◆小学生編

 

 

 私は小野寺たま子。ごく普通のどこにでもいる社畜OL。しいて言えば人よりちょっぴり女の子同士の恋愛――百合モノがガチで好きっていうぐらいかな!

 しかしそんな軽口を叩く元気もないほど、今の私は疲れ切っていた。

 はー、会社つらい……。毎日終電で帰るのしんどいよう。

 どうしてこんな思いをしてまで、私は人間として暮らしているんだろう……。来世は百合カップルのイチャラブを見守る観葉植物になりたい……。

 駅から家までの暗い夜道。海の近くに住んでいるから、潮風が冷たい。

 唯一の楽しみは、通勤時間に読む百合漫画だ。

 歩きスマホしながら、更新された漫画をチェックする。おお、きょうは『優等生とギャル子の日々』が更新されている……!

 これはひょんなことからギャルと出会った少女が、友情を深めながらほのかな恋心を育ててゆくお話だ。小学生編、中学生編ときて、今は高校生編に突入している。穏やかに流れる時間を切り取りながらそれでいて一切の中だるみがないという名作だ。好きなことに早口になるのは百合厨の特徴だが、私もそれに漏れず『優ャル(略)』に関して喋るときは多弁です。なんといっても主人公が可愛いすぎる上に相手のギャルちゃんもすごくいい子で夜のプール回とかもうめちゃめちゃ尊かったっていうかこんなにも優しい世界がフィクションとはいえ存在しているなら私もこの汚れた地球でまだまだがんばっていけるんだよなあっていうか。ああダメダメきょうの更新分読みたいけど読めない! だって読んだらもう読み終わっちゃうんだもんつらいよぉ読みたいけどああ手が手が勝手にぃ――――。

 そんなことを考えながらスマホをガン見して歩いていた私はいつの間にか波止場に来ているのも気づかずなにかにつまずいて海に転落した。享年二十五歳であった。

 死ぬのはいいけど! せめて更新分! 更新分だけ読ませてほしかった!

 

 

 だが――死んだはずの私はふと目覚めた。

 病院? 助かった? いや、ここは野外だ。

 なんだろうか、生きていたはずなのになんだか体の感覚がおかしい。手はある。足もある。目も見えるんだけど、背がずいぶん縮んでいるような……。

 波止場から夜の海を覗き込む。今度は落ちないように。

 そこには一匹の仔猫がいた。ふにゃー⁉

 

 一眠りしたら家のベッドで目覚めるだろうと思ったんだけど、違った。朝になっても私は三毛猫のままで、もふもふの毛皮に包まれていた。

 そういえば転んだときにつまずいたなにかは、どうやらこの猫だったように思える。なんか『フニャッ⁉』みたいな声がしたし。

 もしかしたら巻き込んじゃったのかな、申し訳ない……。

 しっかし、どうしよ……。マンションの鍵は水死体のポケットだから、とりあえず実家に連絡して……。

 連絡。どうやって。

 スマホもない。肉球だと指紋認証も難しそうだ。

 しばらく野良生活か……? ただの社畜の私にそんなサバイバルができるんだろうか……。不安過ぎる。

 とりあえず波止場は寒いから、マンションのほうに向かおう……。

 こうして私の第二の人生――もとい、猫生が始まった。

 

 

 私の猫生は早くも絶体絶命のピンチだった。

 てしてしと歩道を右側通行しつつ、私はにゃーとうめく。

 おなかが、おなかが空いたよう……。

 これは『百合厨は生きるために百合漫画を摂取する必要がある』という比喩でのお腹が空いたではなく、マジなやつである。

 仔猫っていうのは成長にたくさんエネルギーを必要とするくせに胃が小さいので、一日に何度もご飯を食べなければならないのだ。

 それができなければどうなるか。ゴートゥーヘル! である。

 うう、背に腹は代えられない。残飯でも漁るしかないのか……。

 シャッターが目立つ商店街に立ち入れば、しかしあちこちから視線を感じる。これは……野良猫さまの睨み⁉

 ああいえいえ、私はそんな、ナワバリを荒らす気なんて全然、全然。へへ、新参モノは失礼しやっす。へっへっへ。

 猫の世界も世知辛い……。

 いや、そもそも残飯が発見できたところで、ゴミ袋に頭を突っ込んで食べるなんて、元人間の私にできるわけがない……。

 野生の猫ってなに食べるんだろ。ハトとか、あとは……あの、例の古代から生きているあんな感じの生物とか……?

 いやいや、無理無理無理無理!

 そんなの食べれるわけないじゃん!

 えっ、ちょ、私って本格的に詰んでない? 猫ってもっと、ひだまりの下で日がな一日ゴロゴロして、好きな時間に寝て、好きな時間にご飯食べれるみたいな生活じゃないの? 今めちゃくちゃデッドオアアライブなんですけど。

 やばい、しかも雨が降ってきた

 空から落ちてくるおっきな雨粒に、体の熱が急激に奪われてゆく。

 寒いよう、寒いよう……。

 体は重いわ辛いわお腹ペコペコだわで、ひどい状況だ……。

 しかもこれ、一度濡れたらもう乾かすことできないのでは……。ドライヤーなんてないし、キレイなタオルだって外には落ちていない。あ、なんか寒すぎて頭ぼーっとしてきた……。

 ぱたり。

 私は自分のマンション目前で、ついに一歩も動けなくなった。

 家に帰れれば、温かいお風呂もあるし、冷蔵庫にもなにか入ってるだろうに……。

 ああ、こんなことなら、読みかけの百合漫画……もったいぶらずに、全部読破しておけば、よかっ、た……がくっ。

 こうして私の短い(本当に)猫生は終わりを告げたのだった。

 ――バッドエンド1『歩きスマホにご用心』

 

 

 って――。

 私はなんだかいい匂いにつられて頭をあげた。

 これは、とりにく……とりにくのにおい!

 目の前のタッパに、鶏肉を固めてふやかしたようなものが、大量によそわれてた。な、なんだこれは。ここ鶏肉の楽園か? 警戒なんてすっかり忘れてかぶりつく。おいしい。とりにくおいしい!

 むしゃむしゃと食べていると、頭の上に巨大な手のひらが乗っかってきた。おおう。

 振り向いて見上げる。そこにいたのは、ひとりの少女だ。

 黒髪を肩のところで切り揃えた、線の細い女の子。小学生の高学年かな。まん丸で大きな黒瞳は好奇心に彩られていて、彼女は私が食べるところをじっと見つめている。まるで鏡みたいに透き通り、私の姿を映し出していた。

 目が覚めるほどの美人という感じではないけれど、人を惹きつけるような不思議な魅力をもった美少女だった。

 てか、あれ……。この子、見たことがあるような。

 そうだ。最近お隣に引っ越してきた……花崎はなざきちゃん、だったかな? 数ヶ月前に引っ越してきたとき、うちにも挨拶に来てくれたんだった。

 暖かな家の中で、私はバスタオルに包まれていた。ここは妙に天井の高いリビングで、それはあくまでも私が縮んでいるからだと気づく。あの冷たい雨も届かない。ここには私を脅かすものがなにもないかのようだった。

 深優ちゃんはこねこに優しく微笑んだ。

「ぜんぶ食べていいんだよ」

 今さらになって事情を理解する。この子が、行き倒れていた私を助けてくれたんだ。

 誠にありがとうございます。あなたのおかげで九死に一生を得ることができました。心より感謝しております……という感じの言葉は、にゃーにゃーという猫の鳴き声に置き換わった。

 まあ、実際に発声できたらできたで、大問題になるしね……。

 安心したら、またあの強烈な飢餓感に襲われた。私は仔猫用のウェットフードに頭を突っ込み、もぐもぐする。味覚が変化しているのか、あるいは単に空腹だからか、涙が出るほどおいしい。

「おいしい?」

 深優ちゃんが嬉しそうに問いかけてくる。私はまた「にゃー」と鳴いた。

 うう、おいしい、おいしいよう。

 生きててよかったよう。

 

 ごはんを食べたのと安心して眠くなった私を、深優ちゃんはお風呂場に連れていった。小さな子に抱えられるのは不思議な気持ちだけど、なんだか心が落ち着く。

「かぜ引いちゃわないようにねー」

 深優ちゃんはシャワーを出して、私に温かいお湯を浴びせる。小さな女の子に全裸を介抱されてる状況って、なんか、すごいヤバいのでは……みたいなのが頭をよぎったけれど、力なくされるがままになっている。

 お湯は気持ちいい…………んだけど、なんかこれ、気持ちが悪いような……。

 空から降り続くお湯は、まるで雨のように重たい。さっきまでのすごく嫌な記憶が洗い流せず、私は思わず深優ちゃんの手を離れる。

 ぴょんと高いところに乗ると、そこにはなみなみとたゆたう浴槽があって。

 目眩がした。夜の海に落ちたときの、針のような冷たさが全身を突き刺し――。

「にゃ~~~~~……」

「ね、猫ちゃん⁉」

 私はクラクラになりながらその場で吐いてしまった。浴槽を汚した悲しみに包まれながら、意識が遠ざかってゆく。

 うう、すみません……。でも捨てないで、捨てないでくださいー!

 

 

 その日の夜、花崎家でささやかな家族会議が開かれた。

「ねえ、パパ、ママ……いいでしょ……?」

 議題はもちろん、私を飼っていいかどうかだ。

 このマンションはペット可だが、猫を飼うとなると手間もお金もとってもかかる。けれど私は必死にアピールした。鉛筆を口で咥えて『なんでもしますから!』と書こうかと思ったが、絶対不気味がられるので止めた。

 代わりと言ってはなんだが、大人しいですよ~、引っ掻いたりしませんよ~、というムードを出し続けた。伝わったかどうかはわからない。しかしか細い声で「にゃ~……」と訴え続けた。これぞ文字通りの猫なで声である。

 しかし、気弱な深優ちゃんに対し、パパママは優しかった。

「しょうがないな」とか「まだ小さいんだから構いすぎちゃダメよ」などと、最初からほとんど反対もされなかった。

 私は手放しで喜んだ。捨てられたら死ぬだけだからな! ありがとうございます、ありがとうございます! 一生尽くします!

 こうして、私は居候になった。

 小学五年生の女の子がご主人様の、飼い猫生活だ。

 もちろん、最初はおっかなびっくり、ビクビクしていた。なにかあったら捨てられるんじゃないかって。でも花崎家のご家族は、一度拾った猫をそんなに簡単に放り出すような人たちではなかった。私は可愛がられ、もてなされた。まるでお姫様のようだ。いや、ここではお猫様か。

 手に入ったのは、ひだまりの下で日がな一日ゴロゴロして、好きな時間に寝て、好きな時間にご飯を食べさせてもらえる夢みたいな生活である。

 しかも深優ちゃんがいるときは、ずっと遊んでもらえる。深優ちゃんの指とかふとももを舐めたり……とかは犯罪的すぎるのでちょっと勇気が出なかったけれど、もしやっても誰にも検挙されない……。

 一度は死を覚悟したのに、一発逆転だ。

 ああもう、本当に――。幸せすぎる~~~!

 

 

 飼い猫生活も一週間が経った。

「ただいま」とランドセルを背負った深優ちゃんが帰ってくる。

 普段から元気いっぱい! って感じじゃないけど、きょうはいつにもましてご主人様の顔が暗い。ご主人様の顔色だけを窺って生きてきた私だからこそわかる。どうしたんだろうか。

 にゃーにゃー? と小学五年生のハリのある膝をぺちぺちやる(※猫なので合法)と、深優ちゃんは私の頬を力なくムニムニしながら。

「タマちゃん……タマちゃんは、どこにもいかない、よね……?」

 えっ、もちろんそうですけど! っていうかずっと全力で養ってもらいますけど!

 ちなみに私の本名はたま子だが、タマの名はただの偶然である。別に伏線とかなんにもないので、気にしないでもらいたい。

「あのね」と深優ちゃんはポツポツと話し始めた。

 転校してきてから、なかなか友達ができないこと。

 なんとかしたいけど、どうすればいいかわからないこと。

「でも、わたしにはタマちゃんがいるもん……。だから、寂しくないよ」

 頭を優しくナデナデされて、私はピンと尻尾を立てる。

 両親は共働きで、夜遅くにならないと帰ってこない。深優ちゃんの晩御飯はいつもひとりぼっちで、母親の置いていったお弁当をレンチンして食べている。

 ご両親は私が来たから深優も明るくなったと喜んでいたけれど……。そうか、だから簡単に飼うことを了承してくれたのか。

 なんとなく、このままじゃいけない気がする。

 かといって、人間のときならラブラブチュッチュしてお隣の家の小学五年生と共依存展開とかマジぱねえってなるけど、飼い猫の私にできることはないし……。

 せめて、私は深優ちゃんを励ましたくて、にゃんっ、と掛け声をかけた。

 大丈夫、深優ちゃんはとっても優しいし、品があるし、美少女だから、友達なんてすぐにできるよ! ね! 私が保証するから!

 深優ちゃんはほんのりと微笑んだ。

「励まして、くれてるのかな……? えへへ、ありがと、タマちゃん……」

 は~~、深優ちゃんかわい~~! 私が死ぬまで養って~~~~~!

 

 

 ある日、パパさんが神妙な顔でママさんに言うのを聞いてしまった。

「お隣の小野寺さん、しばらく帰ってきてないみたいだぞ。なんでも日頃から家族に『もうマジ無理。百合の桃源郷を探しにいく。旅に出ます』と言っていたとか」

「百合の桃源郷……? 中国かしら……?」

 やばいですねその人……。もしかしたら一日十六時間ぐらい労働して、見えないものが見えていたのでは……。

 かくして、小野寺たま子失踪事件はたやすく迷宮入りした。心配しないでくださいお父さんお母さん。私は三食昼寝つきで小学五年生のご主人様に媚びを売って、体を弄ばれる生活を送っています。最高です。

 それよりも、深優ちゃんが嬉しい報告をしてくれた。

「あのね、タマちゃん、あのね」

 なーにー?

「学校でタマちゃんのこと話したらね、今度見に来たいっていう子がいてね、それでね……今度ね、うちに遊びに来てくれるんだ」

 おお、やったね深優ちゃん!

 私が拍手……の代わりに、おててでパタパタと地面を叩く。

「わー、ありがとタマちゃん~」

 ぎゅっと抱きつかれた。小学五年生の柔らかな体から、甘いミルクみたいな匂いがする。あっ、やばいこれ、やばい。いい匂い。猫の嗅覚は人間の数万倍あるんだ。全身が深優ちゃんに包まれて昇天しそう。やばい、これ実質セック略。

 はあ、はあ、離してもらった。やばかった……。幸せ死するかと思った。

 よし、ここは深優ちゃんのクラスメイトちゃんがめちゃくちゃ通いたくなるような可愛さを振りまいて、ご主人様に少しでも恩を返しましょう!

 猫は三日で恩を忘れると言うけれど、私は役に立ってみせますよ。深優ちゃんがこれからも永遠に健やかで、争いも悲しみもなく、穏やかで幸せに生きてけるように。

 その三日後、深優ちゃんのお友達が遊びに来た……の、だけど……。

 そのお友達様を見て、私は「マジか」ってなった。

 

 

 翌週。深優ちゃんの部屋に猫座りをした私は、お客様を招くホストとしての役目をまっとうしようと思って意気込んでたのだが――。

「わ、わ、マジで仔猫だ! かーわいー! なにこれちょーかわいいんだけどー! うわーうわー! 抱きしめたら折れちゃいそうー! うーわー!」

「すごいちっちゃい。ふわふわ。肉球ぷにぷに。じわる」

 ……。

 深優ちゃんのクラスメイトっていうから、『うふふ、ごきげんようお猫さん。あら可愛らしい毛並みですのね。お刺身、食べます? 最高級の大トロですわ』って感じのお上品な子を想像していたんだけど……。

「うわうわ、撫でていい? 撫でていい? わー、ありがとー! いーなー猫飼ってるとか、めっちゃかーわいー! うりうりうり、うーりうりうりうりー!」

 片方は髪をシュシュで片結びにして、ぱっちりとした瞳を爛々に輝かせた活発そうな子だった。上半身はキャミソールに、きわどいぐらい短いミニスカートをはいてて、やばい猫の視点だとぱんつが、ぱんつがモロに見えてます! 困ります、困りますお客様、ああー困りますー! 柄つきの綿ぱんつだった。脳内に保存した。

 で、もう片方は。

「名前はタマっていうんだ? へー、タマ。タマだって。じわる」

 とろんとして眠そうな目をした、大人しいというよりはどこかふてぶてしい態度の子だ。コテでくるりと巻いた髪に、細くて白い手足。人形のように綺麗で整った顔をして、ドレスを着せたらまるで社交界のお姫様みたいなのだが、やっぱり薄着をしてミニスカートだった。ぱんつはちょっと大人っぽいラメ入りの。目に焼きつけた。

 てか、ふたりともなんかすごいギャルっぽいんですけど!

「あ、こら、なんで逃げる。毛玉、こら」

「ひな乃が無理やり触ろーとすっからでしょ。アイがないよ、アイが」

 大丈夫⁉ 深優ちゃんこのちびギャルふたりにイジメられてない⁉

 物陰からフシャー! と威嚇する私。当初のおもてなし気分などどこへやらである。

 深優ちゃんがおいでおいでしてくる。

「大丈夫だよタマちゃん。ふたりとも乱暴しないから。ね」

 うう、ご主人様のご命令に抗うわけにはいかない……。

 机の下から這い出てくると、ふたりがそれぞれ自己紹介してきた。

「ウチはリンカ。羽黒はぐろりんだよ。タマ、よろしくねー」

「あたし、白幡しらはたひなです。よろしく毛玉」

 活発な方が燐香ちゃんで、ふてぶてしい方がひな乃ちゃん。

 まあ、ちゃんと挨拶ができる子に、悪い子はいないっていうし。見た目で判断するのはよくないよね。

 いいでしょう。私の体は深優ちゃんのものだけど、君たちにも少しは触らせてあげても構いませんことよ。

 少しね、少しだけだからね。

 前に出た私の両手を、ちびギャルたちがガシッと掴んだ。

 そして、にた~~……と笑う。

 うっ。

「うーりうりうりうりうりうりうりうりうりうりうりうりうりー!」

「よしよし。よしよし。よしよし。よしよし。よしよし。よしよし」

 ひぎゃあああああああああああああ~~~~~~!

 まるでドラム式洗濯乾燥機の中に突っ込まれたような嵐が私を襲う!

 考えてみてくれ。自分より遥かに巨大な生物に両手を捕まれ、体をもみくちゃにされる恐怖を! しかも私、毛皮は着込んでいるけど全裸! 全裸だからね! おいこらちびっこども! やめて! やめてくださいお願いします! やめろォーー!

 そんな、そんなとこ! 深優ちゃんにも触らせたことなかったのに!

 ――それから永遠のような時間が流れた。

 はぁ、はぁ、はぁ……はぁ………………。

 私の清い体は、ふたりの小学五年生に弄ばれた……。

 こいつら、見た目は美少女なのに、中身は完全に悪魔だ……。深優ちゃん、気を、つけ、て……。ガクッ。

 息も絶え絶えにぐったりして、完全に事後といった体で倒れてる私の前、いじめっ子どもは「はー楽しかった」とほっこり笑顔である。

「ねーねー。天気もいいしさ、外いって遊ばない?」

 へっへー、と燐香ちゃんはバッグからバドミントンのラケットを取り出す。

「ね、近所の公園いこ」

「疲れるのヤだ」

「えー」

 ひな乃ちゃんは体育座りしてティーンズファッション誌を広げる。合法的に美少女のぱんつが見える……。体力メーターが少しずつ回復してきた。

「じゃあ深優、やろ? せっかく持ってきたんだしさー」

「うんっ」

 うなずいた深優ちゃんは「あ、でも……」と顔を暗くして。

「わたしやったことないから……わたしとやっても、つまんないかも……」

 うつむいてしまった。

 そうだよ深優ちゃん……こんないじめっ子どもと遊ぶのはやめよう……。深優ちゃんにはもっといい人がいるって……深窓の令嬢みたいな人が……。

 しかし燐香ちゃんは深優ちゃんの手首をギュッと掴んで! まるで『逃がさないぜテメェ』と獲物を捉えた女郎蜘蛛のごとくニコッと笑って!

「だったらウチが教えてあげるからさ! ね、いこーよ、ひな乃はここでずっと雑誌読んでるみたいだしー?」

「……誰もいかないなんて言ってないけど」

「あれ、そーなの? ま、どっちでもいいけどっ。ほらほら、深優もさ」

 すると深優ちゃんは、まるでその言葉に勇気をもらったみたいにうなずいた。

「う、うん……。ありがとう、燐香ちゃん」

 うう、うう、三人が公園にいってしまう……。

 このままでは、深優ちゃんがなにをされるかわからない……。私が、私がご主人様を守ってあげないと……。

 私は力の入らない体を動かして、三人の後をついていくことにした。こんなときのために、窓の施錠を外して出入りするための技術を学んでおいたのだ。

 

 近所の公園で、燐香ちゃんと深優ちゃんはバドミントンをして遊んでた。

 それを公園の入り口に隠れ、覗き見ているのが私。マンションから抜け出すのは初めてだったけど、深優ちゃんが泣かされるかもしれないとあっては、怖がってなんていられない……。

 幸い風のあまりない日だったからか、ふたりの間をぽーんぽーんとシャトルが行き交ってる。実に牧歌的で、爽やかな風景だ。

「なーんだ、初めてのくせにけっこー上手いじゃん、深優!」

「そ、そっかな。あ、でもわたしこっちに来る前は田舎にいて、川で泳いだりしてたから……」

 知らなかった!

「えっ、マジで? なにそれめっちゃウケる! すごーい! 深優って面白いね!」

 褒められた深優ちゃんは顔を真っ赤にして照れてる。かわいい……じゃなくて、なんだこの子、うちの深優ちゃんを懐柔してなにが目的なんだ……⁉

 ベンチで足をブラブラさせていたひな乃ちゃんが燐香ちゃんと交代したり、三人は日が暮れるまでバドミントンをして遊んでいた。

 明るくはしゃぐ燐香ちゃんはいちいち親切で、まるでお姉ちゃんみたいに深優ちゃんにアドバイスして、遊び方を教えてくれた。

 最初の方こそ遠慮したり、緊張してた深優ちゃんも、終わる頃にはすっかり笑顔で本当に楽しそうだった。

 もしかして……本当に燐香ちゃんは、悪い子じゃないんだろうか。

 さっき私をボロ雑巾のようにしたのだってちょっとやりすぎちゃっただけで、悪気はなかったのかも……。

 我ながら手のひらを返すのが早いとは思うが、私はそんな風に思ってしまった。

 だって、ずっと友達を欲しがってた深優ちゃんに、こんなに優しくしてくれてるんだもの。そりゃ悪い子じゃないって、信じたいよね。

「はー、ちょっと休憩しよっか。ね、深優、お椀の中にいこーよ」

「うんっ」

 燐香ちゃんが深優ちゃんの手を引っ張って、穴の空いたお椀をひっくり返したような遊具の中に入ってゆく。外から中が見えないタイプのやつだ。

 私は後ろから回り込んで、そーっと中を覗き込んだ。

 すると、燐香ちゃんと深優ちゃんは隣り合って手を繋いでた。あっ、あっ、小学生女子がおてて繋いでるとか……。尊みを感じる……。

 いやいや違うそうじゃない。私はあのふたりが深優ちゃんになにか良からぬことをしないかどうか見張ってだね……。

「ねーねー、ひな乃ー。どーする? ウチはいいかなーって思うんだけど」

「あたしは最初からそのつもりだったし。渋ってたのはむしろリン」

「だ、だってどーゆー子かわからないのに誘うの、ヤでしょ」

「ま、ね」

 深優ちゃんは首を傾げてる。なんの話だろ。

「見せたほうが早い。リン」

 ひな乃ちゃんが燐香ちゃんとの距離を詰めた。

 肩を抱き、顎を掴んで顔を上向かせる。正面から見つめ合う美少女ふたり。なんだろうか。

 まさかキスしちゃったり⁉ いやいや、そんなわけない。私の妄想力もたいがいにしろ。女の子がふたりいると見るやすぐさまカップリングする百合厨なんだからこいつはもうどうしようもない。

 燐香ちゃんが照れて目を逸らそうとするのを、ひな乃ちゃんが止める。

「えっ、いきなりはハズいなあ……。ってか、頬に手を当てたりしなくても、別に逃げないって」

「なにごとにもムードは大事」

 ひな乃ちゃんは徐々に顔を近づけていって。

 まさか。えっ、ちょ、まさか? いやそんな、まさか? え、そんなまさかね?

 ちゅ、と。

 ふたりは唇を触れ合わせた

 ――――――(声にならない叫び)

 なになに、なにが起きたの?

 ちゅーしたよ小学五年生の女子が、今ちゅーしましたよ。マジで?

 ハッ、ひょっとしてこれは猫の目にしか見えていない霊的ななにかであってこの女子小学生たちは存在していないのでは。だってこんな美少女がちゅーするとか百合厨に都合のいいような話があるはずが。

 深優ちゃんも口元に手を当てて息を呑んでた。どうやら見えてたようだ。じゃあこれは現実……? 実在の光景……?

 まるで見せつけるかのように、ふたりは何度か、ちゅ、ちゅ、と唇を合わせる。うわあ、うわあ……。まさかナマでこんなのを見られる日が来るなんて……。人間なら滂沱の涙を流して神に感謝するところだが、今は猫なので尻尾をブンブン振り回すだけだ。

 しばらくして燐香ちゃんが離れてくと、ひな乃ちゃんはちょっと不満そうな顔をしてた。

「また目つむった」

「い、いいっしょ別に! ほら、深優が置いてけぼりになっちゃってるでしょ」

 置いてけぼりになってるのは私も同じなんだけど、いや、いいものを見せてもらったのでむしろお金をいくら払えばいいですか? って感じだけど。

「うん。見てみて、これ」

 正座して固まる深優ちゃんに、ひな乃ちゃんは雑誌を見せてきた。

 そこには『小学生からじゃもう遅い? 友ちゅーのススメ』とある。猫は視力が悪いので(だいたい人でいう0・1ぐらいしかない)記事の内容はあんまり見えないけど、ずいぶんと過激なことが書かれてるみたいだ。

 と、友ちゅーですと……? そんな文化が……?

「イマドキ、初めてカレシとキスするのに、下手だったらダサいじゃん? だから、ウチら友ちゅーして練習してるんだー」

 へへへと照れながら笑う燐香ちゃん。深優ちゃんは雑誌を覗き込みながら頬を染めて「わぁ、わぁ……」とつぶやいてる。

 なんてこった。世の中の小学生、ここまで乱れてたとは。

 ていうか、それを話したってことは……。もしかして、深優ちゃんをちゅー友にしようと企んでるのでは……⁉

 ダメダメ、そんなの絶対ダメだから!

 なに言ってんの⁉ バカじゃないの⁉ 深優ちゃんはファーストキスなんだよ! それをそんな雑にいただこうなんて羨ましすぎ――じゃなくて、お猫さん許しませんからね! どうせ誰でもいいからって、クラスで友達のいない深優ちゃんを誘ってみたんだろう。私はフシャーと毛を逆立たせる。

 女子小学生の百合っぽいものを前に少し戸惑ってしまったけれど、私がここに来たのは深優ちゃんを守るためだ。そう、きっとわたしはご主人様を清く正しい少女に導くために使わされた愛の騎士。

 ここで踏み込んでいったら、勝手におうちを出たことをこっぴどく怒られるとしても、見て見ぬふりはできない。猫は三日で恩を忘れるというけれど、元人間の私は永遠に深優ちゃんに恩返しし続けるぞーウオー!

 と、勢いよく前脚を踏み込んだそのときである。

 ひな乃ちゃんが深優ちゃんの手を取った。

「みゆゆ、かわいいから」

 ――なっ。

「ひゃっ?」

 深優ちゃんが正座したままぴょこんと飛び上がった。

「転校してきたときからずっと思ってた。その顔、あたしの好み。近くて見てもやっぱり好み」

「こ、好みって」

 うん……うん。

 ちょっと様子見といこう。誰でもいい……というわけではないのかもしれない。私の百合センサーがビンビンに反応してる。

 わたわたと慌てる深優ちゃんを眺めつつ、私は注意深く頭を引っ込めた。

「ひな乃は重度の面食いだからね。どーしても深優がいいって言うんだもん」

「狙ってた。どうせキスするなら、最高峰を攻めたい」

「ウチは顔とかだけで決めるのってありえないから、やっぱ話してみてどーゆーコかわかってからじゃないとムリっていうか。でもきょう一緒に遊んで、安心したってゆーか……深優とならちゅー友になれるってゆーか……。わ、なんかハズいね、これ」

 照れて頬をかく燐香ちゃん。女の子をキスに誘って照れるとかかわいい……。いやいやかわいいとかじゃなくて。違うんです。今のは一瞬魔が差しただけで。

「あ、もちろん別に断ってもハブにするとかそーゆーのないから安心してね。ウチらそんなはくじょーじゃないし。だから別に、イヤなら」

 パタパタと手を振る燐香ちゃんを見て。

 ま、まあ、深優ちゃんがキスしてる姿を見たいとは思うけど、無理強いはできないからね。もし深優ちゃんがしたいって言うなら止められないかもしれないけど。別に見たいとかじゃなくてね? でもそんな……そんな、ねえ?(チラチラ)

 ふたりはきっと背伸びしたいお年頃なんだ。だから深優ちゃんもほら、ここはきっぱりと断って、明日からまた健全なお付き合いを。

「や、やってみたい、かも」

 え⁉(喜)

 林檎みたいにほっぺたを赤くしながら、深優ちゃんはぎゅっと手を胸の前で握る。

「やったことなかったけど、バドミントン、誘ってくれてすごく楽しかったから。だから、ふたりが一緒なら、やってみたことないことでも、楽しいって思えそうな気がして、それで……その」

 マジか。

 えっ、ちょ……ドキドキしてきた。

「なかなかエッチで将来有望」

「バカ」

 燐香ちゃんがぺちりとひな乃ちゃんの頭を叩く。深優ちゃんの顔がカァ~~と赤くなった。

 しかしめげず、ひな乃ちゃんは早速という感じで、深優ちゃんの前に座り直す。

「じゃ、初めてのキス、しちゃお」

「も、もう……?」

「みゆゆにとっては『もう』でも、あたしにとっては『やっと』だから」

 ひな乃ちゃんが深優ちゃんの髪を耳にかける。耳たぶを撫でた。深優ちゃんがぷるっと震える。

 えっ、ちょっ、私の心の準備がまだなんですけど!

 優等生な私のご主人様が、ギャルに唇を奪われるなんてそんな、そんなのやばい。スマホはどこだ! 録画させてくれ!

「ひゃぁ、ってなっちゃうよ……」

「耳の形、きれい。首筋も、細くて白いね」

 ひな乃ちゃんの薄い微笑みは、とても小学五年生とは思えないほどに艶麗だ。

「やっ、そんな……」

「眉の線も、かわいい。好き。唇も、やわらかい」

 深優ちゃんの桜色に膨らんだ唇を指で撫でるひな乃ちゃん。深優ちゃんはもう耳まで真っ赤だ。

「それだけ口説けるんだったら、練習なんていらないんじゃないの、ひな乃」

「なにごとにもムードは大事。日々の努力の積み重ね」

 呆れながらも頬を染めている燐香ちゃんに、ひな乃ちゃんはこともなく答える。

 やがて、少しずつふたりの距離は縮まってゆく。深優ちゃんはギュッと固く目をつむっていた。

「ん」

 唇と唇が静かに触れ合う。

 私は知らず知らずのうちに息を止めてしまっていた。

 な、なんか、すごいものを見ている気がする……。

 深優ちゃんは痛いほど緊張していて、それがこっちまで伝わってくるからなんかもう、リアルっぽさがすごい。すごい。やばい。すごい。(語彙の消失)

 ひな乃ちゃんが手の甲で深優ちゃんの頬をぺちぺちと撫でて。

「体、固すぎ。それじゃお互いきもちよくないよ。リラックス、リラックス」

「そ、そんなこと言われても……ってっ、だ、だめっ、脇はっ」

 こちょこちょと脇をくすぐり、深優ちゃんの体がはねた直後、ひな乃ちゃんがもう一度キスをした。

 今度は先ほどよりも長い。まるで甘いショートケーキを味わうように。ひな乃ちゃんが何度も深優ちゃんの唇に唇を押し当て、ちゅ、ちゅ、と音を鳴らす。

 ふぁ~……。

 あまりの尊さに、ふにゃふにゃになってしまう。

 ひょっとして地面にべたーとなっている猫はみんな女子小学生の百合ちゅーを目撃した後なのかもしれない……なんて面白いことを考えてる間に、燐香ちゃんがしびれを切らしたようにとんとんとひな乃ちゃんの肩を叩く。

「ねえ、ちょっと、長くない? 次、ウチでしょ。だいたい、深優に遊ぼって言ったの、ウチなのに」

「ちゅー友にしようって言い出したのはあたし」

「で、でも声かけたのもウチでしょ。ほら、おしまい、もーおしまい!」

 燐香ちゃんがふたりの間に割って入る。

 熱に浮かされたような顔で、深優ちゃんは、はぁ、はぁ、と荒い息をついてる。燐香ちゃんはちょっとだけ頬を膨らませた。

「ほ、ほら、ひな乃のせいで深優が疲れちゃってるじゃん。ね、深優、だいじょぶ?」

「うん……ごめんね、なんかちょっと、ふわふわしちゃって……」

「それは、いーんだけど」

 ん、と深優ちゃんはツンと上を向いた。次に燐香ちゃんからキスされるとわかってて、自分から唇を差し出したのだ。やばい。あの大人しいご主人様がたった一度のキスで味を知ってしまったとか、エロすぎませんか。ここが百合の桃源郷か。

 燐香ちゃんはその細い手首を掴み、ちょっとずつ体を近づけていって。

 そこで、ぴたりと止まった。

 ……どうしよう、と目が泳いでる。なにごともムードが大事、というひな乃ちゃんの声がリフレインしているのかもしれない。ムード、ムードと言われましても。

 燐香ちゃんはしばらく固まってた。

 ムードってなんだ、ムードって。その目が開きっぱなしの雑誌を捉えた。小学生の恋愛特集記事。

 まだかな、とちらり薄目を開けた深優ちゃんに、燐香ちゃんは、ええいもう、と勢いつけて。

「深優、愛してる」

「――」

 唇に唇を押しつけた。

 その瞬間、私の頭の中に流れたのは賛美歌だった。

 おお、おお神よ……。ハレルヤ……。

 どちらからともなくふたりは唇を離した。ぽーっとした顔で見つめ合う。

 もう世界に互い以外は存在していないような表情をしてて……。

 ぱちぱち、という控えめな拍手がふたりを我に返す。

「すごい。愛の告白」

 燐香ちゃんの顔が爆発するように赤くなった。

「――な、なんか弾みで出ちゃったの! ひな乃がいちいちうるさいから!」

「ドキドキした。今度あたしにも」

「ヤだ! ゼッタイ、ヤだ!」

 ぽーっとして、深優ちゃんはまだ自分の唇を撫でてる。

 その仕草は、なんだかとても色っぽくて……まるで、大人の階段を駆け上がっちゃったみたいだった。

 これが友ちゅーか。すごい。世界中に広まってほしい。教科書に載せよう。

「……ま、これでとりあえず」

 燐香ちゃんが手を差し伸べる。

「ウチら、ちゅー友ってことで……。これからもよろしくね、深優」

「よろしく」

 同じようにひな乃ちゃんも。

 ぱちぱちとまばたきを繰り返してから、深優ちゃんはようやく「うんっ」と微笑んだ。

「じゃあもう一回」

「ま、また?」

「もー帰る時間でしょ、ひな乃」

「バドなんてやってるから……」

「初めてのバドミントン、楽しかったよ」

 言い争う友達に挟まれ、深優ちゃんはニコニコとしてた。

 その後、暗くなるまで何度かちゅーをして、三人は帰路についた。私はいったん早めに帰らないと。飼い猫が外をうろついたとあったら、窓の施錠ががんじがらめにされそうだし。

 とりあえず、うん、深優ちゃんにも友達ができたみたいでよかったよ。これで学校でひとりぼっちってこともなくなるだろう。ま、深優ちゃんの騎士としてはちょっと心配だけど……それはこれからも私が見張るっていうことで。

 百合厨としてはどうかっていうと。

 それは、うん、はい。

 猫に生まれ変わって毎日ゴロゴロしているだけで餌をもらえる生活をしている上に、美少女小学生のペットで、しかも美少女小学生の百合ちゅーが見れるとか……前世のわたしガンジーだったのでは……?

 幸せすぎてこわいです。

 

 

 燐香ちゃんとひな乃ちゃんは、この後もたびたび遊びに来てくれた。

 深優ちゃんご主人様は嬉しそうだからいいのだけど、私は必死だ。捕まったら冗談じゃなく殺されかけるからね……。

 でも必死に爪を立てるフリをしたり、肉を突き抜けて骨まで噛んでやるぞ! というフリをしていると、徐々に力加減というのものもわかってきてくれた。

 撫でられるのは普通に気持ちがいい。ふにゃーと声が出てしまうし、すぐ眠くなってくる。猫は一日の三分の二寝てるっていうけど、実際にすぐ眠くなってきちゃう。

 しかしダメだ。燐香ちゃんとひな乃ちゃんが遊びにきてるときだけは、眠くなってはいけない。

 なぜなら。

「ね、タマちゃん、ちょっと外いってて……ごめんね、でも、ね?」

 深優ちゃんにお部屋の外に締め出されて私は、よしきた! となる。

 そう、深優ちゃんはキスするとき、飼い猫にすら見られるのを恥ずかしがっているのだ。友ちゅーは三人だけの秘密の花園で行われるのだ!

 まあ、外に出るフリして部屋に忍び込むんですけどね。

 いや、これはほら、ふたりが悪い道に深優ちゃんを引き込まないかどうかが心配で、見張っているだけで、ね!

 ふたりが初めて来てから二ヶ月経ち、季節は夏。ギャルっぽいリボンとかがたくさんついたノースリーブのシャツを着た燐香ちゃんと、同じように萌え袖のシャツを着たひな乃ちゃんである。

 深優ちゃんの子供部屋は、ベッドに勉強デスク、おっきな本棚があって、そこには友達がいない時期に買ったたくさんの児童書が詰め込まれてた。けれど私は知ってる。深優ちゃんは実はそんなに読書が好きじゃなくて、外で遊びたい派なのだと。

「どう? ちょっと化粧してみたんだよ」

「わ、すごい、燐香ちゃん大人っぽい!」

「へへっ、でしょでしょー。ウチね、将来はギャル系のショップやりたいんだ。可愛い洋服とか作ったり、楽しそーじゃない?」

 嬉しそうにギャルピースをする燐香ちゃん。小学生にお化粧なんて必要ないと思うけど、でも背伸びした燐香ちゃんはとってもかわいかった。

「あたしはネイルにラメってみた」

「わー、かわいー」

 手の甲を掲げ、ぴらぴらと動かすひな乃ちゃん。こっちもかわいい、かわいい……。小さな女の子がきゃいきゃいしてるのってかわいいなぁ……。

「深優も今度してあげよっか? あ、自分でやったほうが楽しーかな?」

「それはダメ」

「ちょ、なんでなのひな乃」

「今のみゆゆがいい。今の顔が好み」

「別に深優はアンタのものじゃないんだからね⁉」

 ふたりが言い争うのを、まあまあ、と止めるのが深優ちゃんの主な役目だ。たぶん学校でもこんな感じなのだろう。深優ちゃんが楽しそうでなによりです。

 ひな乃ちゃんがラメった指先で、深優ちゃんの指をきゅっと掴む。

 その上目遣いはまるでおねだりするようで、正直このかわいさには仔猫の私も思わず陶然うっとりである。

「ね、みゆゆ。きょうはみゆゆから」

 小学五年生の指と指が絡み合う。正面からの恋人繋ぎである。

 みゆゆからって、なにをみゆゆからするの! 動悸が収まらない。

「うん、ひな乃ちゃん、すっごくかわいいよ」

「~~~~~……っ」

「なに悶えてんのひな乃」

「照れてるとかじゃない。あたしがかわいいのは知ってるから」

「あ、耳も真っ赤」

「照れてない!」

 深優ちゃんは嬉しそうに笑う。

「爪も、すごくかわいいよ。キラキラしてて、ひな乃ちゃんにぴったり。わたし、好き」

「……う、ん……」

 ひな乃ちゃんが深優ちゃんに目配せをする。これはひな乃ちゃんがキスしてもらいたがってる合図だ……。

 知ってか知らないでか、深優ちゃんはニコニコとひな乃ちゃんを褒め殺しにする。

 ムードが大事と常に力説するひな乃ちゃんが、そのムードに恥ずかし殺されそうになってる……。

 深優ちゃんの攻めっぷりがすごい。バリタチかよ。

「みゆゆ、控えめで大人しいって思ってたけど、全然違う……」

「そうかな?」

「うん……。これはあたしも、負けてられない……。努力しないと」

 転校してくる前は、明るくてはつらつとした女の子だったんだろうなあ。でも最近ようやく素の自分に戻りつつあるっていうのは、本当にいいことだ。

「もう、いいから。ん、ん」

「はーい。んー」

 ちゅーと口づけをする。小さな唇と唇が触れ合う。ひな乃ちゃんも深優ちゃんも幸せそうだ。見つめ合い、ふたりははにかむ。

「なんか、友ちゅーっていいね。相手のこと、いっぱい伝わってきちゃう」

「うん。きもちいい。好き」

「えへへ……」

 恥ずかしがる深優ちゃんを、燐香ちゃんが後ろから抱きすくめた。

 ふたりが並ぶと、燐香ちゃんのほうが背が高いので、ちょっぴりお姉さんみたいに見える。

「はい、今度はウチの番だかんね」

「んー」

「ん」

 唇を突き出す深優ちゃんに、覆いかぶさるみたいに燐香ちゃんがキスをした。

 なんか日常風景みたいになっちゃってるけど、さっきから当たり前のようにちゅっちゅしてるよ、この女子小学生たち……。

 いやらしい……。最高……。

 ひな乃ちゃんが不満そうに指差す。

「ムード、ムード」

「後ろからって、なんかいいでしょ」

 フフンと口角をあげる燐香ちゃんに、深優ちゃんは「うん」とうなずいたのだけど。

「また言わなかった。『愛してる』って」

「最初の一回以来言ってないでしょ⁉」

「あれドキドキしたのに……」

「アンタがドキドキしたって関係ないでしょ!」

 ひな乃ちゃんは指で丸を作る。

「女の子が女の子を好きでも、別にあたしは気にしない。気持ちをごまかさないでいいよ。あ、でも、リンの気持ちは知ってるけど、みゆゆとちゅーはしたい。これからもさせてほしい。顔が好きだから」

「アンタと話してると、ときどきすっごく疲れるし……」

 はぁぁぁ、と燐香ちゃんは大きなため息をついた。ふと深優ちゃんと目が合う。深優ちゃんが微笑みながら、燐香ちゃんにチュッとした。

「まあまあ、燐香ちゃん」

「ん……うん」

 ひな乃ちゃんが燐香ちゃんをキレイなネイルで指差す。

「キスされると大人しくなるとか、猛獣では?」

「アンタ、マジで今度いっぺんシメてやるかんね」

「だ、ダメだってば」

 不思議なパワーバランスを形成した三人の関係は、こんな感じで続いてゆく。

 私は毎日、帰ってきた深優ちゃんから「きょうね、燐香ちゃんとひな乃ちゃんがね」という報告を聞くのが、とっても楽しみだった。

 深優ちゃんは毎日楽しそうで、もううつむいたりすることはなくなって、私はそれがなによりなのだ。

 三人はいつも一緒で、ときにはおうちで遊んで、ときには背伸びをして怒られたり、公園でバドミントンをしたり、隠れてちゅーをして、ちょっとずつ大きくなっていった。

 

「ねえ、タマちゃん」

 その日の夜。ベッドに眠る深優ちゃんが、床で丸くなっていた私に、こんなことを言ってくれた。

「タマちゃんは、私に友達を作ってくれたんだよ。タマちゃんは、私の招き猫だね」

 今のみだらな関係がまっとうな友達なのかどうかというのはさておいて。しかし、だからこそヒミツを抱えた三人の結びつきは、他の誰よりも強く思えた。

 恥ずかしながら、私はちっちゃなご主人様にお礼を言われて、少し泣いちゃいそうになってしまった。(猫なので泣けないけど)

 雨の日に死にそうになってた私にとっては、深優ちゃんこそが女神さまだ。そんな私が深優ちゃんのお役に立てたなら、これほど嬉しいことはない。

 私はにゃおうと鳴く。

 そうとも、私は招き猫。もしこの先どんなことがあっても、私は深優ちゃんご主人様のために福を招こうって、そう決めたのだ。

 ……とりあえずはおうちを漁って、棚の下とかに落ちている小銭を集めてこようかな。そうとも、福を招くんだ。物理的に!

 

 

 猫の体だと一日が早く流れる気がするのは、起きてる時間が短いからだろう。

 あと、衣食住の心配を一切しなくていいっていうのも大きい。私も大学卒業間際はほとんどニートみたいな生活だったけど、起きて食べて寝るだけだとホント一ヶ月ぐらいあっという間に過ぎ去るんだよなあ……。

 というわけで、深優ちゃんご主人様は早くも小学六年生になりました。

 そんな冬の日。みんなで居間のこたつに入りながら、宿題をしている最中だった。

 私も一緒にこたつの中に入ると、全員のぱんつを覗くだけの毛玉になってしまうので、ストーブの前を陣取ってる。暖かくて天国です。

「だからひな乃、ここはさ」

「なるほど?」

「……ちゃんと話聞いてる?」

 燐香ちゃんが目を吊り上げた。ひな乃ちゃんはだいたい人の話を聞いていないので学校の成績も中の下だ。やるときだけやるタイプでテストを乗り切っているらしいが、中学校に入ってから苦労しそうである。

 深優ちゃんも燐香ちゃんもどちらかというと器用なので、成績はいいほうだ。意外なのは燐香ちゃんで、なんと学年一位を取ったこともあるらしい。

『おねーちゃんが言ってたんだけど、人と違ったコトをするんだったら、ちゃんとやるべきコトをやらないと、って。ウチはこーゆーファッション好きだけど、だからってバカって思われたくないしね』とのこと。見かけによらず努力家なのだ。偉い。尊い。

 燐香ちゃんとひな乃ちゃんは、お姉ちゃん同士が友達で知り合ったらしく、まあ案の定というかなんというかどっちもギャルらしいのでバリバリ影響を受けているとか。

「アンタそんなにべんきょーできなかったら、ウチらと同じちゅーがく行けないかもしんないんだよ?」

「そしたら就職する」

「今の時代、小卒でなんの仕事があんのさ」

「二丁目のほうにベンジャミンバロックって喫茶店がある。そこは女子中学生でも雇ってくれるらしい」

 懐かしい名前にドキッとした。

 ベンジャミンバロックといえば、私が生前通っていた喫茶店の名前だ。百合厨の女性がマスターをしてて、集まってくる客も百合厨なので優しくはしてもらえるだろう。

 私はノーと主張した。いくらひな乃ちゃんとはいえ、ご主人様のお友達を大人たちのイケニエに捧げるのは気が引ける……。

「ほら、タマもダメって言ってるよ、ひな乃ちゃん。ちゃんと勉強して、一緒に学校いこーよー。ね、ほらペン持って、はい、シャンとして、はい」

「ううー……強引……」

 深優ちゃんに背中を押され、ひな乃ちゃんは渋々とノートに向かう。それを見ていた燐香ちゃんが、ぽかんとして。

「なんか、すごいね、深優」

「え、なにが?」

「いや、なんか……。お母さんみたいっていうか。しょーじき深優がクラス委員とか大丈夫? って思ったけど、想像以上にだいじょーぶそうで、びっくり」

「お母さんみたいって、わたし同い年だよ」

「比喩っしょ、比喩」

「ままー、みゆゆままー」

「アンタは調子のんな」

 ひな乃ちゃんが深優ちゃんの腰に抱きつく。ぺしっと燐香ちゃんがチョップした。

 小学校で深優ちゃんはクラス委員に立候補したらしい。理由は『面白そうだったから』だとか。先生は先生で、燐香ひな乃という悪ガキふたりに言うことを聞かせることができる深優ちゃんを重宝しているようだ。深優ちゃんはきん箍児こじかなにか?

 私はあんまり燐香ちゃんもひな乃ちゃんも、悪ガキってイメージはないんだけど……。学校ではまた違うのかな? っていうか。

「ままー、ちゅー」

「もー」

 ちゅ、とひな乃ちゃんのおでこにキスをする。ひな乃ちゃんは不満そうだ。

「タマちゃんいるもん。あとは勉強終わったらね。それか中学に入れたら」

「なーがーいー」

 ひな乃ちゃんはゾンビのように起き上がる。

 っていうか、ふたりが深優ちゃんの前だと、大人しいのかもしれない……。怒らせたらちゅーしてもらえないからとか、そういう理由で……。

 深優ひな乃のイチャイチャを見ていた燐香ちゃんが無言で立ち上がると、ふたりの間に割り込んだ。

「狭」

「お前は勉強しろ。なんならウチが教えてあげよっか?」

「リンに教わるのはなんかムカつく」

「なにそれ。ウチはアンタの心配してやってんのよ⁉ まったく……」

 燐香ちゃんが、深優ちゃんに向き直る。

「いいこと教えてあげよっか。ひな乃がどーしてちゅーするときに目をつむられるのがイヤか。こいつね、人の瞳の中に映った自分の顔が好きなんだってよ。ちょっとナルすぎじゃない? ねー、ひな乃ー」

「うん」

 特に抗弁することもなく、ひな乃ちゃんは当たり前のようにうなずいた。げっ、と燐香ちゃんがうめく。深優ちゃんは笑っていた。

「そんなに自分のことが好きなんて、羨ましいな」

「いい風に取りすぎじゃない?」

「でも、世界で二番目に好きなのは、みゆゆだから」

 深優ちゃんが照れた。燐香ちゃんは面白くなさそうにひな乃ちゃんの頬を引っ張る。

「じゃあウチは何位なのよ」

「んー……二十八万位、とか」

「あっそ、今まで楽しかったよ、ひな乃。中学入っても元気でやんな」

「でも世界中に人間が七十億人とかいる中の二十八万位だったら、すごくない?」

「アンタの周りにはいないでしょーが!」

「いたひいたひ」

 燐香ちゃんとひな乃ちゃんが仲良し? なやり取りをしているのを、深優ちゃんは羨ましそうに見つめていた。

「いいなあ、幼馴染って」

「つっても、ウチらが初めて会ったの小三だから、深優とあんま変わらないよ。てか、深優の友達は田舎から出てこないの?」

「わたしの住んでたところは、学校で生徒が十人とかしかいなかったし」

「うわ、すご。そーゆーとこなんだ」

「うん。それで年の近い子もいなかったから、友達っていうのはちょっと違うかな? お姉ちゃんとか妹みたいな。だから、燐香ちゃんとひな乃ちゃんと一緒に遊ぶの、すごく楽しいよ」

「ふーん」

 燐香ちゃんは目を細めた。

 去年より大人っぽくなったその指で、深優ちゃんの耳の裏をするりと撫でて。

「遊ぶのだけじゃなくて、こーゆーのも、楽しいんでしょ?」

 真正面から見つめられ、深優ちゃんは照れながらうなずく。

「う、うん。楽しいけど……」

「けど?」

「楽しいだけじゃないかな、って。ちょっと、ドキドキするの。えへへ……」

 燐香ちゃんが、ちゅ、と慣れた仕草で深優ちゃんにキスをする。

 もはや私がいる前で! 堂々と!

 ベッドの下に隠れて私は七転八倒する。私が人間だったらこんなに近くでキスを見ることもできなかったのだ。猫でよかった~~~!

 もはやピロートークのように見つめ合ってるふたりを前に、ひな乃ちゃんが「うーん」と眉根を寄せてた。

「……なに、ひな乃」

「いや、ドキドキするって言うから、いいなー、って」

「ひな乃ちゃんは、しないの?」

 そう聞くと、ひな乃ちゃんは深優ちゃんに唇を押し当て、さらに燐香ちゃんにも唇を押し当てた。なにかを確かめるような、突然の二連キスだ。ありがとうございます。

「……い、いきなりちゅーしてこないでよ、ひな乃」

「ドキドキした?」

「……ハズいけど、するよ、ドキドキ。深優だけじゃなくて、ひな乃とちゅーしても」

「そっかぁ。あたしはきもちいいけど、ドキドキとは違うかなあ……」

 ひな乃ちゃんは首をひねる。

 が、すぐにそうそう、と指を立てた。

「リンがみゆゆに『愛してる』って言ったときは、ドキドキした。だから、ほら」

「……その手はなにさ」

「もう一度、頼んだ」

「人に言われてやるかバカっ」

 ひな乃ちゃんの両頬を手のひらで押す燐香ちゃん。世界で一番好きな自分の顔をブサイクにされて、ひな乃ちゃんはご立腹であった。

「てか、女の子同士でキスしてドキドキするとか、ふたりともエッチすぎなんじゃ」

「え、エッチって……ひな乃ちゃん……」

「アンタ、ホントいーかげんにしなさいよ」

 顔を赤らめながらも睨みつけてくる燐香ちゃんから視線を外し、ひな乃ちゃんはふっと遠くを見つめた。

「ドキドキすること、どこかにあればいいのにな」

 そのぼんやりとした表情を見て。

「……なんだよそれ。まだまだお子様のくせに」

「うん、でも今までドキドキしたこと、ないし」

 あっけらかんとひな乃ちゃんは言う。

 私はなんだか胸を締めつけられた。

 小学六年生で、ドキドキすることなんてもうない、みたいな言い方、なんだかとっても寂しい。

 深優ちゃんがギュッとひな乃ちゃんの手を握った。

「あるよ、きっと! 中学生になったら、ひな乃ちゃんのドキドキすること、いっぱいあるよ!」

「……そーかな?」

「うん、絶対あるって! ね、燐香ちゃん!」

「ん、まあ」

 燐香ちゃんもひな乃ちゃんの肩に手を置いて。

「ウチら三人が同じがっこーなら、そりゃ楽しいこといっぱいあるに決まってるっしょ。それってかくてー事項だし」

「楽しいじゃなくてドキドキ」

「あるある、あるからゼッタイ。カッコイイ男子と出会っちゃったりするんじゃないの? 知らないけど」

「男子で好きな顔見たことないし」

「芸能人とかも? ジャニーズとかも?」

「それよりみゆゆのが好き」

 平然と言うひな乃ちゃんだけど、それって完全に百合なのでは……。

 ひな乃ちゃん的には『好きなものが好き』とか言うんだろうけどね。

「わたしそんなにかわいくないよー……」

「うん、知ってる。かわいいのと好みなのは違うから」

「なんなのそれ。それはそれでヒドくない?」

 燐香ちゃんがジト目になる。

 でも、ひな乃ちゃんはくすっと笑った。

「ま、ありがと、ふたりとも。希望をもって生きる」

 なんか大それたことを言ってる……。でもふたりは嬉しそうだ。

「うんっ」

「……ん。だからほら、ひな乃。べんきょー」

 燐香ちゃんはひな乃ちゃんにシャープペンを握らせる。

 はー、とひな乃ちゃんはため息をつき、恨めしげに私を見た。

「毛玉はいいな。寝て起きてゴロゴロしたら餌にありつけるんでしょ、天国じゃん」

 はっはっは。その通りです。

 私は勝ち誇るように、にゃー、と鳴いた。その上、美少女のご主人様が朝昼晩と可愛がってくれるからね。

「なんか、ムカつく……」

 あっ、なんだろ、思念が伝わった⁉ ちょ、尻尾引っ張らないでください! ちーぎーれーるー!

 その後、ひな乃ちゃんは真面目に勉強してた。口ではいろんなことを言ってるけど、結局、深優ちゃんと燐香ちゃんのことを大事に感じているんだと思います、はい。

 

 

 そして、そろそろ私も仔猫呼ばわりされなくなって来た頃、三人は揃って同じ中学校に進学した。(もちろんひな乃ちゃんも一緒にだ)

 

 中学校では上級生と下級生のはっきりとした区別が出てくるから、深優ちゃんが嫌な思いをしたりしないように、ちゃんと私が守らないと……ね!

 というわけで、そろそろ深優ちゃんの手が離れてきたので、私は改めて決意した。

 あの日以来のお外への旅。それも――。

 ――中学校への潜入を、だ。