雨もしたたるいい少女。
一体誰でしょう?
そう、私です。
「まったく……
ざあざあと雨が絶え間なく降り注ぐ中、私はため
学校を出た辺りから
おかげで私もいったん、雨から身を隠す
逃げ込んだ先は
長らく上げた
予報にない雨に街中が
全身が濡れることを
「なんじゃなんじゃ……! 雨が降るなんて聞いておらんぞ!」
あるいは私と同じように
ずい、と雨の中から私の真横に飛び込んできたのは
「やれやれ……」
ため息を漏らす彼女。
突然の
こちらをのぞき込むのは赤の
「そうですね」
まったく同意見です。
降り始めた雨は
しばらく雨は続くことでしょう。
「…………」
「…………」
私たちの間にあるのは
それはまるで動くエレベーターの中で目的地に着くのを待っている乗客のよう。しかし私たちがいくら
せっま──。
ちょうど二人入れる程度の幅しかない、と先ほど
私たちが今立っているこの場所にはそんな余裕はなかったようです。
実際のところせいぜい1・5人分くらいの幅しかなかったのでしょう。
今も私と彼女はぴったりと肩をくっつけて並んでいるというのに、お互い
おかげで片方の肩がお互い少しずつ濡れていました。
いやはやこれでは
「やっぱりおぬしちょっとこっちに寄ってるって」
「そう言うあなたこそこちらに寄っていませんか?」
先ほどと同様に交わされる穏やかな会話の間で静かに火花が散り始めたような気がしました。
狭い場所に二人。いつだって争いは奪い合いから発展するものなのです。
「おぬし、ちょっと悪いんだけど、わらわこれから仕事あるから台本読んでてもいい?」
彼女は
仕事? 台本?
はてさて。
「ひょっとして役者さんなんですか?」
「んー? ま、そんなところじゃのう……。おぬし、ルシェーラって知ってる?」
「ルシェーラ……」
頭の中でその名前を
ほどなくして思い出しました。
「ひょっとして最近ドラマに出てる役者さんですか」
確か数百年生きている
「そう! 今をときめく大女優のルシェーラ様とはわらわのことじゃ……」
ついでにドラマの中でもこんな口調だった気がしますけれども。
「普段からそういうキャラなんですね」
「これも役作りの
「それはまあ
お
こんな狭いところで読んだら濡れません?
疑問を抱く私。
「もしも
そこにはここと同じように屋根が一つ。
ですがこの場所を先にとっていたのは私の方。
「私は別に気になりませんけど。広い場所で仕事したいのでしたらあなたの方が移動してみては?」
「いやー。わらわ女優じゃからなー。ここで風邪ひいちゃうと仕事に響くしなー」
「私も風邪をひくと明日の学校に響きますので無理ですね」
「…………」
「…………」
穏やかに見つめ合う私たち。
この狭い屋根は私たちのどちらか一方のためにあるべきなのです。
彼女とは初対面ですが、しかしながら今、彼女が何を考えているのか、私には手に取るようにわかりました。
(なんじゃこいつ……とっとと
多分大体こんなことを思っているのでしょう。
ですから私も独白を返します。
(絶対に退きませんから。むしろあなたの方が退いてくださいよ)
言葉を交わすことなく私たちはそうして肩を押し合いました。
降り続く雨の中、こうして私たちの静かな戦いが幕を開けたのです──。
○
「ゲームをしませんか」
提案するのは私。
「何じゃ?」
首を
「今から向かい合って、じゃんけんで負けたほうが一歩ずつ下がるんです」
狭い屋根の下、
負けた方はこの場所を追放され、あとは向かい側でも別のところでも好きに行けばよろしい。
そういう戦いです。
目的はとてもシンプル。
「なるほどのう」
そして決着の付け方もとても単純。
私たちが取り合っている屋根の下は狭く、向かい合ったまま一歩でも下がれば雨に濡れるほかありません。
つまり勝負はたった一度のじゃんけんのみで決まるのです。
「いかがです?」
彼女はにやりと笑みを浮かべながら、体をこちらに向けました。
「負けても
自信満々。
そんな彼女と向かい合いながら、私は胸の前に
狭い空間の中、息がかかるほど近くにいる彼女の胸元にも拳が一つ。
そして目と目を合わせたその瞬間に、私たちは合図をすることなく互いに口を開いていました。
「さいしょはグー」
二つの声はそろい、拳が同時に
「じゃんけん──」
ぽんっ。
そして出される私の手。
勝利をつかむために開かれた手はパー。
お相手は──ルシェーラさんの手はいかがでしょう。
私は視線を向け──。
「……!?」
開かれていたのは指三つ。
グーでもチョキでもなければパーでもない。いい年こいた大人がやるべき
いかなるじゃんけんにおいても完全勝利できる
「ふははははは! バカめ! これでわらわの勝利じゃ!」
「いや普通に反則なんですけど?」
わかりますよね? 大人なんですから。
「はーん? おぬしルールを説明するときにそういう話ししたか? グーチョキパーはダメって言ったか?」
「いや言いませんでしたけどそういうのは何となくわかるでしょう」
すると彼女は肩にぽんと手を置き。
シリアスな表情で言いました。
「いいかおぬし? 大人の世界では『言わなくてもわかるよね?』は通用しないのじゃ……!」
「…………」
「でも聞いたら聞いたで『は? そんなのいちいち聞いてくるなよ』って顔をされるのが大人の世界なんじゃ……!」
「仕事でなんかあったんですか」
なんだかよくわかりませんけど
「何はともあれ事前のルール説明を
勝ち誇るルシェーラさん。
「大女優なのに情けない手で勝って恥ずかしくないんですか」
「うるさい」
いいから早く出ていかんかい。と言い
「まあ負けたのは私ですし、ここは宣言通り、一歩下がるとしましょう」
「そうじゃそうじゃ」
頷くルシェーラさん。
私はそれからくるりと
「ん?」
そしてそのまま一歩。
宣言通りに下がるのです。
「え、いや、おぬし、ちょっと──」
「えいっ」
ぽん、と私のお
事前のルール説明を怠っていたという指摘はもっともですね。負けたほうがその場で体を反転してはならないとは言っていないのですから。
結果、私によって押し出された彼女が雨の中に飛び出しました。
「絶対に許さんぞおぬしぃ……!」
ぐぬぬ、と
結局二人とも不正を働いたということで今回の勝負は
「あれれ? おぬし、あそこ見てみろ!」
ほどなくして。
唐突に声をあげながら路上を指差すルシェーラさん。
「何ですか?」
私は首を傾げながら彼女が指し示す方向を見つめます。
目を
その正体はすぐにわかりました。
「お札の
何ということでしょう。
そこそこの額のお札が束のまま路上に
「一体なぜあんなところにお札が……?」驚愕する私。
恐らく百万円程度はあるでしょう──テレビなどでよく見かける束と同じくらいの
「ひょっとしてさっき急いで帰っていたやつが落としていったのか……?」
私たちが二人並んで雨宿りを始めてから、確かに何度となく人が前を通り過ぎています。傘を差すことなく走り去っていく人影も何度も見かけました。
その中の誰かが落としていったとでもいうのでしょうか。
「どうするおぬし? あれ、取りに行くか?」私の隣でルシェーラさんは
「ふむ……」
私もまた真面目な顔で考えていました。
取りに行くべきか、
(あれは
冷静に考えてみましょう。
水たまりの中に札束が放置されることなどあるでしょうか? この状況下で? いえいえまさか。見るからに怪しい雰囲気はまるで丸見えの落とし穴のよう。
誰かがお金を
ゆえに私は思考の末。
答えました。
「あ、私は別にいいです」
路上に札束が落ちてるなんて、普通に考えてあり得ないですよね。
どうせあなたが用意したものでしょう?
私は勝ち誇った顔でルシェーラさんを見つめました。
直後です。
「そっか。おぬしが取りに行かないのなら、わらわが行くわ!」
ルシェーラさんは自ら雨の中へと駆け出していました。
「……!!」
罠ではなかった、とでもいうのでしょうか。彼女は自らが濡れることを
私は自らの判断ミスを
罠である可能性が圧倒的に高くても、誰かが落とした可能性はゼロではない。
本来、手を伸ばす理由はそれだけで十分なはずなのに……!
「……っ! 待ってください!」
気づけば私もまた、雨の中に飛び出していました。
今からでも遅くはないはず──ルシェーラさんの背中を追いかけ、走ります。
そして競走においては出遅れたほうが意外にも有利になることがあるものです。
「何じゃと……!」
私が追いかけてくるとは思っていなかったのでしょう。
のんびりと駆けていた彼女をあっという間に追い越して、そのまま私は札束のもとへと手を伸ばし。
摑みました。
「ふっふっふ。
これで大金は私のもの──と掲げる私。
手の中にあったのは子供銀行券でした。
「…………」
子供銀行券。
要するにおもちゃでした。
「は?」
ぺらっぺらの紙切れ百枚を眺めながら
「かかったな、バカめ! わらわが走り出せば釣られて出てくると思っておったわ!」
既に彼女は安全地帯である屋根の下まで戻っていました。
何ということでしょう。
すべて彼女による
「ふはははは! そのままずっと濡れるがいい!」
「ぐぬぬ」
二度目の勝負はこうして彼女の勝利というかたちで決着しました。
降り続ける雨の中。
私たちは互いに罠を張り合いながらも相手を屋根の下から追い出すために策を練り続けました。
「おっと、わらわったらうっかりサイン入り色紙を落としちゃったわい」例えばルシェーラさんがサイン入り色紙を雨の中に放り出すことで誘い出してみたり。
「あー、大変。うっかりパン屋の割引券を落としちゃいました」私であればパンを
しかしながら既に互いに
「…………」
「…………」
多少の罠にかかるようなことはありませんでした。張り巡らされた罠に対し、私たちは一歩も動かないまま見つめ合うばかり。
つまり私たちの戦いは、
「ぎゃあああああああああああああっ!」
「!?」
