わたしが彼女から空き教室に呼び出されたのは放課後のことです。

「ふふふ……来たわね、アヴィリア」

 がらがら、ととびらを開ければつくえこしけた彼女がこちらに不敵ふてきな笑みを浮かべていました。ミナさん。

 サヤさんの妹であり、しかしサヤさんよりもちょっと大人びた雰囲気ふんいきのあるわたしの同級生。

 わたしは「どーも」と手を振りながら扉を閉めて彼女へと近寄ります。

「……ここに来るまでの間、誰にもつけられなかったでしょうね」

「問題ないのです。わたしを誰だと思ってるのですか」

「ちょっと抜けたところのある子」

「ほほーう? このわたしを挑発とは。いい度胸どきょうなのです」

 目を細めるわたし。

 今日わたしがこの場所に来たのはミナさんの希望に応えるため。わたしの機嫌きげんを損ねてもいいのですかー?

冗談じょうだんだわ」

 肩をすくめるミナさん。わかればいいのです。

「それで、アヴィリア、例のモノはちゃんと持ってきたのでしょうね」

 わたしはうなずきました。

「もちろんなのです。今日はそのために来たのですから」

「そう……じゃあ」

 すっ、とミナさんは辺りをうかがいながらこっそりとこちらに手を差し出します。

 握られていたのは、お金。

「……いただくのです」

 すすす、とこっそりお金を受け取るわたし。空っぽになった彼女の手には代わりに例のブツを持たせました。

 まさに闇取引。

 彼女はわたしが渡したブツに視線を落とします。

 にやりと笑いました。

「……確かに受け取ったわ」

 まるで悪人。

 こんな場面を他人に見られたら勘違いされること間違いなしなのです。

「というか何でこんなあやしい取引みたいなことしながら渡さなきゃいけないのですか」

 別に同じクラスですし、教室で普通に渡せたのですけれども。

「ダメよ。こんなものを教室でもらったら騒ぎになるわ」

「こんなところで密会してるほうが騒ぎになる気がするのですが……」

「そのリスクに見合う物だもの。仕方しかたないわ」

「リスクに見合う……?」

 頷く彼女が握る例のブツ。

 わたしは首をかしげながら言いました。

「でもそれただのぬいぐるみですよ」

 ぬいぐるみ。

 より正確に言えば可愛かわいい感じの子猫こねこのキャラクターをモチーフにしたぬいぐるみであり、小さい女の子に特に人気の代物しろもの

 ミナさんに頼まれ、小さな女の子たちにまぎれ込みながら先日買いにいった代物です。

 別に年頃の女の子がぬいぐるみを持ってることくらい何も不思議なことではないと思いますけれども……。

「私がこんな可愛いものを所持しているだなんて知れたら、周りの生徒たちがおどろいてしまうわ」

「考えすぎだと思いますけど……」

 まあ確かに可愛いぬいぐるみを抱いているミナさんの様子ようすは、らしくないといえばらしくありませんけれども。

 しかし言い換えるならばそういうギャップもまた可愛らしくもあります。

「とにかく助かったわ。アヴィリア。ふふふふ……」

「いえ、どういたしましてなのです」

 別にぬいぐるみを買っただけですし。「ではそろそろ帰るとしましょう──」

 もういい時間です。

 せっかくですし、帰りは一緒いっしょに寄り道でもいかがでしょう? わたしは彼女にたずねようとしながら顔を向けました。

「……っ!」

 しかしそのとき私の視線がとらえたのは、緊迫した表情のミナさん。

「どうかしたのですか?」

「──しっ! 静かに!」

 わたしの口を手で押さえるミナさん。

「むごもご」

 なにをするのですか。

「……誰かが近づいてきてるわ!」

 耳をすましてみれば確かに話し声と足音が徐々に大きくなってくるのがわずかながらに聞こえます。

 どうやらこちらに近づいてきているようです。

「ダメ……! このままでは私が可愛い物好きだとばれてしまうわ……!」

「むごもご」

 別にいいじゃないですか。

「こっちに来て、アヴィリア」

「もごごご」

 わたしの口を押さえたまま後ろに回り込んでずるずると引きずるミナさん。まるで隠密行動中のスパイのようにあざやかな動きで彼女はそのままわたしをロッカーの中に連れ込みました。

「この中でやり過ごしましょう、アヴィリア」

「もががが」こんなところを見られたら騒ぎになるに違いないのです。

大丈夫だいじょうぶ。ばれなければ問題ないから」

「むごごご」

 犯罪者の思考回路じゃないですか!

 わたしは口を押さえられたままそれからしばらく抗議しましたが、結局時すでに遅し。

 空き教室の扉はがらがらと開けられてしまいました。



 空き教室にて。

 みなさんこんにちは、サヤです。

「突然ですけどアムネシアさん。『ロッカーに二人で閉じもるアレ』をご存じですか?」

「え? ううん」

「まあ! あの有名な『ロッカーに二人で閉じ籠もるアレ』をご存じでないのですか! 人生の八割損してますよ!」

「よくわかんないけど知らなくても人生でまったく損しないことだけはわかるわ」

 あきれた様子のアムネシアさん。

 損をしないだなんてとんでもない! ぼくが日々読みふけっている必読の参考書(恋愛漫画)において『ロッカーに二人で閉じ籠もるアレ』でいちゃついたカップルは大体うまくいくと書いてあるというのに!

「仕方ないですね……、説明してあげますか」

「いえ別にいいけど……」

「いいですかー? 『ロッカーに二人で閉じ籠もるアレ』というのはですねー」

 そしてぼくは黒板につづりました。


 ──ロッカーに二人で閉じ籠もるアレとは。

 1、まず親しい二人を空き教室に用意します。

 2、第三者が来たタイミングでロッカーに二人で一緒に入ります。

 3、距離が近くてどきどきする二人。


 以上。

「まあこんな感じに、一般的にロッカーに二人で入ることでむねがどきどきして二人の距離が急接近! な展開は結構多いんです」

 どうですか? アムネシアさん。

 どやっとしながら説明してみせたぼくに対するアムネシアさんの反応はこちら。

「うん。で?」

 で? ですと?

 まったくもう! にぶいにもほどがありますね!

「アムネシアさん、これらの事実を見てぼくの言いたいことがわからないんですか?」

 ぺちぺち、と黒板をたたくぼく。

「言いたいことって言われても……」

 うーん、と考え込むアムネシアさん。

 やがて彼女は、はっとしながら顔をあげました。

「ま、まさかサヤさん……!」

「ふふふ……」わかっていただけましたか。

「わたしとの距離を急接近させたい……ってこと?」

「いやそういうわけじゃないです」

 何言ってんですか。

「えー? じゃあ何なのー?」

さっしが悪いですねー」

 やれやれ。ぼくは言いました。

「いいですか? ロッカーに二人で入る人たちは基本的には直前まで人に見せられないようなことをしていた場合が多いんですよ」

 例えば恋人がいながら別の異性と密会していた人とか。

 もしくは表では仲が悪いけど裏では超仲良しとか。

 あとは危ない薬の裏取引とか。

 これらの要因から導かれる事実は一つ。

「つまりロッカーに二人で入った段階で、何らかの事情を抱えている二人ということは明白ということです」

「はあ」

「つまり言い換えれば二人してロッカーから出て来れば相手がどんな人であっても傍目はために見ればいかがわしい関係の二人に見えるということです!」

「いやそうはならないでしょ」

「例えばぼくとアムネシアさんが二人で一緒にロッカーから出てくるところを見られた場合、恐らく翌日からぼくたちは恋人同士か、怪しい裏取引をしてる二人に見えることでしょう」

「絶対そうはならないでしょ」

「つまりロッカーに二人で入るという行為は外堀そとぼりを埋めるのと同等の効果が得られるのです……」

「話が飛躍しすぎでしょ……」

「ともかく!」

 ばばん、と黒板を叩くぼく。「アムネシアさん。考えてみてください! この方法を使えばどんなことでもできるようになるんですよ!」

「どんなことでも……?」

 どゆこと?

 と首を傾げるアムネシアさん。

「例えばぼくとイレイナさんが二人でロッカーから出てくるところを見られたとしましょう。翌日からぼくたちがどんな風に見られるようになるのか……わかりますね?」

「イレイナさんに限っては相手が誰でも怪しい裏取引してる相手としか捉えられない気がするわ」

 遠い目をするアムネシアさん。

 なんとなくですが彼女の頭の中に札束で顔をあおいでにやにやしているイレイナさんのお顔が浮かんでいるような気配がしました。

「ともかくぼくはこの手法を使って天下をとるんです……」

「絶対無理だと思うけど……」

「ということで今日はアムネシアさんには、実際にロッカーに二人で入ることができるかどうかを確かめてもらおうと思いまして」

 ぼくは教室後方のロッカーまで歩みました。

 大きさ的には問題ないと思うのですが、実際に二人で入ってみないとわからないものです。

 というわけで今日はロケハン的な意味合いを含めてアムネシアさんをお呼びしたのです。

「ええー……」

 そして露骨ろこつに嫌そうな反応を返してくるのがアムネシアさんでした。

「何嫌がってるんですか、アムネシアさん! ちょっと入るだけですよ、ロッカーに」

「いや、二人でロッカーに入った人間がいかがわしい関係にあるみたいな話を散々さんざんされたあとで一緒に入りたくないわよ……」

「大丈夫です! ちょっと入るだけですから!」

「でもそんな現場を目撃されたら勘違いされるわよ」

「ははは! 大丈夫ですよぉ。ロッカーから人間二人が出てきただけでさわぐのなんて頭がちょっと煩悩ぼんのうに支配されたアレな子だけですって」

「言ってることが支離滅裂しりめつれつすぎない?」

 さっきまで真逆のことを言っていたくせに……と目を細めるアムネシアさん。

 そしてぼくは彼女を連れてロッカーに手をかけました。

「じゃ、アムネシアさん。試しにやってみましょー」

「まあ……別にいいけど」

「おっとアムネシアさん、乗り気ですね」

「乗り気じゃなくても強制するでしょ」

 まあそうですけど。

「じゃあとっととやっちゃいましょう!」

「実は誰かが既に入ってたりして」

 横でくすりと冗談を言うアムネシアさん。

「ははは! まさかぁ」

 ぼくは笑いながらロッカーを開きました。

「…………」

 アヴィリアさんとミナの二人と目が合いました。

 ぼくはロッカーを閉じました。

 ──何で、二人が、ロッカーに、隠れてるの……?

「あ、ああああアムネシアさん……! 大変なことになりました……!」

 はわわ、はわわ、とぼくは震えながら、アムネシアさんの肩をつかみました。「ぼくの妹が……! アムネシアさんの妹と……! いかがわしいことしてます……!」

 ロッカーに二人で入るということはつまりそういうことでは?

 ぼくの知らないところで妹が何やら大人になってます! ぎゃー! ぼくははわはわとその場で騒ぐ羽目はめになりました。

 そしてそんなぼくを見つめつつ、アムネシアさんはため息を漏らしながら言うのです。

「あなた本当に言ってることが支離滅裂ね……」