仕事を終えて帰宅してからの私の日課は次のような感じです。
カギを開けてドアを開くなり、まずはおうちに向かって「ただいま!」と声をかけます。玄関の三和土にある昨日履いて一日置いた靴に「昨日はお疲れさま」と話しかけながら靴箱に戻し、靴を脱いでそろえたら、キッチンでやかんを火にかけ、寝室へ。バッグをふわふわムートンのラグの上にそっと置いて、まずは部屋着に着替えます。着ていたジャケットとワンピースをハンガーにかけつつ、「今日もいい仕事したね」とねぎらい、クロゼットの取っ手(「着た直後の服をかける一時置き場」です)にひっかけ、タイツはクロゼット右下の「洗濯モノ用カゴ」へ。引き出しから部屋着を気分に合わせて選んで着替えたら、窓際にある腰くらいの高さの観葉植物にも「ただいまー」と葉っぱをなでなで。
その後、バッグの中身をラグの上にズラリとすべて出し、それぞれの定位置に返していきます。まず、財布からレシートを抜き出します。そして、財布をベッド下の引き出しにある「お財布用箱」に「お疲れさまでございます」と感謝の気持ちを込めて収め、その隣に定期入れと名刺入れを戻します。同じ引き出しの中のピンクのアンティークケースにはずした腕時計と家のカギを、すぐ横のアクセサリー用トレーにピアスやネックレスを入れて、「今日も支えてくれてありがとう」とひと声。
玄関の本棚(靴の収納棚の一段を本棚として使っています)に行き、持ち歩いていた本とノートを戻し、一つ下の段にある「領収書用ポーチ」に財布から抜いた先ほどのレシートを入れ、隣の「電化製品系コーナー」に仕事用のデジタルカメラを置きます。使用済みの書類はキッチンのコンロの下に設置したゴミ箱に捨て、届いた郵便物に目を通しつつ、お茶を淹れます(読んだ郵便物はすぐにゴミ箱へ)。
寝室に戻り、空になったバッグを袋に入れてクロゼットの上の段に戻し、「頑張ったね。おやすみなさい!」とクロゼットのドアを閉めます。帰宅してからここまでが五分。それから淹れたてのお茶を飲みつつ、「ふう」とひと息つくのが日課です。
これは別に優雅なティータイムを自慢しているわけではなくて、要はすべてのモノの定位置を決めてあげることで、疲れて帰宅しても何も考えずに部屋を片づけることができて、毎日ウキウキと過ごす時間がよりたくさんとれますよ、ということを伝えたかったのです。
モノの定位置を決めるときのポイントは、すべてのモノの定位置を「一つ残らず決める」こと。
「一つ残らずだなんて、永遠に終わる気がしません……」と気が遠くなる方もいるかもしれませんが、心配いりません。たしかにすべてのモノに定位置を決めていく作業は一見複雑そうに見えますが、けっしてそんなことはないのです(冷静に考えれば、モノを選ぶ作業より簡単です)。モノ別に一気に選んだら、それらは結局同じカテゴリーなので一気に選んだモノ同士を近くに収納すればいいだけ。
なぜすべてのモノの定位置を決めるべきなのかというと、一つでも住所不定のモノがあると、散らかる可能性が一気に高くなるからです。
たとえば上に何も置いていない棚があったとします。その上に住所不定のモノが一つ、ポンと無造作に置かれたとします。この一つがまさに命取り。「住所不定の彼」が不安そうなのをほかのモノたちがなぐさめに来るのでしょうか。今まで緊張感を保ってきれいな空間だったのが、まるで「全員集合!」と号令がかかったかのようにたちまちモノが増えていくのです。
一度でいいので、すべてのモノの定位置を決めてあげることで、それ以降はムダ買いや余計なストックが減り、モノも増えなくなるという効果もあります。
つまり、自分が持っているあらゆるモノの定位置を一つ残らず決めること。じつはこれこそが収納とは何かの本質なのです。この本質を抜きに巷にあふれる収納テクニックに走ってしまったが最後、大量のときめかないモノたちをただ閉じ込めただけの物置小屋がめでたく誕生という、笑えない結果が待っています。
片づけても片づけてもリバウンドが起きてしまう大きな原因は、そもそもモノの定位置が明確に決まっていないことにあるのです。逆にいうと、あらゆるモノの定位置さえ決まれば、使ったあとは定位置に戻すだけで、片づいたおうちをキープできるようになります。
そもそも定位置がなければ、いったいどこに戻すというのでしょうか。
定位置を決める。使ったあとは定位置に戻す。
これこそが収納を考えるうえでの大前提なのです。
片づけセミナーで、お客様のお部屋の「片づけのビフォア&アフター」の写真を見せると、参加者の方々は一様に驚かれます。
一番多い感想が「何にもない部屋ですね」というもの。そうです。床に何も置かないのはもちろん、視界に何も入らないような部屋になることが多いのです。その場合は、つまり本棚さえもなくなってしまいます。では、本はすべて捨ててしまったのかというとそうではありません。じつは、クロゼットや押し入れの中に本棚自体を仕込んでしまうのです。
本棚をクロゼットに仕込むワザ、これは私の定番ともいえる収納法です。まさか今ですらクロゼットはパンパンなのに、本棚なんて入るはずがない。九九%の方がそう思うでしょう。
でも、それが余裕で入るのです。
じつは今、あなたが持っている収納、今あなたの部屋にもともとついている収納、これは完璧だと思ってください。今まで収納が少なくって……という悩みや不満は数えきれないほど聞いてきましたが、本当の意味で収納が少ない家という結論に至った家は一つもありませんでした。ただ、いらないモノを持っているだけなのです。
正しくモノを選べるようになると、なぜか、今住んでいる家の、今持っている収納スペースにぴったり収まるだけの量が残ります。これぞ、まさに「片づけの魔法」。本当に不思議ですが、「ときめきによる判断法」はそれくらい正確なのです。
だから、とにかく、「まずは捨てる」を終わらせる。それができれば、モノの定位置を決めるのは簡単です。なんといっても、持ちモノが三分の一か四分の一に減っているわけですから。
モノを捨てないで、収納のことをあれこれ考えたり、収納のワザに走りはじめたりすると、片づけても片づけても片づかない「リバウンド地獄」におちいります。
なぜここまで自信を持って言い切ることができると思いますか。
じつは、私自身がそうだったからです。
今でこそ「収納の達人になってはいけません」とか「収納のことは一度忘れて、まずモノを減らすことが大事」なんてさらりといっている私ですが、少し前までは頭の中の九割が収納。なんといっても収納に関しては五歳のときから真剣に考えてきましたから、中学生で目覚めた「モノを捨てる」以上にキャリアは長いわけです。その間、本や雑誌を片手に、それこそふつうの人が経験するであろう、ありとあらゆる収納の実践と失敗はひと通り経験してきました。
自分の部屋の中はあたりまえ、きょうだいの部屋だろうが学校だろうが、毎日のように引き出しの中のモノとにらめっこをしてはピタッとくる配置を求めて数ミリ単位で中身をズラしたり、「この引き出しをあっちに置いたらどうだろう」「この仕切りを撤去したらどうなるだろう」などと、ところかまわず考えていて、目を閉じるとまぶたの裏にカチャカチャと収納のパズルが浮かぶような毎日でした。
そんな「収納青春時代」を過ごした結果、私は収納というと、いかに空間を合理的に使って多くのモノを収めていくかの頭脳勝負だと考えるようになりました。家具のすき間を見つけては、すかさず収納グッズでモノをねじ込み、ぴったりすき間が埋まろうものなら鬼の首をとったかのように「ふふん!」と心でガッツポーズ。いつの間にか、家やモノに対して、勝った負けたと、なぜだかケンカ腰な態度をとるようになっていたのです。
だから、この仕事を始めた当初も、人様のおうちの収納を設計するなんて、なんだかミラクルなワザを繰り出さないといけないような気がしていました。たとえば雑誌の収納特集にあるような、「まさかこのすき間にスノコで棚をつくってこんなモノを収納してしまうとは!」みたいな、まわりがあっと驚くような収納をしたほうがお客様にも満足していただけるはずだと、なんとなくヘンなプレッシャーがありました。
けれど、そんなふうにして一生懸命に趣向を凝らした収納って、たいていつくった側の自己満足。住む人にとっては、使いにくいことがほとんどなのです。
たとえばあるお客様の家でキッチンの収納をつくっていたとき、使っていないレンジのターンテーブルが出てきたことがありました。円盤が二枚重なった構造で、中華料理屋の円卓のように上のトレーがくるくる回転する仕組みです。レンジの本体自体、すでになかったので捨ててしまってもよかったのですが、私はこの形にピンときて、「これを収納に使おう!」と考えました。けれど、大きさも厚みもけっこうある円盤だったので、なかなか使えるような場所が見つかりません。
ふと、「調味料やドレッシングのストックが多すぎて、管理しきれないんです」とつぶやくお客様。いわれたシンク横の棚を開けてみると、たしかにボトル類がいっぱいです。どうにかして先ほどのターンテーブルを使いたかった私は、さっそく詰められたボトルを一度取り出し、ターンテーブルを空いた棚に置いてみました。すると、サイズはぴったり。ボトル類を戻してみると、まるでお店のディスプレイのようにおしゃれな収納ができあがりました。ターンテーブルをくるくる回せば、後ろのモノもすぐに取り出せて、これは便利。お客様にも「すごい! 感動しました!」とご満足いただけて、めでたし、めでたし……。
しかし、その収納が間違いだったことを知ったのは、次のレッスンでキッチンをチェックしたときに早くも訪れました。ほかの場所は以前のままスッキリしているのに、その扉の中だけ、ぐちゃぐちゃ。事情を聞くと、ターンテーブルを回すたびにドレッシングたちが滑ってゴロゴロと倒れて崩れることに加え、結局ストックが収まりきらず、トレーのフチに置いてしまって回しにくい、とのこと。
そうです。私はどうにかして驚きの収納をつくろうと考えるあまり、ターンテーブルを使うことにこだわって、上に載せるボトルたちを見ていなかったのです。よくよく考えたら、ストックのボトルはすぐに取り出すモノではないのでくるくる回す必要などないわけだし、何より円形のモノはスペースにムダが出がちで、そもそも収納に適しません。
結局、ターンテーブルは撤去。ボトルたちは四角い箱に入れて、棚に収納しました。どうってことのないふつうの収納ですが、その後のお客様の感想を聞くと、グッと使いやすくなったといいます。
こうした経験を経て私がたどり着いた結論は、収納は極限までシンプルにするにかぎる、ということ。頭で考えて工夫しない。迷ったら家とモノに聞いてみる。
そもそも部屋が散らかる一番の原因は、モノが多いからというのは皆さんご存じのことと思います。そして、モノが多くなってしまう原因は、たいていの場合、自分が持っているモノの量を把握していないから。持っているモノの量を把握できないのは、収納が複雑だから。つまり、モノが多くなるのを防げるかどうかは、収納法をいかに単純化できるかにかかっているといえます。
収納は限界までシンプルにして、自分が持っているモノを把握できる状態にすること。これが片づいたお部屋をキープする収納法の極意です。
限界まで、とあえていうのには理由があります。どんなに収納法をシンプルにしたところで、すべてのモノの存在を完璧に覚えることなんてできないからです。私の家でさえ、自分でギリギリまで単純な収納をつくったはずなのに、引き出しを開けて「あらこの子、こんなところにいたのね」と気づくことがいまだにあります。このうえさらに「三段階の使用頻度別」とか「季節別」とかで引き出しが分かれていたら、まったく日の目を見ずに時がたっていくモノたちが続出してしまう自信があります。
だったらやっぱり、収納はできるかぎりシンプルにするにかぎるのです。
そんなわけで私がおすすめする収納のつくり方はとっても単純。決まりは、同じカテゴリーのモノは一か所に収納する。分散させない。これだけです。
結局、収納に必要なカテゴリーは大きく分けて二つしかありません。「持ち主別」と「モノ別」です。
これは、家族で住んでいる場合と一人暮らしでは、分けて考えたほうがわかりやすいかもしれません。
一人暮らしの方や自分の部屋がある場合は一番簡単。そのままモノ別の収納をつくっていけばよいのです。
むずかしく考える必要はありません。モノの分け方は捨てたときと同じです。つまり、はじめに衣類、次に本類・書類・小物類、そして最後に思い出品。これらを順番通り選んでいったら、同じ場所にまとめて収納場所をつくるだけ。
もっと適当に分けることもあります。これは何のカテゴリーだからとか頭で考えるより、「布っぽいモノ」とか、「紙っぽいモノ」とか、それとも「電気の香りのするモノ」とか……と、素材がなんとなく同じっぽい感じのするモノたちを一か所にまとめて近くに置く、という基準で収納場所を決めていきます。それを使う場面を想像したり、使う頻度をウンウンうなって考えたりするより、このほうが絶対ラクだし、結果的に正確に分けられてしまうのです。
といってもこの作業は、別に私じゃなくても、これまでときめきでモノを選ぶステップを順番通りにやってきたあなたなら同じようにわかるはずです。家じゅうに散らばっていたモノたちを一度、一か所に集めて、一つひとつ向き合ってきたわけですから。今までやってきた、ときめきでモノを一気に選んでいく作業は、じつはモノの収納場所を決めるための感覚を研ぎ澄ます訓練でもあったのです。
家族で住んでいる場合は、まずは家族別に収納スペースをきっちり分けること。これは絶対に外してはいけません。たとえば自分・夫・子どもというように、コーナーをはっきり決めていきます。そして使う人が決まっているモノは、それぞれのコーナーにすべて集めて収納する。これだけでオーケーです。
このときのポイントは、コーナーはできるかぎり、一人一か所であること。つまり、一点集中収納法。自分のコーナーがあっちにもこっちにもあると、それこそあっという間に散らかってしまうのです。持ち主別にモノを一か所にまとめるというのは、収納をきれいにキープするうえで抜群に効果を発揮します。
以前、あるお客様から、「子どもを片づけ上手な子にしたい」とリクエストをいただいたことがありました。彼女には三歳の娘さんが一人。おうちを見てみると、娘さんの服が入っている引き出しは寝室に、おもちゃはリビングに、本棚は和室に、と三か所に分かれています。
でも、基本に則って、和室の一か所に集めました。
すると、その日から娘さんが自分で洋服を選ぶようになって、自分でモノを元に戻すようになったそうです。
「三歳の子でも、自分で片づけできるようになるのか……」と、自分が指示しておきながら内心驚いてしまいました。
誰でも、自分のコーナーがあるというのはうれしいもの。「ここは自分だけの場所」と意識できると、きちんと管理したくなるものです。一人にひと部屋ずつ確保するのはむずかしくても、各人の収納場所を一か所なら可能です。
片づけが苦手な人の話を聞いていると、小さい頃からお母さんが自分の部屋の片づけをしてくれていたり、今でも自分だけのスペースだと思える場所を持っていなかったりする人が多いのです。
とくに主婦の方に多いのですが、服の収納は子どもの棚の一部を使って、本の収納はダンナさんの本棚の一部を使って、というふうに、「自分だけが管理する、自分だけのスペース」と思える場所がないのは、じつはとっても危険なことです。
誰にでも、自分だけの聖域は絶対に必要なのです。
それから、家全体の片づけをしようと思うと、ついついリビングとか、薬とか洗剤とか家族で使うような生活用品から片づけたくなる気持ちはわかりますが、そこはあと回しにしてください。まずは、自分だけのモノを自分で選び、自分のコーナーをつくって収納していくこと。これで片づけの基本はひと通り学べてしまいます。モノを選ぶのと同じように、ここでも順番が命なのです。
「行動動線を考えて収納をつくりましょう」
ちょっとマジメな片づけ本なら必ず出てくるこのフレーズ。けっして間違ってはいないし、行動動線をきちんと考えたうえで、かつ実践的な収納法を提唱しておられる方もいらっしゃるはずなので、これはあくまで私の片づけ法にかぎっていうことなのですが、あえていいます。行動動線は無視してください。
主婦のNさん(五〇代)の家で、こんなことがありました。Nさんのモノの片づけが無事終わり、次はダンナさんのモノを片づけたいという彼女。
「うちのダンナは、リモコンでも本でも何でも、手に届くところに置いてないとイヤなんです」
家の状況を見てみると、なるほどダンナさんのモノは収納場所が見事に分散しています。トイレにダンナさん用の小さい本棚、玄関にダンナさん用のバッグ置き場があり、洗面所にはダンナさんの下着と靴下が収納してありました。
こういう場合も、私は気にしません。いつも通り、「一点集中収納法」です。ダンナさんのスーツ類がかかっているクロゼットに、下着も靴下も、バッグ置き場も移動してもらいました。
「使う場所に置いてあるのが好きみたいなんですよ。不機嫌にならないかしら……」と心配そうなNさん。
多くの人が勘違いしがちなことの一つは、モノの収納場所を考えるとき、まず「出しやすさ」を基準にして決めてしまうことです。じつはこれが落とし穴。
そもそも散らかる原因は「元に戻せない」から。つまり、使うときの手間より、しまうときの手間を省くことを考えなければいけないのです。使うときは明確な目的があるので「出す手間」はよっぽどのことがなければ気になりません。散らかってしまう原因は、「しまう手間」が面倒くさいか、「しまう場所」がわからないかのどちらかです。
ここを間違えると、散らかりやすい仕組みをみずからつくっているようなもの。私のように面倒くさがりやの人は「一点集中収納法」にしたほうが断然おすすめです。
「いつでも手の届く範囲にモノがあったほうが便利」というのも、案外たんなる思い込みだったりします。
多くの人は自分の行動動線に合わせて収納を決めたがるのですが、その行動動線はそもそもどうやって決まったのだと思いますか。じつは、その人の行動によって決まっているのではなく、モノの置き場所によって決まってくるケースがほとんどなのです。つまり、今の自分の行動に合わせて収納をしているように見えて、じつはなんとなく決めた収納に合わせて無意識のうちに生活をしてしまっているのです。
ですから、今の生活の行動動線にしたがってモノの定位置を考えると、何も解決しないどころか、かえって収納場所が分散してモノが増えやすくなります。そして、どこに何を収納したか忘れてしまい、結果的に生活しにくい収納ができあがってしまうことが往々にしてあります。
それに、日本の平均的な広さの家で行動動線なんて考えても、たいして変わらないと思うのです。おうちの端から端までゆっくり歩いても一〇秒か二〇秒くらいで移動できてしまう距離のために、行動動線を考える必要はないのではないでしょうか。
散らからない部屋を目指すのであれば、細かい行動動線に応じた収納を考えるより、どこに何があるかわかりやすいことのほうが、はるかに大事。
だから、あまりむずかしく考えず、家のつくりにしたがってモノの定位置を決めていくほうが、絶対うまくいきます。モノの置き場所は、家がすでに知っているのです。
そういうわけで、私の片づけるおうちの収納は驚くほどシンプル。はっきりいって、どのお客様の家のどこに何が収納されているか、私はほぼすべて覚えています。それくらい、単純な収納しかつくらないからです。
これまでどんなお客様に対しても行動動線はほとんど考えずに収納をつくってきましたが、まったく問題ないようです。それどころか、一度シンプルな収納をつくってしまうと、モノを戻す場所に迷いがなくなるので、モノを自然と戻せるようになり、まったく散らからなくなったとはよく聞く話です。
とにかく、同じようなモノは近くに置くようにする。分散させない。すると結果的に、行動動線としてもすんなりいくようにできあがります。
行動動線と同様、使用頻度もはっきりいって考慮する必要はありません。ものの本には、毎日使うモノ、三日に一回、一週間に一回、一か月に一回、一年に一回、それ以下の頻度……と六段階に分類して収納を分ける方法というのもあります。引き出しを六段使い分けるなんて想像しただけで、頭がくらくらしてくるのは私だけでしょうか。
私はせいぜい二段階。使用頻度は高いか低いか。引き出しの中であれば、使っているうちに使用頻度が低いモノは奥に、高いモノは手前になってくるものです。
いちいち収納を決める段階でそんなことは考えなくてよし。
モノを選ぶときは自分の体に聞いてみて、モノの置き場所を決めるときはおうちに聞いてみる。そういうふうに覚えておけば、片づけも迷いなく進めることができるはずです。
書類に本に洋服に、とにかくどこでも何でもついついモノを積んでしまう人がいます。でも、これはじつにもったいない。
私が収納方法でただ一つこだわっていることといったら、とにかく立てることです。洋服はたたんだら引き出しの中に立てて収納します。ストッキングも丸めたら立てて収納します。引き出しの中の文房具を収納するときも、ホッチキスの芯の箱やメジャー、消しゴムも立てます。ノートパソコンを本棚に、まさにノートのように立てて収納することもあります。
空間はあるはずなのになんだかしっくりこない収納は、モノを立ててみただけで解決してしまうことが多いのです。
モノを立てるのは、積むのを避けるためです。理由は二つ。まず、積むということは空間を際限なく使えてしまうのです。際限なくどんどん上にモノを詰めていけてしまうということは、無尽蔵にモノが増えていっても気がつかなくなってしまいます。立てる収納だと、モノが増えたら増えた分だけ収納部分の面積を使うことになるので、いつかは限界がきます。そうすると「ああモノが増えてきたな」と気づけるのです。
そして、もう一つ。積まれた下のモノがつらいからです。モノを上に積み重ねるということは、当然ながら下のモノがつぶされることになります。私たちが長時間重い荷物を持ったままでいるとつらいのと同じで、モノも上にモノが載った状態でそのままにされると、弱ってしまうのです。
すると、下にあるモノの存在感はどんどん薄くなってきます。いつしか、そのモノを持っていること自体、忘れてしまうのです。実際、重ねて収納してある洋服は下のほうにあるモノほど、どんどん着る頻度が低くなっていきます。服の整理をしていて、「買ったときは大好きだったはずなのに、なぜだかときめかない……」となる服は、下に積まれた状態で長らく収納されていたことが多いのです。
これは書類も同じ。上に別の書類を置いたとたん、その書類の存在は一気に薄くなります。すると下の書類は、うっかり処理し忘れたり、ついつい先延ばしにしてしまうようになるのです。
だから、立てられるモノはとにかく立てて収納すること。
試しに、今積んで置いてあるモノをとりあえず立ててみるだけでも、自分が持っているモノの量が把握できて意識が変わってくるはずです。
立てる収納は、あらゆる場所の収納に応用できます。ごちゃごちゃしがちな冷蔵庫も、立てられるモノはとにかく立てて収納するとたちまちスッキリします。ちなみに私の大好物はにんじんなので、冷蔵庫のドリンク立てのところにズラリとにんじんが立ててストックしてあります。
世の中、便利な収納グッズにあふれています。大きさを調整できる仕切り、クロゼットのポールにかけられる布製のラック、すき間収納用の細い棚。一〇〇円ショップにもおしゃれな雑貨屋さんにも、お店に行くとこんな新製品もあったのかと、ついつい見入ってしまうほどです。
私もかつては収納グッズマニアで、定番ものはもちろん、マニアックなアイデア商品まで、それこそ一時期は、目に入ったものすべてを試していたのではないかと思うくらい。でも不思議なのは、あれだけあった大量の収納グッズが、今はほとんど残っていないこと。
私の家に今ある主な収納グッズは、このような感じです。洋服や小物類が入っている引き出し状のクリアケース、中学生のときから使っているクラフト製の引き出し、タオルが入っているラタンのカゴ……以上。これらが、つくりつけのクロゼットの中に入っています。あとはキッチンと洗面所にそれぞれつくりつけの棚があって、玄関にシューズクロゼットがあるだけです。本や書類の収納は、シューズクロゼットの一段を使っているので、本棚もありません。もちろん、つくりつけの収納が特別広いわけではなく、むしろ平均より小さいくらい。
要は、ふつうの引き出しとふつうの箱があれば、変わった収納グッズはいらないということ。
よく「おすすめの収納グッズは何ですか」と聞かれることがあります。こういうときは、知られざる秘密兵器のような商品を答えることが期待されているものですが、はっきりいって、仕切りや収納用品を新たに買い足す必要はありません。なぜなら、家の中にあるモノで必ず解決できてしまうからです。
圧倒的によく使うのは、靴の空き箱。いろんな収納グッズを試してきましたが、タダで手に入るものでここまで優秀な収納グッズはほかにありません。私の収納グッズ評価項目である、「大きさ」「素材」「丈夫さ」「手軽さ」「ときめき度」ともに平均点以上。バランスがよく、汎用性が高いのが一番の魅力です。最近はデザインがかわいいものが多いのもうれしいところ。「靴の箱、ないですか?」は、もはやお客様の家にうかがったときの私の常套句となっています。
靴の箱の活用方法は無限大です。一番多いのは、ストッキングや靴下を入れて引き出しの中の仕切りにする方法。箱の高さがストッキングを巻いた高さにぴったりなのです。洗面所ではシャンプー類のストックや、洗剤などの生活用品を収納するとしっくりきます。キッチンでは、食料品のストックの仕切りにしたり、ゴミ袋やふきんのストックを入れたり。それと、ケーキ型やタルト型など、使用頻度が低い製菓用品をまとめて入れて、棚の上段に収納するのも、単純だけどなかなか好評な収納法です。なぜかお菓子づくり用品をビニール袋に入れている人が多いのですが、箱に収納したほうが絶対に使いやすい。その後、お菓子をつくる機会が増えました、なんて話を聞くとなんだかうれしくなってしまいます。
靴の箱のフタは深さが浅いので、トレーのように使うことができます。キッチンのコンロ下に置いて、そこに油や料理酒などの調味料を置けば、床が汚れるのが防げます。市販の汚れ防止シートよりもズレないし、取り替えるのもずっとラク。キッチンの引き出しにお玉やフライ返しなどを入れている場合は、引き出しの中に敷くように置いてみます。滑り止めにもなるので、引き出しを出すたびにガチャガチャいうのを防げるほか、仕切り代わりにもなって空いたスペースを有効に使えます。
もちろん靴の箱以外でも、収納に活用できるものはたくさんあります。登場率が高いのは、名刺を買ったときについてくるプラスチックのケースや、アップル社の携帯用音楽プレイヤーのプラスチックケース。アップル社の商品の箱は大きさもデザインもよいものが多いので、持っているなら引き出しの仕切りに使うのが絶対おすすめです。これらは文房具の収納に最適。余ったタッパーをキッチン小物の収納に使ったりするのも、定番中の定番です。
要は四角い箱状のものであれば何でもオーケー。片づけている最中に収納に使えそうな箱を見つけたら、いったん一か所に集めておいて、片づけがひと通り終わるまでとっておきましょう。ただし片づけを終えてしまったら、「この箱、いつか使えるかも」ととっておいたりせず、潔く捨てること。それと、空き箱といっても段ボール箱や電化製品の入っていた箱など、大きすぎるものは仕切りに使えませんし、収納用具としても使い勝手も見た目もよくないので、これらは捨ててしまってください。
また丸型やハート型など、変形の箱も仕切りにするのはスペースにムダが出やすいのでおすすめしません。けれど、箱自体にときめいてしまった場合、話は別。捨てたり、箱のままただ漫然ととっておいたりするのはそれこそもったいないので、ここは意地でも収納に活用しましょう。たとえば、引き出しに入れてヘアアクセサリーの仕切りにしたり、綿棒や裁縫道具を移し替えてしまったり。空き箱と収納するモノの組み合わせは、世界に一つだけの、あなただけのオリジナル。ここは自由にいろいろ試して、思う存分楽しむのが正解です。
こんなふうに、今家にあるモノを活用していけば、不思議なことに、毎回必ずカチッと収納が完成してしまうのです。新たに収納用品を買う必要なんてありません。もちろん市販のモノを探せば、デザインがかわいいものもいくらでもあるはずだけど、今大切なのは、いかにスピーディーに片づけを終わらせるか。中途半端に間に合わせの収納グッズを買うよりも、片づけが終わってから、じっくり好みのデザインの収納グッズを探せばよいのです。
あるとき、バッグの片づけをしていて、なんだか損しているような気がしたことがあります。あたりまえのことですが、バッグの中は空洞です。バッグ自体はけっこういい場所に収納されているはずなのに、中にはガランとした空間が広がっていて、もったいない。でも、バッグはたためないし、かさばるし、それどころか中にはわざわざ丸めた紙が入っていたりして、収納不足が叫ばれる日本のおうちの中では許されないほどぜいたくなスペースの使い方といえます。しかもこの中の紙、しばらくするとだんだん崩れて出し入れするたびにカスがボロボロ出てくる始末。これ、どうにかならないのでしょうか。
あれこれ考えた末、とりあえず中の紙は撤去。ときめかないモノは先に捨てる、が片づけの大原則です。その代わりにオフシーズンの小物類を入れてみました。つまり、夏はマフラーや手袋を、冬は水着なんかを収納して、詰め物代わりにしたのです。これならバッグも型崩れせず、使わない小物も収納できて一石二鳥! と喜んだのもつかの間、この収納法は一年以内で立ち消えになりました。
これはこれで悪くないのですが、バッグを使うたびに小物類をじゃかじゃか出すのが面倒くさい。それにバッグを使っている間にクロゼット内に散乱している小物類がなんだかせつない気がします。
でも、ここであきらめる私ではありません。要は、中身がボロボロせずに見た目も悪くなければいいのです。次は、この小物類をいったん巾着などの袋に入れて詰め物にしてみました。これなら出し入れもラクラク、巾着ごと出すと、見た目も案外かわいくて、大満足です。
これは一見すごく画期的な方法に思えましたが、意外なところに大きな落とし穴がありました。袋詰めにされた状態の小物たちは、当然外から見えません。中に詰まっているのはオフシーズンのモノなので季節ごとに入れ替えをする必要があるのですが、私としたことが、なんと二袋分もうっかり衣替えし忘れたまま季節を越してしまったのです。つまり、その小物たちは一年間もたんなる詰め物扱い。久しぶりに巾着を開けたときの彼らの雰囲気のさみしそうなことといったら! 猛省です。だいたい、ふつうの服ですら衣替えしない主義なのに、見えないモノを季節ごとに入れ替えしようなんて考えたのが間違いでした。
だから、詰め物にしていた小物たちは巾着内からすべて解放。すると次に問題になったのは、自由を手に入れて喜ぶ小物たちの身代わりに、中身が抜かれてふにゃりとなったバッグたち。やっぱり何かを詰めてあげたいけど、オフシーズンの洋服までも詰め物にするのは、それこそ存在を忘れてしまいそうで絶対避けたい。
じゃあしょうがないから、とりあえず別のバッグをバッグの中に入れてみようかしら、と何気なく試してみました。するとこれが、抜群にいけるのです。バッグの中にバッグを入れれば、今までぜいたくに使われていた収納スペースは半分以下になります。中に入れたほうの取っ手を外に出せば、行方不明になることもありません。
ポイントは、同じ種類のバッグ同士を入れ子にすること。つまり、かっちりした革モノ・冬素材のモノ・冠婚葬祭用などが複数あればそれらをセットにするのです。こうすると、用途別に合わせてそのセットだけ取り出して選べばいいのでとってもラク。旅行用のリュックなんかはたたむとびっくりするほど小さくなるので、いくつか持っているのなら、一つのリュックにまとめてしまうのが絶対おすすめです。
一点だけ注意していただきたいのは、入れ子にしすぎないこと。「一つのバッグに多くて二つまで」が基本です。中に入ったモノの存在を忘れてしまうようなしまい方はいけません。
まとめると、バッグの一番正しい収納法はこう。
まず、素材や大きさ、使用頻度が近いバッグを組み合わせて入れ子にします。取っ手はすべて外に出した状態で、バッグを購入したときの袋にしまいます(袋がなければ省略してオーケー)。これらをクロゼットや押し入れに、すべて見えるような状態で並べてしまいます。クロゼットの上段に、本を並べるみたいにバッグを立てて並べます。
このバッグ・イン・バッグの作業、どの組み合わせがしっくりくるかを探すのも、パズルみたいで楽しいもの。大きさぴったり、中のバッグと外のバッグがカチッとたがいを支え合うベストなペアを見つけると、なんだか運命の出会いの瞬間に立ち会ったようで、感動的な気分になるのです。
お財布に、定期入れに、ポーチに、手帳。ほとんど毎日持ち歩いているモノたちがあります。
「どうせ毎日持ち歩いているモノだから、ずっとバッグに入れっぱなしです」という人もけっこういますが、それはダメです。バッグの中をモノの定位置にするべきではありません。
そもそもバッグは、あなたが外出するときにモノを運ぶことが本来の役割です。書類やポーチや携帯電話といったあなたの持ちモノすべてを、一人でまるごと受け入れて、パンパンになった状態で連れ回され、置かれるときは地面にすられ、それでも黙々と中のモノとあなたを甲斐甲斐しく支えつづける。なんて、働き者なんでしょう。せめて家にいる間くらい、しっかり休ませてあげなくては、バチがあたるというもの。使っていないときもモノが入れっぱなしの状態は、寝ている間も胃に食べ物がぎっしり詰められているのと同じで、彼らにとってつらいはず。実際、こういう状態のままのバッグは格段に傷みやすく、すぐにくたびれた印象になってしまいます。
それに入れっぱなしが習慣になると、バッグを替えるたびにちょこちょこモノを中に残したまま放置してしまい、あっという間にどのバッグに何があるのか把握不能な状態になります。こうなったが最後、「あ、ペンがない」「リップクリームどこだっけ」と、必要なときに見つけられずにまた買うハメになるのです。
ちなみにバッグの片づけをしているときに中から発見することが多いのは、街頭で配られているティッシュ、一〇円玉以下の小銭、くしゃくしゃのレシート、かみ終わって紙に包んだガムなど。これらにまぎれて、大事な印鑑やメモや書類やアクセサリーが入っていたりするのが危険なのです。
だから、バッグは毎日、空にしましょう。「えっ、そんな面倒くさいことを?」と敬遠せずともだいじょうぶ。「毎日持ち歩くモノ置き場」さえつくれば簡単です。
まず、箱を一つ、用意します。そこに定期入れやポーチや社員証などを立てた状態で収納します。これをタンスの引き出しやクロゼットの中にそのまま入れればもう完成です。
箱は何でもかまいませんが、適当なモノが見当たらなければここでも靴の空き箱を使うか、引き出しの中にコーナーをつくる場合は箱なしでもだいじょうぶです。クロゼットや押し入れの中に箱を置く場合は、見た目も肝心なのでお気に入りの一品を探すのもよいでしょう。箱を置く場所は、クリアケースなどの引き出し収納の上が定番です。いずれにしろ、バッグの収納場所から近いところが便利ですね。
もちろん、たまにはバッグを空にできない日があってもかまいません。かくいう私も、夜遅くに帰ってきて次の日も朝から仕事があって同じバッグを使う場合は、面倒くさくて中身を入れっぱなし、という日もあります。それどころか、ここだけの話、この本の原稿を書いている今は、家に帰ってきて、着替えもせずに床でバタンキューと倒れ込むように寝ていることもしばしばですが……。
大事なのは、中に入れているモノすべてに帰るべき定位置の収納場所があり、バッグが休める環境が用意されていることです。
もしあなたの家に押し入れがあるなら、部屋にあるほとんどのモノは収納可能といって間違いありません。
日本が誇る収納棚、押し入れ。押し入れは素晴らしい収納力を持っています。奥行きがあり、天袋もあり、上下に分けられた仕切りはかなりの強度です。ただ、広い空間であるだけに、うまく使いこなせていない人が多いのも事実です。
こういうありがたい収納があらかじめあるおうちは、とにかく基本に忠実に収納をしていったほうがうまくいきます。どうにか一発逆転の奇跡の収納をつくろうとして頭をウンウン悩ませたときにかぎって、使いにくい収納になることがほとんどなのです。
押し入れを上手に活用する基本の収納法はこうです。
まず、天袋には季節モノを収納するのが基本中の基本です。ひな人形や五月人形、クリスマスの飾りなど。このほかにも、スキーや登山などのアウトドアグッズやレジャー系なども定番。また、成人式や結婚式など大きくて本棚に入らない写真やアルバム類を収納するのもよいでしょう。この場合、段ボールに詰めて収納するのは絶対にNGで、本棚に並べるのと同じように天袋の手前に立てて並べます。こうしないといよいよ一生日の目を見ないままお蔵入りしてしまうからです。
洋服を収納する場合、クリアケースを使用するなら、ボックス型より、圧倒的に引き出しタイプがおすすめ。ボックス型に入れるととたんに出し入れが面倒くさくなり、ひと箱丸ごと使わないまま、ずるずる季節を越してしまう人が圧倒的に多いのです。もちろん引き出しの中の服は立てて収納しましょう。
布団をしまうなら上段に。湿気やホコリがたまるのを防ぐためです。下段には、扇風機やヒーターなどの季節ものの家電製品を。
また、押し入れはとにかく空間が広いので、収納というより、ふすまで仕切られた小さな部屋、と考えたほうがうまくいきます。よって、収納用具を一切使わないのは危険です。あるお客様で、押し入れに直接服をポンポン投入して収納していた方がいたのですが、扉を開けると焼きそばのように服がこんもり積もっている様子は、もはやゴミ捨て場のようで、服たちがせつなそうなことこのうえない。
逆に、この広さを生かして、外に出ている収納をそのまま中に入れてしまえばいいのです。よくやるのは、スチールラックや本棚を押し入れに収納してしまうワザ。カラーボックスを中に仕込んで本棚にしてしまうこともしばしばです。
ほかにも、部屋の一角をわがもの顔で陣取っている大物系のモノたち、たとえばスーツケースやヒーターなどの家電製品、ゴルフバッグやギターなども、意地でも押し入れの中に収納することにしています。「そんなの、絶対無理」と多くの人が今、心の中でつぶやいたと思いますが、この本で書いている「捨てる」を徹底的にやったあとは、本当に簡単にできてしまうのです。
浴室に置いてあるシャンプーやコンディショナーのボトルたち。家族によって使うものが違っていたり、気分によって使い分けたり、週一回しか使わないトリートメントがあったりと、意外にたくさん持っているものです。これらをお風呂掃除のたびに外に出すのはとてもおっくう。しかも、ボトルを床に直接置いておくと、間もなく底にはあのイヤな水アカがついてきます。それでは、と水はけのよいワイヤーラックに収納して置いている方が多いようですが、これがじつはもっともクセモノ。ワイヤーといえど、濡れたまま置いておけば、いつかは水アカがつきます。
私の家でもかつてワイヤーラックを使っていました。サイズは大きめで、これなら家族の使うせっけんもシャンプーもたまに使うパックも全部置けてとっても便利、なんて嬉々としていたのはつかの間。最初のうちはお風呂上がりのたびにせっせとラックの水気を拭いていましたが、そのうちワイヤー一本一本にタオルを沿わせるのが面倒になり、三日に一回、五日に一回……と頻度はどんどん低くなる一方。ラックのお手入れのことなんてすっかり忘れてしまった頃、シャンプーを使おうとボトルを持ち上げると、底がほのかに赤くなっています。ハッとしてラックの底辺を裏返して見ると、そこは直視できないほどの水アカだらけ。泣きそうになりながらも、なんとかていねいに洗ってきれいにはなりました。でも、結局、毎日の拭き掃除にかかる手間が面倒くさくなり、お風呂に浸かっているときにラックと目が合うとあの水アカシーンが思い出されて、とうとう使うのをやめてしまいました。よくよく考えれば浴室は家の中でもつねに高温多湿で、モノを置くのにもっとも適さない場所であるはずです。それが収納用具だろうと、中に置くモノを増やすのは言語道断といえます。
そもそもこのシャンプーたち、使うとき以外に浴室に置いておく必要があるのでしょうか。とくに家族と別のモノを使っている場合、自分が使っていない間もシャンプーたちはホカホカと温められつづけているわけで、品質低下の危機にさらされ、つらい思いをしている気がします。
だから、浴室には何も置かないことにしました。
どちらにしろ、お風呂で使っているモノは、使用後に水気を拭かなければなりません。だったら、シャンプーでも何でも、毎回使ったあとに使用済みのバスタオルでキュッと水気を拭いて、浴室の外の収納場所に収めてしまいましょう。
一見毎回の手間が面倒に思えるかもしれませんが、やってみるとこちらのほうが断然、ラクです。浴室掃除もさっとできて、水アカもたまらないし、ラックの手入れの手間もいりません。
キッチンのシンクまわりも同様です。なんとなく、キッチン洗剤やスポンジをシンクまわりに置きっぱなしにしていませんか。
私の場合、これもシンク下の収納に収めてしまいます。コツは、スポンジを完全に乾かすこと。
シンクの内側に吸盤でつけるワイヤーのスポンジラックを利用している人が多いと思いますが、これは撤去してしまいましょう。なぜならこの位置はつねに水気にさらされているのでいつまでたってもスポンジが乾かず、すぐににおうようになってしまうから。スポンジは、使ったらギュッと絞って、干すのが一番。ふきん干しなど、とくに干す場所がなければシンク下の棚の取っ手に洗濯バサミで干す。一番のおすすめは、ベランダなど外に干す方法。
ちなみに私は、スポンジもまな板もざるも、何でもベランダに干してしまいます。こうすると水切りカゴもいらないし、キッチンはいつでもスッキリ。日光で消毒もされて乾きも早く、おすすめです。じつをいうと私は、水切りカゴも持っていません。洗い物をしたらボウルとザルを重ねた中に入れていき、それをベランダに持っていってすべて、洗濯モノと同じように干します。朝、洗いモノをしてベランダにほったらかしにしておくだけでオーケー。一人暮らしの方など、洗い物が少ないおうちには絶対おすすめの方法です。
それから、調味料はどうしていますか。
塩に胡椒に醬油に油。とにかく出番が多いし、調理の途中にさっと使いたいから、調味料はすぐ手が届く場所にあるのが一番便利。だから、コンロの真横にそのまま置くのが定位置です。でも、私もそうです、という方がいたら、今すぐ彼らを避難させてあげてください。
そもそも調理台は調理をするところで、モノを置く場所ではありません。とくにコンロまわりはつねに油がはねる危険にさらされていて、すぐ横が定位置の調味料たちは、いつの間にか油でベトベト。さらにこまごましたビンたちがいくつも置いてあると掃除をするのもおっくうになり、キッチン全体がいつでもなんとなく油っぽくなりがち。
キッチンの棚は、もともと調味料を収納するためのスペースを持っていることがほとんどなので、ちゃんと本来の場所に収納しましょう。わかりやすいのは、コンロの左手に細長い引き出しがついているタイプ。これがない場合は、カトラリーやさいばしなどを寝かせてしまっている引き出しを調味料置き場にしましょう。この引き出しもない場合はガス台の下にコーナーをつくればだいじょうぶです。
じつは五年間ほど、巫女として働いていたことがあります。私の神社好きは小学生の頃からで、今でも暇があればちょくちょく神社にお参りする習慣がついています。
私のような神社好きでなくても、必ず一つは持っているはずのお守りやお札たち。とくに女性の恋愛運アップに対する真剣さを、私はよく知っています。出雲大社を筆頭に、現場レッスンで発見される全国津々浦々の縁結び守りを、いったいいくつ見てきたことでしょう。心も体も自分を磨いて、最後のひと押しは神頼み、と抜かりない姿勢が素敵ですが、それでいて皆さん、けっこうお守りを持て余していませんか。
まず、基本的なことですが、お守りは「買うモノ」ではなく、「授かりモノ」です。効能は授かってから一年間が有効期限なので、期限切れのモノはなるべく早く神社にお返ししましょう。必ずしも授かった神社でなくてもかまいません。ただし、お寺のお守りはお寺に、神社のお守りは神社に返す、が決まりです。
問題なのが、まだ現役のお守りやお札たち。もちろんお守りは持ち歩くのがベスト。家のカギにつけたり、そのままポーチに入れたり、リフィルタイプの手帳を使っているなら金具部分につけて仕込んだり。でも、年に何回もいろんな神社に行ってお守りが四つも五つもある場合、すべて持ち歩くのも限界があります。これ見よがしにお守りを持ちすぎるのはときめかないし、いかにも「縁待ち」に見えるのも気がひけます。最近はデザインがかわいいお守りが増えてきたといっても、基本は、人目につかないところでさりげなく持ち歩きたいところです。
外資系コンサルティング会社に勤めるSさん(三一歳)。彼女は、占いやパワースポットめぐりが好きな、ごくごくふつうの女性です。
デスクの浅い引き出しの奥から、「思い出箱」の中から、はたまた本の間から、ぞくぞく出てくる歴代のお守りたち。小学校のときにおばあちゃんがお土産でくれた学業成就のお守りから、有名神社の縁結び守り、期限切れのお守りまで計三四個。そのほか、インドで買ったミニ大仏やヨーロッパで買ったミニマリア像、そして、水晶などのパワーストーンがゴロゴロ出てきました。
そういう場合は、家の一角に「マイ神棚」をつくってしまいましょう。神棚といっても、方角や形式などは気にしません。「なんとなく神聖な感じのモノ」コーナーをつくってしまうのです。おすすめなのは、本棚の一番上の段の一画。神棚らしく、目線より高いところに置くのがポイントです。
私の片づけの裏テーマは「お部屋を神社のような空間にすること」。つまり、自分が住む家を清らかな空気の漂うパワースポットにすることなのです。
居心地のいい家、いるだけで気持ちよくなる家、なぜかリラックスできる家……、それらはおうちがパワースポットである証です。
パワースポットのようなおうちに住みたいか、それとも、物置小屋のような部屋で暮らしていくのか。答えはおのずと明らかなはずです。
「こ、ここだけは開けないでください」
お客様がかたくなに開けるのを拒否する引き出しや箱類。
誰にでも、ほかの人には持っているのを知られたくない、でも、大切なモノというのがあるものです。多いのは、アイドルのポスターなどのファングッズや、趣味の本類など。丸まった状態のポスターがクロゼットの奥に立ててあったり、CD類が箱にしまい込んであったり。
でも、これってとってももったいないと思うのです。そもそも、自分の部屋というのは、自分だけの趣味の空間で限界まで満たされていてもよいのではと思います。だから、好きなモノならしまい込まないこと。
でも、友だちや恋人に見られるのは恥ずかしい。
こんなとき、私がよくやるのが、クロゼットなど収納の中に自分だけのときめき空間を仕込んでしまうこと。つまり、収納の中にポスターなどを飾ってしまうのです。たとえば、服がかかっている奥の壁とか、クロゼットの扉の内側とか。
この方法は、別に人に見られて恥ずかしいモノだけではなくても、もちろんオーケーです。飾りたいポスターや絵がいくつもある場合、でも全部飾ると部屋の感じがうるさくなってしまうとき、クロゼットの中ならば、いくらでも飾ってだいじょうぶ。ポスターでも写真でも、飾りモノなら何でも可能。
収納の中は、はっきりいって無制限。誰からも文句をいわれることもなく、見られることもありません。収納の中こそ、まさに自分だけの真のパラダイス、思いっきり、あなた色に染めてあげればよいのです。
片づけをしていて不思議に思うことの一つに、パッケージのままストックされているモノたちの存在があります。食品類や衛生用品ならまだしも、靴下や下着などの服類までパッケージのまま引き出しに入っているのはなぜなんでしょう。ガサガサしてかさばるし、持っていること自体忘れてしまわないのかな、と勝手ながら心配してしまうのです。
そういえば私の父も、靴下をまとめ買いするのが好きな人でした。スーパーで買い物をするたびに黒やグレーのスーツ用の靴下を買っては、パッケージごと引き出しに収納。ほかには、父の定番のグレーのセーターなんかもパッケージに入ったままクロゼットの奥に発見することがあって、パリパリのビニールに包まれた彼らを見るたび、なんだかせつない気持ちになったものでした。
これは私の父だけの話かと思いきや、お客様の家に行ってみると、けっこう多くの人が同じようにしていることがわかりました。買いだめするのは、たいてい「自分の定番」。やっぱり多いのは、靴下や下着、ストッキングなどの消耗品です。
けれど、多くの人に共通しているのは、ストックのしすぎ。パッケージのままストックしても所有感が生まれないのか、前に買ったストック分を開けてもいないのに、さらに買い足してしまうケースが本当に多いのです。ちなみに今までパッケージのまま収納されていたストッキングの最高記録は八二足。クリアケース一つ分、まるまるストックだったのです。
たしかに、買ってそのままポンと引き出しに入れてしまえば、一番ラクです。使うときにパッケージをパリッとはがす楽しみ、というのもたしかにあるのかもしれません。
しかし、と私はあえていいたいのです。使うまでパッケージのまま家にストックしてある状態と、必要になってからお店で買うのと、ストックしてある場所が家かお店かの違いがあるだけで、何も変わらないと思うのです。「安いときにまとめ買いしたほうがおトク」と思われがちですが、逆です。使うときまでお店で預かってもらう倉庫代だと思えば、値下げした分の料金なんてあまり変わらないと思いませんか。それに、やっぱり必要なときに買ってすぐに使ったほうが当然ながらモノは新しいので、新鮮な状態のモノが使えます。だからこれからは、ムダな買いだめはせず、そのつど買っていくようにして、モノを買ったらすぐにパッケージから出して収納しましょう。
もし、すでにストック物が大量にある場合、せめてパッケージのまま収納していたら、今すぐ出してしまいましょう。
なぜかというと、衣服をパッケージのままストックしておくのは、百害あって一利なしだから。多いのは、ストッキングをパッケージのままストックしてしまっている例。これは今すぐ出してしまいましょう。
ストッキングのパッケージには中身を見せるため、ストッキングを伸ばすための紙が入っていますが、これは家では必要ありません。パッケージから出してたたんで収納すれば、カサは四分の一くらいに減ります。それに一度出してしまうと、断然、手にとりやすくなって、どんどん活用できるようになります。
モノはパッケージから出して初めて「買った」ことになるのだと思います。
パッケージと同じような例だと、洋服の整理のレッスンをしているときに、買ったときの値札やブランドの紙のタグがついたままのスカートやカーディガンを見つけることがよくあります。
たいていお客様はその存在を忘れていて、「あ、こんなの持ってたっけ」と久しぶりに見たような反応をするのです。
でも、そうした服たちって、別に奥にしまい込まれているわけでもなく、ほかの服と同じようにポールに並べてかけられているのです。なのに、目に入らないのは、どうしてだろうと長い間、疑問でした。
そこで、タグがついた状態のモノについて解明しようと、デパートの洋服売り場に観察に行ったことがあります。
何度か観察を続けていくうちに、家にあるモノとお店で売られているモノの違いに気づきました。商品としてお店にかけられているモノは、家のクロゼットのポールにかけられているモノに比べて明らかに「ツン」としているのです。商品としてのモノと、家で個人のモノとして働いているモノとでは、出している空気が違います。値札がついたままの服は、その「ツン」とした感じが残っているように見えます。
私が考えるに、お店に置かれているモノは商品で、家に置かれているモノは「おうちの子」。タグをつけたままだと、モノは「そのおうちの子」になりきれないのです。クロゼットにいっしょにかかっている真正「このうちの子」オーラに負けて、存在感が薄まってしまいます。だから、選んでいるときに自然に目に入りにくくなって、そのうち忘れられてしまう、という憂き目にあってしまうのだと思います。
でも、タグを切ったりしたら、もし着なくてリサイクルショップに売るときに価値が下がっちゃうんじゃないの、なんて無粋なことを考えてはいけません。買うときから、きちんと自分の家に迎え入れて養う覚悟で選びましょう。
だから、買ったらすぐさま、タグははずすこと。モノが商品を卒業しておうちの子として生まれ変わるには、お店とつながる「ヘソの緒」をパチンと切ってあげる儀式が必要なのです。
片づけ上級者になると、モノの多さや収納法などの問題はひと通りクリアしてしまい、より居心地のよい空間を、というふうに求めるレベルも変わってくるものです。お客様の中でも、一見私のレッスンなどいらないのでは、というくらい、さっぱりとした家に住んでいる方が来られることがあります。
Kさん(三〇代)は、ダンナさんと六歳の娘さんの三人暮らし。小さい頃から片づけは好きなほうでモノを捨てるのも抵抗は少なく、初回のレッスンだけで本は二〇〇冊以上、ゴミ袋三二袋を減らしたかなりの優等生。ふだんは主婦業を中心に家事をしつつ、月に二回ほどママ友だちと子どもも交えてお茶会を開いたり、定期的に自宅でフラワーアレンジメントの教室を開催していたりと来客の頻度も高く、「いつお客様が来ても恥ずかしくないように」とふだんの意識もかなりのハイレベルです。2DKの家にはつくりつけのクロゼットと押し入れ、それに背の高さほどある二つのワイヤーラックにほぼすべてのモノが収まり、白木のフローリングにはモノはなく、いつもピカピカ。仲よしのママ友だちにも、「あなた、これ以上どこを片づける気なの?」などといわれているそうですが、本人はどこか不満そうです。
「モノは少ないのですが、どうにも居心地がよくないんです。あと一歩、という感じでしっくりきません」
実際におうちにうかがってみるとおっしゃる通り、たしかにきれい。でも、どこか心にひっかかる、この感じ……。
こんなとき、私がチェックするのは、扉のついた収納の中身です。メインの押し入れをバッと開くと、やっぱり予想通り。クリアケースに貼りっぱなしのシール・消臭剤のパッケージ・収納に使っている段ボール箱……。一見すると何の変哲もない整った収納のように見えますが、そこには「たっぷり収納力」だの「瞬間!消臭」だの「伊予かん」だの、どこに視線を移しても文字・文字・文字、のオンパレード。
じつはこれが、「あと一歩」の正体です。収納を開いたときに見える「情報の多さ」が、部屋の中にざわざわ感をつくりだしているのです。
とくに日本語が多い場合、扉を開くたびに視界に飛び込んでくる文字は無意識のうちに情報として処理され、頭の中にざわざわと響きます。Kさんの場合、今日着る服を選んでいる間ずっと、「伊予かん」「消臭」と耳元でささやかれているようなものです。しかも、なぜか不思議なのですが、この文字情報の多さ、収納の扉を閉めていてもごまかせないのがコワイところ。文字は音となってほのかなBGМのように空間に漂うのです。経験上、一見スッキリしていてもなんとなく「うるさい感じ」がするおうちは、収納の中がムダな情報にあふれている場合が多いといえます。モノが少なくさっぱりしている家ほど、「情報のざわざわ感」は響くので、余計に気になってしまうのかもしれません。
だからまず、商品の包装シールはすぐにはがしましょう(洋服のタグと同様、商品の状態から「うちの子」として迎え入れてあげるという意味でも必須です)。そして、消臭剤や洗剤などあまり好きではないパッケージはフィルムをはがしてしまいます。
見えないところもおうちの一部。ときめかない余計な文字情報を減らすことで、家全体の雰囲気がグッと静かで落ち着いた空気になります。これだけのことでびっくりするほど差がつくのですから、やらない手はありません。
片づけのレッスンで私がお客様に出す課題の一つに、「モノをねぎらう」という課題があります。家に帰ったら、着ていた服をハンガーにかけながら「今日も暖かくしてくれてありがとう」と声をかけ、アクセサリーをはずしたら「今日もきれいにしてくれてありがとう」、バッグをクロゼットに戻すときには「あなたのおかげで今日も最高のお仕事ができました、ありがとう」。こんなふうに、持ちモノ一つひとつに対して、その日一日、自分を支えてくれたことにちゃんと感謝する。毎日は無理でも、たまにはねぎらってあげることも大事だと思うのです。
私がこんなふうに、まるでモノが生きているかのように感じるようになったのは、じつはある出来事があったから。
高校生のとき、初めて持つようになった自分の携帯電話。当時はまだ画面が白黒で機能も電話とメールだけのシンプルなものでしたが、淡い水色と小さくてコロンとしたデザインが大のお気に入り。いわゆる携帯依存症というものではけっしてありませんでしたが、校則で禁止されつつも毎日制服のポケットに入れて持ち歩き、たまに取り出して眺めては、ふふふと悦に入っていたものでした。でも技術の進歩で、携帯電話はあっという間にカラー画面があたりまえの時代に。それでもかたくなに白黒携帯を使いつづけていた私でしたが、外側もだいぶ削れてきてしまったこともあり、ついに買い替えることになりました。
新しい携帯電話を手にした私は、ふと、古い携帯電話に試しにメールを送ってみようと思い立ちました。初めての携帯電話の買い替えで、はしゃぐ気持ちもあったのでしょう。内容は少し考えた末、「今までありがとう」にハートマークの絵文字をつけたシンプルなメールを打って、送信ボタンをピッ。
ピロロッとすぐに古い携帯の着信音が鳴り、すぐさまメールの内容を確認する私。当然、内容は先ほど打ったモノと同じです。「うん、ちゃんと届いたね。今まで、本当にありがとう」と直接声もかけて、携帯をパチンと閉じました。
すると数分後、もう一度古いほうの携帯を開いてみると、なぜか画面は真っ黒。どのボタンを押してもピクリとも動きません。結局、それまで一度だって壊れたことのなかった携帯が、あのメールの受信を最後に完全に動かなくなってしまったのです。まるで、古い携帯電話が自分の役割が終わったことを悟って、自ら潔く身を引いたかのように私には感じられました。
もちろんこれは、ただの偶然かもしれないし、モノに気持ちが通じたなんて信じられない方もいるかもしれません。
一流のスポーツ選手が道具を神聖なモノとして扱い、ていねいに手入れをし、大事にするというのはよく聞く話です。きっと彼らは自然に、そうしたモノの力というものを感じているのだと思います。だとしたら、特別な仕事道具じゃなくたって、服もバッグもペンもパソコンも、ふだん使っている一つひとつのモノ全部を大切に扱えば、あたりまえの毎日に心強い助っ人が一気にできるようなもの。
モノを持つ行為は、特別な試合や勝負日にかぎらず、日常にあるあたりまえの行為です。
私たちが意識していなくても、モノは本当に毎日、持ち主を支えるためにそれぞれの役割を全うしています。一生懸命私たちのために働いてくれているのです。
私たちが一日働いて、自分の家に帰ってホッとするのと同じように、モノだって、自分のいつもの場所に帰ってくれば安心します。
住所不定って、とっても不安ですよね。私たちが毎日、会社に行って働いたり、外に買い物に行ったりして、外の社会と行き来することができるのは、どんなときも同じ場所で待ってくれているおうちの存在があるからです。それはモノにとっても同じです。
毎日同じ場所に帰ってこられる安心感があることは、モノにとっても大切なことなのです。
だから、ちゃんと定位置があって、そこに戻されて休めているモノたちは、輝きが違うのです。たとえば、洋服をていねいに扱うようになったお客様から、「毛玉がつきにくくなったり、お茶をこぼしにくくなったりして、服が長持ちするようになった」なんて声が絶えないのも、持ち主を支えようというモノたちの気合いのなせるワザだと私は思っています。
モノは大切に扱われれば、必ず持ち主に応えてくれる。
そういう意味で、モノが喜ぶ収納になっているかどうか、ときおり私は自分に問いかけることがあります。
私にとって収納とは、モノのおうちを決める神聖な行為なのです。