(いや……間違いなく、それが狙いだな……)
さすがに俺は、確信せざるを得なかった。
何しろ──どれだけ威厳や悪意らしきものを響きに込めたところで、声の正体は俺には明らかだったから。
「戯言なんか聞きたくないわ! 退治してやるから、出てきなさい!」
『ククク……我が霊気を眷属から抜き取るのに、一度きりの切り札を使う程度の小娘が、ずいぶんと増長しておるのう……ほれっ』
と、不意にコウモリの群れがこちらに飛んできた。
「きゃあ!」「うわっ」
コウモリが顔目がけて飛んできたため、恬子と俺は反射的に目を閉じる。
すぐに目を開けると、コウモリは再び飛び離れた。そして──。
「フハハハハハ! 甘いわ、小僧に小娘! 戦いの場にあって、不用意に瞬きなどをする者は、長生きできぬぞ!」
──ひとりの金髪少女が、いつの間にか境内に立っていた。
(ちょ……ローラさん……)
俺は、思わず頭を抱えた。
こんなタイミングで現れた間の悪さを苦々しく思ったからでも、恬子を挑発するような振る舞いの動機が分からないからでもなく、
(……なんで、SMの女王様みたいな格好してんだよ……)
鈍い光沢を放つ、黒のボンテージスーツに身を包んでいたのを見て、頭が痛くなったのだ。ローラさんのロリロリしい見た目に、そのファッションはあまりにも奇抜で、しかも似合ってるとは言い難かった。
(……いや、ロリコンでマゾな人なら、ひょっとしたらストライクゾーンのど真ん中かもしれないけどさあ……)
もちろん──俺のような余裕など、恬子にはない。
「やっぱり、アンタか……何者なの!? 美奈に取り憑いてるの!? それとも、経真のいとこのフリして、ずっと言いなりにしてきたの!?」
「いや、恬子、実はな──」
ローラさんの意図は分からないが、あまり騒ぎを大きくしてもいいことはない。俺は手っ取り早く説明しようとした──のだが。
(口を出すでないぞ、経真!!)
(あっ、ハイ)
──テレパシーでも何でもない、ローラさんの刺すような眼光を見て、思いとどまった。
いくら眷属じゃなくても──俺って今、ローラさんの被保護者だからなあ。あまり逆らうと、後が怖い。
仕方なく、俺が遠巻きに見守る中、ローラさんは何故か悪役感たっぷりの口調で、
「我は、女子校生・神浦美奈などではない。我が真名は……吸血鬼『カーミラ』!」
(……ちょっとローラさん、マジで悪役のフリするのか?)
さすがに、俺の内心に不安が募ってきた。
(何のつもりか、全然意図が見えないんだけど。てゆーか、その自己紹介じゃ──)
「……カーミラ、ですって……? アンタ……まさか、ずっと『美奈』という架空の女の子を演じて、アタシを騙してたっていうこと……!?」
(……ほら、誤解した。てゆーか、勘違いさせたいのか?)
「ククク……だとしたら、何だというのだ? お主が、我を勝手に親友と思い込んだだけではないのかのう?」
ローラさんは何故か、恬子をどこまでも煽っていく。
煽られた恬子の方は、青ざめた顔に、次第に怒りの表情を浮かべていく。
「…………ヒドイ…………親友だと、思ってたのに……!」
その目に涙すら浮かべ、本気で激怒するあまり小声になってしまう恬子。
「ほほう……我が憎いか? ならば、どうするのだ……小娘?」
ローラさんが片手を空に差し伸べると、さっきのコウモリが集まってきて、一斉に恬子へと視線を向けた。
「どうもしないのであれば、その小僧をこちらに返してもらおう。そやつは我の眷属として、具合が良いのでのう……ククク」
(ちょっと、何だよローラさん……それはさすがに、悪ふざけが過ぎないか?)
俺は心配になって、ふたりの間に割って入ろうとする。しかし。
「……経真、下がって」
「えっ? 恬子……?」
「アイツは、私が退治する……アンタには、指一本触れさせない」
目尻に怒りの涙すら浮かべ、恬子は俺をかばうように、大広間の窓から境内に降り立った。
「クッ……クハハハハッ! その度胸は認めてやろう、娘よ! しかし、度胸だけで、吸血鬼たる我に勝てると思うたか!?」
「勝てるかどうかなんか、知らないわよ!」と、裂帛の気合いで吼える恬子。
次の瞬間。
(──ブワァッ!)
突然、恬子の手元で何かが輝いたかと思うと、火の玉のようなものがローラさん目がけて飛んでいったのだ。
「うぬっ!?」
ローラさんは軽々と、しかし驚きの表情を見せつつ飛び退いた。そこへ、
(ヒョオウ──ッ!)
今度は恬子の手元でつむじ風が起き、ローラさんの頭上にいるコウモリへ飛んでいった。
「キキーッ!?」「キィィィーッ!!」
コウモリたちは超小型の竜巻に吹き飛ばされたような格好になり、残らず境内の外へ消えてしまった。
「……なるほど、陰陽道の呪符か……やるではないか!」
ローラさんは小さく目をみはった後、ニヤリと笑った。
(あ、この言い方と顔は……割と本気で褒めてるな?)
「ただの堅物女かと思えば、このような特技を持っておるとはのう……気に入ったぞ!」
「アンタに気に入られたって、嬉しくも何ともないわよ!」
恬子は怒鳴りながら、さっき俺の胸に貼ったのと似た感じのお札を数枚、手に持って構えた。なるほど、さっきはアレが火やつむじ風になったわけだ。
霊感が強いことは知っていたけど、まさかこんなことまでできるとは──。
「いやいや……娘よ、我は本気で、お主のことを評価しておるのだぞ? 陰陽道の遣い手で、惚れた男のために身体も張れる。いやはや、こんな娘が『美奈』の親友であったのかと──」
「美奈のことを言うんじゃないわよ、悪魔め!!」
再び恬子が叫び、お札の炎を2、3発ローラさんに放つ。
「フハハハハハ! 何度も通用するものか!」
今度は余裕を持ってよけながら、ローラさんがさらに恬子を煽る。
「娘よ、お主は『美奈』が幻の存在であったことが、そんなに悔しいのか!」
(……うん? 何だか、言い回しがおかしいな?)
その表現に、俺は急に違和感を抱く。
(何か、確認したい、言わせたいことでもあるのか……?)
その疑問に、次の一言で大きなヒントが与えられた。
「むしろ、喜ぶべきではないのか? 経真を奪う恋のライバルは、本当はどこにもいなかった、ということに他ならぬのだぞ?」
(…………あっ!)
ローラさんの性格、さらには美奈自身の性格も念頭に置くと──ちょっと夢想じみた可能性が俺の脳裏を去来した。
「ふざけないで!」と、ローラさんの意図など知ったことではない恬子は、一喝した。
「美奈のことは、一番の親友だと思ってたのよ! 恋敵だからいなくなって良かったなんて、そんな風に思える子じゃないわ! ……まさか、最初に出会った頃から、ずっと騙されてたなんて──」
「…………いや? 美奈は初めてお主に出会うた時、何も騙してなかったと思うぞ?」
「えっ……?」
「……えっ?」
恬子と俺は、同時に声を上げた──恐らくは、全く別の理由で。
「どういう意味……?」
「……急に小芝居やめたの?」
ローラさんは、俺たちのどちらにも直接答えようとはしなかった。
「おー、ちょうど良い頃合いに……おーい! ワシはここじゃ!」
「……ヒィ、ハァ……ちょ、ちょっとどうしたの、ママーっ!?」
「「えっ?」」
鳥居の下に行き、石段の方に向かって手を振るローラさん。
ややあって──長髪美女が息を切らしながら、境内まで昇ってきた。
「ママったら、急に家を飛び出したと思ったら、どうして恬子ちゃんのところの神社になんて……あっ!」
長髪美女は、こちら──というか、恬子の姿を認めると、昇ってきたばかりの石段を、大慌てで降りようとした。
「こりゃ! そこで帰ってしもうては、わざわざ来た意味がなくなるじゃろうが!」
「だ、だってママ、私たちの格好が──」
「バカモン! 良い機会じゃろうが!」
「……経真、ちょっとどういうこと? ……あのヒトって確か、美奈のお母さん……だったわよね? それとも、あのヒトも吸血鬼の眷属か何か……」
ふたりの様子に、何が何だかさっぱり分からないといった風情の恬子。
当然と言えば当然なのだが、これだけいろいろあった後では、俺も正直答えに窮する。
「…………あー…………何から説明すればいいものやら……」
「深く考える必要もなかろう!」と、金髪少女は気楽に言ってのけた。
「改めて紹介するまでじゃ……ほら、美奈! 早う、戻って参れ!」
「はっ!?」
──ほうら、恬子の目が点になってる。
ほどなく、長髪美女は再び境内に昇ってきて、照れ笑いとともに恬子へ話しかけた。
「あ、あのー……えへへ……久しぶりだね、恬子ちゃん……」
「えっ……そのしゃべり方……アンタが美奈なの!?」
「左様、この姿こそが、本来のお主の親友・神浦美奈じゃ。そして……」
金髪少女は、長髪美女──美奈の隣に立つと、開いた口がふさがらない状態の恬子に、ニカッと笑って見せた。
「ワシは、美奈の母にして、経真の義理の伯母……神浦ローラと申す。お主には、日頃から娘と甥っ子がお世話になっておる♪」
「………………え、ええええええええええええええええッッッ!?」
浦斗賀茂神社の境内に、常識が覆された女の絶叫が響き渡った──。
「ワシはなーんもウソをついておらぬぞ」とは、悪ふざけが過ぎたバツとして、俺と美奈に正座を言い渡されたローラさんの言い分。
「ワシが吸血鬼なのも、真名がカーミラなのも本当じゃし? この恬子と申す娘が、ワシのことを美奈だと思い込んでおったのも本当じゃろう? ま、もっとも、人格が元に戻った数日間だけの話じゃが」
自分が叱られてるのが納得いかないのか、ちょっとふくれ面をしている。その姿も充分可愛いのだが、さすがに『可愛い』だけで大目に見ていいシチュエーションでもない。
「それをローラさんが最初から説明すれば、こんな大立ち回りにならなくて済んだんだよ。まったく、何を考えてんだか……」
「いや! 大立ち回りは、ワシがやりたかっただけじゃ! このボンテージスーツも、ハロウィン企画用に取り寄せてみたまではよかったのじゃが、いまいち使い所がひらめかなくてのう……」
(……そもそも、何でそんなものをハロウィン企画で使おうとしたんだよ……)
ともあれ──恬子に説明しなければならない話は、山のようにあった。美奈とローラさんが浦斗の街にやってきた理由、ふたりの人格が突然入れ替わってしまった経緯、犬の化け物についての解説などなど──。
恬子は、その説明のひとつひとつを、いちいち大きなリアクションを取りながら、真面目に全部聞いてくれた。
「──首筋の傷は、ホントにキスマークだったんかい!? 美奈、アンタどんだけ派手なの残してんのよ!?」
「ご、ごめんね……どうしても声を出すのが恥ずかしくて……」
「アンタなんかより、勘違いしていろいろ独り相撲を取ったアタシの方が、よっぽど恥ずかしいわっ!!」
「ま、まあまあ恬子さん落ち着いて──」
「落ち着けるかっ!! 今の話を総合すると、結局アタシはアンタとエッチする必要なんか、これっぽっちもなかったじゃない、このスケベ!!」
「ひえっ」
「……ああ……とんだ恥さらしだわ……死にたい……」
大広間に戻って一通りの説明を終えると、恬子は座卓テーブルに突っ伏して、力なくうめくのだった。
「ひとりで勝手に勘違いして、何もかもぶっちゃけた上に、親友の恋人をNTRするとか、アタシどんだけサイテーな女なのよ……」
「うーん……恬子に責任のある話はほとんどなかったはずなのに、今の順番で説明されると、確かに『地雷ビッチ』感が半端ないな……」
「アンタ、死にたいの!?」
「ひいいっ!?」
──ちなみに、ローラさんが俺の居場所がここだとすぐに分かったのは、やっぱり俺がローラさんの眷属だったからだという。
「精神を集中すると、眷属のおおよその居場所は分かるものなのじゃ。で、経真の場所をそうやって探ったら、この神社だったわけでの。これは絶対何かケシカランことがあると踏んで、大急ぎで馳せ参じたわけよ」
「……俺を助けるために?」
「うんにゃ! デバガメのためじゃ!!」
「威張って言うことじゃねーよ、ローラさん!!」
思わず怒鳴る俺の横で、今度は恬子が青ざめる。
「デバガメ? ……あ、あの、伯母様──」
「ローラと呼ぶように。ババア扱いすると噛むぞ?」
「あ、は、はい……で、ローラさん……いったい、いつ頃から見てたんですか?」
「んー、あまりジックリは見れなかったの。せいぜい、お主が古井戸で禊ぎをしておったあたりからじゃ☆」
「ぜ、全部見られたーっ!? もうアタシ、生きていけないいいいいいいいっ!!」
「わーっ!? お、落ち着け恬子!」
頭を抱えてその場でひっくり返る恬子を、俺は慌てて助け起こす。
と──その時ローラさんが言い出した言葉を、俺たちは一生忘れないだろう。
「そんなワケで……賀茂恬子よ。いつも、ワシの『娘』と『婿』がお世話になっておる」
「はいはい、お世話になられてますよアタシゃ……」
「そんなにやさぐれるなよ恬子……気持ちは分かるけど……」
「ところで恬子よ……お主、神浦家の『嫁』にならぬか?」
「「「……………………はっ!?」」」
俺と恬子に美奈も含めた3人が、揃って声を裏返したのは、仕方のないことだったのだ。