「何の用ですの? こんな場所に呼び出して」

 き通るような声が放課後ほうかご体育館たいいくかんひびき渡ります。

 金髪きんぱつの女子生徒。名前はショコラ。

 不思議ふしぎそうな様子ようすながめる先には一人の男子生徒の姿すがたがあります。

「今日、君をここに呼び出したのはほかでもない。あることを伝えるためだ」

 名はロベルタ。

 かみはショコラと同じく金色。顔立ちはととのっており、運動神経うんどうしんけい抜群ばつぐん。そして頭脳明晰ずのうめいせき。外見から内面にいたるまでの打ちどころがない彼は王子と呼ばれ親しまれています。

 そんなあだ名からも簡単にさっせられる通り、彼は多くの女子生徒から注目を浴びていました。

「あること……って何ですの?」

 そして、だからこそ疑問ぎもんでした。

 人気者の彼が自身を呼び出した理由。彼女はそれがまったくわからなかったのです。

「…………」

 こちらを見つめるショコラに対して、ロベルタはとっさに視線を落とします。他の女子生徒たちからの注目を浴びても、歓声かんせいを受けても気にならないのに、彼女から見つめられると胸が高鳴ってしまうのです。

 だから彼は深呼吸しんこきゅうしました。

 自らの両手にはバスケットボールが一つ、にぎられています。

 ショコラを呼び出した理由。

 今日、この場所で彼女に伝えるべきこと。

 それはとてもシンプルで、ぐなおもいでした。

 やがて彼は意を決したように、再び顔を上げます。

「このシュートが決まったら、僕と付き合ってくれ」

「……!」

 おどろくショコラ。

 それはどこからどう見ても愛の告白こくはく……!

 二人はそして、真剣しんけんな表情で見つめ合いました。

 今、この瞬間。

 体育館は、二人だけの舞台へと姿を変えたのです──。

「…………」

「…………」

 ちなみに体育倉庫にはそんな二人の姿を見守る二人の教師の姿がありました。

 体育教師のシーラ。

 そして国語教師もとい私──もとい、フランです。

 私たちは顔を見合わせて語ります。

「何ですかこの状況じょうきょう

「あたしにもわからん」


 一体なぜこのような状況になったのでしょう?

 私はいったん、現実逃避げんじつとうひついでにここに至るまでの流れを整理しました。

 それは一時間ほど前。私が職員室で普通に仕事をしていた時のことです。

『ちょっと体育館に来てくんない?』

 シーラからそのようなメッセージが飛んできたのです。

 私と彼女はいわゆるくさえん。高校時代から今に至るまでの仲。話は変わりますが放課後の体育館が何をする場所かご存じですか? 私は知ってます。漫画まんがとかで見たことがあるので。

 ということで私は即座そくざに返信しました。

『告白ですか? すみません。私、職場内恋愛はちょっと』

 放課後の体育館ってそういう場所ですよね? 私知ってますよ。

『いや告白じゃねえよ!』すぐに返信がきました。ひまなんですね。

『それと喫煙者きつえんしゃもちょっと』

『だから告白じゃねえっつってんだろ!!

 まあ冗談じょうだんはこの辺りにしておくとしましょう。

『で、何のご用ですか?』

 返信しながらも私は彼女が連絡をとってきた理由をこの時点で何となく察していました。学生時代からの仲ですからね。

『ちょっと体育倉庫の備品整理を手伝ってくれよ』

 きっとこのような用だろうと思っていましたよ。

『はいはい』

 私は簡単に返信を送ったのちに立ち上がります。

 こうして私たちは体育倉庫にて二人で作業をしていたのですけれども。

 一通り作業が終わった直後のことです。

 まったく意味不明なことに私たちは体育倉庫から出られなくなっていたのです。

「──僕がこれからシュートする。それを見ていてくれ」

 まさか本当に告白が行われるとは思いもしませんでした。

 ほんの少し開けたとびらの向こうで男子生徒──ロベルタ君がショコラさんに背を向け、バスケットボールをバウンドさせています。シュート前の肩慣らしでしょうか。

 だむだむ、とボールがはずむ音が体育館内に響き渡ります。

「シーラ」

「なに」

「あのボールをだむだむするやつって何と言うんですか」

「ドリブル」

「どりぶる」

 ロベルタ君はひたすらドリブルを繰り返していました。いつシュートするのでしょう? 少なくとも告白が無事に終わるまでは私たちはここを出るべきではないでしょう。

 なぜならとっても面白おもしろそうだから……!

「どうでもいいけどとっとと出ようぜ。告白中だろうと関係ねえだろ」

 私は天をあおぎました。

 何とロマンのない同僚なのでしょう。私はあきれて大きく大きくため息を漏らしてしまいました。

「待ちなさい、シーラ」

「何だよ」

「今、このタイミングで出ていくのは非常に危険です」

「危険……、って何で?」

 私たちは教師である以上に学生たちの日々を見守る守護者しゅごしゃであるべきです。たとえ誰であっても学生同士の青春の一ページをさまたげるようなことはあってはならないのです。

 というわけで私は扉に手をかけるシーラを押さえました。

「考えてみてください。今この瞬間に私たちが出たら、どんなことが起こると思いますか──?」

 扉の向こうで依然いぜんとしてだむだむする中で私はほわほわと妄想もうそうを繰り広げました。擬音ぎおんばっかりですね。


 がらがらがら。

 シュートのためにボールを構えるロベルタ君の前に現れる私たち。

「こらお前ら!」

 教師らしく毅然きぜんとした態度を見せるシーラ。

「こんにちはー」

 横からおだやかな様子でひょっこりと顔を出す私。

「えっ、先生!?

 きっとロベルタ君はひどく驚くことでしょう。告白をしようとしていたら急に訳のわからない場所から教師が二人も現れたのですから。

「まったく……こんなところで何をやっているんだ?」

 教師らしくしかるシーラ。生徒の前では毅然とした態度を見せるべきだという強い意志が見えますね。

 しかしそんな彼女に対して、ロベルタ君は首をかしげるのです。

「……先生たちこそ、体育倉庫で何してたんですか?」

「えっ?」きょとんとするシーラ。

「二人でそこから出てきたってことは……僕たちが体育館に来る前から二人で中にいたっていうこと、ですよね……? 何してたんですか?」

「え、いや……別に何も──」

「なんかやましいことしてたんじゃないんですか……?」

「…………」

 意表をついた指摘にシーラは戸惑とまどい、言葉を失い、その結果、微妙びみょうな空気が私たちの間に流れます。

 そしてこの場における沈黙ちんもく大抵たいていの場合において肯定こうていとみなされるものです。

「もしかして二人って……、そういう関係……!?

 きゃー、と両手でお口を押さえて驚くショコラさん。

「いや、違う! あたしたちは断じてそういう関係じゃねえ!」

あわてているところがますますあやしいですわ!」

 もはや一度されたら勘違かんちがいは止まりません。それからショコラさんは「みなさーん! 聞いてくださーい!」などと言いながらとことこと体育館を後にして、みょううわさを学校中に流すに違いないのです。


「──こうして私たちは夜な夜な体育倉庫で密会している怪しい二人として学校中に認知されることとなるのです……」

「いやそうはならねえだろ!!

 ひどい誤解が生じる可能性を想定してしくしくと泣く私に対してシーラは鋭く突っ込みました。

 しかし今、この状況において私たちが割って入るほど無粋ぶすいなことはないのです。斯様かような展開にならないとしても妙な空気になることはいなめないでしょう。

「ともかく、私たちが今から出ていくのはおすすめできないという話です」ダメですよー? とさとす私。

「じゃあどうすればいいんだよ」

「やはりここは告白が終わるまで待ってあげるべきではないでしょうか」

「でもあたし今日はとっとと帰って一杯やりてえ気分なんだよな……備品整理でつかれたし」はあ、とため息をこぼすシーラ。言いたいことはごもっとも。

 私は彼女の肩に手を置きなだめました。

「まあまあ。気長に待ってあげましょう?」

 そもそも告白シーンなんてそうそう長く続くようなものではありません。「こうして私たちが会話しているあいだにもシュートを決めてカップル成立しているかもしれませんよ?」

 ほら、ごらんなさい。

 私はシーラを扉の前までうながします。

 そこには二人の姿が──。

「ちょっと待て。一体誰の了承を得てショコラに告白をしているんだ?」

 …………。

 ──三人に増えてる。

 私とシーラは目をしばたたきました。

 体育館の出入り口。

 そこにいたのはえるような赤髪あかがみの女子生徒──たしかショコラさんと仲良しの子ですね。

「ロザミアか……」

 ちっ、と舌打したうちするロベルタ君。

 突入とつにゅうしてきたロザミアさんはあからさまに不機嫌ふきげんな様子で彼の元に詰め寄りました。

「ショコラに告白をする時は同じタイミングですると以前から話していただろう! けするつもりか!」

 二人の間で以前からそのような取り決めがなされていたのかもしれません。

「私抜きで告白するなんて何様のつもりだ!」と怒鳴どなっておりました。

 そんな彼女に対してロベルタ君は余裕よゆうの笑みを浮かべます。

「悪いね。恋は早い者勝ちなんだ」

 何を言っているんですか彼は。

「早い者勝ち、か……」意味不明いみふめい言動げんどうに対してなぜか納得なっとくしたようにうなずくロザミアさん。「だったらここは先にシュートを決めた方がショコラと付き合えるということにしようじゃないか」

 彼女も彼女で意味不明でした。似た者同士ですね。

「あのう、二人とも……?」

 おかしな様子の二人にはさまれ、ショコラさんは目を白黒させながら語ります。「どうして勝った方が私と付き合うみたいな流れになっているの……?」

 彼女の疑問はもっともと言えましょう。

 すでにショコラさんには意中いちゅうの方がいるかもしれないのに。

「そもそも私、前からロザミアのことが好きで──」

「しっ──ショコラ。それ以上は言わなくていい」

「ロザミア……」

 言葉をさえぎってみせたロザミアさんをうっとりと見つめるショコラさん。

 そしてロザミアさんは彼女の気持ちすべてをさとったような顔で「……ああ」と頷いたのち。

 キメ顔で言いました。

「ここは騎士道きしどう精神せいしんに基づいて、シュート勝負で決めたい」

「あなた騎士じゃないじゃん……」

 ちょっとしらけた表情をするショコラさんがそこにはいました。

 結局それから私たちが物陰から見つめる中で二人は互いにバスケットボールを手にします。

 何ということでしょう。ただの告白シーンかと思いきや少々ややこしい流れになってしまったのです。

 だむだむだむ──体育館のゆかで弾む二つの音。

「まさにダブルドリブルだな……」

「それはちょっと意味がわからないですけど」

 あなたまで様子がおかしくなったんですか?

「しかしこまったな、このままじゃいつまでっても出られないぞ」

 あたし早く帰りたいんだけど、と繰り返すシーラ。直前に放ったよくわからないセリフは彼女の中では既になかったことになっているようです。

「ひとまずここは私たちの方で、何かさくる必要がありますね」

 せまい体育倉庫の中。脱出のために何かできることはないでしょうか?

 私は辺りを見渡します。

「……!」

 そして直後に脱出のための最適さいてきな道具を私は見つけるのです。「シーラ! あれを使いましょう!」

 指差す私。

「は?」きょとんとした表情のシーラ。

 振り返る彼女が目にしたもの。私が指し示す先にあるもの──。

 それは着ぐるみ!

「あれを着て出てみましょう」

「誰が?」

「シーラが」

「何で?」

「いいですか? 私の作戦はこうです」

 それではここで私の華麗かれいなる戦術せんじゅつをお見せしましょう。


「やあ(裏声うらごえ)」

 着ぐるみを着て出ていくシーラ。

「きゃーっ! 着ぐるみですわ!」

 よろこぶショコラさんと他二名。

 古今東西ここんとうざい、女子高生というものは可愛かわいいものに目がありません。特に着ぐるみのたぐいとなれば中身が何であれとりあえず抱きついて一緒いっしょに写真撮影くらいはするでしょう。

「ははっ(裏声)」

 シーラがそうして三人の相手をしている間に私がこっそりと現場から抜け出し、なんやかんやでうまい具合にシーラも逃げ出す……。

 以上。


完璧かんぺきな作戦ですね」

「どこがだよ!!

「とりあえずやってみましょう、シーラ」

「失敗する未来しか見えないんだけど」

ぜんは急げですよ、シーラ」

「失敗する未来しか見えないんだけど!?

 それはさておき。

「やあ(裏声)」

 やってみました。

 がらがらがら、と体育倉庫から三人の前へと飛び出す着ぐるみ装備のシーラ。

「きゃあああああああああっ!! バケモンですわ!!

 さけぶショコラさん。

邪魔じゃまをするな化け物!」

 そして視界に収めるなりバスケットボールを投げつけてくる殺意さついむきだしの他二名。

「ぐああああああああああああああああああああっ!!

 シーラは体育倉庫の中に戻ってきました。というか吹っ飛んできました。

 ふむ……。

「一体何がいけなかったのでしょう……?」

「全部だろ!!

 着ぐるみの頭部分をいで地面にたたきつけるシーラでした。

「ひょっとしたら顔が見えなかったから化け物あつかいを受けてしまったのかもしれませんね……」

「問題もっと他にあるだろ!!

「今度は着ぐるみ抜きで裏声だけやってもらってもいいですか?」

「やだよ。絶対やらないからな」

「お願いします」

「あたし絶対やらないからな!!

 それはさておき。

「ははっ(裏声)」

 やってもらいました。

 がらがらがら、と普通に出ていって裏声で自らの存在をアピールするシーラ。

「え? なんかいきなり裏声で存在アピールしてきてきもいですわ……」

 普通に無理……と青ざめるショコラさん。

「邪魔をするな裏声!」

 そして声を聞くなり普通にバスケットボールを投げつけてくる殺意むきだしの二人。

「ぐああああああああああああああああああああっ!!

 シーラは体育倉庫の中に戻ってきました。というか吹っ飛んできました。

 ふむ……。

「何がいけなかったというのですか……?」

「だから全部だろ!!

 その場で大いに声をあららげるシーラでした。

 どうやら目立つ言動はすべてバスケットボールをぶつける対象になりかねないようです。

「ここは別の策をこうずる必要がありそうですね……」

 私は考えました。

 それではこれより私発案の華麗な脱出案の数々をご覧に入れましょう。


 まず一つ目。

「とりあえずまどから出てみるというのはいかがですか?」

 体育倉庫の高い位置に小さな窓が一つついています。そこから出れば、体育館にいる三人と鉢合はちあわせせずに済むはずです。いかがですか?

「お前にしてはまともな提案じゃねえか」

 頷くシーラ。

 早速さっそく彼女は窓に身を乗り出しました。

 直後です。

「挟まったんだが」

 挟まりました。

 おなかの辺りで。

「あ、そのままじっとしていてください」