「モモちゃんさん、お帰り!」

 半日かけて地下街を通るルートで地上に出たモモを、暇を持て余していた緑髪の神官が最初に出迎えた。

 フーズヤード。

 歯車が組み合わさった眼鏡をかけた彼女は、導力の【力】に変態的な執着を抱いている神官だ。モモは彼女を無視して、もう一人に満面の笑顔を向ける。

「異端審問官のモモ、戻りましたぁ!」

「ああ。『遺跡街』でのことは私も把握している」

 ここに来る途中で、モモは予備の教典を使って報告を送っている。もう一冊の教典はメノウのもとにある。

 空を見上げると『星骸』は無事に浮いていた。その真下にある『絡繰からく』の入り口までは大量の瓦礫がれきがあって、たどり着くまでに一苦労しそうだ。

 モモがそう思った時、多量かつ濃密に圧縮された導力が発生した。

『導力:接続──断罪剣・紋章──二重発動【水流・圧縮】』

 紋章魔導がほとばしった。一振りで窪地くぼちにある瓦礫が切り裂かれて、道ができる。

「おおー……すっごいよね、ミシェルちゃん」

「黙ってろ。お前の誉め言葉はなぜかイラつく」

「ですよねー。さっすがミシェル先輩ですぅ!」

「あまり褒めるな。こそばゆい」

「同じことを言っているはずなのになんでぇ……?」

 三人はミシェルが切り開いた道を歩く。

「報告は見たが、『陽炎の後継フレアート』は『遺跡街』では死ななかったのか?」

「はい。正確には、一度、確かに死んだんですけどねー。復活しましたぁ」

「ちっ、そうか。ノノ様の予言には、そういうことが起こるな」

 ミシェルが舌打ちをする。半年前に、モモは【星読み】──つまり、ノノに出会った。そこで彼女の予言を受け取ったのだ。

 モモはミシェルにその話を伝えた。世界の危機がある時に起動する魔導兵。ノノの予言を記録したのが【星読み】だということは、ミシェルも知っている。盲目的にハクアの言葉を信じ込んでいるように、ミシェルはノノからの伝言を疑わなかった。

「とはいえ、ノノ様の予言通り、マヤ様が『絡繰り世』に入った」

 万魔殿パンデモニウムほどではなくともマヤも、原罪概念の申し子であることに違いはないのだ。『絡繰り世』を壊すには、不足ない。

 ミシェルは北大陸では待機させ続けていた部下、フーズヤードを見る。

「『星骸』の管理権限を取り戻し、『絡繰り世』の空間は撃滅する。あれほどの空間規模を相手にするからには、儀式魔導が必要だ。今回ばかりは、貴様が頼りだと自覚しろ」

「はい! でもでも聞いてよ、ミシェルちゃん。『絡繰り世』ってはじめてだから、すっごい楽しみなんだよね!」

 元気よく返答したレンズ越しのひとみは、好奇心で輝いている。控えめに言って、彼女は戦闘力がゼロだといってもいい。だがフーズヤードには他では代えがかない技能がある。彼女が本領を発揮できる状況で敵に回せば、信じられないような強敵になる。

「そうだな。私も、少しばかり楽しみだ」

 ミシェルが全力を発揮するには、人の生活圏がある大陸は狭すぎた。

 だが、『絡繰り世』にはミシェルが気を遣わなければならないものはなにもない。

「『龍』としての本領を発揮するのは、本当に久しぶりだからな」

「先輩の本気が見られるなんて、楽しみですぅ……!」

 こびへつらいながら、モモは内心で吐き捨てる。

 どいつもこいつも化け物ぞろいだ。ミシェルとフーズヤードだけではない。メノウたちだって、負けず劣らずの集団になりつつある。

 だがどちらも敵に回さなければ、モモの望みはかなわない。『遺跡街』で起こった一連の事件で確信した。メノウの美しい髪の色が黒く染まり、アカリが顔を出したことで自分が間違っていなかったことを知った。ノノが『遺跡街』にモモを招いて告げた予言の正しさを。

 ──君の先輩は、結局は自分のことを犠牲にすることを選ぶよ。

 瞳に星型の導力光を浮かべたノノの言葉。世界の危機に目を覚ますという【星読み】が、わざわざモモに言ったのだ。

 それを聞いて決心した自分の行動が世界にどのような影響を与えるかまではモモも知らない。

 だがモモは、いまのメノウを許せない。許せるはずがない。絶対に、許さない。

 メノウは、自分自身の記憶をすべて消費して、自分の体をアカリに譲るつもりなのだ。

「モモも、及ばずながらあの人たちと全力で戦いますよぉ! あいつらの行動は──」

 メノウの肉体はアカリの精神とともに生きることになるだろう、なんて結末は。

「──絶対に、許しませんからぁ!」

 メノウの行動を打ち砕くため、一人の味方も作らずにモモは『絡繰り世』を目指した。