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羽田空港の国際線出発ロビーは、ビジネス客やツアー客の団体で混雑していた。
壁にかけられた大型ディスプレイにはニュース番組が映っていて、女性アナウンサーが爆破されたパシフィック・ブイの続報を伝えている。
『……にある〈パシフィック・ブイ〉の復旧を断念し、世界中の防犯カメラを繋ぐインターポールの施設は、日本以外の国に置くことになると発表しました』
灰原は海外に出発する直美の見送りに来ていた。
ディスプレイを見た灰原は、同じニュース番組で先日、マリオ・アルジェント議員の意識が戻ったと告げていたのを思い出した。
「行くのね、新たなパシフィック・ブイに。今度はどこの国?」
灰原がたずねると、向かい合った直美は申し訳なさそうな顔をして膝をつき、目線を合わせた。
「ごめんね。話しちゃいけないの」
「そうよね」
灰原が素直に納得すると、直美はいきなり灰原を抱きしめた。
「ごめんなさい!」
「……いいわよ。言っちゃいけない決まりなんでしょ」
少々面食らった灰原が言うと、直美は灰原の頭の横でゆっくりと目を開けた。
「……子供の言葉や行動で、人生が変わることもある」
「え?」
「あれ、本当ね」
直美はそう言うと、灰原から体を離した。
「今のあなたのおかげで、これからの私がある。ありがとう」
灰原の頬に優しく触れた直美は、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ行くね」
「ええ」
直美は小さめのスーツケースを持ち、保安検査場へと歩き出した。
灰原がその後ろ姿を見送ると、直美は数歩歩いたところですっと立ち止まった。灰原の方を振り返る。
「また会えて嬉しかったわ。……志保」
そう言って微笑む直美の顔が、アメリカでいじめから助けた少女と重なって見えた。
灰原は保安検査場へ入っていく直美をいつまでも見送った。
灰原と一緒に空港に来ていたコナンは、出発ロビーの片隅で阿笠博士と並んで立っていた。直美を見送る灰原に目を向けながら、帰りのフェリーで安室から電話がかかってきたことを思い出す。
* * *
「え! ベルモットが!?」
『ああ。おそらくベルモットがいろんなシェリーに化けて、各地の防犯カメラにその姿を残したんだ。どの人物の指先にも同じネイルが塗られていたからわかった。おかげで組織は老若認証への興味をなくしたよ』
「でも、どうしてベルモットが……」
『さあね。君なら心当たりがあると思ったんだけどな。ちなみにピンガという組織のメンバーが帰還せずに消息を絶ったらしいけど……君は何か知ってるかい?』
「……さあ?」
* * *
(あの後、奴等の動きがねぇなと思ってたけど……やっぱりあの潜水艦の爆発に巻き込まれて……)
コナンが考え込んでいると、
「どうしたの?」
歩み寄ってきた灰原が声をかけた。
「……あ、いや別に」
コナンは軽く首を横に振った。
「じゃあ腹ごしらえでもして帰るとするかの」
阿笠博士がレストラン街の方を指差すと、
「揚げ物はダメよ」
灰原がすかさず釘を刺した。
「アゲアゲ、哀君の愛は手厳しいの~」
「当たり前じゃない。隠れて食べてるの知ってるんだから!」
「ええー…」
苦笑いする阿笠博士の後ろを、コナンもやれやれと笑いながら灰原と一緒についていく。
三人がレストラン街の方へ歩いていくのを、上の階から見ている人物がいた。米花百貨店で灰原が整理券を譲った老婦人だ。
やがて着物姿の老婦人はエレベータに向かって歩き出した。歩みが速くなったかと思うと、顔に手をかけて変装マスクを一気に剥がした。結っていたプラチナブロンドの長い髪が宙を舞い、ベルモットの美しい素顔が現れる。
エレベータの扉が開いて、ベルモットは乗り込んだ。扉の方を向いて、静かにほほ笑む。
(助けたワケ? それを探るのがあなたの仕事でしょ? シルバーブレット君)
ベルモットの着物の帯を結んだ帯締めには、『フサエキャンベル』の限定ブローチがついていて、ブローチにあしらわれたダイヤモンドが美しい煌めきを放っていた。