『そう、私です』

 ファッション誌のとあるページにて、どこか聞きおぼえのあるセリフと共に一人の可憐かれんな少女がこちらに笑顔をむけておりました。

 かみ灰色はいいろひとみ瑠璃色るりいろ。雪だるまの真横で彼女は制服姿で立っています。首元にはマフラー。あしはタイツを着用。そしておどろくほどに可憐なお顔。ひょっとしたら天使かもしれません。

 そんな彼女は一体誰でしょう?

 言うまでもないですね。

 そう、私です。

「イレイナさん、モデルみたいですね!」

 わあ、とサヤさんが雑誌を食い入るように見ながら興奮こうふんしておりました。「この雑誌いくらですか? 家宝かほうにします」

 家宝ですか。そうですか。

 私は答えました。

「一億円です」

「なるほど。じゃあ一億冊買いますね!」

「何言ってんですかあなた」

「私からすれば二人とも何言ってるんですかって感じなんだけど」

 横からアムネシアさんがあきれた顔で私を小突こづきました。

 雑誌に視線を向けると彼女はそれから、

「でも、イレイナさんがファッション誌で撮影されるなんて意外かも」と目を細めます。

「そうですか?」

「撮られたりするのきらいそうだし」

「まあそうですね」

「よく撮影許可したわね」

「私お金は好きなんですよ」

「ファッション誌に載った理由がよくわかったわ」

 直前とは別の意味で目を細めるアムネシアさんでした。

 おっと引かれてしまいましたか?

「まあお金がもらえる云々うんぬんを抜きにしても、たまにはこういう経験をするのもいいものなのではないかと思いまして」

 お金のためだけじゃないですよー、経験のためですよー、ほんとですよー、と白々しらじらしく付け足しておきました。

「でもこれ制服姿ですけど、いつ声かけられたんです?」サヤさんは依然として雑誌を食い入るように見つめながら首をかしげていました。もはや至近距離。

「先月一人で歩いてたら偶然ぐうぜん声かけられたんですよ」

「なるほどぉ……」

 ふむふむ、とうなずくサヤさん。「それってたしかぼくとデートしてたときでしたっけ?」

「は?」

「いやあそういえば二人で歩いてるときにイレイナさんが声かけられてた気がするなぁ」

「何言ってんですかあなた」

「そういえばこの雪だるまもぼくが作ったような気がしてきました……」

 ファッション誌を見つめるサヤさんの瞳は遠い昔をなつかしむようでもあり、同時にただの妄想もうそうにふけっているようにも見えました。

 見えたというかマジでただの妄想にふけってるだけなんですけど。

 そしてそんな私たちのやりとりにかたをすくめるのがアムネシアさん。

「私からすれば二人とも何言ってるんですかって感じなんだけど」

「いやいやいや」

 私もですか。「私は変なこと言ってないでしょうに」

「いいえ、イレイナさんはとっても変なことを今言ってるわ……」

「そうでしょうか」

「この写真を撮ったときに一緒いっしょにいたのはわたし。そうでしょ?」

「何言ってんですかあなた」

「よく考えたらわたしが雪だるま作った記憶があるわ」

 急に遠い目をし始めるアムネシアさん。

「妄想にふけってる……」

 お二人ともどうしちゃったんですか。

「確かぼくとイレイナさんがお二人でデートしてたときに撮られた一枚ですよね。よく覚えてます」

「サヤさん、妄想はよくないと思うの。これは確かわたしとイレイナさんが二人でおデートしてたときに撮られたものだわ」

「見苦しいですよアムネシアさん。これはぼくとイレイナさんの思い出の一枚です!」

「いやいや」

「いやいやいや」

 お二人ともどうしちゃったんですか。

「この雪だるまはぼくが作ったものです」

「いえ、わたしが作ったものね。間違いないわ」

 現場のスタッフさんが用意してくれたものですけど。

「いやー! 大変だったなー! 寒い中で雪だるま作るの、大変だったなー! よく覚えてるなー!」

不思議ふしぎね。わたしもよく覚えてるわ。作るのが大変で結構時間かかったもの」

 いやだから用意してもらったものなんですけど?

 何なんですか二人とも。ちょっと?

 そうして私が「むむむむ」とにらみ合う二人の間でおろおろとしているときのことでした。

「おこまりのようですね、イレイナさん」

 ひょっこりと横から私に声をかけるものが一人。

 誰かと思えばそれはアムネシアさんと同じく白い色の髪。ロングヘアで少々おさない容姿の少女。

「アヴィリアさん」

 でした。アムネシアさんの妹さんですね。

「ふっふっふ。お姉ちゃんとサヤさんがなぜ言い争っているのか理解できないようですね」

「はあ。まあ急に二人そろってIQがいちじるしく低下したみたいで、何があったのだろうと心配してたところですけど」

「どうして二人がこんな風になってしまったのか、ご存じですか」

 ちらりと二人をながめるアヴィリアさん。

 それではここで、こんな風、の一例いちれいをごらんに入れましょう。

「よく考えたら写真撮ったのもぼくな気がしてきました」

「不思議ね。実はわたしも写真撮った気がするの。何ならこの雑誌を作ったのもわたしな気がしてきたわ」

「それは流石さすがにうそじゃないですか」

「写真撮ったというのもうそよね」

「いえいえ」

「いえいえいえ」

 はい。

 わけがわかりませんね。

「お二人がなぜあんな風になっているのかおわかりですか」

「全然わかんないです」

「ところでイレイナさんはこんなお話をご存じですか? えない男子高校生の裕二ゆうじには好きな女性がいました。清美きよみ。幼い頃から近所に住んでいた同級生。小さな頃からひそかに恋心こいごころを抱いていた裕二でしたが、強力なライバルがいました。学校内で王子と呼ばれ、女子からきゃーきゃー! すてきー! と黄色い声援を浴びまくってる幸太郎こうたろうくんです」

「はあ」

「二人は清美を取り合いいつも喧嘩けんかしていました。何かあるたびに清美を心から愛してるのはおれだ、いや俺だ! 清美のことをよく知っているのは俺だ、いや俺だ! などと河原で取っ組み合いの喧嘩をすることは日常茶飯事にちじょうさはんじ。大体そんな感じの犬猿けんえんなかだったのです」

「……はあ」

「二人がなぜここまで仲が悪かったのか。それは二人が同じ女性を取り合うような仲だったから──だけではありませんでした。二人は恋のライバルであり、同時に互いのことをよく知り、自身にない魅力みりょくを持った人間として認識していたからこそ、いつも張り合っていたのです!」

「何かテンション上がってきましたねアヴィリアさん」

「少しでも手を抜けば相手にいいところを持っていかれてしまうかもしれない──そんな不安を二人はいつも互いに感じていたのです!」

「なるほど。それで?」

 首を傾げる私。

 アヴィリアさんはここぞとばかりにしたり顔で言いました。

「まあつまり今のお姉ちゃんとサヤさんもお互いそんな感じの心情しんじょうを抱いているのでしょうという話ですね」

「まあまあの長さで語ったわりには普通の話にまとまりましたね」

 普通に「二人はお互いライバル視してます」だけで済んだ話では。

「ちなみにイレイナさんはこの逸話いつわ──わたしは『裕二と幸太郎の恋心』と呼んでる逸話なのですけど、ご存じでしたか」

「ご存じじゃなかったですけど」

 何なら聞いたこともないんですけど。「これってどこから仕入れた話ですか?」

「わたしが今読んでる少女漫画です」

「あなたよくそれを有名な逸話みたいに話せましたね」

「裕二と幸太郎の決闘シーンはなかなか見ものでした。ど迫力でした。お互いノーガードの殴り合いでぼっこぼこになる様子ようすは熱く込み上げるものがあったのです」

「たぶんアヴィリアさんは普通の女子とは違った楽しみ方をしてる気がするんですけど」

「ちなみに二人は最終的に河原で横に並んで空を見上げて『へへへ……』って笑いながら友情を誓い合う感じの展開で終わります」

「そうなんですか」

「それはさておきともかくイレイナさんは二人の女子に取り合いされてる仲だということです!」

「急に大声出さないでくださいよ……」

「いいご身分ですね。けっ」

「急に怒らないでくださいよ……」

 ため息を返す私。できればこのままアムネシアさんとサヤさんの言い合いからも耳をふさぎ続けたいところでしたが、二人は二人で未だに「いやいや」「いえいえ」と言い合っているので始末しまつに負えませんね。

「イレイナさん。この『裕二と幸太郎の恋心』と呼ばれる逸話にからめて、わたしは一つイレイナさんに言いたいことがあるのです」

「はあ……」

 何ですか?

 首を傾げる私の肩にぽん、と手を置いて。

 そしてアヴィリアさんは言いました。

「美少女二人に取り合いされていいご身分ですね!」

「…………」

「ではわたしはこれで」

 がらがらがら。

 ぴしゃん。

 アヴィリアさんは何事もなかったかのように普通に教室から出ていってしまいました。

「いや何しに来たんですか……」

 その場にぽかんと取り残されて呆れかえる私。

 一方で私を取り合いしている裕二と幸太郎──ではなくアムネシアさんとサヤさんは、殴り合いこそしませんでしたが、それから耳をかたむけ続けること数分。少しばかり雰囲気ふんいきに変化が訪れました。

「──大体、アムネシアさんもその場にいたなら、ファッション誌にアムネシアさんも載ってないとおかしいじゃないですか! イレイナさんに負けず劣らず美人なんですから!」

「……!」はっとするアムネシアさん。「そ……そんなこと言ったら、サヤさんだって……その場にいたなら写ってないと、おかしいじゃない……」

「……! あ、アムネシアさん……!」

「…………」

 顔を赤くめて互いによそを向く二人。

 …………。

 なにこれ。

「なんかまた二人ともIQが下がったように見受けられるんですけど」

 何なんですかー? ちょっと?

「ふっふっふ、イレイナさん」

 がらがらがら。

 再びアヴィリアさんが私の元へとやってきて肩をたたきます。

「振られちゃったようですね」

 私は大きくため息をつきながら答えました。

「何言ってんですかあなた」