十月の日は暮れかけて、ひらけたグラウンドには冷たい風が吹く。ボンファイヤーのまきがはぜる音が耳に届き、炎のあたたかさは嬉しいけれど、照らされる頰がちりちりする。

 グラウンドの真ん中にいるぼくたちに、近づいてくる人はいなかった。騒動を聞きつけて誰か来るのではと思っていたけれど、その予想は外れたようだ。目撃者も大勢いただろうに、みんな小市民的事なかれ主義に基づいて、見て見ぬふりを決め込んでいるのだろうか。だとしたら、ぼくも見習うべきだったのかもしれない。

 唐突に校内放送が流れ出す。

『三時十五分から、体育館で、吹奏楽部が演奏を行います。鑑賞ご希望の皆さま、体育館へお越しください。繰り返します……』

 演奏の準備らしい吹奏楽器のばらばらな音が、風に乗って聞こえてきた。

 古城さんが言う。

「CD? そんなの、ゆきちゃん先輩にぶつかった一年生が持ってたんじゃないですか。あたし、手に持ってるのを見ましたし」

 一年生が噓をついたから三人組が小佐内さんを疑った、という古城さんの推論は当たっているだろうか。

 いや、そうは思えない。

「違うよ。三人組は一年生がCDを持ってないか、体をさわって確かめた。さっき言ってた、一年生の体のあちこちを押していたっていうのがそれだよ。そしてどこにもないことを確認したから、消去法的に、小佐内さんが持ってるって結論づけたんだ」

 三人組は小佐内さんのバッグを調べたが、CDは見つからなかった。続けて小佐内さんの身体検査もしたかっただろうが、他人の目もある中、私服の女子をべたべたさわることなど出来るはずもない。場所を変えて女子の協力者に検査させるか、小佐内さんに強要してポケットなどの中身を出させるか、とにかくなにかの手段で、小佐内さんが隠し持っているとおぼしきCDを回収しようと考えているのだろう。

「でもあたし……先輩が持ってるなんて、信じられない」

 ぼくはあっさり頷いた。

「そう思う。小佐内さんがCDを持った状態で三人組についていったとしたら、なにかの交渉をするためだ。それなら小佐内さん一人でできる。ぼくを呼ぶ意味がない」

 古城さんはちょっと理解が追いついていないような顔をして、自信がなさそうに訊いてくる。

「えっと、つまり、ゆきちゃん先輩も、あの男子もCDを持っていない……そういうことですか」

「そうなるね」

 ちょっと言葉を切る。

「一年生も小佐内さんもCDを持っていなかった。となると、そのどちらかによってCDは隠されたと考えられる」

 この近くの、どこかに。

「だから、ふたりとも持っていなかったんだ。では、隠したのはどっちか? 言うまでもなく、小佐内さんだ。追いつかれて殴られていた男子には、その時間も機会もなかった」

「……機会の話をするなら、そもそも、CDを持っていたのは男子ですよ。どうすればゆきちゃん先輩が隠せるって言うんですか」

 まっとうな疑問だ。一年生には機会がなく、小佐内さんの手にはCDがなかった。

 ならば、答えは一つしかない。

「男子が小佐内さんに、CDを渡したんだよ」

 古城さんがぽかんと口を開ける。

 起きたことを順番に整理すれば、そう考えるしかない。

「CDを持って逃げていた一年生と小佐内さんは衝突し、お互いの持ち物が散乱した。そのとき、このままでは追いつかれることを悟った一年生が、とつに小佐内さんにCDを渡した……託したんだろう」

「そんなこと!」

 古城さんは笑おうとした。

「だってあたし、そんなところ見てない……」

 と言いかけて、ふと黙り込む。

 そう。さっきの話が正確なら、小佐内さんと一年生が衝突した後、古城さんは小佐内さんのバッグの中身を拾おうとしたけれど、聞こえてきた乱暴な声に気づいて振り返った。その直後に駆けだした一年生を目で追い、追いつかれた彼が三人組に暴行を受けるのを見て、それを咎め、言い争いをしている。

「二人がぶつかった後、古城さんは小佐内さんたちに近づいていないし、二人をずっと見ていたわけでもなかった。そうだよね」

 念を押すと、古城さんは素直に頷いた。

「どれくらい小佐内さんから目を離してた?」

 短い沈黙の後、悔しそうな答えが返ってくる。

「一分か……二分ってことはないと思うけど、少なくとも一分半ぐらいは」

「CDの受け渡しなんて、どんなに長く見積もっても十秒とはかからない。『これを預かってください』と押しつけるだけなら五秒で済む。それを受け取った小佐内さんは、じゃあそれからどうしただろう。三人組が一年生を殴り始めたのを見て、受け取ったCDがなにか重要なものだってことは気づいたはずだ。走って逃げる? 小佐内さんはけっこう足が速いけれど、土地鑑のない礼智中学で、どうやら体育会系らしい三人組を相手に逃げ切れるかどうかは危うい。じゃあ、素直に渡す? 悪くない手だ。なにより小市民的だしね。でも……小佐内さんはそうしなかった。CDを隠して三人組の手に渡らないようにした上で、自分から彼らについて行ったんだ」

 古城さんは少しうつむいた。その頰にボンファイヤーの炎が照り映える。ぼくの言葉が妥当かどうか考えているらしい。やがて、感じ入ったように呟いた。

「いきなり押しつけられたものでも、預かりものを簡単に他人に渡したりしない……さすがゆきちゃん先輩……勇気あるなあ……」

「まあ、マシュマロも台無しにされたしね」

「……それは関係なくないですか?」

 さあ、どうだろう。

「でも、一年生がゆきちゃん先輩にCDを渡す時間はあったかもしれないですけど」

 考えながら話しているらしく、古城さんの口ぶりは慎重だ。

「グラウンドの真ん中ですよ。しかも、時間は二分もなかったはずなのに」

 古城さんは小佐内さんのことをよく知らない。その知的瞬発力と行動力を知らない。……九十秒あれば、彼女には充分だ。

「時間はあった。問題は、どこに、どうやって隠したか、だ」

 ぼくはそう言って、グラウンドをぐるりと見まわした。


 吹奏楽部の演奏が始まった。体育館から聞こえてくる音楽は、ラヴェルのボレロだ。フルートの音色が風に乗って耳に届く。

 都市部の学校だけにやや狭くは感じるものの、それでもグラウンドは充分に広い。

 距離を目算するのは難しいけれど、両端にサッカーゴールが置かれているところを見ると、サッカーができる広さだということはわかる。ボンファイヤーがある中心部には、いまのところ近づいてくる人もいない。

 ……時々、校舎や校門の方からこっちを見ている人がいるね。グラウンドの真ん中に男女で突っ立ったまま話しているぼくたちは目立っているようで、それは小市民的には望ましくない状況だけれど、そんなことよりもいま重要なのは、この場所は隠し場所が極めて限られているということだ。この周辺には、ボンファイヤーを除けば、防火用らしき水を入れたバケツが数個と、見たことはあるけれど名前を知らない草花を植えたプランターしかない。

 グラウンドに常設のラインは見当たらないので、百メートル走やサッカーをするたびに白線を引いているようだ。よく観察すると、ところどころに金属のノズルが見えているが、あれは土埃を防ぐためのさんすいせんだろう。

 バケツは、ボンファイヤーを囲むようにして、合わせて六つ置かれている。見た感じはブリキ製らしく、どれも外面が赤く塗られていて、そこに白いペンキで「防火用」と書かれている。どれも水が入っていて、水位はまちまちだ。

 一方、プランターは長方形で、大きさは一抱えほど、ボンファイヤーの各辺から二メートルほど離れて計四つ置かれている。古城さんに「この花、なんだろう」と訊いてみたら、たちどころに「マーガレットとアリッサムですね」と返ってきた。咲いた花がこんもりとプランターを覆っていて、敷き詰められているはずの土はぜんぜん見えない。

「ふうむ……」

 ボレロのメインテーマが繰り返される中、メロディーを奏でる楽器は次々に入れ替わっていく。校舎の方で不意に大きな歓声が上がり、振り返ると、窓の一つから男子生徒が身を乗り出して「2‐B、サイコー!」と絶叫した。

 ぼくたちから少し離れた位置には、水色やだいだいいろの宝石のようなものがいくつか落ちている。近づいて拾い上げると、指の間でくにゅりと形が変わった。食べる勇気はないけれど、これが小佐内さんのおみやげであるマシュマロだということは察しがつく。転びそうになったときにばらまいてしまったのだ。ということは、ボンファイヤーから六、七メートルほど離れたここで、小佐内さんと男子生徒が衝突したのだろう。CDの受け渡しもこのあたりで行われたと見て間違いない。

 おおよその状況はわかった。ちょっと考えてみようかと腕を組んで俯いたところで、古城さんがさっきよりもけんのある声で訊いてくる。

「あのですね。グラウンドの真ん中でどうやって隠すんですか、って訊いてるんですけど」

「ああ」

 腕組みをしたまま、ぼくは生返事をする。

「いまのところ、四通りほど思いついてる」

 ふと顔を上げると、古城さんが目を大きく見開いていた。なにかあったのかなと思って様子をうかがうけれど、古城さんがようやく言ったのは、

「じゃあ、早く捜しましょうよ」

 という一言だった。

 ぼくは首をひねって考えた。四通りの方法が考えられるなら、観察と推理によって一つにまで絞り込んでいくのが本懐ではある。ただ今回に限って、小佐内さんが囚われているという事情も考慮に入れると、調べられる方法から調べていくという古城さんの提案も一理なしとはしない。

「じゃあ、捜そうか」

「どこから……」

 古城さんは、掛け声ひとつでどこへでも飛んでいきそうに意気込んでいる。その勢いを逸らすのも悪いけれど、

「ただ、もう一つだけ教えてほしい。ぼくが最後に見た小佐内さんは、白いブラウスにオレンジ色のカーディガンで、片方の手にバッグを持って、もう一方の手には風船を二つ持ってた。連れて行かれるときの小佐内さんも同じだったかな」

 いぶかしげな視線を向けられた。服装はともかく、どうして風船のことまで知っているのか、尾行でもしていたのか……とでも思っているのだろう。誤解されるのはどうでもいいけど、話が聞けなくなるのは困る。

「四階から見えたんだよ」

 と付け加えておく。それでも古城さんは、ぼくを値踏みするような目で見ていたけれど、ふと気づいたように「そういえば……」と呟いた。

「風船、どこに行ったんだろ。ゆきちゃん先輩、持ってませんでした」

「……風船以外は?」

「いま言った通りの恰好だったと思います」

「たしかに?」

 古城さんは眉根をきゅっと寄せた。

「片手にバッグ、もう片方の手にはなにも持っていませんでした。間違いないです」

 ぼくは小さくうなる。古城さんの観察眼は信用してもいいだろうが、そうなるとさらに一つ不思議なことが発生する。あれはどこに行ってしまったのだろう――。

「そんなことより、四通りが口から出任せでないなら、早く捜しましょう」

「ああ、うん」

 生返事をして、ぼくは顔を上げた。消えたもののことは気になるけれど、いまはとにかく可能性を潰していこう。手でグラウンド全体をなんとなく示す。

「第一案。一番簡単なのは、投げることだ。三人組が男子に絡んでいるあいだに、CDを投げてしまう。平たいものだからよく飛ぶだろう」

「……はあ」

 気の抜けたような返事だ。もっとましな案が出てくると思っていたのかもしれない。あまり気にせず、先を続ける。

「簡単に実行できるところが利点だけど、問題もある。CDは温度変化には強いけれど、傷には弱い。もしCDがケースから飛び出して、読み込み面を下にして土の上をすべっていったら、大きなダメージを負ってしまう。それでも、緊急事態だからやむを得ずそうしたという可能性もあると思うから、マシュマロが散らばっているあたりから、そうだね、半径二十メートルほどを捜すべきだ」

 納得はしていないようだけれど、古城さんは頷いた。

「わかりました。捜します」

 腰を落としてきょろきょろし始める古城さんをよそに、ぼくは他の可能性を検討する。

 どこからか、悲鳴のような「ポップコーンいかーっすかー!」という絶叫が聞こえてきた。文化祭が終わりに近づき、なんとしても売れ残りを始末したいのだろう。ここまで売りに来るなら買ってあげてもいいかなと思ったけれど、声はその一度きりで、ボンファイヤーのかたわらにたたずむぼくに近づいてくる人影はなかった。

 第二案、プランターに隠した可能性はあるだろうか? マーガレットとアリッサムというらしい花はとてもよくしげっていて、下にものを隠すにはうってつけだ。四つしかないので、確認するにも手間はかからない……。

 捜した。なかった。次、第三案。

 防火バケツの中はどうだろう。水はただの水道水なので、投げ込んでも上から覗き込めばすぐに見えてしまう。逆に言えば、覗き込まないと見えないということだ。CDは濡れても別に問題ないので、水中に隠すのはいい手かもしれない。あるいは、バケツの下に隠すのは? サイズ的にもうまく収まりそうじゃないか。

 こっちは六つある上、いったんバケツを持ち上げる必要もあるので、見ていくのは少し面倒だ。実際問題、ボンファイヤーを挟んだ向こう側にあるバケツの方に隠す時間的余裕はなかったはずだけれど、事のついでにぜんぶ調べる。

 ……これも、なかった。水がこぼれているバケツがあって、最近動かした痕跡かと思ったけれど、バケツの中にも下にもCDは見つからなかった。

 となると……。ボンファイヤーの炎を見つめ、ぼくは腕を組む。

 ボレロの繰り返すメロディーに合わせ、片足で軽く足踏みをしていると、少し息を切らした古城さんが駆け寄ってきた。

「見つからないですよ。投げたんじゃないかも」

 考え事をしていたせいで、答え方が少しぞんざいになってしまった。

「ああ。そうだろうね」

「ちょっと……!」

 しまった。声に含まれる抗議の気配に、あわてて表情を取りつくろう。

「いや、ごめん、無駄なことをさせるつもりじゃなかった。可能性は低くても、いちおう調べておかないとと思ったんだ。ぼくもいろいろ捜したけど、見つからなかった」

 古城さんは腕時計を見て、それからなんとなく校舎を振り返る。四条の垂れ幕が、かすかな風にあおられて揺れていた。

「こんなことしても見つかりませんよ! 三人組を見かけなかったか訊いてまわった方が早いんじゃないですか」

「それで見つけたとして、小佐内さんを賭けて勝負だ、って喧嘩するわけにもいかない。手札がいるんだ」

「それは……そうですけど……」

 焦る気持ちはわからないでもないけれど、まだ慌てるには早い。ぼくは古城さんをまっすぐ見据え、こう言った。

「考えてみてよ。落ち着いて、考えるんだ。小佐内さんはなにを持っていたのか? なにがなくなったのか? きっとそこに手がかりがある。見つからないと決めるのは早い」

 あそこにあるはずだ、という確信はすでにある。でも、どうしたらそんなことが可能なのか、さっぱりわからないのだ。

「ゆきちゃん先輩が、なにを持っていたか、なにがなくなったか……?」

 そう呟いて、古城さんが秋の空を見上げる。つられてぼくも見上げると、トビらしい鳥が、はるか上空でぐるぐる旋回していた。ボレロのメロディーはいよいよ高まっていく。


「三人組は小佐内さんのバッグの中をじろじろ覗いて、CDはないと判断した。そこがおかしい。拉致なんていう強硬手段に出る前に、バッグの中にもう少し捜すべきところがあったんじゃないか」

 古城さんが不満をあらわにする。

「ポケットのことですか? 一見してCDは入ってないって判断したんだから、内ポケットのないバッグだったっていうだけでしょう」

「いや、ポケットじゃない」

 グラウンドに散らばっている、宝石のようなお菓子を見下ろす。小佐内さんがせっかく買ってきたおみやげだ。喜んでもらえると思っていただろうな、と思うと、さすがのぼくもその無念さは理解できる。

「マシュマロの箱のことだよ」

「箱……?」

 虚を突かれたように、古城さんが言葉を繰り返す。

「もしバッグの中に箱が入っていたら、三人組がバッグの中を見ただけで『ない』と言ったのはおかしい。さっき聞いた話だと、マシュマロの箱は充分にCDが入る大きさじゃないか。バッグから取りだして中身をあらためるとか、振ってみるとか、なにかのアクションがあったはずだ」

「……ゆきちゃん先輩を拉致してから、ゆっくり確かめるつもりだったんじゃ」

「だとしても、ないと決めつけたのはおかしい」

 一つ息をついて、言う。

「つまり、マシュマロの箱も、消えているんだ」

 古城さんが首を傾げる。

「だけど、それ、話がややこしくなっただけじゃないですか?」

 いや、違う。これで問題の焦点は一つに絞られた。あと一歩……なのに、その一歩が詰めきれない。

「小佐内さんは、『小鳩くんに連絡して』って言ったんだよね。正確にはどう言っていたか、思い出せる?」

 古城さんを責めるつもりで言ったわけではなく、小佐内さんが手がかりを残しているとしたら古城さんがそれを聞いている可能性は大きいので、あくまでただの確認をするつもりだったのだ。ところが古城さんはひどく傷ついたように俯いて、

「あたし、なにも聞いてないです……」

 と呟いた。思わず天を仰ぐ。彼女がナイーブなのか、それとも、ぼくがふだん通りに話しても傷などどこにもつかない小佐内さんの方が特別なのか、いずれにしても悪いことをした。

「ごめん。古城さんがなにかを隠してるって意味じゃなくて」

「ゆきちゃん先輩は、『小鳩くんを呼んで』と言いました」

「そうだったね。うん」

「他には、『ケーキおいしかったか、訊いてね』って言ってただけです」

 言ってたんじゃないか!

 小佐内さんは古城さんと文化祭をめぐり、おみやげのマシュマロをボンファイヤーで焙ろうという話になって、まずは竹串を調達し、それから二人でグラウンドに出た。マシュマロの箱は小佐内さんが持っていて、それぞれ竹串にマシュマロを刺し、これから焙ろうというところで一年生が走ってきて、避けようとした小佐内さんにぶつかった。マシュマロは飛び散り、小佐内さんのバッグの中身も飛び出した。先程の推理に従えばこのとき、一年生が小佐内さんにCDを渡している。

 三人組が一年生を追ってきて、ほどなく追いつき、暴行の後、身体検査を始めた。この隙に小佐内さんはCDを隠したと考えられる。三人組は一年生がCDを持っていないことを確かめると、さっき彼と接触した小佐内さんに目をつけた。小佐内さんは抵抗せず、しかしぼくを呼ぶよう言付けし、そしてその際、「ケーキおいしかったか、訊いてね」とも言い残した。

 ……関係ないわけがない。CDの隠し場所と、小佐内さんの謎めいた言葉は、必ずどこかでつながっている!

「ケーキって、あのチーズケーキのことだよね」

 勢い込んだぼくに押されるように、古城さんはこくこくと頷いた。

「た、たぶんそうだと思います。ニューヨークチーズケーキ」

 小佐内さんは、ぼくにあのケーキのことをした。チーズケーキ。ニューヨークチーズケーキ。いったい、それがなんだというのだろう。

 あのケーキは、白かった。みっしりしていた。おいしかった。小佐内さんと、最上の味について話をした。あの話のどこかにヒントがあったのだろうか?

 それから、ケーキの作り方を聞いた。バットとオーブン、そして。

「……古城さん。ニューヨークチーズケーキは、どうやって焼くって言ってたっけ」

「えっ、あの、ゆ、湯煎焼き?」

 それだ!

 バットに水を張り、そこにケーキの材料を詰めた型を置いて、オーブンで焼く。さっきは、そんなことをしていったいどんな効果があるのか、ぴんとこなかった。にぶかった。湯煎焼きする目的は、あまりにも明々白々じゃないか。

「古城さん!」

「は、はい!」

 なぜか気をつけの姿勢で固まった古城さんに、ぼくは言う。

「お菓子作り研究会に戻って、トングを持ってきて。急いで……走って!」

「はいっ!」

 理由も聞かず、不満そうな顔もせず、古城さんははじかれたように走り出す。……もしかしたら、強く出られると断れない性格なのかもしれない。

 あんまり苦労しないといいけど。