地下街の終着点。

 冒険者たちが防備を固める最終地点で、戦闘音が響いていた。

「くそっ。ここまで押し込まれるのか……!」

「相手はたった四人だろ!」

 弱気を振り払うために怒号が飛びかう。場所は『遺跡街』の一歩手前。地下街で生活をしている冒険者にとっては死守するべき一線だ。この先には、触れてはならない人物がいる。

「ふざけんな! こいつら通したら、おれたちがあの人になにをされるか、わかったもんじゃねえぞ!」

 この先にある『遺跡街』に続く扉が開いたことに冒険者たちが気づいたのが半年前。それを知ってか、第一身分ファウストが地下街の入り口を封鎖したのが、およそ三か月前。その直前、タイミングを見計らったようにしてなだれ込んできた集団が、ゲノム・クトゥルワを筆頭とした人間だ。

 無機質で、情を知らず、精強だがなにを考えているか一切わからない。そいつらに比べれば、まだしも目の前の少女たちのほうが敵に回して怖くない。

 だが数を頼みにするには、相手があまりにも悪かった。冒険者たちが相手にしているのは、人間ですらない。濁流のように絶え間なく襲いかかってくる魔導兵の群れだった。

「こんな程度で……!」

 冒険者の一人が狭い空間で、一体の魔導兵の核を破壊する。原色の輝石が動力部になって動いている。そこさえ破壊すれば、魔導兵はひとたまりもなく停止する。

 しかし苦労の末の成果に喜んでいる余裕などない。

「お、頑張ったね。えらいえらい」

 健闘をたたえるのは、戦場にありながらも、目を釘付くぎづけにされかねない美女だ。

 惜しみなく褐色の肌をあらわにした、グラマラスな体つき。奮闘ぶりを微笑ほほえましいといわんばかりに称えた彼女のおなかに描かれた歯車のマークが導力光を帯びた。

「はい、追加だよ」

 砕けた口調の女の褐色の肌から、巨大な魔導兵が展開される。先ほど倒した魔導兵と同個体が、二体。重い足音を立てて出現する。

 一体倒したと思えば、二体増える。

 終わりの見えない際限のなさを見せつけられて、なにより相手の悪さを改めて知らしめられた冒険者たちの戦意がどん底まで落ち込む。

 褐色の肌。白目部分が黒く、虹彩こうさいが美しい単色の青でできたひとみ。間違いなく三原色の魔導兵だ。

 魔導兵の生産者にして指揮者。人類以外で唯一の知性体。東部未開拓領域『絡繰り世』でしか出没しないとされている特殊な魔導兵だが、人類を超えた知性体として性能の高さは大陸中に知れ渡っている。

 当然、強敵は彼女だけではない。

「く、そっ!」

 仲間が魔導兵を引きつけているうちに妨害をくぐり抜けようとすれば、またたく間に展開される導力の枝に阻害される。足を少しでもめれば、ねらい澄ました銃撃だ。

 下手人は、相手の中でも一際ひときわ美しい少女、『陽炎の後継フレアート』メノウである。

 発動時間の短い紋章魔導で足止めをして、一発で戦闘不能に追い込む威力の銃撃で意識を刈り取る。奇抜な魔導もなく冒険者たちにも理解できる攻撃しかしていないぶん、彼女が自分たちを鍛え抜いたはるか先にいるという地力の差がはっきりと感じられてしまった。

「ふわぁ、楽でいいわ」

 そして修道服を着た銀髪の少女『総督』サハラなど、後方であくびをする余裕っぷりだ。東部未開拓領域の戦線を平定したというだけあって、聖地を崩壊に導いた『陽炎の後継フレアート』や、三原色の魔導兵すら彼女の部下なのかもしれないと思わせるスケール感のある態度である。格の違いを見せつける振る舞いで男たちの戦意をくじく。

 それでも彼らを駆り立てているのは、純然たる恐怖だ。

 ゲノム・クトゥルワ。

 冒険者たちと同じく第三身分コモンズで生まれた例外中の例外こそ、彼女たちを敵に回してでも逆らいたくない存在だ。骨身に染みるまで恐怖が植えつけられている。

 それに目の前にいる敵の布陣に穴がないわけではないのだ。

「他の三人はともかく、一番小さいのは、ただのガキだ! そいつを狙えっ。なんとか人質にすれば──」

「ふーん?」

 あせりに満ちた怒号が飛びかうさなか、まさしく子供の声が男たちの後ろから響いた。

「子供のイタズラを、甘く見すぎじゃない?」

 ぎくり、と体が強張る。前から迫る魔導兵への対処に集中していたせいで背後への注意を怠った。一瞬遅れて振り返ろうとするが、もう遅かった。

 影の中から、黒髪の少女が顔をのぞかせていた。

 その瞳が、紅の導力光を帯びる。

『導力:生贄供儀──混沌癒着・純粋概念【魔】──召喚【悪戯っ子の落とし穴】』

「な、うわっ!?

 男たちの足元の影に突然、穴が開く。すっぽりと足首まで埋まる影の落とし穴に、男たちが体勢を崩した。

 落とし穴にハマった男たちに、べえっと小憎たらしく舌を突き出される。子供の悪戯じみた魔導に男たちの顔が怒りで染まるが、反撃の機会は与えられなかった。

『導力:接続──紋章・短剣銃──発動【迅雷】』

 メノウの紋章魔導によって放たれた雷撃が、男たちに浴びせられる。彼らは悲鳴をあげることもできずに昏倒こんとうした。


 結構な騒ぎになってしまったが、地下街での妨害は無力化した。

 メノウは累々と重なった男たちの合間を歩いて、ぽんとマヤの頭に手を置く。

「ありがと、マヤ」

 言うまでもなく一番の活躍はアビィだが、決め手となったのはマヤの妨害だ。くすぐったそうにするが、退けられることはなかった。

「でも、純粋概念を使っても大丈夫なの?」

「メノウだって使ってるじゃない。ちょっとくらいはへーきよ」

「……本当に? 私は質を落として使ってるけど、マヤはそうじゃないでしょう?」

 しつこい念押しになってしまったのは、それだけ純粋概念という魔導が危険だからだ。

 絶大な力の代償に、行使者の記憶を取り立てる。自我が保てなくなるほどに記憶を消費した末路は、魂と融合した概念に突き動かされる人型の魔導災害──人災ヒューマン・エラーになるしかない。

 人災ヒューマン・エラーになる恐ろしさを他のだれよりも知っているからこそ、マヤは断言する。

「【魔】の純粋概念は肉体も生贄いけにえに捧げるから、その分、消費される記憶が少ないの。たぶん純粋概念の中でも、あたしが一番コスパがいいのよ?」

 魂や精神だけではなく、肉体にまで純粋概念が癒着している【魔】だからこその特性だ。魔導発動の際に自分の肉体を生贄に捧げると、消費される記憶の量が明らかに減るのだ。

「髪とかつめとかちょっとずつめて生贄にしてるから、いまぐらいならなんの問題もないわ。心配されすぎなくても、あたしはへーき」

 マヤが強みとなる事実をいままでメノウたちに告げなかったのは、過去のトラウマによるものだ。

 この特性のおかげで研究と称して少しずつ体を刻まれた記憶は、千年とうとも簡単に癒えるものではない。そこまでされなくとも、人災ヒューマン・エラーにならないのならば純粋概念を使えと強要されるのが怖かったのだ。

 それでもいまのマヤは、メノウたちに自分の純粋概念の秘密を打ち明けて共有していた。ここに来るまでの途中で、メノウやサハラは自分にそんなひどいことはしないと信じることができた。

 マヤの口ぶりから彼女の信頼を感じて、メノウは口元を緩める。

「マヤはいい子ね」

「なにいきなり。とーぜんでしょ」

 意地を張らない肯定は、北大陸に来たばかりのマヤでは見られなかっただろう。

 そうして歩いていると、通路の終着点と言わんばかりの扉がそびえたっていた。

 ほとんど金属の塊にしか見えない、メタリックな扉だ。軽くたたいてみたが、どれほど分厚いのかわからないほど鈍い音が返ってくる。

「この先が遺跡街なのね」

「そだよー」

 軽い肯定は、男たちの装備をいでいたアビィのものである。小指ほどの大きさのあり型の魔導兵がせっせと男たちの武器を分解して無力化していく。武器を失えば、目が覚めてもメノウたちを追ってくる気力はなくなるだろう。

 アビィの探索結果と冒険者たちが激しく防衛していたことから考えれば、この扉の先が『遺跡街』であることは間違いない。

 巨大な扉に、マヤが近づく。

「この扉は、昔からあるやつね! 緊急用の物理ルートだからいつもは閉まってるけど、あたしみたいな重要人物は登録がしてあるから──」

「開いてるわよね」

「──ほんとね。なんでかしら」

 千年間、人の出入りを閉ざした扉であり、長年『遺跡街』が実在する実証をはばんでいたはずだ。メノウたちも、マヤをあてにしていた。

 それが何故と首をひねりつつ、開いている扉をくぐる。あまりにも隔壁が分厚すぎて、ちょっとしたトンネルになっていたそこを抜けると、メノウたちの視界いっぱいに巨大な街が広がった。

「うっわ」

 驚きとも感嘆ともいえない声を上げたのは、サハラだった。

 メタリックな扉の先には、街が広がっていた。『遺跡街』を一望できる、と言いたいところだが残念ながらメノウたちの位置では街の全貌はうかがえなかった。

 あまりにも広すぎたのだ。

「ここ、本当に地下……?」

 思わずメノウがさっきまで自分たちが通ってきた通路を振り返ってしまうほどに、『遺跡街』は広かった。

 五階建てにもなれば高層建築物だというのが常識なメノウたちの観念を打ち壊すように、数十階建てのビルが整然と立ち並んでいる。均一に舗装された道路に、建ち並ぶ高層建築物は建材からしてメノウたちにとっては見慣れない素材でできている。

 都市の中心部には人工物だとはにわかに信じがたい、巨大な塔がそびえ建っていた。

 この街にいればどこにいても目に入るだろう。それほどの巨大さでもって、地面と地下天井てんじょうから、二つの巨大な塔がぐに伸びている。千メートル級はあろうかという二つの巨塔の狭間には、渦巻く導力光が球体となって輝いていた。そこから漏れだす導力の燐光りんこうが、地下都市の全域を均等に照らしだしている。

 古代文明都市の残骸であり廃墟だというのに、いまの人類が住まうどの都市よりも文明が進んでいることが一目で実感できた。

 なにより衝撃的なのは、地下天井だ。

 いまメノウたちがいるのは地下空間だ。空は見えない。だが天井に掘り抜いた地面がき出しになっているわけでもなければ、無機質な建材でならされているわけでもない。

 地下の天蓋てんがいとなっている天井部にも、地上と同レベルの街並みが広がっているのだ。

「ここ作った人、いい趣味してるよねー」

 メノウとサハラの衝撃は、アビィが発した軽い賛辞で収まるものではなかった。

 上下に広がる街並み。氷柱つららが生えるかのように、地下天井から多種多様な建築物がぶら下がっている。地下という天井がある巨大な空間でしか実現できない、地上にはありえない都市構造だ。

 端に位置しているメノウたちでは全容はつかめないが、屹立きつりつしている巨大な塔が中心部にあるとすれば、グリザリカの王都を丸ごと地下空間に収めてもまだ余裕があるほどの面積だと予想できる。

「ふっふーん、すごいでしょ! どう、この街は。メノウたちを驚かせるために風景は秘密にしてたんだから!」

「いや、すごいけど……」

 他には存在しないと断言できる衝撃的な光景に圧倒されていたサハラは、こわごわと天井に並ぶ街並みを指差す。

「あの天井にぶら下がってる建物。なんの意味があるの……?」

「天井地区のこと? 普通に人が住んだりしてたわ」

「うっそぉ? クソデカ照明オブジェとかじゃなくて?」

「あははっ、妹ちゃんの発想、面白おもしろいねっ。普通に都市空間の有効活用だと思うよ?」

「いや、サハラの言いたいことのほうがわかるわよ、私も」

 目の前の風景に的外れなことを言ってしまうサハラの気持ちはメノウにもよくわかった。

 上にぶら下がる街は、辿たどり着く手段すら検討もつかない高度にある。なによりいつ落下するかもしれない上下反転の街に人が住むという神経が理解できない。実用性ゼロの大掛かりなオブジェだと言われたほうが納得できるのだ。

「上の天井地区は、いっぱい遊び場があったのよね。ただ……」