「ふう、結局ボスにたどり着くまで、三時間ほどかかったか」

 塔を下りた時点で午後二時過ぎだったので、ついでにこの階の地図も埋めておくことにした。

 一時間ほど歩き回り、見落としがないか確認する。

 大体の構造だが北と南は曲がり角の多い通路しかなく、出てくる魔物はシャドウのみであった。

 逆に中央の塔はスケルトンのみという、アンデッド縛りではあるが偏った配置である。

「塔以外に、特に目を引くような場所はありませんでしたね」

「ああ、採取できる素材もなかったし、呼び鈴を拾ってなきゃ、完全にハズレ階だったな」

「うわー、なんかでっかいのいるよ、センセ」

「ボスはスケルトンか。あとは取り巻きのシャドウと」

 階段前の広めの部屋にいたのは、四本の腕を持つやや大柄なスケルトンであった。

 それぞれの手に剣と盾、鎚矛メイス短剣ダガーを持っており、意外と強そうである。

 ボスの周囲を歩き回る影は四体。

 素早くシャドウを倒せる手段がないと、物理攻撃主体のボスと、弱体攻撃主体の取り巻きの組み合わせはなかなかに脅威だ。

「でも、クウ一匹で十分だな」

「くー!」

 褒められたと理解したのか、パタパタと飛び上がったクウが俺の肩に乗っかってきた。

 そのままふわふわの羽毛を、俺のほおに熱心にこすりつけてくる。

 それを見たヨルも駆け寄ってきたかと思うと、ガジガジと俺の体をよじ登って同じく反対側の肩まで上がってくる。左右から柔らかい感触を押しつけられるのは心地いいが、ちょっと甘えすぎな気がしないでもない。

「うん? どうしたんだ。お腹いたのか?」

「ふふ、それはあなた様に新しい下僕ができたので、きっと寂しいのですよ」

「ああ、それでか」

 二匹を引きがして両手で抱えた俺は、懸命に重みに耐えながら言い聞かせる。

「あのな、お前たちがいないと、探索自体がもう成り立たないんだよ。それくらい役に立ってるし、それを除いてもヨルとクウは俺にとってすごく大事な存在だよ」

「あるじどのー!」

「くぅうううう!」

 喜びに目を輝かせて抱きついてくる二匹にうなずきながら、腕に限界がきたので地面へ下ろす。

 そして優しい声で言い聞かせた。

「だけど今回はちょっとお休みしといてくれ。他のみんなも鍛えたいからな」

 チームには切り札エースが不可欠だが、そればっかりに頼っていると危ういのも事実だ。

 ドラクロⅡでも、一軍連中が参加できないイベントとか平気であったしな。

 それとちょっとがいこつたちの実力も計っておきたいし、さらに招雷のつえが節約できたらありがたい。

 一応、ボスではあるがスケルトンは弱い部類だし、確認にはもってこいの相手だ。

「ごしょうー」

「くーくー」

 石畳に転がって駄々をこねる二匹のお腹をでてあやしながら、作戦をざっくり説明する。

「今回の壁役は青スライムたちに行ってもらう。ただしあの鋭そうな短剣ダガーは危険なので、パウラが担当してくれ」

「お任せくださいませ、あなた様」

「剣のほうはボロボロで、ほぼ鉄の棒状態だからそう気にしないでいいか。一応、ヨーとゴブっちは、パウラたちのフォローに回ってくれ」

「グヒヒッ」

キキキキ

「あたしはあたしはー? センセ!」

「ミアは今回の作戦のかなめだからな。まずあの取り巻きの影四匹を頼む。それが終わったら──」

「えええっ! あたし一人?」

「いや、安心しろ。ちゃんと助っ人はいるぞ」

 焦る金髪の少女にニヤリと笑った俺は、集めておいた骨を床にばらまいて鈴を鳴らす。

「頼んだぞ、骨子ちゃん一号、二号!」

 可愛かわいいメイド骨部隊の初戦闘である。

 といっても、物理攻撃しかないので、シャドウ相手ではただのおとり役でしかないが。

 あと番号をつけてはいるが、見分けはついていない。

 左右からそれぞれ回り込んだ骨子ちゃんらに反応して、シャドウが二体ずつバラけて迎え撃つ。

 そしてボススケルトンが動き出す直前、青いせんこうが床を駆け抜けた。

「速い!」

 体を弾ませる〈体当たり〉を使った高速移動で、青スライムたちはボスの足元に一瞬で入り込む。

 すかさず盾と短剣ダガーを突き出すスケルトン。

 さすがに骨だけのせいか、速さに関しては向こうが一枚うわのようだ。

「お、ボスも素早いな!」

 鋭い突きを見舞われるスー。

 しかし、そこへ空気を断つむちの音が響く。

 短剣ダガーを握る手首はパウラにしたたかに打ち据えられ、あらぬ方向へと転じる。

 盾のほうはラーをはじくことに成功はしたものの、そこへ待ち構えていたゴブっちが間髪れず矢を射かけた。

 今度は振り回された剣が、器用に飛んできた矢を打ち払う。

「ほう、四本の腕はじゃないか」

 ただ予想通り、剣や鎚矛メイスじゃ青スライムの表皮は貫けないようだ。

 跳ね回りながら、攻撃を受け流す壁役のスライム二匹。

 ゴブっちの正確な射撃とパウラの完璧な鞭さばきも、見事に連携が取れている。

「よし、ボス攻略は順調っと」

 そしてシャドウのほうも同じく順調だった。

 わちゃわちゃと黒い影にまとわりつかれる骨子ちゃんたちだが、全くもって無傷である。

 そこへミアの〈火弾〉や〈ふうじん〉が飛び交い、またたく間に魔物の闇の体は消え去っていく。

 開幕一分足らずで、取り巻きの掃除は完了した。

「いいぞ! 次はボスだ。骨子ちゃん」

 びた剣を持ち上げ、大きなスケルトンへ挑むメイド骨部隊たち。

 が、頑張ってペチペチ殴ってはいるが、ダメージらしきものは入っていないようだ。

 そして雑によこぎされた剣の一撃で、バラバラに砕けて仲良く吹き飛ぶ。

「なむなむー!」

「くーー!」

「一号ぉおお! 二号ぉおお!」

 見分けはついていないが、とりあえずヨルとクウと一緒に叫んでおく。

 ついでに呼び鈴を鳴らして、すぐにその場で再生させる。

「ボスの手数を減らすのが元からの役目だし、頑張ってくれ」

 皆の総攻撃にいらったのか、巨大なスケルトンは不意に武器を持つ三本の腕を大きく掲げた。

「ヨー、〈目くらまし〉です!」

 待ち構えていたパウラの指示に、妖精がピカッと光を放つ。

 特技の〈めった斬り〉を放つつもりであったボスだが、ひるんでその動きが止まってしまう。

 一呼吸も空けずに、攻撃に転じる青スライムたち。あとは、もうこの繰り返しだ。

「うん、今回も勝ちパターンに無事入れたな」

 両足の骨をみるみる痛めつけられた四本腕の骸骨は、苦し紛れに第二の特技〈闇のやいば〉を繰り出す。斬りつけた相手から、体力を吸い取る厄介な技だ。

 しかし逆に言うと、この特技の発動は体力が残り少ないあかしでもある。

「よし、一気に仕留めるぞ。ミア!」

「うっふふー! じゃんじゃん燃やすよー!」

 またも〈目くらまし〉で動きが止められたボスに、連続で燃え盛る火の玉が撃ち込まれた。

 全身を燃え上がらせた大柄なスケルトンは、その場で崩れ落ちバラバラに砕けていく。

 そしてゆっくりと鉄格子が持ち上がった。

「やったー! みんなすごい!」

「ミアもご苦労さまでしたね」

「キシシシ!」

「ゲヘゲヘゲヘ!」

 燃え尽きたボススケルトンの体からは、黒魔石の塊が回収できた。木の盾は焼け焦げて使い物にならなかったが、あとの三つの武器もちゃんと【道具】に仕舞っておく。

「格上の魔物でも、ヨルとクウ抜きで十分に通用するな」

「今回は相性がよかったのかもしれませんね」

「ああ、それに尽きるな。うーん。メイド骨部隊は、攻撃力に関しては期待できそうにないか」

 まあ、囮や陽動も重要な役目だし、それ以外でも活躍の場は多そうだけどな。

「よし、もう何もないし下の階へ進むか。骨子ちゃん頼む」

 最後にいつの間にか地面にうつ伏せになって寝ていたヨルとクウを骨子ちゃんらに抱っこさせて、俺たちは次の階へと進んだ。

 ──八階は深い森であった。

 樹齢三桁はありそうな大きくて太い木が、まるで柱のように立ち並んでいる。

 伸びた幹ははるか高みまで達し、緑の回廊を形作っていた。

 おかげで天井が見えず、木漏れ日はあるものの全体的に薄暗い感じだ。

 下生えの草もそこそこ生えており、見通しもあまりよくない。

「こ、これは……。うん、い、いろいろと期待できそうだな」

「ほぇー、なになに! すっごい! 森だよ、森!」

「本当にここはなんでもあるのですね……」

 眼前に広がる光景に圧倒された俺たちは、無理せず引き上げることにした。

 帰りの道中はトラブルもなく、あっさりと地上へたどり着く。

「さて、本日の収穫はっと」

 一階から四階ははくしょうせきや銅鉱石、お肉にこけとおみの素材ばかりなので割愛。

 地下五階も特に魔物は倒していないが、ゴブリンたちからの貢物として、野うさぎのかわよろいと恐鳥の革鎧の上下セットに恐鳥用のくらと。素材は野うさぎの角に絹糸、非数油は四たるもある。

 地下六階は、海亀と大かにの甲羅に肉もたっぷりで、迷宮塩は八袋も錬成済みだ。

 地下七階は、スケルトンどもが落としたなまくらな鉄剣にボロボロの木の盾が多数。

 さらにボスが落とした錆びた大剣と鎚矛メイス短剣ダガーもあるな。

 あとは錬成に必須となる各種魔石が二、三十個ずつに魔石塊も数個と。

「でも一番の収穫は、希少度レアリティが星四個の冥土の呼び鈴かな」

 元ゲームでは見覚えのないアイテムだけに、これは慎重に扱いたいところだ。

 それと素材の一部はゴブリンたちに提供しておいたので、どのように加工されるか楽しみである。

「続いてレベルだな」

 今日は戦闘回数も多かったせいもあって順調に上がっている。

 クウとヨルはレベル23のままだが、パウラ、ミアがレベル22に。

 青スライムのスーとラー、妖精のヨーとゴブっちはそれぞれレベル21になった。

 そして俺の強化術士もとうとうレベル20となり、ステータスに新たな文字が登場した。

「おお、〈分身〉か。これは助かるな」

「申し訳ありません。わたくし寡聞にして存じませんが、どのようなものなのでしょうか?」

「口で説明するより、見たほうが早いな」

「えっ!」

えええええええっ! センセが二人になったよ!」

 突然現れたもう一人の俺に、パウラとミアは目を丸くして手を取り合う。

「ほー、リアルになるとこんな感じになるのか」

 ゲームだと単に回避率を上げるだけの魔法だったが、この世界だと本物そっくりの映像が出てくるようだ。しかも鏡写しのように、俺が手を上げると分身も手を動かす仕様付きである。

「効果も確認しておくか。パウラ、そっちの分身に鞭を当ててみてくれないか」

「えっ!」

 俺の提案に、パウラは再び大きく瞳を見開いて背をのけぞらせた。

 それからおずおずと鞭を手にして、分身と俺の顔を交互に見比べる。

「攻撃されるとどうなるか見てみたいんだ。ズバッとやってくれ」

「で、ですが……」

 しばししゅんじゅんしていたパウラだが、意を決したように鞭を振りかざす。

 が、その姿勢のまま、小刻みに手を震わせるだけで全く動こうとしない。

 そして唐突に、がっくりと地面にひざまずいてしまった。

「お、お許しください、あなた様。わたくしには……、わたくしには無理です。あなた様を鞭打つなど」

「パウさまー!」

「ギヒヒッヒ!」

「クシシシ」

 なぜかミアだけなく、ヨーやゴブっちまでもが駆け寄っていっせいに慰めだす。

ひどいよ! センセ」

「えー。俺が悪いのか?」

 仕方がないので招雷の杖で分身の顔や腹を殴ってみたが、空を切る感触のみで映像にも変化はない。そして五分ほどすると、かき消すように消えてしまった。

「ほう。けっこう長くもったな。うん、これはいろいろ使えるぞ」

 ただ効果が強力なだけあって、魔力もごっそりと減っていた。

 ひょいひょい使うわけにはいかないようだ。

 新しい強化魔術の習得と八階まで一気にいけた達成感で意気揚々と村へ戻ってみると、酒場の前に誰か倒れている。

 慌てて駆け寄ると、可愛い熊耳とモジャモジャのあごひげを生やした獣人種の男性ヘイモであった。

 いびきを上げて眠りこける様から、もう酔っ払っているようだ。

 かいして酒場に入り、カウンターの女将おかみさんに声をかける。

「ただいま、戻りました。何かお変わりありませんでしたか?」

「ああ、もう一日中大変だったよ」

「何かあったんですか!?

 驚いた俺の問いかけに、女将さんはわざとらしくため息をついて入り口へ顎をしゃくった。

「すっかり忘れちまってるんだね。ほら、そこで寝てただろ」

「はい?」

 言われた瞬間、まざまざと記憶がよみがえる。

 …………そうだった。鍛冶職人ヘイモと約束してたんだった。

 白照石の台座を作り終えたら、地下迷宮へ連れていってやると。

「置いていかれたって知って、今日一日あそこでジタバタ暴れてたんだよ。ちゃんと謝っときな」