4
拉致された直美は、狭い二段ベッドの下段に寝かされていた。傍らにはベルモットが腰かけ、さらにベッドの横にはバーボンが立って、眠っている直美を見つめている。
ベルモットが直美の着衣を調べていると、直美の胸元からネックレスが見えた。
「あら、カワイイ」平たい四角錐形のペンダントトップがついた、シンプルなネックレスだ。ベルモットはネックレスを持ち上げ、ペンダントトップを調べた。すると、ペンダントトップの底がパチンと外れて、USB端子が現れる。
「へぇ……」
ニヤリとしたベルモットは、眠っている直美を残して、別の部屋に移動した。
ベルモットが入ったのはソファセットの置かれた応接室だった。部屋の隅に置かれたデスクには、ノートパソコンやモニターが並んでいる。ベルモットはデスクチェアに座り、ノートパソコンのUSBポートにネックレスのペンダントトップを差し込んだ。ベルモットを囲むようにして立っているバーボン、ウォッカ、キールがモニターに目を向ける。
「画像ファイルみたいね」
ノートパソコンに表示されたフォルダをダブルクリックすると、『Recognition(認識) test』というファイルが出てきた。さらにそれをダブルクリックすると、画像ファイルが別ウインドウで表示された。
その場の全員の目が、釘付けになる。
「これは……ッ」
「シェリー!!」
開いた画像ファイルには、二つの画像が貼られていた。一つは、街中を歩く宮野志保(シェリー)の画像。そしてもう一つは、別の街中を歩く灰原の画像だ。
「隣のガキ……似てるな」
ウォッカが二つの画像を見比べて言った。
「……子供時代のシェリーかしら?」
キールの言葉に、ウォッカは「いや」と否定した。
「最新の画像だ。奥の野郎の手元を見ろ。最近の機種だぜ」
灰原の奥を歩く青年はスマホを持っていて、それは新しい機種だった。宮野志保(シェリー)が子供の頃には存在しないものだ。
「……なるほどね」
意外に鋭いわね──ベルモットはウォッカをチラリと見た。
「……つまり、どういうこと?」
キールがたずねると、ウォッカは改めて画像を覗き込む。
シェリーの顔と灰原の顔はそれぞれ赤い枠で囲まれていた。さらに二つの画像の下には、『All Ages Recognition (老若認証・一致)』の文字がある。
ウォッカはサングラスの下で目を丸くした。
「まさか、このガキがシェリー!?」
それまで黙って様子をうかがっていたバーボンの目が、チラリと動いた。
フランクフルトにいるジンにウォッカから電話がかかってきたのは、夜も更けた頃だった。路肩に停めたポルシェ356Aの運転席で、ジンは煙草をふかしていた。助手席ではコルンが自分のスマホをいじっている。
「そいつはなんの冗談だ、ウォッカ」
興奮した様子で電話をかけてきたウォッカの話を一通り聞いて、ジンは一蹴した。
「シェリーはベルツリー急行で死んだはずだ」
ベルツリー急行に乗り込んだバーボンとベルモットが、シェリーを貨物車ごと爆弾で吹っ飛ばしたのだ。バーボンの目の前で爆死したと、ベルモットから報告を受けている。
しかし、ウォッカは一歩も引こうとはしなかった。
『だから、子供のなりになって生き延びてたんですよ!』
「……子供?」
『どんなからくりかはわかりやせんが、ただ奴は科学者だし、もしかしたら……。なんなら画像を送りやしょうか?』
「いや」
ジンは即座に断った。
「直接見る。それまでにそのガキを拉致しておけ」
『えっ? でもどこにいるかわかりやせんぜ?』
戸惑うウォッカの声が聞こえてきて、ジンは煙草をくわえたまま口の端を上げた。
「そういう奴を見つけるのに相応しいシステムを、手に入れたばかりだろ?」
ウォッカは受話器を壁に戻すと、ソファに腰かけて、ヘヘッと笑った。
「さすがは兄貴だ」
「……さらうつもり?」
ソファの横に立ったキールがたずねると、ウォッカの向かいに腰かけたベルモットが口を開いた。
「私はお断り」
「ああっ?」
ウォッカが前のめりになると、ベルモットの美しい顔が険をはらんだ。
「計画にないことはすべきじゃないわ。『老若認証』を改ざんして、過去の防犯カメラの記録から私達の痕跡を消す。それがボスの命令よ」
「同感ですね」
キールのそばに立つバーボンが言った。
「予定外の動きは、計画の失敗を招きます」
「私も遠慮するわ。こんな状態だし」
キールはそう言いながら、襟を広げて包帯が巻かれた右肩を見せた。三人に断られたウォッカは、忌々しそうに鼻を鳴らす。
「フン、最初からお前らと組むつもりはねぇよ。これはピンガにやらせる」
「あのピンガがあなたの言うことを聞くかしら」
ベルモットが冷静に返すと、ウォッカは自信ありげに笑みを浮かべた。
「ラムの言うことなら聞くはずだ。かつてラムの片腕だったキュラソー……そのキュラソー亡き今、ラムの側近に収まっているのがピンガだからな」
組織のナンバー2であるラム。そのラムの腹心だったキュラソーは情報収集のスペシャリストだったが、組織を裏切ったため、東都水族館で死んだ──。
バーボンは、テーブルランプの横に並べられた酒瓶を見た。ジンやベルモットなど様々な酒瓶が並ぶ中、ラムのすぐ下にピンガの瓶が置かれている。
バーボンは、そばに立つキールに視線を送った。
「ピンガがラムの言いなりになっているのは、なぜだと思います?」
「ラムに気に入られて、もっと上のランクに上がるためね」
キールが答えながらウォッカの方を向くと、ウォッカは不満げに眉を寄せた。
「知ってるよ。人を蹴落としてでも成り上がりたい野郎ってこともな」
ソファから立ち上がったウォッカは、捨て台詞を残して部屋を出て行く。
ウォッカの背中を見送ったベルモットは、自分の手元に視線を移した。手を上げて、きれいに塗られたネイルを見つめる。
(じゃあこれも知ってる? そのピンガが一番蹴落としたがってるのが、ジンだってこと)
手を下ろしたベルモットは、横目でデスクのモニターを見た。シェリーと灰原の画像が並んだ老若認証の結果画面を、険しい目で見つめる。
(それにしても、老若認証システム……開けてはならない玉手箱かも……)
白鳥らと共にコントロールルームに戻ってきた牧野は、エンジニアたちに事情を説明した。
「直美が拉致された!?」
牧野の席に集まったグレースの声に、他の技術者たちがざわつく。コンソールに肘をついて顔の前で両手を組んだ牧野は、目を閉じてうつむいた。
「しかも……我々の中に犯人の共犯者がいるかもしれない」
「なんだそれは! バカげてる!!」
立ち上がって叫んだのはレオンハルトだった。牧野が顔を上げる。
「そう。だが我々はインターポールだ。自らにかけられた疑いは、自ら晴らす」
「海中ハッチのログを調べればいいだけでしょ」
自分の席についていたエドは、うんざりした様子でキーボードを操作した。すると巨大モニターに、ドライスーツ姿の二人組が同じ姿の一人を抱えドライデッキへ入る映像と時刻が表示された。さらに別ウインドウにシステム操作ログが表示されたが、映像時刻と合致する操作時刻は見当たらない。
「ログは……ないわね」
巨大モニターを見たグレースがつぶやくと、コナンが口を挟んだ。
「じゃあ、外からハッキングされたってこと?」
椅子に座ったレオンハルトが、驚いてコナンを見る。
(なんだ、あのガキ……)
エドはやれやれといった顔で、両手を頭の後ろで組んで椅子の背もたれに寄りかかった。
「このシステムは日本警察やユーロポールと繋がっている。そこからなら『バックドア』も仕掛けられるかもな」
「バックドア……」
黒田のつぶやきに、白鳥が応える。
「ハッキングのために仕掛ける『裏口』ですか」
「……狙われたということか」
白鳥は意味が分からず、「はい?」と黒田を見た。
「フランクフルトの侵入事件。犯人の真の狙いは、パシフィック・ブイがヨーロッパと繋がる、今日だったということだろう」
黒田の言葉に、牧野がハッとする。
「そうか。コンピュータセキュリティは中からの攻撃には弱いからな……」
そう言いながら、牧野は顔を手で覆ってうつむいた。
「だとしたら、共犯者は今ユーロポールにいるのでしょうか?」
白鳥の問いに、エドが「いんや」と答える。
「バックドアが一度できたら、世界中どこからでも操作できる」
他人ごとのように飄々と話すエドから、黒田は渋い顔でうつむく牧野に視線を移した。
「つまり、この中に共犯者がいる可能性も残るというわけですな」
黒田の言葉に、誰も言い返す者はいなかった。重苦しい空気が流れる。
一連の話を聞いていたコナンの頭に、黒ずくめの組織が思い浮かんだ。
(奴等の狙いはおそらく『老若認証』システム……)
コナンは沖矢からの電話を思い返した。
黒ずくめの組織のメンバーが、フランクフルトのユーロポール・防犯カメラ・ネットワークセンターに侵入した。侵入者のコードネームは、ピンガ。
(この中に奴等の仲間がいるのか、それとも……)
コナンは顎に手を当てながら、険しい表情をしているエンジニア達を見た。そのとき、白鳥がスタッフ全員に聞こえるように声を張り上げた。
「では、皆さんにはスマホやパソコンなどの任意提出、及び事情聴取を受けてもらいます。──いいですね、牧野局長」
「……はい」
うつむいた牧野は、仕方なさそうに答えた。
その日の夕方。到着客と出発客が混在する八丈島空港の総合ロビーで、サングラスをかけたベルモットはベンチに座り、スマホでメールを打っていた。
『♯969♯6261』。タッチ音が〝七つの子〟のメロディとなって響く。そして、画面のキーボードで文字を入力していく。
手早く打ち終えたメッセージを送信すると、ベルモットはベンチから立ち上がり、横に置いたスーツケースを手に取った。カツカツと靴音を響かせながら、搭乗口へと向かう。
FBIのジョディ達がフランクフルト空港に到着したのは、早朝だった。到着ロビーを出ると、スマホを持ったスーツ姿の男性が待っていた。
「お待ちしていました。ユーロポールのハンスです」
「朝早くにお迎えありがとう」
ジョディが礼を言うと、背後にいたキャメルとジェイムズが挨拶をする。
「初めまして。キャメルです」
「ジェイムズです」
ハンスと対面したジョディは、悲しげにうつむいた。
「……ニーナは残念だったわ」
「親しかったんですか?」
「ええ。ユーロポールと捜査協力したとき、連絡先を交換したことがあって……」
ジョディは話しながら、ニーナのことを思い出した。ここフランクフルトで一緒に捜査をして、ときにはカフェで討論を交わすこともあった。とても優秀な女性だったのに──。
ハンスもジョディと同じ気持ちだった。悔しそうに眉をひそめて唇を噛みしめる。
「行きましょう。ユーロポール・防犯カメラ・ネットワークセンターに案内します」
ハンスはそう言うと、停めてある車に向かった。
ベルモットが八丈島空港のロビーにいたのと同じ夕方、警視庁のヘリコプターがパシフィック・ブイのヘリポートに着陸した。ヘリコプターから降りてきたのは、目暮十三警部と佐藤美和子警部補だ。
二人を出迎えた白鳥は、さっそく事情聴取を始めることにした。施設内のカフェスペースで、目暮と佐藤、白鳥と黒田がそれぞれペアになって、エンジニア達から話を聞く。
グレースからの事情聴取は、目暮と佐藤のペアが担当した。
「グレースさんはいつからこちらに?」
「私は五年前に技術職で採用されました」
目暮の質問に答えたグレースは、思いを巡らせるように黙った。そして「あの……」とためらいがちに口を開く。
「こんなことが起きた以上、システムの運用をいったん停止すべきなんじゃないかと思うんですが……」
グレースの背後にあるプランターボックスの陰で、コナンは話を聞いていた。
グレースの次は、牧野だった。
目暮と佐藤は別の席に移動して、牧野から話を聞いた。コナンも目暮たちからやや離れた席に移動して、様子をうかがう。
目暮がパシフィック・ブイの運用を一時中止するよう提案をすると、
「ダメだ、それは絶対にできない!」
牧野は断固として突っぱねた。
「いや、しかし……」
「当日に停止など、インターポールの威信に関わる!」
冷静さを失い熱くなった牧野は、テーブルをドンと強く叩いた。
レオンハルトからの事情聴取は、白鳥と黒田が担当した。
「なんでアンタ等が取り調べしてんだよ!」
カフェの席につくなり、レオンハルトは攻撃的な態度に出た。が、白鳥は動じることなく聴取を続ける。
「インターポールに出向したのはいつですか?」
「日本警察だって容疑者のうちじゃねぇのか!」
レオンハルトは質問には答えずひたすら怒りをぶつけるだけで、その怒鳴り声は隠れて聞いていたコナンの耳にも飛び込んできた。
エドからの事情聴取は、自分のコンソールから離れたくないという本人のたっての希望で、エドの席で行われた。
白鳥がパシフィック・ブイの運用を一時停止するよう提案をすると、
「俺も停止は反対。だってこんなすごいシステムをいじれるんだよ」
エドはコンソールを操作して、モニターに映るヨーロッパの街の映像を切り替えた。
「以前まで、世界的なIT企業におられたそうですが」
黒田の声に、作業をしていたエドの手が止まった。黒田の方をチラリと見ると、すぐに前を向いてキーボードを操作する。
「こっちの方がずっとやりがいあるね。今日みたいにエキサイティングな事件も見られるし」
コナンは直美のコンソールの下に身を潜めて、エドの話を聞いていた。
夜になり、蘭達はホテルのレストランで食事をすることにした。
広いレストランの前には大きな池があり、ライトアップされた水面が青く輝いて幻想的な雰囲気を醸し出している。
園子や小五郎と同じテーブルについた蘭は、テラスの先にあるライトアップされた池をうっとりと見つめた。
「ホント、キレイ! お食事もおいしいし、雰囲気も素敵だね」
褒められた園子は、ニッコリと微笑む。
「うん、夏も──」
「サイコ──!! カァ~~ッ」
グラスの島酒を飲み干した小五郎が、真っ赤な顔を上げて叫んだ。
「……台無しだけど」
あきれる園子の隣で、蘭が「お父さん!」と目を吊り上げる。
「大きい声出さないでよ。恥ずかしい!」
レストランの料理は、八丈島の郷土料理がメインだった。
近海でとれる新鮮な魚介類をはじめ、メダイやトビウオを使った島寿司、ブドと呼ばれる海藻の煮ごこり、さらに明日葉などの島野菜の天ぷらがずらりと並び、隣のテーブルについた元太達はもりもり食べた。
「うんめー! 明日葉って苦ェんだな」
「本当ですね」
「このお寿司、おいしいよ」
わいわい言いながら食べる元太たちを前にして、コナンと灰原は黙々と料理を食べた。
「で、どこ行ってたの?」
灰原がぼそりとたずねる。
「……パシフィック・ブイってとこ」
コナンが答えると、灰原はジロリと見た。
「やっぱりね。何してたの?」
「いや、別に……」
目をそらしてごまかすと、向かいに座った歩美が「コナン君」と声をかけた。
「クジラさん、バッシャーンってすごかったんだよ! クジラのおじさんが、クジラがどこにいるか当ててくれるの」
嬉しそうに報告する歩美の隣で、光彦が「タブレットで調べていました」と付け加える。
「クジラのおじさん?」
きょとんとするコナンに、隣に座った阿笠博士が「ほれ」と、スマホを見せた。
「彼じゃよ」
スマホの画面には、阿笠博士と丑尾が船上で肩を組んで親指を立てている写真が映っていた。
「いやぁ~、すっかり意気投合してのう」
(なんだよ、この写真)
コナンがあきれながら見ていると、灰原は軽く一瞥してご飯を食べ始めた。写真を嬉しそうに見ていた阿笠博士が、「そうじゃ!」と顔を上げる。
「ワシが教えてもらったクジラ知識で、腹ごなしの……」
料理をバクバク食べていた子供達が、ピクリと顔を上げた。
「まさか!」
「クジラクイズじゃ~!」
両手を広げてニコニコ微笑む阿笠博士に、コナンが「腹ごなしのクイズってなんだよ」と突っ込んだ。
阿笠博士はさっそく思いついたクイズを出した。
「皆大好き、クジラさん! では、クジラが怒ったかどうか、どこを見ればわかるかな? 一番、耳。二番、鼻。三番、口。四番、目。さあ、どれかのう?」
子供達はそれぞれ考え始めた。
「えー? クジラさんが怒ったとき?」
「耳、鼻、口、目……」
「わかんねーよ。なんかヒントねぇのかよ、コナン」
元太から助け舟を求められたコナンは、「そうだな」と言った。
「『怒る』を別の言い方にするとなんだ?」
コナンとしてはわかりやすいヒントを出したつもりだったが、子供達はかえってわからなくなってしまったようで、首を傾げてうーんと唸る。
コナンが別のヒントを出そうとすると、
「吉田さん、怒った顔をやってみて」
灰原が言った。
「怒った顔? こーお?」
歩美は不思議に思いながらも、人差し指で目尻を持ち上げてイーッと口を横に開く。
「その指はどこを押さえてる?」
灰原に聞かれて、光彦は歩美の顔を見た。
「目尻……ですか?」
「目尻は『目くじり』とも言うんだぜ」
コナンの言葉に、隣のテーブルの園子がピンと来た。
「目くじり……あ、そうか!」
「ああ、あの言葉ってそこから来てるんだ」
答えがわかった蘭も、さりげなくヒントを出す。
「目くじり……」
とつぶやいて考え込んだ光彦が「ああー!」と声を上げた。
「『目くじらを立てる』! 答えは四番の『目』です!」
「ピンポーン! 光彦君、正解じゃ!」
阿笠博士が満面の笑みで親指をグッと立てる。
「やりました!」と拳を突き上げる光彦に、元太が「えー」と口をとがらせた。
「ほとんど答え教えてもらったじゃねーかよ」
「それ、元太君も聞いてたでしょ」
「でもよー」
子供達が盛り上がっているのを阿笠博士が微笑ましく見ていると、
「なあ、博士」
コナンが前を向いたまま言った。
「後でちょっといいか」
「おお、なんか用かの?」
「いや、ちょっと……」
コナンの隣で料理を口に運んでいた灰原は、チラリと横目で二人を見た。
夕食を食べ終えたあと、コナンと阿笠博士は子供達に見つからないようにこっそりホテルを出て、海辺へ続く階段を下りた。断崖の中腹にベンチが設置されていて、阿笠博士が座るとコナンはベンチのそばに立ち、パシフィック・ブイで起きたことを話した。
「なんじゃと!?」
「声がデケーって」
コナンが注意すると、阿笠博士は気持ちを落ち着かせようと息を吐いた。
「それは、黒ずくめの仕業なのか?」
「オレはそう思ってる」
「なるほど」
ふいに背後から声がして、コナンと阿笠博士が後ろを振り返ると、階段から灰原が下りてきた。
「そういうことだったのね」
「……どっから聞いてた」
「女性エンジニアがさらわれたってとこから」
灰原の答えを聞いて、阿笠博士が「全部じゃな……」とコナンに耳打ちする。立ち止まった灰原は、緊張した面持ちでたずねた。
「さらったのは、本当に組織の犯行?」
「可能性は高い。だから明日になったら、すぐ子供達と帰ってくれ」
「ええ、言われなくてもそうするわ。もちろん、あなたも一緒にね」
いつもの不愛想な口調だったが、その声はわずかにうわずっている。
コナンはメガネを外して灰原に近づくと、灰原の顔に自分のメガネをかけた。
「……なんのつもり? 予備のメガネなら持ってるけど」
灰原は戸惑いながら、予備のメガネをポケットから取り出した。
「そのメガネは、博士が最初に作った一号機。言ったろ? そいつをかけてると正体が絶対バレねぇって」
それは、灰原にかつて言った言葉だった。ジンが企てた暗殺計画を阻止すべく杯戸シティホテルのパーティ会場に潜り込んだとき、ジンの影に怯えて弱気になった灰原に、コナンは自分のメガネをかけさせて言ったのだ。
「……のわりには、あっさりピスコにバレてさらわれたけど?」
気恥ずかしさを取り繕うように灰原が茶化すと、コナンはウッと言葉に詰まった。
「……でも、その後、助かったろ? まあ、お守りみてーなもんだと思って、オメーの予備のメガネと交換しとこうぜ」
そう言って灰原の手から予備のメガネを取ると、階段の方へ歩いていく。
「さあ、哀君も戻ろう」
阿笠博士も歩き出した。
「……ええ」
灰原はコナンの後ろ姿を見つめると、かけられたメガネをそっと外した。
(お守りねぇ……)
心の中でつぶやいた灰原は、どこか嬉しげに唇を緩ませた。
コナンがホテルの部屋に置いていったスマホが鳴った。
誰もいない薄暗い部屋に、着信音が鳴り響く。
着信画面には『安室さん』の文字が表示されていた。