フーズヤードは自分を指さして、きょとんと目を瞬いた。

「わたし?」


 おそらく、相手は大規模な儀式魔導を仕掛けてくるだろう。

『絡繰り世』に来て自分たちの居場所を見失ったミシェルたちの対応を、メノウはそう予想していた。

 少なくとも、メノウが相手の立場ならそうする。

 ミシェルも、メノウたちが『絡繰り世』の支配者である三原色の魔導兵たちと協力関係にあるのは把握している。ミシェルはアビィと交戦経験があるのだ。端末でしかない魔導兵を潰していく真似はしないだろう。

 魔導兵の本質は、意思を持った空間生命体という特殊性にある。剣を振るってどうにかできるものではない。ひょっとしたら力押しでどうにかできてしまうという恐ろしさもあるのがミシェルという人物ではあるが、彼女はあれで真っ当な思考をしている。正道の手段があれば、あえて外すようなことはせずに、そちらを選ぶ。

 大規模な儀式魔導戦となると、メノウたちもいままでとは戦い方を変化させる必要がある。

 ミシェルたちへの対処をどうするべきかと考えながら、メノウは切り替わった光景に目を細める。

『絡繰り世』の中心部にあるのは、どこか懐かしい、白塗りの校舎だった。

 こちらの世界には、ほぼない造り。異世界にある国、日本でもっとも一般的な建築様式の外観をしている学校だ。

「どうして、学校なのかしらね」

「さあ? 私が知る限り、ここは『絡繰り世』が生まれてから、ずっとこうだよ」

 取りとめのないメノウの問いの答えはアビィも知らなかった。彼女が生まれた時から、この形をしていたらしい。

「お、姉貴じゃん」

 校庭に現れたメノウたちに真っ先に反応したのは、真っ青な毛並みを持つ狼だった。アビィは満面の笑みになって、青い狼の毛並みに飛びつく。

「よーしよし、ギィ君! 頑張っててくれた?」

「はっはっはっは! こいつ絶対におれに仕事を押し付けて勝手に出て行ったの忘れてやがるな。んん? くそふざけやがってよお。こっちがどんだけ大変だったかまるでわかってねえだろ、姉貴」

「やだなぁ。年下のために身を粉にするのは年長者の義務でしょ? じゃ、お姉ちゃんは愛しの弟妹に会いにいくね! メノウちゃんたちの案内はギィ君に任せたっ!」

「あっ、逃げやがった! お前いい加減にしろよぉ!」

 青い狼が吠えるも止まらない。アビィは弾む足取りでさっさと校舎に入って姿を消した。

 メノウは苦笑しながら彼に近づく。

「久しぶりね、ギィノーム」

「ああ、メノウか。ちょっと前の時には世話になったな」

「こっちこそ」

 ギィノームの言葉にメノウは微笑む。

 彼はグリザリカの国境側での戦いの時に、メノウが一番世話になった魔導兵だ。人類にもっとも敵対的であり、ほとんど戦場だったあの地区が平定できたのは大きかった。

 ギィノームがサハラに近寄る。

「ふーん……お前が、姉貴の言っている末妹──最後の、妹か」

「違います。そんなじゃないです。私は無関係です」

 詰め寄られたサハラが、大した意味もなく否定している。必要以上に自分を認識されたくないのだろう。面倒ごとの気配にはやたら敏感なのだ。

 ギィノームもサハラの言葉にはまったく惑わされずに、ぼそりと呟く。

「姉貴もやる時はやるんだよな……ちゃんと仕上がってる」

 言葉の意味はわからずとも、なにか怪しい気配を感じたらしいサハラが後ずさって距離をとった。

 逆に視線がギィノームに固定されているのがマヤだ。彼が現れてからずっと青い毛並みにそわそわしていたマヤが、意を決して口を開く。

「さ、触ってもいい?」

「あっはっは。いい訳ねーだろ。俺の端末がなにでできてると思ってんだこの原罪概念の申し子は」

「あう……」

 バッサリと拒否されたマヤが、しょぼんと項垂うなだれる。ギィノームは魔導兵だ。マヤが触れば、侵食によって体が崩れてしまう。それでもギィノームの毛並みに未練があるのか、ちらちらと視線を向けていた。

「ま、いいだろ。そこの学校を拠点にしておけよ。姉貴が連れてきたんなら、受け入れる。こないだの抗争で残った三原色はそういう奴しかいねぇからな」

 ギィノームは狼の口を開けて笑う。

「ようこそ、『絡繰り世』の中心地へ。俺たち三原色の魔導兵の誰でもない空間だ。人間でここまで来たのは、ゲノム以来だ」