「冒険者っていうのはな、居場所を失った連中が最後に行き着く場所だ」

 自らも冒険者である男は、目の前にいる少女たちにそう切り出した。

 冒険者とは三つの身分に縛られた国家領域から外れた地域、未開拓領域で生きるならずものだ。そんな彼の前にいるのは、壮年に近い年代の自分とは対照的な二人だ。

 一人が、十六、七歳の修道服を着た銀髪の少女。そしてもう一人に至っては十歳前後という、年若いどころか幼いといっていい年齢の子供だ。

「生まれに納得できなかった奴。育つ過程で、どうしようもない壁に阻まれた奴。挫折と没落の後におれたちは未開拓領域に行き着いた。あんたらにとっちゃ知ったことがないだろうが、それぞれの人生で失敗してここまで落ちてきたんだ」

 冒険者になるような人間の多くは第三身分コモンズ第二身分ノブレスだ。ごくまれに、第一身分ファウストでも落ちてくるやつは落ちてくる。どれほど訓練し、教育し、選抜されようとも、居場所を失くす人間は生まれるのだ。法による保護が及ばない環境では力こそが正義となる。男たちは、そんな冒険者たちの中でも頭一つ抜けた集団だった。

 ほんの、数か月前までは。

 自分の子供にいてもおかしくない年代の少女を相手に、どうしてこんな話をしているのか。

 一瞬だけ頭をよぎったむなしさを自嘲じちょうで押し流して、男は弁舌を続ける。

「自業自得の面があるのも認める。だが、三つに区分されたいまの社会からこぼれ落ちた俺たちにとって……ここは、最後の砦さ」

 男が視線を向けた窓の外に、空はなかった。

 広がるのは、点々と設置された導力灯に照らされた地下街だ。

 薄暗い通路のわきには酒場や雑貨屋、食事処などが軒を連ねている。どこもかしこも異様に仄暗ほのぐらいのは、街に導力が通っておらず個人で使える導力でしかあかりをもたらせないからだ。

 北大陸中央部は、完全に導力が枯渇している。導力をエネルギーの基礎として発展した文明が栄えるこの世界では、都市機能の基盤となる【力】の流れがない土地は、人が住める環境ではないと判断される。人の往来はほとんど存在せず、地下街は驚くほど静かだ。

 ここは『星骸せいがい』によってくり抜かれた大陥没地帯のさらに下。

 北部未開拓領域、地下二百メートル地点。通常ならば人が住めるはずもない場所に作り出された古代文明の街があると、昔から推測されていた。確かに文献にも残る噂が誘蛾灯ゆうがとうになってつどった冒険者たちが寄り集まったのが地下街だ。北大陸にある町や村で住めなくなった人間が行き着く、最後の場所である。

「話はわかったわ」

 男の弁舌にうなずいたのは、愛くるしいながらも、いかにもマセた態度をとる十歳前後の幼女だった。上品で利発そうな第一印象を裏切るほどに、彼女の言動はこまっしゃくれている。胸元むなもとに三つの穴が空いた白いワンピースに着物を羽織るという奇抜なファッションも、堂々とした彼女の態度だからこそ成立しているという面もある。

「つまり『遺跡街』までの案内人を紹介してくれるっていう話はうそだったわけなのね? あたしたちをだまして、ここで捕まえようってこと?」

「そうだ」

 男は頷いた。

 三日ほど前に地下にやってきた少女たちが『遺跡街』への侵入をねらっているという情報は事前に手にしていた。彼らの上から指令が下りていたのだ。

 ここを根城とする冒険者たちは、ほんの数週間前に、一人の男によって支配された。

 その人物の命令は絶対だ。彼女たちを、これより先に進ませるわけにはいかなかった。そのために男たちは地下街に潜伏している少女たちが食いつくような情報をいくつか流布していた。

 その結果、この二人を釣り上げた。

「俺たちがここにい続けるために……お前たちは、邪魔だ」

 男たちの全身が燐光りんこうを帯び、武器を取り出す。導力強化。人の魂から生成される導力を全身にめぐらせて肉体能力を底上げする戦闘技能の基本だ。各々おのおのに戦闘用の紋章が刻まれた武器を携え、中には禁制品である導力銃を構える者もいた。

 明確な敵対行為に、幼女は不快げに目を細める。

「あたしたちがどんなものかっていうのは、有名だと思うけど」

「確かにな」

 リーダーの男は、不遜ふそんとも言える彼女の言葉を肯定する。

 聖地崩壊。東部未開拓領域の『絡繰り世』戦線の平定。グリザリカの身分制度からの脱却。

 どれもこれも百年に一度、起こるか起こらないかというほどの激動だ。彼女たちが成し遂げてきたことは、大陸中に知られている。彼女たちの正体を知っていながら、としが若いからといって侮る者は愚か者だと言い切れる。

 それでも、なのだ。

「どっちに付くかを選ぶなら、俺たちは強いほうを選ぶ」

 男の声音には、ありありと恐れが含まれていた。

「お前たちが、彼に──ゲノム・クトゥルワに勝てるとは、到底思えない」

 それが、すべてだった。

 力の恐怖に縛られている彼らの意見は変わらない。交渉の余地はないのだ。

 多勢に無勢。交渉のつもりで訪れた少女二人は、エサ場に飛び込んできたカモだった。だがこの程度の修羅場、少女たちも幾度もかいくぐっている。黒髪の幼女の不敵な笑みは崩れなかった。

「ふーん。後悔しないといいわね」

 圧倒的に不利な状況にあって、白いワンピースに着物を羽織った幼女は、自信満々に宣戦布告を受諾した。

「さあっ、出番よサハラ! やっちゃって!」

 威勢のいい幼女の宣言に、周囲の男たちの警戒が色濃くなる。

 身にまとう修道服に、右腕に備わった導力義肢。囲まれた状況にあって緊張感の一つもない態度からして、明らかにただ者ではない。この中の数人は『盟主』の後を継いだと言われる『総督』サハラではないかと勘付いた者もいる。

 この幼女の正体は知れずとも、『総督』サハラといえば東部の重鎮として有名だ。東部未開拓領域で『絡繰り世』戦線を平定した功績から、現代の英雄とたたえられつつある。この人数ですらかなわないのではないかと、一抹の不安が男たちの脳裏をよぎる。

 だが、サハラと呼ばれた当の少女はきょとんとした顔を幼女に向けた。

「え、なに、マヤ。いきなり。無理だけど?」

 当然のように返された言葉に、調子よく舌を回していた幼女ことマヤが口を閉じた。

 相方の態度は気に留めず、サハラはマイペースに言葉を続ける。

「この人数だとちょっと厳しい。だってこの人たち、結構な使い手だもの。そこらのごろつきじゃないわよ。たぶん、第二身分ノブレスから冒険者になった口ね。しかも一つの部隊が丸ごと。政治闘争とかで負けた責任をとらされたパターンじゃない?」

 その推論に、男は思わず感心する。

 男を隊長とした部隊は、政争に敗れ放逐された。第二身分ノブレスとして生まれた国にはいられず、しかし他国に受け入れられることもなく、未開拓領域で泥水をすすりながら生をつないできた。

 とはいえ、男たちの苦労などマヤの知ったことではない。彼女が直近で知りたいのは、彼我の戦力差だ。もっと簡単にいえば、ここからぱぱっと逃げられるかどうかの問題である。

「え……? じゃあ、この状況をどうするの?」

「なんかマヤが自信満々だから、策でもあるのかなって。ないの?」

「ないけど」

 再び、深い沈黙が落ちた。

「取り押さえろ」

「待って待ってストップ! カットカット! リテイク! 最初からリテイクお願い!」

 どうやら修道服の少女が名高い『総督』だというのは自分たちの勘違いだったと判断。偶然、名前と服装と容貌が一致しただけの間抜けた女と子供でしかない。

 それでも一応警戒して威圧するようににじり寄る強面こわもての男たちに、マヤは慌てて手を振った。

「ごめんね? ちょーっと調子に乗ってたのは、うん。認めてあげるわ」

 追い詰められた状況にいながら、素晴らしいと称賛するほかない胆力で話を仕切り直す。外見からするとせいぜい十歳でこの度胸が備わっているのは、もはや才能以外のなにものでもないだろう。

「あたしたちね、これでも東部ではちょっとしたものなのよ? 大手を振っておてんとうさまの下を歩きたいって言うのなら、協力できないこともないはずよ。こーんな穴蔵みたいな場所での生活、ごめんでしょ?」

「俺たちのようにすねに傷を持つ人間を、丸ごと受け入れるほどに、か?」

「……」

 幼女のほおを、たらりと冷や汗が伝った。

 彼女はかわいらしい口を一文字にして、ぷいっとそっぽを向く。

「マヤ、子供だからわかんなーい」

 とても正直な態度である。彼女の年齢を考えるとその素直さに花丸をあげたいものだが、交渉事で正直さは時として欠点となる。

「おい、このクソガキたちは生け捕りにしておけ。こんな世の中をめきったガキでも人質にすれば本命の相手……『陽炎の後継フレアート』への交渉材料にはなるだろう」

「……サハラ? 本当に無理なの? 一発逆転の手段とかないの?」

 迫りくる窮地に救いはないのかと問われたサハラは眠たげな目つきのまま平然と言い切る。

「ないものはないからあきらめて。私はとっくに諦めてる」

「ヤよ!?

 披露される寸劇に緊張感を削がれつつも、容赦する理由にはならない。

 力が正義の未開拓領域に住まう男たちは、邪魔者を排除するために囲みを縮めていった。


 地下街で怪しげな屋台で食事をとっていると、あからさまに厄介ごととわかる騒動が耳に入った。

『遺跡街』の手前に自然発生した地下街には、小規模といえ経済圏が築かれている。事情があって国家圏に住めなくなりつつ、戦闘もできないために冒険者を相手に商売をするという人種が一定数いる。

 金属同士が衝突して打ち鳴らされる音に、紋章魔導の発動気配。さらには導力銃の発砲音に混ざって、場違いに甲高い幼女の悲鳴が響いている。閉鎖空間である地下街では、音が閉じ込められて反響し、なかなか消えてくれない。特に最後の悲鳴は、閑静な地下街のどこにいても聞こえるのではないかと思ってしまうほどよく通る声だった。

 安いだけが取り柄のボロ屋台で丼麵をすすって腹ごしらえをしていた少女は、嫌でも聞こえてくる戦闘音にため息をつく。

「あの二人は、なにをやってるんだか……」

 愚痴っぽくつぶやきながら残りのめんをすすって口に収める。

 薄暗い地下街にあって輪郭が浮き出るほどに美しい少女だ。完食した丼に箸を置く仕草に合わせて、黒いスカーフリボンでくくった淡い栗毛がふわりと揺れた。

陽炎の後継フレアート』メノウ。

 禁忌を狩る処刑人でありながら第一身分ファウストを裏切り、聖地に甚大な被害をもたらして指名手配をされている少女である。青を基調とした服装には、少しだけ聖職者であった頃の面影が残っている。

「まーまー、そう言わないであげてよ、メノウちゃん」

 たしなめる口調でメノウの名前を呼んだのは、官能的な美女だった。

 縦縞たてじま模様のスラックスに短いジャケットを羽織り、美しい褐色の肌を惜しみなくさらしている。屋台の席に座りながら食事もせずにメノウの隣に座っていた彼女は、グラマラスな外見からは想像できないほど人懐っこい笑みを浮かべる。

「元気があっていいことだと思うよ? こんな地下で鬱屈うっくつとするより断然いいと思うね、おねーさんは!」

「限度があるって言ってるのよ。あの二人は、ほんと、目を離すとすぐこれよ。特に、サハラね」

「メノウちゃん、地味に妹ちゃんに厳しくない? 悪いの、どう考えてもあのちびっ子だと思うんだけど」

「アビィがサハラを甘やかし過ぎてるの。あいつ、やればできるのにやらなくなるじゃない」

「えー。あまあまに甘やかすのが一番だよ。妹ちゃん、すごく流されて生きてるからさ。おねーさん抜きで生きていけないようにしたいの。愛だよ、愛」

「やめてあげなさい。サハラのためにも」

 サハラも最近はマヤと打ち解けて互いにいい影響を与えている雰囲気があるのだ。

 軽口をたたきながら食事の勘定を支払ったメノウは立ち上がる。ホットパンツから伸びる脚線美が向かう先は、いよいよ騒がしくなってきた戦闘音の方向だ。

「地形の調査は、まだかかる?」

「そろそろ終わるかな。意外に広かったよ、ここ」

 アビィが持ち上げた指先には、ありが取り付いていた。小指の先ほどの大きさだが、よくよく見れば歯車やバネで構成された無機物の昆虫であることがわかる。

 むし型の魔導兵。

 ここまで小型な魔導兵には、アビィが生成したものしかお目にかかったことがない。

 メノウたちが北大陸に来て、妨害をくぐり抜け地下にもぐりながらも『遺跡街』の手前で足止めをらっているのには理由がある。

 道が、わからなかったのだ。

「無計画にあっちこっち掘り広げてるみたい。順路はないし、途中途中で崩落してるし、有毒ガスがまってたり水没してたり……人間が住む環境じゃないと思うよ、ここ」

「無理やり住んでるだけだから、そういうことにもなるわよね」

「そんな場所だから全部の把握はまだだけど、『遺跡街』への入り口は見つけたよ!」

 地下街は冒険者が寄り集まって作った街だ。性質としてサハラと再会したバラル砂漠の街が近いが、交通の要衝でもない地下空間のため、より鬱屈とした雰囲気が漂っている。排他的なコミュニティ相手に手配犯のメノウたちが接触するわけにもいかず、アビィが得意としている超小型の魔導兵でしらみつぶしにして道を探していた。

「ただ、ミシェルが追ってこないのも気になるのよね」

「ミシェルねぇ」

 メノウがもっとも警戒している人物の名前を聞いて、基本的にはお気楽思考なアビィも顔をしかめる。

 ミシェル。北大陸に到着するなりメノウたちを追い回した異端審問官である。第一身分ファウストの中でもハクアから直接指令を受ける立場にいる神官であり、単身でメノウたち全員を相手取って殲滅せんめつできるほどの戦闘力を誇っている。

 地下街でもミシェルからの逃走劇になるかと思いきや、意外なことに彼女が地下に降りてくることはなかった。

「来てないならいいことだと思うんだけど、そんなに気になる?」

「もう三日よ? 地上じゃあそこまでしつこく追い回してきたのに、ぴたっとんだのは変よ」

「出入り口をふさぐことを優先してるんじゃないかな」

 地下街の地図を作っていたアビィが、自分の考えを伝える。

「調べた感じ、この地下の出入り口は本当に入ってきたところしかないから、下手に入り組んでる地下で追いかけっこするより待ち伏せのほうが効率いいっていう作戦かも」

「実際、そっちのほうが困るのよね」

 実のところ、メノウたちにとってミシェルに地下まで追ってきてもらったほうが好都合だった。

 ミシェルは強い。戦いにおいて基本である【力】の総量と出力が異常に高く、特殊能力の域になるほど人間離れしているのだ。おそらくだが、彼女は個人で一つの都市が営むのに必要な導力をまかなうことができる。

 一対一の戦闘では過剰なほどに強力すぎるミシェルは、いまメノウたちがいるような地下空間では全力を出せない。彼女が紋章魔導で剣を振っただけで、いまいる地下街など崩落してしまうリスクがあるほどだ。

 ありがたいことに、ミシェルには周囲に被害を出さないという良識がある。目的があっても、手段を優先するのだ。

 だからこそ、ミシェルの出力が制限される地下という環境をうまく味方につければ、彼女をめて生き埋めにすることもできたはずだ。それですら生命力がずば抜けている彼女を倒せるかどうか怪しいが、置き去りにすることはできる公算だった。

 ただ、ミシェル自身も自分が閉鎖空間での戦いに不向きだというのは承知だったのだろう。

「出入り口を封鎖してきたもんね。さっきのお店の人とか、困ってたよ」

「外からの物流ないと、物が干上がるわよね。なんだろう。ミシェル、もしかして私たちがここで餓死するまで閉じ込めるつもりなの?」

「そこまで気長じゃないと思うなぁ」

 地下街は冒険者をはじめとした北大陸のあぶれ者が拠点としている。それなりの人数が集まっているために、生活物資を手に入れるため地上の街と行き来があったのだ。

 ミシェルはその物流を第一身分ファウストの強権で断ち切っていたらしい。異端審問官という公的な独立権限が強い立場だからこそ可能な力技だ。おかげで封鎖を振り切って地下街に来たメノウたちは、だいぶ悪目立ちしてしまっている。

 餓死云々は冗談にしても、封鎖の原因をメノウたちとすることで、ここにいる冒険者たちを丸ごと敵にさせる策略だろう。

「そう都合よくはいかない、か。帰る時、どうする?」

「あいつと戦いたくはないかなぁ……掘る? 新しい出口」

掘削くっさくかぁ……」

 アビィの提案を聞いて、思わず地下天井てんじょうあおいでしまう。人力での掘削は不可能でも、昆虫をモチーフとした多様な魔導兵を出せるアビィがいれば掘れないこともないだろう。

 だが当然、問題はある。

「下手に穴を空けて、崩落とかしない?」

「するかも。おねーさん、そういう計算は専門外だよ。感覚派の魔導兵だからね。この子たちも、私の魂からあふれるフィーリングで作ってるもん」

「じゃあなしで」

 精密導器であるはずの魔導兵を感覚で作っているという発言に若干引きつつも、メノウは帰り道の方法を保留にする。

 網の目のように広がる地下街には、一千人規模の人間が住んでいる。いまメノウたちが歩いている幅の広い炭鉱路のような形状だけではなく、地盤が安定したところを広く掘って簡易の集落にしているところもあるのだ。

 地上への掘削の最中にうっかりバランスを崩して罪なき住民を丸ごと押し潰すのは、さすがに寝覚めが悪い。

 メノウたちを追い回す異端審問官ミシェル。彼女とは戦っても勝てるビジョンがいまだに見えない。やはりどうにか回避するすべを考えるべきかと結論を先送りにしていると、佳境に突入しつつある騒音現場に到着した。

 メノウは太ももから、短剣を引き抜く。つかが銃のグリップの形になっている、特殊な形状の短剣銃だ。

 地下街の中でも入り組んだ場所にある区画で、メノウは握った短剣銃に導力を流す。

『導力:接続──紋章・短剣銃──発動【導枝:銃身バレル】』

 紋章魔導によって発動した導力の枝が銃身を形成する。

 またたく間にメノウの手元に導力光で輝く銃が現れた。

 壁に銃口を突きつけて、目を閉じる。戦闘は壁の向こう側だ。視覚は頼りにならない。音を頼りに、部屋の内部の位置関係を把握。壁の厚さも考慮して銃口の位置を微調整し、引き金をひいた。

「──ぐッ!?

 部屋の中から野太い悲鳴が上がった。壁抜きで放たれた弾丸がリーダー格の男に命中したのだ。

 壁に穿うがたれた銃痕からは混乱した様子がのぞき見える。メノウは構わずに、連射。今度は狙いをつけずに混乱をあおる目的で撃ち込む。

 外からの乱射に、内部での統率が崩れた気配がする。その隙を突いて、部屋の中から少女が窓枠をぶち抜いて脱出を果たした。

 修道服を纏った銀髪の少女ことサハラは、マヤを背中におぶったまま軽く手を上げる。

「ども。助かった」

「どういたしまして。マヤがかわいいのはわかるけど、わがままに付き合うのもほどほどにね」

「なんであたしが悪いみたいなことになってるのかしら?」

 サハラの背中にいるマヤが納得いかないと訴えるが、この三日で暇を持て余した彼女がサハラを巻き込んで独自に情報収集を始めたのが原因だ。マヤが馬の合わないアビィに変な対抗心を燃やしたと言い換えてもいい。

 軽口を叩き合っていると、サハラたちが脱出した建物から殺気立った男たちが出てくる。

「『陽炎の後継フレアート』……」

 リーダー格と思しき男が、メノウをにらみつけて憎々しげに二つ名を口にする。

「……そこのガキを捕まえて穏便に出ていってもらうつもりだったが、無理か」

「あんまりうちの切り札を舐めないでほしいわね。そう簡単に捕まる子じゃないわよ」

 先ほどまで消え失せていた緊張感が、一気に取り戻される。サハラたちを捕らえようとしていた男たちだけではない。他の建物からも冒険者たちが出てきたのだ。

 どうやら事前に二重の包囲を敷かれていたようだ。思わぬ人数に、メノウの眉間みけんにしわが寄る。

「……なにしたの、二人とも」

 思った以上に状況が悪かった。下手をすれば、地下街で戦闘可能な冒険者の大多数がここにいる。

「べっつにー?」

 小生意気な口調で反論をするマヤはいい。十歳前後の子供にしか見えない彼女は、なにをしても必要以上に警戒されない。よっぽどの事情通で、彼女が【魔】の純粋概念を宿している異世界人にして、万魔殿パンデモニウムから独立した人格であるということを知られていなければ、追い回されることはないのだ。

 問題は、その動きを適度に止めるべきだった相方のサハラだ。

「残念だけど、メノウ。いまは緊急事態だから、会話をしている間も惜し──」

「サハラ。あいつらの人質になれば、割と穏便に帰れるって思ってたでしょ」

「そんなこと考えてたの!?

 メノウの指摘を聞いて、マヤがはじかれたようにサハラに顔を向ける。

 もちろんサハラは表情を崩さない。

「そんなことない。濡れ衣を着せようなんて、ひどい。マヤも私を信じてほしいふぁいふぁい!」

「それ噓ついてる顔でしょ……! あたしの下僕のくせに!」

 言い訳の途中で、マヤがサハラのほおつかみにかかる。仲がいいのは結構だが、囲まれているいまの状況でしていいことではない。

「あのうわさ、本当だったのね」

 言い訳を一顧だにせずカマをかけると、サハラが肩を震わせた。

「そう。やっぱり、遺跡街にいるのね──ゲノム・クトゥルワが」

 閉じ込めるだけに終始するなど、ミシェルの動きが消極的すぎるとは思っていたのだ。

 だがこの地下にゲノムがいるとなれば話は違うものとなる。

 前々からミシェルがゲノムと協力関係にあるという噂はまことしやかにささやかれていた。サハラとしては、未確認情報だったそれを知りたくてマヤと一緒に地下街で動いていたのだろう。そしてゲノムがいるという事実を聞きつけたあと、これ幸いと不可抗力で人質になって遺跡街には行けませんでした、という流れにしたかったに違いない。

 二人の会話を聞いて、マヤが不思議そうな顔をする。

「げのむ? だれ、その人?」

「こっちの業界の有名人よ」

 ゲノム・クトゥルワ。

 第三身分コモンズで生まれた、怪物中の怪物だ。よい悪いの話は別として、彼は間違いなく、ここ数十年で大陸事情をもっとも変革させた人物である。

『人売り』『武器商人』『神官殺し』。

 禁忌に指定される物品の違法売買を取り仕切る団体の頂点に君臨し、その商売の邪魔となれば騎士はもとより神官ですら駆逐する。ゲノムと組む神官がいるとは、第一身分ファウストにいたことがあるメノウからするとにわかに信じがたかった。

 自分で言うのもおかしいが、まだメノウと手を組む神官がいるというほうが真実味があるほどである。

 それほどに、彼は神官を殺しすぎている。

「あれは正真正銘の化け物だった。強いとか、怖いとかとは、まったく別問題で二度と会いたくない」

 東部未開拓領域で彼との戦闘経験があるサハラは、自分の右腕をでる。

 まだメノウと再会する前、サハラは『絡繰り世』でゲノムと出会ったことがある。当時、ほとんど自暴自棄になってゲノムに挑みかかった彼女は右腕を失って殺される寸前までいった。サハラがあの時に生き延びたのは、完全にゲノムの気まぐれだ。

 サハラの心をえぐったのは、彼の強さではない。

 じかに相対して戦っても、彼のことがなに一つ理解できなかったことが怖いのだ。

「前向きに考えましょう」

 メノウは、ぽんとサハラの肩に手を置く。

「ミシェルよりマシよ」

「ほんとぉ?」

 実際のところ、メノウはゲノムに遭遇したことがないので判断がつかない。それ以上は答えずにはぐらかしたメノウは、銃身が導力で形成されている導力銃を構える。

 親友であるアカリを取り戻す。

 その目的の障害がいまさら一つ増えようと、足を止める気は微塵みじんもない。

 いま、冒険者たちに取り囲まれている状況だって同様だ。シラカミ・ハクアに対抗する導力兵器を手に入れるために、北大陸の奥の果てまで来た。

 男たちの注意が自分に向いたタイミングで、緊張で張り詰めた空気を解くためにやわらかい声音で告げる。

「このまま、『遺跡街』まで突っ込みましょう」


『星骸』が大量破壊兵器でないことを、彼女は知っていた。

 彼女の視線の先で冒険者たちを相手に暴れているメノウたちは、自分たちの拠点であるグリザリカ王国から北大陸まで、『星骸』はハクアにもダメージを与えられる兵器であるという勘違いをもとに数週間の道のりを経てここまできた。

 シラカミ・ハクアは強い。強さという尺度で測ることがおこがましいほどに、強さが突き抜けてしまっている。

「……バカな人です」

 誰にも聞こえない声量で、ぽつりと呟く。口元からほんの少しれた声は、戦闘音にかき消されて誰にも届くことはなかった。

 事実とは違うものを目的として追いかけていることはもとより、なにより悪いのは、勘違いがうまく嵌ってしまうことだ。メノウたちがこのまま勘違いを続けて『星骸』の管理権限を手に入れるために『遺跡街』に入ると、厄介な事態を呼び起こしかねない。

 もしも、このまま放置すればどうなるのか。

 その未来を、彼女は聞き知っていた。

 冒険者たちは必死になってメノウたちと戦っている。前々からゲノム・クトゥルワの名前を出して恐怖を煽っておいたのがよかったのだろう。先ほどにも増した戦闘の騒音を聞きながら、少女はメノウたちに気付かれないように毛布に包んだ教典に導力を通し、戦闘の様子を記録する。

 魔導発動の速度。導力強化の度合い。好んで使う魔導。導力銃の威力。様々な要素が教典に映像として収められていく。

 映写魔導は少女がもっとも得意とする教典魔導だ。発動まで驚くほどに速やかで、魔導構成の隠密おんみつ性が高い。布で包んでいるため導力光の発光もほとんど外に漏れることはなかった。

 戦闘の最中、黒いスカーフリボンで髪をくくった少女の視線が向く。

 びくりと体を震わせて、薄汚れた毛布に頭を引っ込める。年下の少女をぎゅっと抱き寄せて、おびえながらもかばう仕草を見せつけたのは、もちろん演技だ。だが、いまの彼女には見抜かれない自信があった。

 果たして、正体を見抜かれることはなかった。

 この地下街には、千人近い人数がいる。戦闘が可能なのは三割程度だ。その中でも使える連中といえるのは、いまメノウたちを追いかけているグループくらいなものだろう。冒険者とそれに付随する商売をしている人間が小さいながらも生活圏を構築してしまったここには、女子供も少ないとはいえ存在している。

 無力な子供に交じって潜伏していた少女は、メノウたち四人の戦闘現場を撮影し続けた。やがて冒険者たちの防衛を突破したメノウたちは、奥へ奥へと向かっていく。

 この地下空間の本丸ともいうべき『遺跡街』に続く道だ。

「……駄賃です」

 協力してくれた親なしの子供に駄賃を渡した少女は、立ち上がって毛布を捨てる。滅多めったにない現金収入に快哉かいさいを上げる子供たちの黄色い声を背中に教典を開く。

『導力:接続──教典・一章四節──発動【主の御心は天地に通じ、千里のかなたまで征く】』

 発動させたのは通信魔導だ。地上にいる上司に連絡を送ると、さほど間を置かずに返事がくる。

 追跡続行、の簡潔な一言だ。

「ミシェル先輩らしいですね」

 地下街に作っておいた仮の拠点まで移動した少女は、パイプのバルブをひねる。もう薄汚れた孤児のふりをする必要もなくなった。

 給湯器が故障でもしているのか、そもそも取り付けられていないのか。出てきたのは冷水のままだ。こんな場所で安定したライフラインの供給は望むべくもない。水でも出るだけマシだとシャワーで汚れを落とし、本来の服装に着替える。

 彼女が身に纏ったのは、藍色の神官服だ。白い長手袋を身につけ、桜色の髪を赤いシュシュで留めて二つ結びにする。そして最後に、肩回りを覆うスカーフマントを装着した。

 異端審問官。

 それがいまのモモの立場である。

 メノウたちは『遺跡街』を見つけた。

 北部未開拓領域の地下に広がる空間は、深度によって性質を異なるものにしている。

 まずは北大陸の地上から地下へと下りる螺旋階段。階段のみでほぼ垂直に百メートル近く降るという長さを誇るが、あくまでもただの階段である。

 それを降りきると、通路状の地下街が広がっている。多くのならずものが生活している空間には、地図がない。三次元に蟻の巣のように広がる地下通路は、案内人がいなければすぐに自分のいる場所も見失う迷宮となっている。

 この二つは特徴的ながらも、常識的な空間でしかない。本来はもう少し機能的な経路だったものを、住み着いた人間たちがいたずらに拡張した結果、猥雑とした空間になってしまったのだ。

 北大陸の未開拓領域で本当の意味で『遺跡街』と呼ばれるのは、地下街の果てにある。

 文献上、存在するとされながらも発見の報告が確定したことはなかった地下都市だ。地下街から入り口があり、冒険者たちがそれらしい扉も見つけているが、その先に誰も入ることができなかった。誰も、巨大な扉を開けられなかったのだ。

 時として閉ざされた扉が開かれ、選ばれた者が招かれるという都市伝説がささやかれている。そんな怪しい噂が事実だと、モモは知っている。

 およそ、半年前。アカリを預かったモモは、彼女の隠し場所になりうると北大陸の地下に足を踏み入れた。まだ人の行き来があった地下街を通過した彼女は、『遺跡街』の中にいた存在に招かれた。

「……」

 モモは目を閉じて、かつてそこを訪れた時の情景を想起する。

 地下深くに形成された中心部。現存していることが奇跡に等しい巨大なジオフロントこそが、『遺跡街』と呼ばれる空間だ。

 四大人災ヒューマン・エラーと呼称される一つ、『星骸』を管理する機能は、その中心部にそびえ立っていた。

 その時にモモを招いた【使徒エルダー:星読み】に言われた予言が頭からこびりついて離れない。

「……ちっ」

 がこん、とかかと椅子いすにしている白い箱を叩く。がこんがこんと何度も八つ当たりで踵をぶつけて苛立ちをごまかしながら、モモは教典を開く。

 先ほど盗撮した映像が再生される。

 どうしても、戦闘の様子を記録しておきたかった。誰と戦うことになるかもわからない。少しでも勝率を上げておきたかった。

「ま、気休めですけど」

 雑魚ざこをぶつけたところで、力の底までは探れない。それぞれ奥の手はあるだろう。さすがにそれを引き出すのに、ここらの冒険者ごときでは荷が重い。

 三原色の魔導兵であるアビィに、原罪概念の申し子たるマヤに、分不相応にも『総督』などと呼ばれているサハラに、そして他でもない『陽炎の後継フレアート』メノウに。

 モモは食い入るように彼女たちの動きを分析していく。

 導師マスター陽炎フレア』に才能だけで神官になったと評された少女モモは、ただ勝つために、処刑人のあるべき姿を描く。

 力だけでは押し切れない。

 技だけでも敵わない。

 意外性や悪運も、相手に味方するだろう。彼女たちは、運命的なほどに恵まれている。

 騙し、籠絡ろうらくしてふところに入り込み、目的を達成する。手段を選べるほどに、この世界の中で自分は強くないのだ。

 それでも、その中の誰一人にも敗北することがないように集中力を高めていった。