プロローグ

 

 星屑の海はどこまでも広がり、果てなき闇の先へと誘う。

 彼の人は誰よりも星の海が似合っていた。

 星を泳ぐ船を操る為に生きているのだと信じていた。

 星の海と決別した彼の人は、地上を走っている。

 誰よりも速く、疾風のような生き様で。

 訴えかけたかった。

 このままでいいのかと。

 還ってきてもらいたかった。

 きっと、誰よりも焦がれていた星の海へ。

 

第一話 スターリットの運び屋

 

 ラインハルト星系第五惑星スターリット。

 宇宙の中でも特に目立った資源はなく、居住可能惑星として登録はされているが、交通の便があまり良くなく、辺境の星という扱いになっている。

 中央惑星エミリオンからは高速宇宙船でも一ヶ月はかかる場所だ。

 人口は一億人ほどで、住民はそれほど窮屈な思いをすることなく、のんびりとした暮らしを堪能している。

 

 都市の中をバイクが駆け抜ける。

 疾風のように、流星のように駆け抜けるそれは誰よりも速かった。

 バイクの運転手は大柄な男で、立派な体格をしている。

 自由自在にバイクを操り、車の間をすり抜け、通行人を避けて、あっという間に通り過ぎていく。

 それが誰なのか、どんなバイクなのか、じっくりと眺める暇などありはしない。

 一瞬で目の前に現れて、すぐに遠ざかってしまう。

 そんな代物だった。

「もうちょいかな」

 男はハンドルを握りながら鼻歌交じりに呟いた。

 目的地まではあと五分ほど。

 アクセル全開でいけば三分までタイムを縮めることが出来る。

 スピード違反というものが存在しないこの星では、事故を起こさない限りどれだけ飛ばしても文句は言われない。

 限界に挑戦するという意味ではもっともっと速く走るのもいいかもしれない。

「ま、時間はあるんだし、焦ることもないか」

 しかし男はそうしようとはしなかった。

 もっと飛ばしたいという気持ちがないわけではない。

 限界の先を見たくないわけでもない。

 だけどそれはこの機体ではない。

 そしてこの場所ではない。

 置き去りにしてきた空の向こうにある。

「振り返るほどのものでもないか」

 自嘲気味に呟いてから男はアクセルを全開にした。

 

 スターリットのアドレア地方にある屋敷で、カラレス・フォートは今か今かと運び屋の到着を待ちわびていた。

 取引までの時間はあと十五分ほどに迫っている。

 一分でも遅れてしまえば信用問題に関わる。

 それだけは何としてでも避けたいところだ。

 スターリットでも有名な運び屋に依頼して品物を運んでもらっているが、それでも間に合うかどうかは賭けなのだ。

 運んでもらっているものは麻薬である。

 といっても違法薬物ではない。

 今はまだ合法とされているもので、一般市民が使用したとしても罰せられるものではない。

 しかしこれまで合法であったものが新たに取り締まられるのは世の常であり、同じくこれまでは何の問題もなかった合法麻薬レティーナも、いよいよその対象になってしまったわけだ。

 そうなると手に入れるのが難しくなってしまう。

 身体への影響は最低限であり、中毒性も依存性も煙草とほとんど変わらない。

 多くの人間がレティーナを使用して、一時的な気晴らしやストレス解消、時には快楽に利用している。

 規制が始まると軽々しく使うことも出来なくなる。

 そうなる前に大量に買い占めておこうというわけだ。

 しかしカラレスの依頼人はとにかく気が短い。

 遅刻に対して容赦の欠片もない人間だ。

 時は金なり、という言葉を何よりも体現している人物であもる。

 そんな相手だからこそ、輸送船が宇宙嵐に巻き込まれて港への到着が遅れたという連絡を受けた時は肝が冷えた。

 余裕をもって二日前に到着するはずだった輸送船は、本日の早朝に到着してしまった。

 スターリット宇宙港からこのアドレアまでは都市高速を利用しても半日かかる。

 取引時刻は午後一時。

 どう考えても間に合わない。

 今回はこちらの落ち度ではなく天災によるものなので、どうにかして遅れることを許してもらおうとしたのだが、それを話したところで依頼人は承諾しなかった。

 代わりに腕利きの運び屋を紹介してもらい、今まさに運んでもらっているところだ。

 運び屋の名前はレヴィ。

 これは通り名であり正式名称は知られていない。

 個人営業者の運び屋であり、誰よりも速く急ぎの品物を届けてくれるという評判だ。

 都市高速も一般道路も、問題になるのは信号や渋滞だ。

 それらをバイクですり抜け、事故を起こすことなく目的地へ到着できれば時間はかなり縮めることが出来る。

「頼む……間に合ってくれ……!」

 カラレスは神に祈るような気持ちで両手を組んだ。

 その瞬間、耳を塞ぎたくなるような排気音が聞こえた。

 近づいてくるそれは大きなバイクだった。

 後ろの荷台にはアタッシュケースが積まれている。

「おお……!」

 間違いなくカラレスの待っていたものだった。

 バイクは凄まじい音を立てながらカラレスの前に急停止した。

 ヘルメットを外した男、レヴィという通り名を持つその男は不敵な笑いを浮かべて依頼人であるカラレスに笑いかけた。

「間に合ったかな?」

 荷台に積んであったアタッシュケースをカラレスへと手渡す。

「ありがたい! さすがは最速のレヴィだ!」

 今ならレヴィ相手に拝み倒しそうな勢いである。

 仮にも一企業の頂点に立ち、多くの部下たちを率いるカラレスが取っていい態度ではなかったが、この時ばかりは要求されれば土下座でもしただろう。

「ではミスター・フォート、早速報酬についてだが……」

 前金は既に受け取っているが、残りは成功報酬ということになっている。

 午後一時をわずかでも遅れてしまえば減額されることもあるが、今回は無謀といえるタイムスケジュールにも関わらずしっかりと間に合わせた。

 さぞかし弾んでもらえるだろうと期待していたのだが、

「すまない! 取引時刻が迫っているんだ! 報酬はここに用意してある! 足りなかったらまた連絡してくれ!」

「あ……」

 紙幣の入った分厚い封筒をレヴィの胸元に押し付けて、カラレスは取引場所である屋敷の中に駆け戻ってしまった。

 あっという間の出来事である。

「まだ十分はあると思うんだけどなぁ……」

 切羽詰っていただけに行動がせっかちである。

「どれどれ……」

 封筒の中身を確認する。

 こちらとしてもそれなりに急いだのだから報酬が足りなければ当然文句を言うつもりだ。

 レヴィの希望としては三十万ダラスほどあれば十分だと思っている。

 それだけあれば一ヶ月は十分に暮らしていける金額だ。

 一回の仕事の報酬としては満足できる相場だ。

 しかし入っていたのは一万ダラス紙幣五十枚だった。

「おお。太っ腹だな。よっぽど取引相手が大事だったんだろうなぁ」

 もしくは取引相手が危ないか、である。

 機嫌を損ねれば自分の命まで危うくなりかねない相手ならば報酬が弾むのも納得できる。

「むむ……。しかしこれならもうちょっと金額を引き上げることも出来そうだなぁ」

 レヴィは決して強欲な人間ではないが、もらえるべきものを遠慮するほど無欲な人間でもない。

 あれだけ慌てて引き返したのだから、ここで待っていれば交渉次第でもう少し、そう、七十万ぐらいはいけそうだと考えた。

 自分の走りにはそれだけの価値があるとも思っている。

 実際のところ、自分以外の運び屋では決して間に合わなかっただろうという確信があった。

 最速のレヴィの名が示す通り、運び屋の中でもレヴィ以上に走れる者はいない。

 道を把握すること、障害物や他の車両を最速かつ効率的な動きで避けながら走る事、地元の人間でも知らない近道を駆使して時間短縮をすること。

 これらの技量が圧倒的に優れているのがレヴィの強みだ。

 同業者が一日がかりで走る距離を、レヴィならば半日と少しで走破してしまう。

 運び屋の中でも最速の名を持つレヴィだからこそ、今回は間に合ったのだ。

「うーん。どうしようかな……」

 封筒を懐に仕舞い込んで腕を組んで悩むレヴィ。

 しかしここで連絡が入った。

 通信端末を取り出して通話に応じた。

『アニキ。仕事終わった?』

 かけてきたのは仕事仲間のシャンティだった。

 十代前半の幼い顔立ちに亜麻色の髪が印象的な元気のいい少年だ。

 ぱっちりとした灰色の瞳は小さな画面越しでもまっすぐにレヴィを見つめている。

「今終わったところだ。でも報酬の件でもう少し交渉してみようと思ってる」

『なに? 安かったの?』

「いや。予想以上に多かった。ただ交渉次第ではもっとぶん取れそうだったからな。交渉してみるのも悪くないと思っている」

『じゃあその交渉は中止して戻ってきて』

「なんだ? 新しい依頼か?」

『うん。依頼人はカレン・ロビンス。結構な美人さんだよ』

「ほほう。依頼以外でもお付き合いしたいぐらいの美人か?」

『どうかなー。それはアニキ次第じゃない?』

「で、依頼内容は?」

『トランク一つをセリオン峠に届けてもらいたいって』

「セリオン峠? また随分と辺境だな。そんなところに大荷物届けたところで使い道がないだろうに」

 妙な依頼だと首を傾げるレヴィ。

『僕もそう思う。でも報酬がすごいよ』

「いくらだ?」

『前払いで五百万ダラス』

「………………」

 すごいというよりも、それは怪しいというのだ。

 非合法の香りがぷんぷんである。

「……そういう依頼はあんまり受けたくないんだけどな」

『一応調べてはみたけど、シロだったよ』

「………………」

 調べた、というのはもちろん依頼人の経歴である。

 シャンティは凄腕の電脳魔術師サイバーウィズであり、彼が本気を出せばエミリオン連合軍本部の最高機密すらも閲覧することが出来る。

 電脳魔術師サイバーウィズは端末を生体に繋ぐことにより、ネットワークに接続されたものならばどんな情報も探り出すことを生業とした存在である。

 元々は宇宙船の運行補助を目的として作られたシステムだが、ネットワークの情報にも有用だと判明してからは電脳魔術師サイバーウィズが活用している。

 そしてシャンティがシロだというのなら、九十九パーセントの確率でシロなのだ。

 残りの一パーセントはもちろんクロである。

 自らの経歴やあらゆる痕跡を書き換えることのできる者が相手だと、ネットワークデータ上に存在するものしか調べられないシャンティでは限界がある。

 しかしそれだけのことをするには一国の大統領並みの権力と、国内トップクラスの黒字企業主並みの金が必要になる。

 そこまでの力を持った相手が、地方惑星の個人営業者である自分に声をかけてくるとは考えにくい。

 ならば信じてもいいだろう。

 あくまで表向きは。

「後払いの報酬はいくらだって?」

『もうぶっ飛んでるよ。一億ダラスだってさ』

「………………」

 怪しい。

 怪しすぎる。

 ここまで怪しい金額を提示する依頼というのも珍しいだろう。

 少なくとも単なる運び屋に払う金額ではない。

 しかしだからこそ気になった。

 ここまで分かりやすい怪しさを示しておきながら、敢えてレヴィへと依頼してくる相手の素性に興味が湧いた。

 普通なら受けない。

 まともな神経の持ち主ならば絶対に断る。

 しかしレヴィなら引き受けると思ったのだろうか。

 それとも、興味を引けると考えたのだろうか。

「ふうん……。ま、たまには怪しげな依頼でスリリングなことをするのもいいか」

 レヴィが肉食獣のように唇を舐めた。

 瞳は爛々と輝いている。

 捨てた過去が疼く。

 置き去りにしてきた戦場の香りが、時々無性に恋しくなってしまう。

 今は平穏な運び屋稼業に勤しんでいるレヴィであり、それを不満に思っているわけでもない。

 今の在り方はレヴィが望んだものであり、満足しているものでもある。

 自分と、仲間と一緒にそこそこの暮らしができればそれで十分なのだ。

 しかしこればっかりは性分なのだろう。

 獣の牙が抜かれないように、鍛えた身体を萎えさせないように、ごくたまに舞い込んでくる危険な出来事に首を突っ込みたくなってしまう。

 自分がかつて何であったかを忘れない為にも、それは必要なことだった。

『宇宙港の出入りも調べてみたけど、特に怪しい連中はいなかった。カレン・ロビンスも一般渡航者としてスターリット宇宙港に入ってる。すごい大きなトランクを持ってるけど、どんな伝手を使ったのか、その中身はチェックを免除されてる』

「ほほーう。ということは運んでもらいたいのはそのトランクってところだな」

『だと思う。引き受けるなら今日の夜九時にケネシスのセレナスっていう酒場で待ってるってさ』

「……うまい酒を出すところだな。出来ればドンパチにはなりたくないが」

『ドンパチ前提で行こうとするなよ。心配ならオッドに声をかけておく?』

「いや。とりあえず一人で会ってみよう。やばくなったら連絡するからいつでも出られるようにしておいてくれ」

『りょーかい』

 通信を切って携帯端末を懐にしまい込む。

「じゃ、とりあえずケネシスまでとんぼ返りするかな」

 レヴィはハンドルを握ってエンジンを思いっきり噴かした。

 轟音と共に走り去っていくバイクを見送る人間は誰もいなかった。

 

 

第二話 マーシャ・インヴェルクの依頼

 

 スターリット中枢都市、ケネシス。

 中枢都市といっても、惑星スターリットそのものが田舎の風景を大事にしている場所なので、高層ビルやネオンがきらきらしている、ということはない。

 雑然とした石畳の道を照らすのは、淡い明かりのみであり、夜の道は幻想的な雰囲気を醸し出している。

 人通りは多いが、鬱陶しさを感じるほどではない。

 ほどよい田舎の雰囲気がレヴィは気に入っている。

 小さな路地を入り、少し進んだところに二つ分かれた道がある。

 左側は石畳の階段があり、右側は緩やかな上り坂がある。

 ちょうどその間に建っている若葉の蔦に覆われた石造りの建物が目的地だった。

 木造の扉に小さく『セレナス』と彫られている。

 何気なく通り過ぎる人達にはここが酒場だということすら気付かれないだろう。

 ほとんど全力疾走で戻ってきたレヴィはわずかに肩を竦めてから、酒場の扉を開けた。

 セレナスは静かな雰囲気の酒場だ。

 飲み盛りの時間帯ではあるが、中にいるのは三人ほど。

 酒場として知られていないというのもあるが、ここは店主が客人を選んでいるので必然的に賑わうことはないのだ。

 レヴィは店主に認められた客の一人であり、常連でもある。

 明らかに怪しい依頼としか思えないそれを受ける気になったのも、相手がこの酒場を指名したから、というのも理由の一つである。

 ここを知っている、というだけでもただ者ではない。

 そしてもしもここの店主に認められているのならば、少なくとも人格的にはある程度の信頼が置けるという意味でもある。

 客を選ぶここの店主は、相手がどんな人間なのかを一瞬で見抜く。

 細かい性格などではなく、相手が客として相応しいかどうかを見抜いてしまうのだ。

 だから人格的に褒められるところのない人間はこの酒場に入ることは出来ない。

 レヴィは店主の眼力を信頼していたので、もしも依頼人がこの酒場に入ることが出来る人物ならばある程度信用してみようと思ったのだ。

「いらっしゃい。何にする?」

 店主は穏やかな容姿を持つ見た目三十代に見える男だが、この男の実年齢は六十を超えているらしい。

 恐るべき童顔……というレベルを超えているが、話してみると確かに年齢の厚みを感じる人なのだ。

 灰色の髪を尻尾のように後ろで束ねていると、女性達が放っておかない美形に見えるが、中身はしっかりご老体である。

 レヴィはカウンターに座ってから注文した。

「ターミネスト」

「……何かあったのか?」

 ターミネストとは、店主のオリジナルカクテルであり、手っ取り早く酔っ払いたい人間はこれを頼む。

 安い酒を組み合わせて作るのですぐに酔っ払ってしまうが、それでいて上品な味に仕上げるのがこの店主の腕だった。

「ちょっとな。まっとうな状態よりも少しだけテンパった頭で対応する方が良さそうな相手がこれから来るのさ」

「……ここにか?」

 客を選ぶ店主が訝しむ。

 そんな得体の知れない客を受け入れるつもりはない、という意思表示でもあった。

「依頼人がここを指定したのさ」

「そりゃまた、変わった依頼人だな。気に入らなかったら追い返していいのか?」

 客を追い返せるのもこの店主の特権である。

「もちろんだ。あんたの眼鏡に適わない奴の依頼ならその時点で断るさ。ここを指名した以上、それぐらいは飲み込んでもらわないと」

「それを聞いて安心した」

 店主は琥珀色の液体の入ったグラスをレヴィに差し出した。

 レヴィはそれを受け取ってから一気に煽った。

 かあっという熱さが喉を焼いて、頭の中をほどよく柔らかくしてくれた。

 最低限の警戒心は残しているが、怪しさ全開の依頼人を迎えるにあたって、最大限の柔軟さも備わったというところだ。

 ほどよく酔ったところで、いつものお気に入りを注文しつつ、のんびりと飲み始める。

 約束の九時まではあと五分。

 扉を警戒しつつ、依頼人を待つ。

 大きなトランクを持った女、という基本情報から判断するつもりだが、トランクは別の場所に置いてあるのかもしれない。

 そんな風に考えていると、

「失礼。相席しても構わないかな?」

 歌うようなしゃべり方をする女に声をかけられた。

 振り返ると、女性にしては少し背の高い美女がそこにいた。

 黒い髪を背中に流していると、モデルとして通用しそうな雰囲気がある。

 しかし強い光を秘めた銀色の瞳は、彼女が堅気の存在ではあり得ないと訴えている。

 年齢はレヴィよりもだいぶ若い。

 二十代前半か、下手をするとまだ十代に見える。

 しかし乗り越えてきた修羅場の数を思わせる雰囲気が、彼女には確かにあった。

 裾の長い割に動きやすそうな服装をしているが、これは服の至る所に武器を隠していると推測できる。

「……カレン・ロビンス?」

 レヴィが確認するように問いかけた。

「依頼人としての名前は確かにその通りだ」

「………………」

 偽名だと宣言したようなものである。

 分かっていたことではあるが、普通はもっととぼけたり、取り繕うとしたりするものである。

 ある種の潔さなのか、それともとんでもない図太さなのか、レヴィには判断がつかなかった。

 敢えて考えないように努めながら、隣に座る女、カレンを受け入れることにしたのだ。 

 新しく入ってきた客ではなく、レヴィよりも先に入っていたところを見ると、どうやらカレンは店主に認められている客らしい。

「なんだ、依頼人ってお前さんだったのか、マーシャ」

「まあな。ちょっとこの運び屋さんに頼みたいことがあって」

 カレンは青色の液体が入ったグラスを店主から受け取る。

「知り合いか?」

 レヴィが店主に問いかけた。

「ああ。たまにやってくる珍しい客人でな。十六歳そこそこの年齢でターミネストを十杯も飲み干したウワバミだ」

「…………そりゃ化け物っていうんだ」

 レヴィでも五杯が限界である。

 そもそもそんな子供にそんな危ない酒を出すのは店主らしくないと思うのだが。

「飲めそうな気がしたからな。どこまでやれるか見てみたかったんだ」

 どうやら好奇心からの行動だったらしい。

 それ以来の馴染みということか。

「十杯で潰れたのか?」

「いや。あくび一つしただけだ。眠くなったから寝床に帰る、だとよ。悠然とした足取りで支払いを済ませて出て行きやがった」

「………………」

 ますますもって化け物じみている。

 しかしそんな話を聞いたことで、レヴィは彼女に興味が湧いた。

「……マーシャっていうのが本名か?」

「この店主への通り名はマーシャ・インヴェルク、ということになっている。これも私の名前の一つだ」

「………………」

 こっちも偽名っぽい……と思いながらも、レヴィは深く考えることをやめた。

 考えても仕方がないと思ったのかもしれない。

「オーケー。名前については深く追求しないことにしよう。で、俺はあんたを何と呼べばいい? カレン? それともマーシャ?」

 両手を広げて降参の意思を示す。

「お前の好きな方で構わない」

 呼ばれる名前にこだわりはないらしい。

「カレン・ロビンスはこの依頼の為だけに用意した名前か?」

「ああ。適当な経歴を用意するのに使った」

「……じゃあマーシャと呼ばせてもらおう」

 適当な経歴を用意するだけでどんだけ金をかけたんだと突っ込みたくなったが、レヴィは賢明にも口をつぐんでいた。

 それ以上の追求を続ければ命に関わる、とレヴィの中の感覚が警鐘を鳴らしている。

 余計な危険を招き入れるつもりはないので黙っておくのが正解だ。

「私はお前のことを何と呼んだらいい?」

 青色の液体を飲みながらカレン改めマーシャが問いかけてくる。

「好きなように呼べばいい。名前は知っているだろう?」

「表に出ているのは通り名だけだろう? 『最速のレヴィ』」

「じゃあそのまま呼べばいい」

「最速のレヴィと?」

「……ただのレヴィでいい」

「じゃあただのレヴィだな。ただのレヴィ、うん、呼びやすい」

 マーシャはにこにこしながらおかわりを頼む。

「……あんた、俺をからかっているのか?」

「ははは。すまない。レヴィとの会話が面白くてな。からかうのも楽しいんだ」

「………………」

 帰りたくなってきた。

 その空気ぐらいは察したのだろう。

 マーシャはぐいっとレヴィの腕を引っ張ってから内緒話のように耳元で囁いた。

「依頼内容も詳しく聞かないうちから投げ出すのは関心しないな、運び屋として」

「そう思うならさっさとしろよ。見たところトランクは無いみたいだけどな」

「マスター、預けていたものをレヴィに渡してやってくれ」

 マーシャは店主に声をかける。

「なんだ。アレが依頼の品だったのか」

 店主は奥に入ってから大きめのトランクを持ってきた。

 銀色のトランクは人間一人が入りそうなぐらいの大きさだった。

 店主はそれをレヴィの座る椅子の背後に置いた。

「これをセリオン峠まで運んでもらいたい」

「中身は?」

「もちろん秘密だ」

「冗談じゃねえ。そんな得体の知れないものを運ばされてたまるか。違法荷物は運ばない主義なんだ」

 中身を知らないまま運ばされて、気がつけば警察に捕まっていたなどという事態は御免である。

「違法荷物というわけじゃない。ただ、こいつを狙っている輩もいるからな。出来るだけ早く目的地に運びたいんだ」

「その言葉を信用しろと?」

 言葉だけなら何とでも言える。

 もっと信頼に足る根拠を示してもらわないことには引き受けられない。

 そんな風にマーシャを睨み付けていると、何故か彼女は笑った。

 少女のような笑みだった。

「私はお前に嘘をつくほど命知らずじゃないぞ。『星暴風スターウィンド』」

「っ!」

 捨てたはずの名前、この場所では誰も知らないはずの名前を言われてレヴィは身体を強張らせる。

「それともレヴィアース・マルグレイト元少佐と呼んだ方がいいかな?」

「……呼ぶな。俺はただのレヴィだ」

「そうか。ならばそうしよう」

「………………」

 むっつりと黙り込むレヴィ。

 気分は最悪だった。

「違法ではないが、違法扱いにしてまで狙っている奴がいる。だから守ってもらいたい。運ぶだけなら私一人でも可能だが、厄介な追っ手を片付けながらとなると一人では心許ない。お前のところには頼りになる戦闘要員もいるようだし、ここは頼らせてもらいたい」

「……違法扱いにしてまでって、どういう意味だよ」

 妙は言葉を使う、とレヴィが首を傾げる。

「言葉通りの意味さ。優れた技術は独占することを許されず、大衆の為に、ひいては国家の利益の為に提供されるべきである……などという寝言をほざく連中がいるのさ」

「あー……なるほど……。納得」

 要するにトランクの中身は最先端技術の結晶であり、まだ誰も利用したことのない代物であるということだ。

 マーシャと、そして恐らくは他の技術者が共同開発したであろうそれの情報を嗅ぎ付けた何者かが、権力を駆使して奪い取ろうと試みているのだろう。

「ちなみに狙っているのはどこの国だ?」

「エミリオン連合軍第五星系支部の連中だ」

「………………」

 間違っても敵に回したくない連中だった。

 エミリオン連合軍は、宇宙で最も強大な力を持つ軍事連合だ。

 セントラル星系第一惑星エミリオン。

 宇宙に存在する居住可能惑星に接触して、連合への加盟を促している宇宙最大の組織だ。

 広い宇宙に存在する惑星は様々であり、居住可能惑星と言えども資源を外部輸入する必要がある。

 利害が一致することにより、エミリオン連合はそれぞれの星を加盟させ、共同体として運営している。

 支配ではなく共生だと唱っているが、実際のところは大衆権力による支配も同然だ。

 各国の選りすぐりと、エミリオンの生え抜きで構成されたエミリオン連合軍は宇宙最強の軍隊として知られている。

 元軍人だった頃にその恐ろしさを知り尽くしていたレヴィとしては、二度と関わりたくない組織である。

「遠慮したいんだがなぁ……」

 とぼやいてみるが、エミリオン連合軍には多少の恨みもあるので実際のところは少し迷っている。

「一泡ぐらいは噴かせてやりたいと思わないか? 追っ手の指揮を執っているのはグレアス・ファルコン准将だそうだ」

「……あんた、どこまで知ってるんだ?」

 グレアス・ファルコン。

 その名前もレヴィとは因縁深い。

 一生忘れられない名前であり、本人が目の前にいたら殺しかねないほど憎い名前でもある。

 しかしそれは誰も知らないはずなのだ。

 レヴィアース・マルグレイトは三年前に死んだことになっている。

 ここにいるレヴィは経歴から身分まで全てでっち上げた架空の存在だ。

 かつてレヴィアース・マルグレイトと名乗っていた軍人はもうどこにもいない。

 少なくとも、関係者はそう思っているはずなのだ。

 誰も知らないはずの情報を握っているマーシャ。

 流出先も気になるが、何よりも彼女自身をどうするべきか迷う。

 必要ならば始末するべきか、などと物騒なことも考えているが、それを分かっているのか、マーシャは面白そうに笑っている。

「お前になら殺されても構わないが、そうなると私が何故そんな情報を知っているかということについては分からずじまいだぞ。本当にきっちりしておきたいのならここはしばらく私に付き合うのが得策だろうな」

「殺されても構わないって……俺にか?」

「黙って殺されるつもりはないが、殺意を持って攻撃されても恨むつもりはないという意味だ。結果として、私か、レヴィのどちらかが生き残る」

「何故俺に殺されるのなら恨まないんだ?」

「そりゃあ私自身が船乗りとして『星暴風スターウィンド』を尊敬しているからに決まっている。目標の手にかかって殺されるのなら人生の終わりとしては悪くない」

「………………」

 悪びれもせずにそんなことを言われてしまえば、レヴィとしても黙らざるを得ない。

 どうやらこちらを害するつもりはなく、無理矢理に言うことを聞かせるつもりもないらしい、ということは何となく分かった。

 エミリオン連合軍が相手ならば一億ダラスという報酬も決して法外ではない。

 むしろ妥当だろう。

 指揮官がグレアス・ファルコンならば尚更だ。

「俺にグレアスと戦えってことか」

「いや。地上での迎撃は私が行う。レヴィのところの人員を一人貸してくれると大いに助かるが、まあ運ぶのさえやってもらえれば何とかなるだろう。向こうも秘密裏に動いているからな。大きな動員はないはずだ」

 そう言いながら太ももに携帯している大型拳銃を撫でる。

 背後にはレーザーブレードも引っかけられているが、こちらはメインアームではないのだろう。

 華奢な身体をしているくせにあんなごっつい銃を扱うのだから、マーシャも見た目通りの女ではないらしい。

 戦闘にはよほどの自信があるのだろう。

 レヴィは元軍人だが、軍隊格闘についてはそこまで得意ではなかった。

 レヴィの本領は別の部分で発揮されていたからだ。

「どうする? 引き受けてくれるか?」

「まあ、いいだろう。いささか因縁のある依頼でもあることだし、今回のところは騙されておいてやるよ」

「失礼な奴だな。私がいつお前を騙したんだ?」

「少なくとも名前については騙していただろう?」

「ああ、なるほど」

「それにな、本格的に騙されていなくとも、化かされた気分ではあるんだよ。運ぶ荷物の中身も、後できっちり聞かせてもらうからな。それぐらいは報酬の内だと思え」

「いいだろう。むしろレヴィには見せておきたい。これは宇宙船のパーツだからな」

「なに?」

「まあその話は後にしよう。私はどうすればいい?」

 セリオン峠までは距離がある。

 今回はメンバー全員で仕事に取りかかる為、車を出す必要があった。

「車が到着するまではゆっくりしようぜ」

「同感だ。ここの酒はうまい」

 レヴィは携帯端末でシャンティを呼び出してから、オッドに迎えに来るように伝えた。

 これで数十分後には迎えが来るはずだ。

 待ち時間を会話に費やすマーシャは、わずかに逡巡してからそれでも意を決したように質問をした。

「なあ、レヴィ……」

「なんだ?」

「これは訊いていいことなのかどうかすごく微妙なことかもしれない」

「?」

「だけど一人の船乗りとしてどうしても訊いておきたい」

「………………」

 それだけで質問の内容が分かったのだろう。

 レヴィは嫌そうな顔をしたが、それでも拒否はしなかった。

 決して軽々しい気持ちや面白半分で踏み込んでくるわけではない。

 彼女にとって大切なことだから、どうしても訊かずにはいられなかったのだと感じたからなのかもしれない。

宇宙そらに戻るつもりはないのか?」

「………………」

「何があったのかは知っている。悪いとは思ったが、調べさせてもらったからな。必要があってそうしていることも分かっている。だけど、宇宙そらに戻りたいと思ったことはないのか? 焦がれることはないのか?」

「……答えたところでどうなる?」

「どうにかしたい訳じゃない。答えが知りたいんだ」

「………………」

 レヴィの顔が苦悩に歪む。

 戻りたい、と願う自分が確かにいる。

 だけど同時に恐れている。

 宇宙は、あの空の果ては、忘れられない思い出と共にあるから。

 信じられない命令。

 散っていく仲間の命。

 容赦なく現実を突きつけてくる破壊の雨。

 地獄としか言いようのない光景に、ただ一人立っている絶望感。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 だから地上に降りた。

 宇宙に未練を残しながらも、あの絶望を突きつけられずに済むのならと妥協して。

「未練がないわけじゃ……ない。でも、俺はもう二度と、仲間を失いたくない」

「そうか……。でもあの時と今とでは状況が違うだろう? お前達を死に追いやる上官も、裏切った軍も、もう関係ないじゃないか。ならば過去を捨てて、自由気ままに宇宙を旅するという選択肢もあるんじゃないか?」

「……旅をする?」

 俯いていたレヴィがはっとしたように顔を上げる。

「そうだ。レヴィは宇宙が好きだろう? 嫌いだとは言わせないぞ。あれだけの操縦技術を持っていてそんなことを言っても信じないからな」

「………………」

「軍人として命令に従って、敵を撃墜する為に飛んでいた。それしか知らないのなら、私が教えてやる。私たちはどこにだって行けるんだ。この腕と、そして船があれば」

「………………」

 旅をする。

 自由気ままに、どこにだって行ける。

 命令でしか宇宙を飛んだことのないレヴィにとって、それは新しい発見でもあった。

 今まで気づかなかったのが不思議なぐらいだけれど、それでも気づいてしまったら浮き立つ心を止められなかった。

「………………」

 どうするべきなのか。

 どうしたいのか。

 初めての選択を迫られたレヴィは答えることが出来ない。

「答えを急いでいる訳じゃないんだ。ただ、そういう選択肢もあるということを知っておいてもらいたかった」

 苦しませたいわけではないのだろう。

 マーシャはレヴィの肩に軽く手を置いてから笑いかけた。

 すっきりするような、潔い微笑みだった。

「もしもその気になったらいつでも教えてくれ。私が協力するから」

「協力って……」

「言葉通りの意味さ。宇宙にレヴィの居場所を用意する。もちろん本職の戦闘機乗りとして」

「あんたの部下として、か?」

 戦闘機は単独で宇宙を飛び続けることは出来ない。

 補給や居住性の問題から、必ず母艦となる船が必要になる。

「違う。対等な仲間として、私はお前と一緒に宇宙を飛びたい」

「………………」

「戻ってきてもらいたいんだ。その腕を、『星暴風スターウィンド』の奇跡を、地上で錆び付かせておくのは同じ船乗りとして耐えられない」

「………………」

「……まあ、これは私の勝手な願望だから、強制するつもりはないんだ。迎えが来たようだぞ。出ようか」

「………………」

 会計を済ませたマーシャは立ち上がって店を出て行く。

 ペースを乱されっぱなしのレヴィは大きなため息と共について行こうとするが、店主に呼び止められた。

「お前さんの素性は知らん。だがマーシャは面白い奴だぞ。少なくとも信頼は出来る。お前さんがいいと思うのなら、付き合ってみるのも悪くないかもしれんぞ」

 などと、お節介じみたことを言われてしまう。

「今の俺はただの運び屋だぜ」

「空を見上げる運び屋、だろう?」

「………………」

 内面を容赦なく抉られた気分になりながら、レヴィは手を振って店を出た。

 

「アニキお待たせ-!」

「………………」

 赤い車で迎えに来たのはシャンティとオッドだった。

 レヴィが経営する運び屋の仲間であり、シャンティは主に情報収集担当、オッドは荒事になった時の護衛と雑用を担当している。

 小柄で明るいシャンティとは対照的に、オッドは大柄で寡黙な性格だった。

 ダークブラウンの短髪は大柄に似合うワイルドさを感じるが、アイスブルーの瞳はそれとは対照的な穏やかさを秘めていた。

 レヴィにぺこりと頭を下げてから、依頼人であるマーシャを値踏みするように見てから、同じように頭を下げた。

「マーシャ・インヴェルクだ。よろしく」

 そんな二人にマーシャは気安く話しかけた。

 元々人なつっこい性格なのかもしれない。

「カレン・ロビンスじゃなくて?」

 シャンティがきょとんとして首を傾げる。

「そっちは偽名だ。知っているだろう?」

 にやりと笑うマーシャは悪戯好きの表情になっていた。

「まあね。でもその名前だって偽名だろ?」

「ああ。だから好きに呼んでくれて構わないぞ」

「アニキはなんて呼んでるの?」

「マーシャだ」

「じゃあ僕もマーシャって呼ぶことにする」

「了解だ」

「ほらほら、遊んでないでとっとと出発するぞ。装備は一式持ってきたか?」

 オッドと入れ替わりに運転席へと座ったレヴィが質問する。

「……いつもの装備なら」

 オッドは頷いてから後部座席にあるケースを示した。

 オッドとレヴィが使用する荒事専用装備が入っているケースだ。

「よし。じゃあ出発するぞ。オッドは武器装備と、俺の分を出しておいてくれ」

「了解しました」

「僕は?」

「これから追っ手がかかるかもしれないから、探知を頼む」

「りょーかい」

「私は何をすればいい?」

 オッドの隣の後部座席に座り込んだマーシャが問いかける。

「あんたは迎撃だろ」

「それもそうか」

 ぺろりと舌なめずりをするマーシャ。

 肉食獣さながらの物騒さだが、こういう時は心強いのかもしれない。

 そして赤い車は発進した。

 

 

第三話 電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアル

 

 ケネシスから車で二時間ほど走らせたところにセリオン峠という場所がある。

 セリオン山をぐいぐいと登り、そこから曲がりくねった峠道に入る。

「目的地には着いているはずだが、この先はどうすればいい?」

 ハンドルを握りながらレヴィがマーシャに問いかける。

「この先に湖があるのは分かるか?」

「湖?」

 運び屋として色々な場所を走っているが、セリオン峠を走るのは初めてだった。

 依頼絡みでこの場所を訪れたことはないので地理にもあまり詳しくはない。

「ちょっと待って……あ、イヴリー湖のことかな」

 端末を操作していたシャンティが言う。

「正解だ。そこへ向かってもらいたい」

「だったら最初からその湖を目的地にしておけよな」

「この星の人間にもあまり知られていない場所だからな。セリオン峠としていた方が分かりやすいと思ったんだ」

「なるほど」

 悪びれもせずに言うマーシャに肩を竦める。

 依頼遂行中の要求変更は慣れたものなので、敢えて文句を言い続ける理由も無いのだった。

 このまま何事もなく済めば良し。

 トラブルがあるなら宣言通り、本人に蹴散らしてもらうのみだ。

 レヴィ自身は運び屋として運転に集中すればいい。

 イヴリー湖に到着すれば、それで仕事は完了なのだから。

「アニキ、団体様がこっちに向かってくるよ」

「マジか……」

「うん。バンが六台こっちに近づいてる。黒塗りの、やけに頑丈そうな車両だけど……これって軍用車両?」

「まあな……」

 スターリットの監視衛星に侵入して地上の様子を見ているシャンティは、ここにいて、ここではないどこかの景色を視界に映していた。

 瞳の焦点は合わず、ぼんやりとしてはいるが、確かに敵を捉えている。

 オッドが大型拳銃を装備して背後に狙いを定める。

 車の天井部をオープンスライドさせて、オッドが攻撃しやすいようにした。

「敵影視認。撃っても構いませんか?」

 オッドがレヴィに確認する。

「いや、こっちから撃つのは不味い。マーシャの話だと相手はエミリオン連合軍だ。一応は正当防衛の形を取らないと、後々厄介なことになる」

「………………」

 オッドは黙り込んで狙いを定めた。

 いつでも撃てるという準備だ。

 攻撃を確認したらすぐにでも撃つつもりだろう。

「げっ!」

 監視衛星の映像を拡大して、敵の動向をより詳しく観察していたのだろう。

 シャンティが蛙の潰れたような声で呻いた。

「どうした?」

「やばいやばいやばいっ! あいつらバズーカ砲撃ってきた!」

「なにいーっ!?」 

 荷物狙いなんじゃなかったのかよ!

 一緒に破壊する気かこの馬鹿野郎共!

 などという罵声を一瞬で吐き出してから回避行動を取るべくハンドルを切るが、マーシャが冷静に対応した。

「問題ない」

 マーシャは大型拳銃を構えて、一発だけ撃った。

 高出力レーザーは向かってくる弾にヒットして、そのまま爆発した。

「………………」

「………………」

「………………」

 一同沈黙。

 バズーカ砲をレーザー拳銃で破壊しやがった……という声にならない呻きの気持ちが如実に表れていた。

 助かったと感謝するべきなのだが、目の前の非常識に何を突っ込むべきかを迷っている。

 いや、そんな場合では無いのは重々理解しているのだが。

 しかしマーシャはそんな周りの反応に忖度したりはしなかった。

 その状況で何が必要なのか、何をするべきなのかを瞬時に判断してから立ち上がる。

「おい……」

 レヴィが振り返って声をかける。

 何をしようとしているのかを理解したのだろう。

「近づいてくるから片付けてくる。お前は運転に集中していろ。そこの坊やは敵の探索を頼む。そっちのでかいのは、出来れば援護してもらいたい」

 返事を聞かないまま、近づいてきたバンに飛び移った。

「ま、マジで飛び移りやがったぞあの女っ!」

「うっそぉ……」

「………………」

 三者三様で非常識を再認識する。

 しかし一番危険な仕事を任せてしまった以上、こちらは言われた通りのことをするしかない。

 レヴィは運転に集中し、体当たりを食らわせてようとしてくるバンに逆に体当たりを食らわせた。

 車体の重量差でこちらが当たり負けするはずだが、相手のバランスをうまく崩すことにより転倒させることに成功した。

 レヴィ達の乗る車も転倒しかけるが、そこは運び屋として超一流の腕を持つレヴィがさせなかった。

 傾いた車体をすぐに持ち直し、まっすぐに走り続ける。

 その間にもマーシャは乗り移った車で大暴れしていた。

 武装した男を最初に片付けて、次にレーザーブレードで車体を破壊してから運転手の腕ごと斬り伏せた。

 すると車の方が蛇行してしまうが、転倒する前にマーシャは次の車へと飛び移っていた。

 彼女のジャンプ力でも届く距離では無かったが、マーシャはレーザーブレードを一旦納めてから、腰に装備してあったもう一丁の銃を取り出して車に向けて撃った。

 ビームアンカー機能を持っているその銃は、車体に当たってそのままマーシャを引き寄せる。

「げえっ!」

「うわああああーーっ!」

 そしてさらなる大暴れ。

 彼らの命は一分と保たなかった。

 まるで女獅子のような活躍ぶりだ。

 そんな調子で三台目を片付けたマーシャと、目立たないながらも器用にタイヤを撃ち抜いてから二台の車を走行不能にしたオッドの活躍であらかた片付いた。

「…………戦闘職人って、怖いな」

「……同感です」

 元軍人のレヴィと、同じく軍人としての過去を持つオッドは揃って身震いした。

 二人とも多くの戦場をくぐり抜けてきた猛者ではあるが、それでも一個人の力には限度というものがある。

 一人の人間は決して大軍には太刀打ちできない。

 しかし離れた場所で大暴れする女は、百人が相手だろうとたった一人で蹴散らして見せるような力量の持ち主である。

 操縦者としての能力に特化しているレヴィはもちろんのこと、軍隊格闘の達人であったオッドですらマーシャと一対一では戦いたくないと思った。

 負けると分かっている勝負をする人間はいない。

 それが命のかかっている勝負なら尚更だ。

 命がかかっていなくても、ささやかなプライドを守る為にも、やはり彼女との戦闘は全力で避けるだろう。

 敵もほぼ全滅したことだし、マーシャを回収しに行くかとスピードを落とそうとしたところで、

「っ!?」

「ーーっ!!」

「うわあーっ!」

 フロントガラスにビームアンカーが撃ち込まれた。

 もちろん非破壊設定のビームなのでガラスが割られることはないのだが、視界のすぐそばにビームを撃ち込まれるというのは心臓によろしくない。

 振り返るとマーシャが敵の車から飛び出していた。

「ば、ばかっ! いくらアンカーを撃ち込んだところで追いつける距離じゃねえだろうがーっ!」

 距離が短かったさっきとは違う。

 あのままだと地面に着地して時速二百キロのスピードで引きずられることになる。

 いくらべらぼうに強いといっても、あの細い身体だ。

 そのダメージに耐えられるとは思えない。

 レヴィは慌ててスピードを落としたのだが。

「アニキ……あの人、人間じゃないよぉ……」

 シャンティのそんな呻き声に、オッドが無言で頷いた。

 二人ともかなり震えている。

 シャンティはともかく、荒事に耐性のあるオッドがそういう反応をするのは珍しい。

 よく見ると、マーシャは道路を滑っていた。

 引きずられるのでは無く、時速二百キロで、いや、今はスピードを落としているので百キロほどになっているが、とにかくその速度で走る車に余裕で追いついているのだ。

 恐らく、靴に特別製のローラーが仕込んであるのだろう。

 しかもその顔は爽やかに笑っている。

 一仕事終えてすっきりした表情だ。

 ……確かに、精神的な意味でもまともな人間ではない。

 メンタルも化け物レベルな女だ。

 オッドの震えは恐怖からではなく常識ブレイカーに対する理不尽さによるものだったらしい。

「よいしょっと」

「っ!?」

 しかもアンカーの長さを変動しつつ、近づいてきたところでジャンプ。

 くるりと一回転してトランク部分に着地。

 ぐごしゃ……と、板金部分がひしゃげる音がした。

 商売道具に傷をつけられたレヴィとしては顔を顰めざるを得ない。

「……壊すなよ」

 超人的な身体能力を見せられた後でもそれを言えるのだから大した胆力である。

 しかしマーシャはへこたれない。

 にこにことした表情で後部座席の方に座り込んでから言い返す。

「報酬は弾むのだから堅いことを言うな。不満なら修理代を上乗せしてくれても構わないぞ」

「………………」

 前金五百万、成功報酬一億ももらっておいてほんの数万の板金塗装費用を請求するのはなんだかみみっちいと言われそうで躊躇われた。

 多額の報酬は損害費用も含めていると思えば許容範囲ではある。

 レヴィは複雑な気持ちになりながらも目的地へと車を走らせるのだった。

 

 イヴリー湖に到着した。

 緑に囲まれた、何も無い湖に見える。

「で? 目的地はここでいいのか?」

 車から降りたレヴィがマーシャに問いかける。

 マーシャはトランクを手に持って頷いた。

「ああ。目的地はここだ」

 もう片方の手で端末を操作した。

「指定口座に一億ダラスを振り込んでおいた。これでとりあえず依頼完了、ということだな。感謝する」

「いや、まあ物騒な依頼だったけど無事に終わって何よりだ」

「そうだな」

「……一つ訊いても構わないか?」

「お前からの質問なら可能な限り答えよう」

「なんで俺からの質問なら答えてくれるんだ?」

「そりゃあ私がお前に憧れているからさ」

「………………」

 少女のようなあどけない微笑みと共に言われて、レヴィは戸惑う。

 驚異的な戦闘能力を持った凶暴な女かと思えば、こんな無邪気さを見せてくれたりもする。

 なんとも不思議な女だと思った。

「どうしてこの場所なんだ?」

 トランクの中身が何なのかは知らない。

 この女の目的が何であるのかも知らない。

 知らされている情報は、『宇宙船のパーツ』ということだけだ。

 だからこそ興味があった。

 今も宇宙に焦がれる操縦者の一人として、どうしても知りたいと思ったのだ。

 一緒に宇宙へ出ないかという言葉の意味を。

 その真意を、どうしても知りたかった。

「知りたいか? 軍が追いかけ回すような秘密だ。知れば後戻り出来なくなるぞ」

「………………」

 後戻り出来なくなる。

 それは、置き去りにした過去ともう一度向き合わなくてはならないということでもある。

 捨てた名前。

星暴風スターウィンド』の名前はいつしか『最速のレヴィ』という地上の名前に切り替わっていた。

星暴風スターウィンド』に戻る覚悟が決まったわけでは無い。

 だけど……どうしても気になる。

 ここで引き下がったら一生後悔する、そんな予感がしてしまうのだ。

 レヴィは仲間を振り返る。

 一人で決めていいことじゃないと思ったからだ。

 オッドは無言で頷いた。

 レヴィの判断に従うということだろう。

 彼はいつもそうだった。

 自分の意思を持たない訳ではないだろうに、常にレヴィに従っている。

 彼の意思に沿うように行動している。

 レヴィにはそれがもどかしく感じる時もあるけれど、それでもその生き方をオッド自身が選んだのだと言われては反論も出来なくなってしまう。

 自分の意思で選んで責任を取る覚悟があるのなら、それは尊重すべき意思であるからだ。

 シャンティの方は面白そうに肩を竦めていた。

「別にアニキの思う通りにすればいいんじゃないか? 戦闘に巻き込まれてもアニキとオッドがいればちゃんと守ってくれるだろ?」

「…………まあな」

 戦闘能力をほとんど持たないシャンティはそのあたりについて完全に開き直っている。

 しかし付き合うつもりはあるようなので安心した。

 これで腹をくくることが出来た。

「訊かせてくれ」

 その覚悟が気に入ったのだろう。

 マーシャは嬉しそうに笑った。

「いいだろう。じゃあもう少しだけ付き合ってくれ」

 マーシャは携帯端末を操作して、離れた場所に止めてあったモーターボートを呼び寄せた。

 リモコン操作で動かせるものらしい。

「少し離れた場所に用事があるからな。とりあえず乗ってくれ」

 こうなることを予測していたのか、モーターボートは四人乗っても十分な広さを持っていた。

 モーターボートは予め目的地を設定されていたらしく、操縦者がいなくてもスムーズに進んでいた。

 イヴリー湖の東側には山に連なる洞窟がある。

 どうやらそこが目的地のようだ。

 中は暗い洞窟だと思っていたが、どうやら天然の光源があるようで、青い光に満ちていた。

 人に知られていない場所なので自然の力強さが残っていてとても美しい。

 広めることが出来れば観光名所にもなりそうな場所だった。

「見事だな」

「うん。すっごく綺麗だ~」

「………………」

 地元なのにこんないい場所を知らなかった三人はやや複雑な気持ちになる。

「知らないのも無理は無い。もともとイヴリー湖自体が観光名所とはほど遠い寂れた場所だからな。わざわざボートを繰り出してまでこんなところに来ようという人はなかなかいない」

 ボートに乗ったままのマーシャが再び携帯端末を操作する。

 すると洞窟の水面が揺らいだ。

 ボートも揺れるが、転覆するほどではない。

 ゆっくりと浮上したそれは、十万トン級の宇宙船だった。

「こんなところに宇宙船を隠していたのか……」

 レヴィが呆れたように呟く。

「造船はこの星で行ったからな。ここはちょうどいい隠し場所だったんだ」

 悪びれもせずに答えたマーシャは携帯端末を操作して乗り込み用の梯子を下ろす。

 どうやら彼女の持つ端末は特別製のようだ。

 マルチリモコンの機能があるのだろう。

「あんたの船か?」

「そうだ。私の船、名前は『シルバーブラスト』」

「いい名前だな」

「そう言ってもらえると嬉しい。『スターウィンド』と名付けようかと迷ったこともあるけど」

「……やめてくれて良かったよ」

「あはは。本気で迷った訳じゃ無いさ。船乗りとしてそこまでの無礼を働くつもりは無い。あれはお前だけの名前だ」

「………………」

 マーシャはトランクを持って歩き出す。

「私の船に招待しよう。ついてきてくれ」

「………………」

 今のところこの船が動く気配は無い。

 中に人がいる感じでも無い。

 宇宙船を動かすには最低でも操縦を担当する操舵手、宇宙の状況を把握する航宙士、必要に応じて武力を行使する砲撃手の他にも、甲板員や整備士などが必要になる。

 この大きさの船ならば最低でも十人は必要だ。

 ならばまだ宇宙に出る訳では無いのだろう。

 宇宙に出ることにまだ躊躇いのあるレヴィだが、今は大人しくついていくことにした。

 梯子を登って開いた自動ドアを潜ると、広い通路に出る。

 道なりに歩くと、操縦室にたどり着いた。

「……船体の割には狭い操縦室だな」

 宇宙艦隊に所属していたレヴィの素直な感想だった。

 操縦席、副操縦席、そして他の席が三つほどあるだけだ。

 中心には人が一人入れるぐらいの筒があるが、何に使うのかは不明だった。

「これは少人数で動かすのを前提とした船だからな」

 マーシャはトランクを床に置いて鍵を開けた。

 大きなトランクを開くと、そこには人間が入っていた。

 白いワンピースを着た十五歳ほどの少女だ。

「お、女の子……?」

 シャンティが少しだけ赤くなった。

 年頃の男の子らしい反応だ。

 レヴィもオッドも驚いている。

 まさか人間を運ばされているとは思わなかったらしい。

 下手をすると違法荷物だ。

 話が違うではないかとマーシャを睨み付けるのだが、

「そんな顔をするな。違法荷物じゃないというのは本当だ。この子は人間じゃない。宇宙船のパーツなんだ」

「パーツだと?」

 人間にしか見えないその少女を『部品パーツ』扱いするその発言に不快感が込み上げてくる。

 人間を人間とも思わない、道具扱いするような言葉が不快だったのだ。

「だから、怒るな。事実なんだから」

「………………」

 睨み合いをしている間に、トランクの中身である女の子が身じろぎした。

「んー…………」

 もそもそと起き上がって、きょろきょろと見回している。

「おはよう、シオン」

「おはようです、マーシャ」

 青い髪を揺らしながら、潤んだ翠緑の瞳でマーシャを見る。

 どうやら二人は知り合いのようだ。

「あら~? どうして隠してるんですか? 可愛いのに」

「気に入ってくれたのは嬉しいが、まあ人間の前では色々と不都合があるんだよ」

「そうなんですか~?」

「そうなんだ」

「もったいないな~。今は二人だけなんだから出しちゃいましょうよ~」

 もそもそとマーシャによりかかって、髪と衣服に手をかける。

「こ、こら! 二人きりじゃないぞ、客人がいるんだっ!」

 慌ててやめさせようとするが、もう遅かった。

 頭がわずかにずれてカツラが取れ、その下からはぴょこりと可愛らしい耳が出てきた。

 もちろん人間の耳ではなく獣の耳だ。

 ふわふわしていて思わず触りたくなってしまうようなそれだった。

 腰巻きもはぎ取られてしまい、髪の色と同じく黒い尻尾がゆらゆらしている。

「………………」

「………………」

「………………」

 三者三様に沈黙した。

 そんな中、シオンと呼ばれた少女だけが遠慮容赦なくマーシャに飛びつく。

「うあ~。もっふもふですね~。気持ちいいですね~♪ あたし、マーシャのもふもふ大好きですよ~」

「………………」

 男がやれば完全にセクハラだが、女性同士でやるのならばスキンシップになる。

「……もふもふかぁ」

 シャンティだけが羨ましそうに指をくわえていた。

 子供ながらの好奇心なのか、それとも男としての欲求なのか、はっきりとは分からないが。

 しかし偏見の目で見るようなことが無いのはある種の救いだろう。

 人間の姿をしているにもかかわらず頭部と臀部に動物の因子を持つ者。

 それは亜人と呼ばれる種族だった。

「………………」

 しかしレヴィはそれとは別の意味で唖然としていた。

 黒い髪。

 そして銀色の瞳。

 あまりにも印象が変わっていたので気づくことが出来なかったが、レヴィの記憶にある少女との特徴はほぼ一致している。

 七年前に出会ったあの少女に……

 順調に成長していればこのぐらいの年齢なのだ。

「………………」

 レヴィの視線に気づいたのだろう。

 マーシャは苦笑してから申し訳なさそうに肩を竦めた。

 その様子だと、どうやら自分の正体をばらすつもりはなかったらしい。

「………………」

 これは偶然なのか。

 それとも必然なのか。

 マーシャ自身の言葉がレヴィの中で思い出される。

 

『私はお前と一緒に宇宙を飛びたい』

 

「………………」

 それは、心からの願いなのだろうか。

 冗談ではなく、あの時の少女が自分に憧れ続けたのなら、その願いを持ち続けたのなら……自分は、どうするべきなのだろう……。

 分からないまま、それでも状況は進む。

 

「シオン。早速だが起動調整に入ってくれ。この『シルバーブラスト』の最終調整は、お前なしでは行えない」

「はいはーい。了解ですよ、マーシャ」

 びしっと敬礼をして応じるシオン。

 ……まったく緊張感のない、軍人に失礼とも言えるようなへにゃへにゃの敬礼だったが。

「その前にもふもふもうちょっと~」

「………………」

 耳にすりすりしながら、尻尾をなでなでもふもふしている。

 どうやら充電のつもりらしい。

 いや、ご褒美だろうか。

 どちらにしろシオンはマーシャの耳尻尾にご執心のようだ。

「あ、こらっ! 付け根をつまむなっ!」

 マーシャが赤くなりながら注意する。

 どうやらそこが弱いようだ。

「やーん! もっと~!」

「さっさと入れっ!」

「あう~!」

 さすがにセクハラされっぱなしで黙っているようなマーシャではなかった。

 腕力にものを言わせてシオンを引き剥がし、そのままぐいぐいと中心の筒へと押しやる。

「もー。せっかちなんだから~」

「そういう問題じゃない……」

 確かにそういう問題では無いだろう。

 あのままではマーシャがあられもない声を上げてしまいかねない。

 シオンは物欲しそうにマーシャを見つめてから筒の中に入った。

「はいはーい。じゃあ起動チェック始めるですよ~」

「頼む」

 筒の中はシオンが入ると両手を広げられるぐらいの広さがある。

 筒の中に収まったシオンは光に満ちた空間で起動チェックを始める。

「『シルバーブラスト』起動。ニューロリンク形成。エンジン、オートマトンネットワーク、武器管制、航行管制、生命維持システムオールグリーン……」

 シオンが筒の中で声を上げるたびに、船に命が吹き込まれていくようだった。

 明かりが増え、ディスプレイはめまぐるしく切り替わってチェック終了を示している。

「オッケーですよ、マーシャ。問題なく飛べるです」

「そうか。ならば明日には出発しようか」

「ですです」

「しばらく船のチェックを頼む。明日には飛ばすことになるからメンテナンスは念入りにな」

「はいです~」

 という感じでマーシャはシオンに任せてしまう。

「さてと。お前達の役割はこれで終了だ。依頼を完遂させてくれて礼を言う」

 耳をぴこぴこさせながら礼を言ってくるマーシャは、先ほどまでよりもずっと可愛らしかった。

 得体の知れない、凶悪な戦闘能力は変わらないが、見た目だけでずいぶんと印象が変わるものだと不思議な気分になる。

「……あれは何だ?」

 口を開いたのはレヴィが最初だった。

 他にも訊きたいことは山ほどある。

 特にマーシャ自身について。

 だけどそれは、訊いていいことなのかどうか分からないのだ。

 踏み込まれたくないことならば、踏み込むべきではない。

 レヴィの理性はそう告げている。

「企業秘密だ、と言ったら?」

「………………」

 企業主には見えないが、確かに独自技術ではあるのだろう。

 そう言われてしまうと追求するのも躊躇われる。

 エミリオン連合軍が狙うほどの代物だ。

 好奇心のみで追求するにはリスクが大きすぎる。

 黙り込んだレヴィにマーシャは肩を竦めて苦笑した。

「冗談だ。他の相手ならともかく、レヴィ相手に隠し事はしない。……いや、そこまで恩知らずではない、と言うべきなのかな。今となっては」

「………………」

 悪戯っぽい眼で見上げられると、レヴィとしても居心地が悪い。

 思い出を刺激されてしまい、懐かしさが込み上げてくるのだ。

 決して穏やかな思い出ではないけれど、それでも、不快な時間の中で微かに誇れる思い出の一欠片ひとかけら(ひとかけら)。

 彼女はそのひとつだった。

「やっぱり、あの時の……」

「…………まあ、その話は今度にしよう。今はシオンが何であるかについてだろう?」

「………………」

 どうやら教えてくれるつもりらしい。

 マーシャはシャンティに視線を移した。

「?」

 理由が分からずシャンティがきょとんとなる。

「彼女は『電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアル』の進化形だ」

「っ!」

「ええっ!?」

 驚きを露わにするレヴィとシャンティ。

 不快さを表に出したのはレヴィで、純粋に驚いただけに留まったのはシャンティだった。

 不快な気分になったのは、シャンティの過去と、そしてその過程で行われた非道を知っているからだ。

電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアル』。

 生体に端末を組み込むことにより、生きながらにして電脳の海を自由に渡る超常存在を造り出そうとした計画だった。

 現在主流となっている『電脳魔術師サイバーウィズ』は、生体用端末を自らに接続することにより、知覚と認識領域の拡張を行うことが出来る。

 それにより電脳の海を自由に渡ることが可能になったし、国の管理下にある人工頭脳に対して侵入することも、破壊することも出来る。

 もちろん公共の人工頭脳にはそれなりの対策が施されているので、いかに『電脳魔術師サイバーウィズ』と言えどもハッキングは簡単にいかない。

 凄腕と言われる一部の電脳魔術師サイバーウィズだけが辛うじて干渉を可能にしている、というのが一般認識だった。

 凄腕と言われる電脳魔術師サイバーウィズの数は決して多くない。

 知覚と認識、それぞれを拡張するということは、生体部分である脳に対して過剰な負荷をかけるということでもある。

 電脳魔術師サイバーウィズとして活動出来るのは十代前半から二十代後半までが限界だろう。

 それもごく限定的に活動しなければ廃人になりかねない。

 膨大な情報量に脳が圧迫されて、生身の生活に支障が出てくるのだ。

 電脳魔術師サイバーウィズと一般の人間では見ている世界が違う。

 情報に脳が圧迫されると、認識が一般の人間と乖離してしまうのだ。

 廃人と化した電脳魔術師サイバーウィズは、誰のことも誰の声も認識できず、ただ虚空を見つめて時々呟く、それだけの存在になってしまう。

 そんなデメリットが大きすぎる電脳魔術師サイバーウィズも数は少ないが限定的に活動しており、非合法組織でそれなりに活躍している。

 公共事業として研究されていたそれは、生まれてくる段階から調整を加えて、情報に圧迫されない、処理速度の高い脳を持つ素体を造り出そうとしたものだった。

 もちろんそのほとんどが失敗で、完成体と言える存在は出来上がらなかった。

 研究の過程で、あるいは実験の過程でそのほとんどが潰されていったのだ。

 どれだけ調整を加えても所詮、元になったのは人間の脳である。

 どうやっても限界はあるのだ。

 ゆくゆくは宇宙船の管制頭脳として、つまりは生体部品として利用するつもりだったが、この計画は頓挫してしまう。

 シャンティはとある研究所で廃棄される寸前だった電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルだった。

 研究者や国の上層部が望む性能を発揮できず、人間としての情緒が育ち、扱いに困るようになっていたところで処分命令が下されたのだ。

 完成の見込みが立たない研究に予算を注ぎ込むほど国も財政に余裕があるわけでは無い。

 自分が殺されると思ったシャンティは研究所を逃げ出した。

 その途中で偶然、レヴィが保護したのだ。

 追っ手は当然かかったが、それはレヴィとオッドが協力して研究所ごと叩き潰した。

 研究所を管理していた国の上層部に対しても、シャンティ自身が電脳魔術師サイバーウィズとしての能力を発揮して、個人個人の失態や汚職の証拠を突きつけることにより黙らせることに成功した。

 それ以来、シャンティは運び屋レヴィのサポートメンバーとして彼を支えている。

 レヴィは普通の仕事が出来るように計らおうとしたが、シャンティ自身がそれを拒否した。

 自分が一番役に立てることで恩返しがしたい、そう言ったのだ。

 実験体として嫌なことを思い出すと気遣ったレヴィだが、シャンティ自身は自分の性能をそれなりに楽しんでいるらしい。

 本人が幸せそうならばレヴィが口を出す問題でもないと判断して、好きにやらせることにした。

 そんな理由から、レヴィは電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルの研究に対して好印象を持っていない。

 人間ではない、と言ったマーシャの言葉も許せないと感じている。

「そんな顔をするな。シオンは本当に人間じゃない。概念的な意味じゃなくて、物質的な意味で人間じゃないんだ」

「そうですよ~。あたしは人間の形を模倣しているだけで、体組織そのものは人間とは別の物質で構成されてるです」

 筒の中から喋るシオンの声は明るかった。

 自分のことを道具扱いしているような声ではない。

 きちんと自我を持った一個人の声だった。

「そういうことだ」

 そしてそれに同意するマーシャ。

「そういうことだ……と言われてもな。どう見ても人間じゃないか……」

 シオン本人がそれを認めている所為で強く出ることは出来ないが、それでも何かを言わずにはいられなかった。

「まあ、人間じゃないというだけで、シオンが生命体であることは間違いない。体組織構成に使用している物質については勘弁してもらいたい。説明したところで恐らく理解はしてもらえないだろうし、私もこれに関しては偶然手に入れたものだから、量産は不可能なんだ。だから教えたところで意味が無い」

「………………」

「シオンについての説明だが、彼女は人間の約千倍の処理能力を持っている。これがどういう意味か、そこの少年ならば分かるだろう?」

 かつて電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルであったシャンティに問いかける。

 シャンティはやや声を震わせてから頷いた。

「分かるよ……。つまりそれは、生身の限界を突破した、本当の意味での電脳魔術師サイバーウィズってことだよね……?」

 自分がなれなかったもの。

 自分が期待されていたもの。

 その完成形が、目の前にいる。

 宇宙船の航行管制システムとして。

 シャンティ自身は複雑な気分だったが、それを妬むつもりも、自分自身を否定するつもりも無かった。

 今の自分は電脳魔術師素体サイバーウィズマテリアルではなく、運び屋レヴィの情報収集担当。

 その立場に誇りを持っているのだから。

「その通りだ。つまり、シオンがいれば宇宙船の性能を限りなく引き上げることが出来る。その上少人数での行動にまったく支障が無い。私とシオンの二人がいれば問題なく宇宙を旅することが出来るんだ」

 シャンティの覚悟を感じ取ったマーシャが好ましい笑みを見せてくれた。

「なるほどな。ぶっちゃけ、あんたがいなくてもその船は動くんじゃないのか? 彼女一人がいれば十分、そういう……設計なんじゃないのか?」

 シオンに対して『設計』という言葉を使うのは躊躇われたが、彼女自身が部品であることに誇りを持っているのだとしたら、そうすることが礼儀だと思った。

 その扱いにシオンは満足したようで、にっこりと微笑んだ。

「もちろんあたし一人でもこの『シルバーブラスト』は飛ばせるですよ。でもあたしはこの船のパーツです。だから操縦者が必要なんです」

「そして私が操縦者だ」

 操縦者と管制システム。

 この二人はそれなのだ。

「もちろん通常航行ならあたし一人で十分ですよ。でも高度な操縦技術を持っている人間がいるのといないのとでは、やっぱり行動の範囲がかなり違ってきますよね」

「そりゃそうだ」

 宇宙を知るものとして納得できる理屈だった。

 宇宙は安全な場所ではない。

 人工頭脳の自動操縦任せで航行出来る場所もあれば、操縦者の腕頼みでしか突破できない場所もある。

 軍と衝突している宇宙海賊などは、小惑星帯などを逃げ回るので、それを追う軍の操縦者にもそれ相応の技術が求められていた。

 その中でも『星暴風スターウィンド』と呼ばれたレヴィの腕は抜きん出ていた。

 彼が追い詰め、そして破滅させた宇宙海賊の数は、いちいち数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに輝かしい戦歴だ。

「操縦者があんたで、その他のサポートがそこのお嬢さんなわけで、この船は二人の家ってわけか」

「まあ、その通りだな」

「そこまで高性能なパーツを組み込んで、あんたは一体何をしたいんだ? まさか海賊稼業とか言わないよな?」

「馬鹿なことを言うなよ。何で私がそんなことをしなければならないんだ。他人から奪ってまで手に入れたいものなど、私には何もないぞ」

「まあ一億も簡単に払ってくれるんだからそうだろうな」

「特に何がしたい、というわけじゃないんだ」

「え?」

「さっきも言ったじゃないか。私たちはどこにだって行けるんだ。この腕と、そして船があれば」

「………………」

「私の望みはそれだけだよ。宇宙を旅すること。見たことの無い景色や場所を見ること。この宇宙は果てしなく広い。旅に飽きることはないだろう。シオンも一緒にいてくれるから、一人きりの旅で寂しくなることもない」

「……それだけ、なのか? これだけ高性能な船と、そして彼女を手に入れて、それだけを望むのか?」

 これだけのものがあればもっと別のものを求められるはずなのに。

 地位も、名誉も、金も。

 人間が幸せと感じるあらゆるものを手に入れられるはずなのに。

 終わりなき旅、未来を切り開くこと。

 それだけを彼女は望んでいるというのか。

 その願いのなんと眩しいことか。

 命令や任務でしか宇宙を飛んだことの無いレヴィにとって、その在り方こそが新鮮で、そして輝かしいものに見えた。

「そんなこと、ということでもないだろう。まだ誰も見たことの無い景色を見られるかもしれない。居住可能惑星だって見つかるかもしれない。宇宙開拓は人類最大の夢の一つだろう?」

 それも一つの事実だった。

 宇宙は果てしなく広い。

 だがその中で人間が住むことの出来る星というのはひどく少ない。

 砂漠の中に一粒の黄金を見つけるような確率だ。

 しかし金と資源、そして人材と技術を持つ人々はその奇跡のような確率を掴むことを決して諦めようとはしなかった。

 宇宙船の技術を向上させて、操縦者を育て、操縦技術を向上させ、そして旅立たせ続けている。

 居住可能惑星が見つかるのは十年に一度ぐらいの割合だが、それでも新天地を求める人々の心は止められない。

 それは必ずしも居住可能惑星である必要は無い。

 人類にとって有益な資源のある星ならば、それだけでも十分な利益を見込める。

 そうやって新しい場所、新しい星、新しい利益を追い求める人々は後を絶たない。

 彼らは『星追い人スターウォーカー』と呼ばれている。

「『星追い人スターウォーカー』になるつもりなのか」

「近いけど少し違うな。利益を求めている訳じゃないし。新しい景色を見られればそれで十分だ」

 子供のように無邪気な笑顔で言うマーシャ。

 その笑顔は七年前の少女にそっくりだった。

「そんなに簡単な話でもないだろう。宇宙船の旅は金がかかるんだ。その資金調達の為にも、見つけた星を連合に登録申請するなり、利益を確保するなりする必要があるだろう?」

 居住可能惑星や資源惑星を見つけた星追い人スターウォーカーは、何代にも渡り遊んで暮らせるだけの富を手にすることが出来る。

 また、そんな目的でも無い限り果ての無い旅などやっていられない、というのも事実だった。

「金なら困らない程度には持ってる」

 えっへんと胸を張るマーシャ。

「……それもそうか。だが無限の資金があるわけじゃないだろう?」

 マーシャの支払い能力を考えれば相当に資産を持っていることは想像できるが、それでも積極的に稼ぐことをしなければ、それらは減っていくだけなのだ。

「それは問題ないですよ~。マーシャは天才レベルの投資家ですから~」

 シオンが明るい調子でそう言った。

「あたしを作ってくれた博士にもかなりの報酬を出してますし、この船にもかなりのお金がかかってるですよ。それでもマーシャの全財産の数パーセント程度しか減ってないですです」

「……マジか」

「まあな。天才かどうかは他者の判断基準に任せることになるが、気ままな宇宙旅行を一生楽しめる程度には稼いでいるぞ」

 えっへん、と再び胸を張るマーシャ。

 どれほどのものかは分からないが、どうやら相当なもであるらしい。

「アニキ……」

 シャンティが気弱そうな声で口を出してきた。

 携帯端末を操作して、マーシャの投資家としての情報を引き出したらしい。

「マーシャ・インヴェルクの投資家としての立場なんだけど……」

 恐る恐る口を開いている。

 信じたくない事実がそこにあるらしい。

「推定総資産は七千兆……。彼女自身は『経済界の女王』って呼ばれてる……」

「………………」

「………………」

 横でぎょっとなるオッド。

 そしてため息がさらに深くなるレヴィ。

「ちなみにこれはマーシャが投資家として活動を始めて、わずか二年で稼いだ金額だよ……」

「………………」

 もはや深く考えるのも馬鹿馬鹿しい事実だった。

 それが本当ならば、確かに彼女は天才なのだろう。

 投資家としてそれだけの才能を持ちながら、経済界の覇者になれるだけの実力を持ちながら、それでも宇宙の果てを求めるのだ。

 その情熱は本物であり、その夢は宝物なのだろう。

「まあそういう訳だ。投資ならネットワークを介して出来るから宇宙を旅するのに何の支障も無い」

「……その台詞だと片手間に投資家をやってる、みたいに聞こえるんだが」

 頼むから否定してくれ、と懇願混じりの問いかけだが、

「ん? もちろん片手間だぞ。私の本職はこの船の操縦者だからな」

「………………」

 常識がガリガリと音を立てながら削られていく……。

 そんな心境になってしまうレヴィだった。

 いや、削られていくというレベルでは無い。

 ゲシュタルト崩壊レベルだ。

「才能と言うべきなのかどうか私にも分からないけれど、市場の動きが私には見える。どこに投資をすれば金が増えるのか、それが手に取るように分かるんだ。深く考えなくても、まるで市場そのものが私に訴えかけているような感覚なんだよ。だから投資家として本腰を入れる意味は、私には無いんだ」

「全宇宙で必死になっている投資家に聞かれたらぶっ殺されそうな台詞だな……」

「うん。それは否定しない。だから私も人前でこんなことを言ったりはしないよ」

「だろうな……」

 出来れば俺も聞きたくなかったよ……という台詞は辛うじて飲み込んでおいた。

 マーシャは質問に答えただけであり、その説明をしてくれただけだ。

 その結果、こちらの常識を強制的に破壊されたからと言って、文句を言うのは筋違いだ。

「あの時の誘いは、この船で旅をしよう、という意味か?」

「うん。その通りだ」

「………………」

「まあ、今すぐってわけじゃあない。無理に誘うつもりは無いと言っただろう? 連絡先は教えておくから、気が向いたら声をかけて欲しい」

「………………」

 たった二人で宇宙を旅しようとしている。

 それは、幼い頃から酷い目に遭い続けた彼女が、信頼できる仲間と一緒に旅をしたいという意味でもある。

 誰も信じない。

 すべて敵だ。

 そんな眼をして全てを憎んでいたあの時の少女は、もう過去の存在だ。

 未来を見て、願いを持ち、そして前に進む。

 目の前にいるのはそんな、夢を追う一人前の女性なのだ。

 そんなマーシャが自分と一緒に旅をしたいという。

 それほどまでに慕われるようなことをした覚えは無いはずなのに。

 あの時、ほんの少しだけ手を貸した。

 ただそれだけだったはずだ。

 今の彼女があるのは七年前に気紛れを起こしたレヴィアース・マルグレイトのお陰ではない。

 マーシャ・インヴェルクという少女が全てを乗り越えて掴み取った勝利の形なのだ。

 だったら自分を誘う理由は何だ?

 七年前の恩を返したいだけなら他にも方法があるはずだ。

星暴風スターウィンド』としての腕が欲しいのなら、他に腕のいい戦闘機乗りを雇えばいいだけの話だ。

 レヴィでなければならない理由なんてどこにもない。

 どこにも無いはずなのに。

 どうして彼女は、まっすぐに、期待するような眼で自分を見るのだろう。

 強制はしないといった。

 無理を言うつもりはないと。

 それでも、期待している。

 願っている。

 自分の望みを迷うことなく口にしている。

「あ、もちろん他の仲間も受け入れるつもりだぞ。そこの少年も、そして彼も」

「………………」

「レヴィが信頼している仲間なら、私も同じように信頼出来ると思うからな」

「………………」

 だから、どうして……

「マーシャ!」

 ぐらつくレヴィの迷いを壊すようにシオンが叫んだ。

「スターリット宙域に戦闘艦隊がいます! 数は母艦三! 所属はエミリオン連合軍ですっ!」

「っ! 予想以上に動きが速いな。出るしかないか」

 マーシャが舌打ちしながら言う。

「ですっ! 地上部隊が壊滅したのはもう伝わってる筈ですっ! このままじっとしていると狙撃されてしまうです」

「いや、その可能性は低いだろう。宇宙空間から地上への遠距離狙撃となると威力の問題がある。シオンとこの船を手に入れようとしているのなら、迂闊なことは出来ないはずだ」

「……あたしもそう思いたいですけど」

「そう思いたいが、相手がそれも弁えないほどの馬鹿だったら、という可能性は捨てきれないな」

「です……」

「ふう。やれやれ。もう少しゆっくりしたいところだが、仕方がないな。迎撃するぞ。天弓は使えるか?」

「実戦で使うのは初めてですけど、きちっとやってみせるですよっ!」

 筒の中で頼もしそうに拳を握るシオン。

 やる気に満ちている。

「よし。では『シルバーブラスト』出撃だ!」

「はいですっ!」

 エンジンの回転数が上がっていく。

 ここから飛び立つつもりのようだ。

 マーシャはレヴィ達に振り返って笑いかける。

「済まないがお喋りはここまでだ。これから戦場に行かなければならないからな。急いで降りてくれ。ボートはそのまま乗り捨ててくれて構わない。それから、出来るだけ早く街に戻るといい。この付近にいると巻き添えを食らいかねないからな。……さすがに地上にいる間に攻撃を加えてくるとは考えたくないのだが、権力に振り回される軍人というのは時々信じられない暴挙をかましてくれるからな。ちょっと心配なんだ」

「……仕事はここまでってわけか」

 やや不満そうにマーシャを睨み付けるレヴィ。

 巻き込まないように気を遣ってくれているのは理解できるのだが、ここで放り出すのは薄情ではないかと思ってしまうのだ。

「元々そういう契約だろう。あのトランクを、シオンをこの船に運び込んでくれただけで十分なんだ。その過程で追いかけてくる敵も処理できたし。ここからは私の仕事だ」

 マーシャは悪びれることなく言う。

 それが当然だと態度で示している。

 確かにその通りではあるのだが。

「マーシャ。『あたしたち』の仕事です!」

 シオンが頬を膨らませて反論してくる。

「……そうだった。まだ慣れなくてな。悪かったよ」

「早く慣れて欲しいですです」

「努力する」

「後でもふもふです」

「………………」

 嫌そうな顔で肩を落とすマーシャ。

 緊張感のないやりとりである。

 それでもレヴィは引き下がらない。

「その艦隊の指揮官は?」

「………………」

 答えようとしないマーシャ。

 シオンに視線を向けるレヴィ。

「艦隊指揮官はグレアス・ファルコン准将ですよー」

「シオンっ!」

「別に隠すようなことじゃないです」

「敢えて教えるようなことでもない!」

「……そのあたりの事情はあたしの知るところじゃないですよ。あたしは質問に答えただけです。機密扱いなら最初からそう指示しておくべきです」

「むう……」

 悔しそうに呻くマーシャ。

 シオンの言うことはもっともだった。

 最初から指示していないマーシャに責任がある。

 シオンの所有者としてまだまだ彼女を扱い切れていないマーシャの落ち度だった。

 本人の感覚としては所有者というよりも仲間と考えているのだから、このあたりの手落ちは必然とも言える。

 人間ではないと認識しているが、だからといって仲間ではないということにはならない。

 宇宙船のパーツであると同時に、シオンはマーシャにとって大切な仲間なのだ。

 仲間に対して命令するのは気が進まない。

 もちろん必要に応じて命令することもあるが、それでも必要のない時にまでそんなことをするつもりはない。

「なら、これは俺の因縁でもあるよな」

 レヴィが追い打ちをかける。

「……仕事は完了したはずだ。ここから先は、宇宙に出ることになるんだぞ」

「後戻りは出来ないと言ったのはそっちだろう?」

「それは情報を得ることによって今後狙われてしまう危険性のことだ」

「………………」

 まだ復帰を決意していないレヴィにとって、それがどれだけ酷な仕事なのかをマーシャは理解している。

 強制していいことでも、押しつけていいことでもない。

 レヴィはシオンをここまで運ぶという仕事を果たし、マーシャは報酬を支払い終えた。

 二人の契約は既に終了している筈なのだ。

「俺だって忘れようとしたさ。でもこんな近くにいるんなら、ぶっ殺してやりたいって思うのは当然だろう? 復讐に生きるつもりなんてなかったが、あっちの方からのこのこと顔を出してくれたんだ。借りを返したいって思うのは当然だろう?」

「レヴィはそうかもしれないが、お前の仲間は? 巻き込むつもりか?」

 グレアス・ファルコンへの復讐はレヴィの我が儘だ。

 今を一緒に生きる仲間を巻き込んでいいことじゃない。

 そんな風に責めるマーシャに、レヴィは肩を竦めた。

「心配しなくても二人は街に戻らせるさ」

「お断りします」

「馬鹿は休み休み言ってよね」

「………………」

 巻き込むつもりはないと言おうとしたのだが、すかさずオッドとシャンティが反論した。

 怒っているという程ではないが、それでも置いていくことは許さないという意思表示だ。

「あー……でも、危ないぞ?」

 こうなると二人はてこでも動かないことを知っている。

 こうなる予感もしていたので無駄な説得をしようとは思わない。

 ただ、確認するだけだ。

 宇宙に出る覚悟を問いかけるように。

「愚問ですね。グレアス・ファルコン大佐が……いや、今は准将ですか。彼が出てくるというのなら、俺も無関係ではいられないでしょう。貴方と同じ気持ちですよ、レヴィ」

 オッドが言う。

 確かに、グレアス・ファルコンはレヴィだけではなくオッドにとっても復讐するべき相手だった。

 かつてレヴィと同じ部隊に所属していたオッドは、同じようにグレアスに葬り去られた亡霊の一人なのだから。

「そうは言うが、オッドは操縦があまり得意じゃないだろう? どうするつもりだ?」

「出来ることをやります。俺も砲撃手としてなら役に立てます。やらせてもらえますか?」

 マーシャに問いかけるオッド。

 マーシャはやれやれと肩を竦めてから頷いた。

天弓てんきゅうシステムがあるとはいえ、やっぱり大火力は必要になる。天弓システムを使用している間は、どうしてもミサイルや砲撃の狙いが甘くなるからな。専任の砲撃手がいてくれるなら逆に助かる」

「ですです」

「その天弓というのは?」

「それはお披露目までの秘密だ。驚くぞ」

「………………」

 マーシャが言うなら本当に驚かされそうだ……というよりも度肝を抜かれそうだ、と冷や汗をかくオッド。

 しかし自分の仕事が出来るのならばこの際文句はない。

 そしてシャンティも自分の仕事を見つけていた。

「じゃあ僕は電脳攻略だね。せいぜい向こう側のシステムを攪乱してみせるよ」

 電脳魔術師サイバーウィズとして敵艦隊の管制システムを乱すつもりらしい。

 シオンほどではないが、特化された技術においてはシャンティも十分な戦力となる。

「………………」

 すっかり戦闘に参加するつもりになっているレヴィ達にがっくりとなるマーシャ。

 しかし遙か宇宙から照準を定められている以上、のんびりもしていられない。

「仕方がないな。報酬の相談は後だ。手伝ってくれ」

「もちろんだ。格納庫はどこだ? 戦闘機はもちろん積んであるだろうな?」

 レヴィは戦闘機乗りだ。

 力になるとしたら戦闘機で出撃して遊撃戦力となることだろう。

「……ある。とっておきの特別機エクストラワンがな」

「………………」

「格納庫まで誘導灯で案内するですよ」

 シオンが言うとレヴィも歩き出す。

 三歩だけ進んで振り返ると、マーシャは仏頂面のままだったが、尻尾だけはゆらゆらとゆれていた。

 そわそわしているのか、それとも嬉しくてそうなっているのか。

 どちらにしろ表情よりも分かりやすい。

「なるほどな。確かにその尻尾は隠しておいた方がよさそうだ」

「っ!」

「せっかくの表情筋コントロールも尻尾の動きで台無しだからな」

「~~っ!」

 今度は表情筋のコントロールにも失敗したようで、真っ赤になって狼狽えていた。

 クールで過激でそれでいて心は熱い。

 そんなマーシャの印象を一発で覆してくれるような、可愛らしい少女の姿だった。

 レヴィはぴんと立ったマーシャの耳に唇を寄せてから囁いた。

「『何とかしてやる。任せておけ』」

「っ!」

 見上げると、不適な笑みがそこにある。

 七年前と同じ笑顔で、同じ台詞を言う。

 未熟だったあの頃とは違うのに今はもう、大抵のことは自分の力で切り抜けることが出来るのに。

 それでも縋りたくなってしまう、頼りたくなってしまう、懐かしい姿だった。

 尻尾が揺れる。

 嬉しくて、楽しくて。

 自分が感激していることが分かる。

 その動きを見てレヴィはまた笑う。

 くしゃりとマーシャの黒髪を撫でてから走り出した。

「………………」

 その背中を見送りながら、マーシャも幸せそうに笑っていた。

 我ながら単純で安い女だと思うけれど、それでもどうしようもなく嬉しいのだから仕方がない。

 あの時と同じように自分を助けてくれる。

 そしてあの時と違って、今度は自分も一緒に宇宙を飛ぶことが出来る。

 それはマーシャがずっと夢見ていたことで、状況が物騒ではあってもその夢が一時でも叶おうとしているのだ。

 嬉しくないわけがない。

「任せる。誰よりも、頼りにしている。『星暴風スターウィンド』」

 高揚した精神を押さえようとせず、その熱を動力源にするかのように勢いよく操縦席へとついた。

 操縦桿を握り、弾んだ声で宣言する。

「『シルバーブラスト』、発進するっ!」

 銀色の翼が今、夜天へと駆け抜ける。

 

第四話 七年前の出会い

 

 誘導灯の案内に従いながら格納庫に向かうレヴィは、意識の半分を過去に浸していた。

 あの時の少女を、もう一度助ける為に。

 生き延びてくれたことを感謝して、そして今度こそ最後まで約束を果たすのだ。

 

 七年前――

 レヴィが運び屋ではなく、レヴィアース・マルグレイト大尉と呼ばれていた頃の話だ。

 今も昔も、権力の一元化を好まない人間というのは存在する。

 中央惑星エミリオンは自分達が知る限りの居住可能惑星をその勢力下に取り込もうとしていたし、それを良しとしない者達は断固とした抵抗を続けていた。

 エミリオン連合に加盟することによって物資の安定供給や技術提供、連合軍の庇護を受けることが出来るなど、それなりにメリットは多い。

 しかしその見返りとして、一定レベル以上の情報開示や、政治干渉も受け入れなければならないというデメリットも存在する。

 

 ソーマ星系第二惑星『ジークス』は、内戦の絶えない国だった。

 政府軍と革命軍という組織に分かれて、どちらがジークスの覇権を握るべきかという争いを長い間続けている。

 争いのきっかけはジークス政府がエミリオン連合への加盟を表明したことだ。

 それだけならば革命軍を起こされることもなかった。

 だが、当時のエミリオン連合は亜人の排斥運動を進めていたのが悲劇の始まりだった。

 

 ジークスは人類の宇宙開拓の過程で見つけた星である。

 しかしそこには人間以外の先住種族が存在した。

 それは決して珍しいことではない。

 居住可能惑星なのだから、人間以外の生命体が存在するのはむしろ当然のことだ。

 動物や虫だけではなく、人間によく似た知的生命体が存在する可能性もゼロではない。

 ジークスに住んでいた先住種族は人間の身体に動物の耳や尻尾という特徴を持つ亜人だった。

 それらの数は決して多くなく、土地には余裕があった。

 人類は亜人と相互不可侵条約を結び、その星で共生することを選んだ。

 彼らはお互いに深く関わろうとはせず、それぞれの住処で静かに暮らしていた。

 人間とよく似ていても、亜人は人間とは違う生き物である。

 野生動物の因子を受け継いでいる為、人間よりも優れた身体能力を持ち、寿命も人間の約二倍、百五十年ほどだ。

 人間とよく似ていても、決して人間ではない。

 その気になれば素手で自分の首を捻り切ることが出来る。

 そんな生き物を近くに侍らせようとする人間は滅多にいない。

 しかし彼らはこの星の先住種族である。

 自分たちは後からこの星に住まわせてもらったに過ぎない。

 だから彼らのことは最低限、尊重しなければならない。

 人類がジークスに降り立ってからおよそ百年。

 彼らは争うことなくうまくやっていた。

 お互いが積極的に関わることはなかったが、ごく稀に人間と亜人が結ばれることもあった。

 そんな風に細い繋がりを維持しながら、二つの種族が生きてきたのだ。

 それはこれからも続くはずだった。

 エミリオン連合が干渉してこなければ。

 

 惑星人口の三分の一を占める亜人を残らず排除すること。

 それがエミリオン連合が密かに提示してきた加入条件だった。

 殺すか、それとも追放するか、幽閉するか。

 どちらにしても先住種族である亜人が理不尽な扱いを受けることは確定していた。

 エミリオン連合に加入したいと考えていたジークス政府は亜人の扱いに頭を悩ませていた。

 排斥運動が続き、亜人の迫害が目立つようになる。

 エミリオン連合の技術供与と交易が目的であるジークスの人間にとって、亜人は既に排除するべき異物だったのだ。

 しかしそこで黙っているような亜人ではなかった。

 もとより人間よりも身体能力も生命力も優れた種族なのだ。

 本気で敵対すれば数で劣る亜人も十分に脅威だった。

 亜人を中心とした革命軍が編成され、ジークスはすぐに内戦状態となった。

 しがらみや命令系統に縛られる政府軍と違い、自由意思の集った革命軍はフットワークの軽さを活かして政府軍の拠点を次々と破壊していった。

 共存を選んだ亜人達は逆に人間を排除しようとしたのだ。

 ここは亜人の故郷であり、人間達は後から住み着いた客人に過ぎない。

 その事実を弁えずに自分たちの欲望のままに振る舞うのなら、それ相応の報いを受けさせてやろうという亜人の決意でもあった。

 内戦は六年も続き、両者は疲弊しきっていた。

 人数で勝る人間はエミリオン連合より密かに渡された最新兵器を駆使して亜人を攻撃する。

 亜人はその身体能力を活かして正面から人間へと斬り込んでいく。

 科学技術よりも自らの身体の強さを信じていた亜人は、ほとんど原始的な戦いをしていた。

 剣やナイフ、銃程度なら扱っていたが、ミサイルや戦闘機など、局地破壊が可能な兵器を使おうとはしなかった。

 しかし人間達はそれらを躊躇なく使い、亜人の拠点を次々と壊滅させていく。

 泥沼の争いが続く中、政府軍が壊滅寸前に追い込まれた段階でエミリオン連合軍が介入することになった。

 もっと前の段階から救助要請は来ていたが、政府中枢をほとんど壊滅させた後の方が連合としてはその後の干渉がしやすいと判断したのだろう。

 反吐の出るような汚さだが、当時のレヴィアースはそれを非難する立場にはない。

 命令に従うだけの軍人だったので、壊滅寸前の政府軍を救助する為に、惑星ジークスへと降り立ったのだ。

 

 レヴィアース達が突入したのは政庁だった。

 遊撃部隊が突入してしまった後で、人間も亜人も死体ばかりが転がっている。

 レヴィアース達は処理後の確認、いわば残敵掃討の為に派遣されたので、戦闘はほとんどないだろうと踏んでいた。

 元々は本職の戦闘機乗りであるレヴィは、建物内の突入、つまり生身の近接格闘はあまり得意ではない。

 しかし命令は命令なので周辺警戒を怠らないまま歩き続ける。

 部下と二人のツーマンセル任務だ。

「どこもかしこも死体だらけだな」

 嫌そうにぼやくレヴィアース。

「そうですね。子供の死体も多い……」

 隣を歩くのはオッド・スフィーラ。

 当時はレヴィアースの部下だった。

 レヴィアースの階級は大尉、オッドの階級は准尉であり、二人は宇宙の任務でもツーマンセルで動くことが多かった。

 操縦技術ではレヴィアースに遠く及ばないものの、相性がよく、次にどう動けばいいのかを察してくれるので、レヴィアース自身は彼を重宝している。

 オッド自身は危なくなった時は絶妙のタイミングでフォローしてくれるレヴィアースに深く感謝の念を抱き、地上任務の時は自分が庇うのだと密かに決意している。

 二人はそれなりの信頼関係を築いた上司と部下だった。

「そうだな……しかも子供の方はほとんど亜人か?」

 血に濡れた獣の耳や尻尾。

 千切れたものもあり、痛々しかった。

「まさか革命軍のほとんどが亜人の子供だったのか?」

 レヴィアースが不快そうに吐き捨てる。

 亜人排斥という連合加盟条件も納得がいかないが、こんな子供にまで容赦なく手をかける連合のやり方も気に入らなかった。

 彼らが一体何をしたというのだろう。

 この星で、うまく棲み分けを行っていたではないか。

 亜人は人間の脅威にはならなかったはずだ。

 だったら、そっとしておけばいいのに。

 そう思わずにはいられない。

「詳しいことは俺にも分かりません。ただ、この建物内で生き残っている人はもういないでしょうね。亜人にしろ、人間にしろ」

「………………」

「俺達は軍人です。手足であり、頭ではないんです。考えても無駄なことは考えない方がいいと思いますよ」

「……分かってる」

 オッドの意見は正しい。

 上の命令に従うだけの手足、末端に過ぎないレヴィアース達が何を考えたところで、どこにも影響など与えられはしない。

 それでもやりきれない気持ちが消えるわけではない。

「それにしても政府軍からの救援要請だったんだろう? 要人のほとんどが死んでるんじゃないか? これ」

 レヴィアースがぼやくとオッドも同意して頷いた。

「でしょうね。元より意図的に遅らせた救援ですから、政府要人が死んでいる方が都合がいいんでしょう」

「そうやって都合の悪い奴らを排除して自分たちが救世主面で支配するってわけか。所属しておいて何だが、連合っていうのは悪辣に過ぎるよな」

「やめてください。どこで誰に聞かれているか分からないんですよ」

 遠慮のないレヴィアースの言葉を諫めるオッドも、否定しないあたり同じことを考えているらしい。

「好きで所属している訳じゃねえよ」

「そうなんですか?」

「ああ。学校卒業して、二年だけ兵役をこなすだけのつもりだったんだ」

「……兵役があったんですか?」

「あったぞ。俺はホルン出身だからな」

「それはまた……」

 セントラル星系第六惑星『ホルン』。

 エミリオン連合の影響を深く受けている国家であり、国民は障害がある場合を除き、学校卒業後に兵役に就くことになる。

 二年間の兵役を経てから一般の就職活動を行うのが常だった。

 レヴィアースは宇宙船関連の仕事に就きたかったので、操縦課程のある専門学校に通っていた。

 優秀な成績で卒業し、卒業後はホルン守備軍へと配属された。

 様々な適性を試され、大型宇宙船よりも小型戦闘機操縦者としての才能を見い出され、兵役中にエミリオン連合軍から引き抜きの声がかかった。

 連合軍からの辞令では拒否権など存在しない。

 二年後には一般企業に就職するはずだったレヴィアースは、そのままエミリオン連合軍第七艦隊所属の戦闘機乗りとして生きることになったのだ。

 軍人として五年の歳月を過ごしてきたが、あまり居心地がいいとは言えなかった。

 軍の空気というのはどうにも肌に合わない。

 それでも戦闘機に乗って宇宙を飛ぶのは楽しかった。

 思うままに機体を操る時の爽快感は何物にも代えがたかった。

 嫌々ながら軍人を続けているレヴィアースにとって、戦闘機に乗って宇宙を飛んでいる時だけが喜びと言える瞬間だった。

 この頃にはその腕に敬意を表して『星暴風スターウィンド』という異名で呼ばれるようになっていたが、レヴィアースにはどうでもいいことだった。

 主な任務は宇宙海賊の殲滅だったが、次々と功績を挙げていったレヴィアースはいつの間にか大尉の階級を手に入れていた。

 キャリア組ではなく一般入隊でこの出世は異常な速度と言えるだろう。

 オッドの方はキャリア組だが、それでもレヴィアースには追いつけていない。

 年齢がほとんど変わらないので悔しく感じてもいいはずだが、あるのはただただ尊敬の念だけである。

 近々また昇進が行われるという噂もあり、レヴィアースが『少佐』と呼ばれる日もそう遠くないだろうとオッドは思っている。

 そんなトップエリート顔負けの軍人であるレヴィアースが、まさか嫌々軍人になったなどとは今日この時まで予想もしていなかった。

 連合の影響を強く受けている惑星ホルンの出身ならば仕方がないが、それでもレヴィアースの身の上が少しだけ哀れに思えてしまう。

 本当ならもっとやりたいことがあったのではないか。

 叶えたい夢があったのではないか。

 それを諦めてまでこんな仕事をさせられているのだとしたら、それは何という理不尽なのだろう。

「退役したいのは山々なんだけど、ここまで立場が固まっちまうと簡単じゃないんだよな。ホルン本国もうるさいし」

「でしょうね……」

 色々と大変な身の上のようだ。

「いっそのこと夜逃げでもしちまうか、とか思わなくもないが……」

「それはやめておいた方が……」

「だろうなぁ……」

 連合軍はそこまで無能ではない。

 逃げ出したところですぐに追っ手がかかり、居場所を突き止められてしまうだろう。

 連合軍艦隊にとって『星暴風スターウィンド』は手放すわけにはいかない貴重な駒なのだ。

 簡単に逃がしてもらえる訳がない。

「それに貴方が嫌々軍人になったのだとしても、俺にとって尊敬できる上官であることに変わりはありませんから」

「そりゃどうも」

 などという過去話や世間話を続けながら適当に歩いて行く。

 どうせ確認の任務だ。

 気の進まない仕事、つまりは生き残りの虐殺などという事態にはならないだろうと甘く見ていた。

 探知機にも生命反応はないし、見回りだけで終わらせることが出来そうだ。

 正直なところほっとしていた。

 もしも誰か生き残りがいれば、それも亜人の生き残りがいれば、レヴィアース達は子供を殺さなければならないのだから。

 それは気が進まなかった。

 このまま何事もなければ母艦に戻ることが出来る。

 そうすれば適当に食事をして、この胸糞悪い任務のことを忘れて眠ってしまおう。

 レヴィアースはそう考えていた。

 そう考えていたのに、事態はそれを許さなかった。

「大尉」

「………………」

 オッドがめざとく見つけたのは地下への隠し通路だった。

 壁の隙間にあるわずかな違和感から隠し扉を見つけてしまい、地下へと続く階段が開かれたのだ。

「……どうします?」

 レヴィアースを伺うオッド。

 探知機は地下の生命反応まではカバーしていない。

 もしも生き残りがいるのなら、調べる必要がある。

「この通路はまだ誰も発見していない……よな……?」

「ええ。俺達が初めてだと思います。本部に報告すれば増員を要請できますが」

「………………」

 この下はまだ誰も調べていない。

 つまり、調べようとするなら何が起こるか分からないということでもある。

 増員の要請は適切な判断のはずだ。

 しかし、それは躊躇われた。

「いや。報告はしなくていい。俺達だけで調べよう。中に入ったら隠し扉の痕跡も消しておけ」

「しかし……」

「命令だ」

「………………」

 オッドはしばし逡巡してから頷いた。

 上からの命令に背くことになっても、オッド自身が認めた上官はレヴィアースなのだ。

 ならばその命令に従う。

 レヴィアースとオッドは薄暗い階段を降りていく。

 明かりはなく、自前の懐中電灯でその先に進んでいく。

「一体何があるんだ、この先に……」

「さあ。どちらにしろロクなものじゃないでしょうね」

「同感だ」

 階段を降りていくと、今度は細い通路があった。

 緩やかなカーブを描く通路を進んでいき、そして急に広い空間へと出た。

 天井には光を取り入れる為のガラスがあり、暗い地下を照らしていた。

 白い空間の所々に見られる赤黒い痕は恐らく血痕だろう。

「………………」

 レヴィアースは黙り込んだままそこを見渡す。

 自分が今立っている場所には椅子が並んでいる。

 ぐるりと囲むように並べられた椅子はそれほど多くなく、椅子そのものの作りも豪華だった。

 そしてそこから見下ろした場所には円形の闘技場がある。

「ここで何が行われていたのかなんて……考えたくもないな……」

「同感です。幸い、誰もいないようですが」

 苦い表情で答えるオッド。

 レヴィアースも忌々しげに舌打ちをした。

「上にいた亜人の子供達の死体は恐らく……」

「だろうな……」

 逃げてきたのか、それとも人間達に盾に使われたのか。

 どちらにしろここに少なくない亜人の子供達が軟禁され、そして闘技場の見世物にされていたことは確かのようだ。

「まったく。ジークスってのはロクな国家じゃねえな」

「二度と降りたくはありませんね」

「こんな任務は二度と御免だぜ」

「はい」

 などと喋りながら一応は場所のチェックを行う。

 万が一生き残りがいた場合は保護するか、それとも殺すか。

 レヴィアースはまだ決めかねていた。

 本部へ報告しなかったのもそれが理由だ。

 もしも助けられるのなら助けたい。

 それが命令違反だとしても知ったことか。

「…………?」

 歩いて行くと、妙な感覚に襲われた。

「どうかしましたか?」

 それに気づかないオッドは首を傾げる。

「いや……」

 妙な感覚を感じたのは一瞬だけだ。

 誰かが潜んでいるのかと思ったが、恐らくは気のせいだろう、と思った。

 そうして再び進み出した時、黒い影が壁の向こうから現れた。

「っ!」

 小さな影は亜人の子供だった。

 黒い髪の毛、黒い獣の耳、そして黒い尻尾。

 ぼろぼろの服を着せられたその子供は、両手両足を鎖で繋がれていた。

 十二歳ぐらいの少女は、いきなりレヴィアースへと突進してきたのだ。

「ちょっと待てっ! うわっ!」

 近接格闘能力はそこまで高くないレヴィアースだが、それでも十二歳の子供、しかも少女に後れを取るほどレベルが低いわけではない。

 しかしその少女は子供に似合わないスピードで襲いかかってくる。

 手枷足枷はそれなりの重さがあるだろうに、その重圧を感じさせないほどその動きは軽やかだった。

「お、落ち着けって!」

「………………」

 少女は無言で殴りかかってくる。

「っ! ~~っ!」

 とても話を聞いてもらえる状態ではない。

 まずは落ち着かせるのが先だと判断したレヴィアースは多少手荒になることを覚悟して少女に攻撃を加えようとした。

 しかしなるべくダメージを少なくしようと繰り出した拳を、少女は正面から受け止める。

「なっ!?」

 そしてそのまま力ずくでレヴィアースを引き倒した。

「嘘だろっ!?」

 レヴィアースは軍人だ。

 それなりに身体を鍛えている。

 力だって普通の人間よりも強い。

 それなのに、自分の身長の半分程度しかない少女に正面から力負けしているのだ。

 これはとびきりの悪夢だった。

 少女は獣のような眼でレヴィアースにとどめを刺そうとする。

「大尉っ!」

 オッド叫んで少女に向かって銃を向けた。

 脅しではない。

 次の瞬間には撃っていた。

「あっ!」

 レーザーガンの光は少女の肩を貫通した。

「うっ……」

 レヴィアースの上でよろめく少女に接近したオッドはそのまま蹴り飛ばした。

「ーーっ!」

 小柄な少女は木の葉のように飛ばされてしまう。

「お、おい! 相手は子供だぞ!」

 そのあまりの容赦のなさにオッドを非難してしまうレヴィアースだが、オッドはそれを斟酌したりしなかった。

「ただの子供じゃありません。訓練された軍人を正面から倒す戦闘能力を持った子供です。手加減していたらこちらがやられます」

「………………」

 その通りだった。

 正規の訓練は受けていないのだろうが、恐らくこの少女は驚異的な戦闘能力を持っている。

 この闘技場で見世物にされていた子供の一人だとすれば、年齢に見合わない実戦経験を持っているだろう。

 その少女が殺意を持ってこちらに襲いかかってきているのだ。

 確かに手加減をしている場合ではない。

 それは分かっているのだが……

「う……うぅ……」

 よろよろと起き上がる少女を見ていると、脅威どころかとても弱々しい、哀れで儚い存在に見えてしまうのだから仕方がない。

 殺されかけた身ではあるが、それでも少女をこれ以上攻撃しようという気にはなれなかった。