週が明けた月曜日。

 街の通りに美少女がおりました。

 さらりと伸ばしたかみ灰色はいいろひとみ瑠璃色るりいろ。顔立ちは360度どこから見ても整っており、まるでよごれ一つない美しい花のよう。

 身にまとうのは紺色こんいろのブレザーとワインレッドのセーター、それから濃紺のうこんのスカート。要するに彼女は制服姿。通学中でした。

 ところで話は変わりますが皆さんは『おに金棒かなぼう』という言葉の意味をご存じでしょうか。知らない場合はお手元の辞書じしょをひもといてみてください。そこには『制服を着たイレイナさん』という記述きじゅつがあるはずです。なければ書き足しておいてください。歩く彼女の姿はそれほどまでに美しく、すれ違う誰もが振り返るほどでした。

 きっと性格もおしとやかでいい子なのでしょう。これだけ見た目のよい少女が腹黒はらぐろいだなんてあるはずがありません。

「ふむ……」

 やがて彼女は道の途中とちゅうで立ち止まり、じっと目をらしました。

 目の前にはパン屋さん。朝から営業しておられる人気店で、彼女のもとにも焼きたてのパンの甘いかおりがただよっていました。

 視線の先にはショーウィンドウ。ありとあらゆるパンがきらきらと輝きながら整列し、『イレイナちゃん、私を食べて!』とささやきかけてきておりました。少なくとも彼女の耳にはそんな言葉が聞こえてきた気がしました。常日頃つねひごろからパンを食べ過ぎているせいで彼女の頭はちょっとアレでした。

 完全無欠かんぜんむけつの彼女に唯一ゆいいつ欠点けってんがあるとするならパンに目がないところ。

 でもそういうところもお茶目ちゃめ可愛かわいいですよね。

「ふふっ……」

 やがて彼女は一人、くすりと笑みをこぼします。

 きっとお店に並んでいるパンが彼女に対して面白おもしろいジョークでもかましてきたのでしょう。

「やはり私は今日も可愛い──」

 違いました。

 ショーウィンドウに映る自分の顔を見ていただけでした。

 完全無欠の彼女はパンに目がない女子高生でしたがそれよりも自分の顔が好みでした。パンを買うかどうかで悩んでいた最中に自身の顔が目に入り、それどころではなくなってしまったのです。

 でもそういうところもお茶目で可愛いですよね!

 などと。

 依然いぜんとしてパン屋の前で立ちながら表情をゆるめている彼女は一体どなたでしょう?

 そう、私です。

「──おはよーございます! イレイナさん」

 からん、からん、とすずが私のそばで鳴り響きました。

 視線を向ければそこには私と同じく紺色のブレザーを身にまとった女子高生が一人。すみのように黒いショートカット。

 笑顔をかせる彼女は私の同級生。

 よく行動を共にする友人の一人。

「サヤさん」

 でした。

 …………。

 一体いつから店内に……?

 私がガラスに向かってにやにやとしながら自惚うぬぼれていた場面を見られてしまったのでしょうか。

 いやいやまさか。

 そんなこと、ないですよね──?

「? どうかしましたか? イレイナさん。なんか表情がこわばってますけど」

 警戒けいかいする私の前にいるサヤさんはいつものようにほがらかな表情のまま首をかしげておりました。

 ……この様子ようすならば、大丈夫だいじょうぶでしょうか?

「サヤさん、ひょっとして今の、見ました?」

 おそる恐る私はたずねていました。

 対して彼女は「はて?」と首を傾げます。

「え? 今の、って何ですか?」

 はい。見られていませんね。

「ああいえ何でもないです。見ていないならいいんです」私は心の底から安堵あんどしました。ガラスに映る自分自身にうっとりしている姿などずかしくてとても他人には見せられませんし。

 あやうく朝から大恥おおはじをかくところでした。

 一方で私のよき友人であるサヤさんはいつもの調子で私のとなりに迫ると、「そんなことよりこれ見てくださいよ! これ!」とスマートフォンをかかげます。

 ニュースで見た記事やSNSで拾ってきたおもしろ動画や画像などのたぐいを彼女はよく私に紹介してくれるのです。

「はいはい。今日は何ですか」

「裏ルートで入手した超ヤバい画像です」

「超ヤバい画像?」

 何ですか?

 画面をのぞき込む私。

「これ、誰だかわかりますか?」

 そこに映し出されていたのはにやけた表情を浮かべながらガラスを眺める一人の美少女。

「そう、イレイナさんです」

 …………。

「わあほんとですね。すごーい」

 私は問答無用もんどうむよう削除さくじょしました。

「あああああああ!! 何するんですかイレイナさん!!

「すみません手がすべりました」

 やっぱり見てたんですね。

 見ていた上に画像まで撮っていたんですね。

「せっかく可愛く撮れてたのに……」

 しょんぼりするサヤさん。

 私はこしに手を当てつつほおふくらませました。

「何言ってるんですか」盗撮とうさつせずとも私は可愛いでしょうに。「盗撮は犯罪はんざいだからダメですよ、サヤさん」

「今なんか本音ほんね建前たてまえ別々にしゃべってませんでしたか」

「いえ別に」何のことやら。

 まあ冗談じょうだんはこの辺りにしておきましょう。

 私も別に常日頃から自身の顔に自惚れているわけではないのです。

 単純たんじゅんに気分がいい時にそのような冗談を並べるだけです。今日はそんな場面を見られてしまったようですけれども。

「ていうかお店の前で何やってたんですか? イレイナさん」

「ちょっと髪型を直してたんですよ」

「いや普通に『私は今日も可愛い』とか言ってた気が──」

「サヤさんこそ何やってるんですか、こんなところで」

 都合の悪い言葉はさえぎる私。

 彼女は「えー?」と眉根まゆねせながら答えます。

「パン屋で買うものといったら一つしかないでしょう」

 語るサヤさんの手にはパン屋で買ったとおぼしき袋が一つ。

 なるほどなるほど。

「私へのみつもの、ですか……?」

「いや普通にぼくの昼食ですけど!?

「お昼ごはんがクロワッサンとソーセージパンとカレーパンとメロンパンですか? 一気に四つはちょっと重たくないですか」

「何で袋見ただけで中身わかるんですか……?」

「私だからです」

 胸を張って見せる私でした。

 ちなみにこのお店の人気メニューはクロワッサンですよ、とも教えて差し上げました。例によってしたり顔でした。

「二人とも、お店の前で何してるの?」

 そして私の説明の最中、お店の扉が再び鈴の音を鳴らしました。

 中から出てきたのは白髪はくはつショートカットにカチューシャをつけた一人の女子生徒。私やサヤさんとまったく同じ制服に身をつつむ彼女もまた同級生。

 よく行動を共にする友人の一人。

「アムネシアさん」

 でした。

 手を振りつつも「あなたもいたんですか」と尋ねる私。

 朗らかな表情でアムネシアさんは言いました。

「うん。二人で買ってたのよ」

「私への貢ぎ物を……?」

「いや普通に昼食だけど!?

 なんで貢ぎ物を買わなきゃいけないの……? とたいそう戸惑とまどっておいででした。追い討ちをかけるわけではありませんが一応、「お昼ごはんにチョココロネ一つだけですか? 少食ですね……」と買ってきたばかりの袋を見つつ心配する私。

「何で袋見ただけで中身わかるの……?」

 彼女はたいそう戸惑っておいででした。

 何でと言われましても私だからですとしか言いようがありませんね。

「アムネシアさん、アムネシアさん」

 サヤさんが隣から彼女のかたたたいたのはそのときのこと。

「なあに?」

 首を傾げるアムネシアさん。

 やれやれと肩をすくめながらサヤさんは言いました。

「そのリアクション、ぼくと丸かぶりですよ」

「だから何なの……!?

「アムネシアさんは二人目なんですから突っ込みをもう少し工夫くふうしてほしいですね」

「わたし別に漫才まんざいをしにきたわけじゃないんだけど……?」

 彼女はため息をらします。

 私とサヤさん、それからアムネシアさんの三名は示し合わせているわけではないのですが、通学路も時間帯もおおむ一緒いっしょ

 お二人には妹がそれぞれいますので、時々五人になったりならなかったりしながら、私たちは平日の朝を送ります。

 新たに始まるこの一週間においても同じでした。

「そろそろ行きましょうか」声をかける私。

 軽く雑談ざつだんを交わしながら、私たちは三人並んでいつもの道を歩み始めました。

 交わり合う言葉の多くが笑い声。視線を傾ければ見慣れた顔ぶれ。背後を通り過ぎていくのは変わらぬ街並み。そこにあるのはいつもの日常。

 今日は一体どんなことが起こるのでしょう? どんな出会いがあるのでしょう?

 期待に胸を膨らませながら、私たちは今日も、おだやかでほんの少しだけさわがしい日々の中を歩むのでした。



「ところでイレイナさん、これ誰だかわかる?」

 アムネシアさんが私にスマートフォンの画面を見せてきたのはちょうど校舎こうしゃが見えてきた頃のことでした。

 ふむふむ。

 おもしろ画像か何かですか?

「どれです?」

 画面をのぞき込む私。

「…………」

 そこにいたのは例によってどこからどう見ても美少女そのもの。

「わあすごーい」

 そして私は問答無用で画像を消しました。

「で、どれですか?」

「いや消すの早いわよ……!」

 なにやらしたり顔で『私は今日も可愛い……』みたいな意味不明なことをぬかしている女子高生が一人いたような気がしましたが、一瞬だったのでよくわかりませんでしたね。

 どれのことですか?

「もー。イレイナさんの可愛い画像、せっかく撮ってあげたのに」

 頰を膨らませてわかりやすくねてみせるアムネシアさん。

 いやはやまったく。

「アムネシアさんは二人目なのですからもう少しボケを工夫してほしいです」

「だからわたし別に漫才をしにきたわけじゃないんだけど……!?

 何はともあれ私たちは今日も穏やかな日常を歩むのです。

 いつもと同じように。