5
夜も更けた頃、外国製の四輪駆動車が八丈島の外周道路を走っていた。
助手席にはスマホを片手に持ったウォッカが座っている。
「例のガキをシステムで見つけたそうですぜ」
ウォッカは電話で話しながら、運転席をチラリと見た。髪をコーンロウに編み上げた男──ピンガがハンドルを握っていて、車はベルツリーホテルに続く坂道を上っていく。
ベルツリーホテルを囲む森林の先の小高い丘に、廃れた一軒の建物があった。最上階のガラスを失った窓から、ライフルの銃口が覗いている。
「アタイも見つけたよ、ジン」
ベルツリーホテルに銃口を向けたキャンティは、スコープを覗きながら言った。
スコープには、客室のデスクでお茶を飲んでいる灰原が映っている。
「まさか八丈島にいたなんて、運はこっちに向いてるよ」
部屋でお茶を飲み終えた灰原は、歩美が寝ているベッドに向かった。
すやすやと眠る歩美の横で布団に入ったが、目が冴えて眠れない。ベッドの上で上半身を起こした灰原は、外したコナンのメガネを手に取って見つめた。
そのとき、駐車場の方で車のドアが閉まる音がした。
「!!」
灰原はメガネをかけてベッドから下りると、バルコニーに続く窓へ駆け寄った。カーテンの隙間から外を覗くが、外は真っ暗で何も見えない。
灰原の心臓がドクンと大きく跳ねた。鳥肌が立ち、毛がピリピリと逆立つ。
さっきから感じる、殺気立った気配──間違いない。彼等が来たのだ。
カーテンを慌てて閉めた灰原は、振り返って室内を見渡した。椅子にかけてあったカーディガンを取って着込み、ドアへ向かって走り出す。
「!」
寝息を立てている歩美に目が留まった。めくれ上がった布団をそっとかけ直し、ドアに向かう。ドアノブに手をかけて静かに引くと、部屋の中に廊下の明かりが差し込んだ。
開けたドアの先に立っていたのは、サングラスをかけた二人の男──ウォッカとピンガだった。
「よぉ」
「……ああ……」
後ずさりした灰原は、逃げようと走り出した。が、すぐにピンガに腕をつかまれる。
「放し──」
言い終わらないうちに布で鼻と口を塞がれて、気を失った。
ホテルの部屋で着替えをしていたコナンの耳に、探偵バッジから灰原のうめき声が聞こえた。
「灰原!? くそっ! まさかッ」
コナンは慌てて服を着直し、デスクの上のスマホを取ると、ドアに向かって走り出した。
ドアが閉まる音で、寝ていた蘭が目を覚ます。
部屋から飛び出したコナンは、吹き抜けの手すりに飛び乗り、吹き抜けの向こう側にある灰原達の部屋を見た。すると、ドアが開けっ放しになっていて、さらに歩いていく黒服姿の男が一瞬見えた。
「くそっ!」
コナンは手すりから下りて、駆け出した。阿笠博士に電話をかけながら、吹き抜けの回廊を走る。
「博士! 灰原がさらわれた!」
『なっ、なんじゃと!?』
コナンは回廊を曲がり、灰原達の部屋の前の廊下に出た。すると、先ほどの黒服の男が廊下の角を曲がる姿が見えた。ウォッカだ。
(くそっ! 間に合わねぇ!)
ウォッカが曲がった先は非常口があり、階段を下りるとすぐ駐車場に出る。車で逃げられたらお終いだ。
「博士! 車を回してくれ!」
コナンはドアが開けっ放しになった灰原達の部屋に入り、バルコニーに向かった。窓を開けてバルコニーに出ると、灰原を抱えたコーンロウの男とウォッカが車に乗り込もうとするのが見えた。
(コーンロウ……アイツがピンガ!)
後部座席に近づいたピンガは、開いた窓から抱えていた灰原を押し込む。
(急がねぇと!)
コナンは伸縮サスペンダーを取り出し、バルコニーの柵に結びつけた。ベルトが外れないか引っ張って確認していると、突然、横から何かが飛び出した。
それは蘭だった。
「ハアァァァァ!」
柵に飛び乗った蘭が大きくジャンプして、四輪駆動車のボンネットに着地する。
「何ッ!?」
驚くピンガの頭を狙って、蘭はかかと落としを繰り出した。しかしギリギリかわされて、すかさず蹴りを放つ。
「なんだお前は!」
「哀ちゃんを返しなさい!」
蘭は続けざまに拳を振るったが、すばやい動きでまたもやかわされた。
コナンは伸縮サスペンダーを持って、バルコニーの柵に飛び乗った。そして飛び降りようとしたとき、横目に何かの光を捉えた。
「なんだ!?」
光ったのは、小高い丘にある廃墟だった。メガネのレンズをズームアップして廃墟を見ると──最上階の窓で誰かがライフルを構えている!
「くそっ! 嘘だろ!?」
コナンはサスペンダーを持ったままバルコニーから飛び降りた。
蘭の拳を肘で受け止めたピンガは、拳を放った。蘭が後退してかわし、左足で蹴りを入れる。跳ね上げた左膝で受け止められた蘭は、空中で一回転してピンガに回し蹴りを放った。すんでのところでかわしたピンガが、ナイフを構える。
蘭が一瞬ひるんだ隙に、ピンガは水面蹴りで蘭の足を払った。
「あっ!」
地面に背中から倒れた蘭は、すぐさま両手をついて飛び起きて、振り下ろされるナイフをかわす。
再び対峙した二人だが、蘭の空手は圧倒的に強かった。突いてきたナイフを蹴りで弾き、そのまま体を回転させて回し蹴りを放つ。足の甲がピンガの首元にめり込み、ピンガは車の屋根に吹っ飛んだ。転げ落ちた先に、ウォッカが運転する車が停まる。
「構うな、行くぞ!」
ピンガは車に向かって走り出した。
「待ちなさい!」
蘭が追いかける。
廃墟の最上階で、キャンティはライフルを構えてスコープを覗いていた。車の間から飛び出してきた蘭を捉える。
「誰だか知らないけど、死にな」
キャンティはニヤリと笑って、引き金を引いた。
発射された弾丸が、辺りの空気を震わせながら、蘭へと突き進む──。
バルコニーから飛び降りたコナンは全力で走り、蘭に横から飛びついた。
「きゃあ!」
倒れていく蘭の脇の下を弾丸がかすめるように通過して、四輪駆動車のサイドミラーに直撃した。
車はピンガを乗せると、猛スピードで発進した。地面に倒れた蘭がすぐに起き上がる。
「コナン君! 誰か呼んでくるから──」
「ダメだ!!」
コナンは強く制した。
「オレが合図するまで、そこを動くんじゃねーぞ!!」
その口調と真剣な表情が新一と重なって、
「……う、うん」
蘭は思わずこくりとうなずいた。
コナンはそばに落ちていたサイドミラーを拾い上げると、植え込みの奥へ走っていく。
四つん這いになっていた蘭は、ぺたんとお尻を地面につけた。
──どうしてだろう。幼いコナンが、ときどき新一と重なって見えてしまう。ときおり見せる表情や言葉遣いが新一にそっくりで、新一を思い出させるのだ。
車の陰に隠れたコナンは、持っていたサイドミラーを出して、廃墟の方面に向けた。廃墟の最上階に、まだスナイパーがいる。
「二百メートルってとこか……」
廃墟までの距離を確認したコナンは、キック力増強シューズのダイヤルを回した。
「今だ蘭! 走れ!!」
大声で蘭に合図をすると、コナンは車の陰から飛び出して、廃墟に向かってサイドミラーを力いっぱい蹴り上げた。
狙撃に失敗したキャンティは、再びライフルを構えてスコープを覗いていた。すると、撃ち損ねた女が車の陰から飛び出した。駐車場を走る姿をスコープで捉える。
「死ね」
引き金を引こうとしたとき、スコープに何かが映って女の姿が隠れた。
「何ッ!?」
驚いてスコープから目を離した瞬間──バァン!!
窓枠そばの壁が弾けた。何かが飛んできたのだ。
「くそっ! 誰だ!?」
キャンティはすぐに窓から離れて、部屋の奥に隠れた。
「……よし!」
コナンがメガネの望遠レンズでスナイパーが部屋の奥に引っ込んだのを確認すると、阿笠博士のビートルが近づいてきた。
「新一、乗れ!」
ビートルが目の前で停まって、コナンは助手席の窓から乗り込んだ。すぐに発進して、駐車場を出て行く。
ホテルの中に入った蘭は、まっすぐ小五郎の部屋に向かった。
「お父さん、起きて! 大変なの!」
ベッドで寝ている小五郎の体を激しく揺すると、小五郎の目がパチッと開く。
「……蘭」
目を覚ました小五郎はキリリとした顔で名前を呼ぶ。しかし、
「頼む……もう一杯……」
ニカッと笑ったかと思うと、コテンと再び寝てしまった。寝ぼけていたのだ。
「もおっ!」
蘭は思わず小五郎のみぞおちにパンチを撃ち込んだ。
ホテルを出て坂道を猛スピードで進んだビートルは、タイヤを横滑りさせて外周道路に折れた。
助手席のコナンは、犯人追跡メガネを起動させた。左レンズのレーダーに赤い点が点滅しながら移動している。灰原の探偵バッジについている発信機だ。
「よかった。探偵バッジは持ってるみてぇだ」
コナンは一息ついて、スマホで地図を見た。ハンドルを握る阿笠博士が、眉をひそめる。
「なぜ哀君が……」
コナンの脳裏に、パシフィック・ブイでさらわれた直美が浮かんだ。老若認証システムを開発した直美がさらわれ、その次に灰原がさらわれた。
幼少期の顔と成人期の顔を同一人物として照合できる『老若認証』システム。死んだと思われているシェリーをなんらかのきっかけで、『老若認証』で検索したとしたら──。
「バレちまったのかもしれねぇ……アイツがシェリーだってことが」
「なんじゃと!?」
猛スピードで走るビートルは、ギャリギャリギャリと音を立てながら百八十度旋回し、坂道を上った。
灰原をさらった四輪駆動車は、真っ暗な林道の脇に停められていた。
「……ああ、五分後だ」
車の外で電話をしていたウォッカが戻ると、後部座席でピンガが「くそっ」と痛そうに首を押さえた。蘭の蹴りを食らったところがアザになっている。
「とんだ邪魔が入ったな」
「フン。次に会ったら殺してやるよ」
ピンガはそう言うと、後部座席に寝かせた灰原に頭部を覆うフードがついたライフジャケットを被せた。
「ん?」
運転席に座ったウォッカは、バックミラーに二つの小さな光が映っているのに気づいた。車のヘッドライトだ。
「なんだ、あの車は!?」
小さな光は上下に揺れながら、どんどん大きくなっていく。
ビートルは起伏の激しい林道をバウンドしながら走った。すると、林道の脇に車が停まっているのが見えた。
「おったぞ! 奴等じゃ!」
「二手に分かれよう!」
コナンが足元に置いたスケボーを持ち上げると同時に、停まっていた四輪駆動車が急発進した。そしていきなり道路から外れて、林の中へ突っ込んでいく。
「やっかいな道を走りおって!」
「博士、山道は囮だ! 無茶すんなよ!」
スケボーを脇に抱えてシートベルトをつかんだコナンは、助手席のドアを開けて飛び出した。ピンと張ったシートベルトを離し、宙で一回転してスケボーに乗って着地する。
猛スピードで林道を駆けながら、コナンは耳につけたワイヤレスイヤホンで阿笠博士に呼びかけた。
「おそらく奴等は山道を進むと見せかけて、途中で曲がって外周道路に出るはずだ! 八丈富士方向に逃げ場はねぇしな。先回りして挟み込むしかねぇ!!」
そう叫ぶと、コナンはウォッカたちが進んだ林と反対側の林に突っ込み、獣道を進んだ。ビートルはそのまま林道を進んでいく。
低く横に伸びた枝や葉っぱをよけながら、コナンは獣道を突き進んだ。やがて石垣に囲まれた細い道が見えた。林から飛び出したコナンは、石垣の壁を滑り、地面に着地する。
細い道を猛スピードで走っていると、やがて小高い丘に出た。斜面の下に見える国道では、四輪駆動車とビートルが走っている。
『新一! 読みどおりじゃ。奴ら国道に出おったぞ!』
「ああ、こっちも捉えた」
『ぶつけてでも止めたるわい!』
コナンはスケボーを加速させて、斜面を駆け下りた。
(博士より先になんとかしねーと……コイツで眠らせるしかねーか)
腕時計のツマミを押して、腕時計型麻酔銃の照準器になるカバーを開く。
茂みから道路に飛び出したコナンは、走っていた乗用車の後ろに回り込んだ。車体の後ろから顔を出して前を覗く。
(来た!!)
反対車線を四輪駆動車が走ってくるのが見えて、コナンは腕時計型麻酔銃の照準器を前に向けて狙いを定めた。
(チャンスは一度きり。一か八かだ)
そのとき、四輪駆動車が突然右に曲がった。
「なっ……!?」
曲がった先は、溶岩台地が広がる南原千畳岩海岸の駐車場だった。四輪駆動車は車止めの柵に突っ込み、黒い溶岩が延々と積み重なった台地を走っていく。
「くそっ!」
コナンも左に曲がって、四輪駆動車を追った。遅れてやってきた阿笠博士のビートルも横に並ぶ。
(どこに行くつもりだ? そっちに行ったって……)
コナンは四輪駆動車が進む先を見た。その先は断崖になっていて、海が広がっているだけだ。
(まさか……!!)
とんでもない考えがコナンの脳裏をよぎった瞬間、目の前の四輪駆動車が断崖から海に飛び込んだ。
「嘘だろ!?」
コナンはとっさにボードをスライドさせてブレーキをかけた。
「哀君!!」
阿笠博士も慌ててハンドルを右に切り、崖のギリギリ手前で停止する。
ズザアァァァン。
崖から落ちた四輪駆動車は、大きな水柱を立てて海に沈んだ。
「くそっ!」
コナンも追うように崖から飛び出した。垂直な崖をスケボーで滑り、岩のでっぱりではね飛ばされたコナンは、空中で回転しながらスケボーをキャッチして、再び崖を滑り落ちる。海に着水したコナンは、海面を跳ねながら進んだ。腕時計を外し、大きく息を吸いながらライトを点けると、腕時計を口にくわえて海中に飛び込む。
夜の海の中は真っ暗で、コナンは腕時計のライトとメガネのレーダーを頼りに潜っていった。するとレーダーの画面が徐々に乱れて、ブツッと消えてしまう。
「!」
腕時計のライトが照らした海底に、四輪駆動車が沈んでいた。車内には誰もいない。
(やべ、もう息が……)
息が苦しくなったコナンは、踵をひるがえして上昇し始めた。海面に顔を出して思い切り息を吸うと、周囲を見回す。
「灰原! 灰原ー!!」
しかし真っ暗な海が広がるばかりで、灰原もピンガ達の姿も見えない。
一体どこへ──そう思ったとき、海中からゴウン、ゴウンと地鳴りのような低音が聞こえてきた。
「!?」
コナンは再び海に潜った。両手で水をかき分けて、真っ暗な海の中を進む。口にくわえた腕時計のライトが、海中を青白い光で照らす。
一瞬、目の前に何が現れたのかわからなかった。そのとてつもなく巨大な魚影は、漆黒の海に溶け込むかのように存在感を消していたのだ。
それが巨大な潜水艦だと気づいたコナンは、全速力で泳ぎ出した。必死で海面に出ようとするコナンの背後を、黒い鋼鉄の塊が斜め上に横切っていく。
凄まじい音を響かせながら艦首を海面から突き出した潜水艦は、巨大な水柱を立てた。
やや離れたところで海面に出たコナンは、巨大な黒いクジラのような艦体に、思わず息をのんだ。
「マジかよ……」
愕然とするコナンに、潜水艦の浮上が引き起こした高波が近づいてきた。やべっ! と慌てて海岸に向かって泳ぎ出す。しかし波のスピードが速くて、あっという間にのみ込まれてしまう──。
阿笠博士が崖下の岩場に下りていくと、息を荒くしたコナンが海から上がってきたところだった。その手にはスケボーと、灰原が着ていたカーディガンを持っている。波にのまれた後、海底に沈んだ四輪駆動車に戻って探したのだ。
カーディガンを見た阿笠博士は、へなへなとその場に崩れた。
「そ、そんな……どうして……哀君……」
ううう、と嗚咽を漏らす阿笠博士に、ゆっくり息をして呼吸を整えたコナンが「博士」と呼びかける。
「灰原は、オレがぜってー連れ戻す……!」
カーディガンを強く握りしめたコナンは、決意のみなぎる表情で言った。
コナンと阿笠博士がベルツリーホテルに戻ったとき、すでに深夜になっていた。
人気のないホテルのロビーで、コナンは目暮と佐藤に、灰原がさらわれた経緯と海で潜水艦を見たことを伝えた。
「潜水艦?」
突拍子もない話を聞いた目暮が、思わず聞き返す。
「うん」
シャワーを浴びて館内着の作務衣に着替えたコナンは、力強くうなずいた。
「まさか……」
信じられない様子でつぶやいた佐藤は、コナンの隣でソファに座った阿笠博士を見る。
「阿笠さんも見たんですか?」
「いや、ワシは暗くて……」
ソファの前に立った佐藤と目暮は、困惑した顔を見合わせた。
「怖い思いをしたから、勘違いしたのかも……」
「違う!」
コナンは強い口調で否定した。
「オレはホントに潜水艦を見たんだ!!」
声を荒らげるコナンに、阿笠博士が「落ち着くんじゃ」と肩に手を置く。
本当に見たんだ──コナンはうつむき、膝に乗せた手に力を込めた。
その様子を見て、目暮と佐藤が再び顔を見合わせる。そして目暮が懐から折り畳みの地図を取り出し、
「……コナン君、どの辺りかな?」
ソファの前のテーブルの上に広げた。それは八丈島の地図だった。コナンは前のめりになって地図を覗き込む。そして、
「この辺。間違いない」
灯台が近くにある南原千畳岩海岸付近の海を指差した。
「灯台があります」
「警察や海保の防犯カメラがあるはずだ。調べてみよう」
目暮はそう言うと地図を折り畳み、懐にしまった。
警察の二人が立ち去って、ロビーに残されたコナンと阿笠博士は、うつむいたまま互いに黙り込んでいた。
「哀君……無事だといいんじゃが……」
頭を抱え込んだ阿笠博士がつぶやくと、コナンはハッと顔を上げ、作務衣の上に羽織ったカーディガンのポケットから探偵バッジを取り出した。
「灰原! 灰原!」
コナンは探偵バッジに呼びかけた。すると、阿笠博士が探偵バッジを持つコナンの手をつかむ。
「さすがに無理じゃ。それに奴等に聞かれてしまうかもしれんぞ」
潜航中の潜水艦に灰原がいるとしたら、探偵バッジの電波は届かない。海面近くまで浮上して万が一届いたとしても、灰原の周りに誰かがいれば聞かれてしまう。
どちらも冷静に考えればわかることなのに、動揺している今のコナンには判断できなかった。
「……だよな」
コナンは落ち込んだ様子で、探偵バッジを見つめた。灰原を連れ戻す方法を考えるコナンの頭に、蘭と闘っていたコーンロウの男が思い浮かぶ。
「……ピンガを捜し出さねーと」
「ピンガ?」
阿笠博士が聞き返すと、コナンは小さくうなずいた。
「ああ、組織のメンバーの一人だ」
工藤邸にいる沖矢に、コナンから電話がかかってきた。
電話に出た沖矢は椅子から立ち上がり、窓に近づいて夜空を見上げた。東京の空はほとんど星が見えない。
「……潜水艦か。ライフルでは歯が立たないな」
『どうすればいい?』
「こちらで対処法を考える。その子の奪還は……」
『それはこっちでなんとかすっから、赤井さんは潜水艦に専念して!』
「ああ、わかった」
答えるとプツリと電話が切れて、沖矢はしばしスマホの画面を見つめた。
沖矢に電話をした後、コナンはホテルの屋上に上がり、蘭に電話をかけた。
「心配すんなって。オレもいろいろ探って、博士に連絡すっから」
蝶ネクタイ型変声機を巻いたスマホに向かって、コナンは励ますように明るい口調で言った。
『新一、こっちに来られないの? 知り合いの子がさらわれちゃったんだよ』
「わかってる。いざとなったら、そっちに行ってやっからよ」
コナンは答えながら、羽織ったカーディガンのポケットを探った。
『ホント? 約束だからね』
「ああ……」
ポケットからピルケースを取り出したコナンは、通話を切った。手のひらのピルケースを親指で器用に開けて、青と白のカプセルを取り出す。
「いざとなったら、な……」
手にしたカプセルを見つめて顔を上げると、満天の星が瞬いていた。