銃を向けたままのオッドをなんとか宥めてから、少女に近づく。

「うぅ……」

 少女はレヴィアースを睨み上げ、動かない身体を必死で動かそうとしている。

「俺は敵じゃない。だから少しだけ話をさせてくれないか?」

 レヴィアースは少女の目の前で武器の全てを自分の手の届かない場所に置いた。

 丸腰のまま少女に向き合う。

「………………」

 敵意がないということを行動と言葉で示された少女は困惑したように首を傾げる。

 ハンカチを取り出してから少女の腕に巻いてやる。

「とりあえず止血しないとな」

「………………」

 腕の血をどうにかしなければならないことは分かっていたようなので、少女も逆らうことなく大人しく布を巻かれていた。

「ここには君一人だけ?」

 少女はこくりと頷いた。

「他の子は?」

「……みんな、上に逃げた」

「そうか……」

 ならばやはり、上に転がっていた子供の死体は少女の仲間だったのだろう。

「君はどうして逃げなかったの?」

「……上には敵がいるから」

「………………」

「敵のいるところに逃げるよりは、敵がいなくなるまでここに隠れてる方がいいと思った」

「なるほど。賢い選択だ」

「………………」

 敵、というのは自分たちのことだろうというのは分かるが、とりあえず少女は話し合いに応じてくれたようだ。

「みんなには言わなかったの?」

 それが分かっているのなら、仲間の亜人たちに教えてやらなかったのだろうか、とレヴィアースは思ったのだが、

「言う暇がなかった。みんなあっという間に逃げていった」

「そうか……」

 それなら仕方がない。

「それに、仲間ってわけじゃない」

「そうなの?」

「うん。みんな、別々のところから連れてこられたから。いつ殺し合いを始めるか分からない関係だから、余計な感情は持たないようにしている」

「………………」

 予想以上に荒んだ環境のようだ。

「自分のことだけで手一杯だし、自分の命を危険にしてまで他の人を助けるほど、優しくないつもりだし」

「そうだね。自分の身を守るのが第一だ」

「うん……」

「俺達を攻撃したのは、敵だと思ったから?」

「うん。だって、連合は敵だってみんな言ってる。私たち亜人を皆殺しにしようとしてるって」

「んー。正しい意見だ」

 連合軍の一員であるレヴィアースとしては返す言葉もない。

「でも俺は敵じゃない。それは分かる?」

「私を殺さないなら、敵じゃない」

「ありがとう」

 敵意を見せなければ話し合いは成立する。

 助けることが出来る。

 これならうまくいきそうだと思ったのだが、少女はオッドを睨み付けてから続けた。

「でもあっちは敵」

「………………」

 指さされたオッドは眉をハの字にする。

「撃ったし……」

「あー、それは悪かった。でも俺を守ろうとしてくれたんだ。彼は俺の部下だからね。だからその、大目に見てくれないかな?」

「……もう撃たない?」

 じーっとオッドを睨み付ける少女。

 居心地の悪い思いをさせられたオッドは困ったようにレヴィアースを見た。

 彼次第、ということだろう。

「君が俺に攻撃を加えなければ、彼は何もしなし、させない。それは約束するよ」

 オッドとしても好きこのんで子供を殺したいわけではないだろう。

「……分かった。あっちも敵じゃないってことにしておく」

「うん。ありがとう」

「それで、おじさんたちは何をしに来たの?」

「っ!」

「っ!?」

『おじさんたち』というワードに大ダメージを受けるレヴィアースとオッド。

 自分たちはまだおじさんと言われるような歳ではない。

 レヴィアースはまだ二十五歳であり、オッドも二十六歳である。

「……どうか、した?」

 ダメージを受けて硬直してしまった二人に首を傾げる少女。

 この年頃の少女から見れば、二十代は立派に『おじさん』ということらしい。

「い、いや……な、なんでもない……なんでもないんだ……」

 ようやくダメージから回復したレヴィアースは取り繕うように笑う。

「ええと、とりあえず一緒に逃げないか? ここにいてもいずれは連合軍に見つかるよ。詳しく調べられればここもいずれ発見される。そうなればレーダー探知で生命反応を探られるから隠れていても無駄だよ」

「………………」

「おじ……じゃなくてお兄さんたちは連合軍だけど、個人として君を助けたいと思っている。信用してくれないかな?」

 少女はじっとレヴィアースを見ている。

 信用できるかどうかを見定めているのかもしれない。

 疲れ果てた、淀んだ眼ではあったが、それでもレヴィアースをまっすぐに見ていた。

 レヴィアースは少女の黒髪を精一杯のいたわりを込めて撫で、笑いかけた。

「何とかしてやる。任せておけ」

「……うん」

 それは少女が初めて聞いた言葉だった。

 誰にも助けてもらえず、誰にも頼ることが出来なかった少女が、初めて誰かに縋っていいのだと許された言葉だった。

 少女はレヴィアースの手を取り、そしてレヴィアースは少女の手を握った。

 オッドと協力してその場から脱出して、少女を逃がす計画を立てた。

 

 それから色々苦労はしたけれど、何とか少女をジークスから逃がすことに成功した。

 少女の姿を隠して運ぶ為に死体袋に詰めたり、大きめのトランクに押し込めたりと、少しばかり酷い扱いをしてしまったが、少女自身もそれが必要だと理解していたので文句を言ったりはしなかった。

 それから連合未加盟惑星まで少女を連れて行って、仕事を紹介した。

 少女の戦闘能力があれば少しばかり物騒な地域でも生き抜くことは出来るだろう。

 手枷も足枷も外された少女は、別れる前にレヴィアースへと抱きついた。

「本当にありがとう。この恩は忘れない。いつか、絶対に返す」

「あんまり気にするなよ。俺が気に入らないからやっただけなんだ」

 少女の黒髪をくしゃくしゃと撫でてからレヴィアースが言う。

「それでも私が助けられたのは本当だから」

 どんな意図であれ、感情的な行動であれ、それによって少女が助かったのは事実なのだ。

 だからその恩は決して忘れない。

 いつか恩返しをすると少女は決めているのだ。

「じゃあ期待しないで待ってるよ」

「うん。多分、忘れた頃に利子をつけて返すと思う」

「ははは。そりゃすげえな」

 それほどまでに逞しく生きられるのなら心配はいらないだろう。

 レヴィアースも安心して少女と別れることが出来た。

「あ、そうだ。名前をまだ聞いてなかったよな。せっかくだから教えておいてくれないか?」

「……そういうおじさんの名前もまだ聞いてない」

 思いついたように言われた少女は頬を膨らませてレヴィアースを睨んだ。

「おじさんじゃねえっ! お兄さんだ!」

 そこは譲れないらしい。

 悲しいこだわりだった。

「………………」

 少女は何だか可哀想なものを見るような視線をレヴィアースに向けてくる。

 それが更なるダメージとなる。

「レヴィアース。レヴィアース・マルグレイトだ」

「たいい?」

「そりゃ階級であって名前じゃない」

「ふうん」

「君の名前は?」

「……マティルダ」

「ふうん。可愛い名前じゃないか」

「でも、この先は偽名を使うと思う。用意してもらった偽装身分証明も違う名前だし」

「あははは。それもそっか。でもせっかく可愛い名前なのに使われなくなるのは寂しいな」

「……別にいい。思い入れのある名前ってわけじゃないし」

「そうなのか? 親からもらった大事な名前なんじゃないのか?」

「親の顔は知らない。この名前は施設の大人が適当につけた名前」

「そうなのか……」

「うん」

「でもマティルダって名前は可愛いと思うぞ。よく似合ってる」

「………………」

「ま、いいか。その名前で覚えておくよ」

「うん」

「じゃあな。うまく生き延びろよ」

「そっちもね。軍人なんて似合わないから早く退役した方がいいよ」

「ははは。そう出来たらいいんだけどなぁ」

 最後にもう一度黒髪をくしゃくしゃと撫でてから別れた。

 不器用にはにかんだ笑顔は少しだけ子供らしくて、これからもっと自然に笑えるようになればいいのにと願った。

 本当はマティルダが一人で何とかやっていけるまで責任を持ちたかったのだが、レヴィの立場ではそうもいかない。

 だけど彼女ならきっと一人でも大丈夫だろう。

 レヴィは自分にそう言い聞かせてからマティルダと別れた。 

 最後まで面倒を見切れなかったことを、少しだけ悔やみながら。

 

 それから七年。

 マティルダと呼ばれた少女は、マーシャと名乗り、そしてレヴィアースと呼ばれた軍人はレヴィと名乗り、二人は再会する。

 同じ宇宙を飛ぶ操縦者として。

 

 

第五話 亡霊の反撃

 

 格納庫へ走るレヴィは思い出し笑いをしながらも、それでも戦意だけは高ぶらせていた。

 あの時の少女をもう一度守りたいと思う。

 そして自分の復讐も果たす。

 一石二鳥とはこのことだ。

 この依頼を断る理由なんてどこにもない。

 依頼がなくても戦いたいぐらいなのだ。

 久しぶりにそんな気持ちにさせられたレヴィは楽しくて笑っている。

 誘導灯の色が変わり、自動扉が開いた。

 どうやらここが格納庫らしい。

 中に入ると蒼い戦闘機があった。

 見たことのないタイプの戦闘機だった。

 恐らくは最新型だろう。

 ブランクの長いレヴィに操りきれるかどうか不安だが、それでも『星暴風スターウィンド』として人並み以上に操ってみせるという自負がある。

『格納庫には着いたか?』

 スピーカーから聞こえてくるのはマーシャの声だった。

「着いたぞ。一機しかないけど、これに乗ればいいんだろう?」

『ああ。お前の為に用意した特別機エクストラワンだ』

「そりゃ光栄だね。ブランクの長い俺に操れる機体であることを祈るよ」

『乗ってみれば分かる』

『シルバーブラスト』は大気圏を抜けて宇宙空間へ出ようとしている。

 そうなれば出番はすぐにやってくる。

 レヴィはそのまま操縦席へと乗り込んだ。

「っ!」

 乗り込んで、驚いた。

 シートの仕様、操縦桿の形、計器の配置など、レヴィが知っている戦闘機そのものだった。

「これはまた……」

 驚きと喜びが同時に湧き上がる。

 これならどうにか操ることが出来そうだ。

 少なくとも操縦に不自由を感じることはないだろう。

 あとはどこまで巧みに操れるかどうか、という問題が残るだけだ。

 今度は機体に備え付けられた通信機の方から声がかかる。

『言っただろう? お前の為に用意した特別機エクストラワンだと』

「だな。あんた、本当に俺のことを徹底的に調べたんだなぁ」

『ファンだからな。当然のことだ』

「……一歩間違えばストーカーのような気もするが」

『なってほしいのか? 私はそれでも構わないが』

「やめてくれっ!」

 悲鳴混じりに思い出すのは最後に乗っていた機体のことだった。

 エミリオン連合軍制式採用戦闘機『アークセイル』。

 三年経った今ではもう少し改良されたものが採用されているだろうが、この操縦席はレヴィが乗っていた『アークセイル』そのものだった。

「名前はなんて言うんだ?」

『もちろん『スターウィンド』に決まってるじゃないか』

「……マジかよ」

『命名はもちろん私だ』

「ははは……」

 音声のみでもえっへんと胸を張って得意げなマーシャの姿が見えてしまうようだった。

「どれぐらい飛べる? 砲撃の威力は?」

 細かい部分は飛ばしてみないと分からないが、それでも最低限の機体性能だけは把握しておかなければならない。

『最高速度は時速七LS。エネルギー源は永久駆動機関『バグライト』を使っている。補給の心配はしなくていい』

「マジか!? バグライトだって!? こんな小さい機体にどうやって収めたんだ!?」

 永久駆動機関バグライトは宇宙船のメインエンジンとして使われるものだ。

 核エネルギーを使っているので枯渇の心配がない。

 ただし、かなり大きなサイズになるので、間違っても戦闘機に積めるような代物ではないはずだ。

 ちなみにLSは速度の単位で、一LSあたりがおよそ時速〇.〇二Pmになる。

『そこはそれなりに努力したのさ。小型軽量化に成功したのはつい最近だ。せっかくだからその機体に実験採用させてもらった』

「実験かよっ!」

 核燃料なだけに物騒極まりない話だった。

『心配しなくても私が試運転済みだ。暴発の心配はないし、ちゃんと動くぞ』

「……それを早く言え」

 脱力してしまうレヴィ。

 お構いなしに明るい調子で続けるマーシャ。

『ミサイルは積んでいない。代わりに使い放題の主砲がある』

「バグライトからのエネルギー供給か?」

『その通り。五十センチ砲。連射性能はそれほど高くないが、放射時間を三秒まで引き延ばしておいた。お前の得意技が使えるぞ』

「……そりゃまた、俺に都合のいい機体だな」

『だから、特別機エクストラワンなんだ』

「そっか」

『存分にその力を振るうといい。お前ならその機体の性能を十全に引き出せるはずだ』

「あんたは?」

『私はお前の支援をしながら母艦を叩く』

「特攻かよっ!?」

『もともとそういう仕様の船なんだ』

「どんな船だ!」

 物騒極まりない。

 戦闘機が近接格闘をメインにしているのなら、母艦は後方支援がメインの筈だ。

 大火力で遠距離攻撃をするというのならともかく、相手の母艦に特攻をかけるなど非常識もいいところだ。

『まあそう言うな。きっと面白いものが見られるぞ』

 楽しそうに言うマーシャ。

 肉食獣の笑みがそこにあるかのようだった。

「嫌な予感しかしねえ……」

『失礼な奴だな』

 面白いどころか常識を覆すような代物を見せられそうだ。

『もうすぐ敵艦隊の前だ。準備は?』

「いつでも」

『よし。じゃあ出てくれ』

「了解。『スターウィンド』、発進するっ!」

 操縦桿を握ってペダルを踏む。

 レヴィの専用機『スターウィンド』は宇宙空間へと躍り出た。

 

 母艦『シルバーブラスト』と護衛戦闘機『スターウィンド』はエミリオン連合軍の艦隊と対峙していた。

 距離はそれなりに開いているが、ミサイルの照準を合わせられる距離でもある。

 もっとも、この距離ならば避けることも対物エネルギーシールドで相殺することも可能だ。

『シルバーブラスト』の操縦室にエミリオン連合軍旗艦『ライオット』から通信が入る。

「通信が来ましたです。出ますか?」

 シオンがマーシャを伺う。

「出よう。あっちの戯言を聞いてやろうじゃないか」

 マーシャは操縦席で不敵に笑っていた。

 シオンは通信画面を起動させた。

『聞こえているか、マーシャ・インヴェルク。こちらはエミリオン連合軍旗艦『ライオット』艦長グレアス・ファルコンだ』

 通信画面に映ったのは傲慢さを絵に描いたようなひげ面の中年だった。

 くすんだ金髪を横に撫でつけながら、青い瞳でこちらを見下している。

「聞こえているよ、准将。ご丁寧に軌道上から地上へと照準まで合わせてくれたようで、ご苦労なことだな」

 マーシャはその傲慢さにも不快感を露わにすることなく、悠然と対応していた。

 その余裕が気に入らなかったのだろう。

 ファルコンは忌々しげに舌打ちしてから要求を突きつけてきた。

『こちらの要求は分かっているだろう? 今すぐにその船と、そしてマテリアルごとこちらに引き渡してもらおう。その技術は亜人ごときには過ぎた代物だ』

 シオンと、そして『シルバーブラスト』を引き渡せという要求だった。

 もちろんそんな要求を聞いてやる必要はないのだけれど。

「妙な話だな。最初はシオンだけを狙っていたのではなかったか?」

 シオンを確保する為に地上部隊は追いかけてきたはずだ。

 船ごと手に入れるつもりならもう少しの間泳がせておくのが正解だったはずなのに。

『その船がマテリアル接続用の専用船なのだろう? 一緒に解析する必要がある。母艦三に戦闘機百五十機。そちらにも蠅のようなものがいるようだが、この数で勝負になると思うか? 大人しくすれば命だけは助けてやろう』

「うっわー……悪役定番の台詞だよなそれ。それを言って本当に命を助けられた奴がどれだけいるのかって話だよ」

 呆れたように言うマーシャ。

 確かに定番過ぎる台詞だった。

「ですです~。っていうかあたしはマーシャ以外に従うつもりはないですよ~。あなたみたいなしょぼいおじさんは願い下げです~っ!」

 シオンも同調する。

 

「………………」

 二人が気楽に盛り上がる中、オッドだけが敵意に満ちた視線を画面に向けていた。

「……オッド、大丈夫?」

 心配になったシャンティが声をかける。

「ああ。俺は大丈夫だ。心配なのは少佐の方だ」

 ついつい昔の呼び方に戻ってしまっている。

「少佐って呼ぶとアニキが怒るぞ」

「つい……」

 注意されたオッドは困ったように頬を掻いた。

 ファルコン准将が出てきたことで精神的に過去に戻ってしまった気分なのだ。

 

 そして『スターウィンド』の操縦席にいるレヴィもその通信を聞いていた。

『スターウィンド』に回された通信ではないが、マーシャが気を利かせて聞けるようにしてくれたのだ。

 狭い操縦席では画面を見ることは出来ないが、音声だけでも十分に理解できる、聞き覚えのある声だった。

「……相変わらずだな。その傲慢さは」

 オッドのように怒りを露わにすることもない。

 ただ静かに、刃を研ぎ澄ますように、殺意を練っていた。

 冷静に、冷酷に、確実に殺す為に。

 その為の翼を、剣を、彼女が与えてくれている。

 三年前に失われた仲間の命を、今度こそ自らの命で購ってもらう。

 レヴィは暗い笑みを浮かべていた。

 視線は旗艦『ライオット』を追っている。

 

「というわけで提案は却下だ。もとより意味のない命乞いをするつもりはない。シオンの電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルも、適応船『シルバーブラスト』も、私の技術だ。誰かから盗み出した訳でもない、自分たちで磨き上げたテクノロジーだ。それを盗人のように奪おうなどというのは連合軍が聞いて呆れるな」

『………………』

 ファルコンが不快を露わにする。

 舌打ちをしてから吐き捨てた。

『優れた技術は個人で所有することを許されない。そういう代物だ。宇宙の守護者である連合軍が管理してこそ正しく使える。その自明の理が分からぬ愚か者め。従いたくなるまで徹底的に痛めつけてくれるわ。もとより亜人ごときに情けをかける理由はない。船とマテリアルさえ無事ならばお前の命は必要ない!』

「亜人差別は慣れているが、差別されて何も感じないわけじゃないぞ、老害。元よりこちらも手加減するつもりはない。勝手なことをほざく暇があるならかかってくればいいだろうが」

 マーシャはさらに挑発する。

 いつ戦闘になってもおかしくない。

「シオン。天弓システムの準備を」

「了解ですっ!」

 シオンは迎撃用装備天弓システムの起動シークエンスに入った。

 

 三隻の母艦から合計十二発のミサイルが発射された。

 照準はもちろんこの『シルバーブラスト』だ。

「天弓で撃ち落としてもいいんだが……。出来るだけ切り札は温存しておきたいな。坊や、いけるか?」

「名前で呼んでくれよ、アネゴ」

 シャンティはむくれて言い返す。

「アネゴ?」

「女の人だから、アネゴ。だめ?」

 マーシャと呼んでいたシャンティだが、何となくこの呼び方の方が似合うと思ったので試しに呼んでみたのだ。

「まあいいけど。それよりもミサイルが来るぞ。仕事をしてくれ、シャンティ」

「へーい」

 ミサイルが接近しているというのに緊張感のないやりとりだった。

 シャンティは自らに接続した端末で視界を切り替える。

 切り替わった視界は人間の視界ではなく、電脳の視界だった。

 照準を定められた信号を乱し、逆に『ライオット』へと引き返すように設定しておいた。

 これをほんの一秒の間に済ませたのだからとんでもない腕前である。

 その力量にマーシャも素直に感心した。

「すごいじゃないか」

「えっへん」

 褒められて悪い気のしないシャンティは鼻高々だ。

 戻っていったミサイルはジャミングで更に逸らされたようだ。

 母艦から戦闘機が次々と出てくる。

「さてと。じゃあ団体様のお相手だな」

「はいです~。あたしも大活躍するですよ~」

「期待している。オッドは主砲を適当に撃ってくれ」

「了解だ」

「『ライオット』だけは沈めないようにな。あれはレヴィの獲物だ」

「沈めない程度のダメージは?」

「逃がさなければ好きにしてくれていい」

「了解」

 などという物騒なやりとりをしてから戦闘態勢に入る操縦室だった。

 その間、シャンティは旗艦の人工頭脳攻略に入る。

 航行の支障が出るほどのことは出来ないかもしれないが、情報を探り出せば何か役に立てるかもしれないと考えたのだ。

 

「おお、こりゃすげえ」

 レヴィは『スターウィンド』の機動性などを確認していた。

 軽く飛ばして旋回して、スピードや操作性などを感覚に覚えさせる。

 操作性そのものは以前乗っていた『アークセイル』と似通っているが、性能が段違いだ。

 その辺りの差異感覚を埋めていくことが大事だろう。

 探知機の性能もレヴィが知っているものよりも高性能で、これは素直に便利だなと思うぐらいだ。

「主砲はこれか」

 戦闘機がちらほら出てきたので試しに撃ってみる。

 直撃した二機が爆発した。

「おおすげえ。さすが五十センチ砲」

 レヴィが以前扱っているのは三十センチ砲だったが、威力が段違いだ。

 これも嬉しい差異だった。

 どうやら引き金を絞っている三秒間は発射し続けていられるようなので、今度はレヴィの得意技を試してみることにした。

 昔はタイミングを図って一瞬で切り裂いていたが、今回はもう少しバリエーションを増やすことが出来そうだ。

「久しぶりに度肝を抜いてやるよ、ファルコン大佐……じゃなくて准将だったか。まったく、俺達見殺しにして出世されたんじゃたまんねえよな……」

 忌々しげに呟いてから攻撃準備をする。

 五十センチ砲を発射するタイミングで一気に機体を旋回させた。

「『バスターブレード』。久しぶりだな」

 旋回軌道上のエミリオン連合軍戦闘機が二十機ほど消失した。

 高出力のレーザー砲撃のタイミングで機体旋回をさせることにより、瞬間的なレーザーブレードとしての攻撃力を持たせるレヴィの得意技だ。

 現役の軍人だった頃のレヴィはこの反則技で一対多数の戦闘を得意としていた。

星暴風スターウィンド』の異名が付いたのはこの技を使いこなすようになってからだ。

 今回は発射時間が長かったので、一瞬の旋回ではなく、切り返しと振り下ろしまで出来た。

 続けて消失する十機。

 数を頼みにしているエミリオン連合軍はこの攻撃に青ざめた。

 

「なっ!?」

『ライオット』の艦橋でファルコンが絶句していた。

 蠅の如き蒼い戦闘機の活躍に恐怖したのだ。

 母艦一隻とたかだか戦闘機一機。

 簡単に踏み潰せると侮っていた。

 出世こそしたものの、中央から外されて辺境に追いやられたファルコンは何とか中央の出世ルートに戻ろうと必死だった。

 こんな辺境では海賊退治の手柄も望めない。

 それでも諦めずに情報収集を続けていたら、マーシャ・インヴェルクという投資家の女が引退した科学者を引き込んで電脳魔術師サイバーウィズの完成マテリアルを手に入れたという。

 誰一人として完全なマテリアルを作り出すことの出来なかった電脳魔術師計画サイバーウィズ・プロジェクトだったので、その情報は確度の低いものとして扱われた。

 しかし片手間に追ってみると、確かに完全なマテリアルがそこにいたのだ。

 これを手に入れないという選択肢はない。

 自分が手に入れて艦隊戦力に組み込めば莫大な力が手に入る。

 この手柄を持って中央に戻り、そして更なる出世を見込める。

 そう判断したのだ。

 しかもマテリアル専用の船まで用意されている。

 自分はついている、と思ったのはほんの数分前のことだ。

 この程度ならば無力化するのは容易い。

 歴戦の艦隊司令官であるファルコンがそう考えるのも無理はない。

 それは今までの常識と照らし合わせればごく普通の考え方であり、正解でもあった。

 ただし、今回ばかりは相手が悪かった。

 マーシャ・インヴェルクは常識を覆す考え方の持ち主であり、彼女の持ち船である『シルバーブラスト』は一対多数の戦闘を前提とした備えがある。

 そしてレヴィはかつてのレヴィアース・マルグレイト少佐であり、『星暴風スターウィンド』と呼ばれた超一流の戦闘機操縦者だ。

 単機の殲滅能力で彼に勝る操縦者は存在しない。

「馬鹿な……あの技は……あの殲滅技はあの男しか使えないはずだぞっ!」

 恐怖で歯の根が噛み合わない。

 背中に伝うのは冷や汗であり、脂汗であり、気温の変化によるものではない。

 かつて自分の部下だった男。

星暴風スターウィンド』と呼ばれた超一流の操縦者。

 エミリオン連合軍戦闘機操縦者における撃墜王エース

 あれほどの腕を持つ操縦者を他に知らない。

 あんな者が二人もいてたまるか、という思いもある。

 三年前に見殺しに……いや、殺したはずの男なのだ。

 まさかあの男ではあるまいが、同じだけの力量を、同じ技を持つ操縦者がマーシャ・インヴェルクに力を貸している。

 それはファルコンにとって悪夢以外の何物でもなかった。

 そして、悪夢はさらに膨らみを増してファルコンへと襲いかかる。

 

「出番だぞ、シオン」

「らじゃです~。天弓システム戦闘モード!」

『シルバーブラスト』の船体から射出されたのは分離操作型のビーム砲だった。

 その数は、なんと百!

 百ものビーム砲撃がそれぞれの意思を持って艦隊、そして戦闘機へと襲いかかるのだ。

 敵にとってはたまったものではないだろう。

 マーシャが天弓システムと名付けたこの分離操作型ビーム砲は、たった一つでも驚異的な殲滅能力を持つ攻撃仕様となっている。

 普通は船の砲門に装備されるものを、分離型にして一つ一つを操作するのだ。

 人間の処理能力で可能なことではない。

 これこそが電脳魔術師サイバーウィズの完成マテリアル、宇宙船管制システムの役割を果たすシオンの本領を発揮できる攻撃なのだ。

 シオンは人間を遙かに超えた処理能力を以て、百全てのビーム砲を操作している。

 一つ一つを自由に飛翔させ、ターゲットをロックオンし、そしてそれぞれ違うタイミングで撃っている。

「すっげえ!」

 はしゃぐような声を上げたのはシャンティだった。

 完成には至らなかったものの、シオンと出自を同じとする電脳魔術師サイバーウィズであるシャンティには、シオンがやったことがどれほどとんでもないことなのかを理解してしまっている。

 それは一歩間違えば恐怖や嫉妬という感情を抱いてしまうような格差だが、シャンティは純粋にすごいと思った。

 それは自分が『成り損ないの電脳魔術師サイバーウィズ』ではなく、『運び屋レヴィの仲間』であるという自負の方が強いからだろう。

 すごいものをすごいと褒める。

 それだけのことなのに、それが酷く難しい。

 しかしこの少年はなんでもないことのようにやってみせる。

 そんな真っ直ぐさを好ましいとマーシャは思った。

 同じようにオッドも考えたのか、口元がほころんでいる。

「えっへん。これが『シルバーブラスト』の必殺装備『天弓システム』ですです~」

 筒の中で胸を張るシオンはご機嫌だった。

 初めての戦果にはしゃいでいるのかもしれない。

 普通の戦場ならば油断をするなと叱られるところだが、良くも悪くも緊張感の緩い『シルバーブラスト』の仲間達は素直に喜び、そしてシオンを褒めた。

「ちなみに必殺装備はもう一つあるぞ」

「マジで!?」

 天弓システムだけでも度肝を抜かれたというのに、まだ必殺装備があるというのだから驚きだった。

 見るのが怖いという気持ちと、見てみたいという興味が鬩ぎ合ってうずうずしているシャンティだった。

「そんなにうずうずしなくともちゃんと見せてやるさ。私だってこの『シルバーブラスト』における初戦闘なんだ。使いたい気持ちはあるさ」

 操縦席で舌なめずりをするマーシャはご機嫌だった。

「あー、マーシャ。アレをやるですね?」

「やるとも」

 シオンもマーシャのやろうとしていることが分かったようでワクワクしている。

 二人で組んで宇宙船を動かすのは初めてだが、それでもシミュレーションは何度も繰り返している。

 同調も、連携も、仮想空間でたっぷりとこなしているのだ。

 それをいよいよ現実でやれるというのだから期待しない方が無理というものだ。

「両翼に硬化フィールドを頼む」

「らじゃらじゃ~」

 マーシャの指示に従って、『シルバーブラスト』の両翼に硬化フィールドを張り巡らせるシオン。

 この硬化フィールドは文字通り、船体を硬くするものだ。

 本来は対物理防御シールドとして使われるものに独自のアレンジを加え、攻撃に使えるようにしてある。

 もっとも、宇宙船でこんな攻撃をしようと考えつくのはマーシャぐらいのものだろうが。

「さあ、狩りの時間だ」

 舌なめずりの笑顔がとても恐ろしい、と横に座るオッドが身震いした。

 七年前に傷だらけだった少女が、今は逞しすぎるぐらい逞しくなってしまっている。

 時間の流れが凄いのか、それともマーシャの生きてきた時間が凄まじかったのか。

 どちらにしても、これからもっと凄いことになりそうだった。

 

 そして『ライオット』の艦橋ではファルコンが更に青ざめていた。

星暴風スターウィンド』を思い出させる蒼い戦闘機だけでも悪夢だというのに、今度は百もある分離型遊撃レーザー砲が襲いかかってきたのだ。

 展開していた戦闘機の殆どが鉄クズと化し、多くの部下の命が失われた。

 これだけでも上層部からの責任追及は確実だろう。

 まさかあの船とマテリアルがそこまでの性能を持っているとは思わなかったのだ。

 いや、予想以上の性能だというのは歓迎できる事柄なのだが、それが自分たちの手に負えない、制御できない力となれば話は別だ。

 撤退するべきか、と歯ぎしりをするファルコン。

 ここで撤退すればこれ以上の被害は押さえられる。

 生き残りの戦闘機を回収して、撤退すればあちらも追いかけては来ないだろう、と侮っている。

 こちらが仕掛けるのならともかく、海賊でもないマーシャが正面切って連合軍に喧嘩を売るとは思わなかったのだ。

 マーシャ・インヴェルクがかつてエミリオン連合に受けた亜人排斥の被害者である事実を忘れている。

 そしてレヴィアース・マルグレイトとオッド・スフィーラを死に追いやったことも忘れている。

 この三人が戦場に揃っているという事実を認識していない。

 だから逃げられると信じた。

 電脳魔術師サイバーウィズマテリアルを諦めることになっても、命だけは拾うことが出来るという都合のいい未来を信じていた。

「撤退する。残機を回収しろ」

 だから躊躇なく撤退命令を出したのだ。

 

 第三の悪夢が襲いかかってきたのはその直後だった。

「准将っ! 敵の母艦がっ!」

 悲鳴を上げる操舵手。

 他の乗組員も同様に恐慌状態に陥っている。

 光学スクリーンに映るのは、接触寸前まで突っ込んできた『シルバーブラスト』の船体だったのだ。

「な、何を考えているっ!?」

 と、ファルコンが叫んだ直後だった。

『シルバーブラスト』の右翼が旗艦『ライオット』に接触……いや、攻撃された。

 硬化フィールドを部分展開している『シルバーブラスト』の右翼は、二十万トンの旗艦『ライオット』に体当たりを食らわせても損傷することなく、逆に損傷を負わせている。

 船体そのものを頑丈に作り、攻撃に使用する両翼には更なる攻撃特性を持たせ、硬化フィールドで強化する。

 これがマーシャの考えた船体による体当たり、『アクセルハンマー』だ。

 デリケートな船体でこんなことをすればたちまち内部の精密機器がイカれて航行に支障を来すが、この『シルバーブラスト』は元々がそういう戦い方をする為に造られた船体であり、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない。

 宇宙船を操る者の常識では考えられないやり方だが、だからこそ有効だとマーシャは考えている。

 ミサイルは照準を狂わせてしまえば終わりだ。

 レーザー砲撃も対物エネルギーシールドで相殺されてしまう。

 宇宙船同士の戦いにおいて絶対確実な有効手というのは存在しない。

 どの攻撃にも対抗手段が用意されている。

 それがこれまでの常識であり、理でもあった。

 それらをくそ食らえだと嘲笑うように覆すのがマーシャのやり方だ。

『ライオット』の軍人達が悲鳴を上げるのも無理はない。

 先ほどのアクセルハンマーで推進機関を破壊された『ライオット』は撤退という選択肢を奪われていた。

 残りの二隻に助けを求めるか、それとも救難信号を出して応援を呼ぶか。

 この状況で攻撃してくるマーシャが信じられなかったが、それ以前にこのままでは自分たちの命が危ないという事実がファルコン達を恐怖に陥れる。

 光学スクリーンで状況を確認すると、蒼い戦闘機が縦横無尽に戦闘領域を駆け回り、次々と残機を撃墜していく。

 回収出来る機体はなさそうだった。

 死神の手が徐々に這い寄ってくる。

『言っておくが、逃がすつもりはない。お前を逃がしてシオンやこの船、そしてあの男の情報が連合軍に漏れるのは困るからな。全員殺す。覚悟してもらおうか、グレアス・ファルコン』

 強引に割り込まれた通信では、悠然としたマーシャの声が聞こえてくる。

 そのあまりにも余裕ぶった態度に、追い詰められている状況も忘れて激高するファルコン。

「ふざけるなっ! 連合軍に手を出してただで済むと思っているのかっ! 思い上がるなよ亜人風情がっ!」

 顔を真っ赤にして、唾をまき散らし、部下の前で癇癪を起こす。

 そこにいるのは部下を従える指揮官ではなく、ただの敗者だった。

『亜人かどうかは関係ないな、この場合。大体、先に手を出してきたのはそっちだろう? ファルコン准将』

 そして別の声が割り込んだ。

 発信元を見ると、あの蒼い戦闘機からだった。

「馬鹿な……」

 操縦者の声は聞き覚えのあるものだった。

『亡霊の声を聞くのはどんな気分だ? 俺としては復讐の機会を与えてもらえてマーシャには感謝しているぐらいなんだ。言っておくが、見逃すっていう選択肢は存在しないぜ。あんたは俺達がここで殺す』

 復讐の炎は確かに燃え盛っているはずなのに、レヴィの声は冷静そのものだった。

 だからこそ余計に恐ろしい。

 復讐に燃えて熱くなっているならば隙を突くことも出来るだろう。

 しかし冷静沈着に、蒼い炎を秘めて襲いかかってくる相手から逃れる術などありはしないのだ。

「どうして貴様が生きているっ!?」

『亡霊だと言っただろう? あんたの部下だったレヴィアース・マルグレイト少佐は三年前に死んだよ。戸籍上は間違いなく死人なんだよ、俺は』

 喚き散らすファルコンにレヴィは平坦そのものの口調で答える。

「ならばどうして生きているっ! あのとき確かに!」

『確かに、殺したはずだと?』

「っ!」

 それなりに罪悪感はあったのだろう。

 レヴィの台詞にびくりとなるファルコン。

「し、仕方なかったのだっ! あの時は他に方法がなかった! お前達の貴い犠牲が連合軍を、ひいてはエミリオン連合全体を救ったのだ! 責められる筋合いも恨まれる覚えもないぞっ!」

『大義の為に犠牲になったのだから文句を言うな、と?』

 レヴィの声が一段階低くなる。

 冷静でいるつもりだが、それにも限度はあるということだろう。

『確かに必要な犠牲だったんだろうよ。あの時はああするのが一番効率のいい方法だった』

「そ、そうだっ!」

『勝手なことを言ってくれる』

「………………」

『俺も、オッドも、死んでいった仲間や部下達も、そんな理由で納得する奴は一人もいないだろうよ』

「………………」

 静かな殺意が練り込まれた声に何も言えなくなるファルコン。

 三年前、セントラル星系第九惑星エステリが長年の交渉の末、ようやくエミリオン連合に加盟することになった。

 エステリはエミリオン連合のやり方に異を唱え、ずっと連合加盟を拒否してきた国家だった。

 本来なら力ずくで従わせるところだが、エステリの科学力と軍事力は非常に高く、エミリオン連合軍を投入したところで相当な犠牲が出ると言われていた。

 何とか戦いを回避して連合加盟をさせたいと願っていたエミリオン連合首脳部は、ようやく前向きな回答を得られてほっとしていたという。

 これでセントラル星系に存在する全ての惑星がエミリオン連合に加盟したことになる、と喜んだ。

 宇宙に大きな影響を持つエミリオン連合が、同一星系にある惑星一つ従えられずそのままになっている、というのは外聞上大変よろしくない。

 これで他の加盟国に対する示しも付くというものだ。

 

 しかしそれこそがエステリの罠だった。

 連合の加盟手続きの為に、連合首脳部のトップである議長と、その側近達がエステリに降りた。

 その護衛を務めたのが当時のエミリオン連合軍第八艦隊、ファルコンが指揮する部隊だった。

 第八艦隊の旗艦はファルコンと共に軌道上からの監視を行い、レヴィやオッド達は地上へ降りて会場の護衛任務に就いていた。

 戦闘の可能性は低かったので、何事もなく終わると思われていた。

 しかしそこで悲劇が起こる。

 エステリ首脳部は自らを餌にして連合首脳部を招き入れ、そして殺害した。

 レヴィ達が止めるまもなくそれは行われた。

 エステリの首相と当時の連合議長が握手を交わした瞬間、狙撃されたのだ。

 護衛が探知出来ないほどの超長距離狙撃だった。

 最初に議長、そして側近も次々と狙撃され、残ったのはエステリの首脳部と護衛のレヴィ達だけだった。

 レヴィ達は必死で抵抗したが、敵陣の真っ只中であり、援軍は軌道上にしか存在しない。

 エミリオン本国からの援軍も期待できない。

 議長とその側近が殺された以上、一時的な指揮系統の混乱は避けられない。

 そんな中でもレヴィとオッド、そして仲間達は辛うじて生き残っていた。

 ほんの十数人の生き残りをまとめて、レヴィは軌道上のファルコンへと通信を行った。

 命令を仰ごうと思ったのだ。

 しかしそこで待っていたのは、議長が罠に嵌まって殺されたという事実を揉み消す為に、エステリの首都ごと壊滅させる、という最悪の手段だった。

 軌道上からミサイルを撃ち込んで皆殺しにする、という極めて物騒な手段ではあるが、この上なく有効な手段でもあった。

 エミリオン連合としてはエステリの罠にかかって議長と側近が殺されたという事実を残すわけにはいかなかったのだ。

 そんなことになればエミリオン連合の結束に亀裂が入り、今後に大きな影響を与えてしまう。

 議長と側近達はエステリに向かう途中、宇宙船の事故で死亡、という事実が後から発表された。

 後任は一ヶ月後に選ばれ、エミリオン連合首脳部は何事もなかったかのように機能していた。

 その後、エステリは首脳部を失い国家としては瓦解した。

 高い技術力も軍事力も首都に集中していたので、その時の事件でほとんどの戦力を失ってしまったのだ。

 連合全体のことを考えるなら、確かにあれが最善手だったのかもしれない。

 罠に嵌めたという事実を当事者ごと消し去ったのだから。

 死人に口なしである。

 だからと言って、保身の為に巻き添えで殺されたレヴィ達が納得できる訳がない。

 任務中における敵方の攻撃で犠牲になった、というのなら理解できる。

 それは軍人として覚悟するべき死の在り方であり、その状況なら嫌々軍人になったレヴィでさえ納得しただろう。

 しかし都合の悪い事実を揉み消す為だけに殺されたのではたまったものではない。

 連合も、それを実行したファルコンのことも決して許せるものではない。

 あの時レヴィが生き残ったのは運が良かっただけだった。

 重傷のオッドを助けることが出来たのもたまたまだ。

 しかし生き残ったのはレヴィとオッドの二人のみ。

 他は全員死んだ。

 目の前で、悲鳴を上げながら、絶望しながら、呪いながら死んでいったのだ。

 それからは亡霊として、偽の身分で生きてきたレヴィとオッドである。

 今の人生が悪いとは言わない。

 それなりに楽しく、充実した日々だと思う。

 それでも、忘れられない傷は存在するのだ。

 許せない過去は存在するのだ。

 だから殺す。

 過去を清算する為に。

 仲間の為などとは言わない。

 自分の為だ。

 復讐は、自分がすっきりして、納得して、そして未練をなくす為に行うことなのだから。

『誰一人として逃がさない。覚悟してもらおうか』

「ぐっ……」

 そう言う間にレヴィの操る『スターウィンド』が母艦一隻にバスターブレードの一撃を食らわせる。

 五十センチ砲の旋回斬撃はエミリオン連合軍の二十万トン母艦を航行不能に陥れた。

 更にそこからシオンが天弓の攻撃を加えていく。

 あっという間に爆発してしまう第二母艦だった。

「動かない的だと楽ですね~」

 シオンがはしゃいだ声を上げる。

「………………」

 オッドの出番だけが殆どない。

 砲撃支援はしているが、ほんの三機を撃墜しただけだ。

 狙いを定めて撃つ間にシオンの天弓とレヴィのバスターブレードが次々と撃墜していくので、オッドが攻撃する暇がないのだ。

 オッド自身は決して砲撃手としての腕が悪いわけではないのだが、如何せん周りが非常識過ぎる。

「気にするなよ、オッド。気にしたら負けだぞ、多分」

 慰めるように声をかけてくるシャンティだが、その慰めはちょっぴりオッドを傷つけてしまう。

 向き不向きがあるのは分かっている。

 シオンは電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルとしての能力であの攻撃力を維持しているのであり、それは必然だろう。

 マーシャも宇宙船の操縦者としては類い希なる力量を備えているのも分かる。

 あのアクセルハンマーは驚異的な武装だが、それを使いこなすには一息に相手の懐に入る操縦技術が必要になる。

 相手に攻撃を許さず、懐に入って確実な一撃を食らわせる。

 それはレヴィの得意技であるバスターブレードに通じるものがあった。

 生身の武術で例えるなら居合抜きのようなものだろう。

 レヴィの腕前は改めて考えるまでもない。

 だから気にするだけ無駄なのだ。

 ただ、ちょっぴり切ないというか、虚しいというか、そんな気持ちになってしまうだけなのだ。

 ちなみにシャンティの方はそれなりに自分の仕事をしている。

 ミサイルの照準を狂わせた後は、旗艦『ライオット』の人工頭脳攻略を行い、攻撃のタイミングをずらしたり、対物エネルギーフィールドタイミングをずらしたりと、こちらの攻撃力を最大限にするという細工をしている。

 更に他の船との通信妨害や、救難信号の途絶細工など、細かい仕事に余念がない。

 レヴィとマーシャがここで彼らを全滅するつもりなら、退路を塞ぎ援軍を確実に防いでおくのがシャンティの仕事だと思ったらしい。

 その意識は正しく、そしてその仕事は確実だった。

 シャンティのフォローがあるからレヴィ達は遠慮なく暴れられるのだろう。

 シオンも天弓で三隻目の母艦を攻撃している。

 一撃必殺の威力は持たない天弓だが、それでも確実に母艦の防御を削っている。

 さらにトドメの一撃をマーシャのアクセルハンマーが食らわせた。

 これで残るは旗艦『ライオット』のみ。

 半死半生の『ライオット』は、後はもう食いちぎるだけの獲物だった。

『船内に乗り込んで直接殺すことも出来るが、どうする?』

 マーシャは『スターウィンド』に通信で呼びかける。

 その気遣いにレヴィは感謝しながらも苦笑した。

「そこまで気を遣わなくていい。元々渡りに船みたいな状況なんだ。顔を見ながらこの手で直接殺してやらなければ気が済まないってほど粘着質な復讐でもない」

 まあ、だからといって見逃すつもりもないのだが。

 レヴィの情報もマーシャやシオンの情報も、連合軍に伝えられては困るのだ。

 復讐と同じぐらいに保身の為にもここでファルコンを殺しておく必要がある。

『そうか。なら任せる。私たちは大人しくしていよう』

「そりゃ助かるな」

『この状況で獲物を横取りするほど命知らずじゃないさ』

「俺としてはあんたの方こそ敵に回したくないけどな」

『ん?』

 よく分からないらしく、きょとんとした声で尋ねる。

「船乗りとして俺に憧れてくれていたらしいけど、あんたの操縦技術だって相当なものだぞ。わざわざ憧れたり目指したりする必要はないように思えるね。加えてあの戦闘能力だ。俺があんたに勝てる部分は一つもない、と思うんだが」

 それがレヴィの正直な感想だった。

 これでも戦闘機の操縦技術は抜きん出ていると自負していたが、それはマーシャの操船技術も同等だ。

 レヴィも宇宙船を操縦しようと思えばそれなりに、それこそ人並み以上にこなせる自信はあるが、それでもマーシャのような操船は出来ないと思う。

 戦闘機に限ってならばマーシャよりは上かもしれないが。

『レヴィにそう言ってもらえるのは嬉しいな。勲章をもらった気分だよ』

「………………」

 それなのに、そんな風に子供みたいな嬉しそうな声で言われるのだから、レヴィとしてはやりにくいことこの上ない。

『まあそれでも敢えて言わせてもらうなら、子供の頃に抱いた憧れっていうのは、理想化されているので自分の感覚ではそう簡単に追いつけるものではない、ということかな』

「そりゃ厄介だな」

『私はそれなりに楽しんでいるけれど』

「勘弁してくれ……」

 理想化された対象が自分なのだからたまったものではない。

 屈託なく楽しそうに言われるのだからますます居心地が悪い。

 それでもほのかな暖かさを感じてしまうのだから余計に始末が悪い。

 今からやろうとしているのは過去の復讐であり、ただの人殺しである。

 それをこんな、明るい気持ちで、少しだけ誇らしい気持ちでやろうとしているのだから、世の復讐者が聞いたらふざけるなと怒鳴られてしまうところだろう。

 まあ、陰鬱な気持ちで行う復讐などロクなものではないだろうし。

 たまにはこういうのもいいのかもしれない。

「オッドは? 心残りがあるなら突入作戦を取ってもいいんだが」

 それでもこれはレヴィだけの復讐ではない。

 あの時、同じように殺されかけたオッドの意思も無視するわけにはいかないだろう。

 そう考えたのだが、

『気にしないでください。俺はただ助けられただけですからね。貴方の意思に従います』

 などと律儀な答えを返してくれる。

 助けたことは事実だが、たまたま助けることが出来ただけなのだからそこまで気にする必要はないと何度も言っているのだが、どうやら一生恩義に感じてくれるつもりらしい。

 大したことはしていない、と謙遜するのも何かが違う気がして、レヴィは好きにさせている。

「分かった。じゃあ俺のやり方で行かせてもらうからな」

『はい。過去を清算してすっきりしてください』

「……すっきり、ね」

 確かにすっきりするかもしれない。

 気分爽快とまではいかないだろうが、心の中に残った痼りはそれなりに消えてくれるだろう。

「じゃあ行きますかね」

 レヴィは五十センチ砲のトリガーを引く。

 そして、『ライオット』に向かって思いっきり旋回した。

 バスターブレードが『ライオット』に襲いかかり、そして切り裂かれた。

 こうして、旗艦『ライオット』は宇宙に散っていった。

 レヴィ達は復讐と、そして痕跡を消すことに成功したのだった。

 それは驚くほどあっけなく、そして味気ない幕引きでもあった。

 グレアス・ファルコンは最後の瞬間まで、どうして自分が殺される羽目になるのか、本当の意味では理解していなかっただろう。

 何故、という疑問を表情に貼り付けたまま、炎に包まれるのだった。

 

 

第六話 運び屋の終わり、暴風の旅立ち

 

 エミリオン連合軍を壊滅させたマーシャ達は、いつまでもこの宙域にいるのは不味いと判断して、一旦スターリットに降りることにした。

 レヴィ達を送り届けなければならないし、ほとぼりが冷めるまでは一般宇宙船として偽装しておかなければ厄介なことになると思ったのだ。

 私怨と秘密を守る為という理由があったとは言え、本格的にエミリオン連合軍を敵に回すつもりはない。

 彼らには彼らの正義があり、そしてその軍事力は決して侮れるレベルのものではないのだ。

 宇宙最強の軍事組織、それがエミリオン連合軍だ。

 個人の練度はマーシャやレヴィを上回ることはないだろうが、それでも数の圧力は馬鹿に出来ない。

 正面からぶつかるつもりなどさらさらないのだ。

 スターリットに降りる為の手続きはシャンティが大活躍してくれた。

 いくら高性能の電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルとは言え、まだまだ経験不足のシオンではこういう偽装工作に向いていないのだ。

 というより、シオンの性能はマーシャの好みにより戦闘寄りに特化されているように思う。

 船籍と武装、そして名前を偽装し、一般宇宙船としてスターリット宇宙港へ入国手続きを済ませるのだった。

 今の『シルバーブラスト』はジアド船籍『カーネルテリア』となっている。

 シャンティの偽装は完璧で、スターリット宇宙港の職員は疑うことなく『シルバーブラスト』を迎え入れてくれた。

 洞窟から飛び立ったのは夜中だったので、今はもう夜明けの時間だった。

 んー、と背伸びをしながら梯子を下りていくシャンティはすごく眠そうだ。

「先に戻って寝ていていいぞ」

「ん~。そうする~」

 レヴィがそう言うと、シャンティは素直に頷いた。

 オッドは足を確保する為にレンタカーエリアへと向かう。

「ん~。あたしもちょっと疲れたです~。ごろごろしたい気分です。どこかにいい部屋はないですか~?」

 一緒に降りてきたシオンも気怠そうだった。

 目覚めてからそれほど時間は経っていない筈だが、やはりいきなりの戦闘に疲弊しているらしい。

「だったらここのホテルでゆっくりしたらどうだ?」

 マーシャが言う。

 宇宙港にはレンタカーだけではなく、ホテルなどの施設も整っている。

 旅を終えてすぐにでも休みたい渡航者の為に用意されたものだ。

 部屋のグレードもそれほど悪くはなく、わざわざ市街に出て行くよりも、ここで宿泊していく渡航者も多い。

「ん~。予約お願いするですよ~」

 当然、予約の仕方など知らないシオンはそのあたりをマーシャに丸投げする。

「分かった」

 なんとなく流れでマーシャ達について行くレヴィ。

 シャンティ達と一緒に戻っても良かったのだが、もう少しこの二人に関わりたいと思ったのだ。

 マーシャの方も特にそれを不審がることなく、レヴィが付いてくるのを黙って了承している。

 宇宙港ホテルに到着したマーシャ達はフロントで部屋の手続きを行う。

 よく見ると最上階のロイヤルスイートだった。

「……寝るだけなのにどうしてそんな高い部屋なんだ?」

 いくら何でも金の無駄遣いが過ぎるだろう、と呆れるレヴィだった。

 しかしマーシャは悪戯っぽく笑うだけだ。

「金はたっぷりあるんだ。どう使おうと私の勝手じゃないか」

「………………」

 そうだった。

 この女は宇宙でも指折りの投資家だったのだ。

 金などそれこそ湯水のように使うほど持っているのだ。

「節約って言葉が虚しくなってくるな……」

「昔はそれなりに節約していたぞ」

「それはそうだろう……」

 あの小さな少女がどうやって生きてきたのかまでは分からないが、少なくとも最初からこんなにお金を持っていたわけではないだろう。

 節約どころか飢えも経験している筈だ。

「それに金のかかった部屋ならその分セキュリティもしっかりしている筈だろう? 何の理由も無しにこんなことをしているわけじゃないさ」

「なるほど……」

 シオンを泊まらせるのだからそれぐらいの配慮は必要なのかもしれない、と納得する。

 金があるのなら文句を言う筋合いでもないのだ。

 部屋のカードキーを受け取ったマーシャは荷物を持ってエレベーターで部屋に向かう。

 最上階の部屋はとても広く、そして豪華だった。

 一フロアに四つしかない部屋は、部屋に入る前の廊下から侵入制限をかけてあり、カードキーがないと入れないようになっている。

 ちなみに一般ランクのフロアには部屋が三十ある。

 荷物を置いたシオンはもう我慢できないとでも言うようにベッドに寝転がった。

「はう~。ふわふわです~」

 ごろごろごろ、と広いベッドの上を転がっていく。

 あまり転がると落ちるぞ、と忠告したくなるが、そこはさすがに分かっているらしく、端っこまでごろごろしたら、今度は反転して逆方向にごろごろし始める。

 ……どうやら気に入ったらしい。

「眠る前にシャワーぐらいは浴びておけよ。その方がすっきりするぞ」

「あ、シャワー浴びたいです~」

 ごろごろしていたのもつかの間、一気にシャワールームへと駆けていった。

 疲れている割には元気いっぱいだ。

「マーシャ。服は何を着ればいいですか~?」

 浴室からそんな声が聞こえてくる。

「かごの中にローブが入ってないか?」

「あ、ありました~。白いやつですよね~?」

「そうだ。それを適当に羽織っておけ」

「らじゃです~」

 着替えも確保するとシオンはさっそく浴室に入ってしまった。

 水音が聞こえてくる。

「さて、と」

 落ち着いたところでマーシャがレヴィを振り返る。

「お疲れだったな。色々助かったぞ、レヴィ」

「俺自身の為でもあったんだから気にする必要はねえよ。それに、久しぶりに操縦桿を握れたのは楽しかった」

 それがレヴィの正直な気持ちだった。

 表向き殉職軍人となってしまってからは、宇宙に出ることも、戦闘機に乗ることも諦めていた。

 戦いが好きだったかと聞かれると微妙だ。

 必要なら人殺しを躊躇わなくなるほどには場数を踏んできた。

 好きこのんで戦っていたわけではないけれど、それでも平和すぎる日常はどうにも落ち着かない、と思ってしまう程度には戦場の残り香が魂に染みついてしまっているのだろう。

 怪しすぎると思ったマーシャの依頼を受けたのも、平和すぎる苛立ちから微かなスリルを求めてのことだ。

 好き嫌いにかかわらず、牙持つ狼はその牙を守り続ける必要がある。

 ぬるま湯に浸かるような日常を愛することと、魂が萎えていくことの恐怖は別物なのだ。

 その点で言えば今回はいい刺激になったと思う。

「やっぱり、宇宙を飛ぶのは好きなんだな」

 嬉しそうに笑うマーシャ。

 今更それを否定するつもりもなかったので、レヴィも素直に頷いておいた。

「ああ。宇宙を飛ぶのは楽しいな。昔はあんまり深く考えたことなかったけど、離れてからは結構恋しいって思うようになった」

「よく分かるよ。私も宇宙を飛ぶのが好きだ。少しでもレヴィみたいになりたくて、近づきたくて覚えた技術だけど、自分で操縦してみて分かったよ。宇宙を飛ぶのは、楽しい。見たことのない景色を追いかけるのは、きっともっと楽しい」

「なんだよ。俺みたいになりたかったのか?」

「ん? おかしいか?」

 きょとんと不思議そうな顔で見上げてくるマーシャ。

 その様子が可愛くて少しだけ笑ってしまう。

「そりゃあな。その目標にされているのが自分自身だっていうのがちょっとくすぐったいというか、照れくさいというか……」

 レヴィはマーシャの腕前を知っている。

 その戦闘能力はレヴィを確実に上回っており、操縦技術も互角だろう。

 追いつかれたどころかとっくに追い越されていると思う。

 それをまだ憧れたり目指したりされているのがおかしいのだ。

「それはまあ、仕方がない。さっきも同じ事を言ったが、実際の力量が追いついたとしても、幼い頃に抱いた憧れっていうのは自分の中で果てしなく理想化されるものなんだ。私の操縦技術がどれだけ向上したとしても、それでも心の底から『星暴風スターウィンド』を超えたと思えることはないと思う。追いつけたと思うことはあってもな」

「そういうものか?」

「少なくとも私にとっては」

「………………」

 それはそれで恐ろしい、と思うレヴィだった。

「ところで」

「ん?」

 マーシャはレヴィが気まずくなっているのを察して話題を切り替えてくれた。

「運び屋だけじゃなくてその後の護衛もしてくれたのだから、報酬を要求しなくていいのか?」

「あー……」

 そういえばそうだった。

 今回の仕事はイヴリー湖にシオンを届けることだけのはずだ。

 だからその後のことはまあ、追加報酬を要求する権利がある、ということだ。

「うーん……。あれは俺が強引について行ったようなものだからなぁ」

 元々がレヴィの復讐という我が儘に理由があるのだから、そこで報酬を要求するのは筋違い、という気持ちがある。

「一億ダラスに含ませとくっていうのは?」

「レヴィがそれでいいのなら私は構わないが、あの坊や達も巻き込んでいるんだからちゃんともらっておいた方がいいと思うぞ」

「う」

 それもそうだ。

 レヴィはともかくとして……オッドもまあ私怨があるからともかくという分類に含めるとして、シャンティは完全に巻き込まれた形で参加したのだ。

 もちろんシャンティ自身の意思ではあるけれど、それでもずいぶんと活躍してくれた。

 ミサイルの照準を狂わせたり、通信妨害をしたり、退路を塞いだりと大活躍だったのだ。

 シャンティの分だけでも報酬を上乗せしておくべきだろう、と思わなくもない。

「じゃあまあ、二千万ぐらいで」

「無欲だなぁ」

「……その金額を無欲だと言えるあんたは間違いなく金銭感覚が麻痺してるぞ」

 本気で言っているらしいマーシャにドン引きしてしまうレヴィ。

「まあ、私にとって金は数字でしかないからな。その気になればいくらでも増やせるし」

「………………」

 金の価値と常識の意味を一度とことんまで話し合う必要がありそうだ。

 マーシャは携帯端末を操作してから振り込み手続きを済ませていた。

「振り込んだぞ」

「……まいどあり」

 行動があっさりしすぎて早すぎて、深く考えるのも馬鹿馬鹿しい。

「これで仕事は完全に完了したわけだが」

「そうだな」

 つまり、マーシャとの関わりが断たれるということだ。

 レヴィが望めばそうはならないだろうが、少なくともマーシャは無理に引き留めるつもりはなさそうだ。

「私たちは明後日発つ」

「ああ」

「だから明後日まで待っている」

「………………」

「うん。私が言いたいのはそれだけなんだ」

「………………」

 レヴィの操縦技術を初めて目の当たりにしたマーシャは、諦めるつもりなど全くなかった。

 命の恩人というだけじゃない。

 命の恩人を調べていくうちに、本当に憧れたのだ。

星暴風スターウィンド』としての腕前に惚れ込んだのだ。

 だから一緒に旅をしたいと思った。

 宇宙を諦めてしまった大切な人に、もう一度翼を取り戻してもらいたかった。

 だから選択肢を与える。

 レヴィの為だけに造り上げた『スターウィンド』にも乗ってもらった。

 自分がどこまでレヴィに追いつけたのかも見せた。

 だから、あとはレヴィが選ぶのを待つだけだ。

 それだけを言うので精一杯だったのだろう。

 マーシャはくるりと踵を返して部屋を出て行こうとした。

「どこに行くんだ?」

「食事だ。シオンは眠気優先のようだが、私は腹が減った。だから適当に食べてくる」

「……答えは聞かなくていいのかよ?」

 大事な場面で逃げ出されたような心境になり、レヴィは少しだけむっとして言う。

「今すぐ返答できることでもないだろう? 私は明後日まで待つ。出来るのはそれだけだ」

「………………」

「じゃあな。縁があれば明後日にまた会おう」

 未練はあるだろうに、潔いふりをして出て行こうとする。

 その手をレヴィが掴んだ。

「レヴィ?」

「俺も腹減ってるんだ」

「………………」

「さっきの話は別としても、せっかく七年ぶりに再会したんだ。もう少し色々話してくれてもいいんじゃないのか?」

 憧れている、と言う割にマーシャの態度はあまりにも淡泊だ。

 もちろん見た目ほど淡泊な性格ではないと思う。

 それは亜人の耳尻尾を見れば分かりやすい。

 しかしマーシャは『シルバーブラスト』から降りるときに耳尻尾を隠してしまっている。

 どこの星も亜人を差別したりする場合が多いので、隠すというのは分かる。

 だがこういう時は少し惜しいと思う。

 尻尾の動きを見れば、マーシャの本音が分かるのに、と悔しい気持ちになってしまうのだ。

 カツラに隠された耳はもちろん、厚手の腰巻きに隠れた尻尾はその動きを悟らせない。

「うーん。そう言われると弱いなぁ。でも困るなぁ」

 尻尾の動きは分からないが、珍しく本気で困った表情をしてしまうマーシャ。

「なんで困るんだよ?」

「いや、だって、一緒にいたらしつこく誘いたくなってしまうじゃないか」

「………………」

「それで鬱陶しいとか思われるのはちょっと嫌なんだが……」

 どうやら相当に我慢しているらしい。

 ちょっと見直してしまうぐらいの自制心だった。

「……もったいない。この瞬間の尻尾を見てみたかった」

 しみじみと言うレヴィだった。

「……しみじみ言うなっ!」

 むっとしたマーシャはレヴィの爪先をがつんと踏みつけた。

 マーシャの靴は特別製なので、本気で踏みつけるとレヴィの足が潰れてしまうのでもちろんそれなりに手加減はしておいたが。

「いってぇっ!!」

 しかしそれでもかなりの威力だったのだろう。

 悲鳴を上げたレヴィは片足で飛び上がりながら涙目になった。

 体格のいい三十過ぎの男が涙目になってもビジュアル的には気持ち悪いだけだが、しかしこればかりは仕方がない。

 痛いものは痛いのだ。

 痛ければ涙ぐらいは滲んでしまうのだ。

 マーシャの方も悪いとは思っていないらしく、腕を組んで鼻を鳴らしている。

 どうやら少し怒っているらしい。

「まったく。シオンといいお前といい、どうしてそんなに尻尾好きなんだ? 一般人の感覚なら間違いなく差別の対象だというのに……」

 怒ってはいてもやはり戸惑いの方が大きいらしい。

 亜人として生まれたことに不満はない。

 お陰で普通の人間よりも高い身体能力を有することが出来たし、動体視力も、全体的な感覚も鋭くなっている。

 子供が一人で生き抜いていく上で必要だった力が備わっているのは、その出自のお陰なのだ。

 もちろんそれだけではなく、七年前の亜人排斥で殺されそうになったり、獣もどきと差別を受けたりすることもあるけれど、それはもう仕方のないことだと割り切っている。

 七年前のことを引きずったところで得られるものは何もないし、人間が自分と違う生き物を排除しようとするのはある種の生存本能だと分かっている。

 だから人前に出る時はこの耳尻尾を隠しているのに。

 そうすれば余計な軋轢を生まずに済むし、人間の中でも問題なく生きていくことが出来る。

 それなのに、この差別の対象が、侮蔑の象徴が好ましいという人もいるのだ。

 シオンは人間ではないのでまあ分かる。

 もふもふ……とか言う感性はよく分からないが、しかし彼女はマーシャの大切な仲間だ。

 シオンはマーシャが人間だろうと亜人だろうと関係なく慕ってくれていただろう。

 だがレヴィは純正の人間だ。

 彼が亜人を差別したりしないというのは七年前から分かっているが、それでも亜人であることを好ましく思う理由はないはずなのだ。

 異形の耳尻尾を微笑ましく思ったり、隠すことを惜しんだりするのはどう考えてもおかしい。

 ……などとマーシャは唸っているのだが、レヴィの方はもっと単純だった。

「差別しようって気はあんまりないなあ。だって可愛いじゃないか、それ」

「………………」

「若者風に言うなら『萌える』って感じか?」

「………………」

「もふもふして気持ちよさそうだし。シオンがハマるのも分かる気がするなあ」

「………………」

「機会があれば俺にももふもふさせてもらいたいぐらいだ」

「………………」

「それに見えていると感情が分かりやすくていい」

「………………」

 聞けば聞くほど脱力する言葉だった。

 何のことはない。

 レヴィにとって種族の違いなど関係ないのだ。

 ただ可愛いから。

 気持ちよさそうだから。

 分かりやすいから。

 それだけでしかないのだ。

 それが、自分でもどうかと思うぐらい嬉しかった。

 浮かれてしまいそうなぐらいに頬が緩んでしまう。

「うう……」

 頬が赤く染まってしまう。

 照れたり戸惑ったりするのは苦手というか、人前でそういう弱みを見せたくないと思うのだが、それでも止まらない。

「ま、そのあたりは今は置いといて。飯でも食いに行かないか?」

「うー……」

 そんな風に誘われてしまえば否とは言えない。

 我慢しているだけで、マーシャだってレヴィとここで別れたくはないと思っているのだから。

「シオンを待ってもいいけどどうする?」

 もう一緒にご飯を食べに行くことはレヴィの中で確定しているようだ。

 マーシャは返事をした覚えがないのに……

「今は放っておこう。多分、睡眠が優先される」

「そっか。っていうかあいつはものを食えるのか?」

 体組織の構成は人間ではないと言っていた。

 確かにあの処理能力、天弓システムを司る能力は人間ではあり得ない。

 しかし人間に見えてしまうのだから、ものを食べるぐらいは出来るのかもしれないと思ってしまう。

 ……睡眠欲求もあるようだし。

「食べられるぞ。本人は一般的な食事よりもスイーツの方を好んでいるが」

「……女の子だなぁ」

 人外とは思えない個性だった。

「まあ人間ではないと言っても限りなく人間に近づけてあるからな。厳密には正しくないが、感覚的な表現を使うならアンドロイドと言えるかもしれない」

「なるほどね」

「まあ細かいことはどうでもいいんだ。シオンは私の仲間。それだけだ」

「そうだな」

 二人は部屋から出ていく。

「なにか食べたいものはあるか?」

 レヴィが尋ねるとマーシャは腕を絡めてきた。

「そうだなぁ。空腹だからバイキングがいいな。色々選びながらがっつり食べたい」

「……何で腕を絡める?」

 しかも胸までしっかりと当たっている。

「ん? これってデートじゃないのか?」

「飯を食いに行くだけなんだが……」

「そうか。てっきりデートかと思ったから」

 腕がするりと外される。

 胸の感触が離れたのが少し残念だった。

「つーか俺とデートしたいのかよ?」

 からかうように尋ねてみると、

「したいに決まってるじゃないか」

 と、なんのてらいもない答えが返ってきた。

 そのあっけらかんとした素直さに脱力するレヴィ。

「決まってるのかよ……」

「そりゃあ初恋の相手だし。ここはデートできて儲けた、みたいな感じだぞ」

「………………」

 更に脱力。

 常識というよりは雰囲気ががらがらと崩れていく感じだった。

「何? あんたの初恋って俺なのか?」

 回りくどく訊くのも馬鹿らしくなって、率直に尋ねる。

「そうだけど、何かおかしいか?」

「………………」

 おかしいのではなく……いや、おかしい。

 初恋というのはそこまで台無しにされていいものではないはずだ。

 少なくともレヴィが知る『少女の初恋』というのはもっと甘酸っぱくて切なくて、ドキドキして……などという可愛らしい代物のはずだ。

 もちろんその中には嫉妬や絶望などという負の要素も含まれているかもしれないが、それでもこれはない。

 いくら何でもこれは酷い。

「そんなにおかしいものか? 子供の頃に助けられた相手に恋するっていうのは」

 心底不思議そうに首を傾げるマーシャ。

 もふもふ話題の時は真っ赤になったり初々しい反応をしてくるのだが、自分の気持ちを伝える時は照れも何もない。

 真っ直ぐに、ただ思ったままを伝えるだけだ。

 それこそ日常会話の延長線のように。

「理屈としてはおかしくないと思うけどな……。でもなんか……違う……違っていてほしい……っていうか……うーん……うまく説明できん……」

 頭を抱えつつも明確な言葉に出来ないもどかしさで更に唸るレヴィ。

 目の前にいるのは自分に恋心を抱いてくれている女性であり、マーシャの外見はレヴィの好みから外れているわけでもない。

 本来なら大歓迎でホテル直行コースなのだが、色々なものを台無しにされているこの状況でそれをするのは躊躇われる。

「……つまり、レヴィの言いたいのはこういうことか?」

 ようやく得心がいったらしいマーシャはぽんと手を打った。

「少女漫画やハーレクインロマンスのように頬を赤く染めて瞳を潤ませながら、上目遣いで少しだけ緊張した声で睦言を囁く、みたいな?」

「………………」

 べしゃり、とこけた。

 ギャグみたいなこけ方だが、他にどうしようもない。

 確かにそうなのだが、そんな態度で言われると更に台無しレベルが跳ね上がってしまう。

 とことん常識を無視した女だ、と悲しくなってくる。

「……それが分かっているなら演技でもそうしてみたらどうなんだ?」

「私は演技が下手だからな。無理だと思う」

 えっへん、と胸を張って断言されてしまう。

「左様でございますか……」

 威張ることじゃねえ……と突っ込みたくなる。

「じゃあ食事だけじゃなくてベッドまで付き合ってくれたりするわけか?」

 本気で訊いた訳ではないのだが、流れでそんなことを言ってしまう。

「私は別に構わないぞ。ただし、経験はないから手練手管は期待するな」

「ーーっ!」

 ここがレヴィの限界だった。

 マーシャの頭を割と容赦なく、がつんと殴った。

「っ!? いきなり何をするっ!!」

 いきなり殴られたマーシャは訳が分からずレヴィを怒鳴りつけるが、

「やかましいっ! そういうことは口に出して言うことじゃねえんだよっ! 常識ブレイカーにもほどがあるだろうがっ!」

 レヴィの方も負けてはいない。

 すかさず怒鳴り返す。

「っ!? 口に出すなってことは隠し事か? 噤んでおけばいいのか? でもそれで本番ファイトは詐欺なんじゃないのか?」

「本番ファイトとか言うなっ!」

「がった……」

「やめんかっ!」

 再び殴る。

「うぅ……」

 二発も殴られたマーシャはさすがに涙目になって呻いている。

「ひ、酷いじゃないか。自分から話題を振っておいて……」

 恨みがましくレヴィを睨むマーシャに、さすがのレヴィも罪悪感が込み上げてくる。

「……そりゃ話題を振ったのは俺だけどさぁ」

 振ったのはレヴィだが壊したのはマーシャである。

 つまるところ、お互い様ということだろう。

 しかしレヴィにも何となく分かってきた。

 この常識ブレイカー……もといマーシャという女は、投資や戦闘など実利的なことに関しては優れた手腕を持っているが、その他のこと、例えば日常的なあれこれについてはど素人よりも酷い。

 知識がないわけではないだろうが、圧倒的に経験が足りていない気がする。

 空気読めないを通り越して空気をぶち壊しまくりなのだ。

 定石通り、常識通りを期待するだけ裏切られるのが目に見えている。

 しかも当の本人に悪気がないというのが一番難儀なところだろう。

 それならばそういう相手だと認識し、そして理解した上で接するのが一番無難だろう。

 ……それはそれで難易度が高いのだが。

 しかし脱力しつつもこの常識ブレイカーの反応はそれなりに面白い、とも思うようになってしまった。

 良くも悪くも彼女は素直だ。

 誠実で、行動と言動に嘘がない。

 ならば、それだけで良しとするべきなのかもしれない。

 ……少なくとも今のところは。

「……ほら」

 そう言ってレヴィが腕を差し出す。

「?」

 首を傾げるマーシャの腕を取って、組ませた。

「デートってことにしておこう。だから腕を組んでもいい」

「そうか」

 にぱっと嬉しそうに笑うマーシャは嬉々としてくっついてきた。

 胸の感触も素晴らしい。

 常識ブレイカーなのが玉に瑕だが、まあそこを妥協すれば可愛い女なのだからここは楽しむことにしよう。

「もちろん最後まで付き合ってもらうからな」

「構わないぞ」

「そしてもふもふさせてもらうからな」

「っ!?」

 予想外のセクハラ宣言にぎょっとなるマーシャ。

「見た時から一度は思う存分触りまくりたかったんだよな~」

「………………」

 またもやもふもふセクハラをされるのか! と身震いするマーシャだが、もちろんレヴィは逃がしてくれなかった。

 

 タクシーを拾ってレヴィお勧めのホテルに向かった。

 ……もちろん朝食の為である。

 ビッフェバイキングをやっているので、そこで朝食を摂ろうということになったのだ。

 それならば宇宙港のホテルでもよかったのだが、やはりここは外出した方がデートらしいという理由だ。

 スタチュリー・ホテルのビッフェバイキングは種類が豊富なのでレヴィも気に入っているし、マーシャにも高評価だった。

 焼きたてのクロワッサンやバターロール、スクランブルエッグ、魚の塩焼き、肉類、デザートと、欲しいものは何でも揃っている。

 さすがに朝食なので重たいメニューは少ないが、それでも二人の胃袋を満足させるには十分な品揃えだ。

 レヴィもマーシャも皿いっぱいに取り分けてテーブルに運ぶ。

 テーブルに皿を置くスペースがなくなったところでようやく飲み物を運んで、席に着いた。

 食べ始めると会話もなくなる。

 食事中の会話も重要なコミュニケーションではあるが、ひとまず空腹を満たすことの方が優先順位は高い。

 がっつくような食べ方はしていないが、それでも凄まじい勢いで皿の中身が減っていく。

 空になった皿が二十枚ほど積み重なったところで、二人はようやく会話をする余裕が出てきた。

 ……もちろんまだ手は動かしている。

 ソーセージが口に運ばれている。

 それでも喋る余裕は出てきたのだ。

「レヴィに助けられた後は紹介してもらった仕事をしてたよ。皿洗いとか、新聞配達とか。今から考えれば平和でいい仕事だったな」

 もぐもぐしながら懐かしそうに言うマーシャ。

「へえ。そりゃ紹介した甲斐はあったけど、その仕事じゃその戦闘能力と操縦技術は身につかないだろ? そっちのことも是非知りたいね」

 レヴィの方は食後のお茶をすすっている。

 どうやらそれなりに満足したらしい。

 ……脇には皿が三十枚ほど積み上がっているが。

「亜人は元々身体能力が高いからな。戦闘能力は元々あったつもりだし。出身が奴隷闘士だったからな」

「う……」

 思い出させたくないことまで思い出させてしまったらしい。

 レヴィが気まずくなって頬を掻く。

「いや、それでも銃器の扱いとか、慣れすぎてないか?」

「そっちは余裕が出来た頃にそれなりに揃えて訓練したから」

「訓練……」

 何の訓練をしているんだ……と言いたくなる。

「実は紹介してもらった仕事は一年ぐらいしか続かなくってね」

「何でだ? 店長にセクハラでもされたか? もふもふとか」

「……もふもふから離れよう。セクハラはされてないけど、経営が悪化して潰れたんだ」

「あちゃあ……」

 もふもふ発言にこめかみを押さえるマーシャと先の続かない仕事を紹介してしまって気まずくなったレヴィが顔を見合わせた。

「その後は貯めたお金で生活してたけど、さすがに続かなくって」

「だろうなあ……」

「だからまあ、半追いはぎみたいなことしてた」

「おい」

 さらりととんでもないことを言う女である。

 追いはぎって……

 でも『半』とはどういう意味だろう?

「半追いはぎっていうのは、追いはぎから追いはぎをしてたからだよ」

「は?」

 意味が分からず首を傾げるレヴィ。

「あそこはあんまり治安がいい場所じゃなかっただろう?」

「そりゃまあそうだけど……」

 レヴィとしてもそんな場所に子供一人を置いていきたくはなかったが、ああいう場所の方が亜人を隠すにはいいと判断したのだ。

 もちろんマーシャにもそれは分かっていたのでそのことを恨むつもりはない。

 ありがたい気遣いだと思っている。

「だから追いはぎとか恐喝とかそれなりに横行していたんだ」

「………………」

「だから加害者の方を叩きのめして、金目のものをいただいた」

 なんとも逞しい子供である。

 弱者から奪わないというやり方には敬意を覚えるが。

「そんなことを繰り返しているとマフィアっぽいのからシメられそうになった」

「危ねえなあっ!」

「面倒だから潰した。その時に近代兵器って便利そうだなあって思って、武器と資産の回収ついでに色々練習し始めたんだ」

「……もうどこから突っ込んでいいのやら」

 突っ込みどころがありすぎて逆に突っ込みを封じられている状態だ。

「名前が売れるようになってから護衛の仕事が舞い込んできたりもしたぞ」

「合法的な仕事なだけまだマシか……」

「その護衛対象の中に投資家がいて、面白そうだからちょっと観察していたんだ。そしたら向こうも面白がって色々教えてくれた。私が投資家として活動するようになるのはその二年後ぐらいだな。市場の流れが見えるようになったからこりゃいけるかなと思って」

「……行けるどころかイケイケじゃねえか」

「うん。イケイケのやりたい放題だった」

「………………」

「後はまあ、それなりに資産が出来たから、情報収集の方に勤しんでいたんだ。やっぱり命の恩人のことぐらいは知っておきたかったからな。レヴィアース・マルグレイトという名前と大尉という呼び方以外は何も分からなかったから、もっと知りたいと思ったんだ。そうしたら驚くの何のって……。本職は陸戦格闘じゃなくて宇宙戦闘機の操縦者だったり、『星暴風スターウィンド』と呼ばれる凄腕だったり……」

「うう……」

「そんなレヴィに追いつきたくて、少しでも近づきたくて、宇宙船の操縦訓練も始めたんだ。戦闘機もそれなりに動かしてみたけど、やっぱり大きい方が相性がいいみたいで、そっちは諦めた。もちろん人並み程度には戦闘機も操縦できるけどな。それから自分の宇宙船も購入して、いろんな場所を旅しながらレヴィの情報を追いかけていた」

「……ストーカーされた気分だ」

「何か言ったか?」

「いえ何も!」

 じろりと睨まれて慌てて視線を逸らすレヴィ。

 ついつい口に出てしまった失言ぐらいは聞き逃して欲しい。

 もとい聞き流して欲しい。

「三年前に死亡したという情報を見た時は……かなり凹んだ」

「凹んだのか……」

「ああ。三ヶ月ぐらいホテルに引きこもった」

「……迷惑な客だなぁ」

「食事もルームサービスで済ませた」

「………………」

 凹むと駄目人間ならぬ駄目もふもふになるようだ。

「それからようやく立ち直って、のんびりと旅を続けるうちにスターリットにも行くようになったんだ。この星の牧歌的な雰囲気が結構気に入ってる」

「そうだな。俺もこの星を拠点にしたのはそれが理由だ。のんびりした雰囲気がいいよな」

「うん。セレナスの酒場でターミネストを煽って、ほろ酔い気分で夜道を歩くのが好きなんだ」

「………………」

 酒のチョイスが間違っている。

 もっとほろ酔いに相応しいものを飲めよと突っ込みたくなる。

「そんな時に運び屋レヴィの噂を聞いたんだ」

「ふうん」

「もしかして……と思ったよ。顔写真を手に入れて確認してみると、やっぱりあの時の軍人だった」

「……だから、それストーカーと大差ねえし」

「情報収集だ」

「威張って言うな」

「生きていてくれたのがすごく嬉しかったよ。一緒にいたオッドも、それからあの少年も。それなりに楽しそうにやっているから、そっとしておこうとも思った。本人が幸せなら、このまま『星暴風スターウィンド』に戻ってもらいたいっていう私の願いを押しつけるのは良くないと思ったからな」

「………………」

「でも、私は見てしまったから。空を見上げるレヴィの姿を」

「………………」

「あれから何度も何度もスターリットに来たよ。レヴィの様子を確認したくて。しばらく観察して、楽しそうにやっているのを見て、安心して、それでまた旅に戻る。そんなことの繰り返しだった」

「………………」

 シリアスな空気の筈だが、やはりストーカーと言いたくなってしまう。

 知らない場所から観察されていたというのはあまり気持ちのいい話ではない。

 マーシャでなければとっくに文句を言っているところだ。

 ……観察に気づかなかった自分の落ち度でもあるけれど。

 殺気や監視ならばそれなりに気づくことは出来るつもりだが、ただ単に見られているという視線に気づけるほどレヴィの感覚は鋭くない。

 これが宇宙空間ならば別だが、地上では別の感覚スキルが必要になるのだ。

「だから宇宙に戻りたいのかなって思った。空を見上げて、その先の宇宙を見上げて、寂しそうに視線を戻すレヴィを見たから」

「そうか……」

 つまらないものを見られてしまったんだな、とレヴィはため息をついた。

「それからだな。一緒に旅をしたいと思うようになったのは。その為の船と、そしてレヴィ専用の戦闘機を用意して。その過程で見つけた精霊石を利用してシオンを製造して、全ての準備が整ってどうやってレヴィを誘おうかと考えていたところであの連合軍の邪魔が入ったんだ」

「精霊石……?」

 聞き慣れない言葉にレヴィが問い返す。

「正式名称は知らない。ただ、意思を持つ鉱石という意味で精霊石と名付けてみた。シオンの心臓部はその精霊石だ。人間と同程度の知性を持ち、そして人造素体に組み込まれることによりその性能を発揮する。身体そのものは有機アンドロイドの流用だが、彼女の恐るべき処理能力と人格は精霊石によるものだ。シオンの性能や秘密は私にとってもブラックボックスなんだよ。分からなくても不便はないから敢えて調べようとは思わないけどな」

「そうか」

 そういうこともあるのだろう。

 宇宙には人知の及ばない不思議が満ちている。

 時折、科学で解明できない現象や物質が存在するのだ。

 シオンの人格が宿る精霊石もその一つなのだろう。

「まあそんなことがあって渡りに船だし、ついでに誘いをかけてみようと思って依頼をしてみた」

「ついでかよ……」

「うん。私の七年間はざっとこんなところだ」

「なんか、もっといろいろな苦難を乗り越えてきたと思ったんだけど、こうやって言葉にされるとストーカーの一言しか出てこねえなぁ」

「………………」

 酷い感想である。

「それでも、マティルダは頑張ったよ。それは確かだ」

「その名前はもう呼ばなくていい」

「え?」

「私が私として生きてきたと思える名前は『マーシャ・インヴェルク』なんだ。だからこれからはマーシャと呼んで欲しい。マティルダの名前には何の思い入れもないんだ。だからあまり呼ばれたくない。マーシャって呼んでくれる方が嬉しい」

 どうやら本人なりのこだわりがあるらしい。

 レヴィとしても名前にこだわるつもりはなかったので、言われた通りにする。

「分かった。マーシャ」

「うん」

 そう呼ぶとマーシャは満足そうに笑った。

 

 それからはデートらしく街をぶらぶらしようと思っていたのだが、途中でマーシャが眠ってしまったので予定変更になった。

 戦闘が終わり食欲が満たされたので気が抜けたのだろう。

 ソファで待っている間にすやすやと寝息を立てていた。

 ここまで無防備に眠られてしまうと対処に困るのだが、朝食をホテルバイキングにしていたのが幸いだった。

 このままフロントで部屋を借りて運ぶことにしたのだ。

 シオンに借りたほどいい部屋ではないが、まあ眠るだけなので文句はないだろう。

 マーシャをベッドに寝かせてから、レヴィもシャワーを浴びて横になった。

「………………」

 すぐ隣で眠るマーシャを見て、何かが足りないと思う。

「あ、なるほど」

 ぽんと手を叩いてさっそく足りないものを補おうとする。

 カツラを取って、腰巻きも剥いでしまう。

 耳尻尾が露わになってぴこぴこゆらゆら動いている。

「うん。やっぱこれだよな」

 レヴィは満足そうに尻尾を撫でる。

 ……眠っている間にセクハラを敢行している。

 シオンがもふもふしているのを見て、どうしてもやりたくなったのだ。

「うわ。確かにこれは癖になるな……」

 もふもふふわふわしてとても触り心地がいい。

 あまり触ると目を覚ましてしまいそうなので、ゆっくりと撫でる。

「ん……んぅ……」

 それでも身をよじって逃げようとするのが可愛らしかった。

「眠っていると子供っぽい寝顔なんだけどなぁ」

 あの肉食獣のような笑みを浮かべられるとおっかないのだが、こうして見る分にはとても可愛いのだ。

「………………」

 そうしている内にレヴィも眠たくなり、意識を手放した。

 

 それから数時間後、レヴィの方が先に目を覚ましたので再びシャワーを浴びることにした。

 出てくると、ちょうどマーシャが目を覚ましたところだ。

「起きたか?」

「……んぅ。まだ眠い……」

 むにゃむにゃと目をこするマーシャ。

 どうやら寝起きはあまり良くないらしい。

 しかしレヴィはそんなマーシャの状態を気遣うつもりはないらしい。

 ここまで来たのだからやることは一つである。

「う?」

 のそのそと起き上がったマーシャを再び押し倒す。

「レヴィ?」

 まだぼんやりとしたままレヴィを見上げるマーシャ。

「構わないんだろう?」

「………………」

 これからどうなるか分かったのだろう。

 マーシャの表情が少し引きつった。

 いや、ちょっと待って、タンマタンマ心の準備をだって初めてだし……と言いたくなったのだろうが、そこは強がってしまうのがマーシャという女の厄介な性格だった。

「か、構わないに決まってる。どーんと来いだっ!」

「………………」

 厄介な上に色気の欠片もない台詞だった。

 それに噴き出しながら、レヴィは遠慮なくマーシャを頂くことにした。

 肉食獣、立場逆転である。

 

 そして……

「………………」

 満足そうにグラスを傾けるレヴィと、その隣でぐったりとなっているマーシャという図が出来上がったのだ。

「う……うぅ……うぐ……」

 マーシャが強がるので遠慮容赦なく攻め込んだレヴィだったが、さすがに身体が保たなかったようだ。

 耳はぺったりと垂れ、尻尾もしおしおと力なく垂れている。

 もふもふが台無しである。

 マーシャ自身は震えながらいろいろなものに耐えているようで、ちょっぴり涙目で枕に突っ伏している。

「おーい。大丈夫かー?」

 ちっとも心配していない声で言うレヴィ。

 マーシャはぷるぷるなりながらも強がることをやめない。

「へ、平気……だ……こ、これぐらい……どうってこと……ない……」

「そうかそうか」

 そんな強がりも面白くて、レヴィは楽しそうに笑った。

 戦場にいる時はおっかない女だと思った。

 操縦を見せてもらったときには大した女だと思った。

 あの時の少女がこれほどまでに成長して、一人前になっているのが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。

 少しは弱々しい、脆いところを見せてくれてもいいではないかと、身勝手な不満を抱いたりもした。

 けれどそれは思わぬところで見せてもらえたのだ。

 ベッドの中で痛がったり、泣きそうになったりするマーシャはとても新鮮で、そしてもっと虐めたくなった。

 その弱さをもっと見たいと思った。

 だから遠慮容赦なく味わい尽くし、そして楽しませてもらった。

 その結果がレヴィの満足であり、そしてマーシャのグロッキーだった。

 そしてまだまだ強がれるのならば、もっと虐めてもいいということだろうと、非常にドSな思考回路に突入するのだった。

 マーシャにとってはたまったものではないだろう。

「そうかそうか。俺はまだ足りないんだけど、そういうことならもっと付き合ってくれるよな?」

「え……?」

 マーシャの顔が引き攣る。

 再び覆い被さってくるレヴィにマーシャが顔を真っ青にした。

「い、いや……ちょっと待っ……休ませ……わああああああーーっ!!」

 マーシャの懇願を聞き入れることなく、レヴィは第二ラウンドに突入したのだった。

 ……ご愁傷様である。

 

 マーシャ虐め……ではなく、デートらしい甘い(?)時間を過ごした二人は、シオンの待つ宇宙港のホテルへと戻った。

「お帰りなさいです、マーシャ。……どうしたですか?」

「な……何でもない……」

 出迎えた途端にグロッキー状態のマーシャを見てしまったシオンが心配そうに顔を覗き込む。

「そうそう、何でもないよな~?」

 まだ虐め足りないのか、それともハマってしまったのか、レヴィは辛うじて立っているマーシャの腰を軽く叩いた。

「ぴぎゃーっ!」

 奇声を上げてびくーんとなったマーシャはその場にへたり込んでしまう。

「ちょ……マーシャっ!?」

「う……うぅ……な、何でも……何でもない……何でもないんだ……」

 涙目でふるふると首を振るマーシャ。

 シオンはキッとレヴィを睨み付けながら訴える。

「マーシャに何したですかっ!?」

「別に暴力を加えたわけじゃないぞ」

 レヴィの方はしれっとしたもので、飄々と答える。

「じゃあ何でこんなに弱ってるですか!?」

「そりゃあ初めてっていうのは色々と大変なんだよ、きっと」

「?」

「具体的にはだな……」

「具体的には?」

 ちょいちょいと指を動かすので、シオンは耳をレヴィの方に近づける。

 マーシャと何があったのかバラしてやろうと思ったのだが、

「言うなああああーーっ!」

 二人共マーシャが突き飛ばしてしまったのでそれは中断された。

 乙女の恥じらいは時にバイオレンスを伴うのだ。

「きゃうんっ!」

「ぐはっ!」

 割と手加減なしで突き飛ばされたので、ダメージがある二人だった。

 素直を通り越してあけすけすぎると思っていたマーシャにも、一応は恥じらいと言える部分が残っていたことに少しだけほっとしたり、虐め甲斐があるなと密かににんまりしたりと、レヴィの内心はそれなりに忙しかった。

 二人で床に転がりながらレヴィが謝る。

「……悪いなシオン。バラすと俺の命がやばそうだ」

「ですです~。いいです。無理に訊いたりはしないです。ここで強硬手段に出るとロイヤルスイートバラバラ殺人事件発生です~」

「……怖いこと言うなよ」

「でも今のマーシャは腰にレーザーブレード装備したままですよ」

「………………」

 一歩間違えれば冗談では済まない予言だった。

 くわばらくわばら。

「じゃあ俺も戻るよ」

 シオンの肩を叩いてからレヴィが立ち去ろうとする。

「………………」

 マーシャが一度だけレヴィを見て、それから恨みがましそうな視線を向けて、その後に少しだけ期待を込めるような顔をしようとして、慌てて視線を逸らした。

 分かりやすくも意地っ張りな女だった。

 だけどそんな意地っ張り具合が可愛いと、好ましいと思う辺り、レヴィもかなり物好きなのかもしれない。

「じゃあな」

 レヴィは軽く手を振ってから、未練も見せずにマーシャ達と別れた。

 その背中をマーシャは何も言わずに見送った。

 ほんの少しの恐れと、そして期待を込めて。

 

 レヴィは歩く。

 帰り道をのんびりと。

 何かを考えていた訳ではない。

 迷っていた訳でもない。

 レヴィにとって答えはもう決まっていた。

 ただ、今までの自分について考えていただけだ。

 運び屋としての人生は『星暴風スターウィンド』としての代用品だったのか。

 自分は満たされないまま、ただ枯れたように妥協して生きてきただけだったのか。

「……そういうわけじゃ、ないよな」

 それについては断じて否、と言える。

 嫌々やっていたわけではない。

 その過程で得たものも、出会った人も、レヴィにとっては大切なものだ。

 寄り道だったとは思わない。

 無駄だったなんて絶対にあり得ない。

 それでも、名残惜しいと思う気持ちと、前に踏み出さなければと迷う気持ちが同じぐらいあるのだ。

 そして、レヴィが家族同然に大切にしている二人の仲間達に何を言うべきか。

 一緒に来てくれと言えばいいのか。

 それとも……

「………………」

 あの二人が同意してくれなかったら、自分はどうするべきなのか。

 そんなことを考えているうちにマンションへと着いてしまった。

 レヴィとオッドとシャンティが共同生活を営んでいる部屋だ。

 運び屋としての事務所も兼ねているので、部屋数はそれなりに多く、六部屋となっている。

 一人一部屋、倉庫、事務室、リビングという部屋分けだ。

 ドアを開けて中に入ると、オッドがリビングにいた。

 シャンティは自分の部屋でまだごろごろしているようだ。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「ああ」

 ソファに座るとオッドがコーヒーを淹れてくれた。

 向かい側に座るオッドも自分のコーヒーを置く。

「………………」

「………………」

 話を切り出すきっかけが見つからず、二人はコーヒーを飲む。

 オッドの方は元々あまり喋る方ではない。

 必要な時はそれなりに饒舌になるのだが、日常ではかなり寡黙な方だとレヴィは思っている。

 喋るのが嫌いなのではなく、静寂を苦にしない性格なのだろう。

 それに、これはレヴィの方から言わなければならないことだ。

 オッドに促してもらおうというのは虫のいい考えだろう。

「俺、宇宙に戻るよ」

「……そうですか」

「ああ。もう一度、あの宇宙そらを飛びたい。だから、あいつらと一緒に行く」

「………………」

 レヴィの決意にオッドは黙ったまま頷いた。

「貴方は、やはり『星暴風スターウィンド』でいるべきです。彼女が用意した新しい貴方の翼は、きっと貴方自身の新しい未来を切り拓いてくれる。あの時、そう思いました」

「あの時?」

「貴方が『スターウィンド』で出撃した時です。状況は物騒でしたけど、貴方は楽しそうに飛んでいた。自分がいるべき場所に還ってきた、そんな風に見えました」

「……そうか」

「俺の願いも、彼女と同じです。もう一度、貴方に宇宙そらを飛んで欲しい。あの翼で宇宙を駆けて欲しい。俺は、それを少しだけ手助けできればそれで満足です」

「付いてきてくれるのか?」

「当たり前でしょう。置いていったら怒りますよ」

「う……」

 シャンティと違ってオッドは一人前の大人だ。

 このまま別れても一人で生きていくことは難しくないだろう。

 レヴィと同じように亡霊としての人生だが、それでも新しい人生を切り拓くことは出来るはずだ。

 レヴィへの義理だけで束縛するのは気が引ける。

 もちろん、一緒に来てくれるのは嬉しいのだが。

「貴方の言いたいことは分かります。でも、俺は貴方を助けたい。あの時貴方が俺を助けてくれたように、今度は俺が貴方の助けになりたいんです」

「今までだって助けてくれたじゃないか。命の借りを返したいっていうんなら、もう十分返してもらった」

「それは俺が決めることです」

「うぅ……」

 やはり予想以上に頑固だった。

 レヴィとしてはそういう理由で付いてきてもらいたくはないのだが、しかし説得できる見込みもない。

「一つ勘違いを正しておきますが、命の借りを返す為だけに付いていくわけじゃありませんよ。貴方の助けになれること、それが俺のやりたいことだからです」

「悪いが俺には違いがわっぱり分からん」

「簡単です。義務でそうするか、望んでそうするかの違いです」

「……なるほど」

 それなら分かる。

 手助けをしなければならないのではなく、手助けをしたいと思ってくれている。

 それは義務ではなく好意であり、厚意だ。

 ならば気持ち良く受け取るのが礼儀というものだろう。

「分かった。有り難く受け取っておくよ」

「ええ。そうしてください。貴方と違って操縦は苦手ですが、それ以外のことでは役に立てると思います」

「期待してる」

 レヴィは頷いて残りのコーヒーを飲んだ。

 

 シャンティの方は話をする前に荷物をまとめている、という有様だった。

 当然、付いていく気満々である。

 結局レヴィが悩んでいたのは無駄だった訳だ。

 運び屋を始めた時から、この三人はかけがえのない絆を結んできた。

 活動の場が地上から宇宙へ変わろうと、一緒にいることに変わりはない。

 そういうことなのだろう。

 シャンティは無邪気な少年らしく瞳を輝かせながら言った。

「地上でバイクを走らせるアニキも格好いいけど、宇宙で戦闘機を飛ばすアニキの方がもっともっと格好いいよな。すげー生き生きしてるって思った。だからアネゴたちと一緒に行こうよ」

 星屑の海で『スターウィンド』が飛翔するのを見た時、シャンティにもそれなりに感じるものがあったらしい。

 電脳魔術師サイバーウィズであるシャンティが加われば、『シルバーブラスト』は素晴らしい戦力増強となるだろう。

 こうして三人はマンションの荷物をまとめ、解約手続きなどを済ませてから旅立ちの準備を行うのだった。

 

 そして約束の日。

 朝日が昇り、『シルバーブラスト』はきらきらと陽光に照らされていた。

 その下で、マーシャとシオンが立っている。

 出発時間を厳密に決めている訳ではないので、マーシャは夕方までは待つつもりだった。

 この場所で、レヴィ達がやってくるのを期待するつもりだった。

 少しだけ不安そうに、そして少しだけ期待を込めて、そわそわしながら待っている。

 その姿は彼女を少しだけ幼く見せていた。

 カツラと腰巻きで耳尻尾を隠しているのがもったいないと思うぐらい、シオンにとっては萌え萌えだった。

(はう~。恋する乙女パワー、みたいな感じですか? 可愛いなぁ~。もふもふしたいな~)

 などと不埒なことを考えているが、さすがに人前で敢行するわけにもいかず、ちぇ~っと思いながらもやっぱりマーシャの姿に悶えている。

 ここで待つだけというのはとても暇だけれど、それでも一緒に付き合おうと思った。

 マーシャにとって人生最大の賭けなのだから、それに付き合うのは当然なのだ。

 シオンはレヴィが来てくれると確信している。

 彼は生まれついての操縦者だ。

 その居場所は地上ではなく宇宙であるべきなのだ。

 シオンは今までマーシャ以上の腕前を持つ操縦者を知らなかった。

星暴風スターウィンド』の英雄譚は、それこそマーシャ本人から耳にタコが出来るほど聞かされてきたが、その腕前を目にするのは初めてだった。

 そして感動した。

 あのなめらかな動きに。

 宇宙を舞う鳥のような優美さに。

 そして誰にも負けない強さに。

 マーシャが憧れて、そして目指したものは確かにあれなのだと確信した。

 彼女と彼と、そして自分。

 三人が揃えば無敵だとすら思う。

 それ以上にきっと楽しい旅になるだろう。

 きっと来てくれる。

 不安なんて何もない。

 だって彼は空を見上げる人間じゃなくて、宇宙そらを駆ける翼持つ者なのだから。

「あっ!」

 マーシャが弾かれたように顔を上げた。

 トランクを引きずりながらこちらに向かってくる三人の姿が見えた。

 軽く手を挙げるレヴィ。

 付き従うオッド。

 そして楽しそうに付いてくるシャンティ。

 新しい旅立ちを楽しみにしている三人の表情はみんな明るかった。

 マーシャの前までやってくると、レヴィは不敵に笑ってから彼女の黒髪を撫でた。

「これからよろしくな、マーシャ」

 マーシャと、そしてシオンと一緒に旅をするという宣言だった。

 マーシャは堪えきれないようにぷるぷると震えてから、満面の笑みでその言葉を受け入れた。

「ああ! お前達を歓迎する! 一緒に旅をしようっ!」

 これから共に歩む仲間に手を差し出した。

「んも~。こんな時はもっとらぶらぶを前面に押し出すですよっ!」

 そんなマーシャの理性的な態度に痺れを切らしたシオンが遠慮なくその背中を押した。

「わあっ!?」

 押されてバランスを崩したマーシャはレヴィの胸に納まる。

 レヴィはもちろんその身体を受け止めて抱きしめる。

 ……そこまでならばらぶらぶ展開なのだが、

「……なぜ尻を撫でる?」

 セクハラ行為で台無しだった。

「違う。尻を撫でてるわけじゃない」

「どう見ても尻を撫でてるじゃないかっ!」

「違う。尻についている尻尾を撫で回してるんだ」

 力説するほどに台無し具合もレベルアップしていく。

「人の尻尾を付属品みたく言うなっ!」

 憤慨するマーシャ。

「そんな失礼なことは言っていない。むしろ尻尾がメインで尻が付属品だろう」

「そんなわけあるかーっ!!」

「ぐはっ!」

 キレたマーシャがレヴィにアッパーカットを食らわせた。

 バイオレンスも付属品として付いてくるらしい。

 まあこれはどう考えてもレヴィに非があるのだが。

「……いいなあ、アニキ。僕も触ってみたい」

 シャンティが羨ましそうに指をくわえているが、さすがに殴られてまで触ろうという度胸はない。

「何をやってるんですか……」

 オッドは頭を抱えている。

 尊敬する元上官の残念な部分を見せつけられてかなり複雑な気分になってしまったらしい。

 

 楽しくも前途多難な旅路が始まる。

 銀翼の船シルバーブラスト

 蒼き光剣スターウィンド

 類い希なる才能を持つ二人の操縦者と、人間を模した少女、成り損ないの魔術師、そして亡霊の守護者。

 小さな仲間であり小さな家族となった五人は、果て無き闇と輝く星光の世界へと旅立つのだった。

 

 

 

あとがき

 

 いよいよキンドルオンリーで出すことになった電子書籍でございます。

 ブックスペースさんはなんか対応悪いんですよねぇ。

 なのでKDPに挑戦してみました。

 今回はSFのお話です。

 いや、まともにSF書くのって初めてですよ私。

 設定とかめちゃ適当です(汗)。

 メカとかほんとは苦手なんです。

 でも書きたくなったから仕方ないですよね、とか言い訳してみたり。

 もふもふ素晴らしい。

 マーシャちゃんをもっともふもふしたいな~。

 さてさて、今回のイラストを担当してくださったのは中埜汐莉さんでございます。

 めちゃめちゃ感謝なのであります!

 いやあ、素晴らしい。

 マーシャちゃんもめちゃ可愛いです。

 とくにもふもふがっ!

 タイツの下に隠れている生足が非情にもったいない!

 でもタイツは必須です(涙)。

 ラフの段階できゅんきゅんしてましたよ!

 あとよく見るとおっぱいおっきーよね、マーシャちゃん。

 アレで戦うのちょっと大変そう……とか余計な心配してみたり。

 でも漢のロマン的なモノだからきっとアレでいいのです。

 そしてもふもふが大事なのです。

 さなぎと中埜さんとレヴィとで『生足&もふもふ同盟』を結んでマーシャちゃんを愛でるのです!

 控え要員はシャンティくんですね、きっと。

 遠目で羨ましそうに覗くのです。

 ちなみにこの作品、ちゃんと続きます。

 多分。

 ただいま執筆中でございます。

 そのときはまた中埜さんにきゅんきゅんぎゅるんなイラストを依頼したいと思っています。

 それでは最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

                      二〇一四年一月某日 水月さなぎ