翌朝、騒がしい物音で目が覚めた。

「ふぁあぁ、……なんだ?」

 久しぶりにいまいましい月のことを忘れて、熟睡できたようだ。

 スッキリした気分でまぶたを開けつつ、できるだけ静かに身を起こす。最近は寝床に入ると、ヨルとクウが両脇にくっついてくるようになったので、無意識についた習慣だ。

 体を丸めて眠りこける二匹の背中をでながら、周囲の状況を寝ぼけまなこで確認する。

 なぜかこうすると、つかずにすんなり起きてくれるのだ。

 何やら騒がしいのは広場のほうで、誰かを探すような声が聞こえてくる。

「あ、もしかして」

 心当たりを思い出した俺は、ベッドから急いで抜け出そうと試みる。

 だが、ぴったりと寄り添うヨルとクウの天使のような寝顔が、身動きをそうそう許してはくれない。

 ますます大きくなる呼び声にどうすべきかと悩んでいたら、褐色の手がそっと二匹の背中をさすってくれた。

「お、おはよう」

「おはようございます、あなた様」

 パウラも起き抜けらしく、身支度はまだだったのか赤い髪が少し乱れている。

 俺の視線に気づいた美女はほおをほんの少しだけ赤く染めて、目をそらしてしまった。

「あまり見ないでくれると助かります」

「す、すまん」

 照れくさくもどこか打ち解けた空気が流れる中、再び俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

「この子たちは、わたくしがあやしておきますから、どうぞお急ぎに」

「助かる。ああ、それと──」

 ベッドから下りながら、忘れずきちんと伝えておく。

「昨夜は久しぶりにぐっすり眠れたよ。ありがとう」

 その言葉に対し、パウラは昨夜と全く同じ笑みを返してくれた。

「ああ、ニーノ様。よくぞご無事で!」

「やった! 先生様がいたぞ!」

「おお、よがっだ……。ほんとよがっだべ……」

 広場に足を踏み入れた俺を出迎えたのは、村長を含む村人の集団だった。

 俺の姿をひと目見た瞬間、わっと沸き上がり口々に喜びの声を上げて抱き合う。

 村長に至っては、騎士のようにひざまずく有り様だ。

「心配をおかけてして、本当にすみません」

「いえ、大事に至らなくて何よりです」

「先生様たちは村の宝でな。迎えに来るのは当たり前だべ」

「生きた心地がしなくて、仕事にならないしよぅ。ああ、生きててくれてありがてぇ……」

 実は俺たちが帰ってこなかった場合、万が一に備えて救助隊を出してくれるよう村長にあらかじめ頼んでおいたのだ。

「みなさんも忙しい中、ありがとうございます。お仕事もあったでしょうに」

「その辺は手の空いてる連中に、代わってもらったべ」

「わたしたちは普段からあれこれ話してるからね。村ん中で誰が暇してるとかバッチリさ」

 隣人のスケジュールをもれなく把握してるとか、井戸端会議恐るべしだな。

「そうですか。よかったです。あ、誰もはありませんか?」

 レベル的には余裕があるとはいえ、村人だけでこの五階にたどり着いたのは初めてのはずだ。俺の問いかけに、村長は静かに微笑ほほえみながら首を横に振ってみせた。

「はい。いただいたポーションの出番もありませんでしたよ」

 一応、確認のため駆けつけてくれた村の人たちの様子を確かめる。

 木の盾を持った若者が四人で、やりを携えているのは六人。

 あとは弓を背負った三人に、魔術士の女性が二人と。

 なるほど、攻撃は盾で受けて、その間に槍で仕留める作戦か。

 討ち漏らした時も、弓と魔術の援護があるし鉄壁の布陣だな。

 とはいえ、全くの無傷ではなく、革を張った盾にはいくつもの傷や溶けたような痕がある。

 手足を包む装備にも、ところどころにほころびが見えていた。

 俺たちのために、危険をかいくぐって来てくれたその姿に胸が熱くなる。

「みなさん、本当にご苦労さまです。少し盾やよろいが傷んでますね。ゴブリンたちに補修をお願いしましょうか。弓の手入れと矢の補充も頼んでおきましょう。それと魔術士の方は魔力回復薬をお渡ししますね」

「おお、それは助かります」

「ありがたいべ。ああ、それとこれ拾ってきたべ。受け取ってくんな、先生様」

 作物の収穫時に使う大きな背負いかごを背中から下ろした村人が、中身を指差してくる。

 のぞいてみると、中に詰め込んであったのは、スライムや大ミミズたちの死骸であった。

 放置せずに回収してきてくれたらしい。

 さらに足を縛って束にされたコウモリなどは、エタンさんの指導の成果もあって、ちゃんと血抜きも済ませてある。

 わざわざ弓矢で仕留めたらしく、羽もきれいでほとんどがそのまま回収できた。

「これは……、ありがとうございます。大変だったでしょうに」

「うんや、大事なお肉だ。粗末にしたらばちが当たるべ」

 もはやモンスターは恐れおののく存在ではなく、獲物という認識のようだ。

 すっかり頼もしくなった成長ぶりに感動する俺の脳裏に、昨日のヘイモの言葉がよぎる。

「うん、これなら任せても大丈夫か。村長、少しいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「あるじどのー!」

 広場の奥から響いてきた声に、俺は会話をやめて目を向けた。

 どうやら、ちびっ子たちがお目覚めのようだ。

 パウラに付き添われて広場までやってきたヨルだが、そのまなしは不安げに揺れている。

 おそらくんだ酒場のベッド以外で目覚めたせいだろう。

「こっちだ、ヨル」

「あるじどのー!」

 まだ熟睡している弟の足をつかんで、けものっ子は懸命に俺の方に駆け寄ってくる。

「おはよう。うん、今日も元気だな」

 ヨルを抱き上げながら、手を伸ばしクウの頭を撫でてやった。

 後頭部をガンガンと何度も地面に打ちつけていたが、全く平気なようだ。

 と思ったら、寝ぼけたまま俺の指をガジガジみ始めた。

 姉のほうは俺の肩に顔をうずめて、クンクンと毎朝恒例の匂い嗅ぎの真っ最中である。

「相変わらず仲のよきことですな」

「それで話の続きなんですが……」

 会話を続けようとした俺だが、どうにも周りが騒がしいことに気づく。

 広場の中央に視線を移すと、ゴブリンたちは俺たちのことなぞ気にもかけず、テキパキと朝食の準備に取りかかっていた。盛大に燃やされたかまどでは、鍋代わりに置かれた海亀の甲羅がすでに煮立っており、無造作に食材が投げ込まれていく。

 ゴブリンの集落の定番、なんでも鍋だ。

 昨日採ってきたばかりのくろいわたけや腰掛けたけに、おなじみのめいきゅう大蒜にんにく

 本日は魚介系らしく、かにと亀の肉が主役のようである。

 あとは迷宮塩で味付けして、仕上げの香り付けに乾燥させ細かくした迷迭花ローズマリーを散らす。昨日、渡したばかりの食材をフル活用だ。

 一気にあふれ出したそうな匂いに、俺の胃袋も活発に動き出した。

 肩にしがみつくヨルや、まだ眠っているクウも盛大によだれを垂らす有り様だ。

 これはもう、込み入った話ができる雰囲気じゃないな。

「すみません。先に朝ごはんを済ませていいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ」

「みなさんはもう?」

「一応、軽く腹に入れてきましたが……」

 村長が答える背後で、湯気を上げる鍋にくぎけになっている村人たちの様子に、俺は思わず笑いを漏らした。

「よかったら、一緒に食べますか?」

「ありがてぇ!」

「やったー!」

 村人たちが喜んでいると、ゴブリンたちが寄ってきて床に置きっぱなしだった背負いかごを興味深く突き出した。新しいもの好きの血が騒いだようだ。

「籠が気に入ったのか? 確かにあるといろいろ便利そうだな」

 以前、たるを渡しておいたのだが、何かを入れつつ持ち運ぶのにはちょいと向いてない。

 籠だと細かく編み込むのは大変そうだが、逆にゴブリンたちはそういうのが大好きだったりする。

「この材料のつたはどこから?」

 エタンさんに尋ねると、すらすらと答えてくれた。

「これでしたら森で採れますよ。あ、ここの四階と八階でも見かけましたね」

「あれで、いいんですか?」

「はい、よく洗って鍋で煮てから乾燥させると、丈夫になりますから」

「それなら〈錬成・浄化〉と〈錬成・枯渇〉でいけそうですね。うん、これ集めるのもやってもらおうかな。まあ、そのあたりはまとめて頼むか」

 しゃべり込んでいる間に、鍋が煮えたらしい。

 さっそく行列に並んで、蟹の甲羅の皿によそってもらう。

 ふうふうと冷ましたごった煮を、クウの鼻先に近づけるとようやく重いまぶたが開いた。

 パクリとさじくわえてから、キョロキョロと辺りを見回す。

 そして俺の顔を見上げて、うれしそうに笑みを浮かべた。

「くぅ!」

「おはよう。もっと食うか?」

「くー!」

「かたじけないー!」

 競い合って口を開ける二匹に、手早く冷ましながら交互に煮込みを食べさせていく。

 こいつら熱いのはダメだからな。

 しかし世話ばかり焼いていると、今度は俺の食べる暇がなくなってしまうが、そこは気の利くパウラの出番だ。

「はい、どうぞ。あなた様」

 ま、照れくさいが仕方ない。

 村の若者たちがこちらをチラチラ見るので、余計に恥ずかしがったが。

「じゃあ、改めて話を進めますか。質問や異論があればどんどん出してください」

 食事を終えた俺たちは、広場で車座になって話し合いを再開した。

 参加者は俺とパウラ、ミアとエタンさんの深層攻略組に、職人のヘイモ。

 あとは村長を筆頭に、村の青年団を主体とした十五人だ。

 ヨルとクウはお腹が満たされたので、ゴブっちたちを率いて周辺を見回り中である。

「まず前提として話しておきますが、昨日、地下十階に到達することができました」

「おお、八階は無事に突破できたのですな。それでいかがでしたか?」

「はい。ざっと見た限りですが、この五階より広そうでしたね」

「そ、それは……」

 俺の発言に、村人たちはいっせいにざわつきだす。

「広い階であればあるほど、金になる素材やしい食材が採れる可能性が高まります。ですので、今後、本腰を入れて十階を探索していきたいのですが、広い階ほど魔物の種類が多く、対処が難しくなります」

「それって、やべぇヤツがもっと増えるってことかよ? あんちゃん」

「うんうん、めちゃくちゃでっかいがいっぱい襲ってきて、超逃げたよ!」

「うへぇ、それはオラも力いっぱい逃げるだ」

「お前、んでる虫、苦手だもんな」

 若者たちの軽口に、小さく笑い声が上がる。ちゃんと話についてきてくれているようだ。

「それで本題に入りますが、俺たちが十階の探索に集中するために、支援をお願いしたいのです」

「私どもにできることなら喜んでやらせていただきますが、果たしてニーノ様のご期待に沿えられるかどうか……」

「それに関しては、もう十分に保証してもらってますよ。まず頼みたいのは、一階から五階までの魔物討伐なんです」

 この階層間のモンスターどもを退治してくれるだけで、かなりの時間と労力が節約できるからな。

「ああ、なるほど。それでしたらお任せください」

「ただし、単に魔物を退治するだけじゃなくて、まだレベルアップしていない方たちの援護と育成もお願いできますか? それと魔物の素材だけじゃなくて、採取できる物は回収をお願いします」

 一気に難易度が上がった俺の依頼に、若者たちが若干ざわつく。

「そう身構えなくても大丈夫です。薬品は可能な限り支給しますし、素材の回収に関しては、俺も帰り道でできるだけ集めるようにしますから、ちょっとくらい見逃しても平気ですよ」

「それなら、なんとかなりそうですな。それとよければ、採取する物の場所を詳しく教えていただけると助かります」

「はい、そのあたりはあとで地図を見ながら説明しますね」

 採取箇所を記した地図を渡しておいたほうが取り忘れがない気がするが、これについては用心に越したことはない。万が一、第三者の手に渡ったりすると、いろいろ危ういからな。

「採取物の注意点ですが、めいきゅうみずごけやコウモリのふん尿にょうせきなどは特に重要なので忘れず回収してくださいね。それと四階のツタの採取とみずみなどもお願いします」

「糞尿石といいますと、例の肥料の材料ですな」

「ええ、効能抜群ですからね」

 実は五階に作った畑だが、なんとすでに迷宮大蒜が発芽してたりする。

 村長の話では普通は一ヶ月ほどかかるとのことだが、わずか二週間と恐ろしい早さである。

 魔素が豊富な特別な土であることが要因と思われるが、コウモリの糞尿石もおそらく関係があるのだろう。やはり変な名前のアイテムほど効果があるというドラクロⅡのセオリーに、間違いはなかったようだ。

「次に頼みたいことに、そのへんも関係してくるのですが、その後、にんにくはどうなってますか? 村長」

「現在は順調に芽を伸ばしておりますね。ただ、そろそろ水やりが必要かと」

 にんにくはもとより乾燥に強いらしいが、それでも水なしというわけにはいかない。

「やっぱり、そこが問題ですか……」

 現状、ボススライムの大袋で大量の水を四階の泉から運んではいるが、ほとんどがゴブリンどもに飲ませる分でなくなってしまっている。

「耕作地のほうは、広がりましたか?」

「はい、最初の頃の五倍近くになりましたな」

 大ミミズの活躍も大きいが、素晴らしいペースである。

 このまま畑を広げていくならば、やはり水不足の解消は目下の急務だな。

「では、優先度は四階までの魔物退治の次で結構ですが、五階の全域の調査をお願いします。この階はオリーブの木やにんにくなども多いですし、おそらくどこかに水源があると思うんです」

「ふむむ。それは私どもだけで大丈夫ですかな?」

「そっちに関しては、妖精やゴブリンたちにも協力を依頼します。あいつらは斥候として優秀ですから、とつげきどりの群れにさえ出会わなければ安全かと。もちろん、無茶は控えてください」

「分かりました。ご期待に応えられるよう誠心誠意、務めさせていただきます」

「水場が見つかりましたら、ここまで水路を引きましょうか。それまでは四階での水汲みをお願いしますね」

 背負い籠があれば、一度でかなりの量を運べるはずだ。

「あとは骨粉をいて土づくりの継続もしましょう。もうすぐしたらハンスさんが帰ってきますから、それまでになんとかしたいですね」

「ああ、それは楽しみですな」

 きっと、いろいろ持ち帰ってきてくれるはずだ。

「一応、そんな感じですね。かなり無理を言ってすみません」

「そんなことないでよ!」

「オラたち、もっともっとお役に立ちてぇと思ってたから、すんげぇ嬉しいべ」

「みんなの力を合わせたら、きっとあっという間さ。わたしらにドンと任せておくれ、先生様」

 うん、さすがは開拓村を一からつくってきた人たちだ。こういう時にホント頼りになるぜ。

 変な遠慮をせずに、もっと早くからお願いすべきだったな。

 ちらりとヘイモを見ると、ニヤリと片方の唇の端を持ち上げてみせた。

「ありがとうございます。これで五階以降の探索に集中できます。じゃあ次は、休憩所を兼ねた拠点づくりですね。これはエタンさんにお願いできますか?」

「ボクですか!?

「場所は八階の予定ですからね。あの階は素材も多いですし、おおかみ狩りの人員も早急に増やしたいですから」

 昨日の八階探索で、数の有利は証明できたしな。

 あとはもっと人手を増やせば、狼を駆逐する時間も短縮できるだろうし。

「わ、分かりました。できるだけ頑張ってみますね」

「それと並行して、木材の確保も目標に入れましょうか」

 この五階はオリーブの木しかなく、十日ほどで再生されるとはいえ伐採されすぎると実の収穫量に多大な影響が出てしまう。

 特にゴブリンたちが煮炊きをするようになってから、燃料不足は深刻になっていた。

 そこで村長が口を挟んでくる。

「……それでしたら、上の村でもそろそろですな」

「そうなんですか?」

「はい、毎年二月になると、森でまき集めをしております」

 確か冬場のほうが木に含まれる水分が減って、伐採がしやすくなるんだっけ。

 でも迷宮にかかりっきりになると、そっちをやってる余裕はなさそうだ。

「それも含めて、早めになんとかしないとな。うーん、まだまだ人手不足か」

「まことに悩ましいですね」

「依頼はそんなものかな。引き受けてくださった方には、優先していろいろお渡しします。えーと、他に……」

「あの、わたしからもいいかい?」

「はい、どうぞ」

 声を上げたのは、魔術士兼裁縫班の女性だった。

「わたしらの中で、ちょっとだけ話が出てたんだけどさ。機織り機はどうだい? 先生様」

「機織り機……ですか」

「一台あれば、何かと楽になるんじゃないかってね。それにほら、芋虫ちゃんの糸、これから増えるって話じゃない。そうなると、わたしらだけじゃ手に負えなくなるのは目に見えてるよ」

「ああ、それもありましたね」

 順当に大芋虫の育成が進めば、上質な絹糸が大量に集まるはずだ。

 丈夫で使い勝手がいい絹糸は、はくしょうせきの次を担う商材の有力候補であった。

「だけどほら高いじゃない、機織り機。なので、さすがに無理かなって話をしてたんだけど……」

 詳しい相場は知らないが、庶民にはそうそう手が届かない値段なのは確かだ。

「大丈夫ですよ。白照石売っぱらったお金がいっぱい入ってきますから、一台くらいならなんとかなります」

「え、いいのかい? みな喜ぶよ!」

「ただ買い付けに行けるのはハンスさんだけなので、来月以降になりますけどね」

「十分さ。ああ、もうワクワクしてきたよ!」

 目を輝かせるご婦人の姿にあいづちを打ちながら、俺は昨日入手したばかりの素材を思い出す。

「あ、そういえば忘れてたな。機織り機が来るまでは、これで何かお願いしますね」

 大量の黒毛狼のなめし革に、裁縫班の女性は目を白黒させていた。

「お、いい感じじゃねえか。で、オレはどうすりゃいいんだよ? あんちゃん」

 続いて尋ねてきたのは、鍛冶職人のヘイモだ。

 怒っているような口調だが、その眼差しはワクワクと期待に満ちている。

 なんとも分かりやすいやつだ。

「そうだな。まずは今のまま弟子の育成に励んでくれ。それと──」

「それとなんだ!」

「食い気味すぎるって。鉄の矢尻って作れないか?」

「むっ。まあ、作ったことはねえが、任せろってんだ!」

 前に武具の製作には慣れてないと言っていたが、頑張ってくれるようだ。

「あとは槍の穂先とかも作ってほしいんだが……」

「威張れとは言ったが、ガンガンきやがるな! チッ、出来に期待すんなよ!」

「それと──」

「まだ、あんのかよ!」

「自分から聞いといて、その切り返しはないだろ。銀細工が得意な知り合いとかいないか?」

「おいおい、オレに知り合いがいると思ってんのか!」

「う、すまん」

「ま、心当たりなら一人いやがるけどな!」

「いるのかよ!」

 銀鉱石の使いみちが立ちそうだな。

「よし、最後は十階の攻略だな。これは引き続き、今のメンバーで行こうと思う。大変だと思うけど力を貸してくれるか?」

「めんばあですね。心得ました、あなた様。どこまでもお供いたしますよ」

「ふふーん、まっかせてー。がんばっちゃうよ!」

「ぜひもなしー!」

「くうー!」

 探索チームも正直、新戦力が欲しいところだが、どこもいっぱいいっぱいだしな。

「さて今後の方針も定まったことだし、今日はこのまま十階攻略に張り切って行きますか」


    


 新しい仕事を割り振ったばかりであったが、希望者が多かったため先に十階を一度見に行くこととなった。参加するのは俺、パウラ、ミア、エタンさんのいつもの四人に加え、村長とヘイモ、さらに村人からは魔術士の女性二人に、青年団からは戦士三人と弓士二人だ。

 魔物のほうはヨルとクウと青スライムのスーとラー。

 それと八階の拠点づくりの先陣として、ゴブっちと弓が得意なゴブリン二匹が名乗り出てくれた。

「それじゃあ出発しますか。準備はいいですか?」

「はいはーい。いつでも行けるよー!」

「しゅったつー!」

「くー!」

「おいおい、そのスライムに乗るの楽しそうじゃねえか! オレの分はねえのか?」

「ニーノ様、我が剣にかけてお守りいたしますぞ」

「なんか次の階は、でっかい海があるらしいぜ」

「へー、龍の内海とどっちがでかいかな」

「楽しみだけど、浮かれてちゃダメだよ。あんたら」

 いつもの数倍の騒がしさである。

 六階は東西に道が分かれており、階段がある正解のルートは西側である。

 が、今日はあえて東から進む。

「まずは、試しに蟹と戦ってもらおうかな」

 東の行き止まりの道にも蟹と亀が現れるのだが、回収に寄っていると四十分ほどかかってしまう。

 そこでここも村の人たちに余裕ができた際に、代わりに狩ってもらおうと考えたのだが……。

 五階までの魔物を相手してきて、それなりの自信はあったのだろう。

 強気に蟹に挑んだ若者たちだが、結果はあまり芳しくないものであった。

「や、槍が刺さらねぇ。めちゃくちゃかてえぞ、こいつ!」

「く、矢も無理だ! ハサミ振り回してくるぞ。下がれ!」

「なに、あの水の泡! あんなのありかい?」

 やはり犬の骨の槍やうさぎの角の矢尻では、少々威力不足であったようだ。

 切り札の〈火弾〉もあっさり〈水泡〉に防がれてしまい、決定打がないまま亀が参戦というドツボにはまったパターンに入ってしまう。

 見かねた村長とヘイモが割って入ってくれたおかげで、辛うじて勝利を拾えた感じであった。

「なるほど、あんちゃんの依頼の意味がよく分かったぜ」

「次からは、わたくしどもも最初から戦闘に加わりますか」

 ボススケルトンが落とした強力な黒い剣やメイスを持った村長やヘイモが参戦したので、その後の蟹狩りはすんなりと終わった。

「うん、この調子なら、任せても大丈夫そうかな」

 まあ何かあっても、蟹や亀は足が遅いので五階に余裕で逃げ込めるだろうし。

 ボスの大蟹討伐も含め、一時間半ほどで六階の探索は終わる。

 ついで七階だが、ここのシャドウは魔術士の二人に頑張ってもらう。

「う、撃っていいんだね?」

「本当に大丈夫なのかい?」

 どこかで見たような反応を見せつつ放たれた火の玉で、影の形をした魔物たちは次々と倒されていく。

 距離をとって魔法を撃つだけで終わるので、本当に経験値稼ぎに向いた相手である。

 中央のがいこつの塔は、村長とヘイモの鬼人と獣人コンビが大活躍だった。

 スケルトンどもが使っていたボロっちい剣と盾も、もれなく回収しておく。

 ボスの大きな骸骨はさすがに厳しいので、ここはレギュラーの出番だ。

「おお……、なんて強さだべ……」

「す、すさまじいな……」

 ヨルとクウの圧巻の戦いぶりに、村人らから称賛の声が漏れた。

 十階見学ツアー開始から約三時間。

 昼も近くなったので、次の八階で一休みをとることにする。

「なんでぇ! 骨とか変な影とか、たいしたことねぇのばっかりだな!」

 と、ここまではいんうつな階層だったため退屈そうにしていたヘイモだが、大樹の回廊の眺めに目をまんまるにする。

「うぉお! なんだよ、ここ! こういうのを早く見せろってんだ!」

「……あああ」

「……ひ、広いな」

 村の若者らにいたっては、口を最大限に開けたまま身じろぎを忘れる有り様だ。

 村長らも感銘を受けたのか、小刻みに肩を震わせていた。

「キヒヒヒ!」

「クフフフ!」

 エタンさんが小さく口笛を吹いて呼び寄せた妖精たちに、西の木のウロとやらまで案内してもらう。

 人が余裕で入れそうな幹の穴は、地上から四、五メートルの位置に開いていた。

 うん、あの高さなら、狼が飛び上がっても届かないな。

 幹の下で、輪になって昼食を取る。

 メニューはローズマリーをまぶした野うさぎのローストに、今朝のごった煮の残り。

 あとは村長らが持参した堅いパンである。

「全くもって見事な景色ですな、ニーノ様。こんな大きな木は初めて見ましたよ」

 気に入ったのか上機嫌な声で話しかけてくる村長に、俺はうなずいて話を続ける。

「こんだけ大きいと、切り倒すのは一苦労どころじゃないですけどね」

「それですが、落ちた枝や倒木も多いようですし、そちらを集めるだけでも結構な量になりそうですな」

「あ、それはいいですね。そっか、枝ならなんとかなるか」

 食事を終えた俺たちは、さっそく狼狩りを開始した。

 途中、青すぐりの争奪戦にヘイモとゴブっちが参加したりと騒ぎもあったが、昨日よりも早い二時間弱で黒毛狼の群れをせんめつすることができた。

 妖精たちの連携がより取れてきたのと、村人とゴブっちらの弓部隊の参入も大きいようだ。

 やっぱりここに数匹、常在してもらうべきだな。

 そういえば蔦を集めながらの前進だったが、不思議なことに植物のつるは【道具】に回収できないことが判明した。ゲームになかったアイテムだと、システム的に認識しないことがあるのかもしれない。といっても、ドラクロⅡに出てこなかったアイテムでも、収納できる時もあるので本当に謎である。

「よーし、最後は全員でかかりますか」

 孤独なボス狼を矢ぶすまにして、毛皮等をあっさり回収する。

 ちなみに以前食べさせた肉がいまいちだったせいか、ヨルとクウもボスの肉は進んで食べようとはしない。それと人型がダメなのか、九階のボスのワーラットも無視していた。

 九階へ進む前に、階段のところに余っている白照石を置いて点灯しておく。

「これは俺たち探索班が、ここを通過したぞという目印ですね。何かの際の目安にしてください」

 俺の魔力を注ぎ込めば半日はけっぱなしになるので、勝手に消えて見失うこともないだろう。

 もしまた救助隊が出る羽目になっても、これで階層を絞れるため時間短縮になるはずだ。

「お、またこりゃ薄暗い場所だな! うん、気に入ったぜ!」

 獣人種は基本的に穴ぐら暮らしのせいか、廃鉱山のようなこの階の雰囲気は合っていたようだ。

 ただし、登場する魔物を見る前までであったが。

「なんだ、こいつら! 薄気味悪いったらありゃしねえぞ!」

 でっかい団子虫に、首から上が巨大なネズミの顔の人間だしな。

 ここからは遠隔攻撃持ちの出番だが、今日はたっぷりそろっているので安心である。

 収穫としては、ワーラットの隠し場所から装備品は出なかったが、入り口すぐの西の通路奥に人工っぽい泉が発見できた。

 この階も水には困らなさそうである。

 特に危うい場面もなく、空白だった地図の残りをきれいに埋めていく。

 そして四十分ほどで、階段前に着いてしまった。

「よーし、十階まであと一息です。さくっと終わらせましょう」

 と気合を入れてみても、ボスはただのワーラットの集団だしな。

 軽々と宙に舞ったクウが、紫のはね吹雪ふぶきを繰り出して数秒で終わってしまった。

「よし、回収回収っと。さ、お待ちかねの十階へ行くか!」

「りょかー!」

「がってん!」

「くー!」

 勢い込んで階段を下りた俺たちだが、どこまでも広がる眺めにまたも足が止まってしまった。

 二度目でも圧倒されてしまうのだ。初めての人たちは余計にそうだろう。

 全員棒立ちのまま、食い入るように眼前の光景を眺めている。

…………これは、なんとも素晴らしい景色ですな」

 一分ほどその状態であったが、村長がボソリと一言漏らすと、せきを切ったように皆がいっせいに声を上げた。

「だだっ広いな、おい! くそ、なんでこんな広いんだよ!」

「てっきり上に戻ったかと思ったべ……」

「おらもだな……。こんな場所、あったべかって……」

「あら、あそこで光っているのは、お水でしょうか? あなた様」

 明るい光の下だと、昨日は気づけなかった部分もよく見えてくる。

 周囲の壁といっても、ここだと背後のしか見えないが、垂直ではなくやや傾斜のついた土壁となっていた。

 あちこちで大きな岩が露出しており、頑張れば登れそうにも思える。

 あとは視界の中央付近。

 ややくぼんでいるところに、パウラの指摘通りキラキラと光を跳ね返す大きめな平面が見える。

「うーん、たぶん湖か池かな」

 そこへ光る筋がいくつもつながっていたが、そっちは川だろうか。

 水面の周囲は緑色に染まっており、林か森に囲まれているようだ。

 ちゃんと水源があったことに、俺は静かに息を吐いた。

 ただし次の会話に、そのあんも薄れてしまったが。

「む、何か水の上を飛んでやがるな」

「ええ、ここからでも見えるということは、かなりの大きさですね」

 獣人種のヘイモと、樹人種のエタンさん。ともにはんじんしゅの俺たちより、鋭い感覚器官の持ち主だ。

 当然、見間違えはないだろう。

 貴重な水源が魔物のすみである可能性を示されるのは、なんともさいさきの悪い話である。

「と、じっとしてる場合じゃなかったな。とりあえず見て回りますか」

 この目でちゃんと確認していないのに、気落ちするのは早すぎる話だ。

 太陽岩の照り具合からして、時刻は午後三時過ぎといったところか。

 夜型の魔物であるおおだまが活発に動き出すまで、あと二時間弱の余裕がある。

「他に気になるものはありますか?」

 俺の質問に対し、熊耳を生やしたひげづらの青年は怒ったように手を振り回した。

「全部気になるに決まってんだろうが! あーもう、楽しみでたまらねぇ!」

 溢れ出した感情に耐えきれなかったのか、ヘイモはいきなり地面に転がって手足を振り回した。

 そこらへんも小柄な熊そっくりである。

 さっそく駆けつけたヨルとクウが、そのお腹の上で飛び跳ねだす。

「おう、なんだなんだ! お前らも楽しみか!」

「ちゅうじょうー!」

「くー!」

 そんな一人と二匹のはしゃぎっぷりとは逆に、愛らしい少女のような顔をした年上の男性は、周囲に注意深く目を配りながら答えてくれた。

「……そうですね。あそこに何かいますね」

 指差された方角は、背後に当たる東の壁沿いであった。

 確かに黒い点々が、急斜面のあちこちで動いている。

「なんだろう。見に行きましょうか」

「はーい、行くよー、ヨルっち、クウっち!」

「がってんー!」

「くー!」

「おーい、オレを置いてくなよ!」

 五分ほど歩くと、壁の中ほどを歩き回る影の正体が見えてきた。

 スラリとした四本脚に、垂れ下がるほど白く長い体毛。

 細長い顔つきと、頭部の側面から飛び出す立派な弧を描く太い角。

「おお! あれたぶんまがりつのひつじですね」

 羊とついているが、どちらかと言えばに近い性質の持ち主である。

 斜面や岩場を好み縄張り意識も強いが、基本的には非戦闘的な魔物のはずだ。

 いろいろと役立つ面が多く、ドラクロⅡでは当たりと呼ばれるモンスターでもあった。

「ちょっと一匹仕留めてみましょう! ただ仲間意識が強いので、危険を感じたら群れになって襲ってきますので注意です」

 興奮気味の俺の言葉に壁を見上げていたエタンさんが、ぽつんと外れた場所にいた一匹を指差した。

「あれにしましょうか。合わせてください」

 その指示に弓を持つ若者二人と、ゴブリンらが息を揃えてづるを引き絞る。

「行きます」

 鋭くち出されたエタンさんの矢に続いて、五本の矢が次々と放たれる。

 しかし角度的に、当てるのはやや難しかったようだ。

 三本の矢は岩壁に跳ね返り、命中したのは二本だけであった。

 それでも驚かせるのは十分であったようだ。

 脚と腹を射抜かれた羊は、不安定な足場からあっさり滑り落ちる。

 斜面の途中で足を踏ん張り耐えてみせるが、そこへ容赦なく二の矢が襲いかかる。

 短い悲鳴を上げた羊は、さらにずり落ちかけるが、またも辛うじて踏みとどまった。

 ただし、そこはもう魔法の射程内である。

 待ち構えていたミアの指が──。

「あ、火は禁止で頼む。万が一、毛が燃えると回収できなくなるかもだし」

「えー! もう、そういうのは早く言ってよー!」

 文句を言いつつも〈ふうじん〉に切り替えてくれる少女。

 さらにもう一人の女性が、〈いしとげ〉という地面から突起を生やす魔術を放ってくれた。

 二人の連携が見事に決まり、曲角羊はすぐ近くまで滑り落ちてくる。

 あとは槍や剣やむちの出番だ。

「数が多いと、あっという間だな……」

 さっそく仕留めたばかりの羊から回収してみる。

 【道具】に現れたのは羊の毛と羊の肉という、今の状況ではおいしすぎる二品だった。

「うしし、これで肉不足も解消できるし、羊毛も用途が多いからな。みな、喜ぶぞ」

「ほほう。羊毛まで採れるのですか。それは素晴らしいですな」

「しかも、それだけじゃないんですよ。そうだな。死んだやつからだと採れないっぽいし、パウラ、ちょっと一匹、〈従属〉してみてくれるか?」

「はい。お任せください、あなた様」

「となると、あんまり傷つけずに、下に降ろしたいな。ヨル、クウ」

「およびー!」

「くー!」

 ごにょごにょと作戦を耳打ちすると、くすぐったいのか姉弟そろってクスクスと笑い出す。

 が、ちゃんと内容は伝わったようだ。

 がっしりと足の爪でヨルを掴んだクウが、一息に空へと舞い上がる。

 そして群れから離れた一匹の羊を見つけると、急降下で接近し──。

 唐突に姉を投げ捨てた。

 宙に放り出されたヨルは、勢いのまま曲角羊にぶつかり、そのモコモコとした羊毛にしがみつく。

「メェェェエエ!」

 足場の悪い斜面で、いきなり余計な重みがくっつけば無事では済まない。

 足を踏み外した羊は、あっさりと壁を滑り落ちる。

 ジタバタと足を動かしてなんとか地面に着地するが、そこを待ち受けていたパウラにあっさり〈従属〉させられてしまった。

 大人しくなったところで、近づいた俺が傍らにひざまずき優しく腹を撫でてやる。

「お、張ってるな。これならいけそうか」

 【道具】から取り出した蟹の大皿を腹の下に置いて、俺は羊の乳首を見様見真似でしごいてみた。

 何度か試すと、ピュッと白い筋が唐突に先端から噴き出す。

「わ、でたでた! お乳出たよ!」

「おみごとー!」

「くー!」

 乳搾り、成功である。

 ゲームでは羊のお乳は定番のアイテムだったのだが、死骸からは回収できなかったため、生きたままので試してみようという結論に至ったわけだ。

 指ですくってめてみたが、まろやかな甘みがあってものすごく美味しい。

 実際の山羊の乳は青くさく癖が強いらしいが、こちらは羊仕様なようで万人向けだろう。

 ヨルとクウがクンクンと匂いを嗅ぎながら近寄ってきたので、舐めさせてみる。

 たちどころに目の色が変わる二匹。

 もっと寄越せと、俺の腕にしがみついてきた。

「待て待て、焦るな。ほら、今出してやるから」

 ピュルッと搾り出すと、ヨルとクウは頭で押し合いながら取り合いを始めた。

「くく、大人気だな」

「えー、たのしそー! あたしもあたしもー!」

 ミアがやりたいと言いだしたので、乳搾りを代わってもらった。

 ヨルとクウは待ちきれなくなったのか、空いている乳首に食らいついてチュウチュウと直接飲みだしている。

 驚いた顔で曲角羊を眺めていた村長だが、深々と息を吐いて俺に話しかけてきた。

「……ここは本当に素晴らしい階ですな、ニーノ様」

「この羊だけで、大当たりの階層ですね。ただ……」

「うん、どうされましたか?」

「いえ、ちょっとあの池にいる魔物が気になってしまって」

「ふむ、羊肉の手土産は、もう少し欲しいところですな。ここは私どもに任せていただけないでしょうか?」

「いいのですか?」

「慣れていない者が大勢でついていっても、足を引っ張るだけですからな」

「ありがとうございます」

 村長の提案により、いつもの探索班以外はここに残って羊を狩ってくれることとなった。

 俺たちはエタンさんを先頭に、急いで北へと向かう。

 レベルアップの恩恵が大きいのか、数キロ先にあったはずの湖に二十分足らずでたどり着けた。

 息を潜め慎重に岸辺の草むらをかき分ける俺たち。

 その目に飛び込んできたのは──。

「……でかいな」

 素早く動きすぎて、目で捉えることが困難な大きな四枚のはね

 獲物を見逃さない大きな目玉に、ひと目で捕食者と分かる鋭いあご

 長く伸びた腹の部分は、研がれた刃物のように鋭く平たい。

 まあ実際、あの腹部は何でも切り裂けそうである。

 腹部が剣のように変化した昆虫の名は剣尾トンボ。

 大型種に入るほどの体長を誇り、同時に凄まじい機動力を併せ持つ凶悪な魔物だ。

「うわー、めっちゃやばそうじゃん!」

「けんのんー!」

「くー!」

 ちゃんと小声で交わすミアたちのやり取りに、エタンさんが心配げに参加してくる。

「……これはまた、ずいぶんとごわそうな相手ですね」

 この水源の周りは拠点におあつらえ向きであるが、あんな肉食の大型昆虫がいたら話にならない。

 だが心配するエタンさんへ、俺は唇の端を持ち上げながら言い切ってみせた。

「いや、ありがたいですね。めちゃくちゃ役に立ちますよ、あのトンボ」

 そう返しながら俺は、傍らのパウラに片目をつむってみせた。