「レベル1からの育成も、何回もやってりゃ慣れてくるもんだな」

 隠しダンジョンであるりゅうぎょくの神殿は、階層によって出現するモンスターのレベルが決まっている。

「らくらくー!」

「くー!」

 なので、すでにレベル20を超えたヨルとクウにとって、浅い層のモンスターの攻撃などまんまるのお腹でぽこんと跳ね返してしまえる程度である。

「むねーん!」

「くくー!」

 まあ、体重差はどうしようもないので、たまにコロコロと転がされることもあるが。

「ミア、〈消化液〉が来ますよ! コウモリはわたくしが」

「まっかせてー、パウさま」

 でっかい水の泡が大ミミズの放った体液を防ぎ、パウラのしっぽに〈魅惑〉されたコウモリが方向を見失ったように飛び回る。

「グギギギギ!」

「ケヘヘヘヘヘ!」

 妖精のヨーとゴブリンのゴブっちも、魔物を誘導してくるおとりの分担がしっかりできており、すっかり息の合ったコンビである。

 そんなわけで、さくさくと村人四名をレベル15に仕上げつつ何事もなく五階へ到着できた。

「それじゃあ、ミーくん、ミズさん、頼んだよ」

 すっかり畑の番人と化した大ミミズ二匹に四人を任せ、俺たちはみの集落へと向かった。

 階段前に待たせていたとつげきどりに乗り、途中、何度も落ちそうになりつつも、寄り道はせず二十分ほどで到着。ここまでで合計二時間弱と、すっかり行程に慣れつつあるな。

「お、今日は何して遊んでるの? めっちゃ面白そうじゃん」

「これはまた、たいへん楽しそうですね」

 女性二人が声を上げるのも納得である。

 ゴブリンの集落の広場では、本日はファッションショーが開催されていた。

 恐鳥の革を使った上着に、角うさぎの革製の腰巻き。

 コウモリの羽の帽子やスカーフに赤い羽根をきれいに飾り立てるなど、各々が思うがままに気に入った格好をしている。

 それを審査員らしいゴブリンたちに見てもらって、拍手の数でしを決めているようだ。

 ほぼ同じ素材を使っているのだが、よく見ると細かいセンスの違いが出ており意外な驚きがある。

 実はこのところ、村の裁縫上手な女性陣が、このゴブリンの集落に技術指導に来てくれていたのだ。その流れでのお披露目なのだろう。

「えっ、あたしらも?」

「あら、いいのですか? ありがとうございます」

 さっそくミアとパウラも取り囲まれて、革製の服に着せ替えさせられていた。

 金髪の少女は、ふわりと毛を残した柔らかそうなうさぎ革の上下に、大コウモリの羽ケープにコウモリの羽帽子。

 褐色肌の美女は、ぴったりとした恐鳥の革の上下で、二人のよさが引き立つチョイスである。

 細部はまだ少し粗いが、思っていた以上によくできた仕上がりだな。

 野暮ったいローブ姿や村娘丸出しの時とは、別人のように似合っており可愛かわいらしい。

 と感心していたら、俺もいつのまにかゴブリンたちに囲まれてしまっていた。

「え、まさか……、俺の分も?」

 ワクワクしながら脱がせやすいよう体の力を抜いていたら、静かに首を横に振られた。

 違うらしい。

 ゴブリンたちに引っ張られて連れていかれたのは、作業机の前であった。

 そこには見慣れたゴブリンお手製の弓が、見本のように置かれている。

 が、その手前にそっくりだが長さが一回り違うシルエットを見つけ、俺は思わず息をんだ。

「まさか、もう完成したのか!? 本当にすごいな!」

 ゴブリンたちが使う弓は、彼らの身長に合わせ全長が五十センチほどである。

 扱いやすく持ち運びも楽ではあるが、その分、飛距離や威力に関しては見劣りしてしまう。

 その点を踏まえて、我々人間用に大きめの弓を作ってくれと依頼しておいたのだが……。

「うん。これはかなりの戦力アップになるな。あとは弓の教師がいれば──」

 それに関しても、が立ってないわけでもない。

 ホクホクしながら広場へ戻ると、今度は赤羽根を頭につけたゴブリンに袖を引っ張られた。

 小屋の一つに入ると、すいこう(オリーブ)の実が床に山積みになっている。

 巡回偵察の部隊に集めてもらっているやつだ。

 この階は広すぎて、オリーブの木を一つ一つ回るのに時間がかかりすぎるのだ。

 幸いにも人手ならぬゴブリン手は余っているので、お願いしておいたという次第である。

「キヒヒヒッヒ!」

「はい、ご苦労さん」

 しかも集めているのは、オリーブの実だけではない。

 角うさぎの死骸も高々と積まれている。

 【道具】のコマンドを使い、一瞬で特殊空間にそれらを仕舞い込んだ俺は、代わりにうさぎの肉と塩、それとなめしたうさぎの革を取り出す。

「ああ、それとこれも使ってくれ」

 続いて小さめの空きだるを床に並べる。実の保管用に酒場からもらってきたものだ。

 新たに山と積まれた品々に、赤羽根は唇の端を大きく持ち上げた。

「よし、またお土産も持ってくるから、楽しみにしておけよ」

「ゲヘヘヘッヘ!」

 肉と革の加工はゴブリンどもに任せ、俺たちは先へ進むことにした。

 ゴブリンキングの部屋をのぞくと、見当たらないと思ったヨルとクウが仲良く戯れている。

 どうやら妖精銀の冠をかぶったり脱いだりして、キングと鬼ごっことだるまさんが転んだを合わせたような遊びをしていたようだ。

 楽しそうに遊ぶ三匹に免じて、キングは倒さずに鉄格子の先へと進む。

「相変わらず不気味だな、この階は」

「どちらから参りますか? あなた様」

「そうだな。東側の確認も終わったし、今日は西に行ってみるか」

 大きな地底塩湖が目立つ六階だが、壁に沿って東西に道が続いていた。

 東側は緩やかに曲がりながら北へ向きを変えて、三十分ほどでいきなり途切れる。

 突き当たりには大亀と大かにがセットで出たくらいで、特別に何か目を引くものはなかった。

 そして逆の西側。

 こっちも少しずつ北へカーブを描き、同じく三十分ほどで道は水で阻まれて終わる。

 ただしそこには鉄格子付きの階段と、さらに大きな蟹が待ち構えていた。

「歩ける部分の地図を埋めてみたけど、基本的に一本道か……」

 ほとんどが湖で占められているっぽいので、仕方がないと言えば仕方がないが。

「それに肝心の湖の奥には、まだ行けてないしな」

「ふふ、それは楽しみですね、あなた様」

「いや、全然楽しくないだろ……」

 真っ暗で底の見えない水の上を移動するとか、ゲームでも怖すぎて無理な話だぞ。

 【地図】にまだ表示されてない面積から予想して、おそらく湖の全長は数キロ以上あるだろうし。

「地続きの場所に階段があってくれて、本当に助かったよ」

 階段前はボス蟹のみで取り巻きの雑魚はおらず、地面もやや広くなっているため安心して戦えそうであった。

 現在のメンバーは、前衛兼盾役のヨルと、前衛兼止め役のクウ。

 飛び回ってかくらんする妖精のヨーと、弓で援護するゴブっち。

 足元で地味にダメージを与え続ける青スライム二匹。

 あとは後衛のミアと、中衛かつ司令塔のパウラ。

 そしてそれを補助する強化術士の俺と。

 突撃鳥は新しい場所に連れていくのは不向きなので、芋っちと一緒に集落に残ってもらった。

「よーし、さっくり倒すか」

 〈倍撃〉と〈堅守〉を全員にかけ終えてから、ヨルとクウが飛び込んで、ボス蟹の注意を引きつける。

 馬鹿でかい蟹はのっそりと反応しながら、俺の胴体を真っ二つにできそうなほどの巨大なはさみを振り回した。おそらくボスなので、レベルは加算されて21以上はあるだろう。

 だがヨルとクウのほうが格段に速い。

 大ぶりの二本の鋏は、何度も宙をむなしく断ち切るのみだ。

 そこへこっそり近寄った青スライムたちが、ボスの足へべしべしとぶつかっていく。

 すでにレベル20に到達していたスーとラーには、当然新たな特技が生じていた。

 最初は水袋をぶつけるような音だったのが、次第に岩の塊で殴るような音へと変わる。

「まあ、ずいぶんと硬そうな音ですね」

「水の中位の〝凍える力〟を応用して、体の内部を氷の塊にする〈凍身〉っていう特技だな」

 足の関節を打ち砕かれたボス蟹は、耐えきれずに〈水泡〉を連続で吹き出して身を守ろうとする。

「来た! まっかせてー!」

「ギヒッヒ!」

 そこへすかさずミアの〈ふうじん〉とゴブっちの矢が飛んできて、次々と泡がはじけて消えてしまう。

 〈水泡〉はダメージを無効化できるが、一度きりという弱点は致命的でもある。

 ならば次の特技〈鋏のまもり〉を発動し、ボス蟹は両腕で前面を覆う壁を作る。

「キヒヒッ!」

 そこへふわりと舞い下りた妖精のヨーが、チュッと可愛く口づけた。

 ──〈妖精のせっぷん〉。

 混乱を引き起こす状態異常系の特技であり、こちらも覚えたてである。

 せっかくの堅い守りを自ら放棄して、めちゃくちゃに両手の鋏を振り回しだす大蟹。

 そこへむちを鳴らしたパウラが、鋭く指示を飛ばした。

「行きなさい、ヨル〈ぎゅん〉、〈しっぽ〉、クウ〈びりびり〉!」

 がら空きとなったボス蟹の腹部に一瞬で潜り込み、伸ばした尻尾を突き刺すヨル。

 小さな体に紫の電流をまとい、天井近くから急降下するクウ。

 全身を焼け焦がし体をしびれさせた大きな蟹は、身を反らして地面へあおけとなった。

 八本もの脚がもがくようにいっせいにけいれんし、その口元から吹き出した泡が甲羅を伝って滴り落ちる。

 その様子に、パウラは準備が整ったとばかりに、振り向いて俺にうなずいてみせた。

「行くぞ、いかづちよ、来たれ!」

 掛け声とともに、俺は手にしたつえを高々と持ち上げる。

 次の瞬間、天井付近から生じたまばゆい光とごうおんが大蟹の真芯を貫いた。

「わわわ! いっつもスッゴイねー」

「お見事です、あなた様」

 完全に動きが止まってしまったボスの姿に、二人が口々に称賛の言葉を口にする。

「いや、すごいのは杖のほうなんだけどな」

 王都の地下水路で入手した招雷の杖だが、本来なら終盤に登場する武器なだけあって安定した高威力である。もっとも相変わらず大量の魔力のチャージを必要とするので、俺がいなければ使い物にならない点は誇ってもいいのかもしれない。

 守っていたボスの死によってゆっくりと動き出した鉄格子に、ヨルとクウが無邪気に声を上げた。

「かちどきー!」

「くぅー!」

「あんなに大きいのに、なんかあっさりだったねー!」

「お疲れ様。レベルをきっちり上げておくと、全然不安じゃないな。特に今回は新しい特技が大活躍だったし」

 一応、ゴブっちにも新技があるのだが、こっちは使いどころが難しいのでお披露目はもう少し先になりそうかな。

「あなた様、ヨルとクウが物欲しそうにしておりますよ」

「おっと、待たせて悪かったな。ほれ、たっぷり食っていいぞ」

 よだれを垂らす二匹に大蟹の肉を存分に食わせたところ、ヨルの手の装備欄に大蟹の鋏という文字が現れた……。

 期待してみたが、手をちょきにしてみると硬くなるだけのようだ。

「これは使いどころが難しいな……」

 巨大蟹の回収物は小さめの青魔石塊一個と、大蟹の甲羅と大蟹の肉だった。

 他には何もないようなので、次へ進むことにする。

 七階で俺たちを出迎えたのは、一面を石に覆われた人工の通路であった。

 ただしはくしょうせきは一つも見当たらず、全てが真っ暗な闇に包まれている。

 床もかなり年季が入っているのか、ところどころが割れたり欠けたりしており、壁石にも何ヶ所か亀裂やヒビが生じていた。

 これも一転して、不気味な印象である。

「だいぶ古くさい感じだな」

「うー、なんかカビくさくない?」

「ヨー、お願いします」

「クヒヒ」

 ほのかに光らせたはねを羽ばたかせて、妖精がゆっくりと通路を先導していく。

 が、五メートルも進まぬうちに、ぴたりと止まってしまう。

 淡い光に照らし出される石造りの通路。

 そこに音もなく浮かび上がったのは、誰かの人影であった。

「誰かります!」

 鋭いパウラの声に、俺は慌てて目を凝らした。

 だがどう見ても、それはまさしく影そのものであった。

 厚みを持った黒い人の形をした何かが、人間そっくりに動いているのだ。

 こちらへ向かってくるあまりに不自然なその姿に、俺は思わず背筋をこわらせた。

 しかし、直後に心当たりを思い出す。

「ミア、撃て! 〈火弾〉だ」

「えっえっえっ? い、いいの?」

 なまじっか人間っぽい造形がまずかったのか、少女は戸惑った顔で、俺と近づいてくる影を交互に見つめるだけで動こうとしない。

 ヨルとクウが毛を逆立てて臨戦態勢に入りかけるのを見た俺は、慌てて指示を飛ばした。

「下がれ、そいつに触れるな!」

 声を発した瞬間、俺の前に誰かが躍り出た。

 同時に空気を打ち抜く音が立て続けに響き、目では捉えられない速さで鞭が宙を行き交う。

 鋭く三連撃を振るわれた黒い影は、わずかに揺らいで輪郭が一瞬だけぼやけた。

 しかし、それだけだ。

 手応えのなさに、警戒して足を止めるパウラ。

 そこへ影はいきなり手を伸ばした。

 数歩の距離は、普通の人間ならば届くはずもない。

 しかし影には、その制約はない。

 あり得ないほど長く伸びてきた手を、魔物使いは素早く鞭で打ち払った。

 が、結果は先ほどと同じである。

 空振りとなった鞭は床にしたたかにぶつかり、影の手は何事もなかったかのようにパウラの手首をつかんだ。

 とっさに振りほどくパウラだが、足をもつれさせたかと思うとその場に膝をついてしまう。

 そこへさらなる影の手が迫り──。

「ヨー、〈目くらまし〉だ!」

 焦るあまり信じがたい速さで脈打つ心臓をなんとか無視して、俺は妖精に大声で叫んだ。

 瞬間、まばゆい光が翅から放たれ、影は驚いたように身を反らした。

 生じたかんげきを見逃さす、俺は再び少女の名前を呼ぶ。

「ミア!」

 今度は大丈夫だったようだ。

 パチッパチッと、馴染みの指を鳴らす音が暗闇に鳴り響く。

 同時に闇を貫いた真っ赤な炎球たちが、続けざまに人型の影に命中する。

 一瞬で燃え上がった炎の渦は、魔物を巻き込んで赤々と光を放った。

 たちまち黒い闇の塊は、煙のように消えせる。

 あんの息を吐く暇もなく、俺は急いで床に倒れるパウラへ駆け寄った。

「大丈夫か!?

 そこへ青ざめた顔で飛び込んできたミアが、口を開きかけていたパウラへ抱きつく。

「パウさま、ごめん! あたしがドジったせいで!」

「いいえ、ミアが倒してくれたのですね。助かりました。あなた様も、ありがとうございます」

 そう言いながら手を伸ばすパウラだが、なぜかその手はミアの顔ではなく何もない空中をさまよってしまう。その仕草に驚いた少女は慌ててパウラの顔を覗き込み、その目の焦点がおかしいことに気づく。

「パウさま、もしかして目が見えてないの!?

「……ええ、何も」

 雷に打たれたように動きを止めるミア。

 その顔からは、完全に血の気が引いてしまっている。

「やるせなしー」

「くぅー」

 心配して寄ってきたヨルとクウも、しょんぼりした顔でパウラにしがみつく。

「あたしが、も、もっと早く……。あ、あたしのせいで……」

「安心しろ、ミア。こんな時のために俺がいるんだろ」

 唇を震わせながらつぶやく少女の肩に、俺はできるだけ優しく触れて落ち着かせる。

「ど、どうなの? パウさまの目」

「ああ、暗闇状態だろうし、薬ですぐに治るさ」

「そう……なんだ。よかったぁー」

 目尻に涙をめながら、ミアは心の底から安心した笑みを浮かべる。

 そして慌てて首を横にブルブルと振った。

「でも、あたしのせいでごめんなさい。センセの言う通りにしてたら、パウさまだって……」

「あのな、お前、探索始めてまだ二週間ちょいなんだぞ。そんなテキパキ動けるわけがないだろ」

「え、うん、そ、そりゃそうだけど」

「失敗して当たり前なんだから、そんなに気にするな。今まで通りでいいんだよ」

 下手に萎縮されたり、先走られるほうが困るのだ。

 そもそも魔術士なんてのは、ちょっと慎重なほうが安全だったりするし。

「ええ、そうですよ、ミア。徐々に慣れていけばいいのです。焦ることはありません」

 目は見えなくても俺の意をみ取ったのか、パウラも優しい声で口添えしてくれる。

 二人がかりの言葉にミアは目元をぬぐった後、大きく頷いてみせた。

「うん、分かった! いつも通りだね!」

「そうそう。とりあえず、薬を作りたいんだが、ここにとどまるのはまずいな。少し戻るか」

 そう言いながら俺は、床に座り込んだままのパウラの脇の下と膝裏に手を差し入れる。

 そして頑張って腰を伸ばし、一時的に視力を失った美女を強引に抱き上げた。

「まあ、あなた様!」

「階段まで運ぶから、ちょっとだけ我慢してくれ」

 横抱きにしたパウラから伝わってくるむっちりとした肉の感触に少しだけ焦りながら、俺は気取られないよう平静を装って言葉を返す。

 うん、やましい気持ちはあまりないぞ。皆無じゃないけど。

「その……、重くはありませんか?」

「むしろ軽すぎて驚いたよ」

「そうですか。お手数をおかけして申し訳ありません」

 ほおをわずかに染めて目を伏せるパウラの耳元に、俺は少しトーンを落としてささやく。

「俺をかばってくれたんだろ。じゃあお互い様だ。でもな、あまり無茶はするなよ。心臓が止まるかと思ったぞ」

 その言葉にパウラはわずかに目を見開いた後、伸ばした両の手を俺の首に回してくる。

 そして甘い吐息を俺の頬に当てながら、囁き返してきた。

「あなた様に心配いただいて、わたくしは本当に果報者ですね」

「……そう思うなら、次からは前に出すぎないでくれよ」

 返事はいつもの柔らかな微笑ほほえみだけであった。

 階段の段差にパウラを腰掛けさせた俺は、素早く【道具】から必要な素材を取り出す。

 暗闇でも淡い光を放つよひあかそうへ、青魔石から呼び出した魔素の流れをまとわせる。

 ──〈錬成・抽出〉。

 たちまち魔力の糸を伝い、輝きを帯びたしずくが空中に生み出され、小指ほどのガラス瓶に吸い寄せられるように収まった。

「よし、できたぞ」

 完成したての目薬を、うつろなまなしを向けてくるパウラの瞳にそっと滴らせる。

 二度ほどまばたきした美女は、今度は晴れ渡ったような笑みを俺に浮かべてみせた。

「またしいお顔を拝見できて、うれしくございます」

「治ったの? パウさま。やったー!」

「めでたきー!」

「くー!」

 無事に治療が終わったので、改めて先ほどの魔物の正体を解説する。

「今のはシャドウだな」

「しゃどうでございますか?」

 車の道みたいに聞こえるな。

 シャドウはいわゆるアンデッド系のモンスターである。

死人アンデッドの魔物は大きく分けて三種類あってな。一つ目はがいこつ系。ほら、二階で出ただろ」

「あ、骨のわんちゃん?」

「それそれ。もう一つはにく系といって、肉の残った死体が動くタイプだな」

「えー、なにそれ。やばくない?」

「まだ体が残っているだけ扱いは楽なほうだぞ。で、最後が死霊系。今のやつだ」

 スケルトンなどの骸骨系は、動きも速く攻撃力も高いが、反面、防御力が低くこちらの攻撃が通用しやすい。グールやゾンビなどの屍肉系は動きは鈍いものの、再生能力があり、また病気などに感染するリスクもある。あと例外的なやつもいて、侮ると痛い目に遭う場合も多い。

 そして死霊系。

 こいつらは実体を持たない存在のため、物理的な攻撃が通用しないのだ。

 だがこちらが無理な場合は、あちらも当然無理である。

 死霊どもにいくら殴られたところで、俺たちの体に傷一つつくことはない。

 しかし物理攻撃力の数値が0の死霊系であるが、代わりに厄介な特性を持っていた。

 相手に触れるだけで、状態異常などがもたらされてしまうのだ。

「なるほど。それでわたくしの目が見えなくなったというわけですね」

「ああ、〈暗闇の手〉という特技だな」

「うわっ、それってけっこうしんどくない!?

「他にも〈吸精の手〉や〈吸魔の手〉ってのもあるし、ちょっと面倒な相手なんだよ」

 ただしミア以外には、と注意書きがつくが。

 一見無敵に思える死霊系だが、実は魔法に弱いという明確な弱点が存在するのだ。

「というわけで、ミアはあの影っぽいやつが出てきたら、ひたすら燃やせ」

「う、うん!」

「それとけんせいになるので、ヨーも〈目くらまし〉を頑張ってくれ」

「キヒヒヒ!」

「あとは俺だな」

 再び【道具】を開いて、招雷の杖を取り出す。

 残りの使用回数はあと二回だが、出し惜しみをして仲間が傷つくほうが馬鹿である。

 威力が少々高すぎるが、いざという時にはこいつで全部消し飛ばして──。

「と思っていたが、出番はなさそうだな……」

 飛び回るヨーが動きを止めて、間髪れずミアが指を弾いて炎を飛ばす。

 これでシャドウたちを一度も近づけることなく、探索はさくさく進んでいった。

 どうやら先ほどの事件で、ミアのやる気スイッチが入ってくれたらしい。

 そんなこんなで、三十分ほど石造りの通路を歩いたところ、俺たちはいきなり開けた広場のような場所にたどり着いた。

 地図的には、ちょうどこの七階の中央に位置するようだ。

 そこにあったのは、地面からそそり立つ朽ちかけた古塔であった。

 地底の空間に突如現れた巨大な建築物を、俺たちは思わず呼吸を忘れて見上げる。

 そして塔の入り口らしき場所に視線を戻して、ほっと息を吐いた。

「……よかった。シャドウじゃないな」

 扉を守るように立っていたのは、二体の骸骨であった。