普通ではない。

 そう、分かりきっていたはずだった。

 理由は、この村までの同行者の存在である。

 五日前、ノエミ・エローラは以前の雇い主である王都の豪商レオカディオに命じられ、とある行商人に仕えることとなった。

 名前はハンス。

 名前だけでなく風貌も平凡なこの人物の印象は、こまめな気配りと誠実さだけが商売道具というこれまた平凡な行商人といったところであった。

 が、馬車の旅を始めて三日目。

 賊どもに取り囲まれていた乗り合い馬車を、ハンスがたった一人で救い出した時点で、それまでの印象はがらりと覆される。

 ノエミも戦闘については、それなりの経験を積んではいる。

 帝国では名を知らぬ者はいないアルヴァレス家に魔物使いの素養を見込まれて、家臣として仕えたこともあるほどだ。

 もっともこれに関しては、〈従属〉を得るほどの才能を示すほどではなかったが。

 それでも危険な魔素まりで何度も戦い、並の兵士にはそうそう劣らないという自負はあった。

 だからこそ多勢の強さは思い知っており、その差を覆すことができるのは、一握りの選ばれた人間だけであると重々承知していた。

 ──はずであった。

 短弓とは思えない威力を誇る矢で、またたく間に倒れる数人。

 そこへ信じがたい加速で距離を詰め、一瞬で残りを斬り伏せてしまう剣さばき。

 武装した賊を五分にも満たない時間で容赦なく蹴散らしてみせたハンスの背中を、ノエミは息をんで見入るしかなかった。

 その後も助けた馬車の乗客が有名な商人の母親であったため商会に案内されたり、酒場でチンピラを何気なく撃退したら地元の荒くれ者連中に絡まれて全員返り討ちにしたりと、波乱に満ちた出来事の連続を体験しノエミは確信に至る。

 この男は普通じゃないと。

 その後も道中で拾った行き倒れの獣人種の女を仲間に加えるなどのハプニングも経験し、やっとのことで目的の村へたどり着いたわけだが──。

 村の入り口の木に、無造作に金貨数十枚はしそうなはくしょうせきがぶらさげてあるのはまだいい。

 いや、よくもないが、まだギリギリ許容はできる。

 が、小さな妖精の群れが飛び回りながら、それをともしている時点でノエミの目は普段の五割増しで見開かれる。

 しかも妖精だけではない。

 その厄介ぶりで名の知れた邪妖精ゴブリンまでもが、堂々と村の中のかっしているのだ。

 しかし住民の誰一人としてその異形に恐れをなす様子は見せず、子どもに至っては魔物と手をつないだり抱きついたりと、限度を超える密接ぶりである。

 この状況を説明するには、かなり高位の魔物使いかゴブリンがかなわないほどの強者が、この村に複数、滞在していないとつじつまが合わないのだが……。

 そして物珍しげに馬車の周りに集まってきた村人らの中に、かなりの魔力の持ち主が何人もいたことに、ノエミは改めてその事実を思い知らされる。

 やはり村ぐるみでおかしいのだと。

「わわわ、もしかして都会の人!? めちゃくちゃオシャレっぽいじゃん! いいなぁー!」

 はしゃぎながら話しかけてきたはんじんしゅの少女の魔力が、魔人種である自分をやすやすと上回っていることに気づき、ノエミは褐色の肌が青くなりかけたが辛うじて耐えてみせた。

 だが、踏ん張れたのはそこまでであった。

「よく来てくれましたね、ノエミ」

「ご無沙汰しております、パウラお嬢様」

 大恩あるアルヴァレス家のご令嬢とは数年ぶりの再会であったが、その美貌と気品は以前と変わらぬどころか魔力を含めさらなる変貌を遂げていた。

 思わず膝をつこうとしたノエミだが、その体がピタリと止まる。

 パウラの背後。

 そこに立つ男の異常な魔力に、されたからだ。

 王都はもちろん、皇都ドゥンケルハイトでさえもこれほどの魔力を発する人間はいかほどいるだろうか。

 しかもその発する色は、六種類というあり得ない多さだ。

 それだけではない。

 男が抱きかかえる二匹の魔獣。

 見た目は人の赤子に近いが、その有する妖気はあまりにも異質である。

(こ、こんな化け物が……)

 声を完全になくしただ立ちすくむしかないノエミに、パウラは何気ない微笑ほほえみを浮かべてみせた。

 その反応が当然であるかのように。

「このお方はニーノ様で、小さいお二人はわたくしの従魔です。ふふ、驚きましたか?」

「は、はい──」

「その匂い! やっと、やっと、やっと、やっと見つけたにゃぁぁああ!」

 圧倒する空気をぶち壊したのは、馬車から飛び降りてきた獣人種の少女ティニヤの叫びだった。

 ここへ向かう道の途中でばったりと空腹で倒れており、ハンスが同情して助けた女性である。

 猫耳を頭に生やした十台後半の少女は、ニーノと呼ばれた男にしがみつき、その匂いを熱心に嗅ぎ出す。

 そして確信を得たのか大きくうなずくと、指差しながら高らかに言い放った。

「容疑者、逮捕するにゃ! とうとう、とうとう、とうとうこれで王都に帰れるにゃぁぁあ! いたっ、なにするにゃ!?

「逮捕するじゃねえよ! いきなりなんだ、おめえは。あんちゃん、びっくりしてるじゃねえか!」

 ティニヤの頭を音がするほどたたいたのは、同じく獣人種の小柄な男性だった。

 その頭部からは、熊そっくりな耳が生えている。

「むう、邪魔するにゃ? だったら、ついでに逮捕……。な、なんか、うちの中隊長並みに強そうなのにゃ……」

 素早く距離を取った猫耳の少女だが、殺気立った周囲の様子にそこでようやく気づいたようだ。

 みるみるうちに、その顔が青ざめる。

「にゃ、にゃんで、こんな田舎にヤバそうなのがいっぱいいるのにゃ!?

 ティニヤの言葉通り、この場にいる数人は少なくとも騎士見習いごときでは全く敵わぬ強さを秘めているのは間違いないようだ。

 ブルブルと震える猫耳の少女を、恐ろしい気迫でにらみつける村人たち。

 緊迫した状況であったが、響き渡った怒声がその緊張をあっさりと打ち破ってしまう。

「ほら、あんたらいつまで遊んでんだい! せっかくのごちそうが冷めちまうよ!」

 大声の主はどこにでもいそうなやや年配の女性で、高い魔力や強者の雰囲気などは感じられない。

 しかしそのひと言で、たちまち張り詰めた危うげな空気は消えせ、まるで道端で天気の話を交わしているような雰囲気へと戻ってしまう。

 驚いて身じろぎを忘れるノエミらを放置して、ハンスは当たり前にその女性へ話しかけた。

「ただいま姉さん。相変わらず元気そうだね」

「おかえり。さ、話は中で聞かせてもらうよ。入った、入った」

 酒場らしき建物へ戻っていく太ましい女性と、その後ろにぞろぞろとついていく村人たち。

 急いで逃げ道を探すノエミだが、背後に立つじんしゅの男性の視線に気づく。

 粗末な野良着の上からでも、その体はひと目で分かるほどたくましく、手足の節々を盛り上がった筋肉がこぶのように覆っている。さらに極めつけは、その背に背負った黒くまがまがしい大剣だ。

 数々の戦場を渡り歩いてきたようへいとしか思えないその男は、じろりとノエミたちをめつけたかと思うと、ニッコリと笑いながら口を開いた。

「さ、お二人もどうぞ、どうぞ」

 穏やかながらも有無を言わせぬその口調に、ノエミとティニヤは互いの手を握りしめ、顔を見合わせた。

 こんな王国の超がつくほどの辺境に、なぜこのような不思議な村が生まれたのか。

 その謎をひもとくために、話はひと月前へと巻き戻る。