いっけなーい。

 遅刻ちこく遅刻ー。

 などと言いながら通学路を歩く少女が一人おりました。

 かみ灰色はいいろひとみ瑠璃色るりいろ。顔はどこからどう見ても美少女の彼女は女子高生。口にパンをくわえてもぐもぐしている様子ようすからさっせられる通り、無類むるいのパン好きであり、そして朝起きるのがまあまあ遅かったせいで遅刻寸前すんぜんです。

「いやーやばいですねー」

 しかしながら遅刻寸前というのに特に気にせずのんびり歩いている彼女は一体誰でしょう?

 そう、私です。

 ここから学校までの距離きょりはそれなり。歩いて行けばギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際せとぎわといったところ。正直しょうじきに申し上げれば走ったほうがいいのは明白といえました。

 が、私は微塵みじんあせらずただただパンをもぐもぐしながら歩くのでした。

 やはり無類のパン好きを自称じしょうするならばいかなる状況においてもパンを優先すべきでしょう。

「…………」

 私は相変わらずもぐもぐと食べながら、のんびり道をゆきました。

 いつもより少しだけ遅めの朝のことでした。



 みなさんこんにちは、サヤです。

 突然とつぜんですけど皆さんは古今東西ここんとうざいのラブコメディにおいて古くから使われている様式美──曲がり角でぶつかるアレをご存じですか?

 え? ご存じでない?

 仕方しかたないですねー。じゃあぼくがやり方を簡単に説明して差し上げましょう。


 ──曲がり角でぶつかるアレ。

 1、まず遅刻寸前の生徒二人を用意してください。

 2、遅刻寸前であるため当然ながら二人とも学校へと急ぎます。

 3、曲がり角でぶつかります。

 4、フォーリンラブ。


 はい。

 大体こんな感じです。古今東西のラブコメディにおいてこのような展開は何度も使いまわされすで手垢てあかでべったべた。とにもかくにも慣れ親しんだ展開といえましょう。

 そして往々おうおうにしてこういうところで出会った二人は恋に落ちるものなのです。

 ……恋に落ちる!

 大事なことなのでもう一度言いました。

 ぼくがここ最近読んだ参考文献さんこうぶんけん恋愛漫画れんあいまんが)では大体最終的には結ばれてました。この前見た夢の中でもなんだかんだといい感じになってました(たぶん)。言い換えるなら曲がり角でぶつかれば後は何が起こっても結ばれるようになるということです。

 更に言えばここでぼくとイレイナさんがぶつかれば多分結ばれることになるということでしょう。

 イマジン。想像してみてください。


「いっけなーい! 遅刻遅刻ー!」

 走るぼく。

 曲がり角に差し掛かります。

 直後、死角から現れた灰色の髪の美少女と邂逅かいこうするぼく。気づいたときには既に手遅れ。ぼくは止まれず、「あ、死んだかもー」と察しながら彼女と思いっきり衝突しょうとつ

「きゃーっ!」

 彼女ともつれ合うようにしてぼくたちは倒れます。

「いたた……」顔を上げる彼女。至近距離でぼくと目が合います。

「い、イレイナさん……」

 どきりとむねねるぼく。イレイナさんと親しい間柄あいだがらとはいえ、吐息といきがぶつかるほどの距離で見つめ合ったことなどぼくたちはないのです。

 あれれ? イレイナさんってこんなに美人でしたっけ……。

 途端とたんに意識するぼく。

「……さ、サヤさん」

 きっとイレイナさんもぼくと同じなのでしょう。彼女のほおがほんの少しだけ赤くなっていくのを、ぼくは間近で見つめながら感じていました。フォーリンラブ。


 ぼくは曲がり角の少し後ろからクラウチングスタートの姿勢をとって待機しながら勝利を確信しました。

 イメトレは完璧です。もはやぼくの脳内のうないではイレイナさんのご両親に挨拶あいさつするところまで話が進んでいます。

「おりゃっ!」

 それからぼくは駆け出しました。

 ぼくの計算が正しければイレイナさんは今からおおよそ十秒後には曲がり角に差し掛かる頃合いであり、大体ぼくと衝突することは明白でありその後どうなるかは推し量るまでもないでしょう。

 わーい、と両手を上げつつぼくは曲がり角に向かって突進。

 そして道が開けたとき、予想通り、視界の端からこちらに向かってくる人影を一つ、ぼくはとらえたのです──。



「アヴィリア、急いで!」

 息を乱しながらお姉ちゃんはわたしの少し先を走っていました。

 体力がぽんこつなわたしはお姉ちゃんの背中せなかを追いかけながら「ま、待ってくださいぃ……」と力無く手を伸ばします。

 始業前。遅刻寸前。わたしたちは前日に夜更よふかししたことをたがいに後悔こうかいしながらいつもの通学路を走っていました。

「早く早く、急がないと間に合わないよー!」

 こちらに手を振るお姉ちゃん。

 まぶしすぎて目を細めてしまいます。

 ところで話は変わりますけれど、

「お姉ちゃん、そんなに、急がなくても……、大丈夫だいじょうぶじゃないですか……?」

 息を乱しながらわたしは言いました。「こ、ここまで来れば、あとは歩いても大丈夫なのです……!」

 おひざに手をあて、前屈まえかがみになりながら道の向こうをにらむわたし。

 学校が見える程度の距離までたどり着いています。あとは歩いても平気ではありませんか?

 しかし、しっかり者のお姉ちゃんはわたしのちょっと先で頰をふくらませます。

「ダメだよ、アヴィリア。何が起こるかわからないんだから。急いでおいてそんはないよ」

「で、でもぉ……おなかが減って力が出ないのです……」

 きゅるるるる、と悲鳴ひめいをあげる我がお腹。

 朝ごはんを抜いてきた上にひたすら今に至るまで走り続けたせいでいよいよわたしのお腹も『はぁー、とっととごはんが食べたいのです』とグレ始めてきてしまいました。

「大変そうですねえ」

 もしくはわたしたちのやりとりをすぐそばでながめながらイレイナさんがパンをもぐもぐしているせいかもしれません。

「おいしそう……」

 ふらふらとイレイナさんへと吸い寄せられるわたし。パンのかおりが恐るべき吸引力きゅういんりょくを誇っています。

まどわされないで、アヴィリア! パンなら買ってあげるから!」

 などと遠くの方でお姉ちゃんが言ってる気がしますが、

「何ですか? 私のパンが欲しいんですか? ほらほら」などとイレイナさんが誘惑してくるせいでお姉ちゃんの声が距離よりも割り増しで遠くに感じます。

「ぱ、パン……」

「そうですよー。焼きたてあったかなパンですよー」

 わたしの前でパンをらすイレイナさん。その様子はまるで野良猫のらねこ餌付えづけするがごとし。

 しかしわたしが朝食を頂くことは結局できませんでした。

「もー、イレイナさん。うちの妹を誘惑しないの」

 ぐい、とわたしを引っ張るお姉ちゃん。その様子はまさしく迷う子猫を捕まえる親猫の如し。

 誘惑してきたイレイナさんに対して頰を膨らませながらも、お姉ちゃんは「イレイナさんも急がないと遅刻するわよ」とさとします。

 そしてその上で、

「よかったら一緒いっしょに行く?」

 と提案すらしていました。聖母せいぼ後光ごこうが差して見えました。よほどの外道げどうでもない限り断ることなどできないでしょう。

「いえ私は大丈夫です」

 この外道!

 なぜ一緒に行かないのですか、とわたしが睨むと、イレイナさんは、

「私って汗かくと溶けて死んじゃう体質なんですよねぇ」と意味不明なことを言っていました。

「いみわかんねえのです」

 毎年夏に死んでるんですか?

 そして聖母ことマイシスターことお姉ちゃんはそんなイレイナさんの意味不明な言動を華麗にスルーしながら、

「でもイレイナさんもなるべく急がないとダメだよ? 何が起こるかわからないんだから」と普通に心配してあげていました。

善処ぜんしょします」

 手を振るイレイナさんでした。

 それからお姉ちゃんはわたしに振り返って微笑ほほえみながら、走り出しました。

 直後にお姉ちゃんがびました。

「お、お姉ちゃあああああああああああああああああん!」

 それは曲がり角にお姉ちゃんが差し掛かった瞬間しゅんかんのことでした。死角しかくから突然現れたサヤさんがお姉ちゃんと思いっきりぶつかり、お姉ちゃんもろとも吹っ飛んだのです。

 一体どれだけ急いでいたのかよくわかりませんが、その勢いはすさまじく、二人もみくちゃになってごろごろと路上を転がるほどでした。

「わあ……」

 パンをもぐもぐしながら引いてるイレイナさんをよそにサヤさんは起き上がります。

「あ、アムネシアさん……!」

 そのお顔は驚愕きょうがくに染まっていました。「ひょっとして……ぼくの運命の相手って……アムネシアさん……?」