしょう。
……そう、私です。
「そ、そんなぁ……」
池をのぞいてみればパンが水面にふわふわ浮かんでいます。
とても食べられそうにありません……。
「せっかく楽しみにしていたのに……」
一体どうしてこんなことに……。私はがっくりと
食べられないパンって燃えるゴミでいいんでしょうか。
びちゃびちゃのビニール袋を見つめながら私はため息を一つ。
そんなときです。
「イレイナさん……イレイナさん……」
池のそばから私を呼ぶ声。
誰ですか。私は視線をそちらに向けます。
立っていたのは
「サヤさん」
でした。
しかし彼女は
「いえ、ぼくはサヤではありません──」
「いやサヤさんじゃないですか」
「ぼくは
「ここ泉じゃなくてただの池ですよ」
「イレイナさん、今、泉に落とし物をしましたね……?」
「無視ですか」
「落としましたね?」
「……まあ、落としましたけど」
私は
すると彼女は両手をすっ、とこちらに
「あなたが落としたのは、この『サヤさんとデートできる券』ですか? それとも『サヤさんとお出かけできる券』ですか」
「いえ、美味しいパンですけど」
ていうかそれ両方とも大体同じ意味じゃないですか。
べちゃべちゃになったパンの包みを見つつ
そして目を見開くサヤさん。
「おお! 何と
「え……いらない……」
「よかったですねイレイナさん。これでいつでもどこでもぼくとデートし放題ですよ」
「別にいらない……」
私が欲しいのはパンなんですけど……。
ていうかそもそもよく
「こんな物使ってたら私たちがいかがわしい関係だと思われかねないので結構です」
私は首を振りつつ二枚まとめてお返ししました。
要は
「ふむふむ。そうですか」
てっきり強引にでも押し付けてくるものかと思いましたが、彼女は意外にもすんなりと受け取ってくれました。
「ところでイレイナさん」
「? はい」
「あなたが落としたのはこの『サヤさんを一日
すすす、と新しい券を取り出すサヤさん。
「ひょっとしてこれ無限ループですか」
「おお! 何と正直な方でしょう! 正直者のイレイナさんにはこの券を両方とも差し上げます!」
「一回手に入れたら
「よかったですねイレイナさん! これでいつでもどこでもぼくを
いや……。
「いらない……」
「さあどうぞイレイナさん!」
「受け取り拒否したいんですけど」
「おっと所有権を
「これ新手の
ため息をつく私と目をきらきらとさせながら迫るサヤさんとのやりとりは、それからしばらく続きました。
後日。
「そういえばイレイナさん、この前あげた券、まだ使わないんですか?」
サヤさんを一日独占できる券。
サヤさんが何でも一つだけ言うことを聞く券。
結局私はその二枚の券を受け取ったのですが、恐らく使う気配が見受けられないことを
放課後、サヤさんは私に首を
「ぼくはいつでも準備万全ですよ! さあいつでも命令してください!」
いつでも命令してくださいと言われましても。
「あれもう私の手元にありませんよ」
「へっ? 捨てちゃったんですか?」
すすす、と自らの懐に手を入れるサヤさん。「捨てちゃったのなら新しい券を用意しなきゃいけませんね……」
「いえいえ捨ててはないので結構です」
「? 捨ててないのに手元にない? どういうことですか?」
彼女は
ちょうどその時のことです。
「──おい、サヤ。いるか」
がらがら、と教室の
現れたのはシーラ先生。
彼女は教室の一角で雑談していた私たちを捉えると、「おお、そこにいたか」と軽く手を上げます。
「シーラ先生? どうかしたんですか?」とサヤさん。
「ちょっとお前に手伝ってもらいたいことがあるんだが。今いいか」
「先生……」
はぁー、と目を細めながらため息をつくサヤさん。
わかってないですねー、と表情が物語っていました。
「この状況を見てわからないんですかー? ぼく、いま、手が離せないんですよ。イレイナさんといちゃつくのに
「そうなのかイレイナ」
「全然そんなことないです」
「そんなことないって言ってるけど」
ていうかどーせ
「暇じゃないですー!」駄々をこねる子供のように頰を
「ふうん。じゃあこれ使おうかな」
すっ──とシーラ先生は懐から二枚の券を取り出しました。
サヤさんを一日独占できる券。
サヤさんが何でも一つだけ言うことを聞く券。
その二つが彼女の手にありました。
「で、これのどっちを使ったらお前は私の手伝いをしてくれるんだ? 別に両方使ってやってもいいけど」
「な、なぜそれをシーラ先生が……!」
はわわわ、と
私は彼女の肩に手を置いて言いました。
「捨てられそうになかったので需要ありそうなところに売りました」
古来、捨てられないアイテムは人に押し付けるのが一番と相場が決まっているものです。幸い、サヤさんと仲の良いシーラ先生が券を欲しがっていたので無料でお渡ししたのです。
「じゃ、明日の授業の準備手伝ってくれるか? サヤ」
教室まで足を踏み入れサヤさんの腕をつかむシーラ先生。
「あの、ちょっと待ってくださいシーラ先生! その券はイレイナさんのために用意したもので──」
「さてどこまで働いてもらおうかなぁ」
そしてサヤさんはシーラ先生により連行されるのでした。
「いやああああああああああああああああああああああっ!」
自称泉の精霊ことサヤさんの叫び声が、放課後の学校にこだましました。
