第二話

五年前の話。

夕闇の中、聖王都フェレス西部地区グラン高原にて両者の軍は互いに睨みを利かせていた。「あれが……あの大勢の人間たちが我らの敵なのですか! リックス隊長!」

「そうだサラ、あれらを人間だと思うな」

「はい……しかし隊長。ラルド騎士団長の命令では、敵には傷をつけるなと……いったいどうやって戦えと」

リックスは口をつぐむ。

「赤い風を待つ……私たちがやるのは戦争じゃない戦闘の阻止だ」

リックスはそうサラに言った。

「しかし、あちらはいつ動いてもおかしくない状態です!! もしここで動かれたら、戦争が始まります」

この日、聖王グレゴリウス四世は亡くなった。

それを機にある魔法を何者かが使用した。

魔法により民は狂い聖王都に侵攻を開始し急遽部隊を編制したラルド・コーウェン騎士団長は一万五千人という兵を引き連れてこのグラン高原に騎士団を進めた。

現在は司令部にて会議中のはずである。

すると突然伝令兵がやってきた。

「二番隊リックス隊長へ伝令! ラルド騎士団長がすぐに兵を引くようにと」

「わかった……」

するとリックスは二番隊に通達するよう近くの兵に号令を下す。

サラは、一瞬何が起こったのかわからなかった。

すぐに騎士団はその場から消えていく。

サラは自分の無能さにいら立ちを隠せないでいた。

次の瞬間、赤い戦闘服に身を包んだ数名が横をすり抜ける。

まるで風のように……

「そこのあなた? すぐにこの場から離れなさい。これは命令よ」

綺麗な女性の声が聞こえる。

「あ……あなたたちは何者なんですか?」

サラは女性らしき人物に尋ねると彼女は、

「赤い風よ」

と笑いながら二万はいるであろう大軍に向かっていった。

たった数名でなにができるのか。

サラは一万五千人の騎士にも呆れて全てがどうでもよくなっていた。

すると後ろから恐ろしいほど不気味な音がなっていた。

前にいた兵が後ろ振り向き、

「真っ赤だ……」

といったのはサラにとっては印象的だった。

そして現在、サラは騎士団を率いるまでになっていた。

あの出来事が彼女を変えたのは間違いない。

ただあの時何が起きたのか。

サラはそれを知りたいと思ってここまできた。

彼女は団長就任式典の後、すぐにあるところに向かう。

聖王都図書館最奥部。

「やっとここまで来た」

彼女は一冊の本を探す。

「見つけた」

サラはその本の記録を見る。

その本の最後にはある者の名前が書いていた。

『赤い風ルーダー』

話は現在に戻る。

竜を撃退してから数日たった。

竜の爪跡はあまりにも大きすぎた。

ただそれでも町民の被害は最小限に食い止められていた。

町長であるシグルドも深手を負い治療中の身だ。

その場の復興指揮を今もとっている。

しかし町にはジルとシエラそして、ファセットの姿はなかった。

彼らはモーリ街道にいた。

ジルたちが住む町クレソンと都市ニネべを繋ぐ道である。

「シエラお腹が減ったわ」

ファセットがお腹をさすりながら言う。

「我慢しなさいファセット。もう少しでニネべにつくから」

「そういって一時間だけどな」

ファセットはお腹を押さえる。

シエラはまるで母のように答え、それに対してジルは笑みを浮かべる。

「それにしてもこんな重要書類を俺たちにな……」

話はこうである。

「この報告書類をニネベと聖王都に」

聖王都や付近の都市への報告である。

ジルは最初に

「聖王都に知らせる必要なんてない」

といい他の者達も同調していた。

だが、話はこれからのことも含め形だけでもしいた方がいいという話になった。

代表たちもこの意見に賛同しジル達をクレソンから西の都ニネベに向かわせた。

「そういえばファセットはニネベ方面から来たのよね?」

シエラはファセットに尋ねる。

「来たけど。馬車に乗ってきたからどういう街かは知らないわ」

ファセットはそういうとおもむろにポケットから飴玉を取り出す。

数分後三人は大きな広場に出る。

「あ……噴水」

そこには直径五十メートルはあろう大きな噴水とたくさんの人達で賑わっていた。

「モーリ噴水さ」

ジルはファセットの隣で言う。

「私はこの広場嫌いだけどね」

シエラは意味深なことを口にした。

(まあそれもそうだろう何故ならここは……)

『好きよ……』

『愛してる……』

そうデートスポットで有名なところだからだ。

「あ~もういや!! 気が狂いそう……ちょっと私休憩所に行ってクレープ買ってくる」

そういうとシエラは一人休憩所へと向かった。

「ファセットはどうする?」

ジルはファセットのほうを向く。

「愛してるわジル」

ジルは突然ファセットから求愛を受ける。

「え……となんのつもりだファセット」

「真似しただけ」

そういうとファセットも休憩所の方へと消えていった。

「真似……ね」

ジルは一人噴水広場の椅子に腰かけた。

周りではカップルだらけだ。

まるでクレソンで起こった事件がなかったかのように……

そんなときだ。

「きゃー! 誰か!!」

一人の女性の叫び声が聞こえる。

男がナイフを持ち出しては、

「この女殺してやる!!」

と叫んでいた。

話しを聞くとここで男がナンパを繰り返していたらしい。

男は数人の女の子から、 「気持ち悪い」

などと言われ罵声を浴びせられていたらしい。

そのことがあってかナイフを持ち出し、女性を人質に取ったらしい。

「大変だな」

そういうと遠くからジルはそいつの頭めがけて投石をした。

「ギャッ」

見事に命中。

その場は事なきを得た。

「いつか殺してやるからな!」

という遠吠えもむなしく彼はニネベの騎士に連行されていった。

モーリ噴水広場から出て三時間後ジル達は無事にニネベに到着する。

水上都市ニネベ。

聖王都ができてから一番最初に作られた、東部地区最大の都市でもある。

この都市の最大の特徴は豊富な水資源とそれを利用した電力の供給。

そして観光である。 

とくにニネベのガラス細工は繊細で職人たちが手作業で作られている。

「ジル? 報告書はあるわよね?」

シエラはジルに聞く。

「ああ心配するな。それよりファセットはニネベは初めてだろ?」

「うん」

「だったらシエラ。ファセットに付き合ってやってくれ」

ジルがいうと、シエラは気分が良くなりファセットの手を引き市内に消えていった。

(まあいつものところだろうな)

「やばいやばい時間に遅れる」

ジルは独り言を言いながら市長がいる役所まで向かった。

その頃シエラ達はというと、ニネベの川を上流に向かい歩いていた。

途中には様々な工芸品やらお土産が並んでいる。

そこをゆっくりと見物する。

職人の手で作られたガラス工芸はとても綺麗で美しい。

装飾には細工が施されている物もあり、ランプやグラスには自然と目がいく。

「シエラ? どこに向かっているの?」

ファセットは疑問に思うことをシエラに聞いた。

「すっごいところよ!!」

シエラの表情は綺麗だった。

川から都市の大通りをまっすぐ歩くと少し傾斜のかかったのぼり坂となっている。

滝の音だろうか。

段々と音が大きくなっていく。

そこを歩き終えた時、ファセットは感動した。

【大瀑布】周りから見たら巨大な滝である。

それはこの世界ではあまりにも神秘的で、生きているという実感さえも覚えさせられるような場所であった。

「すごいわ……」

思わずファセットの口が開く。

「でしょう? 私はここが一番好きなの、お母さんとの思い出の場所だから……」

シエラはそういうと一人ベンチに腰掛け遠くに見える大瀑布を眺めていた。

その頃ジルはというと都の役所に来ていた。

「これは冗談も甚だしいぞ」

ニネベ市長に言われどうしたものかと頭を悩ませている。

「本当の話だ。町長の判もあるだろ?」

「分かった。仕方ない……王都へは私から伝える」

するといきなりドアが開きそこへ数人もの騎士が入ってくる。

「ジルコニア・バテライトお前をフェリス国第二王女の誘拐の件で令状が出ている同行願おう」

突然の乱入者に驚くジル。

だがジルはファセットに会った時からいずれはこうなると知っていた。

何故なら彼女がこの国の王女だからだ。

大瀑布を見たシエラとファセットは更に街並みをゆっくり見て回る。

すると一人の燕尾服を着た初老の男性が前から歩いてくる。

その男性はファセットの前でひざまずいた。

「ラピス様よくご無事でいらっしゃいました」

初老の男性は頭を下げたままだ。

「さっそくですが王が心配しております」

シエラ達の後ろにはいつの間にか豪華な馬車が用意されていた。

「わかったわ……ストラス」

そういうとファセットは馬車に乗り込む。

呆然とするシエラ。

「ごめんねシエラ。楽しい時間をありがとう」

馬車は離れていく。

一人残されたシエラは何もできなかった。

「そうよジル! ジルに言わないと!」

馬車がいなくなってからシエラは市内を走り始めるのであった。

馬車の中。

ニネベを離れてから二時間が過ぎる。

ファセットはついてくる後ろの馬車が少し気になる。

「ところで後ろの馬車には誰が乗っているの?」

ファセットはストラスに話しかけると、

「逆賊でございます」

ストラスはそう答えた。

その馬車の中ではジルが兵達に囲まれていた。

「それでこの馬車はどこへ向かってるんだ?」

ジルは馬車に乗っていた兵に話しかけるが兵は答えない。

「それにしても趣味が悪いぞフラン」

もう一度ジルは前にいる『仮面』をつけた金髪の兵に話しかける。

「ハハハやっぱ分かりますか隊長?」

フランと呼ばれた男性は仮面を取る。

「相変わらず嫌な奴だな」

ジルは顔をしかめた。

「おおかたラピス王女の件で来たんだろ?」

ジルは何となくだが察していた。

「ご名答です。さすが隊長だ!」

「その隊長というのはやめろ。ところでシエラとラピス王女はどうした?」

ジルはそれが気がかりだった。

「ご安心ください。シエラ様はクレソンに、ラピス様は前の馬車に乗っています。ストラスが護衛しているので安心してください」

「あいつまで来ているのか?」

「はい!これからまた騒がしくなりそうですから」

そういうとフランは手紙をジルに渡す。

それを読んだジルは、

「聖王都も一枚岩じゃなくなったか……」

ため息をついた。

ジル達の乗った馬車は大きな湖畔にある屋敷に到着する。

乗った馬車が屋敷の前に着く。

「自分で降りるわ」

ファセットはそう言うと、馬車から降り屋敷の中へと入っていった。

屋敷に入ると何十人ものメイドがファセットつまりラピス王女を待っていた。

ジルはあとから馬車を降りる。

屋敷の前でストラスが待っていた。

ジルはストラスに近付く。

ストラスは一瞬で腰にあるレイピアを抜き、剣先をジルの喉元に置く。

だがジルも先程の紙でそのレイピアの先端を切り落とした。

ペーパーナイフだ

「お見事です。隊長」

そういうとストラスは屋敷の中へと入っていった。

「なんなんですかね? ハハハ」

フランはただ笑っていた。

そしてジル達も屋敷の中へと入ることにする。

屋敷の中ではメイド長とストラスが話し合っていた。

「わかっているな?」

ストラスは眼鏡をかけたメイド長に言う。

「かならずや陥落させてみせます!」

メイド長は元気のある声だ。

「問題は隊長にあるからな」

ストラスはそう言って部屋から出ていった。

「んで俺の仕事ってのはなんなんだフラン?」

ジルはとある部屋の前に立っていた。

「はいってはいって」

フランはジルの背中を手で押す。

メイドが部屋の扉を開いた。

中にはダブルベッドとフレグランスの香りと一面がピンク色の部屋が待っていた。

「隊長の仕事は……子作りさハハハ」

そういってフランは、ジルの背中を足で蹴って部屋の中に押し込んだのであった。

「おい! フランお前!」

時はすでに遅い、後ろを振り向くと扉は閉まっていた。

「クソッ! 開かねえ」

扉はビクともしない。

(さてどうしたものか……)

ジルはしかたなく部屋の中央にある大きなベッドに近づく、するとベッドからスヤスヤと寝息が聞こえる。

枕元をのぞき込むとそこにはファセットが寝ていた。

「んん……う……ん」

どうやらファセットは起きたようだ。

「あれ? ジル? 夢……」

寝ぼけた目でジルを見る。

「本物だ……残念ながらな」

ジルは近くにあるピンク色のソファーに腰掛け、周りを見渡す。

(トイレにキッチンはある)

おもむろに立っては部屋を散策するジル。

電気倉庫に近づき倉庫を開くとひんやりとした空気が部屋へと流れ出ていく。

そこには丁寧に食材もあった。

「ファセット……お前何か言われてるか?」

ジルは一応ファセットに尋ねる。

するとファセットは……

「いえ何も。ただ紅茶を飲んだら急に眠くなって……」

そういってファセットは近くにあった飴をなめ始める。

そのときであった。

ファセットの寝ていたベッドから一枚の紙が出てくる。

そこには……

【聖王だ。ここで三日間過ごせ】

(ふざけるな!)

ジルはとにかく色々と言いたかった。

「どうしたのジル?」

彼はどうしたものかと考え始める。

とりあえずジルはここに三日間もいたら精神がおかしくなると思った。

頭を抱える。

ファセットはそんなジルを隣から見つめ、なぜこの屋敷にいるのか不思議に思っていた。

ジルはファセットの方を向く。

「とりあえず飯にでもするか……」

ジルはそう答えるとキッチンに向かい料理を作り始める。

ファセットもジルに近づき、

「手伝うわ」

というとジルの隣に並んだ。

その間ファセットとジルは他愛もない話をした。

シエラのことや町のこと。

そして今日あった出来事。

話しているうちに料理が出来上がる。

シーフードを材料に使ったパスタとポタージュだ。

二人はテーブルに料理を置き席に座る。

そしてこれからの事を話し始めた。

「ファセットも早く抜けだしたいよな」

ジルは先程見つけた紙を見つめる。

「私は……」

ファセットは何やら呪文のような言葉を繰り返す。

「私の好きな人はルーダー様……」

と小さくこぼした。

「ファセット?」

ジルはファセットの顔の前で手を振る素振りをした。

「な……なんでもない……」

ファセットは少しだけ頬を染めた。

屋敷の応接間。

「大丈夫かな? あの二人?」

「でも王も面白いことを考えるわよね」

「まあ結婚と言うのも早いと思うけどな~ハハハ」

そこでは茶菓子を食べるメイド長と笑顔の男がいた。

さて数日後、湖畔にある大きな屋敷。

その一室に二人の若い男女の姿があった。

「完全にやられたな」

二人の男女は悩む。

もうこの部屋に閉じ込められて四日になろうとしていた。

三日分はあったであろう食材は使い切り、屋敷の部屋で四日目に突入したジルとファセットはすでに精神的にきつくなっていた。

「あいつら何考えてやがる!」

ジルの顔に疲れが見え始める。

「……」

ジルはまだ冷静だったが問題はファセットの方にあった。

彼女は完全に頭が狂ったらしく、彼は朝からファセットのよくわからない念仏を聞いている。

ジルはファセットがこのままだと大変なことになると思い、思いきり叫ぶ。

「俺のことはいいからファセットを部屋から出してやってくれ!!」

だがその言葉も空しく部屋に響く。

「もう無理よ。ジル……父上がそう言ったんなら……」

そういうとファセットはジルにしがみつく、その肩は震えていた。

「ファセット……」

それを見たジルはあることを決意した。

「ジル?」

「ファセット部屋の隅にいてくれ」

ジルはファセットを部屋の隅に移動させる。

「さて知らんぞ俺は!」

するとジルは額に汗を浮かばせる。

「来い! グングニル!!」

ジルの目は本気になった。

ファセットの記憶の中で命を救われたあの日の青年とジルの面影が重なった。

「ルーダー様?」

ジルはグングニルを部屋の壁に向かい放つ。

すると周囲の風は赤く染まり、まるで風が風だと伝えるようにその場を赤く染めていく。

グングニルが向かった先の壁は崩れ、そこからは太陽の淡い光と青い空、そして四日ぶりとなる心地の良い風が流れ込んできた。

ジルはすぐにファセットの手をやさしく引く、

「いくぞ!ファセット!」

ジルが呼びかけるとファセットは、

「は……はい!」

顔を赤くさせ、なすがままファセットはジルと壊した壁から外へと逃げ出す。

二人はすぐに納屋にある馬を奪い、その場を離れる。

湖畔の外れまできたところでファセットはジルにあることを言った。

「ジルコニア・バテライト! 私のものになりなさい!」

そう言ってファセットはジルに抱き付いた。