「ねえ、そういえばイレイナさんとサヤさんって、いつから仲良いの?」

 放課後の教室。

 私とサヤさん、それからアムネシアさんの三人で他愛たわいもない雑談ざつだんを交わしていた最中のことでした。少々具体的に言うなれば「昨日きのう、イレイナさんが魔法使いっぽい格好かっこうでぼくの夢に出てきたんですよぅ」などと妄想もうそうじみたお話を語っていた時のこと。

 アムネシアさんは「ほぇー」などと声を漏らしながらサヤさんの妄想にうなずいていたかと思えば、思い出したように私たちにたずねてきたのです。

「入学してから一年くらいつけど、そういえばイレイナさんとサヤさんって出会った頃からずっと一緒いっしょにいる気がするわ」

 などと。

 言われてみればその通り。

 ふむと頷きながら私は答えます。

「私とサヤさんが会ったのは入学式の当日でしたからね」

 対して、アムネシアさんと出会ったのは去年きょねんの夏頃。大体四ヶ月ほど差がありますから、ずっと一緒にいると思われてもいたかたない部分はあるのかもしれません。

「二人はどんな出会いだったの?」

 気になるなぁ、と机に身を乗り出すアムネシアさん。

「別に普通の出会いですよ」

 私はかたをすくめて答えていました。

 長々ながながしゃくいてまで語るほどの話でもありません。

 私たちが出会ったのは一年ほど前──高校入学直後のことです。

 当時は私たち三人の中で私とサヤさんの二人だけが同じクラス。私たちは偶然ぐうぜんにも席が近く、そして家もそこそこ近かったため、なんとなく普段から距離が近く、やがて普通に言葉を交わすようになっただけのこと。

 話してみたらそこそこ気が合ったために、今もこうして一緒にいるのです。

 要はよくあるお話です。

 まあ大体そんな感じです。

 ですよね? サヤさん。

「ふっふっふ──よくぞ聞いてくれましたね、アムネシアさん」

 …………。

 サヤさん?

 何の変哲へんてつもない昔話を思い出しながらサヤさんへと視線を向けた直後、私は首をかしげることとなりました。

 なぜか彼女は無駄むだに得意げな顔をしていたのです。

「実は今までだまってたんですけど──イレイナさんとぼくってすごく運命的な出会いをしたんですよ……」

「へぇー、そうなんだ」

 ──いや全然そんなことなかったと思いますけど。

 お菓子かしをもぐもぐしながらも素直すなお興味きょうみを抱いてしまうアムネシアさんに対して、サヤさんはそれからたわごとを吹きまくるのです。

「もはや前世から運命の赤い糸で結ばれていたとしか思えないほどの出来事がぼくたちの間に起きたんです」

「すごーい」ぽりぽりとクッキーをかみ下すアムネシアさん。

「どうです? アムネシアさん。聞きたいですか? ぼくたちの物語」

「ききたーい」もぐもぐするアムネシアさん。

「おっと! ちなみに、ぼくたちの出会いの物語はこの世に存在する映画やドラマの比ではないくらいに泣ける物語です。ぼくと同じくイレイナさんのとなりに立ちたいと願っているアムネシアさんがこの話を聞いて自信喪失じしんそうしつしてしまわないかがぼくは心配ですね!」

「そーなんだー」私に対して「一つ食べる?」と差し出してくれるアムネシアさん。

「どうです? これでもまだ聞きたいですか?」

 引き返すなら今のうちですよ! などと鼻息荒く語るサヤさん。

 アムネシアさんはそんな彼女に対して「うん」と簡単に頷きました。

「まあサヤさんが昨日みた夢の内容よりは面白そうだから聞きたいかな」

「それって夢の内容には興味ないってことですか?」

「イレイナさんお菓子もう一個あげる」

 横槍よこやりを入れる私のお口にお菓子をねじ込むアムネシアさん。口封くちふうじですね。いいでしょうとも。余計よけいなことは言わないでおきましょう。

 あまんじて賄賂わいろを受け取る私の横でサヤさんはむふんと胸を張ります。

「ならば聞かせてあげましょう! ……それははるか昔の話──」

 いやいや。

 遥か昔て。

「私たちが出会ったのって去年なんですけど」

「それは遥か昔の話──!」

「強引に進めてきた……」

 なんだかよくわかりませんがそれからサヤさんによる単独公演たんどくこうえんが幕を開けたのです。



 身にまとうのは黒のローブに三角帽子さんかくぼうし、そして星をかたどったブローチ。

 ぼくの名前はサヤ。

 すみ魔女まじょ、サヤ。

「ふう……ここが魔法使いの国、ですか」

 ほうきにまたがり、ふわふわと浮かぶぼくの眼下に映るのは、屋根やねの上に看板かんばんを置いた奇妙きみょうな街並み。

 武器屋、道具屋、宿屋など、ありとあらゆる看板が、ほうきに乗った状態でもよく見えるように上向きの状態で並んでいました。

うわさ通りになかなかいいながめですねぇ」

 魔女であり、そして旅人でもあるぼくにも、この国に関する評判ひょうばんは届いていました。

 魔法使いの国。

 それは殺伐さつばつとした山岳地帯さんがくちたいにひっそりと存在する国であり、名前の通り魔法使いだけが入国を許される秘境ひきょう

 そして数多くの魔法使いにとってあこがれの地でもあります。

 ぼくたち魔法使いは階級が分かれており、下から魔導士まどうし、魔女見習い──そして最高位の魔女の三つになります。

 魔導士から魔女見習いへと昇格しょうかくするためにはきびしい試験を乗り越えなければならず、それはこの国に住んでいる魔導士たちであっても例外ではありません。何ならこの国は昇格の希望者が特に多いおかげで他国よりも昇格の基準が厳しいそうです。

 つまりこの国では魔女見習いになるのは至難しなんわざ

 言い換えるとこの国で魔女のあかしである星をかたどったブローチをつけて過ごすと、周りの人々から羨望せんぼう眼差まなざしを向けられるということですね!

「えへん」

 誰もみていないのに胸を張るぼく。

 そうして国の上空でほうきに乗りながらのんびり過ごしていたときのことでした。

「よ、避けてくださあああああああああああああい!」

 声がしました。

「んー?」

 上機嫌じょうきげんのままに振り向くぼく。

 その直後に「わあ大変」と心の中で思いました。

 そこにいたのは一人の少女。

 かみは灰色、身にまとうのは黒のローブと三角帽子。としは大体ぼくと同じくらい。ほんの一瞬いっしゅんで確認できたのはそのくらい。

 どこのどなたかは存じ上げませんけれども、きっとほうきの操縦そうじゅう絶望的ぜつぼうてき下手へたくそなのでしょう。

「きゃあああああああああああああああっ!」

 彼女はそのまま、すさまじい速度でほうきを飛ばし、ぼくに激突げきとつしてきたのです。

「うぎゃあああああああああああああっ!」

 ぐしゃあああああああ! とぼくの身体からだが彼女と共に落ちました。もつれあいながら屋根の上をえぐるさまはまるで隕石いんせきかのよう。

 整列していた屋根材はべりべりばりばりとがれ落ち、それでも勢いは止まらずぼくらはそろって街の路上ろじょうへと墜落ついらくしました。

「いたたたた……」

 ぼくの上で身体を起こす灰色の髪の魔法使いちゃん。「すみませーん、まだほうきのあつかいに慣れてなくってぇー」

 可愛かわいらしく首を傾げつつ「ごめんなさぁーい」と彼女は謝罪しゃざい一つ。

 魔女であるぼくにぶつかっておいてそんな軽いノリであやまるだなんて! 何という身のほど知らず! ていうかいつまでぼくの上に乗ってるつもりですか? 重いんですけど!

「ちょっとちょっと! 何その態度たいど!」

 ぼくは毅然きぜんとした態度で顔を起こした。

 そして彼女の顔をきりっとにらみ、言ってやったんです!

「え、超可愛い……」

 きゅん。

 そのときぼくの胸はなぜだか高鳴っていました。

 まあ何ということでしょう! 先ほどはよく見えていませんでしたが、ぼくと衝突した彼女の顔はよく見れば見るほどとてつもなく可愛かったのです。

 文句もんくの一つでも言ってあげようと思っていたのにぼくは反射的に意図いとと反する言葉をかされていました。

「え? 可愛い、ですか……?」戸惑とまどった様子ようすで首を傾げる彼女。

「あ、いや。すみません。口がすべりました……」

 しっかりしてくださいぼく! 今ぼくがやるべきことは謝罪ではないはずです! そもそも悪いのは彼女なのです。ここは毅然とした態度で注意してあげるべきです!

 だからぼくはそれから息を吸い込み。

「あのですね、いきなり人にぶつかるなんて──」

「──あ、すごい! ひょっとしてあなた、魔女さんなんですか?」

 ぼくの胸元に下げられたブローチを見つめながらぎゅっと手を握ってくる彼女。

「ふへへ」

 手ぇ握られちゃったぁ……。

「よかったらぁ……私に魔法、教えてくれませんかぁ……?」

「ふへへ」

 もうなんかどうでもいいやぁ……。

 ──恐らく彼女の顔か声かその両方にヤバい物質でもまぎれ込んでいるのかもしれません。どう考えても普通ではない出会い方だというのに、ぼくはその日から彼女に魔法を教えてあげることになったのです。

 彼女の名前はイレイナ。

 魔女を目指して田舎いなかからやってきた魔導士ちゃん。

 それからぼくは魔法使いの国に滞在たいざいしている三日間、彼女の遥か先をいく魔女として魔法を教えてあげることになったのです。


「うう……風魔法が上手うまくできないですぅ……」

 なやむ彼女。遠くに置いたびんを風魔法で倒してくださいと命じたところ、彼女はむむむと眉尻まゆじりを下げてしまいました。

 ここは魔女としてお手本を見せねばなりませんね!

「いいですか? 風魔法はこうやってやるんです」

 ぼくはそれから彼女の背後に立ち、彼女の両手首をつかみます。それから彼女が握っているつえに魔力を流し込んで、魔法を放ってみせました。こうすればなんとなく感覚がつかめませんか?

「どうです?」耳元で尋ねるぼく。

 すると彼女はほおを赤らめて言いました。

「み、耳がくすぐったいですよぅ……」

「ふへへ」

 超可愛い……。


 ちなみに彼女とは基本的に毎日一緒に過ごしていました。

 もちろん食事の際も同様。

「うう……私、きのこが苦手にがてなんです……」

「えー? そうなんですか? じゃあぼくが食べてあげます。えいっ」彼女のシチューからきのこを回収するぼく。

「すごーい! さすがサヤ師匠ししょうです!」

 目を輝かせるイレイナさん。

「ふへへ」

 ぼくはだらしない顔のまま、きのこを口に運びました。

 ちなみに普通に忘れてたんですけどぼくもきのこ苦手なんですよね。

「ごはあっ!」

 普通にむせました。


 何はともあれぼくとイレイナさんはそうして毎日一緒に過ごしました。

「サヤさん……今日も一緒に寝ても、いいですかぁ……?」

「ふっふっふ。仕方しかたないですねえ」

 もちろん寝る時も一緒!

 ひゅー! 最高ですね!

「大好きです、サヤさん……」

「ふへへ」

 こうしてぼくたちはとてもすてきな日々を送──


「いやいやいや」

 はあー、と大きめのため息とともにサヤさんのお話を中断させたのはアムネシアさん。「長いのよ。妄想が」

「妄想とは失敬しっけいですね! これはれっきとしたぼくとイレイナさんが出会った頃の話ですけど? ね、イレイナさん?」

「私に同意求めないでくださいよ」ウインクを飛ばしてくるサヤさんに肩をすくめて返して差し上げました。

 お話がいち段落するまで私もアムネシアさんも黙って聞いてはいたのですけれども、内容に突っ込みどころが多すぎでした。

「二人が出会った頃の話なのに何で魔法の世界が舞台なのよ」

 これが妄想じゃないなら何なの? とアムネシアさん。

「これぼくとイレイナさんが昨日の夢で出会ったときの話なんですよね」

「要するにただの夢の話じゃない!」

「知ってますかアムネシアさん。ぼくたちが普段見ている夢は、並行世界へいこうせかいの自分自身が体験している出来事──という説があるんですよ!」

「並行世界ってなに」

 ご説明しましょう。

「要するに同じような登場人物だけれどこことは少しだけ様子が違う別の世界ってことですね。けんと魔法の世界だったり、ひょっとしたらSFだったり。端的たんてきに異世界と言い表したりもします」

 一般的には映画やゲームなどでよく使われるような言葉ですね。

 ざっくりとそのように語ったところアムネシアさんは「ほえー」と頷きました。

「サヤさんってそういうオカルトに興味あったんだ」

「オカルトにはそんなに興味ないですけど魔法使いの格好しているイレイナさんが可愛すぎたので現実にならないかなと思って色々調べたんですよね」

「熱意こわ……」

「ちなみに夢に出てきたイレイナさんはこんな格好でした」

 ぺちーん! と机にローブ姿の私のスケッチをたたきつけるサヤさん。なぜか三角帽子には『ぼくとおそろい♡』とメモまでつづられています。

「熱意こわ……」再び嘆息たんそくで返すアムネシアさん。

 まあ詳細まで内容を覚えていることからさっするに、語っていた物語は恐らくは本当に今朝見た夢なのでしょうけれども。

「仮に並行世界だったとしても私の言動げんどうが明らかに私らしくないのも気になりますね」

 なにやら詳細に設定を語っていましたけれども──要するにサヤさんが私の憧れの存在という設定だったのでしょうけれども、仮にそうだったとしても私は露骨にこびを売るようなことはしないと思うのですけれども。

「えー? そんなに変でしたかね?」私の抗議にサヤさんはむむむと首を傾げていました。

「少なくともイレイナさんとサヤさんの立場が逆だったならまだ納得なっとくできるかもしれないわ」

「そうですね」

 アムネシアさんに頷く私。

 サヤさんは言いました。

「ちなみにこのあとイレイナさんが魔女である証しのブローチを盗んで国から出ていきます。ぼくを油断させてブローチを盗む機会をうかがってたんですよ!」

「なるほど安心したわ。夢の中でもイレイナさんはイレイナさんだったわけね」

「アムネシアさんの中で私ってどういうイメージなんですか」

 というか夢の内容がめちゃくちゃすぎはしませんか。

 要するに私ただの詐欺師さぎしじゃないですか。

「イレイナさん。別の世界であったかもしれない可能性の物語ならばどれだけめちゃくちゃでもオッケーなんですよ」

「それにしてもめちゃくちゃが過ぎる気がしますが」

「ま、そんなことはさておき」

「話を流しましたね」

「ともかくぼくとイレイナさんはこんな感じのドラマチックな出会いで仲良くなったんですよ、アムネシアさん!」

 強引にお話を進行させるサヤさん。

 その目はあからさまに『どうです? うらやましいでしょう!』と言いたげであり、無駄に勝ち誇った様子でもありました。

「いやあこまっちゃうなぁ。ぼくたちくらいの運命的な出会いをていると、もう他の人が入る余地もないくらいにきずなが強くなっちゃいますよね。そうですよねイレイナさん」

「でもそれ夢で見ただけじゃないですか」

「いいえ違います! これはぼくとイレイナさんが別の世界で経験した出会いと別れの物語……」

 言いながらサヤさんはちらちらとアムネシアさんに視線を向けました。「ところで、それをまえた上で聞きたいんですけど、イレイナさんって、アムネシアさんとはどういう経緯けいいで知り合ったんでしたっけー?」

「どういう経緯、と言われましても……」

 はて? と首を傾げる私。

 アムネシアさんと出会ったのは去年の夏頃のこと。すでに私はサヤさんとはお友達でしたので、アムネシアさんと親しくなった経緯も説明したような気がしますけれども。

 ひょっとして忘れてしまったのでしょうか?

「別にそこまで特別な経緯でもないですよ」

 去年の夏の放課後のこと。

 私とアムネシアさんの二人がたまたま図書室で勉強をしており、しかしながら勉強のための必需品である消しゴムを彼女は忘れてしまったらしく、シャーペンの裏についた消しゴムを使うかどうかで深刻しんこくに悩んでいたために、隣から消しゴムを差し出して差し上げたことが始まりです。

 それから何となく話すようになり、お友達になり、だからサヤさんも交えて三人で一緒にいるようになったのです。

 きっかけはそのような些細ささいなものだったような気がします。

 ですよね? アムネシアさん。

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたわね、サヤさん」

 …………。

「アムネシアさん?」

 何でさっきのサヤさんみたいな顔してるんですか?

「実は今まで黙ってたんだけど……わたしとイレイナさんもね、運命的な出会い、しちゃってたのよね……」

「何でさっきのサヤさんみたいなこと言ってるんですか?」

 何か張り合ってません?

!? アムネシアさんも、ですか……!?

「あなたもなにおどろいてるんですか」去年のこと忘れたんですかサヤさん。

「ひょっとして図書室で偶然出会った、とか……?」

「覚えてるじゃないですか」

 そんな感じの出会いでした。そうですよねアムネシアさん。

「いいえ! そんな普通の出会い方じゃなかったわ!」

「わあ否定ひていしてきた」

 何なんですかもう。

「サヤさんとイレイナさんが出会った経緯に勝るともおとらない運命的な出会いが、そこにはあったのよ──」

「何ですと……!?

「ノリノリですねサヤさん」

 この場で冷静なのは私だけですか?

「ふふふ。聞きたいかしら? サヤさん」

「望むところです。どんな出会いの物語なのか聞いてあげようじゃないですか」

「でも大丈夫だいじょうぶかな。わたしとイレイナさんの出会いの話ってちょっとサヤさんみたいな子には刺激しげきが強いから……失神しっしんしちゃうかも」

「刺激強いんですか!?

 こっち見ないでください。

 期待した顔でこっち見ないでください。

 しかし嘆息を漏らす私をよそにアムネシアさんはそれから私たちの出会いの物語とやらをゆっくりと語り始めるのです。

「わたしとイレイナさんが初めて出会ったのは……遥か昔のことよ──」

 いやいやいや。

 遥か昔て。

「その導入の仕方、流行はやってるんですか?」

「その日、わたしは旅人として、魔法使いの入国を禁じている不思議な国──辺境へんきょうのアルベッドを訪れたの」

「しかも全然遥か昔じゃない……」

 どこですかその国。

 現実にない国じゃないですか。明らかに先ほどのサヤさんの夢の話と同じような感じの導入じゃないですか。

 などと諸々もろもろ突っ込みを入れる私をよそに、結局それからアムネシアさんの単独公演がこれまた幕を開けるのでした。



 旅人であるわたしアムネシアはその日、国の門へとたどり着く。

「ようこそ! ここは辺境のアルベッド! 君は旅行者さんかな?」

 名は辺境のアルベッド。魔法使いの入国を禁じている不思議な国。

 わたしを笑顔で出迎えてくれた門兵さんは、それから二、三、の質問を飛ばし、最後に「まあ多分大丈夫だと思うけど──君は魔法使いじゃないよね?」と首を傾げた。

「もちろん違います」

 こしえた剣に軽く触れながら答える。わたしは旅の剣士。ご覧の通り魔法は使えない。門兵さんは「だよね!」と満足げに頷いたのちにはしに寄った。

 わたしを通してくれるらしい。

「ありがとう」軽く会釈えしゃくをしてから、わたしは入国を果たす。

 門兵さんは「どういたしまして」と頷きながら、

「観光する際は魔法使いにお気をつけて」

 と付け足した。

 気をつけて

 不思議な忠告に踏み出したばかりの私の足が止まった。

「この国は魔法使いの入国を禁じているんじゃないんですか?」

 近隣諸国の商人さんたちからそんな風に聞いたはずだけれども。いるはずもない者を相手に一体何を気をつければいいの?

「いやあ……、確かに我が国は魔法使いの入国を禁じているのですけれども……」

 頭が疑問でいっぱいなわたしに対して、門兵さんは眉尻を下げていた。「実は昨晩さくばん、我が国で魔法使いを発見しまして……」

 いわく入国を禁じていても、身分を隠してしのび込む魔法使いが存在するらしく、そんな犯罪者をあぶり出すために、この国では定期的に街中で抜き打ちの荷物チェックを実施じっしすることがあるのだとか。

 入国時にうまくうそをついて切り抜けたとしても、国の中を歩き回る際に気がゆるむもの。このチェックに引っかかる魔法使いは結構多いらしい。

 昨晩も同様。

「ちょっと、そこの君」

 いつものように兵士さんは街を歩いていた人に声をかけた。

「はい? 何ですか?」

 振り返るのは観光客の女性。髪は灰色、ひとみ瑠璃色るりいろ。この国には数日前から滞在しており、聞いてもいないのに『世界一可愛い女性は誰でしょう? そう、私です』と言い出しそうな雰囲気ふんいきのある子だったとか。

 それはさておき兵士さんは仕事をした。

「ちょっと荷物を見せてくれるかな」

 チェックを実施している理由についても簡単に説明してから、手を差し出す兵士さん。

 やましい事情がなければ荷物を見せてくれるはず。

 けれど女性は手に持っていたかばんを抱きしめながら首を振った。

「え? なな何で見せなきゃいけないんですか?」

 とてもあやしい。何か隠してるんじゃないの?

「何か見せられない事情でもあるのか?」

 兵士さんは詰め寄る。

 すると怪しい女性は突然、兵士さんの背後を指差し、さけんだらしい。

「あ! 大変です! あなたの後ろに魔法使いがいます!」

「何だと!?

 振り返る兵士さん。

「なんちゃって」

 などと女性が笑ったのはその直後。

 うそだったみたい。

 背後に魔法使いなんてどこにもおらず、むしろ彼女こそが魔法使い。再び前を向いた時には既に彼女は杖を手にしており、

「えいっ」

 と魔法を放ってきたのだとか。

 兵士さんはその場で軽く吹っ飛ばされ、気がついたときには女性は消え去っていたとのこと。

「──というわけで我々われわれ急遽きゅうきょ、その女性を緊急手配することにしたのです」

 門兵さんはやれやれと肩をすくめながら、わたしに紙切れを一枚手渡した。

 それは手配書。

 髪は灰色、瞳は瑠璃色。『そう、私です』と言いたげな、したり顔の女性だった。現在は同様の紙を配布して回っているらしい。

 門兵さんは言った。

「この女性を見かけたらすぐに我々に報告してください。よろしくお願いしますね」

「わかりましたー」

 説明を一通り聞いたところでわたしは頷き、入国を果たす。

 そして門をくぐったところでわたしは日記帳を取り出し、今聞いた話を克明こくめいに綴っていった。

 旅人として、起きた出来事をすぐに記録に残しておく習慣がわたしにはあった。

 こうすることでいつ、どこの国に行ったのか、どんな国だったのか、何があったのかをいつでも思い出すことができる。何かの拍子ひょうしに記憶から消えることはあっても、記録までは消えない。これまでの旅の思い出は手元の日記に積み重ねられている。

 今日の日記に綴る内容は既に決まっていた。

「魔法使いは入っちゃダメって言われてるのに入るなんて、悪い人もいるのね」

 たった今、門兵さんと交わしたやりとりをわたしは日記の中にしたためる。

 ゆっくり歩きながら、夢中になって文字を綴る。そんな風にお行儀ぎょうぎの悪いことをしていたから、前から女性が歩いてきていることにはまったく気づかなかった。

「──わっ!」向かってきた女性は尻餅しりもちをつき、そして。

「──きゃっ!」わたしも同様に、路上に転んだ。

 痛みが最初にやってきて、すぐに罪悪感が訪れた。入国直後にいきなり人に迷惑をかけちゃったわ……!

「あ、ご、ごめんなさい! 日記を書くのに夢中で……」慌てふためきながらすぐに立ち上がり、わたしは相手の荷物をひろい集める。

 日記、雑誌、それから食べかけの林檎りんご

 お買い物帰りだったのかもしれない。申し訳ないことをしちゃったわ……。わたしは済まなさでいっぱいになりながら、両手で相手の女性の荷物を抱えた。

「本当にごめんなさい。よければ弁償べんしょうでも──」

 顔を上げ。

 そして相手の顔をここで初めて目の当たりにした。

「歩きながら日記を書くだなんて。感心しませんね」

 まったくもう、と腰に手を当てているのはわたしと同年代くらいの女性。カーディガンにワンピースといった極めて平凡へいぼんな服を身にまとっており、アクセサリーと呼べそうなものは首から一つ下げられた高そうなネックレスのみ。見かけはさておき髪は灰色で瞳は瑠璃色だった。

 ……あれれ?

 わたしは首を傾げる。

 手に持っていた紙切れをかざしてみた。

「……何ですか?」

 怪訝けげんな表情を浮かべる彼女。

 髪は灰色、瞳は瑠璃色。

 …………。

 同一人物じゃん……。


「いや違うんですよ。私、魔法使いでも何でもないんですってば」

 魔法使い一時収容所。

 その名の通り、国の中に忍び込んだ魔法使いを一時的に閉じ込めておく場所の中で、なんか言ってる彼女の名前はイレイナというらしい。数日前に入国したときの記録が残っていた。

 魔法使いでありながら身分をいつわり入国した罪は重い。

「君さあ、自分がしたことわかってるの? うちの国は魔法使いの入国なんて認めてないのに。これ大変な重罪だよ?」

 というわけで兵士さんに思いっきり詰められていた。

 悪いことしたなら反省しなきゃ。わたしは彼女の動向を見守った。けれど彼女はそこそこあきらめが悪い性格らしい。

「私、本当に魔法使いじゃないんですよ」平然へいぜんと彼女は語っていた。

「何を言っているんだお前は。昨晩、荷物検査されたことを忘れたのか?」

「私って実は毎日記憶喪失きおくそうしつになるタイプのヒロインなんですよ」

「毎日記憶喪失になるタイプのヒロインって何だよ」

「そう、私です」

「何こいつ……」

 ななめ上の言い訳に困惑こんわくする兵士さん。

 けれど改めてイレイナさんの荷物検査をしてみたところ、杖や星をかたどったブローチといった、魔法使いと証明できそうな物は一つも入っていなかった。

「おい! お前、自分の杖をどこに隠したんだ? 言え!」

「えー? 何のことですかぁー? わたし記憶喪失なのでわかりませーん」

「くっ……! きたないやつめ……! 証拠しょうこ隠滅いんめつしやがったな……!」

 彼女が魔法使いと証明できないのであれば牢屋ろうやに入れ続けるのは難しい。兵士さんはそれからありとあらゆる手を尽くして彼女が魔法使いである証拠をつかもうとした。

 例えば杖を握らせてみたり。

「ほら! 魔法を使ってみろ!」

「えー? この棒何ですかぁー? わかんなーい」

 もしくはほうきを使わせてみたり。

「これで空を飛んでみろ」

「あはは! 何言ってるんですかぁー? ほうきってお掃除そうじするためのものでしょう?」

 色々やっていたけれど彼女は全部華麗にかわしてみせた。絶対に魔法使いである証拠を出さないというかたい意志すら感じられた。

 犯罪者ながらそのような徹底した姿勢は少し感心する部分もある。わたしは目の前の彼女の取り調べの様子を記録に残すために再び日記を手に取った。

「あれれ?」

 そして直後に首を傾げることになった。「何これ。『魔女の旅々』って書いてある」

 おかしいなぁ……わたし、日記にこんなタイトルつけてたっけ?

「え」

 牢屋の中でなぜか目を丸くするイレイナさん。

 わたしは日記を開く。

 そこに綴られていたのは不思議なことにわたし以外の誰かがこれまでたどってきた旅路の記録だった。

 誰の日記かな? ひょっとして、誰かとぶつかったときに入れ替わっちゃったのかな? よくわからないなぁ。

「えっと……?」わたしは読み上げる。「すれ違った誰もが振り返るほどの美少女は一体誰でしょう? そう、私で──」

「あー! わー!」

 牢屋の中から叫び声。

 わたしは続けた。

「灰の魔女イレイナ。それがわたしの名前で──」

「わー! きゃー!」

 読み上げるわたしをイレイナさんはひたすら妨害ぼうがいしてきた。何かやましいことでもあるのかな? わたしは首を傾げながら直近のページに目を移す。

「あれれ?」これまた不思議なことに、そこには奇妙な記述きじゅつがあった。「なんか魔法使いの入国を禁じていることを知っているのにこの国に密入国したことが普通に書かれてるんですけど──」

「あー! ああー! わあー!」

 日記はうそをつかない。

 わたしが読み上げたのはイレイナさん自身が綴ったここ最近の出来事だったみたい。ぶつかった際に間違えてわたしの手に渡ってしまったみたいね。

貴様きさま! これでもまだ自分が魔法使いではないと言い張るつもりか? もう逃さんぞ!」

「ぐぬぬ」

 結局それから牢屋にいた彼女は兵士さんの尋問じんもん白旗しらはたを掲げた。

 自らを灰の魔女イレイナと自白し、普通に罰金ばっきんを払うことになったみたい。

 悪いことをした人は捕まる。とっても普通の結末ね!

「ふう……今回もいいことをしちゃったわ──」

 そしてわたしは再び旅へと戻るのであった──。


「いやいやいやいや」

 はあー、と大きめのため息とともにお話を中断させたのはサヤさんでした。「アムネシアさん、いくらなんでもお話にリアリティってもんが欠けてませんかー?」

「えー? そうかなぁ」

「そうですよ」

 私は静かにサヤさんの指摘に頷いていました。「これでは私がただの犯罪者じゃないですか。たぶん妄想だとは思いますけど」

「違うわイレイナさん。これは妄想じゃないの」

「じゃあ何ですか」

「最近見た夢」

「さっきのサヤさんとまったく同じじゃないですか……!」

 いや多分夢なのだろうなという気はしていましたけれども。導入の仕方からしてどうせ同じような感じだろうなとは思っていましたけれども。

 げんなりする私にサヤさんは「一緒にしないでください!」と声をあげました。

「アムネシアさんが見た夢、ぼくが見た夢と全然違いますし、そもそもイレイナさんが全然イレイナさんらしくありませんでしたよ。おかしなところだらけです」

「そうかなぁ」

 そうでしょうとも。

 サヤさんの夢の中でも多少気になる点はありましたけれども、アムネシアさんの夢に出てきた私は特におかしな点が顕著けんちょに表れていましたね。

 大前提として清廉潔白せいれんけっぱくを絵に描いたような私が果たして非合法ひごうほうなことを平然と行うでしょうか。いえいえまさか。

 言ってやってください、サヤさん。

「イレイナさんならぼくと二人で旅をしてないとおかしいんですけど?」

「そこじゃないです」

 おかしいところそこじゃないです。

 何言ってるんですか?

「魔法使いの国でいったん別れたぼくとイレイナさん──しかし共に過ごした時間を忘れることはできなかったのです……! 別の国で再び顔を合わせたとき、ぼくたちは自然と二人で過ごすようになったのです……!」

 ほんと何言ってるんですか?

「以上の条件を踏まえた上で改めて言いたいんですけど、アムネシアさんが見た夢ちょっとおかしいですよ」

 多分それあなたの方がおかしいですよ。

 あきれる私。

 アムネシアさんもおおむね私と同じような表情を浮かべていました。

「サヤさんが見た夢の方がかなりおかしいと思うけど……」こちらに視線を返すアムネシアさん。

「イレイナさんって休日とかひまな時間は一人でのんびりする方が好きってこの前言ってなかったっけ」

「そうですね」

 私は強く強く頷きました。

 旅行をする際も観光地を回るよりも旅先にある何気ない日常風景を一人のんびり歩きながら眺めるほうが好みだったりするのです。

 旅先で出会った誰かと一緒に旅をするようになるだなんて少々私らしくないように思えてしまいます。

 言ってやってくださいアムネシアさん。

「ちなみにわたしの夢の中ではこのあとイレイナさんと他の国で再会して、なんやかんやで一緒に行動するようになるのよ」

「あなたも何言ってるんですか?」

 旅をするなら一人で行動するって話を今したばかりなんですけど?

 この辺りから二人の夢の話は徐々に変な方向に転がり始めました。

「ちなみにこの前見た夢では最終的にわたしとイレイナさんの二人で宿に帰っているときに目が覚めたの」

「ほほう。奇遇きぐうですね。実はぼくも二人で一緒に帰っているときに目が覚めたんです」

「…………」

「…………」

 睨み合うアムネシアさんとサヤさん。

 余談よだんですが私たちが三人そろって無駄話に花を咲かせていたのは放課後のこと。

 見た夢の話が長すぎた弊害へいがいでしょうか、窓の外は既に暗くなりかけておりました。私たちがいる教室以外はろくに明かりがついていない校舎の中。視線を巡らせれば『もう帰りなさい』とどこからともなくささやかれているような気すらしました。

 ま、今日はこの辺りで解散としましょうか。

 誰から言い出すわけでもなく、私たちは机に広げていたお菓子の包み紙をポリ袋に片付け始め、自然と荷物をまとめ、立ち上がりました。

「今日は私とイレイナさんで帰るわね。だって夢で見たもの」私の手を取るアムネシアさん。

「いえいえ。ぼくが昨日夢で見たので今日はイレイナさんと一緒に帰ります」もう片方の手を取るサヤさん。

「いやいやいや」

「いえいえいえ」

「…………」

「…………」

 二人は私を挟んで睨み合いました。

 急に夢の話を始めたと思ったらそういうことでしたか。

 恐らくは見た夢の再現でもしたいのでしょうけれども。

 私は二人の間でため息をつきつつ、語ります。

「いや普通に三人で帰りましょうよ……」

 こうして今日も、私たちは他愛もないやりとりを交わしながら、一緒に帰るのです。