7
フィリピン・マニラ──。
高層ビル群や高級ショッピングモールが建ち並ぶ近代的な街。その中心地にある高級ホテルの前を、犬のボルゾイを連れた婦人が優雅に散歩をしていた。大きなつばの帽子を被りサングラスをかけたその婦人は、ベルモットだった。豪華な噴水の前で立ち止まり、手に取ったスマホを見る。グリーンのマニキュアがほどこされた指先の下には、【──をつぶせ】と受信メールの文字の一部が見えた。
(そう言うと思ったわ……)
ベルモットはニヤリと微笑み、メールを打つ。
【了解、ボス】
送信ボタンを押すと、再び歩き出した。
散歩を終えたベルモットは、とあるメイクスタジオに向かった。
誰もいない部屋でキャミソール姿になり、大きな鏡の前に腰かけて、長い髪をアップにまとめる。スツールから下りたベルモットは、床に置いた大きなスーツケースを開けた。中には、特殊メイクの道具やたくさんのウィッグ、さらに老人向きの地味な服や女子高生の制服など様々な衣装が隙間なくびっしりと詰められている。
それらを見てベルモットが微笑んでいると、床に寝そべっていたボルゾイが起きて、ベルモットにじゃれついてきた。
「あん、邪魔しないの」
ベルモットは愛しそうにボルゾイの頭をなでて、頬ずりをした。
防犯カメラ映像を見て何かに気づいたレオンハルトは、パシフィック・ブイ内の居住エリアに向かい、ある人物の部屋を訪れた。
「あれはどういうことだ!」
部屋に入るなり、レオンハルトは声を荒らげた。部屋はビジネスホテルのようなコンパクトな造りになっていて、その人物は奥に置かれたベッドの前に立っている。
「なんとか言ったらどうなんだ! あのログは昨夜お前がメインルームにいたときの──」
部屋の奥に入ってきたレオンハルトは、その人物が後ろに回した手に何かを持っているのに気づいた。
「何やってんだ、お前」
その人物はニヤリと笑った。その態度にイラついたレオンハルトは、相手の手をつかもうと飛び出した。するとその人物は伸びてきたレオンハルトの手をすばやく左手で払い、そのままレオンハルトの頭を持って抱え込むと、ベッドに押し倒した。
「ぐがっ! ぐう……っ!」
もがくレオンハルトを力づくで押さえつけながら、右手に持ったハンカチでレオンハルトの鼻と口元を覆う。
やがて動きが止まり、レオンハルトの頭と手足が力なく垂れた。
八重根漁港に鈴木財閥のクルーザーが着岸すると、子供達は渋々乗り込んだ。
「蘭は本当に残るの?」
クルーザーの前で園子がたずねると、蘭は「うん」とうなずいた。
「哀ちゃんが心配だし」
「だよね……」
園子が表情を曇らせると、蘭は少し微笑んで隣の阿笠博士を見た。
「でも大丈夫。博士も残ってくれるし」
「すまんが、子供達を頼むわい」
「まぁ、あのガキんちょどもの世話はわたしに任しといて! 慣れたもんよ」
園子は明るい口調で言いながら、背後のクルーザーを親指で指して自分の胸を叩いた。
「園子、ありがとう」
蘭は園子の優しさに感謝した。
園子が乗り込んでから間もなく、クルーザーが出航した。二階のデッキから子供達が大きく手を振る。
「じゃあなー! お土産いっぱい買ってきてくれよ~、絶対だぞ~!」
「バイバーイ!」
「またみんなで一緒に来ましょうね!」
蘭と阿笠博士もクルーザーに向かって手を振った。園子と子供達を乗せたクルーザーは白い波を残して遠ざかり、やがて小さな点になって見えなくなった。
メインルームでは、エンジニア達が防犯カメラの映像を改ざんしたログを探していた。コンソールを操作していたエドが突然、えっ? と声を漏らす。
「ちょっとみんな、これ見てよ!」
巨大モニターに英文メール画面を表示させたエドは、椅子をくるりと回転させて牧野のデスクの方を向いた。
「レオンハルトからだわ!」
差出人の名前を見たグレースが身を乗り出す。すばやくメールを一読した牧野は、青ざめた顔で立ち上がった。
「……そんな……どうして……」
英語が読めない小五郎が「え、何? 何?」と牧野のデスクに近づく。すると、牧野より先にコナンが英文メールを訳した。
「直美さんを拉致した犯人を手引きするため、システムにバックドアを仕掛けたって!」
「ええっ!? ……え?」
メールの内容に驚いた小五郎は、同時にコナンが英語を読んだことに驚く。
「拉致の実行犯については……」
目暮が小五郎の肩越しにたずねると、
「金で雇われたから不明だそうだ」
そばにいた黒田が先に答える。
一同が英文メールを注視する中、コンソールを操作していたグレースが「レオンハルトを見つけました!」と叫んだ。
「カフェにいます!」
巨大モニターにカフェ内の監視カメラの映像が映し出された。右手にコーヒーの紙コップを持ったレオンハルトが立ち止まり、何かをつまんだ左手の指先をじっと見ている。
「あれは? 薬か?」
「なんだ……?」
目暮と牧野がつぶやきながら、巨大モニターを注視する。すると、レオンハルトがつまんだものを口に入れ、さらにコーヒーを飲んだ。紙コップの縁を左手の親指で拭い、歩き出す。
「ねぇ、なんか……」
「様子が変だぞ!」
異変に気づいたのはグレースとエドだった。
歩き出したレオンハルトが苦しそうに口を押さえ、身をよじった。そのままふらふらと前のめりに進み、中央のテーブルに倒れ込む。
「あっ!」
レオンハルトの体がずるりとテーブルから滑り落ちた。床に倒れたレオンハルトは、テーブルの陰になっていて見えない。
「レオンハルト! 違うカメラを早く!!」
牧野が叫ぶと、別の防犯カメラの映像に切り替わった。それは、先ほどのカメラと反対側に設置されたカメラの映像だった。
テーブルの下でうつ伏せに倒れたレオンハルトが映っている。持っていたコーヒーがぶちまけられて、床に茶色いしみが広がっていた。
レオンハルトが死亡したカフェの入り口には、すぐさま黄色いテープで規制線が張られ、職員たちがテープの外側に集まっていた。
「誰か、見てたスタッフはいないか?」
規制線の内側に入っている牧野がたずねると、一番前の職員が「定例の清掃時間でしたから」と答えた。
「……ああ、そういえばそうだったか」
腕時計の日付を見ながら、牧野が言った。入り口近くの壁際に立って考え事にふけっていたコナンは、部屋の奥に進んだ。中央のテーブル辺りでは、白鳥と佐藤がレオンハルトの遺体を調べている。
うつ伏せで倒れたレオンハルトの背中には、倒れた椅子の背もたれが載っていた。右手のそばにはコーヒーの紙コップが落ちていて、横に向いたレオンハルトの顔や床に茶色い液体が盛大にぶちまけられている。
遺体のそばにしゃがみ込んだ佐藤は、コーヒーにまみれたレオンハルトの口元を見た。
「口の周りがただれてる。……毒物かしら?」
佐藤のつぶやきに、そばにいたコナンも身を乗り出してレオンハルトの口元を嗅ぐ。
「じゃあ、このニオイって?」
コナンがたずねると、白鳥もレオンハルトの口元を嗅いだ。
「コーヒーのニオイだね」
「それもするけど、ほんの微かにシンナーみたいなニオイがしない?」
コナンが言ったとたん、小五郎に後ろ襟をつかまれて引っ張り上げられた。
「まーた、いつもいつも現場を惑わせるようなことばっかり言って! どう見ても服毒自殺だろうが!!」
見慣れた光景に、佐藤が「まぁまぁ」と小五郎をなだめる。
「でも変じゃない?」
持ち上げられたコナンが言うと、小五郎は「何が!」と吠えた。
「レオンハルトさんは自分のお部屋があるんでしょ? なんでカフェで死んじゃったのかなぁ」
コナンの言葉に、佐藤がハッとする。
「……確かにそうよね」
「そんなの決まってんだろ。最後にうまいコーヒーが飲みたかったんだよ!」
自信満々に答える小五郎に、コナンは(おいおい)と心の中で突っ込んだ。
そして改めてレオンハルトの遺体に目を向ける。コーヒーまみれになっている遺体を見て、コナンはレオンハルトが倒れたときの映像を頭に浮かべた。
(ってか、あの紙コップの落ち方で、こんなふうになるか……?)
倒れたときに落としたコーヒーが、ここまで顔や体にかかるものだろうか──コナンが不審に思いながら遺体を見つめていると、そばに立っていた黒田が目暮に声をかけた。
「遺体はヘリで運び、解剖を依頼する」
「はっ」
入り口に向かおうとする目暮に、牧野が「あの」と声をかける。
「日本の警察は、自殺の遺体は司法解剖しないはずでは?」
「……念のためですよ」
黒田の猛禽のような鋭い目で見据えられて、牧野は思わず視線をそらした。そんな牧野の脇を、目暮が小走りですれ違っていく。
潜水艦の居住区にある部屋で両手両足を縛られた直美と灰原は、二段ベッドの下段に並んで座っていた。
「拉致された理由に、心当たりは?」
灰原がたずねると、直美はぽつりぽつりと話し出した。
「……『老若認証』が完成したとき、接触してきた人物がいたの」
「会ったの?」
直美は首を横に振った。
「メールだったから……でも、『ピンガ』って名乗ってた」
「ピンガ……」
(ブラジル原産の蒸留酒ね)
灰原はその名前が組織のコードネームだとすぐに理解した。
「莫大な報酬を提示されて、システムの独占使用と改良を打診されたけど、断った。そのときにはもう、インターポールのために使うシステムだと決めてたから」
「……つまり、『老若認証』は、それだけ組織にとって価値がある」
灰原は頭の中で考えていたことを声に出していた。
「彼等?」
ドアの方から声がして、灰原は驚いて振り返った。いつの間にかドアが少し開いていて、ウォッカが立っていた。
「その『彼等』って言い方、ホントにシェリーみたいだぜ。昔からアイツは馴染んでなかったからな」
嫌味な笑みを浮かべながら部屋に入ってきたウォッカは、ダンッと壁に足をついた。
「で、俺達のためにシステムを改良する決心はついたか?」
「…………」
直美は答えなかった。ウォッカがチッと舌打ちをする。
「しょうがねぇな。──立て!」
ベッドに近づいたウォッカは、直美の襟元をつかんで引き上げると、そのまま無理やり部屋の外へ連れ出した。
「入れ!」
ウォッカが直美を連れてきたのは、キールがいる応接室だった。ドアの前でウォッカに押し出されて、直美は床に倒れる。
「ウォッカ」
ソファに座っていたキールは、ウォッカに近づいた。
「どうした?」
「始末したって」
キールが小声で伝えると、ウォッカは「何?」と眉をひそめた。
「ピンガの奴、計画にない行動しやがって……」
部屋に一人残された灰原は、キールのパーカーのフードに入れた盗聴器で、ウォッカ達の会話を聴いていた。
(計画にない行動……?)
一体なんのことだろう──灰原が注意深く耳を澄ましていると、
『さっさと来い!』
ウォッカの怒鳴り声が聞こえてきた。
床に倒れた直美を引っ張り上げたウォッカは、パソコンがあるデスクまで歩かせた。
「これを見ろ」
直美の頭をつかみ、顔をモニターに向ける。モニター画面に表示された男性の写真を見たとたん、直美の表情が凍りついた。
「父さん……!」
メガネをかけ、口ひげをたくわえたイタリア系の男性は、直美の父親だった。
「父をどうする気!?」
「頭のいいお前なら、想像できるだろ?」
ウォッカはニヤリと微笑んだ。直美の脳裏に、老若認証システムが瞬時に浮かぶ。ウォッカは直美の父親を老若認証システムで探して、危害を加えるつもりなのだ。
「あれは……私の父が世界平和に生かしたいと言って、実現してくれたシステムよ!」
「そんな素敵な父親を見殺しにするってのか。ひでぇ娘だな」
頭をつかまれた直美は、横目でウォッカをにらみつけた。その目には涙が浮かんでいる。
「あなた達には絶対に渡さない!!」
ウォッカと直美の会話を盗聴していた灰原は、ベッドの上で唇を噛みしめた。
組織に殺された姉の顔が浮かぶ。
組織のやり方は、いつも非道で卑劣だ。
『ほぉ……それじゃあお楽しみタイムといくか』
あざ笑うウォッカの声が聞こえてきた。灰原の胸に怒りと悲しみの感情が渦巻いて、顔をゆがめる。
(助けて、工藤君──)
後ろ手に縛られた手で、灰原は探偵バッジをギュッと握りしめた。
レオンハルトの遺体を調べ終えたコナンたちは、メインルームに戻っていた。
巨大モニターに映されたカフェの監視カメラ映像やレオンハルトが最後に送ってきたメールを前に、コナンが思案を巡らしていると、
「バックドアだ!」
コンソールを操作していたエドが叫んだ。
「どういうことだ!?」
自分の席についていた牧野が身を乗り出す。
「関係者が検索されたら引っかかるように、トラップを仕掛けておいたんです!」
エドが説明しながら慌ただしくキーボードを打つと、巨大モニターにイタリア系の男性の写真が大きく映し出された。メガネをかけ口ひげをたくわえたその男性が何者なのか、白鳥たちはわからない。
「誰ですか、彼は!?」
「……マリオ・アルジェント!」
グレースが辛そうな表情で答える。
「EU議会の議員で、直美の父親です!」
牧野が動揺した声で付け加えると、
「なんだって!?」
目暮たちは目を丸くした。コナンも驚愕する。
直美を拉致した黒ずくめの組織が、直美の父親であるマリオを『顔認証』で検索して居場所を探しているのだ。
「彼のおかげで、ここがユーロポールの防犯カメラと繋げられたんです」
説明する牧野の傍らで、グレースが「エド!」と叫ぶ。
「今なら割り出せるはずよ!」
「ああ、もうやってるよ!」
エドはモニターを見ながらコンソールを操作した。
「ユーロポールに議員の保護を要請!」
牧野の声に、そばにいた技術者が通信用マイクへ走る。
フランクフルトにあるユーロポール・防犯カメラ・ネットワークセンター。そのコントロールルームに、ハンスとジェイムズの姿があった。おびただしい数のコンソールが並ぶ中、二人は険しい表情で大スクリーンを見ている。
「マリオ議員の所在地が判明!」
コンソールについた技術者の一人が声を上げると、大スクリーンにフランクフルトの街頭カメラ映像が映し出された。建物の窓越しに室内を歩くマリオの姿が映っている。映像の横にはフランクフルトのマップと、街頭カメラに映っているホテルの外観も表示された。
「エッシェンハイマー塔近くのシティホテル401号室です!」
ハンスはワイヤレスのイヤホンマイクに向かって告げた。フランクフルト市内で待機しているジョディとキャメルが車で向かうはずだ。
「マリオ議員に連絡を入れます!」
スマホを片手に持ったハンスが足早に部屋を出て行くと、ジェイムズは再び大スクリーンに視線を戻した。リアルタイムの映像の中で、マリオはホテルの窓辺に置かれたソファに腰かけて新聞を読んでいる。
犯人はジェイムズたちと同時に、ホテルにいるマリオを見つけたはずだ。そして今、ジョディたちと同じように向かっているだろう。
あとは時間との闘いだ。
フランクフルトの中心部にあるエッシェンハイマー塔の上空に、黒いヘリコプターが姿を現した。塔近くのビル屋上に近づいたかと思うと、ホバリングするヘリコプターからロープが垂らされ、ライフルを背中に担いだコルンがするすると降りてくる。
ビル屋上に着地したコルンは、ロープを外してエッシェンハイマー塔の方向へ走った。屋上の縁まで来て、ライフルを構えてスコープを覗く。エッシェンハイマー塔の向かい側にある、シティホテルがスコープに入った。ゆっくりとスコープを動かすと、窓際で新聞を読んでいるマリオの姿を捉える。
「見つけた。マリオ」
コルンはライフルの引き金に人差し指をかけた。
「いつでもいい」
潜水艦の中で、直美はマリオのリアルタイム映像を見せられていた。
「父さん! 早く逃げて!!」
後ろ手に縛られた直美は、モニターに映る父親に向かって叫ぶ。背後に立ったウォッカは、ニヤニヤと面白そうに笑った。
「早いとこ決心した方がいいぜ?」
「父さん! 逃げてぇー!!」
直美の悲痛な叫びが室内に響いた。父親を呼ぶその叫びが、そばで見ていたキールの記憶を呼び覚ます。
* * *
キール──表の顔はアナウンサーの水無怜奈、本名は本堂瑛海。彼女の父親は、娘と同じCIAの諜報員で、組織に潜入していた。
同じく組織に潜入した瑛海の任務は、父親のイーサン・本堂に新しい繋ぎ役の諜報員を紹介することだった。組織の次の取引場所にイーサンが下見に来ることを知った瑛海は、新しい繋ぎ役を紹介するために、取引場所である横浜の廃倉庫でイーサンと落ち合った。
しかしそのとき、瑛海の上着の襟の裏には発信器が取り付けられていた。新入りの瑛海を見張るために、組織がつけたのだ。
倉庫の外からジンの車のエンジン音が聞こえてきて、娘の正体がバレると思ったイーサンは、瑛海を殴り、さらに銃で瑛海の肩を撃った。
自分の手首を噛み、瑛海の口に血まみれの手首を突っ込むと、持っていた拳銃を握らせる。
「諦めるなよ、瑛海!!」
口元を血だらけにしたイーサンは、瑛海をまっすぐ見据えて力強く言った。
「待ち続ければ必ず味方が現れる!! 俺の代わりに任務を全うしろ!!」
それが最期の言葉だった。
イーサンは瑛海に握らせた拳銃の銃口を自分の顎に当て、引き金を引いた。
* * *
(父さん……)
父親の最期の姿を思い出したキールは、拳をギュッと握りしめた。
「逃げてぇ! 父さん!!」
目の前では、ウォッカに首の後ろをつかまれた直美が泣き叫んでいる。
キールはモニターの映像に目を向けた。
キールたちが見ている街頭カメラの映像の中で、窓際のソファで新聞を読んでいたマリオがスマホを手に取って立ち上がった。新聞をベッドに放り、歩きながら何やら話し込むと突然足を止めて、窓を振り返る。慌てて窓に駆け寄って外を見渡したかと思うと、すぐに壁の陰に隠れた。
「気づかれた」
ビルの屋上でライフルの引き金に指をかけていたコルンは、スコープから顔を上げた。
「でも逃さない」
ぽつりとつぶやいたコルンは、スコープを覗きながらライフルをエッシェンハイマー塔前の交差点に向けた。
ひっきりなしに車が行き交う交差点の中で、コルンはシティホテル方向に進むトラックをスコープの十字線に捉えた。
シティホテルの前に急停車した車から、ジョディが飛び出した。運転席のキャメルもドアを開けて出てくる。
二人がホテルの正面入り口に向かったそのとき──バンッ!
交差点の方で破裂音がした。ジョディが振り向くと、タイヤを撃たれて横転したトラックが火花を散らしながら路面を滑走し、その車体に後続車が続々と突き当たった。
激しい衝撃音とともに土煙が上がり、塔にとまっていた鳥がいっせいに飛び立っていく──。
目の前で突然起きた惨事に、ジョディはしばし呆然とした。が、すぐにこれが罠だと気づいてホテルを振り返る。
衝突事故の音に気づいたマリオが、壁の陰から半身を出して窓の外を覗いている──!
「窓から離れて!!」
ジョディが叫ぶと同時に、ホテルの窓ガラスが撃ち抜かれてマリオが床に倒れた。
「いやああああ──!!」
マリオが撃たれたのを見て、直美は絶叫した。
「次はお前の母親だ」
泣きながら首を垂れる直美に、ウォッカは冷ややかに言った。
「それでも俺達との取引を断る気か? よぉく考えた方がいいぜ」
それは本当に一瞬の出来事だった。マリオが壁の陰から半身を出した瞬間、撃たれたのだ。
メインルームで巨大モニターに映されたカメラ映像を見ていた人々は、あまりにも一瞬すぎる出来事に、呆然とする。
床に倒れたマリオの体は壁に隠れて、投げ出された足だけが見えた。その足はピクリとも動かない。
「くそっ……!」
コナンは悔しそうに顔をゆがめた。
居住区の部屋に戻されてからも、直美はベッドに突っ伏して泣き続けた。
「私が……私が父を殺した……!!」
部屋の外には直美を連れ戻したキールが残っていた。直美の悲痛な叫びを聞いて、怒りに顔をゆがめる。
ベッドの上に座った灰原は、泣き続ける直美を見守ることしかできなかった。
「あのときと同じように……今度は父さんを見捨てた!」
「違う。あなたは──」
言いかけたとき、直美が顔を上げて灰原を見た。
「このままじゃ、あなたも殺されちゃう! 私のせいでみんな……!」
うつむいた直美の目から、大粒の涙がこぼれる。
灰原は、組織に殺された姉のことを思い出した。両親を早くに亡くして、唯一の肉親だった姉。楽しそうに街を歩く姉の姿が思い浮かぶ。
気づいたら灰原の目からも涙があふれていた。
「うっ、ううっ……」
直美のしゃくり上げる声を聞きながら、灰原は声を押し殺して泣いた。
蘭と阿笠博士は、丑尾のクルーザーに乗っていた。
園子たちを見送った後、パシフィック・ブイにいるコナンや小五郎に電話を何度もかけてみたが一向に出ないので、何かあったのかもしれないと心配になり、丑尾にパシフィック・ブイに連れていってほしいと頼んだのだ。
「丑尾さん、すみません」
ライフ・ジャケットを着けた蘭は二階の操縦席に上がり、丑尾に頭を下げた。
「気にするな。パシフィック・ブイは俺も近くで見てみたかったんだ。それに彼の頼みだしな」
「え?」
丑尾が正面のデッキに立っている阿笠博士に目を向けた。デッキの隅には、阿笠博士が持ってきた水中スクーターと海中ヘッドセットが置かれている。
「彼が作った発明品を見せてもらった。大した男だよ、阿笠さんは」
「……はい」
蘭は返事をしながら、阿笠博士を頼もしそうに見た。