静止したまま、そこに立っている。
違いといえば、握った短剣銃の刃にベッタリと血が付着している点だ。
「ッ!」
自分の一人が、声にならない悲鳴を上げて倒れた。
「ははっ」
この理不尽。間違いない。先ほどまで『
真正の純粋概念。限りなく、概念に近い人型。異世界人がこうなるための
「お前が【時】の
叫び、この場にいる全員で機関銃を斉射した。
一秒で百発を超えて放たれた導力弾は、少女の手前で停止した。複数人のゲノムによる機関銃の斉射で吐き出される導力弾のすべてが【時】の
これが【時】の
一分近く続いた銃撃が、
ここにいるゲノムたちの導力が尽きたのだ。十人で秒間十発近い掃射を、一分間。合計六万発の弾丸が完成させたのは、おびただしい数の導力弾でできた球体だ。
「参るね、まったく」
一発たりとも、通らなかった。
思わず苦笑いを浮かべたゲノムが見ている前で、銃弾の向きが裏返る。
「やっべ」
次に起こる現象がありありと想像できる動きに、ゲノムの顔が引きつる。
時の魔導による【停止】は、物理エネルギーを消耗させない。時間が停止されている物体は、もとの運動エネルギーを保持し続ける。【停止】が解除されれば、もとのエネルギーを取り戻すのだ。
とっさに
常人ができる判断と回避行動は、
『導力:接続──不正定着・純粋概念【時】──発動【加速】』
一塊となっていた銃弾の集合体が、弾けた。
【加速】が付与された六万発の導力弾が、四方八方に放たれた。回転数と弾速が過剰なまでに増幅された一発一発が、必殺の威力。音すら消える衝撃の放射に、囲んでいたゲノムたちが全員なすすべもなく撃ち抜かれる。原形すら残らず、血煙すら
ゲノムだけではない。
周囲の建築物も同様だ。倒壊などという生やさしさはなく、瓦礫も残さないほどに砕いて吹き飛ばし、少女の周囲にあるものすべてを等しく崩壊させた。
あとには、なにも残らなかった。
足場もなくした少女は、ゆっくりと落下する。
天井の街の一部が半球状にぽっかりと抉れていた。
まるで爆心地である。天井の街を見つめる少女は、表情の欠落もあって、非人間的に美しい。
彼女に近づく足音がした。
そちらに顔を向けると、二人の人物がいた。
「やってるねぇ。さすがお父母様と同じ
一人は、アビィだ。彼女のことは知っている。三原色の魔導兵。脅威である彼女に指を向けようとして、瞳が戸惑いに揺れる。
アビィの隣に立っているもう一人も、少女が知っている人物だったのだ。
「……モモ、ちゃん」
「アカリ」
モモが、少女の名前を呼ぶ。キャリーケースにしている白い箱を地面に倒して、その上にどっかりと座る。
「まだ、引っ込んでなさい。お呼びじゃありません」
「……ま、だ?」
「そうです。まだ、時間じゃありません」
「で、も……ぅ」
モモの
「いいから」
それは説得でも強要でもない。
懇願だった。
「……」
しばらく、二人は見つめ合う。
先に目を閉じたのは、メノウの姿をしたほうだ。
全身を脱力して、立ち尽くす。
黒くなっていた髪の色が抜けていく。
ふう、とモモが息を吐く。
ぱちぱちとアビィが拍手をする。
「お見事な
「ええ。私が見たかったものでもあります。ここからは、別行動ですね」
モモが吐き捨て、
「あれ? いいの? モモちゃん、メノウちゃんとアカリちゃんのために、半年前に私と取引したんじゃなかったっけ」
「言ったでしょう。私は見るものは見ました」
モモは
「その人は、私の敵です」
ずきり、と鈍い痛みが走った。
「うっ……」
頭痛を堪えるために、頭を押さえる。その動きで、メノウは自分の意識の覚醒を自覚した。
「あ、れ?」
メノウは、周囲を見渡す。自分がどこにいるのか、わからなかったのだ。先ほどまで天井区画で戦っていたはずが、いまは周囲になにもない
「私は、なにを……」
致命傷を負ったあとの記憶が抜け落ちている。
胸元を触ってみるが、怪我はない。それどころか服に穴すら空いていない。悪い夢を見ていたのだと言われたら納得してしまいそうだ。
上を見上げると、天井の街が見えた。
「……落ちた?」
普通に落下すれば、メノウが助かるはずがない。
周囲の惨状とゲノムがいないことから察するに、純粋概念を使って窮地を切り抜けたのだろう。代償としてその記憶が消費されてしまったというのなら納得できる。
「とにかく、『星骸』よ」
一時的にとはいえゲノムを撃退したというのならば、それでいい。
『星骸』が異世界送還陣だというのならば。
アカリが意識を取り戻した時に、彼女をもとの世界に帰してあげるという選択肢が取れる。
メノウはアカリとともに生きたい。
だが、メノウは自分が長く生きていられるとは思っていなかった。
自分が死んだ後に、アカリのためになる道がいる。
「環境制御塔に、行かないと」
頭痛も治まってきた。
もう大丈夫だと行動を再開するために顔を上げた時だ。
「メノウちゃーん!」
「うぐぅ!?」
ものすごい勢いで体当たりをかましてきた人影を、受け止め損ねた。
衝撃に体がくの字に曲がる。すわ新手の襲撃かと戦慄するが、追撃はなかった。飛びかかってきた女性はメノウの体に顔をうずめている。
こういうことをするのは、一人しか──いや。
一人も、知らない。アカリだって、出会い頭に抱き付きはしない。
忘れた記憶が喉につっかかるようなもどかしさに胸を搔きむしったのは、一瞬だ。思い出せない感情は振り払って、メノウは怒鳴りつける。
「なん、のつもりぃ! アビィ!」
「いーじゃん! 再会を喜んでも!」
ゲノムとの激戦をかろうじてしのぎ、勢力が混沌としている『遺跡街』でメノウはアビィと合流した。
『遺跡街』の大通りを走っていた男の一人が、不意に立ち止まった。
地下街からメノウたちを追っている冒険者の一人である。彼らは派手に鳴り響いた戦闘音を聞いて現場に駆けつけているところだった。
ゲノムの支配下にあるため、サボタージュは許されない。不服従の結果がどうなるか、よくよく知っているからだ。
足を止めたのは、珍しいことに導力義肢を付けた男だった。ゲノムが地下街にやってきたことで、一つだけ手放しに喜べることがある。
彼から地下街の住人に、無償で導力義肢が配布されたのだ。
『武器商人』と呼ばれるゲノムが、独自の商材として導力義肢を取り扱っているのは有名な話だ。いままでの戦闘家業で手足を失っていた冒険者もいたため、こればかりは素直に感謝して、自由に動かせる自分の手足を接続した。
目の前の男も、そんな一人だ。しきりに金属製の義肢をさすりながら、神経質に視線を巡らせている。
「どうした?」
「いま、声が聞こえなかったか?」
「はあ?」
なにも聞こえなかった。耳をすませてみるが、先ほどの戦闘音も静まっている。
だが相棒は不安げに、キョロキョロと周囲を見渡す。
「ほら、やっぱり声が……あ」
不自然に台詞が止まった。ぶるぶると体を震わせ始める。
さすがに様子がおかしい。ペアを組んでいる男が肩を摑んで軽く揺する。
「お、おい。どう した?」
「あ、ああ……あああああああああ、ば」
べこり、と異音を立てて彼の顔に穴が開いた。
あまりの光景に、男の思考が停止する。最悪、そのまま死んだというのならまだ理解できる。まったく意味がわからないが、魔導現象がありふれた大陸では、男が理解できない現象などいくらでもある。
だが、相棒の変化はそれだけにとどまらない。
ぼこぼこと肉体が沸騰するように
男は恐怖に体を震わせる。
「ぼ、ボス……」
ゲノムが、ちらりと視線を男に向ける。
「あー……俺の部下じゃなくて、冒険者のほうか」
「ひゃ、は、はいぃ!」
「運が悪かったな」
「へ?」
戸惑っている間に大口径拳銃を取り出し、冒険者の頭を吹き飛ばした。
「さすがに、どこぞの馬の骨が見ていいもんじゃねえんだわ、いまの」
自分の能力を隠し通すために作った死体を足元に置きながら、ゲノムは先ほどの戦闘を思い出す。
「あれが、【時】の
大したものである。なすすべもなく駆逐されてしまった。非才の身には、少しばかり荷が重い。
「だが、悪くねぇ」
ゲノムは舌なめずりをする。
あの程度の戦闘で顔を出すというのならば、もっと激しい戦闘に巻き込めばどうなるのか。
『
そうすれば、一つ。
『
ゲノムは、環境制御塔に目を向ける。上下に伸びる二つの巨塔の中心には、導力光が渦巻く球体がある。
この大陸でいまは二つしかない、『絡繰り世』への入り口だ。少し前にゲノムがバラル砂漠で部下に命じて作らせようとしたものが自然発生したのだから、笑うしかない。
あんな素晴らしいものが二つしかないなど、あまりにも
「だよなぁ。わが心の故郷、『絡繰り世』」
メノウが環境制御塔に着こうが、彼女ではなにもできない。追い立てるべきは【星読み】だ。『遺跡街』の機能を一手に引き受ける演算能力を持つ彼女は優先的に処分しておかなければならない。
ここは、ゲノムが生きていられる数少ない土地なのだ。
どちらにせよ、あと一押し。
「このくだらない世界を滅ぼすために」
不敵に笑ったゲノムは、銃を片手に立ち上がった。