聖地を発って、アビィと出会うまでのわずかな期間のことだ。

 メノウは自分の人生を振り返っていた。

 最初は、記憶を書き留めるためのものだった。純粋概念を得た自分は、これから記憶を失っていく。自分自身が殺害した異世界人と同じ境遇におちいるのだ。

 罪もない彼らを殺し続けた罰、というにはあまりにも軽いか。なくなってしまうからこそ、自分の人生を書き記すという作業に没頭していた。

 だが文字に記すことで、自分の気持ちも不思議と整理されていった。

 自分の歩いてきた道は、赤いばかりの道だと思っていた。

 けれども、改めて見てみると、こうも思うのだ。

「意外と、悪くないわね」

 そして一番の直近である聖地での別れ際、メノウはモモの耳元にささやいていた。

 ──あなたは、無理をしないでね。

 自分のために、彼女の人生をついやす必要はない。そう伝えたという事実を書こうとして、ペンを止める。

「これ、モモって逆に頑張りそうね」

 あおるつもりはなかったのだが、結果的にそうなりそうである。となると、とモモの行動を予想して手帳に書き記そうとして──やっぱり、やめた。

「どうせ私のことだし……正直に、伝える必要はないわね」

 客観的になって、わかった。

 自分はきっと、自分を助ける救いの手を拒否する。その予想は確信に近かった。

 少し考えて、書き足す。

 モモに、自分の記憶喪失を悟られないように。

 うん、と頷く。いかにも自分が書きそうなことだ。記憶をなくした自分は抵抗するだろう。助けなんて求めず、また自己犠牲に逃げるはずだ。

 だからこそ、素直に過去の自分の言うことなんか聞くはずがない未来の自分になど忠告はしない。むしろ、自分を騙す必要がある。自己犠牲では届かない先にたどり着くために頼るべきは、未来の自分ではない。

 だから、世界で一番信頼する相手に、自分の未来を託す。

「モモなら、私のことを助けてくれるわよね」

 ささやかな企みと絶対の信頼を胸に、メノウは自分のリボンに触れて、微笑んだ。