黒い瞳で興味の失せた顔のまま、我堂蘭が問いかけた。


 マヤのほおに、汗が流れる。

 メノウの肉体から経路をつなげて、彼女の魂を原罪魔導でおおっている。あの世界にあるメノウの影は、マヤの魔導が肉体から離脱してむき出しになった『メノウ』という存在を支えている証明だ。

 だが、他者の精神と魂を支えるのは、楽ではない。

 彼女のそばで体育座りをしていた我堂がマヤの汗をく。もしもマヤの助けがなければ、メノウの魂は導力の海に溶けて消えただろう。たぶん、最初に意識が目覚めることすらなかったはずだ。

「あっちにいる我堂は、どうしてこんなことをするの?」

 不意に、マヤがここにいる我堂の肉体に問いかける。原罪魔導でメノウを支援しながらも会話ができる精神力に驚きながらも、我堂は小首を傾げる。

「……こんなこと、って?」

「だって、ひどいじゃない」

 マヤは悔しさに下唇を嚙む。

「あなたにつらいことを全部押しつけて、自分はずーっと自分の世界に閉じこもるっ。そんな自分勝手、よくないことだわ! すごく意地悪じゃないっ」

 自分のために怒っているのだと聞かされた我堂が、目を見張った。

 廼乃が死んだ時に、マヤは彼女に助けられた。そうでなかったら、おそらくマヤは『星骸』が起動した時に、異世界送還陣の発動条件の一つとして、生贄に捧げられていただろう。

「……覚えていないんだと思う」

「は?」

 なにを言われたか、一瞬、わからなかった。

「それって、純粋概念のせいで記憶が削れてるってこと……?」

「……違う」

 マヤの言葉に、かぶりを振る。

 我堂蘭の【器】の純粋概念行使による記憶消費は、ここにいる彼女に押しつけられている。魂の世界にいる我堂蘭が行使する純粋概念の魔導によって記憶が消費され、人格を増やしてそれでも自分を保つために余計な感情を原色の輝石に変化させて外部へと排出する。

 だから我堂蘭の記憶が、純粋概念で消えることはない。

「……私のことも、ハクアのことも、そもそもこの世界のことも、そう」

 到達が困難なのは、メノウたちを試しているわけでもなければ、邪魔をする意思があるわけでもない。

「……我堂蘭は、単純に──千年前に置き去りにしたもののことなんて、普通に忘れているだけ」

 あまりにも当たり前のことを、当たり前の表情で告げた。


 歓迎はされていないようだ。それでも気圧けおされて後退するだけでは、なにかを得ることなどできない。

 だからメノウは、ようやく出会えた我堂蘭に挑む瞳を向ける。

「私は、メノウ。あなたがつくったものについて、質問をしにきたのよ」

 メノウの言葉に、怪訝な顔をする。

「それはご苦労なことだ。そのためだけに、わざわざ物質世界から来たのか? 普通なら、魂が溶けて消えてるのに……ああ、原罪魔導か」

 我堂蘭は、メノウの足元にちらりと視線を向ける。そこで初めて、メノウは自分にある影が自分のものではないことに気がついた。

 これは、マヤの力だ。マヤの力がメノウの形をとることで、魂の世界でメノウを守っていた。

「いいね。わたしとは違う魂の保ち方だ。ここまで来た工夫と発想に免じて、質問に答えようか」

「『星骸』──異世界送還陣にまつわることよ」

「なにそれ」

 我堂の口から飛び出た言葉は、あまりにも予想外だった。

「せいがい? 異世界送還陣? そんなもの、わたしが……つくったっけ?」

 本当に心当たりがなさそうだ。ここに来て人違いということもないはずだが、それでも不安がメノウの胸にく。

「……異世界送還陣の起動キーよ。本当に心当たりがないの? 『星骸』はあなたと廼乃がつくったはずでしょう? ……あなたが【器】の純粋概念の持ち主で間違いないのよね」

「【器】は間違いなくわたしだけど……廼乃関連か。ちょっと待ってくれ。いま思い出す。千年前だと何番台だったかな……」

 独り言を呟きながら、我堂が魔導を発動する。

『導力:素材併呑──塗装漂着・純粋概念【器】──起動【再生:ログ111324】』

 周囲にあった透明な箱に走る導力光が、一瞬だけ強くなる。導力の一本線が整然と並ぶ箱の一つと我堂をつなげた。

 魔導によって、外部に保存していた千年前の記憶を精神にダウンロードしているのだ。

「ああ、そうだ、そうだった。『星骸』ね。そういえば設定してた。異世界送還陣の起動キーは……ん? なんだ、君。もう、持ってるじゃないか」

「え?」

 我堂が指差したのは、メノウが持っている教典だった。あまりの意外さに、メノウはあっけにとられる。

「これが……教典が起動キーになっているの?」

「そうだよ。バカみたいに長いパスワードだろう? 廼乃の提案で、白亜を讃えていた連中が造った本を導器にしてやったんだ。汎用性はんようせい高いだろ、それ。千年前に造った中じゃ、まあまあの品だ。ちょっと大きいのが玉にきずかな」

「……教典の内容って、廼乃が決めていたの?」

「白亜が嫌がる顔を見たかったんだろうね。廼乃は、そういうところがある」

 複雑な顔になるメノウに、我堂はおざなりに頷く。

「環境制御塔の中で教典の全文を発動して読み込ませるといい。それで導力認証が通って管理者権限を掌握しょうあくできるようになる。君に教典を発動させられる魔導技術がないなら、それまでだ。魔導技術の指南まで、面倒はみられないね」

「……できるわよ、それくらい」

 むっとして返答する。

 メノウは魔導行使者としての技量には自負がある。導力的な才能に乏しかったメノウが磨いて得た技術なのだ。

 誰から教わったかは、忘れてしまったが。

 第一身分ファウストに配布される教典は、ハクアが各地の情報を収集するためのものであり、異世界送還陣のための導器でもあったのだ。

「それにしても、あっさりと教えてくれたわね。もう少し手こずると思ってたわ」

「もう物質世界には興味がないからね。外はどうなってる? 人類が滅んでてくれると嬉しいんだけどな」

「なんでよ。ハクアが好き勝手してるわ」

「ふーん。千年じゃ、人類も死滅しないか。千年前のことを考えれば勝手に自滅すると思ったんだけど、ちょっと意外だ」

 物騒なことを言う人物だ。

 しかし、さっき我堂が行使した魔導はメノウの欲を刺激した。彼女は外部に保存していた記憶のダウンロードをしたのだ。

「……さっきのって、記憶の補充よね。ここにある装置は、『星の記憶』と同じ仕組みなの?」

「バカ言うな。ここにあるのは、昔に造った『星の記憶』の遥か発展形だ」

 気を悪くしたのか、我堂の口調が尖る。

「あんな千年前の遺物なんて原型もとどめてないよ。記憶情報の保存と収集のためにわざわざ本の形をした導器を用意したり、装置がいちいち巨大になったりで無駄が多かった……恥ずかしいな。まだ物質世界には残ってるんだ。よければ壊しておいてくれないか? あんなデカブツ、いまじゃこれ一個以下の機能しかないんだ」

 言いながら、我堂が辺り一面に並んでいる透明なキューブの一つを軽く小突く。

「これ一個が、『星の記憶』以上の性能を……?」

 驚愕を心で押し殺し切れず、声が震える。我堂の言葉がそのまま事実なら、ハクアがいた人間の記憶収集施設『星の記憶』以上の機能を持つ導器が、数えきれないほど並んでいるのだ。

『星の記憶』はあくまで人の記憶だけを収集していた。それでも十分にすさまじい施設だったが、ここはけたが違う。

「当然だ。この世界の分析には、これでも足りない」

 導力の起源である海の世界で、すべてを収集、分析して保存しているのだ。

「ここに、わたしの記憶はないの?」

「君の? あるよ。どっかに。欲しいなら、あげようか」

 我堂があまりもあっさり、メノウが救済される可能性を告げる。

 あまりにもうまい話に、かえって警戒心が芽生えた。

「……いいの?」

「大した手間じゃない。君の持っている教典を貸してくれ」

 教典は、人の魂や精神が入る器となる。というよりも、『星の記憶』にある記憶情報を保存する導器をベースにして魔導書として大陸中に配り、情報収集の一画を担っているのが第一身分ファウストの教典なのである。事実、一時的にとはいえサハラの人格が完全にメノウの教典に収まっていたこともあった。人の記憶を記録することが可能なのだ。

 この魂の世界でも、イメージのまま持ち込んだ道具は同等の機能を宿しているのだろう。ここに来るまでの戦闘で、短剣などの紋章も扱えた。

「……ん? ああ、ダメだ」

 メノウの教典を手に取った我堂が、眉をひそめた。

「この教典、すでに別人の記憶が入っているね。上書きしていいか?」

「え?」

 とっさに我堂の言葉の意味を摑みかねた。

 この教典は、少し前にアビィから受け取ったものだ。教典を通じて『星の記憶』から接続できるハクアの監視機能を外したものである。誰かの記憶が入るような出来事は起きていない。

 だが、少し考えて気がついた。

 アビィがこの教典を誰から受け取ったのか、メノウは聞いていない。

「……」

 もしかして、という予想がメノウの胸に浮かぶ。そして、いま気がついた情報が事実だとしたら、この教典に入っている記憶は決して消去してはならない。

「……ダメ。消せないわ」

「そう? なら君は、自分の記憶を諦めるのか。それもいいだろう」

「教典を経由しないで、私自身に直接、記憶を入れることはできないの?」

「できるけど、そうすれば君は完全に、物質世界との繫がりをなくすよ。君の魂が、この魂の世界に直接接続するからね。二度と元の肉体に戻れなくなる」

 自分の記憶か、教典にある記憶か。どちらを選ぶべきか、葛藤が胸に広がる。

 ここを逃したら二度はない。おそらくはメノウが自分の記憶を取り戻す最後のチャンスだ。

 ここに来るまでに出会った、知らない人々のことが胸によぎる。なにより、名前を思い出せない赤黒い髪の女性の姿が、メノウの心を締めつける。あの人のことを思い出せるなら、いまメノウが抱えている企みなんて、放り捨てたほうがいいのではないだろうか。

 数分もの時間、無言で悩んで──やはり、メノウは自分を諦めた。

「……ねえ、我堂蘭」

「…………ん? ああ、そういえばわたし、そんな名前だったっけ」

「あなたは、ここでなにをしてるの?」

「わたし?」

 我堂の疑問符に、メノウは無言で首肯する。自分を諦めたメノウの胸に浮かんだのは、なに一つ諦める必要がないほどの能力を持つ我堂への現状に対する疑問だった。

 彼女は、元の世界に帰ろうと思えば帰れる。独力で異世界送還陣を一から造る能力があるはずだ。導力だけが広がるここに、一人寂しく居続ける意味がメノウにはわからなかった。

「地球にいた時、思い通りにならない世界が、嫌いだったから」

「どういうこと?」

「居場所がなかったんだよ、日本にいたわたしは」

 置き去りにしたすべてに未練がないからこそか。我堂は自分の過去を隠すことなく明かす。

「勝手に行動する他人が嫌いだった。遠い国の戦争も嫌いだった。近い距離の家族も苦手だった。学校なんていう箱に至っては、トラウマそのものさ。わたしは、わたしの思い通りにならないわたし以外のすべてが、大嫌いだ」

『絡繰り世』の中心部が、日本の校舎の形をしていたのは、我堂が真っ先に自分から弾き出したトラウマの形をしていたからだ。

「だからこの世界に召喚されて、与えられた能力を知って、うれしかった」

 異世界に召喚され、【器】という純粋概念を得た彼女は、先ほどダウンロードした中に含まれていた当時の感情と願いを語る。

「わたしは、神様になりたかったから」

 幼児でも夢として語ることがない未来像を聞いて、メノウの背筋にぞっと悪寒が走った。

 絵空事に思えるほど大仰な言葉だ。だが、この世界に召喚されて純粋概念を得た我堂ならば、決して根拠のない妄言ではない。

 空間を作れる。物体を作れる。知性を作れる。

 創世の力を持つ【器】の純粋概念は、人では至ることができないはずの神の力にもっとも近い魔導だ。

「廼乃の能力を借りて導力で成り立つこの世界の根源までの道を敷いた時、わたしはここに居座ることを決めた」

 未来視も可能な【星】の純粋概念とは、星の根源であるここをのぞき見ることで限りなく正しい先の答えをはじす能力なのだ。世界のすべてを把握して未来の結果を得る計算をこなす導力演算機を我堂の能力で作り、二つの能力を組み合わせて未来予知を成立させていた。

「世界の仕組みさえ理解できれば、神様になることだってできるはずだったから」

 自分の思い通りになる、自分以外のものを求めた。

 我堂蘭が作ったモノリス内部の原色空間は、星崎ほしざき廼乃の純粋概念【星】の経路を辿たどるための踏み台でしかなかったのだ。

 世界の過去を製本する『星の記憶』も、地脈を利用して各地への超距離の転移を可能とした『龍門』も、異世界へと経路を繫げる送還陣『星骸』すら、我堂の夢の過程でできたオマケでしかない。

 世界の作り方のお手本ともいうべき、ここに来るためだ。

「神様になって、どうするの?」

「神様になって初めて、わたしは他人から自由になることができる」

 人を嫌った人生を過ごした彼女は徹頭徹尾、他の人間に興味を持たなかった。

 導力とは、なにか。

 我堂蘭の興味は、その一点だけにあった。

「ただ……ままならない。わたしの副産物は、わたしより、ずっとかしこい。だからわたしの言う通りになんかならないし、わたしの愚かさをつきつけてくるばっかりだ」

 この千年、創世にもっとも近い能力を振るい続けた少女は、さびしそうに微笑む。

 三原色の魔導兵。

 我堂の無意識が生んだ偶然の産物。自分たちの意思を持って動き出した彼女たちは、とうとう、我堂に先んじて自分たちの世界を作り出した。

「まったく、忌々いまいましいよね」

 ここまでの会話で、一つ、気になったことがある。

「あなたには、元々は三つの人格があったって聞いたわ」

「そうだったっけ……そうだったような?」

「一つには、もう会ったわ。ずっと、あなたの使う純粋概念の記憶の代用をしている」

「うん。そうだった。あんまり人に来てほしくなかったからね。モノリスを中心にして『絡繰り世』の外殻を自動生成するように設計して、あのファンタジー世界の管理を任せたんだ。……ああ、そうか、あの試作のファンタジー世界を抜けてきたんだ、君は。恥ずかしいな。あれも千年前の作品だから、あんまり出来がよくないだろ」

「もう一つは、どこに行ったの?」

 問いかけながらも、我堂の分裂した精神の一つがどこに行ったのか、メノウはほとんど確信していた。

 廼乃と関わりがある。『絡繰り世』から逃げ出した。そして、この世界の人間に定着している。その条件を揃えて、千年の時を活動している存在。

「あいつは、なんとなく覚えてる……廼乃とね、仲が悪かったんだ。たぶん、生き様が合わなかったんだろうな。いじましい片方と違って、汚く生きる人格だから」

「やっぱり……【防人】は、あなたなのね」

 千年前からのハクアの協力者、【使徒エルダー:防人】は肉体も魂も失って漂う、我堂蘭の三つある人格の最後の一つだ。

「うん、そうだ。そうだった。廼乃はアレを嫌ったけど、わたしはそんなに嫌いじゃない。元はわたしの人格だしね。そう、そうだ! わたしの理想像が人格になった子だった。よくも悪くも、他人へ干渉して強制ができるようになりたいっていう願望が形になったのが、あの人格だったけど、へえ……まだ生きてるんだ。精神の切れ端が、頑張ってる。【憑依】でも使ってるの? あれだけ持ってかれたんだよ」

「あなた、どうして自分の肉体を記憶の貯蔵と代用にしてるの? 純粋概念の記憶の消費には、ここの施設で対応できるでしょう?」

「え? ああ……それは、うん。つなぎっぱなしだっただけだよ。惰性だね」

 ここにいる我堂は自分の肉体がどれだけの苦痛にさらされていたのか、一切顧みることなく残酷な事実を告げる。

「この魂の世界だと、最初の内は肉体との接続が重要だったんだ。導力の世界でここを拠点としてつくるまでは必要だったし……でも二度と物質世界に戻る気はないし、接続は切るか。あの子には、もう自由にしてくれって伝えてくれ」

「あなたは……」

 あまりに身勝手な我堂の言動に、メノウの眉根が下がる。

「間違いなく、人災ヒューマン・エラーね」

「わたしが? まさか。わたしは記憶の問題を完全に克服してるよ」

「違うわよ。そういう意味じゃないわ」

 他の暴走した純粋概念の人災ヒューマン・エラーとは違う。

 彼女はある意味で、この世界にもっとも影響を及ぼし続けている人間だ。メノウが見てきた異世界人の中でも、一番『人災ヒューマン・エラー』という称号にふさわしい。

「そうかな。いや、そうかも? でもね、この世界の神様は合理的で危機管理がしっかりしている。実際、【器】と【魔】の出現は同時だった。これに作為を感じないか?」

 もはやメノウの目を見ることすらせず、我堂はほとんど独り言のように呟く。

摩耶まやがいなきゃ、この世界はわたしの玩具がんぐだった」

 背筋が泡立つ一言だった。

「そういう意味だと、白亜も邪魔なんだ。彼女の純粋概念は、物質世界ごと世界を真っ白にしてしまう。……ああ、そうだった。だから廼乃と約束をしたんだ」

 不意に廼乃の名前を出した我堂が、メノウに目を向ける。

「じゃあ、ちゃんと君を物質世界に帰さないといけないか。戻ったらさっさと白亜を連れ去ってくれ。君が死んでもいいし、白亜が死んでも構わないから。とにかく、白上白亜という存在は、この世界にいないほうがいい」

 どこまでも自己都合だけを押し付ける。

「参考までに聞きたいんだけど」

 メノウが来た目的は異世界送還陣の起動キーを手に入れるためだが、せっかくだ。異世界送還陣をつくれるほどの人物の知見を借りられる機会にと質問を投げかける。

「私は、異世界召喚を、もう二度と起こさないようにしたいと思ってる」

「へえ。いいんじゃないか」

「同意してもらえて嬉しいわ。召喚現象を止めるのは可能だと踏んでいるけど……それは、星の経路をねじ曲げることでもあるわ。物質世界に悪影響が出ないか、あなたの判断を聞きたいの」

「……これは、千年調べて得たわたしの所見だけどな」

 我堂は透明な床に視線を落とした。

「創世の頃、世界にはなにもなかった。物質も、精神も、魂も。ただただ、なにもない空間だ。【力】はあれど、それを振るう意思も、体もなかった。導力が偏在しているだけの虚無だ。つまり、ここが世界だった」

 ふっと顔を上げる。

「さて、問題だ。なにもない世界になにかを発生させるには、どうすればいい?」

「……よそから、持ってくる」

「正解」

 メノウがいまの世界の現状を踏まえた答えを返すと、我堂があっさりと頷く。

「手抜きだよな。でも、それこそが、この世界に異世界召喚現象がある理由だ。よその世界から概念を持ち込む。日本から召喚した人物がここを通過する際に、導力は定義された概念を実現するために物質の構築を始めた。あの世界は、よそから召喚して引き込んだものによって生まれた、魔導現象なんだ」

「あなたは、この世界は誰かが作ってると考えているの?」

「思っている」

 世界の仕組みに誰よりも近づいた人物が肯定する。

「わたしは、創世論者だ。だって不完全でも、わたしでも世界を作れたんだから。少し上等なだけの不完全なわたしたちの世界くらい、誰かが作れるに決まっている。わたしの元の世界もこの世界も、きっと誰かのつくりものだよ」

 証明するものはないが、この上ない説得力だ。

「異世界召喚という魔導は、創世期にだけ必要だったシステムだ。おおかたの概念を召喚して実現したこの世界には、もう必要がない。世界を作るために必要だった名残がしぶとく動いている現象でしかないんだよ」

 千年生きた彼女が、再び【力】の分析に戻る。果てしない、無限にも思える導力の海を解析するために没頭する。

 ようやく、メノウは気がつく。

 メノウがここに来てから、ずっと感じていた導力の流れ。

 それは物質世界の裏側にある魂の世界を構成するものではない。我堂が展開している、この空間を分析する魔導だ。

 メノウが星の根源だと誤解するほど信じられない規模で広がっているこの我堂の魔導でも、まだ足りないのだ。

 世界の根源を、読み解くには。

 彼女はずっと、ここにいるのだろう。千の十倍、万を重ねて億年に至り、それらを乗算しても足りないとばかり、数の単位が無意味になるほど、ずっと。

 千年などという年月は一瞬に感じるほど、没頭し続けるに違いない。

 そうしていつか、彼女は彼女の世界を創るのだ。

「なあ」

 不意に我堂がメノウへと質問を投げかける。

「廼乃は、笑ってたか?」

 思わぬ質問に、虚を突かれる。

「……ええ。最初から、最後まで」

「そうか。なら、よかった」

 答えを聞き遂げると、メノウの周囲の空間が砕けていく。用が済んだのならば帰れということなのだ。我堂はもうメノウを見ることもしなかった。

 そんな彼女に、メノウは最後に一言だけ。

「じゃあね、神様の見習いさん」

 聞かれていないだろう別れを告げた。