年の終わりが見えてきたある日の放課後、ぼくはアンケートの回答用紙を持って新聞部の部室に向かっていた。アンケートの内容は校則改正の是非を問うもので、回答は任意だとはいえ、ぼくたちは答えてもいいし答えなくてもいいという自由に慣れていないのでクラス全員が回答していて、締切はまだ先だけれど、回答が揃った以上は提出を先に延ばす理由もない。ところでぼくがそれを新聞部に持っていくことになったのは、放課後の教室で遅めの帰り支度をしていたところ、クラス委員の某君から「ばと、新聞部のどうじまと仲がよかったよな。悪いけど持っていってくれないか」と頼まれたからだけれど、ここには大きな謎が二つある。どうしてクラス委員がぼくの人間関係を知っているのかという点と、どうして彼はぼくと堂島けんは仲がいいと誤解したのかという点だ。首をかしげながら西日す廊下を歩いていると、窓際にたたずむ女子生徒に気がついた。ボブカットをかすかに風になびかせ、窓のさんに腕を乗せて暮れていく外を見つめているのは、誰あろうないさんだ。小佐内さんは放課後の廊下でポーズを決めるようなひとではないから、いったいどんな趣向かと思って声をかけた。

「小佐内さん」

 振り返った表情を見て、ぼくは立ち止まってしまう。小佐内さんの目からは、涙がこぼれていたのだ。頰はわずかに上気し、くちびるはべにを引いたように赤い。これはただ事ではないと一目でわかったけれど、かけるべき言葉が見つからない。絶句したぼくの前で小佐内さんは小指を立てて目尻をぬぐい、

「ああ、小鳩くん」

 と、無理のある気丈さで笑ってみせた。すぐにそっぽを向くと、どことなくれつのまわらない声でつぶやく。

「驚いたでしょう。ごめんね、わたし、みっともないね」

「あの……なにかあったの?」

「なんでもないの。ごめん、今日はもう帰る」

 そうしてきびすを返し、小走りに廊下を遠ざかっていく。ぼくは小市民への夢を心に抱きつつ、それでも隠された事実を解き明かすことが苦手な方ではないと自負しているけれど、さすがにいまの短いやり取りからでは、小佐内さんになにか悲しいことがあったのだろうということしかわからない。どうやら、ぼくの出る幕ではないのだろう。

 後から思えば、出る幕ではなかったのはぼくではなく、小佐内さんの方だったのかもしれない。この後ぼくはある奇妙な出来事に遭遇し、はからずも解決を試みることになるのだけど、その過程のすべてにおいて小佐内さんは一切登場しなかったからだ。ぼくが謎に向き合うとき小佐内さんが近くにいなかったというのは、けい関係を誓って以来、実は初めてのことだったように思う。