「もう、私にはわからないの! なんにも!! 過去のことが思い出せないっ。半端な既視感ばっかり残ってる! 自分の感情がなんにも自覚できないっ。それが、どんな気持ちか知らないくせに──私が、なんにでもなれたって!?

 メノウが頭突きを叩きむ。駄々をこねた子供のような動きでありながら、すさまじい威力だ。一撃でガードが弾かれる。続けざまに振るった足が、モモの胴体にしたたかに打ち付けられた。

「私はもう、なんで自分が戦ってるのかすら、わかんないのに……なんになれって言うのよ」

 いまのメノウは目的を叶えるために戦っているのではない。

 目的を定めて戦うことで、どうにかしてメノウは自分を支えているのだ。

「気が、おかしくなりそう……ははっ。いや、違うかな」

 自嘲したメノウが、ぺっと口内に溜まった唾液混じりの血を吐き出す。

「私は、もう、とっくにダメになってるかな……ねえ、教えて」

 儚くつつけば壊れてしまいそうな笑みを浮かべて、モモに問いかける。

「あなたから見て、私はまだ『メノウ』なの?」

 モモは呆然と立ち尽くした。

 モモの胸中に、言葉にできない感情が渦巻く。どうにかして、いまの万分の一でも気持ちを形にするために台詞せりふを絞り出す。

「なんで……そこまで、先輩が一人で進まなきゃいけなかったんですか」

「他に、なにも残っていない」

 記憶を失って、選択肢をなくして、費やせるものが自分の身一つになった。

「だから、戦うしかないの」

 それだけの話だと告げるメノウの言葉に、納得なんてできるわけがなかった。

「そんなの、許しません」

「許されたいなんて、思わないわ」

 罪を重ねてきた。人を殺してきた。自分は地獄に落ちる。罰を受けて許されるためではなく、許されないために道を進む。そんな咎人とがびとの罪状に、目の前の少女の思いを踏みにじるという大罪が加わるだけだ。

 きっとメノウがそんな風に考えているだろうことを、モモは正確に見抜いていた。

 どうしてその気持ちを、メノウはモモと共有しようとしないのか。モモには、それがもどかしくて悔しくて腹立たしくてならない。

『導力:接続──短剣銃・紋章──発動【導枝】』

 銃剣から生えた枝がメノウの腕に絡みつく。肉体と同化した導力の枝が抑圧されたメノウの感情を代弁するかのように暴れた。のたうち回る【導枝】がモモの四方を取り囲んで動きを止める。

 そして、メノウは指鉄砲でモモに狙いを付けていた。

「でも……ありがとう、モモ」

 勝利を確信したメノウは微笑んで、彼女の名前を呼ぶ。

『導力:接続──不正接続・純粋概念【時】──』

 避けきれない。回避できる空間が、事前に導力の枝で埋められている。モモの胸に焦燥が募る。ここで純粋概念の魔導を食らったら、防げない。

「私のために必死になってくれて、ありがとう」

 勝負がつく直前だからこそ、メノウは心からの感謝をモモに告げた。

『発動【停止】』

 銃口から放たれたのは、この世界で生まれた人間が保持することなどできるはずがない【力】だった。

 時が停止する。凍りつくよりも冷ややかに、メノウから放たれた導力光に触れた世界が静止する。

【停止】が命中するより先に、ぶちん、とモモの堪忍袋の緒が切れた。

「ふざ、けんなぁあああ!」

 怒りにタガが外れる。導力が過剰にあふれる。グリザリカであばれた以来、それ以上の怒りだ。

「私はですねぇっ!」

 モモから漏れた過剰な【力】が拳に集まる。導力光で輝く拳打が、メノウの放った【停止】と衝突した。

「お礼を言われるために必死になってるわけじゃ、ないんですよぉ!」

 純粋概念の魔導【停止】がモモの拳で砕かれた。

 メノウが瞠目する。

 ミシェルが【風化】を無効化したのと同じ現象だ。あふれ出る導力で世界に自分を拡張させたモモが、爛々と輝く一対の瞳でメノウを見据える。

「先輩。あなたのすべてを、私が許します」

 モモが、全力で手を払った。

 十分に間合いが開いていたはずなのに、メノウが吹き飛ばされる。

 受け身をとって起き上がった彼女が、驚愕の面持ちでモモを見る。

 さすがにミシェルほどではない。だが純粋な才能でミシェルに追いすがるなど尋常ではない。

 小さな【龍】となったモモが糸鋸を取り出してキャリーケースをつなげ、ハンマーを振り下ろす。破壊の轟音が響いた。地面が粉々になって陥没する。拡張した攻撃の範囲を読み切れず、メノウが攻撃に巻き込まれる。

「自分が犠牲になることで、許されると思ってるんですか。誰かを助ければ、罪滅ぼしになるんですか。アカリを助ければ、満足な人生だと思ったんですか。──そんなくだらないこと、二度と口にしないでください」

 地面にバウンドして空中に浮いたメノウの胸倉を、モモが摑んだ。

「怖いんですよね」

 メノウに気持ちを、モモが語る。

「先が見えないことが不安で、一人でいることが寂しくて、なにをすればいいのかわからなくて絶望しそうになってるんですよね。そんな時に、先輩は──私を頼っていいんです」

 この段になってモモの力が膨れ上がった。逆にメノウは精彩を欠いていた。とっさに相手の腕を押さえようとした右手はモモの腕章をむしっただけで、逆に手首を摑まれた。

「苦しい時、つらい時、迷った時、どうしようもないと思った時。あなたの居場所になるのが、私です」

 右手を外そうとするメノウの抵抗を、モモが押し切る。キャリーケースから糸鋸を取り出し、メノウの両腕を拘束する。

「私が先輩を許せることを証明するために──勝ちますよ、私は!」

 モモの死角で、メノウが手首のスナップだけで短剣を投げる。読み切っていたモモの糸鋸が【固定】を発動してメノウの短剣を弾き飛ばす。

「先輩が生きることを、先輩が諦めようがッ」

 モモが絶叫する。勝利を引き寄せるため、自分の覚悟を知らしめるため。

「私がッ、先輩が生きることを諦めません!!

 最後の、一手。糸鋸にがんじがらめにされながらも、まだ動く指先に造った【導枝】の銃口から、メノウは加速した弾丸を放った。

 純粋概念の速度を持つ弾丸に、モモがメノウへと振り下ろした白い箱の側面が砕ける。

 中身になにが詰まっていようと、貫通できるはずだった。

【停止】がかかった物体でも入っていない限りは。

「ゔえ?」

 キャリーケースの中に入っていたのは、アカリだった。

 あまりに予想外だったのか、メノウが変な声を出した。

 自分のことは忘れたくせに、アカリのことは覚えているらしい。プラスされた怒りが、アカリハンマーを振り下す勢いに加わる。

「ちょ」

【停止】のかかったアカリを武器に使うというトンデモ戦法に、メノウが硬直してしまう。

 バカらしく見えて、意外なほど効果的だ。なにせ【停止】のかかった魔導は、あらゆる物理現象を跳ね除ける。

 つまり、すごく固い。

 体育座りをしているアカリの頭が、メノウの頭上に振り下ろされる。

 二人の頭頂が、思いっきり、ぶつかり合った。