「ドロドロぉ……男の人の精液って、こっ、こんなに粘り気があるものなのぉ……!?

 唇を、鼻を、まぶたやまつげや前髪を、俺の白濁にまみれさせて、茫然と声を上げる美奈。顎を伝ってしたたり落ちた精液は、薄く赤らみ始めていた乳房にも降り注ぐ。

「はぁ……はぁ……だ、大丈夫……?」

 ようやく射精が収まったことで、俺も声をかける余裕が戻ってくる。

「ちょっと、かけすぎたかな……ごめんな?」

 すっかり汚れた美奈の顔に、思わず謝罪の言葉を口にする。

 しかし──。

「……え……ど、どうしよう…………なんか……嫌いじゃない、この味……」

「えっ……?」

「すごい匂いなのに……甘いとか酸っぱいとか、そういうんじゃなくて……何だか美味しい……精液って、そういうものなの……?」

 意外そうな声を上げながら、美奈は顔についた精液を指ですくい取り、それを自ら口でしゃぶり出したのだ。そして。

「……あふ……き、きょーまくん、すごいよぅ……身体が火照って、どんどんエッチな気分になってきちゃった……はふ……」

「み、美奈……マジで……?」

 彼女の表情がみるみるうちに、トロンと虚ろなものへと変化していく。

 精液がかかって閉じられていたまぶたがうっすらと開き、その奥の瞳が潤んで、妖しい光を放ち始める。

「あは……アソコが……グチュグチュいってる……きょーまくんの精液が美味しかったからだぁ……」

 その手が自然と、まだ穿いていたショーツの中に突っ込まれ、モゾモゾと股間をいじり始める。

 そんな美奈の痴態を見て、射精したばかりの俺の股間もまた、瞬く間にむくむく硬さを取り戻していった。

「エッチだぁ……やっぱり私、エッチだよぅ……お願い、きょーまくん……私をもっと、エッチな気持ちにさせてぇ……」

「……困ったな……そこまで言われて、イヤだなんて答えたら、男じゃないよな……」

 ゴクリと生唾を呑み込むと、俺は正面から美奈の身体に抱きつき、そのまま引っ張り上げて、ベッドへ横倒しにした。

「きゃん!」

「エロいよ、美奈……おかげで俺、こんなに興奮してる……ちょっと、いろいろ我慢できそうにないよ……」

「我慢しないで……我慢したらきっと、ママに怒られちゃうよ……ウフフッ♪」

「美奈は、お母さんの言うことを聞く、良い子だな──」

「ンムッ……☆」

 ──重なり合ったまま、唇を重ねた。

 そして、お互い貪るように、ディープな口づけを交わした。

「ちゅ、んちゅ……ンフ、ン……み、美奈……れう、れる……んちゅちゅ……」

「あふぅあ……ちゅぷっ、ちゅるるる……ンぁあ、きょーまくぅン……ちゅ、ちゅちゅっ」

 息遣いと水音、時折お互いを呼ぶ声が、部屋の空気を震わせ続ける。

 俺はそのままの体勢で、ゆっくりと手を下に伸ばし、ショーツの上から美奈の股間をいじり始めた。

「あふっ♪ う、うンン……いっぱい、いっぱい触ってぇ……」

 こちらを見上げてささやく美奈。もちろん、断るわけがない。彼女が俺の唇をついばむのに任せて、俺はうすぎぬ一枚を隔てての愛撫に没頭する。

(ここが……『ローラさん』のアソコか……ごわごわしてるのは……陰毛かな?)

 女性器の実物など、『美奈』のものしか知らない俺である。だから、こうして女性の陰毛に触れることも、これが初めてだった。俺にだって当然生えてる、ごく普通の体毛は、しかし新たな興奮を呼び覚ました。

「なあ……最初、美奈も驚いたんじゃないか? 自分のアソコに毛が生えてるって……」

「う、うん……不思議だったの……あと、急に大人になったような気がして……あン!」

 最後まで答え終わるのを待たず、俺はショーツを脱がしにかかった。美奈も特に抵抗しようとせず、俺が脱がせやすいように腰を浮かした。

 程なくスルリとショーツを脱ぎ捨てた後、ややぞんざいな手つきで再び美奈の股間を責める。今度は、『ローラさん』の茂みの中に潜んでいる、小さな肉芽を中心に。

「ンひゃうっ! あ、そこ……ビ、ビンカンなところぉ……は、あ、あぁ、ああっ……」

 美奈の瞳は急速に潤み、股間はそれよりもさらに潤んでいく。

 愛撫する指が、粘っこい液体にどんどんまみれていく。俺はそのぬめりを潤滑油として、肉芽を指先で撫でさすっていく。

「あ、あはっ……アソコが、勝手に……跳ねちゃうぅっ……きょーまくんの、オチ×チンみたいぃ……ッ!」

 ベッドの上で、美奈の腰がボールのようにバウンドする。俺の指で、こんなに感じてくれるなんて──その感慨ひとつで、俺の怒張は完全に力を取り戻す。

「ぁぁあああっ……奥の方もっ、奥の方も熱くなってきたよぅ……きょーまくんっ、指だけじゃ、もう物足りないかもぉ……!」

 いつしか、美奈のあえぎ声に甘えるような、せがむような響きが混じり始めた。

 もう少し、初めての陰毛の手触りを堪能したい気持ちもあったが──そこまで言われては、仕方がない。

「じゃあ……奥まで責めるなら、初めての時とは違う体位を試してみようか」

「ち、違う体位……? 違う格好でエッチするの……?」

「うん。ベッドの上で、四つん這いになってくれるかな」

 俺がいったん離れると、美奈は緩慢な動きでくるりと身を翻して、両手と両膝で身体を支えた。

「あン……こんな格好……動物みたい……何だか、卑猥だよぅ……」

 困惑したような台詞を、うっとりと蕩けるような声色で口にする美奈。

 後ろから眺めると、肉付きの良い『ローラさん』の両尻肉の合間で、濡れそぼったヒダヒダが小さな脈動を繰り返していた。

「やらしいな、美奈のココは……まるで食虫植物みたいだ……俺のチ×コをおびき寄せようと、ヒクヒクいってる……」

「やぁン……そんなにジックリ見ないでぇ……」

 嫌がるような言葉を口にするそばから、肉厚の秘唇がクチュリと新たな樹液をにじませる。こんなのを見せられて、おびき寄せられないチ×コがあるとは思えない。

「そうだな、ジックリ見るだけじゃ、俺も我慢できない……いくよ?」

「はぅ……は、早くきてぇ……♪」

 淫らにくねる腰を両手で固定し、赤銅色にまで充血した亀頭を割れ目にあてがって──俺は、ゆっくりと挿入を始める。

 ズッ、ズブブッ──少しずつ、灼熱の肉壺に、同じく灼熱の肉棒が飲まれていく。

「あはっ! あ、ぁああああ……入ってきてるぅぅ……!」

 感極まったように、美奈が声を絞り出した。仰け反った背中にできたくぼみに、彼女の汗が溜まっていく。

「うぐ……気をつけないと、全部突っ込む前にイッちゃいそうだ……気持ちいいよ、美奈」

「私もぉ……! きょーまくんのオチ×チン、気持ち良すぎて、どうにかなりそ──ッ」

 ──突然、美奈の身体とあえぎ声が、止まった。

 全く同時に、俺も腰を前に突き出す動きを、止めた。

「…………何だ、この感触……?」

 今まで経験したことのない異物感が、亀頭の先にあったのだ。

『美奈』のオマ×コに挿れた時には、全く感じなかった──引っかかり。

 当たっている亀頭の先に、特に痛みはないから、恐らく軟骨の類ではない。だけど。

「……な……何だろ、これ……?」

 快感に酔いしれるような響きが鳴りを潜め、美奈の声には不安の色がにじんでいた。

「ひょっとして……痛かったりするか……?」

「う、うん、ちょっと……何だか、力を入れられると、突っ張るような感じが……」

「…………」

「…………」

 その正体に、すぐには思い当たらない。

 ただ──突然、ひとつの事実を思い出した。

「あ、あのさ、美奈……エッチした相手って、俺が初めてだよな?」

「えええっ!? あ、当たり前だよお! わ、私、男の子と付き合ったことないし!」

「変なこと聞いて、ごめん。俺、美奈のこと信じてるからさ。ただ……」

 決して多くはない──しかも、正しいかどうかも定かではない性知識を、頭の中で必死に検索して、俺は言葉を紡ぎ出す。

「あの日の夜……初めて、俺と美奈がエッチした時……美奈は、アソコが痛かったか?」

「え? ……ど、どうかな……特にそんなことはなかった気がする……」

「だよな。俺も、美奈が痛がってる風には見えなかった。だって……血が出なかったし」

「血? …………あっ!」

 俺の言葉に、美奈が理解と驚きの声を返してきた。

「初めてのエッチだったのに……私、痛い思いをしてない!」

 そう──美奈にはあの時、『処女喪失』の痛みがなかった!

「あの時は、俺も必死で、全然気にもしてなかったけど……おかしいよな?」

「う、うん…………」

「…………」

 それきり──数十秒の沈黙。

 心の中に去来する思いは、口にするとこれまでの常識や過去がひっくり返されそうで、なかなか言葉にはできなかった。

 ただ、ひとつ──確信に近い予想を、口にする。

「あのさ……ひょっとして『ローラさん』の、この身体って……処女なのかな……?」

「……なのかなあ……」と、美奈も即座には否定しない。

 もし、俺の予想が当たっていたとしたら──この引っかかりは処女膜ということになる。

 そして。


『少なくとも今、お主には、まだ言えぬ……美奈にも……まだ言えぬ。少なくとも美奈にだけは、いずれ明かさねばならぬ話なのじゃが……』

『ともあれ、ヤるなら今のうちにヤるが良い。ワシにも心の準備というものがある』


 ──この間、学校のトイレでローラさんが言っていたことと、さっきの夕飯前に俺をけしかけた言葉。

 どっちも、これと直接繋がってるんじゃないだろうか?

(つまり……ローラさんには何か心当たりがあるんだ。ふたりの人格が入れ替わった理由について。そして──)

 思考を断ち切る俺。この先のことは、今の段階で決めつけるべきじゃない。それこそ、ローラさんにきっちり聞かせてもらうしかない。

 それでも、完全にスルーして話を進めるわけにはいかない。

 ただ一言だけ──通過しなければならない『儀式』があった。

「美奈……」

「は、はい……」

 息を呑む声が聞こえる。彼女も、俺と同じような結論にたどり着いたのだろう。

 緊張で少し力が入る『ローラさん』の腰をしっかり抱え直し、俺は確認した。

美奈の処女……もらうよ?」

「……うん……優しくしてね?」

 美奈は一度こちらを振り向いて、小さく微笑みを作ってみせた。

 ──もう、迷わない。俺は再び、ゆっくりと腰を前に突き出していく。

「あ、あいぃぃぃ……ッ」

 それまでと全く異なる、苦しそうなうめき声に続いて、

(──プツッ)

「くああああっ!? ……ぁいいいいぃぃぃぃ……!!

 亀頭が何か薄い膜を裂くような感触と同時に、美奈の悲鳴がほとばしった。

 視線を下に落とすと、俺たちの結合部からは、赤い純潔の証が少しずつ滲み出していた。

「美奈、大丈夫か?」と、俺は心配になって声をかける。

「イタぁぁぁぁぁ……! これが……初エッチの時は、これがなかったんだぁぁぁ……!」

 だけど──美奈の声には、妙に余裕があった。

「で、でも良かったぁ……先に身体が気持ち良くなってたから……思ったよりは平気みたい……」

「ホントか? まさか、無理とかしてないよな?」

「そんなに心配しなくても、大丈夫だよぉ……それにね」

 もう一度、こちらを振り向く美奈。

 だけど、破瓜の傷みで目を潤ませたその顔には、どことなく達成感に似た、満足げな表情も浮かんでいた。

「急に実感が湧いてきちゃった……私、今やっと、経真くんの本当の彼女になったんだよね……」

「…………ば、馬鹿野郎……エッチがなくたって、俺たちは彼氏と彼女じゃないか……」

 俺は、顔を背けた。

 ──男の子が、感動で泣きそうになってるところを、そう簡単に彼女に見られるわけにはいかないのだ!

「クスッ……痛みの方が大きくなりすぎたら、ちゃんと言うから……それまでは、経真くんの好きなようにしていいよ♪」

 含み笑いを漏らしながら、美奈は再び前へ視線を戻してくれた。

「いいのか? 男ってきっと、こういう時は自分勝手だぞ?」

「いいのっ。女の子にも、女の子の意地があるもんっ」

「……じゃあ、その意地、キッチリ見届けるからなっ」

 その一言を契機に、俺はゆっくりと抽挿を始める。ことさらに激しく動くつもりはないけど、遠慮もしちゃダメだとさとった。

「あっ! あくっ、あっ、くあぁぁっ……!」

 美奈の口から、苦しげな声が漏れる。正直、聞くのがつらい。

 だけど俺は、腰を動かし続けた。彼女が覚悟を示してくれた以上、彼氏にはそれを受け止める義務がある。

 ほんの少しだけ抽挿を浅めにした代わり、膣内の性感帯を探るように、突き入れる角度をこまめに変えてみる。

「き、経真くんっ……何だか、変わったことっ……してるっ?」

 こちらを見ていなくても、俺の工夫を感じることができたのか、美奈は怪訝そうにたずねてきた。

「うん、美奈の気持ちいいところはどこかなと思って。オマ×コの中にも、そういうポイントがあるって聞いたことはあるんだけど……分っかんないなあ」

「フフッ……そうなんだ……わ、私もあんまり、自分じゃ分からな──あっ!?

 突然、美奈の背中がビクンと仰け反った。やや深めに突いた瞬間だった。

「ごめん、痛かったか?」

「うっ、ううん! そうじゃなくて……あ、でも、ちょっと痛かったかな……だけど、その痛いところのそばに、すごく気持ちいい場所があった! どうしよう……」

「えっ、マジで?」

 感じるポイントが、処女喪失で痛む場所の近くにあるのかあ──責めるべきか、避けるべきか。

「ねえ、経真くん……今の場所、もうちょっと突いてみて」

「……大丈夫か?」

「うん、痛いのは我慢してみるから。お願い」

「わ、分かった……」

 俺は角度を固定して、処女膜のあったであろう場所のわずかに手前を、繰り返し先端で突き始めた。その途端に、

「はあっ! あっ、あンッ、い、あッ……き、きてるっ! 気持ちいいのっ、頭のてっぺんまできてるぅ! いっ、痛いのに、気持ちいいよぅ!」

 美奈の反応は一目瞭然だった。痛みが残っているのは、彼女の腰が何度となく、俺の抽挿から反射的に逃れることからも明らかなのだが──さらなる刺激を求めて、すぐに尻肉が再び俺に押しつけられるのだ。

 貪欲に俺を咥え込み、根元からキュウキュウ締めつけて、2度目の射精をしきりに催促する、美奈のオマ×コ。

 おかげで、さっき精を絞り出したばかりの剛直は、膣肉に絶えず搾られつつ、着実にその内圧を高めていく。

「おおおっ……俺もすげー気持ちいいっ……こ、これだけお尻が大きいとっ、突きごたえがあるな……くっ!」

 たぶん、女性の体格に応じて、体位の向き不向きみたいなものもあると思うのだが──『ローラさん』の肉厚な尻は、バックから突くと実に気持ちが良い。

「はひっ! はンッ、あ、あ、あ、あっ、あ、あっ、ど、どうしようっ! 私っ、痛いままイキそうになってるぅ!」

 もはや、ちょっと腰を引く反応もなくなってきた。美奈は消えない痛みに構わず、グイグイとうねるような腰遣いで男根をさらに貪った。

 その激しい動きにたまりかねたように、俺の肛門がギュウッと締まり始めた。

「あ……そろそろ俺もイキそう……い、いいかなっ?」

 迫り来る絶頂の予感に、俺は熱くたぎる肉壺を突きながら、おうかがいを立てる。

 返ってきた言葉は。

「う、うんっ! 1回っ、イッていいよっ!」

「よし、それじゃあ………………えっ? 『1回イッていい』? それって、まさか──」

「……えっ? い、1回で終わっちゃうのっ!?

「…………なんだと……?」

 挑発のトーンではない。つまり──美奈め、1回で終わる気はサラサラないんだな。

「……よぅし、そこまで言うなら、俺も美奈の彼氏だ! 全部搾り出して身体がカッサカサに干からびるまで、やってやろうじゃないか!」

 やけっぱち8割、美奈に求められた嬉しさ2割で、俺は自分を鼓舞するように声を上げ、それまでの倍のスピードで腰を振った。当然、一気に快感が押し寄せてくる。

「ひああああっ!! オマ×コっ、オマ×コすごいっ! 目がチカチカするよぅ!!

「がああっ……もっと締めつけてきたっ……!」

 俺は上体を倒して美奈を後ろから抱きすくめ、密着した状態でさらに激しく抽挿を繰り返す。快感に汗が噴き出し、視界が半ば暗転する。全ての意識が、美奈の胎内を往復する一部分へ集中していく。

 そして。

「よ……よぅし! 最初の1発目、イクぞ……ッ!!

「きて! いっぱいきて! きょーまくんのせーえき、いっぱいいっぱいちょうだぁい!」

「くあっ……ぁ……ぁあああああああっ!!

 美奈の身体をきつく抱きしめながら、2度、3度と、立て続けに男根をぜさせた。

 精液の熱いほとばしりは、さらに熱く煮えたぎる膣内へと投入されていく。

「ひやぁっ!? ……あ、あひぃぃぃぃぃぃっ!! オマ×コやけどしちゃうううううっ!!

 抱きすくめた俺の腕の中で、美奈の背中が何度も跳ね上がる。緊張と弛緩を繰り返す背筋と、さらに濃厚に立ちこめる『ローラさん』の体臭。

「やっ、イク! イクぅぅぅぅっ!! ……きょーまくん乗ってるのに、か、身体がフワフワ浮いてりゅぅぅぅぅぅっ!!

 最後に身体を大きく左右によじり──そのまま美奈は、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。

「うおっと!?

 つられて俺も、体勢を崩す。辛うじて腕を突っ張ったことで、美奈を下敷きにせずに済んだ。

 結合部から、ダラダラと漏れ始める、俺と美奈の混合液。流れ出す感触はわずかに不快感を覚えさせるものだったが、その不快感が不思議と心地よく思えるのは、美奈と繋がった充足感ゆえだろう。

「……はぁ、はぁ……き、気持ち良かったぁ……」

「あぁぁ……私もだよ、経真くん……はふぅ……」

 美奈は息を整えながら、もそもそと身体を反転させる。当然、俺のイチモツが抜けてしまい、ちょっとだけ寂しいが──代わりに、仰向けになった彼女と、正面から向かい合う形になった。

「今度は、こっち側でお願いね……経真くん♪」

「えっ、もう次? さすがに、コイツの『復活』まで、もうちょっと時間が欲しいなあ」

 俺は困ったフリをしてぼやくと、顔を美奈にそっと寄せていった。

「……だから、ちょっと時間稼ぎ」

「あ……んっ……」

 唇を重ねた俺の身体に、美奈はうっとりと下から抱きついた──。


    ◆


 十六夜いざよいの月が、えと秋の夜空を照らしている。

 ──経真と美奈が、正常位で『第2ラウンド』を始めた、ちょうどその頃。

 1匹の野良犬が、トボトボと往来を歩いていた。

 否──近くに人がいれば、それを犬とは認めないかもしれない。

 外見は犬のような姿だったが、猫のような縦型の瞳孔は、月明かりの反射ではない、何やらけんのんな眼光を宿していた。

「ギィィィィィ……ウギィィィィィィ……」

 うなり声も、犬のそれではなかった。森や密林の奥から聞こえてきそうな、危険な野生動物のような響きである。

 しかし、それにとって浦斗は、ただそこにいるだけで力が奪われていく、呪われし『浄化された街』だった。痩せ衰えた身体を前に運ぶ足元もおぼつかない。喉の奥から漏れるうなり声も、実際には苦しげなあえぎ声とも言えた。

 そして──野良犬の瞳に、やや古びた鳥居の姿が映った。

『浦斗賀茂神社』──小さいながらも、何代にもわたってこの土地を鎮め続けてきた、由緒正しい神社。

 その姿を一目見た瞬間、犬は「キャン!?」と叫び、クルリとUターンして、必死に立ち去っていった。目的を果たすその時まで、それはまだ滅びるわけにはいかなかった──。


 野良犬が立ち去ってから、しばらく後。

「……むぅ……この辺に気配を感じたのじゃが……気のせいじゃったかのう」

 金髪少女が眉をひそめながら、フラリと鳥居の前に現れた。

「どうも、ここ数日、懐かしい気配がそこかしこに残っておるが……まさか、生き残り? それとも、けんぞくか……」

 その表情は、懐かしさとは対極の、嫌悪感に満ちたものであった。全ての始末をつけて故郷を去ったはずなのに、なおも自分たちを逆恨みし、生活を脅かそうとする連中が残っているのか──青い瞳が剣呑な眼光を周囲に撒き散らす。

「……うむ? あれはジンジャではないか」と、不意にその瞳は鳥居の姿を認める。

「なるほど……このような『浄化された土地』に、あやつらは長くとどまることができぬ。おおかた、このあたりまでのこのことやってきて、アレを見て慌てて逃げ出したってところかの」

 瞳に、安堵の色が灯った。少なくとも、忌々しい気配は今、この周辺に存在しない。それを確認できただけでも、散歩には意味があった。

「ならば、今日のところは引き上げるとしよう……美奈は果たして、自分がまだ処女だったことに、ちゃんと気づいたであろうかのう♪」

 やや品のない笑顔を作りながら、金髪少女──ローラは鳥居の前を去っていった。


 ──それから、わずか数十秒後。

「美奈!? アンタ、美奈でしょ!?

 鳥居をくぐり、石段を裸足で駆け下りる少女がひとり。

「……くっ! もういない……帰っちゃったのかしら……」

 パジャマ姿で石段下の道路に現れた賀茂恬子は、肩で息をしながら、険しい視線を左右に走らせた。

「いったい、どういうことなの……禍々しい気配を感じて、外の様子を確認したら……どうして、美奈がいたのよ……!?

 その手に持った、陰陽道の呪符を睨みつつ、恬子は不信感もあらわに呟く。

「まさかとは思うけど、アンタ……何か物の怪の類に取りかれてるの? それとも……アンタ自身が、物の怪なんてことはないでしょうね……?」



【幕間】



『えーっ!? こ、この子がアンタのいとこ!? ウソでしょ!? だって、金髪だよ? 目も青いよ? お人形さんみたいに可愛いよ! アンタとの共通点、どこにあんのよ!?

『失敬なヤツだな。父さんのお兄さんと、白人の奥さんとのハーフだよ』

『え、えと、初めまして。神浦美奈って言います。経真くんが、いつもお世話になってます』

『うわー……メチャクチャ可愛い! それに、日本語ペラペラじゃない!』

『ペラペラどころか、読み書きもほぼ完璧だぞ、その子。4月から、俺たちと同じ学校に進学するんだ』

『……入試受けて、合格したの!? 浦斗学園って、偏差値そんなに低くないわよ!?

って、イヤ! 問題がまだある! ……この子が同級生!? 小学生じゃなくて!?

『あ、あはは……子供っぽいとは、昔からよく言われます……』

『「ぽい」じゃないわよ! 子供じゃん、完璧に! ……え、ちょっと待って? 金髪に青い目に、こんだけ可愛くてロリっ子で、しかも外人さんなのに日本語で入試受けて合格するくらい頭が良いって……何、このチートヒロイン』

『まあな……でも、日本の習慣とか文化にはまだ不慣れって話だし、こっちには友達もいないからさ。よかったら、友達になってやってくれないか?』

『あ、あの、仲良くしてくれたら、嬉しいです。ふつつか者ですが、ごしどーごべんたつのほど、よろしくお願いします(ペコリ)』

『…………ん〜……』

『ん? どうした恬子? 気に入らなかったか?』

『…………負けたぁぁ! 降参! 美奈ちゃん、やっぱり可愛いっ♪』

『きゃっ!?

『もう、何でも言ってね? アタシでよければ、いつでも力になってあげるから。よろしくねー♪』

『あ、ああ、はい、よ、よろしくお願いします……』

『こらこら、ほおずりはやめろ、頬ずりは。美奈がビビってんじゃん』

『そこの鈍感バカがセクハラでもしたら、すぐにチクってねー。アタシがすぐに飛んでいって、鉄拳制裁してあげるから、ねー♪』

『人を変質者扱いすんなっ』

『きょーまくん……そんな変なこと、しないよね?』

『しないってば! ンなことしたら、一緒に暮らしていけねーし』

『えっ……一緒に暮らす? 経真、何それ?』

『あ、言ってなかったけ? 俺、父さんと母さんがしばらく海外赴任する都合で、浦斗学園に通ってる間は、美奈と、そのお母さんと同居することになったんだ』

『……………………マジ?』

 ──あの日以来、『届かぬ想い』と割り切っていた。

 結ばれたら、笑って祝福しようと決めていた。

 だって、ふたりは──経真と美奈は、どちらもかけがえのない親友だから。

 アタシは、いつまでもふたりと友情を続けていければ、それでいい──いつの頃からか、そう決意を固めていた。

 ──しかし。

「物の怪が絡むとなれば、話は別よ……!」


 賀茂恬子。

『浦斗賀茂神社』の一人娘。

 会社員のような風貌だが実直に神社を経営する父と、やや天然が入っているが心優しき母に見守られて、すくすくと育った。

 そして──きっかけを思い出せないくらい、昔から『経真のお嫁さんになるっ』と心に誓い、しかしその想いをついに打ち明けられなかった、切ない乙女。

 そんな彼女が、両親にも明かしていない秘密が、もうひとつ。

 ──霊感である。

 彼女は小さい頃から、霊魂の類を見ることができた。

 お彼岸の時期に墓地の前を通り過ぎると、戻ってきた霊魂が群れになっている光景に出くわし、気を失いかけることすらある。

 実は幼い頃、経真に自分の霊感のことを話したことがあるが、

『何それ? 元ネタは何の漫画? カッケー!』

 無邪気だか残酷だか分からない反応が返ってきて以来、その話はしていない。

 以後、恬子は他の友人に打ち明けることもなく、『隠れ霊能者』として、悪霊の溜まる場所をそれとなく避けたり、さほど悪質ではない霊魂と会話などもしていた。

 やがて成長するにつれ、彼女はこっそり霊魂について勉強を始めるようになった。

 幼い頃なら『アタシにはどうしようもないから』と無視できた、たちの悪い地縛霊や、ちょっとした理由から天にかえれず困っている霊魂を、次第に放っておけなくなったのだ。

 神道・仏教・陰陽道──現世とは異なることわりについて、彼女は真面目に勉強した。あまりに熱中しすぎて、学校の勉強の一部がおろそかになったほどである。

 誰に師事するわけでもない、ある意味危険な独学であった。

 しかし、常日頃から神社で神に触れる生活をしていることが幸いしたのか、恬子は本当に危険な霊に遭遇することも、霊障にかかって苦しむこともなく、理論と実践をこつこつと積み上げて、除霊のスキルをひとりで身に着けたのだった。

『ちゃんと系統立てて勉強してない「我流」だからね。普段は忘れてるくらいでちょうどいいわ』──彼女は身の程を知っていた。初歩の除霊術を修めると、それ以上の深入りは避け、経真や美奈と楽しい学生生活をおうしていた。


 そんな恬子が、異変を感じたのは、美奈に告白するよう経真を焚きつけ、自宅へ送り出した直後のことだった。

 長年の片想いを自ら断ち切り、一抹の寂しさを『清々したわ!』と強がりでごまかしつつ帰宅する途中──恬子は微弱な気配を察した。

『ん? ……気のせいかしら?』

 いつもなら、ごくありふれた無害な浮遊霊として無視を決め込むくらい、それは弱々しい霊気だった。

 ただ、恬子の意識に引っかかったのは、その弱々しさにそぐわないほど強い怨念の気配と──普段見かける霊魂とは雰囲気の違う、『異質な香り』だった。

『何だろ……日本の幽霊とかと、ちょっと雰囲気が違うわね……海外の霊魂?』

 何故わざわざ、霊魂が海を渡って日本に来なければいけないのか。彼女にはいまいちそのあたりが分からない。

 どちらにしても、この程度の霊気なら気にすることもないだろう──そう結論づけて、恬子は改めて気配を無視することにした。


 しかし、翌日──経真と美奈の『新米カップル』を冷やかそうと声をかけた時。

『ずいぶんと大胆な蚊がいたもんねー。まるで、派手なキスマークじゃん。どういうことなんだろうね、美奈?』

 経真の首筋に歯形が残っているのを見咎め、美奈を冷やかしたところで、不思議な反応が返ってきた。

『え、ええっと……すごいよね、最近の蚊は秋になっても湧いてくるから。地球温暖化のせいかな?』

(…………んー?)

 それは、普段の美奈のリアクションとは微妙に異なるような気がしたのだ。

『ちちちち違うの、そうじゃないの! 別に、あんまり気持ち良くてチューしちゃったとか、そういうことじゃ──あっ!?

 などと、全力で否定しようとしてポロッと本当のことをこぼしてしまうか、

『えへへへー……つい、調子に乗っちゃった。でも、お祝いしてくれてありがと〜♪』

 ──と、照れながら礼を言うか。

 どちらにしても、天然系のリアクションを取るのが美奈の常だったので、『話をごまかす』という一見普通の反応は、恬子に不信感を覚えさせるものだった。

『なんか変ね……まあ、単なるアタシの、ミステリー小説の読み過ぎなんだろうけどさ……』

 それでも自分に言い聞かせて、この一件も意識から排除しようとした。


 だが──体育の授業で、心のざわめきはさらに大きくなる。

 普段は20秒かかっても100メートルを走りきれない美奈が、体力測定でいきなり陸上部員並みの13秒台を叩き出したのだ。

『ど、どーしたんだろうね、あはは……身体が軽いなーとは思ってたんだけど……』

 クラスメートの驚きと賞賛の中、照れ笑いを浮かべる美奈。しかし、恬子の意識の中には、昨日感じた謎の気配や、今朝がた美奈に覚えた小さな違和感がよみがえった。

(……まさか、昨日のアレが、美奈と関係あるんじゃないでしょうね……?)


 極めつけは──この日の放課後、学級委員連絡会を終えて校舎を出た時に見た光景。

『ムニャ……きょーまぁ……美奈を頼むにゃ……美奈が一番可愛いにゃ……』

『……あーもう! そこまで娘思いな寝言を言われたら、腹も立てられないよ!』

 特別教室棟から、熟睡している美奈を背負って、経真が出てくるところだった。

(…………ナニやってんの、あのふたり?)

 恬子から見てこの一日、ふたりの行動は不自然なものが多すぎた。

(が、学校の中でエッチしてたとか、そういうオチならまだいいけど……)

 いったんはどうにかして、自分の中で納得のいく答えを探そうとする彼女。

 だが、一度心の中に芽生えた疑念は消えない。

(どうして、アタシの意識に引っかかるのかしらね……? 単なる嫉妬? それとも、何か別の……何かしら……?)

 そもそも美奈は、自分のことを『美奈』と呼ぶ女の子だっただろうか?

 そもそも『娘想い』という経真の台詞は、どういう意味なのか? あの美奈に、娘などいるはずがないじゃないか。

 それともまさか、出会ってからこれまでの2年足らずで、密かに出産していた?

(……あの小さな身体で、どうやってアタシに気づかれないで10ヶ月も過ごすのよ!? 有り得ないわ!)

 だとすれば──今、自分が見たやり取りは、明らかに変だ。

 美奈だけではなく、経真も変だ。

「……嫉妬じゃないわよね? アタシの感じた違和感って……」

 自分自身の気持ちへの不安とともに、親友たちへの疑念は膨らんでいった。


 悪霊などの物の怪に取り憑かれているか。それとも──物の怪そのものか。

 いずれにせよ、何らかの怪異の陰が、自分の親友たちの周りに見え隠れする。

 恬子がその懸念を抱き始めてから、数日後の夜──浦斗賀茂神社に隣接する、賀茂家の屋敷。

『……また、あの気配……』

 自室で勉強中だった恬子は、それを察するとすぐに机の前を離れた。

 タンスの引き出しを開けると、下着がキチンと並べて収められている、その右隅に手を伸ばした。

 ショーツの下に隠されていたのは、普段使う紙幣と同じくらいの大きさの、和紙。黒と朱色の墨で、何やら複雑な紋様が描かれているそれは、陰陽道で使用される呪符だった。

『そんなに気配も強くないし、この魔除けのお札で事足りるとは思うけど……』

 それでも深入りは禁物。気配の正体を見極めてからじゃないと、除霊するべきか放置するべきか、もっと高位の霊能者に助けを求めるべきか、判断がつかない。

 自分にそう言い聞かせつつ、彼女はパジャマ姿のまま自宅を飛び出し、サンダルを突っかけて神社の境内を横切った。

 しかし、その際中に。

『あれ? ……気配が、遠ざかってる?』

 ただでさえ微弱な霊気が、急にスッと遠ざかって、恬子では感知できなくなった。

 考えられるのは、神社の清浄な空気を嫌がって、逃げ出したこと。神がまつられている神社は、もうりょうを寄せつけない『聖域』でもあるのだ。

『でも、聖域の力は強いからな……ここに近寄らなかったってだけで、無害と判断しちゃっても大丈夫なのかしら』

 念のため、神社の周りを少し見回ろうか──そんなことを考えかけた、その時。

『…………えっ? あの金髪……まさか!?

 見間違いようのない金髪ツインテールが、神社の石段のすぐそばにいたのだ。

 どうしてこんな深夜に、彼女がここまで来ているのか?

 しかも、霊気が消えたように感じられた、その瞬間に?

 まさか、霊気が消えたと思ったのは、彼女の中に潜んだだけなのか?

 脳裏に浮かんだたくさんの疑問符──しかし、それが何ひとつ解消されることなく、石段の下の少女はおもむろにきびすを返し、その場を立ち去ってしまう。

『……美奈!? アンタ、美奈でしょ!?

 決してこんな時に口にしたくなかった名を呼びながら、恬子は走るのに邪魔なサンダルを脱ぎ捨て、裸足で石段を駆け下りた。

 疑念と確信の間で、心が揺れる。もし、嫌な予感が当たっていたら、自分はどうすればいいのか。

 しかし──ようやく石段を下りきったその時、あの金髪少女の姿はどこにもなかった。

『……くっ! もういない……帰っちゃったのかしら……』

 恬子は肩で息をしながら、険しい視線を左右に走らせた。

『いったい、どういうことなの……どうして、美奈がいたのよ……!?

 周囲を見渡しても、手に握りしめた呪符を睨んでも、答えは返ってこない。

『まさかとは思うけど、アンタ……何か物の怪の類に取り憑かれてるの? それとも……アンタ自身が、物の怪なんてことはないでしょうね……?』

 だとすれば、自分が危険を冒してでも、何とかしなければならない──悲壮な決意が、恬子の鋭い眼光にみなぎっていた。



「おはよー、おふたりさん」

「よう、恬子」「恬子ちゃん、おはよー」

「今日も仲が良いわねー、ふたりとも。けるわー♪ ヒューヒュー!」

 ──この日、恬子は『普段通りにふたりと接しよう』と、心に誓っていた。

 授業を終え、学校を離れるまでは、ふたりに疑念を抱いていることを感づかれてはならなかった。

 しかし、『普段通り』というものは、意識をしていては実現できない。

「どうした、恬子? 最近にしては、珍しくテンション高いじゃん」

「そ、そう!? アタシはいつも、こんな感じでしょ!」

「……何か良いことでもあったの?」

「別に、そんなこともないんだけどさ、アハ、アハハハ……」

(マ、マズイ! 普段通りにしようと思ったら、逆に『普段通り』がどんな感じだったか、分からなくなっちゃってる!)

「そ、それじゃアタシ、ちょっとトイレに行ってくるから!」

 せめてボロだけは出さないようにと、慌ててふたりと距離を取る恬子だった。


 それ以降、恬子は放課後になるまで、できるだけ美奈や経真と関わらないよう、細心の注意を払って過ごした。

「はあー……ダメだな、アタシ」

 ──放課後、恬子は校門と正面玄関の間にある前庭の片隅で、人知れずそっと溜め息をついた。

「この程度のことでオタオタするようじゃ、プロの霊能者になるなんて、やっぱり考えない方がいいわよね……」

 そんなことを呟きつつ、とにかく人目に触れないよう、物陰に潜み続ける。

 と──少し落ち込んでいたその顔に、さっと緊張の色が走った。

「来たっ……!」

 改めて物陰に隠れ、顔だけ出して校門の様子を注視する。果たして。

「経真、お疲れ!」「美奈ちゃん、またねー」

「おう、またな」「また明日ねー」

 クラスメートと挨拶を交わしつつ、経真と美奈が校門の外に出ていった。

 それから少し時間をおいて、恬子もこっそり動き出す。

『ふたりを尾行して、怪しい素振りを見せないか見極める』──それが、彼女の目的だった。

 ふたり(と恬子)がいつも使う通学路は、浦斗駅の近くに出るまで、比較的人通りが少ない裏道になっている。通行人にまぎれて見失うリスクは低いものの、逆にふたりに見つかるリスクは高い。恬子は息を潜め足音を殺して、ヒタヒタと静かに親友たちを追う。

 しばらくの間、経真と美奈の間に会話はなかったが──校門から充分離れたところで、ついに美奈がしゃべり始めた。

「ここまで話を聞く暇がなかったが……ワシの完熟ボディーはどうじゃった?」

(………………へっ!?

 一瞬──恬子は耳を疑った。

(『ワシ』? 『じゃった』? ちょっと何なの、そのしゃべり方!? てゆーか、『完熟ボディー』って誰の話よ!?

 金髪少女が経真に話しかけているのも、その声が恬子のよく知る美奈のものであるのも、間違いなかった。

 しかし──口調と台詞が、どう考えても美奈のものではない。

(じゃあ、誰の口調と台詞だっていうのよ!?

 とっさに心中に去来した疑問は──即座に氷解した。

「あのなあローラさん……どうして、あの身体が処女だったのか、説明は聞かせてもらえるんだろうね?」

(ロ、ローラさん!? ……確か、美奈のお母さんで、経真の義理の伯母さんじゃなかったかしら? ホラーグッズのお店をやってる、長い黒髪でスゴイ美人の……どういうこと!?

「まあ待つのじゃ。お主ひとりに語って聞かせるより、美奈もおった方がええじゃろ」

(……アンタ、美奈じゃないの!?

「慌てずとも、夕飯を食べながらゆっくりと話を聞かせてやるわい。いずれは話さねばならぬことじゃったが……やっと、ワシの肩の荷がひとつ下りるのう♪」

「まったくもう……ビックリしたんだから、俺も美奈も。まさか、『ローラさん』の身体に処女膜が残ってるなんて思わないじゃん!」

「イヒヒヒヒヒ♪ 自然の摂理とはそういうものじゃ。ま、お主も美奈も、薄々感づいておることはあろうがの」

(…………いったい、ふたりとも何を話してるわけ?)

 もはや、恬子には理解不能であった。

 経真が金髪少女のことをローラさんと呼び、金髪少女が自分以外の誰かを美奈と呼んでいる──その時点でもう、時空が歪んでいるとしか思えない。

(ちょっと待ってちょっと待って……一度話を整理しないと、これ以上聞いても理解が追いつかないわよ! てか、結局この金髪の女の子は誰? 経真が呼んでる通り、ローラさんなの? でも確か、ローラさんって普通に大人の体格で、しかも巨乳だったわよね?)

 答えを得られるはずもない疑問が、脳内でグルグルと巡り続ける。頭がオーバーヒートしそうで、集中力が次第に低下する。そして、

(──カコンッ!)

「ん……?」

(はっ、しまった……!)

 道の端に転がっていた空き缶を、ついうっかり蹴り飛ばしてしまったのだ。

 とっさに、すぐそばにあった民家の敷地内に飛び込む恬子。彼女の耳に、空き缶の音を聞き咎めた経真の、怪訝そうな声が聞こえてくる。

「誰もいない……じゃあ、今の音は何だったんだろう……」

(経真、お願い! ……もうスルーして!)

 彼が引き返してきて、自分を見つけるんじゃないかと、恬子は気が気でない。

 そんな恬子の心臓を止めるような、もう一言。

「……何やつじゃ……出て参れ」

(ギクゥッ!? ア、アタシのこと、バレてる……!?

 思わず呼吸を止め、気配を最大限殺そうと無駄な努力を試みる恬子。

(こ、こんなことしても、バレる時はバレるわよっ! ヤバイ、絶体絶命──)

『ついに見つけたぞ……我が一族のかたき!』

(…………!?

 その場の空気が、変わった。

「えっ……い、犬がしゃべった!?

 経真が驚く声。

「なるほど……昨夜、神社の前で感じたのは、お主の気配じゃったか……」

 美奈では絶対に有り得ない、不敵な言い回しをする金髪少女の声。

 そして──声以外のものも、恬子は察した。

(……あっ! この気配、まさか……!)

『探したぞ……【裏切り者のカーミラ】!』