その後、三日間かけて調べた結果だが、まず虫たちには挑発行為というものが存在した。

 これは分かりやすく言えば、こちらへ攻撃を仕掛けてくるきっかけだ。

 十階の夕暮れどきを支配するおおだま

 こいつらの挑発行為は光である。

 地上部分でわずかに発光するだけで、すぐに反応して群がってくる。

 次に十階の中央湖を飛び回る大型種の剣尾トンボ。

 あいつらは分かりやすく、縄張りである水上への侵入だ。

 まあ湖面に近づくだけで襲ってはくるが、縄張りから自主的に離れようとはしないので、逆に距離を置けばほぼ安心な相手でもある。

 最後に十階の奥地を守る軍隊蜂。

 こいつらの挑発行為を調べるのは、そこそこ骨が折れる作業だった。

 なんせ毎回、しつこく群れで追いかけてくるしな。

 で、判明した挑発行為だが、驚いたことに豆リンゴであった。

 木を切り倒したり、果実を大量に収穫するのがまずかったらしい。

 調べた結果、どの豆リンゴの木にもあらかじめ蜂が一匹、休眠状態で潜んでおり、何か異常が起きれば目覚めて警報を発するという仕組みであった。

 どうりで[危険察知]持ちのティニヤや、熟練した狩人のエタンさんでも見落とすはずである。

 そして軍隊蜂どもだが、丘陵地帯そのものが巣となっているらしい。

 丘のあちこちに人が入れそうな穴が開いており、そこから出入りする姿も確認済みであった。

 そしておそらく十一階への階段等も、その巣の中にあるようだ。

 なんとも面倒な話である。

「まさか穴ぐらダンジョンの中で、さらに穴の中の探索とはな」

 時刻は間もなく日が落ちる頃合いで、高い天井から差し込む光が音もなく薄らいでいく。

 同時に周囲が影に満たされ、あらゆるものの輪郭もぼやけていく。

 そっと振り返った俺は、背後で出番を待ち構える人や魔物たちの顔を眺めた。

 こんな暗がりであっても、一人一人一匹一匹の顔がハッキリと浮かんで見える。

 青スライムにまたがったまま、元気に飛び跳ねるヨルとクウ。

 弓の弦を張り直すエタンさんと、大きなメイスを肩に担ぎ直すヘイモ。

 大剣のつかを何度も握り直す村長の背後では、黒いおおかみの毛皮をまとった青年たちが緊張した面持ちでうなずき合っていた。

 新しい革装備に身を包んだティニヤとノエミさんはいつもの口論をしており、それをハンスさんが穏やかになだめている。

 ヨーたち妖精を頭や肩の上に乗せたミアは、ゴブっちたちのヘルメットの位置を一匹ずつ丁寧に直してやっているようだ。

 そして俺の隣で、遠くを見つめているパウラ。

 その赤い瞳には、少しの曇りも見当たらない。

 合わせるように視線を向けると、東と西、両方の壁際から飛び立ついくつもの黒い影が目に入る。

 ひらひらと薄闇に舞う虫の影を数えながら、俺は肺にめていた空気をゆっくりと吐いた。

 よし、もう十分だな。

「それじゃあ、始めるか」

「はい、参りましょう」

 ふわりと俺の体が宙に浮かぶ。

 頭上で小刻みにはねを震わす剣尾トンボの仕業だ。

 隣ではパウラが、もう一匹のトンボに持ち上げられている。

 巨大な二匹のトンボにしっかり抱きかかえられた俺たちは、なだらかな斜面に一息に近づく。

 狙いは赤い実が枝をしならせる豆リンゴの木だ。

 一本目にぎりぎりまで接近してもらい、腕を伸ばして枝に触れる。

 そして空いているもう片方の手に、【道具】から白い石を取り出す。

「ふぅぅぅううう、やるぞ」

 もう一度深く息を吸って覚悟を決めた俺は、手の中のはくしょうせきに魔力を込めながら、こずえに引っかかるように投げ込む。

 まばゆい光がたちまちあふれ出し、豆リンゴの木を明るく照らし上げた。

 深まる夕闇の中、まるでイルミネーションに飾られたかのごとく輝く一本の木。

 当然、その挑発行為を大目玉蛾が見逃すはずもない。

 明かりに吸い寄せられるように、数枚の翅が毒々しい模様をはためかせた。

 集まってきた大目玉蛾を寸前まで引きつけてから、俺は【道具】の中に素早く回収する。

 もちろんピカピカしている白照石ではなく、鈴なりの豆リンゴたちをだ。

 赤い実が全て消えせ丸裸になった瞬間、パウラをつかんでいた剣尾トンボが次の木を目指して動き出す。

 俺を抱えたケンちゃんも、迷わずその後に続いた。

 一呼吸遅れて目覚める見張りの軍隊蜂。

 そこへ間を置かず、飛び込んでくる大目玉蛾たち。

 かくして蜂蛾戦争は開幕した。

 首を伸ばして小競り合いが始まったのを確認しつつ、俺たちは二本目の木で全く同じ行為を繰り返す。

 飛び回る蜂を避けながら、三本目は少し離れた木で、四本目は中央の目立つ木に。

 そして五本目の豆リンゴの木が輝きだすころ、戦線は大きく拡大しつつあった。

「いい感じだな」

「ええ、急ぎましょう」

 壁際の林から次々と飛び立った大目玉蛾たちは、一目散に光に満ちたこの丘陵地を目指す。

 対する軍隊蜂どもも、間断なく巣穴から飛び出してきて迎え撃つ。

 戦況は攻撃力のない大目玉蛾が不利かと思われたが、からめ手もそう甘くはない。

 き散らされたりんぷんで距離を見失い、さらに目玉模様で混乱した蜂どもが同士討ちを始めたのだ。

 さらに大量の蛾にたかられ、翅が折れて地面に落ちる蜂の姿も少なくはない。

 蜂の翅は素早く飛び回るために軽くできているのだが、そのため結構もろいらしい。

 もっとも地力でいえば軍隊蜂に軍配は上がってしまうため、大目玉蛾たちはまたたく間に地面へ落下していく。

 ただそれを上回る数が、続々と押し寄せてきているようだ。

 二種類の虫のすさまじい争いの場と化した丘を、俺とパウラを掴んだ剣尾トンボは一気に駆け上がった。

 地面スレスレの低空飛行のため、異物である俺たちをとがめて襲ってくる蜂たちはいない。

 皆、空から舞い降りて縄張りを犯す蛾たちを追い払うのに懸命なようだ。

「降りますね、あなた様」

「……ああ」

 狙いの巣穴までたどり着いた俺とパウラは、ようやく硬い感触を伝えてくる地面へ足をつけた。

 振り向いて見下ろすと、白照石に照らし出された丘の中腹は、無数の毒針や鱗粉が飛び交う戦場となっていた。

 その地面には、累々と虫どもの死骸が転がっている。

「自分で仕組んだとはいえ、なかなかにせいさんな眺めだな……」

 ポツリとつぶやいた俺の言葉に、パウラは黙ったまま瞳に哀れみの色を浮かべた。

 これを思いついたきっかけは、軍隊蜂に追われ剣尾トンボの縄張りに誘導したあの時である。

 向こうが数で押してくるのなら、こちらも違うところから引っ張ってくればいいと。

 数の暴力には、数で立ち向かおうという発想だ。

 ただしトンボたちは、そうそう湖から離れることはない。

 湖と丘までは少々距離がありすぎるため、蜂どもを何度も誘導するのも難しい。

 その点、大目玉蛾は光さえあればすぐに襲ってくるので、巻き込むのは非常に簡単だった。

「何も見当たりません。こちらは大丈夫そうですね」

「ふう、上手くいったな」

 巣穴の一つをのぞき込んでいたパウラの言葉に、俺はあんで胸をで下ろした。

 今回の作戦は、まず剣尾トンボに掴んでもらった俺たちが、丘の裾から中腹で蛾を呼び寄せ騒ぎを起こす。そして大量の蜂がおびき出せたころを見計らい、他のメンバーが先遣隊としてこっそり巣穴まで近づき、一気に突入して巣の主をたたくという流れだ。

 巣穴内部の構造が不明なため、行き当たりばったり感が強いが、現状は首尾よく進行しているようである。

「ケンちゃん、トンちゃん。すまないが留守番頼んだぞ」

 剣尾トンボの翅の横幅ではつっかえてしまうため、二匹はここで留守番となる。

 入り口を死守してくれるよう頼んで、俺たちは巣の中へと足を踏み入れた。

 白照石のランタンに照らし出された巣穴の壁は、土がしっかりと固まっており崩れる心配はなさそうだ。

 ただよく見ると、あちこちに蜂の死骸が転がっている。

 先遣隊が突入時に出くわしたのだろうか。

「一応、骨子ちゃんを呼んでおくか」

 スケルトンのメイドを先頭に立たせて、俺たちは先遣隊に追いつくべく足を早めた。

 五分ほど下っていくと、前方に明るい光が見えてくる。

 どうやら広い空間につながっているようだ。

 同時に戦闘中らしき物音も、耳に響いてきた。

 感覚の鋭いヘイモと観察力のあるエタンさんに選んでもらった巣穴は、正解であったようだ。

 目的地がすぐそこに見えた俺たちは、穴の中を駆け足で急ぐ。

「くそくそくそ、きりがねえぞ! いったいどうなってやがんだ!」

「にゃあ、また出たにゃぁ!」

「落ち着きなさい! 攻撃の手を休めてはいけません!」

「いけー! クウっち、そこそこ!」

 声に導かれるように慌てて走ってきた俺たちだが、不意に大きな空間へ出てしまう。

 そこに見えたのは懸命に戦う皆の姿と──。

 空中で羽ばたく、とてつもなく巨大な蜂の姿だった。


    


 そこは円筒形をした広い空洞となっていた。

 天井は見上げるほどに高く、奥の壁を一面埋め尽くしているのはすきなく重なる六角系の穴だ。

 穴のほとんどはふたがしてあり、ところどころ何かがみっしりと詰まっている。

 そして部屋の中央。

 宙にとどまりながら俺たちをへいげいしていたのは、全長三メートルほどのバカでかい蜂だった。

 黒と黄色の警戒色の組み合わせに、とげ状の突起を生やす長い六本の脚。

 逆三角形の頭部から伸びる分厚すぎるあご

 見た目は他の軍隊蜂とほぼ同じであるが、その腹部だけはなぜか異様に大きい。

 突き出した毒針の直径は、丸太くらいはありそうだ。

 大気を震わす響きとなって全身に降り注いでくる翅音の威圧感に、俺は息をんで立ち尽くしてしまった。

 だが聞こえてきた声に、すぐさま自分を取り戻す。

「あー、センセが来たよ! センセ、こっちこっち!」

「遅えんだよ! とっとと来やがれってんだ!」

「おお、先生様だ! こ、これで勝てるべ!」

 そんな期待されても、こんな化け物蜂は俺も初見なんだが……。

 軍隊蜂自体はゲームでもよく倒した相手だが、こんな地底の巨大な巣や、おそらく女王であろう巨大蜂なんかは見た記憶がない。

 慌てて確認すると、壁の一部に下りたままの鉄格子が見えた。

 予想は外れてほしかったが、階層のボスはやはりこの凶悪そうな蜂で間違いないようだ。

 ただ鉄格子の奥は、いつもの階段ではなく部屋となっていた。

 となると、やはり十階はゲームと同じ仕様である確率が高い。

 それならこの勝手な難易度の上げ方も、頷けるというものだ。

「どうなってますか? 村長」

 急いで駆け寄りながら、俺は味方の状況を素早く確認した。

 現状はこくろうだんたちが、大きな亀の甲羅の盾をずらりと構えて皆の壁となってくれていた。

 その背後で一ヶ所にまとまって、巨大蜂とたいしているようだ。

「お待ちしておりました、ニーノ様。ええ、今は押されておりますね。どうにも前に出ることができず……」

「にゃあ。あいつら、どんどん増えるにゃ! たいへんにゃ!」

 ティニヤが指差す壁を見ると、今まさに新たな軍隊蜂たちが生まれてくるところであった。

 ズルリと六角形の穴からい出た女王の親衛隊たちは、すぐに翅を震わせて盾を構えるこちらへ飛んでくる。

 その腹部から撃ち出された毒針が甲羅に跳ね返され、次々と硬音を立てた。

 間を置かずその上を飛び越えてきた蜂どもだが、ゴブリンらと弓士たちの矢を一身に浴びて地面に転がる。

 さらに飛来したれんの炎にまみれ、翅を焼かれた数匹が落下した。

 そして撃ち漏らした蜂は、華麗なハンスさんの剣さばきで始末される。

 が、女王蜂が翅を震わせた瞬間、またも十匹ほどの蜂が壁の穴から生み出された。

 そして床に転がる仲間たちの死骸を乗り越え、侵入者である俺たちへためらいもなく向かってきた。

「またか! いい加減にしやがれってんだ!」

 振り回したメイスで蜂を叩き落としながら、ヘイモが怒りの声を上げた。

「なるほど、この波状攻撃はごわすぎるな」

 そしてボスである巨大蜂のほうだが、ヨルとクウが奮戦中であった。

 宙を飛び回りなら、素早く蹴りを叩き込むクウ。

 青スライムのジャンプ台を活かして軽々と跳び上がり、女王蜂の腹部に何度も爪を立てるヨル。

 ダメージ自体は、着々と与えてはいるようだ。

 すでに巨大な蜂の体のあちこちには無残な傷が生じ、体液が滴り落ちている。

 が、女王がガチガチと顎を鳴らしたとたん、壁の上部から数匹の軍隊蜂が舞い降りてきた。

 蜂どもの両脚には、白い何かが付着している。

 その液体を体に塗られた瞬間、みるみる間に女王蜂の傷がふさがってしまった。

「ごしょうー!」

「くぅう!」

 全身が元通りとなったボスは、再び激しく顎を鳴らした。

 すると今度は巨大な腹部の針から、黒い霧のようなものが吹き出す。

 巻き込まれそうになったヨルとクウは、慌てた顔で飛び退すさった。

「あー、またー! もうずるいよ、あれ!」

「あなた様、あれは……?」

「ま、まさか今のは〈毒の針〉と〈甘い蜜〉か? いや、あんな効果じゃなかったはずだが」

 軍隊蜂がレベル10で習得する技は、自らの針を撃ち出す〈毒の針〉だ。

 さらにレベル20になると、〈甘い蜜〉という己の体力を回復できる便利な特技が覚えられる。

 おそらく今の黒い霧は、〈毒の針〉から毒を広範囲に散布したものだろう。

 そして全身の傷を即座に治したのは、〈甘い蜜〉の強化版と思われる。

「さしずめ特別製の女王の蜜ローヤルゼリーといったところか」

 範囲化した〈毒の霧〉で己を守り、傷を負ったとしても〈女王の蜜〉で回復してしまう。

 そうやって時間を稼ぐ間に、続々と生まれてくる手下が場を制圧していくと。

 その上、外で大目玉蛾を駆逐しきった蜂たちも、女王の危機に気づいてそう遠からず戻ってくるに違いない。

 戦闘が長引けば長引くほど、俺たちの負けが濃厚になっていくというわけだ。

「くそ、特技まで強くなるとか……。予想以上に厄介だな」

 思わず漏らした俺のつぶやきに、村人たちの顔色がいっせいに青ざめる。

 うっかりしてたが、こんな本格的なボス戦は初めての人ばかりだったな。

 ま、この程度のピンチならすでに経験済みだし、そうそう慌てる必要もない。

 首を横に振った俺は、大きく息を吸い込み深々と吐き出す。

 そして自信たっぷりに言ってのけた。

「大丈夫、勝てますよ。俺に任せてください」

 もう一度、深呼吸した俺は、全員の顔を見回した。

 懸命に戦ってはいるが、村の人たちの表情には隠しきれない恐怖や不安がにじみ出ている。

 当然、それが動きにも反映し、矢や魔法を当て損なったり、盾を持ち上げるのが遅れたりと失敗が目立っていた。

 それなりに場数をこなしているはずのノエミさんも同様で、目の前の敵に精一杯のようだ。

 ティニヤのほうは騒ぎながらも、まだ余裕はありそうだが。

 対して、いつもの口調でヨルたちを元気に応援しながら、的確に〈火弾〉を蜂に当ててみせるミア。

 重圧で疲れが見えてきた青年たちを冷静に励まし、時に〈光癒〉やポーションで疲労回復に努める村長。その隣で冷静に状況を判断し、盾の方向を誘導するハンスさん。

 ヘイモは怒りながらもメイスを自在に振り回し、エタンさんの矢は一本たりとも外れることはない。

 そして隣に視線を移すと、パウラがただ微笑ほほえんでいた。

「……こんなに頼もしい仲間がいるのに、負けるわけがないよな」

 ヨルやクウ、スーやラー、ゴブっちやヨーもいつも通りだしな。

「よーし、攻略を始めるか」

 どうやら今回のボスは、長期戦に特化したタイプのようだ。

 現状はきっこうしているようだし、そうそう危険な状況に陥ることもなさそうである。

 検証時でも大目玉蛾が全滅するまで三十分以上かかったし、退路の確保もまだ焦る段階じゃない。

「まずは緊張をほぐしましょう。ヨー頼む」

「キヒヒヒヒ!」

 いつもの甲高い笑い声が響き、光り輝く鱗粉が村人たちに注がれた。

 とたんに落ち着きなく揺れていた目が急速に見開かれ、こわっていた口元が緩みだす。

「なんでぇお前ら、ニヤニヤしやがって! やっと面白くなってきやがったのか!」

 怒っているように見えたヘイモだが、実はずっとこの戦闘を楽しんでいたらしい。

 分かりにくすぎる職人の態度に、村人たちからクスクスと笑いが漏れた。

 完全に余計な力は抜けたようだ。

 その隙に〈倍撃〉と〈堅守〉の強化魔術を、全員に手早くかけ直していく。

「じゃあ、次は情報収集だな。ティニヤ」

「呼んだにゃ?」

「なんでもいい。何か気づいたことはあるか?」

 俺の問いかけに猫娘は困ったように首をかしげてから、ポンッと手を打ってみせた。

「にゃあ、あいつなんかうるさいにゃ」

「仕方ないじゃない! こっちだって必死なのよ!」

「にゃあ! ノエミねえさんのことじゃないにゃ。あのでっかいハチにゃ!」

「女王蜂のことか? そりゃあんだけ鳴いてりゃうるさいだろ」

「そうじゃにゃくて、音がいっぱいあって耳がおかしくなるにゃ」

「……鳴き声に何パターンかあるってことか。エタンさん、いいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「女王蜂の出す音に種類があるみたいです。何かしらの兆候がないか気をつけてみてください」

「分かりました。やってみます」

「あ、ヘイモも頼むぞ」

「おい、オレをついでみたいに扱うんじゃねえ!」

 ちょっと怒らせておいたほうが、ヘイモはいい仕事してくれるからな。

「ねーねー、センセ。あたしはー?」

「ミアは……、そうだな。そっちのお二人の指示を頼む」

 魔術士である裁縫班のご婦人二人だが、やはり実戦での経験が不足しているせいか、魔法を繰り出すタイミングが一呼吸ほど遅い。

 どうやらどこに的を絞るべきか、とっさに決めあぐねているようだ。

 それに比べてミアには迷いがない。

 それでいて、ちょうどいい場所へ毎回撃ち込むのだから大したものである。

 うん、シャドウ相手に頑張ってくれた成果だな。

「えっ、できるかな?」

「できるできる。狙うやつを指差すだけでいいぞ」

「あっ、それなら前もやったしね。うん、まっかせてー!」

 しゃべっている間にも、取り巻きの蜂はどんどん生み出されては迫ってくる。

 ただし皆の戦いぶりは、今までと同じではない。

 づるがきれいに重なるように鳴り渡り、一時に撃ち出された矢は蜂どもを一瞬で針山に変える。

 弓士の四人は、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。

「あれ、いっくよー!」

「あいさ!」

「はいよ!」

 女性三人の声が合わさり、集中砲火を浴びた蜂が地面に次々と燃え転がった。

 うん、こちらも文句なしだ。

「いくら来ても、もう平気だべ!」

「虫っころめ! 刺せるもんなら刺してみやがれ!」

 若者たちの威勢のいい怒号が響き、四方から襲いかかってくる蜂たちを的確に盾でさばいていく。

 そこへ剣を構えた村長が躍り出て、三匹の蜂をまとめて斬り伏せてみせた。

 さらに背中合わせとなったハンスさんも、同じく三匹の蜂をまたたく間に仕留めてみせる。

「まだまだ若い者には、後れを取りませんぞ」

「こちらこそ、見せ場はそうそうお譲りしませんよ」

「おお、その掛け合いはグッときますよ」

 ゲームでよくあるベテラン同士の会話っぽさに感動していたら、エタンさんがふむふむと頷きながら話しかけてきた。

「ニーノさん、見つけましたよ」

「え、もう?」

「俺も見つけたぜ!」

「はや! やっぱり二人ともすごいな」

「ふふ、誰かさんのおかげで、変化に敏感になりましたから」

「照れくせえだろ! そんな褒めんじゃねえよ!」

 りちに手を挙げて発言したヘイモだが、俺の称賛の言葉に鼻先を赤くしながらだんを踏みだす。

 その可愛かわいい姿に、またも周囲から笑い声が漏れた。

「じゃあ、エタンさんからで」

「はい、どうも蜂たちですが、出てくる穴が固定されていますね」

 蜂が這い出てくる穴の配置はざっと三種類ほどあり、それが女王蜂の翅音によって、どこの穴が使われるか決まってくるらしい。

 この短時間で、よく見破ったものだ。

「次、ヘイモ」

「俺か! よし、よーく聞きやがれ!」

 そう言ったかと思うと、小熊そっくりな男はガチガチと歯をみわせた。

 そして俺たちの顔を得意げに見回した後、今度はガチガチガチと歯を鳴らしてみせた。

「どうでい、分かったか!?

「分かるか!」

「ちっ、仕方ねえな!」

 ヘイモの説明によると、最初の短い歯音は女王蜂が下僕を呼ぶ時で、長いほうは毒の霧を出す時の音らしい。俺にはほとんど差がないように思えたが、獣人種の耳にはハッキリ違いが伝わってくるとのことだ。

「でかしたな! うん、これで倒せるが立ったぞ。まずは取り巻きから片付けよう」

 やり方は至極、簡単だ。

 蜂どもが出てくる穴が分かっているのなら、待ち構えてその瞬間を狙えばいいだけである。

 ヨーの指示のもと、妖精たちがいっせいに飛び立つ。

 そして翅音を聞き分けたエタンさんの合図とともに、お目当ての巣穴に近づきまばゆく翅を光らせた。

 穴の蓋が開いた瞬間、容赦なく撃ち込まれる矢と炎。

 生まれたての蜂たちは、翅音一つ響かせることなく息絶えた。

「うわ、すげぇ楽だな!」

「ああ、これなら大丈夫だべ!」

 エタンさんの鋭い観察力と妖精ネットワークの前に、取り巻きの蜂どもはあっさりと無力化した。

 じゃあ次は、本丸の攻め時だな。

 こっちのほうはすでにヘイモがつきっきりで、〈毒の霧〉と〈女王の蜜〉のどっちが来るかをヨルとクウに大声で知らせている。

 そのおかげで二匹も、少しばかり余裕が出てきたようだ。

 しかしながら戦闘が楽になっただけで、女王蜂の状態に変化はない。

「問題はあの白い蜜か……」

 巨大な的でもある女王蜂だが、いくら傷をつけてもすぐに回復されてしまう。

 〈びりぱた〉でもしかしたら仕留められるかもしれないが、万が一無理だった場合、女王専用の蜜を浴びて、なかったことにされてしまいかねない。

 そうなると魔力を使い切ってしまったこっちが、決め手を失い一気に不利になるだろう。

「ここからじゃ、従者蜂の穴には届かないしな」

 取り巻きと違って、蜜専用の三匹の蜂たちは女王の後方の高い位置に控えている。

 〈火弾〉や〈ふうじん〉では届かないだろうし、弓矢だとこの位置からでは巨大な蜂の体が邪魔して、直接狙うことができない。

 それに毒の霧が煙幕の役目も果たしており、余計に困難である。

「あの毒の霧も、なんとかしたいところだな……」

「うわ、なんだこりゃ!」

 いきなり聞こえてきた声に目を向けると、壁際で青年団の一人が焦った声を上げている。

 そのてつほこの先には、黄色い液体がベッタリとくっついていた。

 盾役が必要なくなったせいで手が空いた数人が壁際のモグラ叩きならぬ蜂叩きに参加していたのだが、うっかり違う場所を殴ってしまったようだ。

「にゃあ、これめちゃくちゃ甘いにゃ!」

「あなた、こんな時に何食べているのよ!」

 二人の会話と漂ってきた甘い匂いに、俺の脳内に次なる作戦がひらめく。

「それをヨルにめさせてやってくれ!」

「へ、へえ、おらにまかせるべ!」

 穴から溢れ出る蜂蜜をすくい上げた若者は、女王蜂の近くで跳ね回るヨルのもとへ駆け寄る。

 即座にけものっ子は鼻をムズムズと動かし、目を見開きながら振り向いた。

 そして眼前の強敵を無視して、若者のそばへと駆け寄る。

「さぁ、食うべ!」

「かたじけないー!」

 きちんと礼を述べたヨルは、若者の手に豪快に顔を突っ込んだ。

 そのままベロベロと舐めたくった後、目をまんまるに見開いて叫ぶ。

「かんみー!」

 姉の絶叫に驚いたのか、上空を飛び回っていたクウも急降下してきた。

 そして迷わずまだ蜂蜜が残っていた若者の手に飛び込む。

「く、くぅううううー!」

「ぜっぴんー!」

 戦闘中とは思えないはしゃぎようである。

 さすがに危ないので、慌てて声をかける。

「おーい、お前ら!」

 感極まっていた姉弟だが、俺にぎらつかせた目を向けてくる。

 こいつら本当に甘いものに目がないな。なら、今こそ、その本気を発揮してもらう時だ。

「そいつ倒したら、その蜂蜜舐め放題だぞ!」

「ぎょうてんー!」

「くうー!」

「それに最上級の女王の蜜もあるぞ。だから、全力で行け!」

 俺の言葉に大きく頷いたヨルは、その場で手をついて四つん這いとなる。

 そして凄まじい眼力で、宙に浮かぶ巨大な蜂をにらみつけた。

 その隣のクウにも、驚きの変化が生じていた。

 メキメキと音を立てながら、短い足の先端が肥大していくのだ。

 数秒もたずとりっ子の足に現れたのは、巨大な鋭い爪たちであった。

「な、なにあれ……。クウっち大丈夫?」

「どうしやがったんだ、あいつら! へんなもんでも食ったのか?」

 確かに食ったことは間違いない。

 もっともおかしなものではなく、食べたのは凶悪なユニークモンスターの肉であるが。

 〝どんよくなるきょうかく〟を平らげた時に得ていた大恐鳥の力が、本気になったことでやっと顕現したのだ。

 ただ正直、でっかい靴を履いているようで、アンバランスすぎる見た目である。

 しかし次の瞬間、地面を蹴りつけたクウは、はるか高みに到達していた。

 あっにとられる俺たちの前で、壁を蹴りつけた鳥っ子はそのまま女王蜂の体に突っ込んでいく。

 目にも留まらぬ速さで蹴りつけられた巨大な蜂は、初めてその体を大きく揺らした。

「にゃあ! 急に元気になったにゃ!」

「うわわっ、クウっちどうしたの? すごくない!?

「本気を出すとああなるのか。甘いものヤバいな……」

 さらにヨルのほうの本気も完了したようだ。

 いつも愛らしいまなしを向けてくる瞳が、今や完全にしんに染まり、ありえないほどの魔力がほとばしる。

 ──〈石の視線〉!

 顕現した大恐鳥の目は、見つめた対象を無慈悲にも石へと変えてみせた。

 わずかな間を置いて、女王蜂の下腹部全体がパキパキと硬い音を生じさせながら灰色に覆われていく。

「いいぞ! これで毒の霧は封じたな。今だ。たたみかけろ!」

 そう叫びながら、俺は信頼する仲間たちに素早く目を向けた。

 この正念場で、しくじるわけにはいかない。

 俺の意図をみ取った魔物使いの二人が、むちをしならせながら一瞬の好機に備える。

 同時に腕を振り上げたミアと、弓弦を引き絞ったエタンさんが声を重ねた。

「右の翅ねらうよー。いっくよー!」

「左の翅落とします!」

 いっせいに撃ち出された火球が女王蜂の右翅にぶつかり、燃え盛りながら火の粉を撒き散らす。

 そして左の翅も、村人やゴブリンが一時に放った矢で無数の穴が穿うがたれた。

 両翅を燃やされ穴だらけにされた蜂は浮力を失い、巨体を揺らしながら地面に近づく。

 すかさずハンスさんやヘイモ、村長たちが距離を詰め攻撃を仕掛けた。

「行きます!」

「任せとけ、おらぁぁぁぁ!」

「今こそ我が剣が輝きを放つ時!」

 高度を下げた女王蜂の腹部に、鉄鉾や鉄剣が激しく打ちつけられた。

「くぅううう!」

 そこへ目まぐるしく飛び回っていたクウが、重々しい蹴りを連続で放つ。

 さらに紫電をまとったヨルが、バチリッと空気をはじきながら視界から消え去る。

 次の瞬間、いくつもの残像が空中に現れ、前後左右から女王蜂の体をしたたかに殴りつけた。

 あっという間に全身が傷にまみれ、体液が吹き出す巨大な蜂。

 が、地面ギリギリで留まった女王は、再び顎を鳴らし従者を呼びつけた。

 即座に白い蜜を足にまぶした三匹が、上空から舞い降り──。

「今だ!」

「はい!」

「お任せを!」

 次の瞬間、息をそろえたようにパウラとノエミさんの尻尾がくるりと弧を描いた。

 〈魅惑〉から〈従属〉。

 二匹の蜂が互いに方向を違え、かつての主人を裏切ってあらぬ方向へと飛び去る。

 さらに二条の鞭が風を切りながら、残った一匹へと襲いかかる。

 しかし、ぎりぎりで危機を察したのか。

 ひんの女王蜂が無理やりにボロボロの両翅を動かし、二人の鞭を弾き飛ばす。

「くそ! あがくな!」

 悠々と女王の背中にたどり着く最後の一匹。

 が、主に蜜を塗りたくろうとした忠実な下僕は、そこで己の両脚が失われていることにようやく気づく。

 間を置かず、勝利の宣言が空洞内に響いた。

「にゃあ、もっと甘そうなのいただきにゃー」

 奥の壁の上部。そこに張りついていたのは、得意げな顔のティニヤだった。

 しかもその手には、いつの間にか白い蜜まみれの蜂の脚が握られている。

 ──〈盗撃〉。モンスターからアイテムを盗む斥候士の特技をここで発動したのか。

「いいぞ! これで終わりにしてやる。雷よ、来たれ!」

「クウ、〈びりびり〉、〈ぱたぱた〉です!」

 俺が金色に輝くつえを持ち上げると同時に、空へ舞い上がったクウが両手を広げた。

 溢れ出した魔力の渦が、黒い雲をみるみる間に作り上げる。

 紫の輝きが小さな体を覆い、空気を震わせながらまばゆく彩る。

 次いで目もくらせんこうが、豪音とともに撃ち出される。

 さらに限界まで高まった魔力が、はね吹雪ふぶきとなって放たれる。

 宙を舞い踊る無数の紫色の羽根に、降り注ぐ光の柱。

 真っ白に塗りつぶされる視界の中を、凄まじい雷の嵐が巻き起こった。

 そして光が消え去った後に残ったのは、地面に横たわったまま全身から黒い煙を吹き上げる女王蜂の姿だった。

「やったか?」

 お約束の言葉を口にした瞬間、危険を知らせる信号が俺の脳裏に走る。

 次の瞬間、倒したはずのモンスターの腹部がいきなり持ち上がり、その先端の針が俺めがけて撃ち出された。

 まばたきする間も許さず、迫りくる馬鹿でかい針。

「あなた様!!」

 パウラの絶叫が鳴り響く中、飛来した針は容赦なく俺の胸部に食い込み──。

 あっけなく、そのまますり抜けた。

「は?」

「へ?」

「えっ!」

 鈍い音を立てて壁に突き刺さった巨大な針の姿に、いっせいに驚きの声が上がる。

 同時に力尽きた巨大蜂は、完全に動きを止め静かになった。

「勝てたか……」

 安堵の息を吐く俺に、激しい勢いでパウラがぶつかってくる。

 そのまま地面に押し倒されたかと思うと、今度はヨルとクウが覆いかぶさってきた。

「あるじどのー!」

「くぅぅううう!」

 そして一呼吸置いて、村人たちが口々に声を上げる。

「先生様が二人!?

「ど、どうなってるべ。お、オラの目がおかしくなったべか!?

「いや、あたしも二人に見えてるべ!」

 最後に女王蜂が放った技は、〈最後の一刺し〉。

 軍隊蜂がレベル30で覚える特技で、体力を全て攻撃力に変換する自爆技である。

 だがそれは十階のボスの場合、レベルがプラス15されても25止まりとなるため、本来ならまだ使えないはずの特技だ。

「森カラスの件で、警戒しといて正解だったか」

 あれでゲームとは違うと、しっかり覚え込まされたからな。

 なので、最後っを用心して〈分身〉を自分にかけておいたのが、首尾よくいったようだ。

 ただ目立つ場所に分身のほうを置いて、俺はこっそり後ろに下がっていたのだが、パウラとヨルとクウの目はごまかせなかったらしい。

 胸元にギュッと抱きついて顔をうずめるパウラの背中に手を回し、俺のほおを舐め回してくる二匹の頭を撫でてやる。

「すまん。また心配かけたな」

 俺の言葉にパウラは顔を上げ、首を横に振りながら可愛く睨んでくる。

「本当にもう! 素直に喜んでばかりいられませんよ」

 その目尻に溜まった涙を指でぬぐいながら、俺はそっとパウラと唇を重ねた。

 が、たちまちヨルとクウに見つかり、口をとがらした二匹が割り込んでくる。

 せっかくの盛り上がりに水を差された俺とパウラは、目を合わせて自然に笑い合った。

「さてと……」

 視線を周りに向けると、村人たちはまだ終わった実感がないのか、ぼうぜんと立ち尽くしていた。

「やりましたぞ!」

「おう! やったぞ!」

「勝てましたね!」

 逆に村長とヘイモとハンスさんは仲良く肩を組んで、勝利のたけびを上げている。

 もっとも真ん中のヘイモだけ身長が足らず、宙ぶらりんになっていたが。

「いえい、勝ったよー!」

「勝っちゃいましたね!」

 ミアとエタンさんは女王蜂の死骸の前で、手と繋いでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 腰に手を当てたノエミさんは、そんな二人を微笑みながら眺めている。

 そしてティニヤは、全員を見下ろしながら、蜂の脚についた白い蜜をペロリと舐め──。

 伝わってきた味に、驚いて地面に落っこちた。

「に、にがいにゃぁぁああああああー!」

 地面をのたうち回る猫娘の背後で、ゆっくり鉄格子が持ち上がり始める。

 大きな歓声が上がる中、俺は満足げな声でつぶやいた。

「そういや女王の蜜ローヤルゼリーなんて名前だけど、ぜんぜん甘くないらしいな、あれ」


    


「さて。勝ったはいいが、あまりゆっくりもしていられないな」

 そろそろ巣から誘い出した蜂たちが、戻ってきてもおかしくない頃合いだ。

 急いで視線を向けると、ちょうど鉄格子が開いた先の部屋からなずけたばかりのパウラの蜂が出てくるところであった。

「もしかして、安全かどうか確認してくれたのか?」

「はい。何もいないようですね」

「ふう、さすがだな」

 頷きながら起き上がった俺は、甘えてくるヨルとクウをパウラに預け、地面にへたり込んでしまった村人に声をかけた。

「よし、撤収しましょうか。ここは危険ですので、まずは隣の部屋へ移りましょう。動けない人は手伝ってあげてください」

 ぼんやりとしていた若者たちの目だが、俺の言葉でようやく焦点が戻ってくる。

 慌てて重たい亀の甲羅を引きずりながら、奥の部屋へ向かってくれた。

 裁縫班の女性二人は足に力が入らないようで、村長やハンスさんに手を貸してもらっている。

 疲れ切ってはいるようだが、全員大きなもなく無事なようだ。

「おーい、お前ら。そろそろ撤退するぞー」

 次にゴブリンと妖精たちだが、ちゃっかりと巣穴にあった蜂蜜に気づいていたようだ。

 ぎっしり蜂蜜が詰まった穴に交互に顔を突っ込んでは、ベタベタの状態でゲラゲラと高笑いするゴブリンたち。

 その横では妖精たちが甘い蜜に全身を浸して、うっとりと入浴気分を味わっている。

「やりたい放題だな、こいつら……」

 まあ、たっぷり活躍してくれたので、これくらいのご褒美なら許してやりたいところだが、戻ってきた蜂が見たら激怒するのは間違いない。

「ほら、もう終わりにしろ」

 横から手を伸ばして、蜂蜜を一気に回収する。

 この円柱形をしたホールの壁全体が六角形の蜂の巣穴に覆われていたが、肝心の蜂蜜は五ヶ所の穴だけであった。

 それでも中くらいのたる五つほどになるので、十分な量ではあるが。

「って、重いだろ。いたたたっ! おい、痛いって!」

 俺に蜂蜜を奪われてしまったゴブリンらは、頬を膨らませながら腕にしがみついてきた。

 そのまま体重をかけて引っ張ってくる。

 おもちゃを買ってもらえず駄々をこねる子どもそっくりだが、数が多いだけに洒落しゃれにならない。

 妖精たちのほうは俺の髪を掴んで、好き勝手な方向に引っ張り出す。

 こっちはもっと洒落になってない。これ以上、抜けたらどうするんだよ、おい!

「エ、エタンさん、これ、みんなに食べさせてあげてください」

「分かりました!」

 急いでかにの甲羅の皿を取り出して、豆リンゴを山盛りにして蜂蜜をぶっかける。

 駆け寄ってきたエタンさんに皿ごと投げ渡すと、たちまち甘い匂いに誘われた妖精とゴブリンどもは俺から離れてそっちへ向かった。

 そして皿を持って走り出したエタンさんを、懸命に追いかけていく。

 そのまま奥の部屋へ消えていく魔物の集団に、俺はやれやれと肩をすくめた。

「あとは、女王蜂の回収か……」

「センセー、ここいい景色だよー!」

「見ろ、オレ様の勝利だ! まいったか、この野郎!」

 部屋の中央に転がる巨大な死骸に視線を向けると、いつの間にかその上によじ登っていたミアが手を振ってくる。

 少女の隣では上機嫌な顔のヘイモが、メイスを掲げて雄叫びを上げていた。

「にゃあ、もうダメにゃあぁぁ……」

「これに懲りたら、何でもかんでも口に入れるのやめなさいよ」

 そして女王蜂の死骸の横では、まだ苦しんでいるティニヤがノエミさんに説教されている。

 かまっている暇もないので、俺は蜂の死骸に手を触れて素早く回収した。

 【道具】の欄に現れたのは、黄魔石塊と女王蜂の蜜という二種類のアイテムだった。

 蜜のほうの希少度レアリティは星三個である。

「女王蜂の蜜か。また知らない名前が出てきたな」

 なにはともあれ、これでおそらく忘れ物はないはずだ。

「おーい、置いていくぞ」

 巣の出口に向かうと、全員、慌てた顔でついてきた。

 奥の部屋は天井があまり高くないものの結構広く、大勢が入ってもまだ余裕がありそうだ。

 中央には激闘を制した面々が、蜂蜜に浸した豆リンゴをシャリシャリとそうにかじっている。

「みんな、もう大丈夫そうだな」

 夢中になってかんむさぼる村人と魔物以外、部屋の中には何も見当たらない。

 ただし壁際には、お目当ての階段がちゃんと存在していた。

 しかも予想通り、二つだ。

「あれっ、上り階段じゃん!?

「よし。あったな!」

 二つの階段を見比べて驚きの声を上げるミアに、俺は喜びでこぶしを握りながら強く頷いた。

 やはりこの階は、ゲームと同じ仕様であるようだ。

「っと、安心するのはまだ早いな」

 そうつぶやきながら上り階段へ向かった俺は、パウラたちが注目する中、段差に足をかける。

 みの体が揺らされる感覚はすぐに伝わってきた。

 数歩も上がらないうちに、冷たい空気が俺を取り囲む。

 真っ暗ではあったが、それでもこの嗅ぎ慣れた水の匂いは間違えるはずもない。

 それにゆらゆらと流れていく水の音も、聞き間違うはずはない。

 いつの間にか川面に立っていた俺は、頭上で輝く満天の星に大きく手を伸ばした。

 これほどの開放感を味わうのは久しぶりである。

 そして振り返り、ちゃんと迷宮の入り口があることを見届け、もう一度深々と肺の底から息を吐いた。

 ショートカット成功である。


    


「それじゃあ、実際にやってみますか」

 俺の言葉に、ざわついていた村人たちは神妙な顔でいっせいに頷いた。

 軽く説明はしてみたものの、やはり体験してもらったほうが一番分かりやすいしな。

 結構、幅の広い階段なのだが、なぜか並んで一人ずつそろそろと足を踏み入れる。

 そして目の前の人物がすっと消えていく姿に、驚きの悲鳴がいくつも上がった。

 それでも意を決した顔で、皆は次々と階段を上っていく。

 背中についていってもう一度、地上に戻ると、全員がぽかんと口を開いていた。

 延々と歩いてたどり着いた十階から、十数歩上がっただけで見慣れた村の近くに戻ってきたのだ。

 混乱するのも無理はない。

「ああ、星がすごくきれいだべ……」

「んだ。おら、空見上げたの久しぶりだ……」

「なんでなんで! なーんでなんで! なんで!?

「おい、どうなってんだ! これ作ったやつでてきやがれ! すごすぎじゃねえか!」

 しみじみと夜空を語る若者たちの隣で、ミアとヘイモは相変わらずである。

 この変わらなさこそが、逆に強メンタルのあかしと言えるのかもしれない。

「よし、次行きますか。もう一回さっきの十階の部屋のことを考えてください」

「心得ました、ニーノ様」

「はい、えっと十階ですね。十階、十階……」

 こういう時、すぐに素直に応じてくれる村長やハンスさんは、話が早くなるので本当にありがたい。

「では、そのまま地下迷宮に入りましょうか」

 今度は馴染んだ入り口のせいか、ぞろぞろとまとまって入っていく。

 というか、集中しすぎて気にする余裕もないのか。

 今度も全員が中に入ったのを見届けてから、俺も後に続いた。

 いつもの体がねじれる感覚とともに水の匂いが消えて、いつしか階段を下りている自分に気づく。

 これ、意識してないと、段差で膝がかっくんとなるな。

 十階の階段前の部屋に戻ると、皆の反応は先ほどとそっくりであった。

 村人たちは、もれなくぜんと目を見開いている。

「も、戻ってきたべ……」

「にゃぁぁ! またここなのにゃ。蜂はもううんざりにゃ」

「あら、これはとても不思議ですね……」

「ええ、お嬢様。しかし、ものすごく便利ではございますね」

 このショートカットの利便性に即気づくとは、ノエミさんもなかなかである。

 無事に全員がここに戻ってこれたことを確認し、俺は再び口を開いた。

「こんな感じですが、分かってもらえましたか?」

「ええ、仕組みはさっぱりですが、たいへん素晴らしいものだとは……」

「八階へ戻るのだと、ここからのほうが早くなりますね!」

「ああ、それはちょっと難しいかもしれません」

 階段前の鉄格子はボスを倒さないと開かないので、復活してしまうと逆からでは通行不可となるのだ。

「ですが実は、先ほどのやり方で五階にも行けるんですよ」

「そうなんですか!?

「まだ確認していませんが、おそらく飛べるはずです」

 このりゅうぎょくの宮殿の十階だが、ドラクロⅡでは冒険が中断できるチェックポイントであった。

 ボスを倒してここにたどり着くと、上に戻るかそのまま進むかが選択できたのだ。

 さらに次からはこの十階から再開するか、五階層前からやり直すかの選択も可能だった。

 なのでおそらくだが、五階にも一気にショートカットできるはずだ。

 そして俺がこの階の攻略を急いだのも、この仕様を覚えていたからである。

「ただ五階に行った場合は、歩いて外に出るか、この場所まで来る必要があるので要注意ですね」

 むろん地上まで戻れば、また十階やそこから五階へ行くことも可能となる。

 この仕組みは十階ごとにあるはずなので、次の目標は二十階の制覇だな。

 それはそうと青スライムたちと、その上で就寝中のヨルとクウもばっちり移動はできていた。

 階層の認識は魔物には難しいと思うので、おそらく主人たちが移動すればくっついて飛べる仕様なのだろう。

「それでは、今日はここまでにして、村に戻りましょうか」

 ヨーたち妖精たちの翅の輝きに照らされた俺たちは、意気揚々と村への帰路についた。