メノウは躊躇しなかった。

 敵陣にまっすぐに突っ込む。敵の一人、義眼の人物から魔導発動の気配を感じた。

 対抗するため短剣に導力を流し、敵集団の上部を狙って山なりに投擲した。

『導力:接続──短剣・紋章──発動【導糸】』

『導力:素材併呑──義眼・内部刻印魔導式──起動【スキル:石化の蛇眼】』

 原色概念による、物質変換。緑色の導力光が到達する前に、導力の糸を経由して【力】を流す。

『導力:接続(経由・導糸)──短剣・紋章──遠隔発動【疾風】』

 ちょうど義眼の敵の真上で回転していた短剣が、【疾風】の推進力で直下へと方向転換した。

 直前で勘づいた敵が首をそらし、肩に刺さる。倒すまではいかなかったが、高度な集中がいる魔導は中断された。

 メノウは、自分の短剣を追うようにして、敵の集団の中心に着地した。

 一斉に銃声が弾けた。ゲノムが持っていたのと同じ導力銃だ。同士討ちをするような愚は侵さず、計ったタイミングでメノウが動きを止めた瞬間を狙いちにする。【多重障壁】では耐えきれない密度の弾幕だ。

 だが、いまのメノウは黄色のフードマントの下に、教典を持っていた。

 背中のベルトに挟んだ教典が、導力光の輝きを放った。

『導力:接続──教典・二章五節──発動【ああ、敬虔な羊の群れを囲む壁は崩れぬと知れ】』

 大口径拳銃も含め、展開された防護壁を傷つけることはできなかった。

 メノウは再び、教典に導力を流し、もっとも手慣れた魔導を放つ。

『導力:接続──教典・三章一節──発動【襲い来る敵対者は聞いた、鳴り響く鐘の音を】』

 教典から立ち上る導力光が、教会の鐘を形成した。

 しかし相手も百戦練磨。即座に魔導構成を見破り、一斉に散開して回避をしようとした。

『導力:素材併呑──三原色ノ理・擬似原色概念──起動【原色種・青蜘蛛】』

 敵が動くよりも早く、アビィが擬似概念を行使した。大型の魔導兵が展開されて、男たちの動揺を誘う。魔導展開から発動までタイムラグがある教典魔導の隙間すきまを埋める足止めだ。

 ほんの一瞬、敵集団の動きが止まる。

 それが、致命的な結果をもたらした。

 導力の鐘が鳴る。

 一鳴。抵抗し損ねた数人が、頭を抱えて倒れる。二鳴。響く導力の波動に耐え切れず、手足の血管が破裂する。三鳴。一人残らず、意識を保つことはできなかった。

 一発の魔導で、十数名をまとめて昏倒させた。

「こんなもんね」

「いえーい!」

 敵を鮮やかに無力化したメノウは、アビィのハイタッチに応える。

 戦闘開始から終了まで、三十秒もかかっていない。

 メノウはアビィと来た道を確認するが、敵の増援の気配はない。いまので最後。後方にいた集団は、建造物の落下に巻き込まれたのと、瓦礫の山となった道に苦戦しているのだろう。

 二人は環境制御塔を見上げる。

 間近で見ると、よりその大きさを実感できる。

 目指すは、上だ。サハラたちと合流し、端末をあやつっているゲノムの本体を倒し、万魔殿パンデモニウムを退ける。そのために環境制御塔の内部へ侵入しようとした直前で、二人は足を止めた。

「なに、あれ」

 遺跡街の空ともいえる、天井区画。

 そこに、見過ごすことができない異変が発生していた。


 時は少しさかのぼり、アビィがゲノムの提案を蹴り飛ばす前。

 天井区画を、こそこそと進む人影があった。

 サハラたちである。彼女たちはノノの先導に従って、上下逆の街並みをこそこそと進んでいく。やたらと遠回りを指示されたものの、あれからは一度も敵に遭遇していない。

「ノノってさぁ」

 少し緊張感が緩んだ中、マヤが責めるような口調でノノに語りかけた。

「計画立てる時って、絶対に秘密を抱え込むよね。どうして? 人をだますのが趣味なの?」

「どうしてっていうのは、なにを質問しているのか自分でわかってるかな?」

 はぐらかした答えに、マヤの視線が鋭くなる。

 未来を見通すことができる彼女は平然と隠し事をするし噓もつく。自分の目的のために人をよいように動かすための手段を選ばない。

「だって……こうなることが、わかってたんでしょう?」

「おやおやおやぁ? マヤったら、ボクが映画館で変な人に襲われることも、メノウ君と分断されることも、サハラ君がなんか面白おもしろいことになることも予知済みだったっていうのかい?」

「は? なんか面白いことってなに?」

「ノノは、昔からそういう奴じゃない。知ってたんでしょ?」

「ねぇ。私、なんか変なことになってるの? どういうこと?」

 聞き逃せない台詞にサハラが訴えるが、二人はスルーする。

「まあ、知ってたよ。マヤの言う通りさ!」

 もったいを付けたくせに、ノノはあっさりと認める。

「あの変なやつが襲いかかってくることも、あたしたちがメノウと分断されることも?」

「うん」

「なら、最初っから教えてくれてもいいじゃない」

「あはは、昔から変わらずお子様だなぁ、マヤは」

 マヤの非難を快活に笑い飛ばすノノの笑顔には、未来視を使って人を騙した罪悪感など欠片かけらも見当たらない。きらきらと瞳に浮かぶ星型の導力光を輝かせる。

「事件を起こすまでもなく事前に解決してしまったら、天才美少女たるボクの出番と活躍がなくなってしまう──噓だよ! ジョークに決まってるだろ!?

 無言のまま導力光で目を赤く光らせて魔導発動の体勢に入っているマヤを見て、慌てて前言を撤回する。

「何度も言ってるし、いまは理解してもらえないことを前提に言うけどさ。ボクは、こうするしかなかったんだよ。いま以上が視えないんだ」

「……わかんない。ノノは、いつもそればっか」

「わかってもらおうだなんて思ってないさ。これはボクの自己満足で、杞憂きゆうに終わるかもしれないことだからね」

「それは──」

 どういうことだ。この先のために、いまの自分たちを犠牲にするつもりなのか。マヤが追及しようとした時だ。

 急に周囲の建物が途切れた。人工的にならされた真っ平らな地面が続いている。

 その先にある建物は、『遺跡街』にある他のどの建造物よりも巨大だ。

 環境制御塔。

 この地下空間を人が住める環境に調整している最重要機関であり、メノウが『星骸』の管理権限を奪取するために目的地としていた場所にサハラたちもたどり着いた。

 見晴らしがよく、遮蔽物しゃへいぶつもない。近づく影があれば、さぞかし目立つことだろう。

「環境制御塔の周辺は、当時の条例で建築物の建造を禁止したんだ。テロ対策もろもろでね。安心してくれたまえ。当時の警備システムはもう起動していない。とっくの昔に停止している」

「建物は当時のままなのに、そういうシステム関連は維持しなかったの?」

「そこまで微細導器群体マイクロマシン任せにすると、経済が回らなくて……あんまり細かに微細導器群体マイクロマシンで固定すると発展性がなくなるんだよね。欠点も多いんだよ」

「ふうん?」

 マヤはよくわからないと首をかしげる。一方でサハラは不安感を膨らませていた。

「確かに、当時の警備はないんでしょうね」

 古代文明当時の警備はないのだろう。それに関しては素直にありがたい。超文明の重要施設を守る警備システムが甘くできているはずがないのだ。そんなものに挑みたいと思うほど、サハラは好戦的でもなければ自分の力量に自惚れてもいない。

 だがいまの環境制御塔は、むしろテロリストに占拠されている状態なのだ。

 サハラは改めて下方に向かって伸びている環境制御塔を見る。

 入り口までの四方が完全な平らだ。環境制御塔からは、さぞかし見晴らしがよくなっているだろう。ネズミが走っても見逃すことはなさそうだ。

 狙撃とか、とてもしやすそうだった。

 サハラは、にこっと笑ってノノの背中に手を添える。

「よかったらノノ。先頭を歩いてみる?」

「なんだい、突然。先頭の栄誉はもちろんボクに相応ふさわしい──やっぱめた」

 歩いた後の数秒後になにが見えたのか、踵を返す。

 どうやらサハラの予想通りだったらしい。

「よし。どこから狙撃された未来が見えた? 詳しく教えて」

「あっ、その態度! 君、ボクをおとりにするつもりだったな! なんてひどいことをするんだい!」

「いいからとっとと前を歩きなさいよ、ノノ。そのくらいしか役に立ちようがないんだから」

「マヤが冷たい! ボクはショックだぞ! あ、ちょ、やめ……にゃーぁがぁ!? いま頭がパーンってなる未来が……そっちはダメだから押さないでくれたまえよぉ!」

 けたたましい悲鳴はいっさい考慮することなく、サハラたちはノノを盾にして前に進んだ。


 ノノを盾にして進むこと、百歩ほどでサハラたちは環境制御塔の入り口に到着した。

「……ボク、ここまで粗雑に扱われたのは初めてだ。ボクってすごいんだぞ」

 何度も自分の頭が撃ち抜かれる未来を見せられたノノには憔悴しょうすいの様子が見られた。しくしくと落ち込んでいる態度が演技ではないのが面倒さに拍車をかけている。

 だが同行者たちに同情の色はない。

「あっそ。千年前は周りのみんなが優しかったのね」

「昔のあたしに言ってやりたいわ。もっとこき使えって」

「やめてくれよぅ」

 二人の冷たさにノノはねた口ぶりをしながらも立ち上がる。

「なんにしても、到着だ!」

「本当に行くの? この三人で? あのゲノムと万魔殿パンデモニウムに挑みに?」

「行く」

 マヤは迷いなく頷いた。サハラの憂鬱がずんっと重みを増した。

万魔殿パンデモニウムは、あたしの一部だもの。メノウが『星骸』を手に入れるためにも、あたしがなんとかするの」

「……私にメリットは?」

「サハラはあたしの下僕でしょ」

 マヤは、はっきりと言い切った。

 サハラのあきらめが付いたのを見計らって、ノノが手近な壁をコンコンとノックする。

「サハラ君。ここを壊してくれたまえ」

「はいはい」

 もはや逆らう理由もないと、サハラは導力義肢を構える。

『導力:素材併呑──義腕・内部刻印魔導式──起動【スキル:導力砲】』

 導力義肢から放たれた導力光が壁をぶち抜く。

 土煙が晴れた先には、肉の塊があった。

 構造物が、有機物へと変換されつつある。鼓動を脈打ち、生命の兆しを見せていた。

 肉壁となっている壁から触手が生えて、まっさきにマヤをからめ取ろうとした。とっさにかばったサハラの右腕──導力義肢に絡みつく。

「ちッ!」

 舌打ちを飛ばしつつ、サハラが腕を振るって、無理やり引きちぎる。

 幸い、異常はない。侵食くらいはしてくると思ったのだが、純粋に物理攻撃だけを仕掛けたらしい。

「さ、サハラ。大丈夫?」

「平気。強度は、大したことない」

 改めて、周囲を観察する。

 まるで巨大な生物の体内だ。というより、文字通り体内なのだろう。環境制御塔の入り口部分を一匹の巨大な魔物と化すことで、侵入者を捕食するトラップにしたのだ。その証拠に、横では巨大なナメクジのようにうねる肉塊に半ば取り込まれてジタバタしているノノの姿がある。

 危険な空間だ。

 サハラとマヤは顔を見合わせて頷き合う。

「二人で通じ合う前に、ボクを助けてくれないかなぁ!?

 もがいていたノノは自力で脱出していた。初手でサハラが簡単にちぎれたことといい、この肉塊の強度はさほどでもないようだ。

 マヤが、チッと舌打ちをする。

 生意気な言動はあれど、ここまで毒が強いマヤも珍しい。よっぽどノノの言動には腹を据えかねているらしい。

「性能低い……。あたしより弱いのはどうかと思うわ」

「さっきも言ったじゃないかい! この体は戦闘用じゃないからね。演算専門なんだよ」

 ぱんぱん、と汚れをたたいて落とす。嫌味が効いた様子はない。

「それで、中に入ったけど。どうしたいの? もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」

 ここまで振り回されながらもマヤがノノに助言を求める理由は、たった一つ。

 星崎ほしざき廼乃ののは、間違えないからだ。

「うむ。よくぞ聞いてくれたね、マヤ。君が強くなっていて、ボクは誇らしいよ」

 胸を張る。メンタルの強さに関しては、突出したものがある。

「内部からゲノム君がいるところまで侵入! この『遺跡街』を不当に占拠するゲノム君をね除け、打倒するんだ!」

「へー」

 ノノからシンプルな作戦を聞いて、サハラは間延びした声を上げてしまう。

「この三人で?」

 ここにいるのは割と普通の戦闘力を自負するサハラと、四大人災ヒューマン・エラーのくせに大した力を持たない足手纏い一号と二号だけだ。

【時】の純粋概念を操るメノウも、原色概念の最高傑作たるアビィもいない。

 明らかに決定打を欠いた状況でゲノムに挑めというのだ。

 笑顔のままノノが頷く。

「いけるいける!」

「帰ります。さようなら」

「待ちたまえ」

 敬語できびすを返したサハラの肩を、がしりと摑む。

 サハラは迷いなく振り払った。

 当たり前だが、敵の本丸の防御が手薄なはずがないのだ。

「大丈夫! 大丈夫だから! いま敵、ほとんどいないから! メノウ君とアビィちゃんが引き付けてくれてるんだ!」

「ゲノム本人がいるでしょ!?

「君なら勝てるよ! いや、ほんと!」


 入り口でのひと悶着のあと、サハラはノノの案内に従って内部を進んでいた。

 階段を降り、扉をくぐり、時に壁を破壊して進む。目的地まで、一度として敵と出会うことはなかった。というより、人がまったくいなかったのだ。

「なんか……逆に不気味」

 マヤのつぶやきに、内心で同意する。普通に考えて、内部を防衛していないのはおかしい。

「下でメノウ君たちが頑張って引きつけてくれてるからね。ほら、いまの爆発音聞いた? あれ、天井区画の建物落として攻撃してるんだぜ」

「そんなことしてるの? こっわ」

 外で行われているらしい大規模な攻防におののきながらも進んでいくうちに、環境制御塔の制御室にたどり着いた。

「ほんとに着いちゃった」

 肩透かしだと、マヤが呟く。

 サハラは取っ手に手をかける。扉に、かぎはかかっていなかった。

 制御室に入ると、そこには大量の導力銃と──人間の義体が並んでいた。

 悪行が並ぶゲノムの逸話の中でも、一つだけ好意的に語られるものがある。

 彼は、導力義肢の入手ルートを持つ唯一の人間だ。

『絡繰り世』に行くことができない人間たちにとって、ゲノムが卸す導力義肢は、自分たちの肉体的な欠損を埋めることができる魅力的な商品である。それをどのように生成しているのかは、謎に包まれていた。

 導力銃と、導力義肢。うず高く積まれるゲノムの代名詞とも言うべき物品の中心に、車椅子くるまいすに座った一人の男がいた。

「よぉ」

 おそろしくせ細った男だった。生命維持のためか、巨大な車椅子から伸びた多様な管が男の体と繫がって一体化していた。体中に古傷があり、右腕と両足が欠損している。なにより痛々しいのは、彼の顔面に刻まれた巨大な傷跡だ。

 脳を損傷しているだろうと一目でわかるほどに、右の顔面がえぐれている。

 生きているのが不思議なほどの傷だ。彼の体につながった管を一本でも引き抜けば、五分と保たずに死亡するだろうことが見てとれた。

「ゲノム・クトゥルワ……?」

 サハラは半ば信じられない気持ちで問いかけた。

「ああ、そう、だ……ぜ」

 その肯定に、なぜかサハラはショックを受けた。

 彼こそが、ゲノムなのだ。

 くつくつと肩を震わせて笑う所作にすら、死を感じる。言葉を発するという行為の反動で、いまにもぽきりと折れて砕けてしまいそうだ。

「笑える、だろう……? これ、は、ぜんぶ……『陽炎フレア』にやられたんだぜ?」

 彼が導師マスター陽炎フレア』と相対したのは一度や二度ではない。

 何度も彼女の暗殺をかいくぐり、逃げ惑っては致命打に近い傷痕を刻まれた。

 そうしながらも、生き残り続けた。

「その結果、が、これだ……」

 彼が、左手で自分のなくなっている右腕部分を指さす。よくよく見ると、欠損しているゲノムの肉体を埋めるように微細導器群体マイクロマシンが集合している。義肢を作ろうとしているのだ。

 だが適合しないとでもいうかのように、ごとりと重い音を立てて、床に落下した。

 一つ、また義体が積み上げられる。

「この義体、な……おれにだけ、くっつかねぇんだ。調整、すれば、ほかの人間に、は、つくのになぁ……」

 サハラは、思わず自分の銀腕を抱える。

 痛ましさに見ていられずに視線をらす。ゲノムの前には、数多くの導力光でできたモニターがあった。その一つ一つが、端末としてのゲノムの視界を映している。彼が導力義肢を通して十年で寄生し続けた人々だ。

「それが、あなたが多人数になる秘密?」

「ああ……微細導器群体マイクロマシンが満ちている空間でしか使えない……がな……」

 話すのも苦しいのか、彼の口かられる言葉は途切れ途切れだ。

 ゲノムが『絡繰り世』から出て来られなかった本当の理由を悟る。彼の能力同様、生命を維持している装置も微細導器群体マイクロマシンで作動している。彼の一部になるはずだったのに、導力的なバグによって適合されなかったものを素材として改造した物なのだ。

 ゲノムは結界に閉じ込められたのではない。

 原色概念で構築された空間でしかゲノムは生きていけないから、十年もの間『絡繰り世』に引きこもり続けたのだ。

 過去に【光】の純粋概念を巡る『陽炎フレア』との攻防で今度こそ死んだと思ったゲノムは死を覚悟して『絡繰り世』に転がり込み、結果として得たのが疑似的な【憑依】による自己増殖だ。

陽炎フレア』にやられた脳を補完する際に、なんらかの不具合が生じたのだろう。過去の実験が関係している可能性もある。

 なんにせよゲノムは、【憑依】による魂の分割が可能となったのだ。

「おま、え……らは、ほんとうに、ふざけ、やがっ、て。そう……その腕、のおまえ、だ」

「……私、なんかしたっけ」

「とぼけ、んな。バラル砂漠の時も、じゃま、しやがって……」

 言われて、思い出す。

 サハラがメノウと敵対していた時に起きた事件だ。あの時も、ゲノム直属部隊の一つである『鉄鎖』は『絡繰り世』へつながる空間の穴を開けようとしていた。理論的には、遺跡街に開いた空間のつながりと同じだ。儀式魔導によって原色空間をつくり、ゲノムが生存できる場所を増やそうとした。

「あの時はメノウがやったことだから、私のせいにされても」

「うる、せ……結果、てきに、かわんねぇよ」

 確かにサハラが途中で鉄鎖を裏切り、メノウとアーシュナに攻め込まれたことによって中央砂漠地帯に『絡繰り世』とつながる拠点をつくる計画は打ち砕かれた。

 サハラがいてもいなくても計画は失敗しただろうから、自分に責任などないというのは紛れもなく本音だ。

「まあ、いい……それ、は、いいんだ、よ……」

 ゲノムが残った左手を振ると、端末の視界を映していたスクリーンが消え失せる。

「穴は、ここに、ひらいた。それで、いいさ。お前らを、ここまでいれたの、は……直接、ぶち殺したかった……んだよ」

 なぜか、悪寒がサハラの全身を貫いた。

 相手は立ち上がることすら自力でできない人間だ。

 無力だというのに怯えのないゲノムの姿勢がサハラの生存本能を刺激した。

『導力:素材併呑──義腕・内部刻印魔導式──起動【スキル:杭打ち】』

 サハラが自分の手持ちの中でも最大の手札を切ったのは、本能的な恐れによるものだった。

 初手不意打ちでの最高威力で攻撃した選択は正しく、そして無意味だった。

「はしゃぎ、やがって、よぉ……このおれの、ざま、みて……かてる、って、思っ、たんだろ」

 サハラの攻撃を受け止めたのは、床に散乱していた義体だった。数々の義体が組み合わさって動き出し、巨大な手となってサハラの攻撃を受け止めた。

「死ねや、クソアマども」

 ゲノムの義体が隆起し、雪崩を打って襲い掛かってきた。

 逃げようにも、逃げ場などなかった。この部屋は一面にゲノムの体を補完するために造られた義体が大量に転がっている。肉体につながっていないというのに、一つ一つがゲノムの意思に呼応して動いてサハラたちを取り囲む。

 大量にある義体のうち集合した義眼がうごめき、サハラたちの動きを追う。

『導力:素材併呑──義眼・内部刻印魔導式──起動【スキル:灼熱の魔眼】』

 空中に、劫火ごうかが生み落とされた。

 ──ノノは、この未来を見ていたのだろうか。

 必死になって炎を避けているサハラの脳裏に浮かんだ疑問の答えが出る前に、後ろから衝撃を受けて突き飛ばされる。

 サハラを突き飛ばしたのは、ノノだった。

 一瞬前までサハラの位置にいたノノの体が、上半身と下半身で泣き別れになっていた。義眼が生み出した炎を目眩めくらましに、背後から義手が襲い掛かってきていたのだ。

 とっさにノノの上半身を摑んで胸に抱き寄せ、全力で部屋の外を目指す。捨て置かれたノノの下半身が、ミキサーにかけられたように粉微塵こなみじんになる。

 大気が裂けた。裏拳の軌跡が風鳴り音を立ててサハラの側頭部を跳ね飛ばした。きりもみ状態で空中に飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 希望があるとすれば、マヤだ。

 原罪概念。触れれば一方的に浸食されかねないという優位性から圧倒的な優位を誇るがゆえに、大量の義体はマヤを避けて通っていた。

「ノノ、サハラ! いまぁむぐぅ!?

「クソガキが」

 ゲノムのかすれ声の直後に、マヤの叫びがふさがれた。

「おれが……てめえの、対策、してねぇとでも?」

 環境制御塔を浸食していた魔物が、この部屋の床に残っていた。触手を伸ばしてマヤを丸呑まるのみにしたのだ。マヤは魔導行使の際、視線で狙いを付けるくせがある。ゲノムは部下から得た情報でそれを見抜いた。視界さえ塞げば狙いを付けられなくなる。かといって下手に殺してしまった場合には、どこから再召喚で復活するものかわかったものではない。そのため、最初から床に同化させていた魔物に丸のみさせて捕獲したのだ。

 魔物に変化させる魔導も、もとから魔物であるならばなんの効果も発揮しない。マヤの判断力では、なにも見えない聞こえない状態では、どんな魔導を使えばいいかの選択ができない。

 終わった。

 痛みを痛みとすら感じられない衝撃に意識を朦朧もうろうとさせながら、そう思った。

 原罪概念の対策まで済ませている。勝てる要素がない。今度こそダメだという確信的な絶望が、サハラの胸中を覆った。

 どうせ自分なんて、そんなものだよな、という諦めがく。

 だが。

「──ッ」

 負けられなかった。

 自分が負けるのも、死ぬのも、構わない。

 だがマヤを、見捨てるわけにはいかない。自分が生きているうちに、まだ幼く、自由で、わがままで、自分に変わるきっかけをくれたマヤを見捨てるわけにはいかないのだ。

 なにか、道はないのか。

 必死になって視線を巡らせて、上半身だけになったノノの指が目に留まった。

 彼女は明確にどこかを指さしていた。その先を目でたどると、一体の人形があった。

 人型魔導兵の素体だ。一目見て、その正体を悟った。

 あれは、バラル砂漠で『絡繰り世』に送り返した三原色の魔導兵だ。顔がのっぺらぼうで、雌雄もない裸体の状態だが、間違えようもない。

 あの時に入っていたサハラの魂が抜けたため、肉体が抜け殻となって『絡繰り世』に送り返され、それをゲノムが確保したのだろう。

 なにせ、一時いっときとはいえ【器】の人災ヒューマン・エラーが納まった三原色の魔導兵だ。ゲノムが手元に置いておく価値はある。

 それが必然だといわんばかりに、吹き飛ばされたサハラの傍にあった。

『バグめ』

 懐かしい、魂に響く声が聞こえた。

『あなたをあなた足らしめていた自己嫌悪はどうした。捨てたはずの自分を拾って、満足か』

 幻聴かもしれない。それでもサハラは答えた。

 いつの間にか、消えていた。自分を嫌いになっているどころではなかった。あんなにうらやましかったはずのメノウは意外と格好悪いところも多かった。あんなに憧れていたはずの導師マスター陽炎フレア』が死んでも、そんなに悲しくなかった。自分より悲惨な人生なはずなのに悲観さがないマノンのような少女もいた。

 そして。

 マヤがいる。

『バグめ。バグめ。あなたは自分以外のなにかに、なりたかったはずだ。強く、きれいな、お前以上の人に。バグを捨てたあなたに、いまもなれる。あなたがいる、いまならば』

 もしここで、サハラが誰かを思い浮かべれば、その人になれるという確信があった。かつて、メノウになったように。アーシュナ・グリザリカのような強さには羨望を覚えるし、導師マスター陽炎フレア』にだってなれるだろう。もしかしたら──シラカミ・ハクアにだってなれるのかもしれない。

 自分を、捨てさえすれば。

『望みさえすれば、あなた以上の自分になれる』

 願望が、ささやく。

 だが、いまのサハラには自分を捨てられない。どんなに無様をさらそうとも、かつて欲しかったもの以上の感情がある。

 無意識なほど自然に、一つの疑問が声に出た。

「あなたは……なにになりたいの」

 幻聴が、止まった。

 ああ、とに落ちた。この幻聴の心が理解できた。自分の願望をかなえるために、自分が器じゃないなんてことは、この幻聴だってわかっている。思い知っている。だから誰かの願望にすがって、誰かの願望になろうとしている。

 ならば、言うべきことは一つだ。

「わからないなら……あなたが、私の【器】になればいい」

 幻聴の返答は、一拍遅れで響いた。

『──要望を承諾、正常に処理しました。接続を開始します』

 サハラの右腕が、目の前の素体を取り込んだ。そうとしか表現できない現象が起こった。

 取り込まれた素体が細かく分解されていく。赤、青、緑の三原色の微粒子。いまのサハラには、感覚的に理解することができた。これが微細導器群体マイクロマシン。原色概念の最小単位は、砂粒よりも細かな音を立てて巻き上がり、サハラの導力義肢となっている右腕に吸い込まれていく。

「おい、それは……」

 この遺跡街で初めて、ゲノムが動揺をあらわにした。理解不能な現象へのいら立ちをぶつけるように、大量の義体が組み合わされた拳を振るった。

 三原色の魔導兵並みの出力がある。単純ながら必殺に近い強力な攻撃だ。

 サハラは、茫然と自分の導力義肢を見つめていた。ゆっくりと右腕を前に出す。導力が加速していた。自分の腕の中で、無限に加速し続けていた。加速した余剰で吐き出されるエネルギーに触れて、ゲノムの攻撃を受け止める。

 ゲノムの攻撃が、砕け散った。

「なっ、に、をしやがった、テメェ……!」

 ゲノムの叫びにも、サハラはいまの自分の状態を言語化できるほど理解していたわけではない。その代わりとでも言わんばかりに、上半身だけとなったノノが満足気に笑う。

「あぁ……やっと、完成したね」

 導力による永久機関の可否について、一つの仮説がある。

 導力回路で永久機関をつくるには、循環する空間が三つあればいい。空間の位相差がある三つの空間をつなげてエネルギーを流すと、永遠に落下して加速を続ける循環経路ができる。逓減する以上に加速するエネルギーが生まれ、導力循環を繰り返す永久機関が完成するのだ。

 だが、どうしても原色概念と原罪概念を結合する素材は見つからなかった。三つの空間をつなげる方法は長年研究され続けながら、千年前の古代文明ですら糸口も摑めずに机上の空論として放棄されていた。

 だが、人間には不可能でも、二つの概念そのものが接続を望めば。

 人災ヒューマン・エラーと化した【器】と【魔】が、ほんの一部であっても、誰かを通して共存の意思を示せば。

 未来を知る彼女は、このために、この時代のこの場所に【星読み】として残り続けた。それでも、決してここにたどり着ける可能性は高くなかった。

「ざまぁ見ろよ、グリザリカ」

 ノノは【防人】と名前を変えている宿敵に、心の中で中指を突き立てる。

 サハラの銀腕が輝き始める。過剰な導力光を纏って、恐ろしいまでに発光する。加速し続ける【力】があふれ、腕の形をした導力エネルギーそのものになる。顔をひきつらせたゲノムが、部屋にある義体をすべて自分の前に集めて盾にする。

 サハラは、構わなかった。

『導力:素材併呑──永久導力機関・内部刻印魔導式──起動【スキル:導力砲】』

 サハラの銀腕からあふれ出した閃熱が、目の前のすべてを消し飛ばした。


 目覚めたサハラは、ぺしぺしとマヤに叩かれていた。

「……ま、や?」

「よかった、起きた……!」

 自分がどれだけ気を失っていたのか。指の一本も動かしたくないほどの疲労感が、サハラを覆っていた。体が鉛のように重い。さっきの、わけのわからない現象の反動だろう。涙で潤んでいるマヤの目元をぬぐうこともできないな、と本当に我ながらがらでもない感想が浮かぶ。

 それに、まだ終わっていなかった。

 ゲノムが、いた。

 どうやら、サハラが気を失っていたのは一分にも満たない時間だったらしい。状況の変化は、ほぼなにもなかった。

 だがすぐに警戒する必要もないと気が付く。ゲノムはさっきのサハラの一撃を防ぐために、部屋にあった義体のすべてを盾にしたのだろう。彼自身は命を拾ったものの、武器になるものは残っていない。導力銃はいくつか転がっているが、生身のゲノムにはそれを自力で拾いあげることもできない。