「こりゃまた、えらく楽しそうな場所じゃねえか!」

「ほう! たった数日で、またずいぶんと変わったように思えますね」

 前日に引き続き、本日、広場で催されていたのは、ゴブリンたちによる演奏会だった。

 各々が座り込んで抱えているのは、革が張られた丸い木の板──盾である。

 それをリズムよく手でたたいては、互いに音を競い合っている。

 昨日、七階のスケルトンから入手した木の盾だが、表部分に張られた革がボロボロになっているだけで使えそうなものが数枚あった。

 そこで次の仕事として、ゴブリンどもに革の張り替えを頼んでおいたのだ。

 おそらく具合を確かめようとして、意外といい音が鳴ることに気づいたのだろうか。

「すげえな。魔物が盾を太鼓みたいに叩いてやがるぜ……」

「あっちはたるでしょうか……?」

 村長の声に目をやると、そこには空の酒樽になめした恐鳥の革をかぶせた代物があった。

 樽はオリーブの実を収穫して持ち運べる用に、昨日、赤羽根に渡しておいたものだ。

 革のほうは固定する方法がなかったのか、二匹のゴブリンが両脇に座ってピンと引っ張っている。

 そして中央のゴブリンは、一心不乱に両の手で革を叩いては空洞に響き渡る音を楽しんでいた。

 しばらくすると革の引っ張り役が交代し、違う一匹が得意げな顔で演奏を始める。

 先ほどとは違う素早い打音に、周りの盾太鼓たちも合わせてビートを刻みだした。

 と、思ったら今度はゆったりとしたリズムに転調し、それぞれが間を取り合って軽やかに音を響かせる。

 なんだかすっかり、それらしい感じである。

「すごーい! ノリノリじゃん」

「かの者たちに、このような才まであったとはまことに驚きですね」

「ゆかいー」

「くぅ、くぅ、くぅ!」

 陽気な妖精のヨーも、さっそく音にかれて踊りだす。

 宙を舞う二枚のはねからりんぷんがキラキラと降り注ぎ、セッションはさらに加熱していく。

 そこから二十分ほど演奏は続き、最後は鼓膜に残る力強い音で締めくられた。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ああ、くそ、ここは楽しすぎるぜ!」

「あっぱれー!」

「くー!」

 途中から元気よく飛び跳ねだしたヘイモとヨルとクウは、地面に転がってご満悦のようだ。

 手拍子で参加していた村長も、汗をぬぐいながら俺に興奮気味に話しかけてきた。

「いやはや、本当に素晴らしいですな」

「はい、ゴブリンたちの変わりぶりには驚きしかないですね」

 俺の言葉に村長は目をしばたたかせた後、相好を崩しながら言葉を続けた。

「いえ、素晴らしいと褒めたたえたのは、ニーノ様のことですよ」

「俺ですか?」

「あなたがここに来られて二週間。この魔物の集落もそうですが、村も驚くほど変化を遂げました。全てニーノ様がもたらしたものです。ええ、我々は心から感謝をしておりますよ」

 そのあたりの話は道中でも聞いていた。

 去年にいた麦たちは、この時期だと霜に負けないようしっかり踏んで根を張らせる必要がある。

 それなりに人手がいる作業のはずだが、地下迷宮に来る時間は大丈夫かと。

 しかし村人から戻ってきたのは、全くもって余裕でさぁとの返答だった。

 定期的に提供している肉類で食料事情が格段によくなり、レベルアップした村人以外も存分に働けているらしい。

 それともう一つ、余ったはくしょうせきを配ったのもよかったらしい。

 日が落ちるのが早い冬でも、明かりがあるせいで暗くなっても安心して長く働けるそうだ。

「そういった事情もありますが、何よりも変化があるということが楽しいのだと思います」

 もともとあの開拓村には、もう一つの狙いがあった。

 獣人種や樹人種らと取引するための場としての役割だ。

 そのためりゅう山脈やりゅうわん森林と接する場所に、わざわざ作られたと聞かされた。

 村人にヘイモのような獣人種が交じっているのは、そのためでもあったらしい。

 しかし実際に来てみると、土地は石が多すぎて畑にするには手間ばかり。

 交易も道が不便すぎて、頻繁に通うのは無理がある。

 領主であるグヴィナー子爵も興味をなくし、すっかり陸の孤島と化していたと。

 そんなへいそく感しか残っていない村に、突如やってきたのが錬成術士である俺だ。

 そして地下迷宮がいきなり見つかり、代わり映えのない日常は吹き飛んでしまったというわけである。

「だからこそ、私もぜひお役に立ちたいと。この老骨に、いくらでもむち打つ覚悟はできております」

「すみません、なんか誤解してましたね」

 てっきり孫にいいところを見せたいだけかと思っていたが、村長が熱心に同行を願っていたのは、そんな意気込みもあったとは……。

 謝罪の言葉を口にした俺に、村長は笑みを浮かべながらうなずいた。

 いい雰囲気ではあるが、忘れずに付け足しておく。

「でも、むやみに魔物に突っ込んでいくのはやめてくださいね」

 いつもの用事を済ませて、下の階へ出発しようとしたらヘイモが首を横に振った。

「こいつらの仕事ぶりは気に入ったんだが、肝心のところがなっちゃいねぇ。ほら、見てくれ」

 職人が持ち上げた木の盾だが、革自体は縁に沿ってきれいに円を描いて裁断されている。

 ただ固定されていないため、持ち上げるとずり落ちてしまう。

くぎとかびょうを知らねぇみていだから、ちょいと仕込んでみるぜ。道具のほうも一通り持ってきてるしな」

 どうやら裁縫、音楽に続き、新しい技術がゴブリンたちにもたらされるようだ。

 別れを惜しむヨルとクウを抱きかかえ、俺たちは六階への階段に向かった。

 道中のかにと亀をさっくり倒しながら、階段前のボス蟹には昨日と同じく総力戦で当たる。

 硬い脚を斬り飛ばしたりと、村長もかなりの活躍ぶりだった。

 ただ次の七階。

 うっかりしていたが、剣士だと魔力が半分以下になってしまうのだ。

 おかげで期待していた村長の〈照破〉がさほど使えず、ミアたちの負担軽減とまではいかなかった。

 そのうっぷんを晴らすためか、村長は塔ではなかなかの暴れようだった。

 スケルトンどもと数合打ち合ったりして、剣の腕も少し上達していたようだ。

 最上階で新しい呼び鈴は見つからなかったが、ボロボロの剣と盾は数を仕入れることができた。

「まあ三度目は上らないかもな。さてボススケルトンだが、今日はヨルとクウも参加していいぞ」

「いたみいるー」

「くー!」

 二匹抜きでも倒せる確証はもうできたので、リスクをそうそう取る必要もない。

「さっくり楽して、時間も節約したいしな」

「よかったですね、ヨル、クウ。存分に遊んでらっしゃいな」

 ヨルが〈ぎゅん〉でかき回した後に、クウが放った〈ぱたぱた〉&〈びりびり〉で周囲のシャドウごと、ボススケルトンはあっさりと砕け落ちた。

「うはー、ヨルっちとクウっちすごすぎない!?

「ああ、圧巻だな。ボスを瞬殺とか、さすがに規格外すぎるぞ……」

「あなた様、クウの様子が」

 勝利のダンスを踊る魔物っ子たちだが、見るとクウのほうがやや千鳥足になっている。

 急いでステータスを確認すると、魔力がごっそり減っていた。

「特技の二つ併用は、やっぱり厳しいか」

 魔力回復薬を飲ませると、クウはぽふぁと満足げに息を漏らしていた。

 いろいろと回収を終えた俺たちは、緑に覆われた次なる階へと向かった。

「まずは壁際から地図を埋めていくか。ヨーとゴブっちは斥候を頼む。ヨルとクウは少し前に出て、パウラと俺、ミアは真ん中で、村長はしんがりをお願いします」

「心得ました、あなた様」

「りょかー。怪しいの見つけたら、じゃんじゃん燃やすね!」

「待て待て。〈火弾〉は控えめで頼む」

「えー!」

 魔術が生み出す炎や風は、魔素を利用して引き起こされる。

 そのため術に込められた魔素を使い切ると、急速に減衰して消滅してしまう。

 なので延焼する心配は普段はあまりないのだが、この魔素があふれる迷宮内ではそうもいかない。

 この階のように下草が多い場所だと、燃え移ったら一気に大火になってしまう可能性もあり得る。

「こ、こわっ! それ、めっちゃこわいじゃん!」

「だから気をつけろ。クウも〈びりびり〉はなるべく使うなよ」

「くぅぅ」

「頼りになる火力が二つとも使いにくいし、ここは慎重にいくべきだな」

 鈴を鳴らして呼び出した骨子ちゃん一号と二号を、俺たちから少し離して配置する。

 何かに襲われた時の保険だ。

 天井まで届く木々のせいで、頭上は緑の天幕に覆われてしまっている。

 が、薄暗くはあるが、木漏れ日だけでも視界に大きな不自由はない。

 おそらく光源である天井の太陽岩が、かなり大きいのだろう。

 ただし太い柱のように立ち並ぶ巨木のせいで、見通しはすこぶる悪い。

 それでもうっすらと視認できる奥行きの深さや、二、三十メートルはありそうな天井の高さからして、この階も相当広いようだ。

 そして広い階だと、たいてい大型の──。

「キヒヒヒヒ!」

 壁沿いに東に向けて歩きだしてわずか五分。

 いきなり響いた妖精の笑い声に、俺たちは即座に警戒態勢に入った。

 素早く目を向けると、ゴブっちが困惑した顔で飛び回るヨーをなだめようとしている。

 魔物に襲われている気配もないので、俺たちは急いで駆け寄った。

「どうした?」

「ゲヘゲヘ……」

 ゴブっちにも分からないようだ。

 興奮した面持ちで宙を行ったり来たりするヨーの姿からは、危険な様子は感じ取れない。

 原因を探るべく見回していると、パウラがすいっと足元を指差した。

「あなた様、これはなんでしょうか?」

 土壁と下草の狭間はざまを埋めるように、白い突起がずらりと並んでいる。

「ああ、なるほど。キノコを見つけたのか」

「えっ、なになに? このちっちゃいのキノコなの?」

「そうなのですか。こんなキノコもあるのですね。ふふ、よく見つけましたね、ヨー」

「妖精はだいたいキノコ好きだからな」

 俺たちの会話が聞こえたのか、急降下してきたヨーはキノコの傘にぽすんと腰を下ろしてパタパタと翅を揺らしてみせた。

「くふふ。妖精が座ってると、しそうなキノコに見えてくるねー。センセ、これなんて名前のキノコ?」

「この小ささで白い傘ときたら、おそらくしびたけだろうな」

 一つ取って【道具】に収納し確認してみたが、正解であったようだ。

 別名、妖精たちの傘とも呼ばれ、地下迷宮では比較的よく採れるキノコである。

「えええっ? 食べるとヤバそう?」

「いや、ちょっと口がピリピリするけど、食用になるキノコだよ。かなり美味しい……はずだ」

 今まで結構扱ってきたが、一度も食べたことはなかったりする。

 一つだけヨーに手渡して、残りを全部に【道具】内に集めておく。

「次の休憩の時にでも、スープにしてみるか」

「やったー!」

「ありがたきー」

「くー!」

「それは楽しみですな」

 うれしそうに痺れ茸をかじるヨーを先頭に戻し、探索を再開する。

 ところどころで大きな倒木や小さな茂みをかいしながら進むこと四十分。

 ようやく東側の壁に到着する。

 この間に俺が手製の地図に記したのは、大量のキノコの生息場所のみであった。

 痺れ茸だけでなく、ゴツゴツと丸みを帯びたくろいわたけや、果物の匂いを放つあんずひらたけなどなど。

 どうやらこの階は、キノコ推しであるようだ。

「ここで行き止まりですね、あなた様」

「さて、どうするかな」

 引き返して、今度は西側の壁まで地図を埋めるべきか。

 それともこのまま東側の壁沿いに、奥へ足を延ばすべきか。

「できれば初見の魔物とは、逃げやすい階段の近くで遭遇したいしな。うーむ。どっちに……」

 そこまで言いかけて、俺の足元にしがみついていたヨルとクウのお腹がぐぅと大きな音を立てる。

「いや、まずは休憩か」

 どうやらキノコ料理が待ちきれなかったようだ。

 鉄鍋に迷宮水と、〈錬成・浄化〉した数種類のキノコ、適量の迷宮塩を投げ込み〈錬成・加熱〉。

 これだけで、うま溢れるキノコスープの出来上がりである。

 並んで口を開けるヨルとクウに、息を吹きかけて冷ましたスープを交互に飲ませてやる。

 一口ごとにとろけた顔になるのは、正直とても可愛かわいい。

「はい、あなた様もどうぞ」

 と思っていたら、パウラがふぅふぅと吐息で冷ましたさじを差し出してきた。

 照れるような年頃でもないので、ぱくりと一口で飲み干す。

 うん、塩とキノコだけでこんなにいのか。

 パウラと目を合わせて微笑ほほえみ合っていると、村長に小さなせきばらいをされた。

「お戯れのところ、申し訳ありませんが、一つ気になったことがございまして」

「どうしました?」

「幹のあの部分なのですが……」

 村長の視線をたどって近くの木に目を向けると、俺の身長よりも高い部分に水平に走る真新しい傷があった。

 樹皮がえぐれている範囲からして、この痕を残したのはかなりの巨体だろう。

 パウラへ視線を向けると、さりげなく頷かれた。

 どうやら、道中にもちょくちょくあったようだ。

「森林の階で、大型種。……これは、当たりか」

 安全策を取るつもりであったが、予定変更せざるを得ないな。

 俺の予想がもし正しければ、この木肌を傷つけたのは大事な薬品づくりに必須となる魔物である可能性が大きい。

「あの傷をつけた魔物を探しましょう。できれば正体を確認したい」

「分かりました」

「はい、あなた様」

 そんなわけで、次の進路は東の壁沿いを北へ向かうこととなった。

 立ち並ぶ木を確認しながら、魔物の痕跡を追う。

 そして十分足らずで、俺たちは目的の獲物に遭遇した。

「で、でっかー!」

「お、大きいですな」

「よし、やっぱりえだつの鹿しかか!」

 下草に首を伸ばし何か食していたのは、巨大な鹿の魔物だった。

 名が示す通り、その角は左右に枝分かれしながら大きく伸びており、俺が両手を広げたほどの長さを誇る。

 体高自体も、優に二メートルは超えているな。

 体当たりされたら、余裕でこっちが吹っ飛ぶだろう。

 というか、あの分厚いひづめに一蹴りされただけでも、俺の体なら簡単にひしゃげそうである。

「注意するのは、〈突き上げ〉っていう特技だが。地面スレスレからぐいっと来るはずだ。あんまり正面には立つなよ」

「しょうちー!」

「くう!」

「素早さはこっちが上のはずだ。できるだけかくらんしながら削っていこう。パウラとミアは、皆の補助をメインに」

「めいんですか。専念ということでしょうか。心得ました」

「えっと、火はなるべく使っちゃダメだったねー。うん、あわあわでいくよ!」

「村長はすきを見て攻撃を。ただし後ろからだと、後足で蹴られますから注意です」

「はい、お任せください」

 レベル的にはおそらく向こうが下ではあるが、大型種はステータスの数値が高めだからな。

 特に枝角鹿は、物理攻撃力と体力が抜きん出ているはずだ。

 一応、三人には防御強化薬を渡しておき、強化魔術も念入りにかける。

「じゃあ、行くか!」

 戦いのぶたを切ったのは、足元を駆け抜ける青いせんこうだった。

 青スライムのスーにまたがったヨルが、すれ違いざま両手の爪を鹿の足に激しく突き立てる。

 いきなりの攻撃に鼻息を派手に漏らした魔物は、前足を持ち上げて威嚇した。

 そして地面を二度ほど蹴ったかと思うと、不意に頭を低くして前に出る。

 角の強烈な〈突き上げ〉を受け止めたのは、大きな水の泡であった。

 間髪れずに急降下したクウが、恐鳥譲りの太い爪をき出しにする。

 背中を大きくえぐられた鹿は、怒りに任せて角を激しく振り回した。

 そこへスタタッと、連続でゴブっちの矢が突き刺さる。

 さらに右側からはスライムのラー、左側からは村長が一気に距離を詰め、〈体当たり〉と〈連撃〉を繰り出す。

「よし。いいぞ!」

 巨体を揺らした枝角鹿は、すぐさま蹴りを放とうとする。

 そこへ鮮やかにきまるパウラの〈魅惑〉。

 動きが止まったところへ、魔物っ子たちの爪が深々と突き刺さった。

 体力が多めとはいえ、間断ない攻撃の前にはそうそう長くはもたない。

 戦闘開始から五分ほどで全身が血まみれとなった枝角鹿は、静かに頭を地につける。

 そのまま地面に座り込み、動きを止めた。

「やったー! かったー!」

「かちどきー!」

「くー!」

 特に危うい場面もなく勝利を収めた面々を、俺は誇らしげに眺めた。

 うんうん、見事に連携が取れてきているな。

 回収しようと魔物に近寄った俺だが、ふと違和感を覚える。

 枝角鹿との戦いに集中しすぎて、何か見落としたものが──。

 そうか、魔力だ。

 そこでようやく俺は、骨子ちゃんたちが消えていることに気づいた。

「みな、集まってくれ!」

 俺が大きくつえを掲げたのを見たのか、即座にパウラが動いた。

 ミアの背中を押しながら、小走りで俺の元へ駆け寄ってくる。

 一歩遅れて、剣を手にした村長もそれに続く。

 青スライムの背中にまたがったヨルとクウやゴブっちも、素早く俺の足元に集まった。

 枝角鹿の死骸の陰に身を潜めた俺たちは、急いで状況を確認する。

「どうかされましたか?」

「なんかあったの?」

「骨子ちゃんたちが消えた。……ヨーは?」

「むむ、見当たりませんな」

 枝角鹿との戦闘中は、周囲の警戒に当たっていたはずである。

「まずいな。嫌な予感しかないぞ」

「ヒヒッ」

 周囲を見回していたゴブっちが、木の陰を指差して知らせてくる。

 そっと顔だけ出してのぞいてみると、草むらに身を潜める黒い塊が見えた。

「あれは……、もしかしておおかみですか?」

「う、たぶん黒毛狼だ。面倒なやつがきたな」

「あなた様、あちらにも」

「うわわっ、あっちこっちにいるよ!」

 ミアの指摘通り、気がつくと数匹の獣がそこかしこから俺たちをうかがっていた。

 黒毛狼は単体でもなかなか強い魔物だが、厄介なのは集団戦を得意とする点である。

 ゲームでは機動力の高さを生かして味方一体を取り囲み、連続で集中攻撃してくるうっとうしいモンスターだった。

 ここから見る限り、普通の犬より一回り大きい。足も太く、体つきはガッシリとしている。

「確か特技は〈みつき〉だったな」

 がいこつけんと同じ技だが、筋肉がついている分、威力は上がっているだろう。

 それと名前の由来となっている黒い体毛。あれも面倒な特性があるはずだ。

「これほどの数が、いつの間に……」

「俺たちが枝角鹿と戦っているのを嗅ぎつけたんでしょうね。そしてあわよくばと」

「なるほど、こうかつですな。どうされますか? ニーノ様」

「囲まれたら、完全に不利です。壁際へいったん引きましょう。あそこなら背後から襲われる心配もないですし」

 一匹一匹なら、そう苦戦する相手ではない。

 しかし周囲から次々と絶え間なく挑まれれば、先に力尽きるのは間違いなくこっちだ。

 俺たちもボスモンスター戦で散々やってきたことだが、数の暴力というのは本当に侮れない。

 威嚇の低いうなり声を隠さなくなった狼どもを前に、俺たちは場所を変えることを決めた。

 村長を先頭に、東へ向けて走り出す。

 が、わずか数十歩でその足は止まってしまった。

「ぐっ、こいつら!」

 牙を剥き出しにした数頭が、行く手を阻むように集まってきたのだ。

 倒せなくもないが、この場にとどまるとすぐさま囲まれてしまうだろう。

「迂回しましょう。あの木のところへ」

 ゴブっちに矢でけんせいしてもらいながら、右手の大きな木へと進路を変える俺たち。

 が、近づく前にその木陰から、またも数頭の狼が姿を現す。

「だめか。じゃあ、あっちだ!」

 急いで向きを変える俺たち。足を止めれば、それだけどんどん不利になっていくだけだ。

 が、再度向かった先にも、狼たちが立ちはだかる。

「だったら、木を壁にするか。あそこへ」

 しかし、そこもすでに狼たちが先回りしていた。

 もう一本の木も、全く同じ結果となる。

 逃げ道をことごとくふさがれた俺たちは、結局、枝角鹿の死骸のそばに戻るしかなかった。

「はぁはぁ、完全に動きが読まれているな。いったい、どうなってんだ……?」

 いくら足が速い狼でも、この先回りぶりは異常である。

 俺の疑問に、パウラと村長が素早く目を合わせた。

「あなた様、実は先ほどから気になる音が……」

「私もです。動こうとするたびに、どこからか声が聞こえてきますね」

 言われてみれば確かに、耳慣れない鳴き声がしていた気もする。

「うわわわわ! 集まってきたよ!」

 ミアの言葉通り、視線を向けると十数頭の狼がジリジリと距離を詰めてきていた。

 悠長に考える時間も残されていないようだ。

「……以前の俺なら、こんな時めちゃくちゃ焦ってただろうな」

 ゴブリンの集落で数日前に出くわしたユニークモンスターとの死闘を思い返しながら、俺は落ち着いて現在使える手札を確認していく。

「囲まれても相手は狼だ。いざとなればあの特技で囲みは破れるが……。問題は絶えず先回りされる点だな。まずはそっちを確かめておくか」

 冥土の呼び鈴を取り出して、骨子ちゃんを二体素早く呼び出す。

「じゃあまず一号ちゃんは、あそこへ全力だ」

 枝角鹿の死骸の陰から飛び出した骸骨は、俺が指差した木に向かって一生懸命に走り出す。

 たちまちどうもうな唸り声を放った狼どもが、次々と動き出し一号を取り囲んだ。

「よし、今だ! 二号ちゃん」

 一号が向かった先とは逆方向の木へ、今度は二号を送り出す。

 とたんに頭上から鋭い鳴き声が響き、一号に向かっていた狼の一部がくるりと反転する。

 そしてまたたく間に距離を詰め、二号の行く手を阻んでみせた。

「センセ、今のって!?

「敵は狼だけじゃないってことだな。どうだった? パウラ」

「申し訳ありません。だいたいの場所しか……」

 太い枝が張り巡らされた天井付近は見通しが悪すぎて、感の鋭いパウラでも潜んでいる位置の特定までは無理だったようだ。

「厄介な見張りのせいで囲いを突破するのが無理そうだな。ふむ。それなら逆に分散させるか。村長、ヨルとクウを抱っこしてもらえますか」

「あ、はい。こうですかな?」

「えっと、小脇に抱える感じでお願いします」

 空中に持ち上げられ楽しげな声を上げる魔物っ子たちを横目に、俺は急いで新たなメイド部隊を召喚する。

「一号ちゃんはあっちで、二号ちゃんはそっちへ走ってくれ」

 先ほどと同じく、骸骨を左右にバラけさせておとりにする。むろん結果も先ほどと同じく、またたく間に狼どもに囲まれてしまったが。ま、違うのはここからだ。

 い具合に中央が空いたのを見届けた俺は、奥の手である強化魔術を発動させた。

「さ、とっておきを使うぞ。──〈分身〉!」

 地面にヨルとクウそっくりの幻が現れた瞬間、俺は本人たちへ間髪容れず号令を下した。

「走れ、ヨル! 飛べ、クウ!」

「がってん!」

「くぅうう!」

 宙に浮いたまま手足をジタバタさせる二匹。当然、そのままでは前に進むことはかなわない。

 が、本物そっくりである分身の方は──。

「えっ! ええええぇぇー!」

「まあ! 驚きましたね」

「こ、これはいったい、何が……」

 一目散に大地を駆け抜けるヨルとクウの映像に、皆が驚きの声を上げる。

 本人と分身の動きがリンクしてるのを逆手に取ってみたのだが、上手くいったようだ。

 そして驚いたやつは他にもいたようだ。

 慌ただしい鳴き声が頭上に鳴り響き、数匹の狼どもが向きを変え分身たちを追いかけだす。

「よし、かかったな! これで五分は帰ってこないぞ。じゃあ次は、ちょっと我慢してくれよ」

 村長に近づきながら俺が【道具】から取り出したのは、数本の白い小さなキノコだった。

 元気よく手足を動かしていたヨルとクウだが、痺れ茸に気づき反射的によだれを流す。

 その口元にキノコを持っていきながら、俺は謝罪の言葉を口にした。

「すまんな。少しの間だけ我慢してくれ」

「ごにょー!」

「ぐにゅ!」

 魔物っ子の鼻の穴に痺れ茸を突っ込んだ俺は、続いて取り出しためいきゅう大蒜にんにくをゴブっちに投げ渡す。

「よし、かましてやれ!」

 ガブリと豪快ににんにくを噛みちぎってみ込んだゴブリンは、すっかりみとなった邪悪な笑みを浮かべた。

 そして背を反りながら大きく息を吸い込んで、一気に吐き出す。

 ──〈くさい息〉!

 ゴブリンのこうこうから放たれたすさまじい悪臭が、まだ半数近く残っていた狼どもに襲いかかる。

 たちまち獣の群れは激臭に顔をゆがめ、必死に鼻先を地面にこすりつけだした。

「なまじ鼻が利く分、効果は抜群だな! よし、村長、ヨルとクウを!」

「了解しました」

 村長の腕のくびきから放たれたヨルとクウは、まともに動けない狼の集団に飛び込む。

「クウ、〈ぱたぱた〉です!」

「ぐー!」

 一気に空へ舞い上がったとりっ子は、羽ばたきとともに大量のとがった羽根を降らせた。

 これでたいがいは決着がついてきたのだが、今回の相手はそう甘くはない。

「く、やっぱりか」

 狼の体を包む黒い毛皮だが、柔軟性が高い上に非常に滑りやすいのだ。

 半分ほどしか刺さらず、残りは体表を滑り落ちてしまう。

 が、それでも少なからずダメージはあったようだ。

 血を滴らせるモンスターたちの有り様に、パウラが続けて指示を飛ばした。

「畳みかけます! ヨル、〈ぎゅん〉!」

「がっでん!」

 小さな姿がかき消えたかと思うと、いきなりヨルが狼の群れの中に姿を現す。

 パチパチと紫の雷を足元にまとわりつかせたけものっ子は、鋭い爪を狼どもに叩きつける。

 苦痛のえ声と血しぶきが、みるみる上がった。

 ゴブっちの第二の特技〈くさい息〉。

 これを大の苦手としていた二匹が平常通り動けるのは、その鼻から覗く痺れ茸のおかげである。

 あのキノコには、実は感覚器官を短時間だけさせる効能があるのだ。

 そのため工房ではもっぱら、麻痺薬の原料として扱われていた。

 俺が触ったことはあっても食べたことがないと言っていたのは、それが理由だったりする。

「うわわわ、いっぱいくるよ!」

 囮であった骨子ちゃんらを仕留めたのか、今度は左右から狼の群れが押し寄せてくる。

「ここはお任せください!」

 そう言いながら飛び込んだ村長が、鮮やかに黒い刃をよこぎに振り抜いた。

 まともに食らった数匹の狼が、ギャンと鳴き声を残し宙を舞う。

「ゲシシシシ!」

 そして反対側では再び肺いっぱいにめ込まれた〈くさい息〉を、ゴブっちが盛大に吹きつけた。

 こちらも悪臭を吸い込んでしまった狼どもが、苦しげな悲鳴を放つ。

 さらに難を逃れた数匹にも、パウラの鞭やミアの〈ふうじん〉、青スライムの〈体当たり〉が容赦なく見舞われた。

「いいぞ、この調子なら──」

「あなた様!」

 状況は一気に優勢になったかと思われたが、調子づくのはまだ早かったようだ。

 パウラの指差した先にいたのは、新たな狼どもの群れであった。

 おそらく頭上に隠れているやつの手引きだろう。

「くそ、きりがないな。元を断たないとジリ貧になるぞ」

 俺がつぶやいたその時、不意にこずえの合間からけたたましい鳴き声が響いた。

 同時に黒い影が、めちゃくちゃな軌道で飛び回りだす。

「あれは!?

 次の瞬間、ゴブっちの弓の弦が鳴り響き、撃ち落とされた影が真っ逆さまに落ちてきた。

 地面に転がったのは、全身の羽根を黒く染めた鳥であった。

 そしてその足の爪には、ぐったりとした妖精のヨーが握られている。

「やっぱり、合図を出していたのはこいつだったか」

 森カラス。

 ドラクロⅡでは、黒毛狼といっしょによく登場するモンスターだった。

 ただし狼を誘導するとか、そんなややこしい行動パターンは一切なかったけどな。

 分かってはいたが、全てが全てゲームと同じというわけではなく、よりごわくなることもあり得るということか。

「春告げ鳥ならぬ、告げ口鳥かよ……」。

 深々と息を吐いた俺は、血まみれとなった妖精をそっと抱き上げた。

 おそらく偵察していた段階でつかまったのだろう。

 だが俺たちの危機を感じ取って、力を振り絞り〈妖精のせっぷん〉を放ってくれたのか。

 空からの目を失った狼どもは、もはや俺たちの敵ではなかった。