9
コナンたちがパシフィック・ブイに着いた頃には完全に陽が落ちて、船着き場は明かりが灯っていた。
船着き場では、小五郎、黒田、佐藤が待っていた。
「それにしても、まさかこのボウズの言うとおり、ホントに潜水艦がいたなんて……」
エントランスに向かう途中で、小五郎がまだ信じられないといった表情でつぶやくと、
「海上自衛隊の出動を政府に要請した」
黒田がコナンたちに告げた。
「さぁ、医務室に向かいましょう」
佐藤は毛布にくるまった直美と灰原、コナンを医務室へ連れていった。
医務室には四台のベッドが置かれていて、コナンと灰原は一番奥のベッドに並んで腰かけた。
「寒かったでしょう。着替えと温まるものを用意するわね」
「あ、手伝います」
佐藤と直美が揃って医務室を出て行く。ドアが閉じたのを確認してから、コナンは灰原に話しかけた。
「さらわれたときの状況は覚えてるか?」
「ええ。エーテルで眠らされたわ」
灰原はそう言うと、かけていたメガネを外して太ももの上に置いた。そして両手で目をごしごしと擦る。
「エーテル?」
「それをベースにピンガが作った麻酔薬だと思う」
灰原の言葉を聞いて、コナンはレオンハルトの口元からしたニオイを思い出した。
「シンナーみたいなニオイするか?」
「ああ……まぁ、似てるわね」
レオンハルトの口元からしたニオイはエーテルだと、コナンは確信した。
(だとすると、レオンハルトさんは死亡する前に眠らされていた……)
「他には何か聞いてないか?」
コナンにきかれて、灰原はメガネを掛けて天井を仰いだ。
〝ピンガの奴、計画にない行動しやがって……〟
直美がどこかへ連れていかれたときに、ウォッカがぼやいた言葉を思い出す。
「なんか……計画にない行動について怒ってた」
「計画にない行動?」
コナンは顎に手を当てて考えた。
ピンガが犯した計画にない『行動』──思案を巡らせたコナンの頭に、二文字の言葉が浮かぶ。
「計画にない……『殺人』……?」
そのとき、医務室のドアが開いた。紙コップを持った佐藤と直美が入ってくる。
「お待たせ。はい、どうぞ」
佐藤は温かい紅茶が入った紙コップを灰原に差し出した。
「ありがとう」
「着替え、ここに置くわね」
灰原の着替えをベッドに置く佐藤のそばで、コナンは紙コップのフタを外して熱い紅茶に息を吹きかけた。
「おいしい」
コナンの前に置いた丸椅子に座った直美は、両手で持った紙コップに口をつけて紅茶を飲んだ。そして、紙コップの縁を親指でそっと拭う。
その一連の動作を、コナンは何げなく見ていた。
その瞬間、コナンの頭の中で無関係にバラバラに散らばっていたものが、一本の筋で繋がる──。
「……そうか。そういうことか……!」
全ての謎が解けたコナンは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「灰原。ここで待ってろ!」
持っていた紙コップを丸椅子にタンッと置いて、ベッドに立てかけたスケボーを脇に抱えて駆け出す。
「ぜってェなんとかしてやっからよ!!」
「ちょっとコナン君!?」
佐藤の声かけを無視して、コナンは医務室から走り出て行った。
(……ったく)
コナンの後ろ姿を見送った灰原は、静かに微笑んだ。
(待たせるの好きよねぇ……新一君)
メインルームには、医務室にいる佐藤達を除いた一同が集まっていた。
巨大モニターのそばで、黒田と白鳥はプリントアウトした紙を牧野に見せた。
「これは?」
「レオンハルトさんの血液検査結果です」
黒田が言うと、牧野はピクリと眉を上げた。
「……それで?」
「強アルカリ系の毒物が検出されています」
「多分、洗剤か何かだろうと言っていた」
短い階段を上がったところにある牧野のデスクの前で、小五郎と蘭は並んで立っていた。小五郎は真面目な顔をして黒田達の話を聞いている。
「だから口がただれてたんだな。やはり……ふにゃあぁッ!」
二人の背後にある階段から駆け下りてきたコナンが、腕時計型麻酔銃を撃った。
麻酔針が首に命中した小五郎は、倒れるように階段を後ろ向きに下りて、床でぐるりと一回転した。回転した勢いで立ち上がった小五郎は後ろにたたらを踏み、倒れそうになったところに、近くにいた阿笠博士がすばやく椅子を差し向ける。
ドスンと勢いよく椅子に腰を下ろした小五郎は、開いた膝の上に肘をついて深くうつむいた。まるで眠っているようないつものポーズに、
「なにぃッ!?」
「こ、これは、眠りの小五郎!!」
目暮とエドが目を丸くする。
コナンはすばやく牧野のデスクに隠れて、蝶ネクタイ型変声機を口に当てた。
「えー、皆さん。やはり直美さんの拉致を手引きし、哀君をさらい、レオンハルトさんを殺害した犯人がこの中にいます」
コナンが小五郎の声で言うと、一同は騒然となった。牧野が眉をひそめる。
「彼は自殺では……?」
「いえ。麻酔薬で眠らされた後、毒物で殺害されたのです」
「なんでそんな回りくどい方法を……」
医務室からやってきた佐藤が階段を下りて、首を傾げる目暮の背後に立った。警察一同はもちろん、グレースやエドを含めたメインルームにいる職員全員が、小五郎に注目している。
「今回の殺害は計画的ではなく、突発的犯行だったからです。だから、哀君を拉致したときに使ったのと同じ麻酔薬を使うしかなかった」
そこまで言うと、コナンは牧野のデスクからひょいと姿を現した。
「エーテルのニオイのする薬だよね」
と言ってすぐに引っ込み、再び蝶ネクタイ型変声機を口に当てる。
「ああ。そのニオイをごまかすために、遺体をコーヒーまみれにしたんです」
「……しかし、あの映像は?」
白鳥が一歩前に出て、たずねた。カフェの監視カメラ映像では、レオンハルトが自ら毒薬らしきものを口にしてコーヒーを飲み、苦しみ出して倒れたのだ。
「自殺に偽装するための『ディープフェイク』です」
「ええっ!?」「あれが!?」
一同が驚く中で、蘭だけがきょとんとする。
「ディープフェイク?」
「簡単に言うと、ニセ動画のことよ」
佐藤が教えると、蘭は「えっ、ウソ!?」と目を丸くして小五郎の方を向いた。
レオンハルトの自殺映像がディープフェイクだと聞いて、黒田はすぐに合点がいったようだった。
「なるほど。だからカフェなのか」
「ええ。個室には監視カメラがありませんから、定例となっているカフェの清掃時間を利用したんです」
「だが実際には清掃は行われていない、ということか」
黒田の言葉に、コナンは小五郎の声で「はい」と答えた。
「キャンセルの連絡を入れているはずです。そして犯人はその後、直美さん拉致と同様に清掃カートに眠らせたレオンハルトさんを入れて清掃員の姿でカフェに行き、清掃中のプレートを入り口前に置いて誰も入れないようにした。もちろん監視カメラはループ映像にしてね。そこで犯人はレオンハルトさんに毒薬を飲ませて殺害。おそらく犯人は、レオンハルトさんが息絶えるまでその場にいたはずです。死にざまを観察するためにね」
「ひどい……」
蘭は思わず口元を押さえた。その場にいる一同全員が、険しい顔をして小五郎の推理を聞いている。
「先に映像を作ってしまうと、どんな死に方をされるかわからないですからね。その後、犯人はレオンハルトさんに似た服に着替え、毒薬に苦しむ芝居をしたんです。テーブルに隠れるように倒れたのは、実際のカフェにある監視カメラの映像とリアルタイムで切り替えるときに、齟齬が生じないようにするためです」
「似た服っていうのは……?」
白鳥がたずねる。
「ああ、何しろこの映像は、顔だけがCGで体は犯人ですから」
「なんだって!?」
目暮をはじめ一同が騒然となった。そして、誰もが巨大モニターに映されたレオンハルトの映像を注視する。
「体までCGで作るには時間が足りなかったんでしょう」
「しかし、どうやってそんなことを……」
映像を見ながら、白鳥は信じられないといった顔でつぶやいた。
「直美さんが開発した『老若認証』の技術を使ったんです」
コナンが小五郎の声で答えると、巨大モニターを見ていた黒田は小五郎の方に顔を向けた。
「CGで顔を作る技術か。職員のデータなら事前に取っていた可能性も高いな」
「しかし毛利君」
目暮が一歩前に出た。
「ワシには本物にしか見えん。これがニセ動画だっていう根拠は……」
「私が初めにこの映像を見たとき、強い違和感を覚えました」
「違和感?」
「彼の手元をよく見てください」
一同は巨大モニターを見上げた。
映像の中で、レオンハルトはコーヒーの紙コップを持ってカフェ内を歩いた。ふと立ち止まり、毒薬らしきものを口に含むと続けてコーヒーを飲む。そして紙コップの縁を親指で拭う──。
「あっ!」
最初に声を上げたのは、蘭だった。
「あれって……」
そばにいた佐藤がつぶやき、二人は顔を見合わせてうなずいた。
「口紅をしている女性特有のしぐさ。お母さんもよくやってた」
「そうなんです。このコップの縁を拭くしぐさ。あなたはここでよくそうしてましたよね……グレースさん!」
うつむいて目を伏せていたグレースは、名前を呼ばれて、メガネの奥で目を開いた。
コナンは、グレースがコーヒーを飲んだときに紙コップの縁を親指で拭っていたのを思い出していた。
「きっとそのしぐさが癖になっていたんでしょう。女性であろうとするあまりに……」
「女性であろうとした?」
白鳥はその言葉に引っかかった。
「ええ。私の勘が正しければ、この人はおそらく女性ではないと思いますよ」
「!!」
その場にいた一同が驚愕して、グレースに視線を向けた。パンツスーツ姿にスカーフを首元に巻いたグレースは、不満顔で腰に手を当てている。
「反論しないということは、やはりあなたは……」
「驚いて声が出ないのよ!」
グレースは髪をかき上げながら言った。
「女じゃないなんて言われると思ってなかっ──」
「コナンから聞いたんだが、蘭」
コナンは小五郎の声でグレースの言葉を遮った。
「哀君を拉致した二人組の一人は、お前の蹴りで首を負傷してるとか」
「……あ、うん」
蘭は駐車場で犯人の一人に回し蹴りを放ったことを思い出した。首にヒットして、犯人は車の屋根に吹っ飛んだ──。
「何を……ッ!」
突然、グレースが声を上げて、蘭は顔を上げた。黒田がグレースの首に巻いたスカーフを剥ぎ取ったのだ。
「そのアザ……!!」
スカーフを取られてあらわになったグレースの首には、青いアザがあった。
「て、てか、喉仏がある、まじかよ!!」
エドに指されたグレースは、ごくりと喉仏を動かした。フッフッフ……と小さな笑い声を上げながら、メガネを外して投げ捨て、カツラをつかみ取る。
カツラの下から現れたのは、コーンロウに編み上げられた髪だった。
コーンロウの男──ピンガは堂々とした態度でその顔をさらけ出した。
「誰だ」「何者だ」と周囲がざわつく。コナンはデスクの陰からピンガをじっと見つめた。
目暮がピンガに一歩近づく。
「コーンロウの男……フランクフルトの施設に侵入したのもお前か?」
「ああ」
「そのとき、ユーロポールの職員に見つかったワケか……」
背後に迫った黒田に言われて、ピンガは体の向きを変えながら右耳につけたピアスを左耳につけ替えた。
「帰ったはずだったんだが、間の悪い女だよな」
「レオンハルトさんを殺害した動機は?」
黒田がたずねると、ピンガはゆらりと振り返った。
「……予定外の拉致のせいでな。防犯カメラ映像を改ざんする必要が出てきた。仮で処理した後、完全に痕跡を消そうとしたんだが、あのガキが追究したおかげで、レオンハルトが痕跡に勘づきやがったんだ。だが、改ざんした記録は消した。俺がやった証拠はない。あとはレオンハルトさえ消せば万事うまくいくはずだったんだがな」
牧野のデスクに隠れていたコナンは、悔しげに話すピンガの右手の袖からスマホが出てくるのを見た。ピンガは腕を下げたまま、袖の下でスマホの画面をすばやくタタタとタップする。
次の瞬間、ピンガは走り出した。短い階段を駆け上がり、最上部にある出入り口へ向かう。
「逃すな!」
黒田が叫ぶと同時に、佐藤、白鳥、目暮が走り出した。
短い階段を駆け上ったピンガは、そばにいた職員達を突き飛ばし、デスクに飛び乗った。さらにジャンプして、出入り口へ続く鉄骨階段の手すりに飛び乗る。踊り場を回り込んでさらに階段を上がると、先回りした蘭が拳を握って飛びかかってきた──!
「ハアァァァ──!!」
ピンガはとっさに側転でかわした。
「またお前か!」
踊り場に着地した蘭はすぐに立ち上がり、手すりを飛び越えてピンガを追う。
「おらっ!」
ピンガが持っていたカツラを投げつけた。手すりを飛び越えた蘭はカツラをよけ、ダッシュした。その瞬間、
「!?」
ナイフが飛んできた。ギリギリでかわした蘭に、ピンガが側転蹴りを繰り出す。腕で防いだ蘭の体が後ろに吹き飛び、手すりを越えて落ちていく──!
「きゃあああー!」
コナンは全力で駆け出した。だが間に合わない……!!
コナンや阿笠博士より早く落下地点にたどり着いたのは、黒田だった。腕を差し出して、蘭を抱き止める。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
黒田は抱きかかえていた蘭をゆっくりと床に下ろした。
「右の正拳を出した後、体が左に流れる癖がある。気をつけなさい」
「は、はい……!!」
コナンは手を差し出したまま立ち止まっていた。隣で阿笠博士も同じポーズをしている。その後ろで、小五郎が椅子から床へ倒れ落ちた。
コナンは差し出した自分の小さな手を見た。この体では間に合ったとしても抱き止めることなんてできやしない──。
「どこに行くつもりなんだ」
牧野の声がして、コナンは振り返った。
「逃げられるわけがない」
自分のデスクについた牧野が、パシフィック・ブイの監視カメラ映像をチェックしている。
映像の中で、コントロールルームを走り出たピンガは、その先の丁字路を右に曲がった。
「右に曲がったぞ!」
「了解!」
コントロールルームを飛び出した白鳥は、通路を走った。目暮と佐藤も後を追う。
コナンは巨大モニターに映る監視カメラ映像を見ていた。身を乗り出し、通路を走るピンガを注視する。
(いや、そうじゃない。あれは……)
何かに気づいたコナンは、スケボーを持って走り出した。メインルームを出てスケボーで通路を駆け抜け、丁字路を左に曲がる。
ピンガはドライデッキがある海中出入り口に向かっていた。薄暗い通路を歩きながら、女物の服を脱ぎ捨て、黒のジャケットを羽織る。ドアの前で立ち止まったピンガは、緩んだネクタイを締め直した。
「待て!」
声がして振り向くと、スケボーに乗ったコナンが現れた。
「またお前か。なぜわかった」
「廊下の監視カメラを一部反転したんでしょ?」
スケボーから下りたコナンは、ニヤリと微笑んだ。
「ピアスが逆になってたよ」
「!」
ピンガは左耳につけたピアスに目を向けて、眉をひそめた。
「……いつからグレースが怪しいとにらんでた?」
「コーヒーを頼んだときだよ。フランス人なら、これが『二つ』を表すってことを知らないわけないからね」
コナンは言いながら、親指と人差し指を立てて見せた。
日本人が指で数字を数えるときは人差し指から立てるが、フランス人は親指から立てる。グレースがフランス出身だと聞いて、コナンはフランス式の『2』を指で作って見せた。しかし、グレースはコナンの指を見て〝OK、砂糖入りコーヒーを一つね〟と言ったのだ。
「オメーはそれがわからなかった。そのとき思ったんだ。この人、何かの理由で嘘をついている、得体の知れない人だってね」
黙って聞いていたピンガは、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「……さすがだな。工藤新一」
「なッ……!?」
コナンは一瞬耳を疑った。愕然とするコナンの前で、ピンガはスマホを取り出す。
「俺もお前が気になって調べたよ。まさか小さくなって生きていたとはな」
そう言って見せたスマホの画面には、工藤新一とコナンの画像が並んでいた。画像の下には『老若認証一致』の文字がある。工藤新一を『老若認証』で検索したのだ。
(やべぇ……)
工藤新一が生きているとバレた──。かつてないピンチに陥ったコナンの心臓が波打つ。
(どうする? どうする!?)
コナンは焦る気持ちを押さえながら、必死で考えを巡らせた。
「直美とシェリーは逃しちまったが、これをラムに見せれば俺は組織でのし上がり、お前を始末したと思っているジンの顔をつぶすことができるってわけだ」
スマホを懐にしまったピンガは、肩をすくめて両手を広げた。意を決したコナンが、一歩一歩近づいていく。
「通常、殺人を犯してしまった人は平常心ではいられない。だから普通とは違う行動を取ってしまう。だが、アンタは逆だ。慣れすぎてんだよ、人の死に!」
コナンはピンガの前で立ち止まった。ピンガが訝しそうにコナンを見る。
「アンタ、ジンにそっくりだよ……って言いたいところだけど、奴ならこんなヘマはやらねぇ。ジンもどきのただのチンピラってところかな?」
「!!」
ピンガの表情が一変した。
「ムカつく奴の名前を出すんじゃねぇ!!」
いきなりコナンの首元をつかんで振り上げ、投げ飛ばした。ドアにぶつかったコナンの体が床に落ちる。ピンガは床に倒れたコナンに近づき、バンッとドアに手をついた。
「ジンの野郎と似てるってだけでも虫唾が走るっつうのによォ! あのクソ野郎より下のもどきだと!?」
ピンガは床に転がるコナンを蹴った。
「がはッ!」
体を起こして逃げようとするコナンに、何度も蹴りを入れる。やがて冷静さを取り戻したピンガは、コナンの首元をつかんで引き上げた。
「工藤新一! もちろんお前は連れていく。いい土産になるぜ。体が縮んだからくりをラムの前で吐かせてやる!」
宙に吊り上げられたコナンは、苦痛に顔をゆがめ、切れた口の端を舐めた。ピンガはコナンを持ち上げたままドアを開けると、ドライデッキの手前にある部屋に入った。ドアを開けたまま、ドアの横にあるボタンを押す。
すると、通路の奥から佐藤と白鳥が走ってきた。ピンガは二人を見ている。コナンはとっさにピンガのジャケットの内ポケットに手を伸ばした。
「くっ! この野郎!」
スマホを取ろうとするコナンに気づいたピンガは、コナンの体を引き離した。内ポケットから取られたスマホを取り返し、コナンに膝蹴りを食らわす。
「ぐっ!」
蹴りを入れられたコナンは通路へ吹っ飛んだ。背後でドアが閉まる。
「コナン君!」
通路を走ってきた佐藤が、コナンのそばで膝をついた。
「アイツ、なんてことを! 早く医務室に──」
「大丈夫」
コナンはゆっくりと立ち上がった。
「……それより、あのとき怒鳴ってごめんなさい」
とペコリと頭を下げる。
〝オレはホントに潜水艦を見たんだ!!〟
灰原が拉致された後、ホテルで声を荒らげてしまったことを謝った。
「いいのよ、私も信じてあげられなくてごめんね」
佐藤も、コナンを信じてあげられなかったことを詫びる。立ち上がった佐藤は白鳥と共にドアの前に立った。
「おい開けろ!」
「開けなさい!」
ドアを叩いたり、ドア横にある端末のボタンを押すが、ドアは開かない。コナンはドアに背を向けて走り出した。
(逃がすかよ!)
そのとき、ポケットに入れたスマホが震えた。スマホの画面を見ると──安室からの着信だ。
「安室さん!」
都内の埠頭に車を停めた安室は、コナンに電話をかけていた。
海の向こう側にはたくさんの工場が軒を連ね、無数の照明がプラントを照らし出して、幻想的な光景を作り出している。
「まだパシフィック・ブイにいるのか?」
安室がたずねると、
『え? うん』
イヤホンマイクからコナンの不思議そうな声が聞こえてきた。
「何やってる。すぐに逃げるんだ。もうすぐそこに──」
「なんだって!?」
通路で立ち止まったコナンは、安室の言葉に目を丸くした。
「早くみんなに知らせないと──」
『いや、それはもう済んだ』
安室が落ち着いた声で言った。
メインルームでは、黒田が声を張り上げていた。
「繰り返す! 民間人は至急退避! 魚雷に狙われている可能性がある!」
職員達が次々と出入り口へ向かう中、自分のデスクについた牧野は、悔しそうにデスクを叩いた。
「ここにいる人間をシステムごと葬るつもりか……ッ!」
黒田は職員が移動するのを見届けながら、「目暮」と呼んだ。
「陣頭指揮を頼む」
「はい!」
目暮は階段を下りて、床で寝転がっている小五郎に駆け寄った。阿笠博士と二人で小五郎の体を起こし、小五郎の腕を肩に回して担ぐ。
「お父さん、起きてよ! お父さん!」
「にゃあ~、ハッハッ……」
蘭の声で意識を戻した小五郎は、急に笑い出したかと思うと、すぐにカクンとうなだれた。
技術者たちと残っていた牧野は、コンソールを操作した。
「相手はたかが潜水艦一艇。装備の数が違う。『デコイ』の準備だ!」
「はい!」
慌ただしくキーボードを打つ牧野の腕の下で、デスクの裏側に貼りつけられた発信器がキラリと光った。
『デコイ?』
安室の右耳につけたイヤホンマイクから、コナンのつぶやく声が聞こえてきた。
「魚雷を誘導する囮だ。それより早くそこから──」
『あ、ちょっと待って!』
コナンの声が安室の言葉を遮った。
イヤホンマイクから、ピッとスマホの操作音が聞こえてくる。そして、
『赤井さん!』
コナンの呼ぶ声がして、安室は大きく目を見張った。
(赤井だと!?)
安室と通話している途中で別のスマホが鳴り、コナンは安室を待たせて電話に出た。
『どんな状況だ、ボウヤ』
電話は赤井からだった。
「……待って」
コナンはそう言うとスマホの画面をタップして、スピーカーフォンに切り替えた。さらに安室と通話しているスマホもスピーカーフォンに切り替える。
「ピンガは潜水艦に逃げ込むつもりだよ」
コナンは言いながら、両方のスマホをゆっくりと近づけた。
『潜水艦にダメージを与える武器を米軍から手に入れてある』
左手に持ったスマホから赤井の声がすると、
『米軍の武器を日本国内で使う気か』
右手に持ったスマホから安室の険しい声が聞こえてくる。
赤井を乗せたヘリコプターは、八丈島の上空を飛んでいた。ヘッドセットから安室の声が聞こえてきて、意外そうな顔をする。
「その声は安室……いや、降谷零君か。日本に迫る脅威を打ち払うのも、在日米軍の役割じゃなかったかな?」
赤井が皮肉交じりに言うと、ヘッドセットの向こうで安室が『フン』と鼻を鳴らした。
『日本で勝手に活動してるFBIの台詞とは思えんが……今は一刻の猶予もない。止められるんだろうな、その武器で』
「ああ。潜水艦の位置さえわかればな。──できるか? ボウヤ」
『うん! やってみる』
コナンの力強い声に続いて、安室の声が聞こえてくる。
『組織随一のスナイパー……海自が来る前に済ませろよ、ライ』
「もちろんそのつもりだよ、バーボン」
二人は互いにコードネームで呼び合った。
通話を切った安室が車の外で海を眺めていると、公安警察官の風見裕也が走ってきた。
「降谷さん! あと二分で容疑者が到着します!」
声をかけても反応しない安室に、立ち止まった風見は怪訝そうな顔を向ける。
「……降谷さん?」
「ああ、わかった」
安室は風見の方を向くと、静かに歩いていった。