なかったらギャルみたいになるアムネシアさん


「なんかちょーダルいんですけどー」

 アムネシアさんがつくえすわりながらいかにも気怠けだるそうな声をあげていました。退屈たいくつそうに足を組み、ねむそうなひとみつめをボケーっとながめておりました。

 その姿すがたはまるでギャル!

「きゅ、急にどうしたんですかアムネシアさん!?

 わかりやすく当惑とうわくするサヤさん。

「あーし昨日きのう全然てないから超眠いんだよね」

「あ、あーし……?」

「あと昨日から全然何も食べてないんだよねー」

「そ、そうなんですか……?」

「つーわけでなんか買ってきてくんない? サヤサヤ」

「サヤサヤ……!?

 なんかアムネシアさんが変なことになってる! サヤさんは助けを求めるようにこちらの方へと振り向きます。

 一体アムネシアさんの身に何が起こっているのでしょう。

 どうやら説明しなければなりませんね。

 というわけで私は言いました。

「アムネシアさんってお腹が減るとギャルみたいになるんですよ」

「そんなばかな」

 ばかなと言われましても実際なってるので仕方しかたないでしょう。

 ね、アムネシアさん?

「うぇーい」

「なんかギャルになった途端とたんすごいバカっぽくなりましたね」

 アムネシアさんが遠い存在になっちゃった……、としらけた表情で見つめるサヤさんでした。

「ちなみにサヤサヤー? あーし全然寝てないって言ったじゃん? 何でだと思う?」

「そんなん知るわけないじゃないっすか」

「ぶぶー! 正解は妹ちゃんと夜通しゲームやってたからでしたー! うぇーい」なんだかよくわからないノリでサヤさんにかたでぶつかるアムネシアさん。

「なんか満員電車くらいぶつかってくるんですけど何なんですかこれ」

 説明しましょう。

「アムネシアさんってギャルになると物理的な距離感が近くなるんですよ」

「そんなばかな」

 などとおどろく合間にもアムネシアさんは「うぇーい」とバカみたいな声を漏らしながらサヤさんにごりごりと頭突づつきしていました。

「これ物理的な距離が近くなる以前の問題じゃないっすか」

「私に言われましても」

 などと肩をすくめる私。

 そんなやりとりを交わしている合間に、アムネシアさんは標的をサヤサヤから私へと変えたようです。

「ねー。イレイレさっきから何してるん?」ことん、と私の肩に頭をあずけるアムネシアさん。

 え、とサヤさんが驚いた顔でこちらを見ていました。

「イレイナさんはイレイレって呼ばれてるんですか……?」

「そうみたいです」

「めちゃくちゃ語呂ごろわる……」

 それは私もそう思います。

「みてみてイレイレ。おひげ」私のかみを自分の口にえて遊び始めるアムネシアさん。

「…………」

 閉口へいこうする私。

「あれれれ? イレイレもおひげやしたそうな顔してるじゃん」

「どんな顔ですか」

「仕方ないなぁ。おそろいにしてあげる」

「いや結構ですけど」

「はい。おそろい」ぺたん、と私の髪を口元にくっつけるアムネシアさん。

「耳ぶっこわれてるんですか……?」

「いえーい! イレイレおひげ超似合にあってるじゃーん☆」

「目もぶっ壊れてるんですね」

 などとむ私をよそにアムネシアさんはスマートフォンで写真をぱしゃぱしゃ。

 このままの調子でいつまでもからまれたらこまりますね。

 サヤさんはため息をらしていました。

「なんか治す方法とかないんですか?」

「そんなの簡単かんたんですよ」うなずく私。

 アムネシアさんはお腹が減ってるからこうもおかしくなっているわけで、空腹を解消すればおのずと治るというものです。

 ということは、つまり。

「お腹を満たせば治ります」

「そんなばかな」

 と思うじゃないですか。

「とりあえずパンを与えてみましょう」

 ブレザーからパンを出す私。

「どこにパンを忍ばせてるんすかイレイナさん」

「それはさておき」

 あげました。

「んふー」

「治りました」

「そんなばかな」


お腹が減ったらホストになるサヤさん


「みなさん知ってますか? 世の中には二種類の人間がいます。それはぼくか、ぼく以外です──」

 黒板こくばん背中せなかを預けながらサヤさんが無駄むだにドヤ顔を浮かべておりました。こちらに向ける視線は根拠こんきょ不明ふめいの自信に満ちており、端的たんてきに言うとホストみたいでした。

 ちなみにどうしてホストのようだと思ったのかわかりますか?

「ぼくはホストです……」

 彼女が自称じしょうしているからです。

「急にどうしたのサヤさん」あきれた表情を浮かべるアムネシアさん。

「ノー。ぼくの名前はサヤさんじゃありません」

「じゃあ何」

「ナンバーワン高校生ホスト、サヤです」

「いや名前そのままじゃない!」

「あ、違います。ナンバーワン高校生ホスト、サヤまでが名前です」

「それ名前じゃなくて肩書かたがきなんだけど」

「長いのでりゃくしてサヤって呼んでください」

「結局そのままじゃないの!」

 今のやりとり丸々いらなくない? 何なの? とたいそう困惑こんわくしておられるアムネシアさん。

 どうやら説明しなければならないようですね。

 私は横から割って入りました。

「サヤさんってお腹が減るとホストみたいになるんですよ」

「なにそれ」

 呆れるアムネシアさんのとなりでサヤさんは無駄に格好かっこうつけながら「空がどうして明るいかわかりますか? ぼくがらしているからです──」などとぬかしていました。

 じゃあサヤさんは太陽の代わりになるくらいの熱と光を放っているということですね。

 ここにいる私たち全員死んでないとおかしいですね。

 バカなんですか?

「わたし、ホストがよくわからないんだけどみんなあんな感じなの?」首をかしげるアムネシアさん。

「私もよくわかんないんですけど多分そうなんじゃないですか」

「ちなみにホストって何する人なの?」

 説明しましょう。

「ざっくり言うとネットに接続されたPCとかルーターのことを指す言葉ですね」

「いやIT用語の方は聞いてないから」

 などと私たちが言葉を交わしていると、サヤさんが横からぬっと割り込んできました。

「ホストが何か……ですって?」

 ねっとりとした口調で彼女は語ります。教えてくれるのでしょうか。

「今日も可愛かわいいね……子猫こねこちゃん」

 彼女もよくわからないそうです。

 ホストになっても頭の中はサヤさんのままでした。

 それから彼女はアムネシアさんへとねらいを定め、肩に手を回し、これまたねっとりとした口調のままたずねます。

「子猫ちゃん、名前は何ていうの? 教えてよ」

「……アムネシアだけど」

「そうなんだ。可愛い名前だね。アムネシ、アみゅ……アム、アみゅ……」

「…………」

「子猫ちゃん……」

あきらめてるじゃん……」

「今日も可愛いね……」

「なんか返答に困ったら全部『可愛い』って返して済ませようとしてない?」

「…………」

「どうなのサヤさん」

「今日も可愛いね……」

語彙力ごいりょく全然ないじゃん!」

 もー! としびれを切らしたアムネシアさんがサヤさんから離れます。こうしてナンバーワン高校生ホスト、サヤさんは大事な客を一人逃すのです。

 無様ぶざま……。

「どうやらぼくのまぶしさに目がやられちゃったみたいだね」

 しかしサヤさんはひどく冷静れいせいでした。

 それは一体なぜでしょう?

「話変わるけど君も可愛いね、子猫ちゃん……」

「…………」

 手近な位置に私がいたからです。

 いつの間にかサヤさんが私の肩に手を回していました。

「よく今の流れで私のところ来られましたね」

「ぼくがつきなら君は地球ちきゅうたがいの引力いんりょくで引かれあっているのさ……」

「じゃあ壊れちゃうので一生一緒いっしょになれないですね」

「いつまでもぼくは君を見守りたい……月のように」

「話変わりますけど月って毎年大体3センチずつ地球から遠ざかってるそうですよ」

「そうなんだ……可愛いね」

「もう話すことなくなっちゃったんですか」

 彼女の『可愛い』は限界の合図。今のではっきりわかりました。あなたホスト向いてないですよ。

「ねえイレイナさん。ところでサヤさんってどうやったら元に戻るの?」

 横から尋ねるアムネシアさん。

 元に戻す方法ですか。

「お腹が減ってるだけなのでパンでもあげれば元に戻りますよ」

「なにそれ」

 半信半疑はんしんはんぎといった様子ようすで目を細めるアムネシアさん。そんな彼女をよそに私は「まあみててくださいよ」と語りながら、ブレザーの中に忍ばせておいたフランスパンをずるりと引き出しました。

「どこにパン隠してんのよ」

 それはさておき。

「これ食べてください」

「ぼくはいいですけどサヤさんは何ていうかな」

 やかましいのでそのまま口に放り込みました。

 それから咀嚼そしゃくすること三秒後。

「あ、イレイナさんの味がする……」

「治りました」

「なにそれ」


お腹が減ったらこの世界の真実に気づいてしまうイレイナさん


「お二人はご存じないかもしれませんけれども……実はこの国、すでに〝組織〟によって支配されているのですよ……」

 こしょこしょ、と息を潜めながらわたしとサヤさんにそう語るのはイレイナさん。その目は爛々らんらんとし過ぎており、言い換えると思考回路がどことなく壊れているような雰囲気ふんいきかもし出しているように見えた。

 いつもの彼女らしくない発言に、当然ながらサヤさんは驚きと戸惑とまどいを浮かべて首を傾げる。

「急にどうしたんすかイレイナさん」

「しっ! 静かにしてください、サヤさん──」

「ええ? うるさかったですか……?」

「いいえ。うるさかったわけではありません」ゆるりとかぶりを振る彼女。「ただ、声を抑えないと〝組織〟の人間に私たちが気づいたことをさとられてしまうかもしれません」

「イレイナさん……?」

「〝組織〟の人間は私たちの周りにある電子機器をいつでもハックすることができるのです」

「イレイナさん……!?

 驚くサヤさんをよそにイレイナさんは意味不明な自信に満ちた表情でスマートフォンのスピーカー部分を押さえた。

「これなら大丈夫だいじょうぶ

 そこ、音が鳴る場所だから押さえてもあんまり意味ないんだけど……?

 呆れるわたし。

 そして隣で戸惑うサヤさん。

「一体どうしちゃったんすかイレイナさんは」

 こんな様子のイレイナさん初めて見たんですけど、と彼女は語る。

 なるほど、サヤさんはまだ見たことがなかったのね──なら説明しないとダメみたい。

 だからわたしは教えてあげた。

「イレイナさんってお腹が減るとこの世界の真実に気づいちゃうのよ」

「そんなあほな」

 あほなと言われても目の前のイレイナさんはまぎれもなくこの世界の真実に気づいているから仕方ないじゃない。

 ね、イレイナさん?

「いや、ていうかこの世界の真実に気づくって何ですか! 冷静に考えたら意味わかんないんですけど!」とサヤさん。

「いい質問ですね──サヤさん」

 ふくわらいで返すイレイナさん。

 そして彼女は語り始める。

 彼女が知る世界の真実。その全貌ぜんぼうを──!

「私が気づいた〇〇ピーというのは〇〇ピー〇〇ピー〇〇ピーとして〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇ピー──」

「なるほ──いや全然わかんないんですけど!」

 突っ込むサヤさん。

 わたしもほとんどピー音しか聞こえなかったわ。

「くっ……! ついに私の発言にまで〝組織〟の魔の手が入り込んできやがりましたか……!」

「いや今普通にずっと〇〇ピーって発言してたじゃないですか。初めて見ましたよ、自分で〇〇ピーってしゃべる人」

「は? 〇〇ピー

「いま暴言ぼうげんいった! 今、絶対に暴言いった!」

 イレイナさん普段こんな人じゃないのに! となげくサヤさん。

「イレイナさんってお腹が減ると〇〇ピーが増えるのよ」

「もう何でもありじゃないですか〇〇ピーって」

 中身ゼロでも成立しません? ほんとに考えて発言してるんです?

 意外にもするどい指摘をするサヤさん。

「……サヤさん、悪いことは言わないから、あまり追及ついきゅうはしないほうがいいわよ」わたしは老婆心ろうばしんながらに忠告ちゅうこくしてあげた。

「何でです? ひょっとして」

「ううん、そういうことじゃなくて──」

 ちらりと目配めくばせをする。

 と同時にイレイナさんは言った。

「私の発言の中身が気になるのでしたら、私が経営しているオンラインサロンに入ってください。有料会員になるとお手軽にこの世界の真実をのぞくことができますよ」

 などと。

 こんな具合に。

「……こうなったイレイナさんの話は最終的にお金もうけに通じるの」

「要するにいつも通りじゃないですか!」

「どうです? サヤさん。私と一緒に世界の真実をあばいていきませんか?」グイグイくるイレイナさん。

 サヤさんは「やです!」と拒否きょひした。

「じゃあアムネシアさんは?」

「わたしもそういうのはちょっと。お金がもったいないし」とうな意見を返すわたし。

「はあ……」

 あからさまにがっかりとした様子で、イレイナさんは言った。「知ってますか? アムネシアさん。有益ゆうえきな情報ほどタダでは手に入らないものなんですよ?」

「ていうかそういう情報って普段からどこで仕入れているの?」

 お仲間でもいるの?

 なんとなく尋ねるわたし。

 イレイナさんは普通に答えた。

「ゆーちゅーぶで見ました」

「めちゃくちゃバカっぽい!」

「あと、ついったーでも言ってました」

「ていうかぜんぶ無料で手に入る情報ばっかりじゃない!」

「おっと、今はついったーじゃなくてXでしたね、つつしんで訂正ていせいします」

「どうでもいいわよ!」

 有益な情報ほどお金がかかるって何だったのよ。矛盾むじゅんしてない? わたしはイレイナさんのテキトーな発言を指摘する。

「む……」

 するとイレイナさんは、ぐぬぬといいたげな顔をしたのち。

 くやし紛れの一言。

〇〇ピー

「サヤさんこの子また暴言いった!」

 何を言ったかまではわからないけど多分けっこう過激かげきなことを言ったに違いないわ。

「そろそろ口をふうじたほうがよさそうですね」

「そうね」首肯しゅこうするわたし。「このままだとイレイナさんがバカな子だと思われるわ」

「いやそれはわりと手遅れな気がしますけど」

「サヤさんってたまにちょっとひどいよね」

 何はともあれわたしたちはそれから食料を調達することにした。

「食べ物どこにあると思います?」首を傾げるサヤさん。

 そういえば覚えがあるわ。

 わたしはイレイナさんのブレザーの中に手を突っ込んだ。

「え、わ、うわ……、アムネシアさんのえっち……」

 普通に引いてるサヤさん。

 わたしはイレイナさんの服をごそごそしながら首を振る。

「違うから。べつにそういう目的でまさぐってないから」

「えっちなことする人ってみんなそういうこと言うんですよ」

 いや本当に違うから。

「イレイナさんって普段からこういうところにパンを隠し持ってるのよ」

「冬眠前のリスみたい」

「サヤさんってたまにわりとひどいよね」

 ちなみにパンはあった。

「はいっ。どうぞ」

 あげた。

「知ってました? 実は化学調味料には発がん性物質が含まれていて──」

「いいから早く食べて」

 食べさせた。

 もぐもぐするイレイナさん。

「そう、私です」

「治ったわ」

「そんなあほな」

 ともあれほっと胸をで下ろすわたしたち。

「なんかこの辺、Wi-Fi飛んでません?」

「やっぱ治ってなかったわ」

〇〇ピー